でも生真面目すぎて天然入ってる飯田くんが一番かわいいです()
爆豪勝己が戻った頃には、ジュレに客の姿はなかった。迎えた仲間たちは、彼の不在を責めることはしない。最早、それどころではなくなってしまった──
「な、なんでバレてもうたん……?私たち、何か疑われるようなことしたっけ!?」
「……おおかた、あのファントムシーフだろう。お人好し揃いのパトレンジャーに自力で気づけるわけがない」
炎司の推測はまさしく図星だった。ちなみに彼ら全員、パトレン1号が物間寧人から再び切島鋭児郎に交代したことは知っている。黒霧からもたらされる国際警察についての情報は、常に正確で素早いのだ。
「でも、ファントムシーフさんだって一回お茶しに来ただけなのに……」
「……ああ。だから多分、連中も確証をもってるワケじゃねえ」彼にしては落ち着いた口調で、勝己。「実力行使に出てこねえンだからな」
「そっか……」
想定していた"最悪"よりはマシか。ただあくまでマシというだけで、厄介な事態であることに変わりはない。
「いつまで続ける気か知らんが……日常生活まで監視されては、活動に支障をきたしかねない」
「ッ、現在進行形できたしとるわ!ギャングラーのアジト見つけなきゃなんねえときに……!」
そう、疑いが晴れるまで……などと冗長なことをやっている暇はないのだ。多少リスクを冒してでも、早急に潔白を証明しなければ。しかし現実に、潔白ではないわけで──
「手はある」
「!」
宣言に、視線が集中する。
「お茶子。貴様確か、インゲニウムの弟と連絡先を交換していたな」
「え、あ、ああ……うん」
ルレッタ・ゲロウの一件の際、何かの役に立つかもとお茶子から提案して容れられたのだ。天哉がああいう青年なので、無論やましいことは一切ない。
「ここへ呼べ」
「え……?」
「あ?」
炎司は不敵な笑みを浮かべた。「攻撃は最大の防御だ」──エンデヴァーを名乗っていた時代から、一貫した信条だった。
*
「とりあえず、今のところ怪しい動きはなしか……爆豪勝己以外は」
「そうだな……」
耳郎響香と飯田天哉は、未だ店内の監視を続けていた。とはいえ、道路を挟んだ植え込みに身を潜めての監視である。窓越しにしか店内の様子を窺えないし、会話は当然聞き取れない。いや、響香の個性"イヤホンジャック"であればそれも可能なのだが……。
「会話を聴ければ一発なのだがな……」
「人目が多すぎる……ったく、そこまで考えてこの立地なんじゃないよな」
ジュレの周囲は昼夜問わず人通りが多く、壁に耳をくっつけて盗聴などしていたら怪しまれるに決まっている。怪しまれるだけならまだいいが、日本警察に通報されてややこしい事態になったり、最悪のケースとして店内の面々に告げ口されれば元も子もない。ゆえにふたりは、個性を利用しない地道な捜査を行うほかないのだった。
と、そこに"彼"が戻ってきた。
「わり、遅くなった!」
「あ……お疲れ、切島」
「本当に遅いぞ、何をしていたんだ!?」
生真面目な天哉の叱責に、鋭児郎は心底申し訳なさそうに両手を合わせた。
「バクゴーのヤツ、バイクで移動してるもんだから……途中で見失っちまって」
「……まあいい。しかし彼は、浄水場などで一体何をしていたんだ?」
「わかんねえ……でも、ただサボってるって感じじゃなかった」
やはり、怪しい──同時に、未だ確証は得られていない。
とはいえ、監視を始めてまだ半日も経っていないのだ。粘り強くこれを続けていけば、いずれ尻尾を出すに違いない。
鋭児郎と天哉にはまだ疑いたくない気持ちはあったものの、チームとしての行動方針が決まりかけた矢先。後者の携帯電話が、力強く振動した。
「すまない、……ム、これは……!」
「どうしたの?」
天哉が隠す様子もないので、ふたりは揃って画面を覗き込んだ。表示されていたのはメッセージアプリ……新しいメッセージの差出人は、いま被疑者となっている少女だった。
──相談したいことがあるので、ジュレに来てもらえませんか?
