爆豪勝己はリムジンに揺られていた。
後部座席が向かい合う形になっており、運転席とは防音ガラスで遮られている。
「先日はご苦労様でした。おかげさまでまたひとつ、"ルパンコレクション"を取り戻すことができました」
慇懃に礼を述べる、仕立てのいい燕尾服姿の男。……いや、男とは断定できない。声や体格は確かに男性のものだが、首から上は黒煙のような流動体となって漂っている。この個性社会にあっては"そういう異形型"であるというだけで、さほど奇怪な容姿ではないが。
相対してシートにふんぞり返る勝己は、「フン」と鼻を鳴らしてそれに応じた。表向きの労いのことばになど、なんの価値もない。
それよりも、黒煙男も発言した"ルパンコレクション"のことが脳内を占めていた。個性黎明期と呼ばれた彼方の時代、稀代の大怪盗として名を馳せたアルセーヌ・ルパンが、世界中から集めたという財宝の数々。ただの骨董品ではなく、それぞれ不思議な力を秘めている──ゆえに、邪なる者たちに使われては恐ろしい事態にもなりかねない。
だが現実に、ルパンコレクションの多くはギャングラーによって奪われてしまっている。そのためにルパン家は傾き、現当主は臥せっている──
「ルパン家に仕える者として、このままでは偉大なる先祖に顔向けできませんので」
「──黒霧サンよォ」唐突に黒煙男の名を呼ぶ勝己。「あんたらの顔なんざどうでもいいんだよ。……例の約束、忘れたとは言わせねえからな」
「……フフ、勿論です」
「あなた方ルパンレンジャーの
「……そうかよ。──つーか、そろそろ本題に入れや。わざわざ媚びへつらいに来たわけじゃねえだろ」
言われるまでもなく、黒霧とて無論そうするつもりであった。
「国際警察に動きがありました。──本日フランス本部より、彼らが密かに入手していたルパンコレクションが運び込まれたようです、それも複数」
「!、……あの税金泥棒どもが?ルパンコレクションを?」
快盗が警察を泥棒呼ばわりするとは。なかなかのブラックジョークだと愉快に思いつつ、黒霧は手にしたファイルを開いて見せた。
「しかも、同じく動きをつかんだらしいこのギャングラーも、コレクションを狙っているとか」
ファイルに貼りつけられた二枚の写真。一方は目つきが悪いチンピラ風の男のものだが、もう一方には異形の怪人の姿が写し出されている。
「"ガラット・ナーゴ"。無差別に強盗を繰り返しては、周囲一帯をルパンコレクションの能力による火炎放射で焼き尽くしていく男です」
「……ふぅん」
れっきとした凶悪犯罪なのだが、そんなギャングラーはごまんと見てきた勝己の反応は薄い。
「うまく行きゃ、コイツのとまとめて一気にコレクションを取り返せるってわけか。だが、国際警察に侵入するとなると……」
「その必要はありません。ルパンコレクションを乗せた便は、先ほど空港に到着したばかりだそうですから。そして空港から日本支部までの運搬ルートがこれです」ルートの記されたマップを示す。「ガラット・ナーゴの潜伏拠点が、このあたりにあります。襲撃があるならここかと」
「………」
暫しマップを睨んでいた勝己は、じろりと視線を上げた。
「この情報、確かなんだろうな?」
「勿論です。情報源はお教えできませんが」
「ンなモンに興味ねえよ。──わーった、信用する」
「ありがとうございます。しかし、宜しいのですか?」
「?、何がだ」
「警察からコレクションを奪えば、ルパンレンジャーはヴィジランテではなくまごうことなきヴィランとして追われることになります。あなた方に、その覚悟はおありですか?」
「……ハッ」
表向き気遣うような黒霧のことばを、勝己は鼻で笑った。
「こっちは
己が望みのため、どこまでも突き進むだけ。勝己の目に迷いはなかった。であるならば、あとのふたりも。
「わかりました。──我々もあなた方を信頼していますよ、爆豪くん?」
「……フン」
