【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

149 / 156
#49 ロング・グッバイ 3/3

 かろうじてドグラニオ・ヤーブンの攻撃による被害を受けなかった隠れ家にて、黒霧は独り情報収集を続けていた。"本来の顔"を覆い隠す黒い靄が、落ち着かなげに揺れている。ドグラニオの攻撃によってビクトリールパンカイザーとエックスエンペラーが敗れたことは、彼も当然把握している。その後、快盗たちがどうなったかも……ひとりを除いて。

 

「……ッ、」

 

 感情の昂りにあわせて、靄が散ろうとしたときだった。がたんと戸が音をたて、彼は我に返った。

 立ち上がり玄関へ向かった彼が目の当たりにしたのは、半ば倒れ込むようにして帰ってきた爆豪勝己だった。あちこち擦り切れ血に塗れた少年の姿に、既に動いていないはずの心臓が跳ねるような錯覚を黒霧は覚えた。

 

「爆豪くんッ、大丈夫か!?」

 

 取り繕うことさえ忘れた問いに、勝己は是とも非とも答えない。──代わりに、問い返す。

 

「クソオヤジ、と……丸顔は……?」

「………」

 

「……ふたりは、国際警察に身柄を確保されました。意識を失って倒れているところを、発見されたようで……」

「……ッ、」

 

 やはり、そうだった。予測できていたこととはいえ、それは最悪の可能性だったのだ。

 

──勝己は、独りになってしまった。

 

 

 *

 

 

 

 国際警察病院の一室にて、轟炎司と麗日お茶子は酸素マスクをつけられた状態でベッドに沈んでいた。個性由来の治療によって体力を消耗していることもあり、その眠りはとても深いもので。

 

 防護ガラス越しの廊下で、耳郎響香は見張りに立っていた。心情の面でいえば、見守っているというのが正しいか。実際、見張りなどというのは彼女らパトレンジャーの任務ではないのだから。

 

「──耳郎くん、」

「!」

 

 そこに、背広姿の飯田天哉が現れる。きょうばかりは、その足音も心なしか潜められていた。

 

「押収した彼らの装備は、オフィスに預けてきた。死柄木くんも、特に何も言わず……」

「……そう」

「切島くんは?」

「爆豪を捜しに行った。やっぱり、あきらめきれないみたい」

「それは……そう、だろうな」

 

 既にひと通り周辺は捜索したし、専門の部隊も動いている。そんな中で動かずにはいられない鋭児郎の気持ちは、天哉にも痛いほど理解できた。

 

「……怖かった、だろうな。エンデヴァーはともかく……麗日くんは、二年前まで普通の女の子だったろうに」

 

 ヒーロー志望だったとはいえ、まだそのための一歩すら踏み出していない幼い少女。快盗として命がけの戦いを生き抜いてきた今に至ってなお、その面影は色濃く残されているというのに。

 

「……日本警察に依頼して、今、あの子の母親に事情を聴いてもらっているらしい。母親が言うには……自分たち家族の生活を支えるのと、父の治療費を稼ごうとしたんじゃないかって」

「やはり……そうか。しかし、それなら──」

 

 つぶやきかけた言葉を、天哉は呑み込んだ。14歳の少女にとって、理不尽で絶望的な現実。そんなときに垂らされた一本の糸──それが地獄への招待状だったとしても、彼女にとっては唯一の希望だったのだろう。

 

「……死柄木くんの言う通りだ。もし知らなければ……俺は彼女たちを、ただ罪人と断じて胸を張っていたのかもしれない。その苦しみも絶望も、知ろうともしないで……」

 

──教えてくれ、麗日くん。僕らは今、きみたちのために何ができる?

