どこかで、鐘が鳴っている。
目覚めを促すような、何かの到来を告げるようなその音を幻聴と切り捨て、少年はとりとめもなく過去を思い起こしていた。
──来世は"個性"が宿ると信じて、屋上からの……ワンチャンダイブ!!
──きみなんか、ヒーローじゃない……!
──俺の前から消えろッ、二度とそのツラ見せんな!!
──"ルパンコレクション"。すべて集めていただければ、我が主が、あなた方の願いを叶えます。
あの日爆豪勝己は死に、快盗ルパンレッドが遺された。ただ、デクを取り戻すという願いのために。
──ならばその願いをかなえた今、自分はいったい何者なのか。勝己はとりとめもなく考える。無論そんなこと、今さら取るに足らない問題でしかないのだけれど。
「さァて、と。こっから出ること、考えねえとな……」
ドグラニオ・ヤーブンの肚の中──甘えるように仲間たちに寄りかかったまま、勝己は淡々とつぶやく。その言葉に、もはや獰猛な情熱は微塵も残されてはいなかった。
*
「なら……俺が!俺たちが!!──てめェをぶちのめして、
一方で、誰よりも気炎をあげる青年がドグラニオと対峙していた。彼、そして彼の仲間たちはともに、白身銃を携え最後の戦いへ歩を踏み出さんとしている。
「面白い……──やってみろ!」
迎え撃つドグラニオ。その金庫が鈍く光り、左腕が猛獣のごとき巨大な爪に変貌する。
「フン──!」
振り下ろされる魔爪。それは剣波となってパトレンジャーに襲いかかる。
「!、ふたりとも俺の後ろに!」
「うむ!」
「ああ!」
鋭児郎が硬化を発動させ、仲間たちを背に庇う。同時に到達した剣波がコンクリートをがりがりと削りながら、彼らの身体を後方へと押しやった。
「ッ、こんな……モン……っ!」
「ほぉ、粘るか。──なら、これはどうだ?」
再び金庫が光るや、ドグラニオの周囲から独りでにコンクリートが削れて浮かび上がる。それは鋭い尖頭器のような形状に変わり、ようやく前進を再開せんとしたパトレンジャーに殺到した。
「ぐあ……ッ!」
「切島!?」
「大丈夫か!?」
「ッ、まだ……まだぁ!!」
搾り出すような声に、余裕など微塵もない。このままでは、たどり着く前にやられてしまう……!
「ここはいちかばちか……快盗の武器を使うぞ!!」
ルパンレッドから託されたシザー&ブレードダイヤルファイターをVSチェンジャーに装填、
『シザー!9・6──3!』
2号の手に、巨大な盾とブーメランが装着される。それをもって前面に出た彼は、ドグラニオの攻撃を防ぎつつ、力いっぱいブーメランを投げつける。
「!」
果たしてそれは、ドグラニオにはいとも容易く弾かれてしまった。とはいえ予想できていたことではある、すかさず3号が1号の傍らへ飛び出した。
『サイクロン!3・1──9!』
「今度こそ……喰らえ──ッ!!」
トリガーを引き──放たれる、緑翠の刃。それはドグラニオと接触した瞬間、ひときわ大きな爆発を起こした。
「やったか……!?」
無論、倒せたかという意味ではない。そんな甘い敵でないことはわかっているし、そもそも体内に勝己たちがいる状況で倒してしまうわけにはいかないのだ。ただ大きなダメージを与え、その気力を折らなければ──
──それさえも甘い考えだったのだと、彼らは次の瞬間、身をもって知ることになる。
「──SMASH」
ひどく穏やかな声だった。一瞬、時が止まったような静寂が世界を包み込む。
そして我に返ったときには、彼らは閃光とともに遥か彼方まで吹き飛ばされていた。
「う……あぁ……ッ」
「ッ、ぐ、うぅ……!」
全身を打ち据えられたかのような痛みに、身を起こすことさえできない。当然のように警察スーツも剥がされ、鋭児郎たちはもう何度目かわからぬ苦杯を舐めさせられた。
しかし今度ばかりは、その性質が異なる。いったい、何が起きたというのか。
「ははははっ!流石、"始まりのルパンコレクション"なだけのことはある」
金庫から伸びた光流に、全身を包まれたドグラニオ。その光景が……そして"始まりのルパンコレクション"とは何か。鋭児郎たちには、知るよしもないことだった。
