ルパンレンジャーの正体は、SALON DE THE JURERに務める三人だった。
ギャングラーの首領、ドグラニオ・ヤーブンの計略により全世界に晒された真実。そして誰が望むと望まぬとにかかわらず、世界は動き出す。真実の、その先にあるものを求めて。
かの出来事の翌日、パトレンジャーの面々は再びジュレを訪れていた。ただし客としてではなく、警察官として……大勢の捜査官に、混ざる形で。
「見事にもぬけの殻だ。髪の毛一本、落ちてやしないよ」
捜査官らを率いる物間寧人が発した言葉に違わず、室内からは一切の家財が消えうせていた。まるで最初から空き家だったかのような、寒々しい空気が皮膚を刺す。切島鋭児郎は堪らず顔を顰めた。
「ここまで徹底した隠蔽工作……あいつらだけでできるとは思えないね」
「……当初の見立て通り、他にも仲間がいたんだろう」
「……あの、店のオーナーは?」
表向き店長を務めていた轟炎司は、自身を雇われ店長だと言っていた。ならば当然オーナーがいて……黒幕であるというのは、十分に考えつくことである。
しかし、
「架空のフランス系企業だった。フランス本部と合同で調査中だけど……現状そちらも手がかりはナシ。ま、ここまで周到な連中だしね」
「………」
つい先日まで身近な友人だった者たちが、今では雲をつかむような存在となり果てている。天哉は己のスマートフォンに目を落とした。昨日からもう何度も、連絡先を交換している麗日お茶子に接触しようと試みている。当然、返信はないけれど。
「麗日くんたちは……どこにいるんだろうな」
「……さあ、ね。とにかくいったん帰ろう、今後のことを打ち合わせないと」
「……そう、だな」
踵を返そうとするふたり。しかし鋭児郎だけは、それに追従しようとはしなかった。
「悪ィ、先に戻っててくれ」
「……切島?」
「ちょっと、頭冷やしたいんだ。……頼む」
快盗の中心だったかの少年を常に気にかけていた鋭児郎である、仲間たちはその感情を慮った。「わかった」と頷き、そのままがらんどうの店を出ていく。
ややあって自らも立ち去らんとする鋭児郎の背中に、"彼"から声がかかった。
「自分ひとりで思い詰めすぎるなよ、烈怒頼雄斗。苦しくてもドーンと胸を張れ、それがヒーローの務めだ」
「えっ……」
振り向けば、寧人が相変わらずの皮肉めいた笑みを浮かべていて。
「──鉄哲からの伝言。ま、参考までに」
「物間先輩……」
それが本当に雄英、所属事務所ともに先輩である鉄哲徹鐵の言葉であるかは一考の余地があったけれども、鋭児郎は「あざます」と深々頭を下げた。事実なら寧人は自分のことをわざわざ鉄哲に相談してくれたことになるし、嘘ならそれは、彼自身の言葉だ。
こういう先達に支えられて、自分は平和の守り手を続けている。……ならば、彼は。
光と影は、鋭児郎の心に鮮烈なコントラストを刻み続けていた。
*
一方、行方を晦ました快盗──ルパンレンジャー。ジュレを引き払った彼らは、新たな隠れ家に移っていた。そこは死柄木弔が所有している郊外の屋敷で、周囲に人家もない。家財の回収はワープゲートを使える黒霧に任せ、快盗たちは一度もジュレに戻っていないから、当面、警察に発見されることはないだろう。
『──国際警察は先日、素顔が明らかになったルパンレンジャーの目撃情報を頼りに、未成年者を含む男女3名を容疑者として指名手配しました。うち、轟炎司容疑者は元トップヒーロー・エンデヴァーとしても知られており、関係者には衝撃が広がっています……』
テレビから響く女性アナウンサーの声。画面には大きく轟炎司の顔が映し出されている。ほか二名は未成年ということで報道はされていないが、
「うわっ、もう卒アル出回っとるやん……」
インターネット上の匿名掲示板を漁っていた麗日お茶子が、苦虫を噛み潰したような表情でごちる。そこでは既に、彼女と爆豪勝己の身元までもが特定されている。覚悟はしていたことだが──
「すっかりヴィラン扱いだな、我々も」
「これでも国際警察が情報を抑えてるはずだ。ま、電子の海までは手ぇ回りきらないだろうけど」
顔パックに勤しみつつ、弔。彼だけは表向き平常運転に戻っている。その内心を理解しつつも、黒霧が険しい声を発した。