 

 胸のうちで発した問いに、眠るお茶子から返答があるはずもなかった。

 

 

 *

 

 

 

「──申し訳ありません、このような治療しかできず……」

「………」

 

 黒霧の謝罪を、身体に包帯を巻かれた勝己は黙って受け入れた。もとよりヒーリングの個性を利用するか、時間をかけて自然治癒にまかせるかしか選択肢はないのだ。──どちらも選べないことは、最初からわかっている。

 

「……こういうことまでできンだな、あんた」

「……学びましたから」

「そうかよ」

 

 靄に覆われた黒霧の手。はじめて地肌に触れて、まるで死人のように冷たいことを知った。

 

「死者を蘇らせるのは、この世の理を捻じ曲げる行いです」

「……?」

 

 胡乱な目を向ける勝己に構わず、黒霧は独りごちるように続けた。

 

「死柄木弔と私は、それをやろうとしている。本来なら、貴方がたも……──しかし、そうでない道が見つかった」

「!」

 

 目を丸くする勝己に、黒霧は「何も知らないと思いましたか?」と訊いた。

 

「念の為申し上げておきますが、死柄木弔が告げ口したわけではありません」

「……だろうな。──知ってンなら、俺を止めようとは思わねえんか」

「そうすべき、なのでしょうね」

「………」

 

 言葉とは裏腹に、黒霧は一歩後ずさった。

 

「でも……止めて止まるような人間なら、最初から快盗になどなっていない。──そうでしょう?」

「……は、」

 

 よくわかっているじゃないか。痛む身体を叱咤して、勝己は立ち上がった。

 

「心配せんでも、コレクションも全部集め殺したるわ。……アルセーヌの顔、いっぺん拝んでみてぇしな」

「!、……気づいていたのは、お互い様でしたか」

「死柄木見てりゃ嫌でもわかるわ」

「……なるほど」

 

 "先生"とアルセーヌ──それぞれのことを語るとき、弔は同じ表情をしていた。懐かしむような……焦がれるような──ならば弔の取り戻したい大切な人というのは"先生"で、アルセーヌ・ルパンなのではないか。勝己にしてみれば、容易に出しうる結論だった。

 

「幾つなんだよってハナシだけどな、アルセーヌ」

「彼も異世界人の血を引いていますから、それも死柄木弔より色濃く」

「……そういや、ドグラニオが千年生きとるとかなんとか言っとったな」

 

 異世界の人間は、自分たちより遥かに長命ということか。そしてその力も、また。

 勝己は口許をゆがめた。幼き自身の傲慢は、すべて無知からくるものでしかなかったということだ。世界の中で、爆豪勝己といういち個人に特別なものなど何ひとつないのかもしれない。

 

──それでも今、できることはある。

 

「まだ、間に合う。……たとえ俺独りになってでも、絶対に取り戻す……!」

 

 あの日の誓いを胸に、勝己は鮮烈なる赤を手にとった。

 

 

 *

 

 

 

 瓦礫の山と化した街で、切島鋭児郎は今なお"友人"の捜索を続けていた。響香の言った通り、その発見をあきらめることなどできなかったのだ。

 

(爆豪……ッ、)

 

 そうしてひた走りつつ……せめて何か手がかりをと願って戦場付近に戻る。──と、彼はそこで瓦礫の下からかのキャップ帽を見つけた。

 

「これ、爆豪の……?」

 

 べっとりと血に塗れた感触。触れた鋭児郎の手は、ぶるりと震えた。

 

「あいつ、こんな傷で……っ」

 

──ヒーローになれねえ……頼れもしねえヤツが、快盗になるんだよ。

 

 昼間の勝己の言葉が、不意に思い起こされる。──彼は、独りで戦うつもりなのだ。同志を失った今、誰にも依らず……さらに多くの血を、流してでも。

 

(まだだ……まだ間に合う!!)

 

 ある決意を胸に、鋭児郎は再び走り出した。

 

 

 *

 

 

 

 快盗の衣装を纏った勝己は、ビルの屋上に立っていた。眼下の街は、蛍光灯の明かりで彩られている。なんの変哲もない光景──彼方の暗闇は瓦礫の山であるというのに、ここはまるで切り取られた箱庭のようだった。世界とは所詮、そんなもの。

 

「……ザミーゴ、」

 

 標的たる仇敵の名を、つぶやく。あの氷魔もまた自分を狙っていて、デクの存在は釣り餌でしかないはずだ。ならばそう、遠くへは行っていないはず。

 意を決した勝己は、ワイヤーを伝って高層のビルから飛び降りた。──屋上からのワンチャンダイブ。今まさに手を伸ばそうとしている幼なじみに自身が吐いた呪詛を、思い返しながら。

 

 

 そうして勝己は走った。走り続けた。夜の街に鮮烈な緋色が躍動する。彼が探し求めているものを知る人間は、ごくわずかしかいない。その身が傷つき、今にも倒れかかりそうになっていることも。

