世界を、仲間を守るため、自身を生け贄として差し出した死柄木弔。
異世界に連れ去られた彼の前に現れたのは、"先生"の仇たる黄金の鬼人だった──
「──ご覧ください、ボス。私の新しい獲物です」
「ほう、エックスじゃねえか。ゴーシュからハナシ聞いて、一度会ってみたいと思ってたが……ハハハっ、なかなか良い面構えしてんじゃねえか」
不気味に光る碧眼が間近に迫る。その冷たい威圧感に皮膚が粟立つのを自覚しながらも、弔は負けじと睨み返した。
「……ひとつ答えろ、ドグラニオ・ヤーブン」
「おう。あの世への手土産だ、なんでも答えてやる」
鷹揚な態度は、それだけ見ればどこにでもいるきっぷの良い老人のようだった。
「おまえは人間界で先生……アルセーヌを殺し、ルパンコレクションを奪った。──何が目的なんだ?」
「目的?」鼻を鳴らして、「面白そうなものがあった、だから手に入れた。他に理由がいるか?」
「何……!」
そんなことで、"先生"は──激昂しかかる弔だったが、ドグラニオが続いて語ったのは予想だにしない事実だった。
「──
「……あの女?」
「名前はなんて言ったかな。確か、あの金髪のガキに"お師匠"とか呼ばれてたのは覚えてるんだが……ははは、耄碌するとこれだからいけないな」
「……!」
金髪の少年、お師匠──女。その瞬間、弔の脳裏をよぎるひとつの名前。
「……志村、菜奈」
「!、おお、そうだった。おまえ、よく知って──」
ドグラニオが言い切らないうちに、弔は彼に飛びかからんとしていた。尤も次の瞬間には、ゴーシュの鎖が発する電流によってその場に倒されてしまったのだが。
「ッ、ぐ……」
「おいおい……いきなりどうした?」
見下ろす視線と、薄れゆく意識に抗い──弔は、憎悪のこもった瞳をドグラニオに向けた。
「おまえが……!おまえさえ俺たちの世界に現れなければ!お父さんが苦しむことはなかった!!俺が……俺たち家族が、滅茶苦茶になることだってなかったんだ!!それを……!」
「……そうか。おまえ、つくづく俺たちに縁があるらしいな。──ゴーシュ、」
「?」
「解体しちまうのも良いが、どうせならもっと愉しもうじゃねえか。なぁ──エックス?」
ドグラニオの瞳が、残忍な光を放った。
*
弔の危機を未だ知らぬ快盗たちは、ジュレにこもって今後の方策を練っていた。
「チッ……ザミーゴの野郎、クソ面倒臭ぇコレクション手に入れやがって」
時間を置いて気を取り直した爆豪勝己が、忌々しげにつぶやく。あきらめるという選択肢が存在しえない以上、ザミーゴのことは難題でしかない。良くも悪くも。
「倒すにも金庫を開けるにも、あの能力は厄介だ。ただ、希望がないわけではない」
「……おー」
ルパンイエローが不意打ちで金庫に触れようかというとき、ザミーゴは咄嗟に建物を撃って瓦礫を崩落させた。イエローの気を逸らし、その隙を突いて投げ飛ばす──そうした一連の行動から、ひとつの解が見えてくる。
「奴は金庫までは液状化できねえ。あるいは、一定以上の質量があるものは受け止めきれねえ……っつーとこか」
「どちらにせよ、そこに我々の勝機がある。──お茶子、」
「!」
たった今我に返ったように振り向いたお茶子に、勝己は強烈なデコピンをお見舞いした。
「!?、い゛ッ、だあぁぁぁぁ……!!」
「てめェ、ハナシ聞いてなかったろ」
「き、聞いとったよ!聞いとったけど、その……」
赤くなった額を押さえつつ、再び窓の外を見遣るお茶子。外に人通りはない。いたって静かなものだ。それゆえにかえって、男たちは彼女が何を待っているのか想像しえたのだけれども。