「死柄木弔……あまりくどくどは申したくありませんが、これ以上爆豪くんたちの不利益にならないよう立ち回ってください。せっかく国際警察に籍を置いているんですから」
「わかってるっつの。俺だって流石に反省したし……あれ、リップどこだっけ……」
「いや説得力……」
呆れ顔の一同。と、席を外していた勝己が戻ってきた。
「………」
「あ、爆豪くん。……お母さん、もうええの?」
お母さんとは言うまでもない、勝己の母親のことだ。勝己のほうから電話をかけて、五分ばかり話をした。ちなみにお茶子と炎司には、昨夜のうちに家族から連絡があって。
「別に、今さら話すことなんざ大してねーわ」
そう──長々話したところで、徒に時間が過ぎるだけ。母も同じ考えのようで、息子に多くを問いただしたりはしなかった。ただ、自分で決めて進んだ道なら最後までやり遂げろ、と。──この親にして今の自分があるのだと、勝己は改めて思い及んだ。
「ばくごーくんのお母さんかぁ、いっぺんご尊顔を拝んでみたいなァ。写真とかないの?」
「あるわけねーだろナニ興味示してんだカス死ね」
「死ねって……昨日顔バレしてまで救けた相手に言う台詞かよ」
まったくの正論である。
「ンなことより、あの金ピカ野郎……あいつの金庫、なんなんだ」
「確かに、特殊な形状をしていたな」追従する炎司。
同志らの疑問に、弔は心なしか抑えた声で応じた。
「──ステイタス・ゴールド……フィジカル・プロテクト。あの金庫の中は、量子力学では説明のつかない異空間だと言われてる」
「行方不明のコレクションのほとんどが、そこにあるかと」
「!、じゃあドグラニオから盗り返せれば、ほぼ終了やん!」
ゴールが一気に近づいた──降って湧いた希望に目を輝かせるお茶子だったが、それほど甘い話であるはずがなくて。
「ドグラニオを倒せればの話だけどな」
「えっ?」
「ギャングラーは通常、使えるコレクションは金庫の数で決まっています。しかし奴は、金庫に入っているすべてを同時に使えるらしい」
「……うそ、」
今まで戦ったどのギャングラーよりも、危険な相手──何せ首領だ、覚悟していたことではあるけれども。
広がる沈黙の中で動いたのは、かの少年だった。
「ウダウダやっててもしょうがねえ。その辺、様子見てくる」
「えっ、見つかっちゃうよ!?」
「ンなヘマするかよ」
コートを羽織り、キャップを目深に被ると、勝己はそのまま部屋を出ていく。仲間たちも、無理に止めることはしなかった。目的は薄々察しがついていたけれど……彼が自身の言葉を違えることはないという信頼が、出逢って半年ほどの弔も含めて築きあげられていたのだった。
*
ザミーゴ・デルマは、今となっては貴重な客人として首領の屋敷を訪れていた。もはや間に入る者もなく、いつでも自由に主のもとに出入りしうる状況。自らの
そんな彼は今、玉座を見下ろすようにして顔を近づけていた。
「見ましたよぉ。ボス自ら快盗たちで遊んじゃって……オレの獲物、取らないでほしいんだけど」
「………」
対するドグラニオの様子がこれまでと違っていることを、ザミーゴは感じとっていた。昨日のテレビ中継と同じ、邪悪で狂暴なオーラ。他の構成員などとは、比較にならない──
「組織にこだわるのは、馬鹿のすることなんだろう?」
冷たく言い放つと同時に、ザミーゴの胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「だったら、若いヤツらのことなんざ知ったこっちゃねえ。1,000歳超えようが、死ぬまで好きなように暴れてやるよ。この俺もな……!」
手が離れ、ザミーゴはひらりと飛びのく。思考以上に、本能がそうさせた。今のドグラニオは、危険な猛獣そのものだった。
「あーあ……オレ、余計なこと言ったかな」
こんなことなら、その場逃れの嘘でも跡を継ぐと言っておくべきだったかとも思いつつ。
「ま、だからといって遠慮はしないけど?やっと見つけた愉しみだ、たとえボスでもルパンレッドは譲らない」
「──オレの、何をかけてもね」
