【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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#8 重なりあうもの 1/3

 

──デストラ・マッジョ。

 

 ギャングラーの王たるドグラニオ・ヤーブンの腹心である彼は今、己が主の前に跪いていた。

 

「デストラ。おまえ、ブンドルトの奴を使って新たなコレクションを手に入れようとしたそうじゃないか」

「はっ……」

 

(あの女、余計な告げ口を……)

 

 恭しく頭を垂れつつ、こちらに探りを入れてきたゴーシュ・ル・メドゥの不気味な顔を思い出すデストラ。──忌々しい。

 

 だがドグラニオは、何も一の側近を疑っているわけではなかった。

 

「いいさ、別に咎めやしない。おまえは独自の考えで動き、結果として俺に最大限の利益をもたらす。昔っからそれでうまくやってきたんだ」

「……ありがとうございます、ボス」

「それよりもだ。情報源は……ザミーゴの奴か?」

「!」

 

 ドグラニオが興味をもったのは、むしろそちらのようだった。誤魔化す理由もない、デストラは静かに頷いた。

 

「はい、人間界で手広くやっているようです」

「ほう……」

 

 全身を覆う鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、老人は血のいろをしたワインを煽った。

 

 

「あいつが俺の後継者に名乗りをあげりゃ、もっと面白くなるんだがな……」

 

 

 *

 

 

 

 この日、ジュレは空前の大繁盛ぶりだった。

 

 モーニングから客足が絶えず、テーブルは常に満杯。ウェイトレスである麗日お茶子ばかりか、店長を務める轟炎司もまたこのときばかりは──眼鏡で簡単に変装して──接客を行っていた。

 

「はぁぁぁ忙しい忙しい……!猫の手も借りたいよぉ……!」

「……そうだな」

「そんなときにもうっ、爆豪くんはま~たどこでサボっとんのかなぁ!?」

 

 彼女の言う通り……店内に、爆豪勝己の姿はどこにもなかった。恒例の買い出しに行ったきり、何時間経っても帰ってこないのである。

 

「決めつけてやるな、ブンドルトを捜している可能性もある」

「それ……本気度何%の発言?」

「……ゼロ」

 

 思わず噴き出すお茶子。小学生みたいな言い方をすると思ったが、流石に口には出さなかった。

 それより勝己がいないとなると、疑問に思われるだろう点がひとつ。調理は一体誰がやっているのか?

 

「サンドイッチセット、用意できました。3番テーブルに持っていってください」

「!、あぁうん。……手伝ってくれてありがとねっ、黒霧さん!」

 

 「どういたしまして」と慇懃に応じる黒霧。──いつものように情報提供に訪れた彼は、来客があるやまたいつものように帰ろうとしたのだが……そこを炎司に捕らえられて、これである。

 

「一応はここのオーナーなんだ、たまには現場で汗を流してもらわねばな」

「……仰せのままに、店長」

 

 そう言ってのける店長殿も、普段はカモフラージュの一環と言い張って表に出てこようとしないのだが。

 ここの関係者は誰も彼も労働を軽視しすぎだと、汗水垂らして働く両親のもとで生まれ育ったお茶子は真剣に思った。

 

 

 *

 

 

 

 一方、国際警察。

 神妙に立つ二名の隊員を、塚内管理官が気遣っているところだった。

 

「ふたりとも、まずは無事に復帰してくれて安心した。でも無理はしないようにね」

「……はっ!」

「ま、やれるだけやりますよ」

 

 飯田天哉と耳郎響香──いつもの調子ではあるが、彼らの身体にはまだ治療痕が残っていた。ブンドルト・ペギーの国際警察侵入に始まった一連の騒動は、まだ三日前のこと。直撃に近いミサイル攻撃を受けたふたりは、本当ならもう少しゆっくり療養させてやりたかった。

 

 塚内が内心でそんなことを思っていると、天哉が唐突に背筋を折った。

 

「……申し訳ありません、管理官!ギャングラーを逃がし……VSビークルも快盗に奪われてしまい……!」

「……飯田、」

 

「──ギャングラーも快盗も、次こそは必ず……!」

 

 拳を握りしめて、そう宣言する天哉。それはパトレンジャーの一員として、理想的な心構えだと思われた──表向きは。

 

「そりゃもちろん頑張ってはもらいたいが……重ねて言うけど、本当に無理はしないように。──ジム、」

『ハイハイ、なんでしょう!?』何やら忙しくしているジム・カーター。

「ブンドルト・ペギーは見つかりそうか?」

 

 ジムは今、膨大な防犯カメラのデータからブンドルト・ペギーを捜しているところだった。この三日間で奴の人間体は割れている。パトレンジャー以外の実働部隊もまた、そうして地道な努力を積み重ねているのだった。

 

『捜してますよ!集中してるんだから、邪魔しないでください!』

「お、おぉすまん。……一応上司なんだけどな、俺」

 

