爆豪勝己は、たった独りでザミーゴ・デルマに挑んでいた。
「ハハハハっ、ハハハハハ!!」
心底愉しげな笑い声を発し続けながら、氷銃を連射し続けるザミーゴ。対する勝己──ルパンレッドは絶えず室内を駆け回りながら、間一髪のところで氷弾をかわしていく。すぐ背後で氷が拡がる気配とともに、冷たい風が強化服越しに肌を刺す。それは敗北の臭気そのものだった。
「ハ、──オラァ!!」
「!」
傍にあったテーブルを蹴りつけ、凍った床を滑走させるザミーゴ。向かってくるそれに一瞬気をとられたレッドだが、致命的な隙を生む前に彼は動いていた。自らもスライディングの要領で氷上を滑り、あえてテーブルへと向かっていく。その隙間をすり抜け、一挙ザミーゴへ接近したのだ。
「死ねぇ!!」
「ぅおっと!」
殴りかかるレッド。しかしザミーゴはそれを容易くいなすと腕を掴み、異形の力でそのまま投げ飛ばした。
「ぐッ……──らぁ!!」
『ビクトリーストライカー!1・1・1──ミラクルマスカレイズ!』
装填したビクトリーストライカーのダイヤルを回したところで、ザミーゴは容赦のない追撃を仕掛けてくる。態勢を崩してしまった今の自分にはかわしきれない──そう判断したレッドは、咄嗟に傍にあった椅子を足払いで蹴り飛ばし、盾とした。果たして弾丸はそちらに命中し、かえって目眩ましの役割を果たしてくれた。
彼が氷塊を飛び越えて跳躍したときには、彼はスーパールパンレッドへの変身を遂げていた。マントを翻し、銃撃を仕掛ける。
「!!」
それは見事、命中をとった──しかしザミーゴはその瞬間、三つ目の金庫を光らせていた。液状化が発動し、弾丸はその身をすり抜けてしまう。
「ハハハ……、ざ〜んねん」
「ッ、クソが……っ」
コレクションを奪えない限り、勝利の糸口は掴めない──
*
同じ頃、飯田天哉・耳郎響香は変身し、戦場へと飛び込んでいた。とはいえ敵はことごとく巨大化していて、迂闊に手出しできない状況なのだが。
「くっ……切島くんたちはまだか!?」
「グッドストライカーも来ない……。ッ、しょうがない、ウチらだけで──」
覚悟を決めて、ふたりがトリガーマシンを出撃させようとしたときだった。
「──飯田、耳郎っ!」
「!」
振り向けば、駆けつける鋭児郎──パトレン1号、そしてパトレンエックスの姿も。後者の手には、求めていたグッドストライカーの姿があって。
「……悪ィ、遅くなった!」
「
『ドグラニオには吹っ飛ばされたけど、ポーダマンなんかに敗けるかよぉ〜!』
昨日の鬱憤が溜まっているのか、いつも以上に意気軒昂のグッドストライカー。ならばあとは、人間たち次第だ。
「──いくぜ……!」
脳裏で浮沈を繰り返す友の姿を強引に押し込めて、1号はVSチェンジャーにサイレンストライカーを装填した。仲間たちもまた、それに続き──
──数秒ののち、戦場に二機の巨人が立っていた。サイレンパトカイザーに、エックスエンペラーガンナー。破壊の限りを尽くしていたポーダマンらの視線が、彼らに集中する。
「こんなヤツらに時間はかけねえ、とっととカタぁつける!」
「「「──了解!」」」
弔も含めた仲間たちから返答があって、彼らは即座に動き出した。ポーダマンの銃撃をいなしつつ、エックスエンペラーが砲撃を見舞い返す。
そしてサイレンパトカイザーは一挙に跳躍し、クレーンとバイカーの両輪で伸縮自在の攻撃を仕掛ける。
果たしてそれらはグッドストライカーの言葉通り、ポーダマン相手には強烈すぎる猛攻であった。一発、一発と炸裂するたびに、その数は確実に減っていく。
そうしてある程度の余裕ができたところで、彼らは一挙に勝負に出た。
「「「「──サイレンガンナーストライクっ!!」」」」
二大巨人の一斉掃射が同時に炸裂し、その膨大なエネルギーに呑まれたポーダマンの群れは跡形もなく消滅していく。そうして街は、惨禍のあとを残しながらも静寂を取り戻した。
「任務……完了」
「………」
言葉とは裏腹に、四人の心にはひとときの安寧も訪れはしない。糸を引いているギャングラーの首領がどう動くか……そして、快盗たち。今このときは、彼らパトレンジャーにとっても苦しい局面に違いないのだった。
*
意識を取り戻した麗日お茶子が目にしたのは、染みひとつない無機質な天井だった。
「ここは……──ッ、」
痛みと倦怠感の残る身体を起こし、周囲を見やる。隣のベッドには炎司の巨躯が横たわっていて、さらにその向こう側は分厚いガラスで覆われている。
まさか、と嫌な予感を覚えていると、がちゃりと扉が開いた。
「目が覚めたか」
「!、あなたは……」
「国際警察だ。おまえたちを拘束──」