狙った獲物は逃さない──ザミーゴも本気だった。対する彼らはもはや首領と配下ではなく、飢えた獣二匹にすぎない。
「フン……好きにしろ」
ゆえにその返答は、やれるものならやってみろという宣戦布告にも等しいものだった。
*
『──今のところ、快盗の目撃情報はありません』
情報収集を継続するジム・カーターの言葉に、天哉たちは詰めた息を吐き出した。
タクティクス・ルームに帰還した彼らは、今後のことについて協議を続けていた。快盗たちの行方を追うことは当然として、ギャングラーの出現にも備えねばならない。本来、前者は寧人の所属する部署が担当する業務であって、警察戦隊としては後者に専念すべきなのだが──
(そういうわけには、いかないだろうな)
管理官・塚内直正が思考の末に見いだした結論だった。
快盗の正体であるジュレの三人と、パトレンジャーの面々は個人的に親しい関係にある。可能であれば自分たちが彼らを発見し、話をしたい。手錠をかけるのも……他人にやらせるくらいなら、自分たちが。──そう思っているであろうことは推測するまでもない。
──と、そこに、嵐を呼ぶ……もとい、嵐そのものたる青年が現れた。
「Bonjour、ギャングラーの動きはどう?」
「!、死柄木……」
警察官でありながら、快盗にも通じている……否、快盗と警察双方の名を背負っている男。そんなことはとうの昔にわかっていたけれど、今このときばかりは響香も塚内も複雑な面持ちだった。
しかし"彼"は、複雑などという言葉では片付けられない激情を露にした。──死柄木に迫るや、その胸ぐらを掴んだのだ。
「──知っていたんだよな……!?麗日くんたちが、快盗だと!」
「……
「ならば何故、僕らの間を取り持つような真似をした!?……いや僕はいい、自分の勝手でしたことだ。しかし切島くんは今、そのせいで苦しんでいるんだぞ!?」
鋭児郎と勝己が"喧嘩"をしたとき、彼は鋭児郎の背中を押すようなことを言った。それもあって関係を修復し、親しく言葉をかわしあうようになったふたり。──そのために今、鋭児郎の懊悩は深まってしまった。
仲間の……戦友のために、憤る天哉。そういう青年たちが形作るチームだから、弔は惹かれた。どちらか一方に肩入れする存在では、居られなくなってしまったのだ。
「……だったら、連中のことなんか何も知らないほうが良かった?」
「何……!?」
「知らないまま、ギャングラーと同じように断罪したほうが良かったかって聞いてるんだ」
「……ッ、」
挑発するような響きをもったその言葉は、いよいよ天哉を暴発させようとしているかのようだった。
そうした意図があるかどうかは判然としないが、仮にそうだとしたら弔の目論みは外れた。天哉の怒りはしゅるしゅると萎んでいた。彼の言葉を、認めざるをえなかったからだ。
掴まれてよれた襟を直すこともなく、弔は沈んだ声で続けた。
「……こんなことになって、きみらには悪いことをしたと思ってる」
「………」
「でも……失ったものを取り戻すことと平和な未来を創ること、どっちも絶対に遂げなきゃならない願いで……どっちも、大切な仲間の、つもりだから。なし崩しだろうが馴れ合いだろうが、快盗と警察が手を組めれば良いと思ったんだ」
むろん、最初から考えていたことではない。互いと接しているうちに、弔は自然とそう計る……いや、願うようになっていた。甘いともいえる理想は、"死柄木弔"らしくないと自分でも思う。けれど弔の中には生き続けているのだ、膝を抱えて泣きながら、それでも夢を見ずにはいられない
「………」
弔の想いを受け止め、結果、天哉は言葉をなくした。彼が凄惨な過去を、同じ人間といえるかもわからない身体をもちながら……その理想のために茨の道を歩み続けてきたことは、よく知っているから。
「……なら今追うべきは、ザミーゴとドグラニオか」
響香のつぶやきに、塚内管理官も首肯する。
「ああ、特にザミーゴ……奴ならこちらの世界にいる可能性も高い。──それに、エンデヴァーの息子と……爆豪勝己の、幼なじみのこともあるしな」
「……そういや死柄木、あんたの取り戻したいものってのは?」
「………」
「もしかして、前に話してた"先生"って人のこと?」
「!」