*
「──あ、またコレクションが光った……。今度はなんやろ……地球儀?」
「地球儀というより、地球そのものに見えるが」
「確かに……」
外の激戦を極めて断片的にしか感知できない快盗たちは、ドグラニオの体内にてそんな会話を繰り広げていた。一応、VSチェンジャーを片手にはしている。ただそれは、もはや戦うためではなくて。
「勝己、そちらはどうだ?」
ひょこひょこと軽い足取りでやって来た勝己は、その問いにため息を交えて答えた。
「ダメだな、なんもねえしなんも起きねえ」
「……ふむ、」
ただ今彼らは、脱出口を捜して彷徨っていた。ドグラニオの金庫の中という特異な空間、どこまでも草原が広がっているかと思えば一歩も動いていないにもかかわらず風景ががらりと変化することだってある。ただひとつ言えることは、この空間の外側は見えない虚無に覆われているということだ。
「……私たち、これで終わりかなぁ」
その場にぺたんと座り込み、俯くお茶子。彼女の願いを知る男たちは、揃って同情的な視線を向けたのだが。
「はぁ〜……ま、しょうがないか!デクくんとショートくん取り戻せただけでも、オールオッケーや!」
「……良いんかよ、てめェはそれで」
「母ちゃん父ちゃんのことは、黒霧さんたちがなんとかしてくれるよ。ルパン家、お金持ちやし」
しかし……言うまでもなく、お茶子はそこにいない。彼女の願うありふれた幸福は、永遠に彼女の手には入らないものとなってしまった。
「ならば、最後はこの三人か。……貴様らとの二年間、案外悪くなかったぞ」
「お、デレた!」
「は、ツンデレかよきめェ」
ししし、と笑う勝己のそれは、これまでに見たどんな表情よりも幼く、無邪気なものだった。
*
──三十余年前、初めて訪れたこの世界で初めて触れたルパンコレクション。"それ"はドグラニオにとって、そういう意味において特別なものだった。その強大な力に、彼は年甲斐もなく魅せられたのだ。
「おいおい、もう終わりか?」
「……ッ、」
「俺を愉しませられないなら──消えろ」
光る拳が、ゆっくりと振り上げられる。彼の言葉が比喩でなく、文字通りの現実になることを鋭児郎たちは予感した。時空すらも超越するほどの力、多少の防御などなんの意味もなく生身の人間は消し飛ばされる。
そのときだった。──「快盗チェンジ」の発声とともに、白銀の戦騎がドグラニオめがけて飛びかかったのは。
「うおぉぉぉ──ッ!!」
「死柄木!?」
死柄木弔──ルパンエックスの振り下ろした刃を、不意打ちにもかかわらず弾き返すドグラニオ。しかしそれでもなお、エックスはその場に踏みとどまってみせた。
「俺が……ッ、こいつの金庫を開ける!爆豪くんたちを救けてコレクションも取り戻す──ッ!!」
ドグラニオに"溜め"の時間を与えないよう絶えず攻撃を仕掛けつつ、声を張り上げる。そして、
「スペリオル──エックスっ!!」
刃を鎖に押しつけると同時に、エネルギーを一気に放出する。爆発が、起きる。飛びのくエックスは、その紅蓮を認めて固唾を呑んだ。これ以外に、鎖を断ち切る手だては──
「──無駄だ」
「……!」
劫火を振り払うようにして姿を現す、黄金。その胴体を覆う鎖は……一本たりとも、断たれてはいなかった。
「この鎖は、誰にも斬れん──!」
光がバチバチと音をたてて弾けると同時に、地を蹴るドグラニオ。弾丸のような速さで迫られ、エックスの対処は一寸遅れた。
「があぁッ!?」
炸裂したのは、杖……否、杖の中に隠されていた刃だった。異世界で最も硬質な金属で造られたそれは、ルパンエックスの堅固な鎧さえ容易く切り裂く。アルセーヌ・ルパンの遺志を継いだ彼でさえ、この悪鬼には歯が立たないのか──
*
「はあぁ……」
何度目かわからない同志のため息に、ただでさえ短い爆豪少年の堪忍袋の緒がぶち切れた。
「うるっっっせえなさっきからよォ!!ここで死ぬンがイヤなら好きなだけ泣き叫べや!!!ハァハァ横でやられんのがイチバン不愉快だわ!!!」