「……いっそ今すぐにでも、ここを引き払うべきかもしれんな」
「!、え……」
「そんな」と、口の中でつぶやくお茶子。もはや正体の露呈は時間の問題。ならば先んじてというのは、理には適っている。
「お茶子。警察と親しくすることと正体を隠すことを、これ以上両立するのは──」
「──わかってるよ!わかってるけど!……好きに、なっちゃったんやもん。ここでの暮らしが……」
「デクくんとショートくん取り戻して、私たちは三人でお店続けて。飯田さんたちも今まで通り常連で……そんなふうになればいいなって。そう思うの、おかしいかな?私、やっぱり快盗として間違って──」
「──うるせえよ」
勝己の静かだがよく通る声が、お茶子の言葉を跳ねのけた。
「てめェがクソノーテンキでアッパラパーな丸顔だっつーことはよぉく知っとるわ。どんだけ一緒にいると思ってんだ」
「……爆豪くん、」
「そーいうクソほども快盗らしくねえヤツが、ここをそーいう場所に変えたんだろうが」
「……!」
そっぽを向いたままの勝己の言葉は、何も知らない人間が聞けば冷たく響いたことだろう。でも彼の言う通り、十代半ばの青い日々を彼らは命を預けあって過ごした。だから今ならわかる。彼がほんとうは不器用で、どうしようもなく情を捨てられない少年なのだと。
一寸先の未来も見えない中で、かすかな安寧を享受する快盗たち。しかしそれさえも、もはや刹那の泡沫でしかなかった。
『たーいへーんだぁ〜!!?』
「!」
いきなり扉を開けて飛び込んできたのは、ヒトではなかった。
「グッディ……どうしたん?」
漆黒の翼が慌てた様子で店内を飛び回る。いつもなら「うるせえ!!」と勝己が一喝するところだが、今日ばかりは明らかに尋常な様子でないことが伝わってくる。
そして、
『トムラが!トムラがゴーシュに刻まれちゃう〜!!』
「……!?」
*
同じ頃、いったんタクティクス・ルームに戻った警察たちは重苦しい空気に包まれていた。
「死柄木……ッ」
デスクに突っ伏すような姿勢で、己の拳を見下ろす切島鋭児郎。誰が見てもこれ以上はないくらいに憔悴している姿。
「……切島くん、きみたちは全力でやった。それでも届かなかった。自分を責めたところで、その現実は変わらない」
「……わかってます!わかってますけど──ッ、」
「ちくしょう」──悔恨や無力感をことごとく吐き出すようなつぶやきは、彼を窘める塚内管理官も理解するところだった。仲間の自己犠牲により、自分たちだけが助かった……実情はどうあれ、結果はそうとしか言いようがないのだ。
「死柄木捜査官は人々を守るため、信念をもって集めたコレクションを我々に託し、命をかけた。──必ず、救出する」
言うまでもないことだが、塚内は警察戦隊の方針としてそう言明した。
問題は、その方法である。弔がどこに連れ去られたか。手がかりはないけれど、きっとギャングラーの本拠たるかの常夜の世界だという確信があった。
『またギャングラーが現れるのを待って、異世界に乗り込みますか?現在、これまでのゴーシュの行動パターンを分析していますが……』
「……死柄木くんに手を出す前に、奴はこちらに現れるだろうか?」
「微妙なとこだね……」
「………」
「快盗はこのこと、知ってんのかな……」
室内に一瞬、水を打ったような沈黙が広がる。快盗──つまり、爆豪勝己らジュレの面々。今となってはもはや、そのイコールは覆しがたいものとなりつつあった。
「……快盗の正体が何者であれ、早晩グッドストライカーから伝わるだろう。彼らも死柄木くんの救出を目的として動くなら、協力は可能だと思うが」
「飯田、あんた──」