思わず目をみひらく弔は、それが図星だと告げているようなものだった。
「……エスパーかよ」
「違うよ。前にあんたがその人のこと話してたときの心音……ふつうとは、違った気がしたから」
「あぁ……そう」
個性のない旧時代だったら、それはエスパーに分類されるのではないかと思いつつ。弔は乾いた唇をゆがめた。
「俺のほうはひとまず気にしなくて良い。"先生"はドグラニオに殺されたから……取り戻すには、ルパンコレクションをすべて揃えるしかないんだ」
「コレクションを?──!、そうか、それで快盗たちは……」
「ルパンコレクションをすべて揃えたら、どうなるというんだ?」
「簡単だよ、──どんな願いでもかなうのさ」
それが死人を甦らせるという、この世の理を捻じ曲げるような願いであっても。
*
頭を冷やすというのは、具体的にどうすれば良いのだろうか。
公園のベンチに腰掛けて、鋭児郎は缶コーヒー片手にぼんやり考え込んでいた。そういえばここは、今頭の中を占めている少年と初めて出逢った場所でもあった。あのとき見た彼は、まるで野良猫のようで。一年に渡ってこうも惹かれるほどの深い関係を築くことになるとは、思ってもみなかった。
「………」
少しでも上記の目的に役立てばと思い、ぐい、と缶を煽る。苦みの中にほんのりと甘さが交わったコーヒーは、あの店のそれとは似て非なるもので。……もう二度とは飲めないかもしれないとようやく思い至って、そんなことまでもが胸を締めつける。
「爆豪、俺……おめェの淹れるコーヒー、気に入ってたみたいだ」
誰にともなく、つぶやいたときだった。
「そりゃドーモ、ヒーロー兼お巡りサン?」
「……!」
聞き慣れた声。はっと顔を上げて……それが、幻聴などではないことがわかった。
「よォ」
「ばく、ごう……」
もう一度見たいと思っていたその姿が、確かに目の前にある。思わず一歩を踏み出しかけて……堪えた。
「……なんで、ここに来た」
「クソ髪のシケた面、拝みに来てやったんだ。はっ、期待通りだったわ」
「……見たけりゃ、好きなだけ見てけよ。でも……でもその代わり、この場で手錠かけることだってできんだぞ」
「かけんの?今、ここで?」
挑むような笑みを浮かべながら、歩み寄ってくる勝己。その一挙一同を注意深く観察する鋭児郎だったが、そこに警戒心というものはまるで窺えなかった。あの爆豪勝己が!今飛びかかれば、容易く捕らえることができるのではないかとさえ思われて。
しかし鋭児郎は、それを実行に移すことはしなかった。
「……それだ」
「!」
勝己が足を止める。
「ずっと不思議だった。ルパンレッドが俺に向ける信頼はなんなのかって。でも……正体がバクゴーだってわかって、納得できた。嫌な思いさせちまったこともあったけど……おめェも俺のこと、少しはダチと思ってくれてたんだよな」
その言葉は確認ではなく、確信にも似た響きをもっていた。何より寂寥と歓喜の混じりあった表情に、勝己の心は容赦なく揺さぶられる。
「……そうじゃねえだろ……!」
気づけば勝己は、鋭児郎に掴みかかっていた。
「俺ぁずっと……っ!ずっと、あんたを騙してたんだぞ!?悔しくねえのかッ、てめェはンな腑抜けか!!?」
「………」
「……悔しいよ」
引き出した言葉に、勝己が求める響きはなくて。
「情けねえよ……俺。チャンスはいくらでもあったはずなのに、こんなことになるまで俺は気づけなかった……!俺がもっと、頼れるヒーローだったら……っ、苦しんでるおめェらを救けられたかもしんねぇのに……っ」
「……ッ、」
鋭児郎の瞳に浮かぶものを目の当たりにして、勝己の手から力が抜けた。項垂れたまま、彼は若き英雄に背を向ける。
「……あんたがどんなヒーローだろうが、関係ねえよ」
「なんで……」
「ヒーローになれねえ……頼れもしねえヤツが、快盗になるんだよ」
それが、傲慢の果てに地獄へ堕ちた者の末路だ。
「ッ、待てよ……待ってくれ!それでも俺はおめェの力になりたいんだ!!このままじゃ、おめェの幼なじみが殺されちまうかもしれねえんだろ!?だったら俺たちだって、黙って見てなんかいられねえんだ!!」
「………」
「ッ、爆豪!!」
応答は、なかった。