 ジムは自律思考能力をもっているが、口調が丁寧なのはあくまでそういうプログラムだからであり、実際のところそこまで礼儀を弁えているわけではないのだった。

 

「ハハ……あ、そういや烈怒頼雄斗は?」

「ああ、彼なら当直を終えて帰った。あれからずっと詰めさせてしまったからね、ブンドルトが見つかるまでは休ませるつもりだ」

 

 ここ三日間は療養に専念していたため、ふたりはあれから鋭児郎と顔を合わせていないのだ。ゆえに彼がどんな心持ちでいるかもわからない。

 

「気に病んでないといいんだけど……」

「………」

 

 響香の気遣いの言葉──流石に口には出さなかったが、それは無理な相談だろうなと塚内は思った。この三日間、鋭児郎はずっと思い詰めているようだったから。

 

 ただかの青年の心を真に沈めているものがなんなのか、塚内は知らないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 退庁した切島鋭児郎は、しかしまっすぐに帰宅することはなかった。

 

 缶コーヒーを片手に、ぼんやりとベンチに座り込む。その赤い瞳は何もない虚空の一点を見つめたまま、無意味に瞬きを繰り返している。

 鋭児郎の心にあるのは、快盗のことばかりだった。「これしか無いから快盗をやっている」と、絞り出すような声で告げたルパンレッド。彼らが心の底から望んで快盗に身を堕としたのでないとしたら、その目的は一体なんなのか。

 

──彼らには、そうしなければならない事情がある。

 

 鋭児郎の懊悩は、ますます深まっていくばかりだった。

 

 

 一方で、表の仕事をサボタージュ……もとい、のんびりとした買い出しに出かけていた爆豪勝己。

 なんの因果か彼は、鋭児郎のいる公園の前を通りがかってしまった。

 

「げっ……ヒーロー崩れ」

 

 うっかりその姿を視界に入れてしまい、盛大に顔を顰める。幸いにして、考え事をしている様子の相手はこちらに気づいていない。

 素早く踵を返そうとして……いや待てと思い直す。デジャブを感じたことはこの際無視した。

 

「あのクソペンギンの情報……引き出せるかもしれねえか」

 

 心底憎たらしい相手。だからこそ仮面をかぶってでも親しげにして、その実ボロ雑巾のように利用し尽くしてやる。そんな想像をすれば、ほんの少しだけ気持ちが晴れた。

 すたすたとベンチに歩み寄り、

 

「よォ、ヒーローのオニーサ──」

「──あぁもうわっかんねえぇぇう゛熱ぢッ!?」

「!?」

 

 いきなりの激発に、勝己は珍しくびくりと反応してしまった。鋭児郎のほうはというと弾みで缶コーヒーをこぼしてしまったらしい、太腿のあたりを押さえながら悶えている。

 

「あぁもうッ……ダメダメだなぁ、俺……」

 

 深々とため息をつきつつ、とぼとぼと駅の方向へ去っていく鋭児郎。齢18にして、その背中からは哀愁が漂っていた。

 

「……ンだよ、いっちょまえにウジウジしやがって」

 

 つぶやいた声は、自分の意図した以上にか細かった。その大きさも逞しさもまったく比べ物にならないというのに、どうしてか黄色いリュックを背負った、独りぼっちの小さな背中を思い出してしまう。勝己は暫し、その場から動くことができなかった。

 

 

 一方、最後まで勝己の存在に気づくことなく立ち去った鋭児郎。帰宅すべく電車に乗り込んだところで、携帯電話が振動した。

 

「!──はい、切島です」

『塚内だ、ブンドルト・ペギーの居所が特定できた』

「おっ、マジっすか?早かったっスね……」

『ジムは優秀だからね。まったく休ませてやれなくてすまないが……頼めるか?』

「もちろんス、すぐ戻ります!」

 

 快盗のことでぐるぐると悩み続けているところだったから、むしろ揚々と応じた。ギャングラー相手なら、心ゆくままに戦うことができる。

 通話を終えると同時に、発車を告げるアナウンスが流れてくる。他の乗客にスンマセンと謝りつつ、彼は扉が閉まるすんでのところで外に飛び出していった──

 

 

 *

 

 

 

 果たしてブンドルト・ペギーは、チンピラ風の男の姿でこそこそと移動を続けていた。ギャングラーの姿でなければ、一般市民に騒がれることもない。しばらくほとぼりを冷ませば、また元通りの犯罪三昧──まったく懲りていない実に浅はかな考えだが、それはすぐに打ち破られることになる。

 

「見つけたぞッ、ギャングラー!!」

「!?」

 

 突如勇ましい声がかかったかと思えば、既に見慣れた──見慣れたくはなかった──制服の三人組に取り囲まれる。

 

「げぇっ、ぱ、パトレンジャー!?どうしてここが……」

「国際警察の情報網、舐めんじゃないよ」

「今度こそ、貴様を討つ!!」

「な、何ィ!?……チッ、やれるモンならやってみろってんだ!!」

 