「麗日……よりによってこのタイミングで……」
「まさか、監視に気づかれた……?」
彼らが本当に快盗なら、その可能性は十分にある。
「くッ、ここはどう返事をすべきなんだ……!?万が一本当に困り事を抱えていたら、無下にするわけには……!」
悩む天哉はどこまでも真剣だった。そういう青年なので、15歳の少女と連絡先を交換していることについてふたりとも何も言わない。
いずれにせよ……お茶子の意図がなんであれ、こちらはただの警察官としてでなく、パトレンジャーとして動かねばならない。
「とりあえず、"明日行く。非番だから、何時でも大丈夫"って返事して」
「!、あ、ああ……わかった」
響香の指示通りに返事を打ち込む。と、すぐに"既読"がついた。
──ありがとうございます!早めに準備しておくので、開店前ですけど9時くらいに来てもらえるとうれしいです!
そして、かわいらしい小動物のスタンプ。そんなものを目の当たりにすると、罪悪感に胸が痛んだ。
「でもよ、明日店に行ってどうするんだ?まさか向こうも、飯田ひとり罠に引っかけようなんてワケでもねえだろうし……」
「作戦はこれから考える。ってわけでいったん本部に戻ろう、奴らが快盗なら、今日はもう尻尾を出さないだろうしね……」
──勝負は、明日。
ジュレの壁を隔てた十メートルほどの距離で、快盗も警察も、そう心していた。
*
そして、刹那のうちに迎えた翌朝。
切島鋭児郎はかの濱ヶ崎浄水場にいた。──どうしてか、ジム・カーターとともに。
『私はデスクワーク専門なんですが、本当に大丈夫でしょうか~?』
頭に鉄の箱をくくりつけられたジムが、そう不安げな声を発する。普通のロボットと違って感情豊かな可愛らしい声をしているので、そういう意味でも鋭児郎の罪悪感は刺激されるのだった。
ただ、
「大丈夫だって!ここにいる作業員は皆、
『うう~……わかりましたぁ』
不承不承ながら頷くジムの肩──と思われる部位──をぽんぽんと叩いてやりつつ、鋭児郎はジュレのある方角を見遣った。
「そろそろ作戦開始か……。空振りに終わりゃ、いいんだけどな」
鋭児郎のつぶやきは本来咎められるべきものだったかもしれないが……仲間たち、少なくとも飯田天哉は、間違いなく同意しただろう。
同時刻。轟炎司と麗日お茶子は、緊張の面持ちで"敵"の襲来を待っていた。店の掛け時計を確認する。間もなく、午前9時ちょうど──
そして、からんころんとドアベルが鳴った。
「──おはようございます!」
非番──という設定──にもかかわらず、かっちりしたスーツ姿でやってきた飯田天哉。作戦だから……というわけではなく、警察官の立場で相談を受けるという事象が彼にフォーマルな服装を選ばせるのだ。しつこく繰り返すようだが、彼はそういう青年である。
「あ……い、いらっしゃい飯田さん!」
「申し訳ない。せっかくの休日に、わざわざウチのお茶子のために来ていただいて」
「お気になさらないでください。市民の皆さんの困り事を解決するのは、警察官たるものの責務ですので!」本音で語りつつ、探りを入れる。「そういえば……爆豪くんはいらっしゃらないのですか?」
「勝己なら体調不良で、上で休んでいます。何か御用ですか?」
「いえ……。では、失敬」
(確かに、彼のオートバイは駐輪してあったな)
着席する天哉。同時に、窓の外に対し目配せをする。──そこには昨日と同様、隠れて様子を窺う響香の姿があって。
「耳郎から切島へ。飯田がジュレに到着、中には轟炎司と麗日お茶子のみ。爆豪勝己の姿は確認できない」
『──了解』
通信を受けた鋭児郎は、離れた位置からジムに合図を送った。それを見たジムは──突如、作業員に扮した国際警察の職員らに、襲いかかっていく。
『オラオラぁッ、ひれ伏せ人間どもォ!!オレ様は最強最悪のギャングラー、テキ・カーターだぁ!!』
(最強最悪って……)
似合わねえ──鋭児郎はそう思ったが、見守るほかなかった。既に賽は投げられたのだ。
一方、コーヒーを供された飯田天哉もまた、小型インカムで逐一報告を受けつつ、表向き平静を保って席に座っていた。