リムジンが停車する。黒霧に別れを告げることもなく、勝己は素早く地上に降り立った。
「………」
一瞬、立ち止まる。たった一年前まで、自分がヴィランどころかヴィジランテになる未来さえ想像だにしていなかった。己にふさわしいと思っていた未来の姿は、ただひとつ──
時間にして数秒。再び歩きだした彼の目前には、かのフレンチカフェがあった。扉を乱暴に押し開き、ずかずか入っていく。
ウェイトレス姿で客を迎える準備をしていた麗日お茶子が「ああっ!」と声をあげる。
「ちょっと爆豪くん、どこで何してたん!?危うく予約のお客さん来るまでに準備終わらんとこだったよアホ!」
「誰がアホだ丸顔が。──ンなことより、」
「予約はキャンセルだ」
「は、……な、何言うとん!?」
お茶子は困惑した。どこぞでサボるだけでは飽き足らなくなったのか、この男は。
──勝己の意図を察するのは、もうひとりのほうが機敏だった。
「"本業"か」
奥からぬっと姿を現した炎司。相対する勝己は、唇の端を歪めてうなずいた。
そんな男たちを、お茶子はクエスチョンマークを乱舞させながら見ていたのだが、
「……ああ~!」
寸分遅れて、ようやく彼女も事態を察したのだった。
「ギャングラーのアジトは?」
「暮浜埠頭の近衛工場跡。国際警察の運搬車がそのすぐ近くを通りかかる」
「襲撃して誘い込む意図か」
「ねえ。ギャングラーと警察のコレクション、どっち先にゲットする?」
「ンなもん状況によるだろ」
「あえて順番をつけるなら後者が先だろう。ギャングラーはまたすぐにでも現れるだろうが、警察のコレクションは一度運び込まれてしまえば見つけるのも容易ではない」
現地での行動計画を組み立てながら、衣服を着替えていく三人。お茶子が黄、炎司が青──そして勝己が赤。それぞれのパーソナルカラーを基調とした燕尾服にシルクハットを纏う。
そして、目元を覆う仮面。見た目にはただのアイマスクであるが、これには装着者の容姿を認識しにくくする機能が備わっている。正体が露呈すれば当然活動もしにくくなる、表と裏の顔を使い分ける勝己たちには必須のアイテムだった。
「ハァ……いよいよ警察相手かぁ。後戻りできないなぁ、もう」
「戻りてぇんならここで降りりゃいいだろ。あばよ丸顔」
「ッ、いじわる!ココの男どもはどうしてこう……」
「おしゃべりはそれくらいにしろ、──行くぞ」
「チッ、命令すんなや」
言い争いながらも、華麗な身のこなしで飛び出していく三人の快盗。ルパンコレクションを手に入れ、目的を果たす──その意志の固さにおいて、彼らは間違いなく結束していた。
*
切島鋭児郎は気晴らしのドライブに出かけていた。つい数週間前、免許を取得したばかりで、まだまだ運転も不慣れ。いっぱしの社会人……とりわけヒーローである以上車の運転くらいはマスターしておかなければと思い、休日はこうしてドライバーズシートに座っていることが多い。
尤もデビューしたての財政状況ではマイカーを所有するなど夢のまた夢なので──購入だけならまだしも、駐車場代が馬鹿にならないのだ──、もっぱらレンタカーや先輩ヒーローの車を借りているのだが。
(買いてぇなぁマイカー……できればスポーツカーがいいな、色は赤で……)
緩やかにアクセルを踏み込みつつ、理想の車種を思い浮かべる。雲ひとつない青空のもと、海岸線を颯爽と駆け抜ける己の姿──これ以上なく漢らしいではないか。
そんな夢を叶えるためには、とにかく金をたくさん稼ぐ必要がある。職業ヒーローである以上、その一番の近道は活躍しまくること。
「……やっぱ、みんなを守ってこそだよな!!」
それこそがヒーローの務めであり、鋭児郎の憧れた姿。シンプルに、またポジティブに物事を捉えるのが、彼の美徳であった。
「頑張るぜ!」なんてひとりでシャウトしつつ国道を走っていると、向かいから特徴的な意匠を施された車が走ってくる。鋭児郎は思わず「あ」と声をあげた。
(国際警察……)