「まだ、疑いたくないか」──響香がそう問いかけようとしたときだった。
『!、電波が何者かにジャックされています!』
にわかに発せられたジム・カーターの切羽詰まった声に、室内の空気が緊迫したものとなる。
そして、時を置かずモニターが異形の怪物を映し出した。
『──ハァイ、人間の皆さん』
「ゴーシュ……!?」
それは今まさに行方を捜していた、ゴーシュ・ル・メドゥだった。容貌に似合わぬ愛らしい女性の声で、彼女は身の毛もよだつような言葉を紡ぎ続ける。
『退屈な毎日を過ごす皆さんにギャングラープレゼンツ、楽しい楽しい解体ショーのお知らせよ』
まさか──警察も快盗も同じ思考に達した刹那、モニターにひとりの青年が映し出される。白髪を無造作に伸ばした彼は、ぐったりと項垂れた状態で磔にされていた。
『獲物はこの人間。あるときは国際警察のパトレンエックス、またあるときは快盗ルパンエックス。──この人間の身体の中がどうなってるか、見たいと思わない?ウフフフ……!』
『本日正午、この聖マルコ教会から解体の模様を生中継するわ。皆さん、どうぞお楽しみに……』
心底愉しそうに捲し立て、ゴーシュの電波ジャックは断たれた。彼女はもはや、弔を切り刻むこと以外頭にないように見えて。
「……つまり、公開処刑の宣言というわけか」
「ッ、どんだけ悪趣味なんだ、あの女……!」
スマートフォンをポケットにしまい込み、忌々しげに吐き捨てる勝己。ただ、悪いことばかりではない。ゴーシュの言葉に嘘がないなら、弔を救けに行くことはできる。
『みんな頼む!トムラを救けてくれ〜!!』
グッドストライカーの懇願。「もちろんさ!」とふたつ返事で応じようとしたお茶子の声は、第五の人物によって遮断された。
「許可できません」
「!?、──黒霧さん……!」
常に神出鬼没、かつ飄々としたこの執事の言葉は、いつになく重々しい響きをもっていて。
「どういうこと!?許可できんって──」
「死柄木弔を見捨てろということです。これはゴーシュの罠である可能性が高い」
「……死柄木にはサイクロンダイヤルファイターを預けている。他にも奴は、複数のコレクションを──」
「死柄木弔の所持していたコレクションは、国際警察の手に渡ったようです。……ですから、皆さんが危険を冒す必要はありません」
『黒霧ィイイイ!!』
これに喰ってかかったのは他でもない、グッドストライカーだった。
『この冷血ニンゲン、最低野郎のコンコンチキ!!元々ヤなヤツだと思ってたけどっ、見損なったよバカヤロー!!!』
「ッ、──他でもない彼自身の願いのためだっ!!私が転弧様を、好きで切り捨てると思うのか!?」
負けじと激した姿は、快盗たちにとっても初めて目の当たりにするものだった。黒い靄が激しく揺らめき、人の頭を象ったシルエットが覗く。既視感を覚えたのはお茶子だった。あれっと思って目を凝らすが、次の瞬間にはもう元通りになっていた。
「……失敬。とにかく今度のことは、死柄木弔も覚悟のうえです。皆さんもどうか、弁えていただくよう──」
「………」
一方で──警察戦隊の面々は、なんの憚りもなく出撃しようとしていた。
「っし……!耳郎、飯田、準備いいか?」
「ああ」
「万端だとも!」
VSチェンジャーをホルスターに仕舞い、三人揃って上司の前に並び立つ。あとは、彼の命令ひとつ。
静かに頷いた塚内は、やおら立ち上がり──
「──パトレンジャー、出動!」
「「「了解!!」」」
出動していく部下たちの背中。一年前、出逢った頃より心なしか逞しくなったそれらを、今まで何度見送っただろう。
(みんな……必ず無事で、帰ってきてくれ)
そうして