そうこうしているうちに、お茶子が向かいに着席する。──そう、"表向きは"相談を受けに来たのだ。
「それで、俺に相談したいこととは?」
「えっと、実は……」
やや躊躇いがちに、お茶子が口を開こうとする。──刹那、携帯がぶるりと振動した。
「ム……すまない」端末を取り出し、「俺だ。──何?濱ヶ崎浄水場にギャングラーが!?」
「!」
「濱ヶ崎浄水場だな?わかった、すぐに行く」
わざと繰り返し確認して、天哉は通話を打ち切った。同時に、勢いよく立ち上がり、背を折る。
「すまないッ、仕事が入ってしまった……!」
「あ、頭上げてください!ギャングラー出たんじゃしょうがないもん……」
「……ありがとう。任務が終わったらこちらから連絡する、それでは!」
飛び出していく天哉。彼は浄水場には向かわず、そのまま響香と合流した。
「これで出てくりゃ、確定か」
「………」
ジムを囮として、快盗を誘き出す──それがひと晩かけて考え出した、彼らの作戦だった。
*
作戦の主舞台である濱ヶ崎浄水場は、死屍累々の惨状を呈していた。
あくまで警察戦隊によるお芝居が行われているだけなのに、なぜそんなことになっているのか──それは一機のロボットに起因する。
『オラオラオラぁ!!』
「うわぁあ!?」
体当たりを受け、あるいはマニピュレータで投げ飛ばされてしまう国際警察の職員たち。──ジム・カーターの演技には、鬼気迫るものがあった。
『いつも俺様をこき使いやがって、許さねえぞぉ!!』
演技……なのだろうか?
「あいつ……鬱憤溜まってんなぁ」
これからは、もっと優しく接してやらなければ──鋭児郎が独りごちていると、不意に赤い翳が差した。
「楽しそうだなァ、俺らも混ぜろや」
「!」
ジムが顔を上げる。──そこに立っていたのは、トリコロールを分け合った三人の快盗たち。
『か、快盗!?ホントに来ちゃった……いや!お、オホン!やいやい、何しに来やがったんでィ!?』
何故に江戸っ子?そう突っ込む者は、残念ながらこの場にはいなかった。
「決まってンだろ」マントを翻し、地上に降りる。「テメェのお宝、いただき殺しに来たんだよ!」
既に勝利を確信したかのような口調で、言い放つルパンレッド。ブルーとイエローは沈黙を守っているが、彼と同様、既に戦闘態勢をとっている。
陰で見守る鋭児郎が、辛抱堪らないとばかりに仲間へ通信を入れた。
「飯田、耳郎。こっちに快盗が出た、そっちの動きは?」
『え!?……まだ、誰も出てきてない』
ふたりの見守るジュレの様子に、特段の変化はなかった。事前に店の周囲を探ってみたが、わかる範囲で裏口などはなかったはずだ。
そうこうしているうちに、ジムはじりじりと追い詰められていく。事務用ロボットである彼には、当然ながら戦闘能力はない。襲いかかられたら一瞬でスクラップにされかねない。
『ちょ、ちょ~っと待ったぁ!!』
ゆえに、彼の電子頭脳が導き出した打開策は──
『オレ様のルパンコレクションが欲しければぁ……なぞなぞで勝負だ!!』
「あ?」
なぞなぞ?鋭児郎もまた、響香たちと通信中であることも忘れて硬直してしまった。
『え~と、え~とぉ……よしこれだ。──
ひゅう、と冷たい風が吹く……間もなく初夏であるにもかかわらず。鋭児郎は内心、叫びたくなった。
(無理だってジム……!ンな子供騙し、快盗相手に……)
彼らは今まで狡猾に、警察やギャングラーを出し抜いてきたのだ。なぞなぞなんて通用するわけがない。そんな鋭児郎の想定をも、彼らはあっさりと裏切ってくれた。
「最中……饅頭、どら焼き……」
なんとその場に立ち止まり、三人揃って考え込みはじめたのだ。(考えんのかよ!?)──これも声に出さなかった自分を、鋭児郎は褒めてやりたかった。
うんうん唸るルパンレンジャー一同。やがて彼らの視線が外れるや、ジムはこっそりとその場を離れ出した。快盗を誘き出すという、彼の役目は既に完了しているのだ。
一方の耳郎響香と飯田天哉は作戦を変更、強硬策に打って出ようとしていた。
「仕方ない……踏み込むよ、飯田」