国際警察の略称である"G.S.P.O."の文字があしらわれたパトカーが、東京方面へ向け走っていく。
ギャングラー相手にヒーローが後手後手に回っている一方で、国際警察は着々と奴らと戦うための準備を整えている。そのことについて思うところがないではなかったが……結果として人々の平和な暮らしを守ることができるのならば、是非とも積極的に協力していくべきだと鋭児郎は考えていた。縄張り争いなど、している場合ではないのだから。
一方、パトカー内に座するふたりの若き警察官もまた、国際警察の在り方について考えていた。
「この新装備でギャングラーに対抗できるようになれば、ヒーローの皆さんにはヴィランに専念してもらえるようになる。そうすれば、社会の安寧を取り戻すことができるッ!」
「……アツいね相変わらず。勿論それが一番いいに決まってるけどさ……快盗におんぶに抱っこじゃ、いくらなんでもアレだし」
「!!」
ハンドルを握る天哉の手に、にわかに力がこもる。
「当然だ!!快盗に頼るなどッ言語道断!!」
「ちょっ……どうどう。力むなよ運転中なんだから」
「ッ、……すまない」ため息を吐き出しつつ、「だが、奴らの存在を認めるわけにはいかない。ルールを逸脱しているのもそうだが、その力があまりにも大きすぎる」
「三人ぽっちでギャングラー倒しまくってるくらいだもんね」
「うむ。──あれほどの力がなんのルールにも縛られていない状況は……あまりに、危うい」
その牙が自分たちや、無辜の人々に向けられたらどうなるか。ルパンレンジャーの目的が杳として知れない以上、彼らがギャングラーを凌ぐ脅威となる可能性だって考えられるのだ。
「ま、なんとかなるっしょ」耳郎が努めて明るい声を出す。「ギャングラーに対抗できるってことは、快盗とも互角に
「……そうだな、確かに」
是非ともそれを為せるだけの人材に、新装備を使用してほしいものだ──その思いまでは、流石に口には出さなかった。国際警察の隊員は皆、優秀だ。
気を取り直し、天哉が唇を引き結んだそのときだった。
突然、車体が激しく揺れた。
「うわっ!?」
「ッ!?」
衝動的にハンドルを大きく切りそうになりながらも、天哉はすんでのところでこらえた。視線を頭上にやれば、天井がわずかに凹んでいる。──何か重量のあるものが、落ちてきた?
考えるまでもなかった。次の瞬間、逆さになった異形の存在がフロントガラスに這い出してきたからだ。
「!?」
「こいつ、ギャングラーの……!?」
骸骨のような頭部に青いベレー帽を被り、左目からは銃弾が突き出している──兵士の成れの果てのごとき姿をしたそれは、耳郎の口にしかけたとおりギャングラーの戦闘員"ボーダマン"であった。
通常のギャングラー構成員らに比べれば弱く、ヒーローはおろか通常の警察の装備でも対抗可能な存在ではある。しかしだからといって、油断すれば痛い目に遭う。
──ボーダマンは、原則として集団で行動する。今回もまた、例外ではなかった。
前方だけでなく後方、そして両側面にまでボーダマンが張りつき、走行を妨害し始めたのだ。
「ッ、こいつらは一体……!」
「やっぱ、どっかから情報が漏れて──!」
その重量と執拗な攻撃ゆえ、まともに進路をとることができない。それに──
「ッ!」
是非もなしと、天哉はハンドルを左に切った。このまま国道を走り続けて、一般車両を巻き込むわけにはいかない。
一方で、
「な、なんだよアレ……!?」
ちょうど天哉たちとすれ違って間もない鋭児郎は、サイドミラー越しに視認してしまった。ボーダマンに群がられ、ほとんど車体を覆い隠されてしまったパトカー。それが側道に入り込んでいくのを。
(ギャングラーに襲われてる?……なんで?)
理由など、考えてもわかるはずがない。
ただ、
「だぁ~もうッ!!」
強引に車をUターンさせ、パトカーの追跡を開始する。気づいてしまった以上、見て見ぬふりなどできるわけがない。
──ヒーロー、なのだから。