そのときだった。担当官がうっと声をあげ、その場に倒れかかったのは。
「……迂闊に身を起こすな」
「!、え、炎司さん……」
「行くぞ」──差し伸べられた手を、お茶子は躊躇なくとる。そして病室、ひいては病院をも抜け出したのだった。
*
「悪い、切島くん。こんなときに付き合わせて」
庁舎への帰途、弔は鋭児郎だけを呼びとめていた。冷たい風が、向き合う青年たちに絶えず吹きつけている。
「いいよ、おめェの頼みなら」笑顔でそう応じつつ、「でも、話ってなんだ?」
一瞬、逡巡めいた表情を浮かべる弔。今となってはそれだけで、彼が"快盗側"として何かを請おうとしていると鋭児郎にはわかる。だからといって、耳を塞ぐつもりはなかったが。
ややあって、
「……俺がこれから頼むのは、きみたちを危険に晒すようなことかもしれない。でもきみたちにしか、頼めないんだ」
「………」
鋭児郎の拳に、力がこもった。
*
がしゃんと、ガラスの割れる音が響く。
積み上げられた書類が風によって飛ばされ、床が瞬く間に白で荒らされていく。
警察戦隊のタクティクス・ルームに、賊が侵入していた。青い燕尾服に身を包んだ大男と、黄色と黒のドレスを纏った少女。彼らにとっては幸いなことに、部屋には誰もいなかった。今のうちにと、手当たり次第デスクを漁っていく。
「ほ、ほんとにこんなとこ入っとんのかな……?」
「前に死柄木が話していただろう、パトレンジャーの連中は証拠品の管理が甘いと」
いちおう引き出しに鍵はかかっているが、彼ら快盗にしてみればそんなものは目印にしかならない。ダイヤルファイターを押し当てて一瞬で解錠することができるのは、今さら言うまでもあるまい。
しかし彼らにはひとつ、誤算があった。
「──病院を抜け出して、VSチェンジャーを捜しに来たのか?」
「……!!」
捜しはじめて間もないうちに、開く扉。そして姿を現したのは、VSチェンジャーを構えた飯田天哉と耳郎響香だった。
「飯田、さん……っ」
「……麗日くん、おとなしく病院へ戻るんだ」
「………」
答は、決まっていた。
「……できません」
「麗日くん……っ!」
「ザミーゴ倒せばっ、爆豪くんと炎司さんの大切な人が戻ってくるのっ!!」
「それはきみの願いではないだろう!?」
「私の願いだよ!!……もう。……ふたりの笑った顔、見たいから……!」
「……ッ、」
言葉に詰まった天哉と入れ替わるように、響香も口を開いた。
「……その傷で戦うつもりですか?──そんなのっ、死ににいくようなもんだぞ!?」
「だから行くんだ!!」劫火のような叫びだった。「俺たちより余程自分を顧みない奴が今、独りで戦っているんだ……!」
「仲間を、死なせたくないの……!そのためなら、なんだってするのっ!!」
グリップを握る手に力がこもるのを、天哉は自覚した。──今の彼女たちに、どんな自分たちの言葉も届かない。そうとわかるのはそれが、彼女たちの意志が普遍的なものだから。
だから今──自分たちの力では、彼女たちを救えない。
「………」
傍らのデスクに、ふたつのVSチェンジャーが置かれた。
「……持っていけ。ウチらも……見殺しにはしたくない」
「逆の立場だったら……僕もきっと、走っていた。それが過ちだとわかっていても……。だから今、僕はきみたちの背中を押す……!警察官ではなく、ひとりの人間として……っ」
「……ありがとう……」
VSチェンジャーを手にしようと伸びる手に、震える大きな手が重なった。
「!」
「……二年前に、出会いたかった。そうすれば、きみがこの手に銃を握るより前に、力になってあげられたかもしれないのに……っ」
「……飯田さん……」
彼の手の上にさらに手を重ねると、お茶子はそれをそっと握り込んだ。
「飯田さんの望んだ結果じゃないかもしれないけど……それでも私、飯田さんに救われたよ。……ありがとう」
「……ッ、」
手と手が離れ、彼らは再び快盗と警察に戻る。もう二度とこの手が触れあうことがなくとも、笑いかけあうことがないとしても。
「三人で、生きて帰ってきてください……必ず」
「……きみたちも」
互いの無事を祈りあい──彼らは再び、道をたがえた。
*
ルパンレッドとザミーゴ・デルマの死闘は、終始後者の有利に運んでいた。
「ハハハ、ハハハハっ!!」
「ッ、クソが……っ」
こちらの攻撃はすべてすり抜け、敵の攻撃ばかりが命を削らんと迫る。一発が掠りでもすれば、その時点で氷漬けの未来が待っている。何も為せない、昏く閉ざされただけの未来が。
だから勝己はルパンレッドとして、全力で足掻いた。壁に叩きつけられても、間近で銃を突きつけられても。
「どうした、もう終わりか?」