「ッ、ああ……!」
本来こんなことはしたくないが……これでふたりの姿が確認できれば、もう疑わずに済む。期待と不安が拮抗する中で、ふたりの警察官はジュレに飛び込んだ。
──そして、
「え……!?」
「……!」
果たして、ふたりの喫茶店従業員の姿はそこにあった。ぽかんとした表情で、響香たち闖入者を見つめている。
「あれ、どうしたんですか……ギャングラー倒しに行ったんじゃ?ってか、イヤホンの人まで……」
「……何かご用ですか?」
「いや……その、」
天哉は答に窮した。忘れ物をしたとでも言いたいところだったが、響香が同行していることの説明がつかない。
一方で、その響香は未だ疑いを捨てきってはいなかった。
「勝己くんは?」
「ですから、上で休んでいると……」
「確認させてください」すかさず言い放つ。
「お断りします」こちらもすかさず。「上はプライベートルームです。理由もなく他所様をお通しはしません」
「理由は言えませんけど、国際警察の権限があります」
響香が言い募ったときだった。
「……るせーな、なにゴチャゴチャやってんだよ」
「……!」
気だるげな少年の声に、階段を踏みしめる音。はっと顔を上げたふたりが目の当たりにしたのは、
「爆豪、勝己……」
張本人だった。マスクで顔の半分は隠れているが、その紅い瞳は紛れもない。体調が悪いという事実を示すかのように、彼にしては猫背ぎみで、時々ゴホゴホと咳までこぼしている。
「勝己、この方々はおまえに用があるそうだ」
「ア゛ァ……?」
炎司の口調にはたっぷりと皮肉がこもっていた。無理もない、国際警察の権限という強制を行おうとしたのだ。響香が言葉に詰まっていると、
「申し訳ないッ!!」
天哉が、前触れなく頭を下げた。
「謝って許していただけることではないでしょうが、実は……」
*
なぞなぞに乗じて姿を消そうとしていたジムだったが、残念ながら快盗からは逃れられなかった。
「おいこのガラクタ野郎ッ、なぞなぞで勝負っつったンはどこの誰だァ!!?」
『ヒイィ!?』
脱兎のごとく逃げ出すジム、追う快盗。状況が切迫する中で、鋭児郎は仲間たちに無線で説明を求めた。今動けば最悪の場合、これまでの作戦が水泡に帰すことになる。独断では突っ込めない。
『……切島、ごめん』
返ってきたのは、響香の沈んだ声だった。
『三人ともジュレで確認した。快盗は……別人の可能性が、濃厚だ』
まだ変装しているとか、他者を"変身"させる個性をもつ協力者がいるだとか、この超常社会で疑い続ければキリがない。しかし店内へ踏み込むという強制捜査まで行ってしまったのだ、これ以上無理をしてマスコミに訴えられたら大問題になりかねない。
それにしても、である。
「飯田、あんたさぁ……一応まだ捜査対象相手に、全部ゲロって謝る?」
呆れたように、響香。天哉はすべて話してしまったのだ──三人を快盗と疑っていたこと、そのために囮まで用意して捜査を行っていたこと。
「すまない……ただ、挫折しながらも一生懸命頑張っている彼らを疑うようなまねをしたんだ。有耶無耶にするなんて、僕には耐えられない」
警察官として、その姿勢は適切か否か。しかし少なくとも、彼の真摯な謝罪が受け入れられたのは確かだ。轟炎司はむしろ鼻で嘲っている様子だったし、爆豪勝己に至っては心底どうでも良さそうだったが。
──そういうわけだから、鋭児郎がこれ以上隠れている必要もなくなった。
「っし!ならアイツら捕まえて、正体暴いてやるぜ!!」
八重歯を剥き出しにして笑いつつ、VSチェンジャーを構えて飛び出していく。勝己たちが無実だった──願いが事実となった。それが、何より嬉しかった。
一方で追う快盗からひたすらに逃げ回ったジムは、かのポーダマンが姿を消した袋小路にたどり着いていた。
『ハァ、ハァ……疲れた。いや私はロボットなので疲れませんけど』自分で自分に突っ込みつつ、『役目も終わりましたし、少し休憩──』
そうつぶやいて、建物の壁に背を預ける──刹那、
『へ?』
重みに合わせて回転した扉が、彼を暗闇に引きずり込んだのだった。