 そのごくわずかの中のひとり、鋭児郎もまた走っていた。スマートフォンを開きSNSを確認しつつ。深夜も深夜に得られる情報は少ないが、皆無ではない。街を駆けずり回る赤い影は、確かに存在している。見つけるのだ、必ず。彼が宿敵と邂逅する、その前に──

 

 

 そうしてどれほどの時間が経過しただろうか。空が白みはじめた頃、勝己の体力はついに限界を迎えた。

 

「……ッ、ぁ……」

 

 手すりに掴まろうとする手にも力が入らず、そのまま倒れかかる。地面が目前に迫ったそのとき、不意に力強い何かが彼の身体を支えた。

 

「爆豪……ッ、」

「……!」

 

「きり、しま」──か細い声に、鋭児郎は不器用な笑みを浮かべて応えた。繰り返されるその吐息は浅く、熱い。彼が自分に負けじと走り続けていたことを、勝己は瞬間的に察した。

 

「ッ、……なんの、用だ」

「ザミーゴのところに行くつもりか?」

 

 問いに問いをぶつけられて、勝己は顔を顰めた。尤も自らのそれが実に無意味なものであることは、口を開く前から自覚するところだったのだけれど。

 

「関係……ッ、ねえだろ……」

「ある!あんなバケモン相手にひとりで挑むなんて無茶だッ、死ぬ気かよ!?」

「そっちがクソオヤジと丸顔、捕まえたんだろうが……ッ」

「爆豪、」

「気安く呼ぶんじゃねえッ、失せろ……!」

 

 そう言い捨てて、突き放そうとしたときだった。

 

「──俺がいる……!」

「……は?」

 

 思いもよらぬ言葉に、勝己は思わず振り返った。振り返らされた、と言うほうが正しいか。

 

「前に言ったろ、──おめェの助けになりたいって」

「……ッ、」

 

 かっと頭に血を上らせた勝己だったが……大きく息を吐き出してから、抗弁した。

 

「……あんた、こうも言ったぜ。こんなやり方、絶対に間違ってるってな」

「………」

 

 太陽が彼方の山間から姿を見せはじめ、薄墨色の空が一気に橙へと染まる。燃ゆる川面の光が、鋭児郎の赤髪をいっとう際立たせた。

 

「……間違ってるよ、間違ってるに決まってる。おめェには他に、いくらでも道があったはずだ」

「ッ、ンなの──」

「でもンなこと、今だから……他人の俺だから言えることなんだ……!あのときのおめェにはそれしかなかった……そうだろ……?」

「……!」

 

「今の俺も、おめェと同じだ……」

 

 朝日に照らされた鋭児郎の、ルビーのような瞳が揺らめくのがわかる。──漢らしさを標榜するくせに、この男は年甲斐もなく涙もろい。

 

「他に道があるかなんて関係ねえ……!今、目の前で苦しんでるダチひとり救けらんねえで、何がヒーローだ……っ。そんなモン、俺にはもう要らねえ……!」

 

「──俺は今、おめェだけを救けたい!!」

 

 肚から搾り出すような鋭児郎の叫びに、勝己は言葉を失った。それは悠久ともいえる沈黙が、彼らの世界を支配することを意味していて。

 燃え上がる焦燥さえも一瞬忘れかけていた彼を現実に引き戻したのは、朝の訪れとともに前ぶれなく現れた巨大ポーダマンの群れだった。

 

「!、あれは……」

 

 鋭児郎の視線が勝己からはずれ、その暴威へ向けられる。普段ならすぐにでも駆け出すであろうところ、今の彼は一歩を踏み出すことさえ躊躇っていた。ヒーローであることより、爆豪勝己の友であることを選びとってしまったから。──それでも彼の心に、救けを求める大勢の姿かたちが浮かばないはずがないのだ。

 

 

 だからその背を、勝己はそっと押した。

 

「──!」

「………」

 

「あんたは、そっちにいろよ」

 

 その言葉は、意図したよりずっと鮮明に響いた。

 

「こんな快盗より、救けなきゃなんねえ人間が大勢いるだろ」

「ッ、それでも……俺は!」

「──俺があんたになれねえみたいに……あんただって、俺にはなれねえ」

 