「がぁあああああ────ッ!!!」
氷銃を振り払い、殴りかかる。もはやザミーゴは液状化を発動させることもなくそれをいなすと、彼を力いっぱい殴り飛ばした。
「ぐぁ……ッ!?」
吹き飛ばされ、凍りついた床を転がるルパンレッド。既に彼の体力は限界を迎えていた。変身が解け、爆豪勝己の姿が露になる。
「ッ、……ぐ……っ」
「ハハッ……」
「──アディオス?」
銃口が向けられ……いよいよ勝己の運命に、終止符が打たれようとしていた。
──刹那、天井が破砕され、無数の弾丸が部屋に降りそそぐまでは。
「ッ!」
咄嗟に身体を液状化させつつ、後退するザミーゴ。ほとんど反射的な行動だったが、それゆえ彼は勝利を掴みそこねた。落下してきた瓦礫により、彼らは完全に分かたれることとなったからだ。
「──勝己っ!!」
名を呼ぶ太い声とともに、ふたつの影が空から降りてくる。駆け寄ってきたそれらは、それぞれ青と黄に彩られていて。
彼らは勝己の両脇を抱え、素早くこの戦場を離脱していく。瓦礫の僅かな隙間から、ザミーゴはその様を目の当たりにしていた。
「ひゅう……どこまでも、愉しませてくれる」
人間態に戻った彼の表情は、言葉通りの笑みに染まっていた。
*
「勝己っ……大丈夫か?」
どこか切羽詰まった低い声が降ってきて、危機を脱した勝己の胸に戸惑いが広がった。
「てめェら……なんで、」
訊いた途端、お茶子の手が頬を引っ張る。「何しやがる」とがなるより早く、彼女は口を開いた。
「誰が倒れても残ったひとりが願いをかなえれば良い、なんて……そんな約束、クソっくらえだよ!」
「ここまで、三人でやってきたんだ。……今さら置いていくな」
「ってか、置いてかれても着いてくし!」
「お前ら……」思わず笑みがこぼれる。「どいつもこいつも……俺のこと大好きかよ。きっめェ」
つられて笑うふたり。罪過の清算のための日々で、しかし彼らが紡いできた絆は本物だった。それぞれの願いはいつしか混ざりあい、決して分かつことのできないものとなっている。──ならば最後まで、全員で成し遂げるべきなのだ。
立ち上がろうとする勝己を、すかさずふたりの手が支えてくれた。勝己もまた、彼らの手を引っ張り返す。そして再び、VSチェンジャーを手にとった。
「今日こそ絶ッ対、ザミーゴ倒して──」
「大事なものを取り戻す……!」
「そんで、最後にみんなで笑いあおう!」
三つの銃身が触れあい、かたりと澄んだ音を奏でる。──そのときだった。傍らから、形状の異なる"四つめ"が差し出されたのは。
「三人じゃなくて、四人だろ?」
「!、死柄木……」
白銀の衣装に身を包んだ彼もまた、今ではかけがえない同志に違いない。そして彼は自分たちと異なる立場ゆえ、異なる方向から突破口を切り開いてくれる。
「ザミーゴを倒すための秘策を持ってきた。褒めたたえるが良いぜ、諸君?」
そう言って、弔は悪戯っ子のように笑った。
*
「──クレーンとバイカーを死柄木に渡しちまいました!すんませんでしたっ!!」
威勢よく声をあげて、鋭児郎はがばりと頭を下げた。
塚内管理官とジム・カーターが、その姿を困り果てた様子で見下ろしている。
「……まったくきみといい、そこの飯田・耳郎両名といい、最後の最後で好き勝手やってくれるな……」
「面目次第もございません……!処分は覚悟のうえです!!」
「処分は部下の管理がなっていない管理官にも及ぶんだが?」
「ううっ……申し訳ありません、本当に……」
すっかり萎びた声をこぼす天哉を認めて、塚内はくすりと笑った。
「……やれやれ。ま、クビになったら切島くんに養ってもらうか」
「うぇッ、俺っスか!?」
「だってきみ、俺たちと違って無職にはならんだろう」
「そ、そうっスけどぉ……あっ、じゃあこういうのはどうっスかね!?俺ら全員で喫茶店開くんス!俺はまあ副業って形になっちゃいますけど、烈怒頼雄斗プロデュースってことで!ウチの事務所にも出資してもらって!」
「はは、いいねそれ」響香が同調する。
『あのぅ……それって私はどうなるんでしょう?』
「あっ……」
ジム・カーターの瞳が冷たく光り、気まずい沈黙に包まれる室内。──直後にパトランプが警報を鳴らしたのは、彼の感情を表したものではなかった。
『!、朝比奈地区にドグラニオ・ヤーブンと大量のポーダマンが出現との報告です!あ……半径1キロが既に壊滅状態だと……』
「ッ!」
「………」
「俺たちがどんな未来を語ろうと……ドグラニオを倒さない限り、それは永遠に訪れない。──切島くん、飯田くん、耳郎くん」
「今は、きみたちにすべてを託す」──その言葉に、三人は力強く頷いた。