「ちょっ、ひとを変質者みたいに言わんといてくれる!?」抗議しつつ、「そりゃここで死ぬんはイヤやけど、そうじゃなくてっ!……勿体ないやん、目の前にコレクションがいっぱいあるのにさー」
「確かに、このままでは俺たちもろとも木っ端微塵だからな」
既に願いは叶い、自分たちがルパンコレクションに拘る理由はなくなった。ゆえに冷静な態度を保っている三人だが、可能ならばすべて揃えて黒霧や弔のもとへ返したい気持ちをなくしたわけではない。アルセーヌ・ルパンをひと目見たいという願いというには些細な欲求は、もはや永遠に果たすことはないにせよ──
「あ〜!一生のお願いって言ったらここから出してくれへんかなぁ!?ドグラニオもコレクションもぉー!」
「どんだけ都合良いハナシだよ。小学生じゃあるまいし」
「中学は出てるもん!……一応」
「最終学歴……」と、お茶子が恨みがましくつぶやきかけたときだった。
「──えっ……?」
「……?」
「どうした、お茶子?」
不意に怪訝な顔つきになった彼女は、仲間たちの背後を指差してみせた。
「ねえ、あのコレクション……なんか変やない?」
果たしてそれは、先ほどから何度か光を放っている地球儀のようなルパンコレクションだった。その現象自体は他のコレクションにも起こっていて、ドグラニオの使用に合わせたものと理解できた。
しかしそれにしたって、光は不可逆的に強くなる一方だった。もはや光の塊と呼ぶほかなくなったその球体は、勝己たちの視線を浴びた途端に──巨大化する。
「な……ッ!?」
「──!」
「うそ──」
そして彼らは、逃げ出す間もなく膨張する光球に呑み込まれて。
「ッ、……?」
目を開けると、そこはどこまでも純白が続く不思議な空間だった。何もない。踏みしめる地面の感触すらなくて、にもかかわらず、彼らはその場に立つことができていた。
「何ここ……?はっ、まさか天国!?」
慌てたお茶子の言葉を、勝己も炎司もひとまずは無視した。ドグラニオの体内であることは確かだろう。ただ、コレクションによって飛ばされた場所であろうことが気にかかった。
「どうなっている……?これもドグラニオの仕業か?」
「………」
パトレンジャーらと外で戦っているだろうドグラニオが今さら自分たちに何かしてくるとも思えないが、可能性は否定しきれない。
ゆえに銃身を握りしめ、快盗たちは身構える。このままドグラニオもろとも消えうせるのはやむないと思いつつ、ドグラニオの意志で引導を渡されることは我慢ならない。彼らに残った最後のプライドだった。
しかし次の瞬間に起こったのは、彼らの予想だにしない現象で。
『──やあ、はじめまして。快盗戦隊』
「……!?」
ふわりと浮かび上がる不定形の靄、それは少年と青年の境目のような柔らかい声を発すると同時に、徐に人間の姿を形作った。
「ッ、誰だ……てめェ」
「あ、足ないやん……。まさか、ドグラニオに殺された人の幽霊……?」
怯えるお茶子のつぶやきに、幻影のような痩身の青年はくすりと笑った。そのいでたちは弔に似ているように思われたが、顔までは判然としない。
『当たらずしも遠からず、かな。僕は"原初のルパンコレクション"に残された、魂の残滓のようなものさ』
「……どういうことだ?」
『すまないが詳しく説明している時間はないんだ。ドグラニオの体内に囚われている以上、僕らに自由はない。奴が再び
『──それでも僕らは、きみたちの力になりたい』
「!」
その声はかすれていたけれど、明確な意志を感じさせるもので。保とうと努めていた警戒心が、自ずと解けていくのを感じる。彼が自分たちの敵ではないのだと、本能が訴えかけてくる。
「じゃあ、ここから出してくれたりとか……?」
『それは無理だ。さっきも言った通り、この中にいる限り僕らに自由はない。ドグラニオの行動に干渉することはできないんだ』
『だから──きみたちに、"これ"を託す』
青年の腕の中に現れたオブジェクトは、これまた予想だにしないもの。──同時に確かなジョーカーたりうるものだと、納得させられるものでもあったのだ。