 鋭児郎が、言葉を失うのがわかった。勝己は自覚していなかったがこのとき、彼の表情は誰も見たことがないほどに穏やかな笑みに染まっていて。

 

 

「──あんがとよ、烈怒頼雄斗」

 

 

 そして勝己は、踵を返した。去りゆく赤い背中──それを見送る自身の背後では、今もなお異形の怪が街を、そこに生きる人を蹂躪している。"烈怒頼雄斗"──その称号を自ら名乗った者が向かうべきは、どちらか。そんなものは決まっている。

 

「ッ、う゛あ゛ああああああ────ッ!!!」

 

 慟哭とともに鋭児郎は、紅蓮に包まれる街めがけて走り出した。──思い出したのだ。爆豪勝己と初めて出逢ったときのことを。彼のような男にこそ、一目置かれるようなヒーローにならなければと、そう決心したことを。

 願いがかなえられた今、この名を棄てるわけにはいかなかった。

 

 

 *

 

 

 

「──飯田、街でギャングラーが暴れ出した。出動するよ」

 

 響香の言葉に、天哉は躊躇することなく頷いた。監視を任せられた担当官に後を引き継ぎ、走り出す。

 

(麗日くん……待っていてくれ。きみがもう二度と、戦わなくていい世界にしてみせるから)

 

 そこに彼女の願う幸福があるのか、天哉にはわからない。だが天哉は、警察官だ。

 ならば今、彼女のためにしてやれることはそれしかないのだ。それがあるいは、彼女からあの朗らかな笑顔を永遠に奪うような所業であったとしても。

 

 

 *

 

 

 

 しかし現実に、彼らが捕らえ損ねた残るひとりは既に、因縁の相手との血戦に臨もうとしていた。

 

 街から一里ほど離れた山麓の洋館に、少年は足を踏み入れる。ここまでの道程にはところどころ不溶の氷塊が落ちていて、それらを案内板代わりにたどり着くことができた。

 

──果たして標的は、ホールで独り余った氷を齧っていた。

 

「ハァ〜イ。遅かったじゃん、ルパンレッド?」

 

 まるで親しい友人に対するがごとく気安い言葉を発する青年に、勝己は盛大に顔を顰めた。

 

「てめェがこんなとこでコソコソしてるせいだろうが、氷野郎」

「だってあんまり街中だと、すぐ邪魔が入るだろぉ?警察とか……ドグラニオとか」

「………」

 

「……あの氷は、どうした?」

 

 濁して訊くと、ザミーゴは嘲るように笑みをこぼす。

 

「青いのの息子と──"デク"だろぉ?」

「ッ、」

「ハハハハハっ、サッムぅ〜!今さら惚けた顔すんなって〜。お前らがやたらオレに執着するから、調べたんだよ」

 

 「氷に触れれば大体のことはわかるからな」と、ザミーゴ。その言葉に嘘はなかった。今まで他のギャングラーに化けの皮を提供するときも、そうして対象の記憶を読み取っておいて擬態に役立たせていたのだから。

 

「安心しな。そいつらを化けの皮にするのは──明日の朝だ」

「ざけんな!!」

「だったらオレと戦え!!」被せるように叫ぶ。「ドグラニオなんかにやられる前にな……!」

 

 言われなくともそのつもりだった。これ以上言葉は要らないとばかりに、VSチェンジャーにレッドダイヤルファイターを装填する。

 

『レッド!0・1──0、マスカレイズ!』

「いいぜ……かかってきな」

 

 弄んでいた氷を頭上めがけて投げつけるザミーゴ。それが落下を始めると同時に、勝己はトリガーを引いていた。

 光が氷に照り返し、互いの像を反射する。──映し出された姿は、それぞれ赤き仮面の戦士と氷結の異形へと変わっていて。

 

 床に叩きつけられた氷が砕け散ると同時に、ふたりは走り出していた。

 

「うおぁあああああ──ッ!!!」

「ははははははは──ッ!!!」

 

 

 銃声が、死闘のはじまりを告げた。

 

 

 à suivre……

 

 





「ふたりの笑った顔、見たいから……!」
「貴様を倒し、」
「大事な人を取り戻す!」


次回「七番目の空」


「世界の平和は、任せたぜ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。