 人間の姿を自ら脱ぎ捨て、ブンドルトは甲冑を纏ったペンギン怪人という正体を現す。そこまで当然予測できていた三人は、すかさずトリガーマシンをVSチェンジャーに装填した。

 

「「「──警察チェンジ!!」」」

『警察チェンジ!』

 

 三人の発声と電子音声が重なりあう。同時にブンドルトがロングウオーソードを振るう。周囲に振り撒かれる剣波。なぎ倒されたオブジェクトが爆発を起こすのと同時に、彼らは変身を完了していた。

 

「ふ──ッ!」

 

 三方から銃撃を繰り出しつつ、一挙に距離を詰めていくパトレンジャー。ブンドルトは悪態をつきながら銃弾を捌いていくが、彼の実力では三人の連携には到底及ばない。甲冑が防御力のおかげで大きなダメージに繋がってはいないが。

 

「痛ぇなチクショウ、テメェらと戦ってもなんの得もねぇってのによう!」

「何……!」

「あーあ、どうせなら快盗がよかった……っぜぇ!!」

 

 斬擊が、最も近くにいたパトレン1号めがけて襲いかかる。その鋭い刃が、肩口から袈裟懸けにその身を切断する──とは、ならなかった。

 理由は言うまでもない、鋭児郎が自らの個性を発動させたためだ。

 

「な、何ィッ!?」

「こんな攻撃……俺には効かねえっ!!」

 

 硬化した身体で刃を受け止めたまま、力いっぱい拳を振りかぶる。奇しくも三日前よろしく頬を殴打が直撃し、ブンドルトは思いきり吹っ飛ばされた。

 

「ナイス、烈怒頼雄斗」

「っス、あざっす!」

「よし……このまま倒すぞ!」

 

 残念ながらグッドストライカーが現れる様子はないが、それでもやりようがないわけではない。攻めて攻めて、攻めまくって倒す!──それが警察のやり方だ。

 三人の本気を感じ取ったブンドルトは、いよいよ危機感を覚えた。どうにかこの場を切り抜けなければ──

 

「お、オイいいのか!?今オレを殺したら、快盗がキレて何すっかわかんねえぞ!アイツら、"コレ"にご執心みてぇだからな……!」

 

 己の金庫を指し、そう言い放つブンドルト。対する警察の返答は、

 

「くだらない命乞いを……!奴らの目的を遂げさせるつもりなど、いずれにせよ我々にはない!!」

 

 パトレン2号の、怒りの叫び。やや感情的にはなっているものの、その主張は従来と変わらない。少なくとも彼の仲間たちにとって、違和感のない言葉であるはずだった。

 しかし……鋭児郎の心は、この三日間で大きく変容していた。

 

「……ッ、」

 

 快盗たちは、ルパンコレクションを手に入れることを目的としている──今このギャングラーを討つことは、それを永遠に不可能とすることになりはしないか。

 迷う鋭児郎。それに気づいたのは、隣に立つ3号──響香だった。

 

「……烈怒頼雄斗?」

「………」

 

──そのとき、

 

「往生際が悪いわね、ブンドルト」

「──!」

 

 響く、澄んだ女性の声。同時にブンドルトの傍らにブラックホールが生成され……声からは想像もつかない、醜い異形の怪人が姿を現した。

 

「おまえは……!?」

「ゴーシュ!?」

 

 パトレンジャーとブンドルトの声が重なる。ゴーシュ・ル・メドゥ──デストラに続き、彼女もまた表舞台に姿を現したのだ。

 銃を向ける警察をまったく意に介さず、ゴーシュはその不気味な顔をブンドルトに向けた。

 

「ブンドルト、おまえに良いニュースと悪いニュースがあるの」

「なぬ!?なんだそりゃあ?」

「フフ……でもここじゃ落ち着いて話せないわね。移動しましょう?」

「ッ、させるか!」

 

 二度までもブンドルトを逃がすわけにはいかないと、焦燥のこもった弾丸を発砲する三人。しかしそれらを掌で容易く弾き、ゴーシュはブンドルトを連れてブラックホールへと消えていく──

 

「おのれ……!待てギャングラー!!」

 

 叫ぶ2号。そのふくらはぎのエンジンがドルルルと音をたてるのを聞いて、3号は我に返った。

 

「ちょっ……何する気だよ飯田!個性使ったら戦うどころじゃないだろ!?」

「ッ、しかし……!」

 

 少年の時分に蛮勇の代償として負った怪我の後遺症で、天哉は個性を使えない──無理に使えば傷口が開くことになる。それが現実になったのは、ついひと月ほど前のことだった。

 

──結局、幸か不幸か彼が個性を発動させることのないまま……ゴーシュとブンドルトは、ブラックホールともども姿を消したのだった。

 

 

 

 

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