天哉たちをすごすごと退散させた──なんなら謝罪までさせた──ことで、ジュレの快盗たちはほっと胸を撫で下ろしていた。
「ハァ……なんとかなったねえ」
「うむ。一度かけた疑いが晴れたんだ、これで暫くは捜査もないだろう」
嫌疑をかけておきながら、誤りだった──そういう人間を再度疑うのは、まっさらな状態より余程難しいのだ。ましてパトレンジャーは程度の差はあれ人情家揃いだから、尚更。
「で……あなたはいつまでその恰好でいるつもりなんだ?──黒霧」
「ふ……」
密やかな笑みを漏らした勝己は、己の耳のあたりに指をかけた。──刹那、べりべりと小気味のいい音をたてて、白皙が剥がれ落ちていく。
途端に漏れ出したのは、漆黒の靄だった。市販のマスクごと剥がれた爆豪勝己の顔の下は、常人のそれではない。全体が靄に覆われ、一対の瞳だけが爛々と輝いている。
「ありがとー黒霧さん!おかげで助かったよ~……」
「お役に立てて何よりです」
「なかなかの名演技だったぞ。それにしても、まさか体格も何もかもが違う人間に変装できるとはな。本当にただの執事か?」
表向き褒めつつ、その実探るような炎司の言葉。その意図するところを察しつつ、黒霧は煙に巻いた。
「傾いたとはいえ、我がルパン家にはまだ豊富な人材がおります。私も日々、皆さんのお役に立つべく学んでいるにすぎません」
「……ならばいいがな」
まあ、今ここで黒霧とやりあっても仕方がない。作戦の成功は確定だが、まだすべてが終わったわけではない。勝己が帰ってくるまでが、作戦だ。
*
その爆豪勝己はというと、ジムの追跡を早々にあきらめ人気のない場所に退避していた。
「ま、こんなモンだろ」
目の前で頷く、ルパンブルーとイエロー。ジュレにいる勝己が黒霧の変装だったなら、こちらにいるふたりは何者なのか。
それも、答は簡単だった。それぞれが青と黄の衣装を捨て去れば、現れたのはデザインのまったく同じ赤、赤。
「「「……やっぱりキメェ」」」
揃って心底忌々しげにつぶやいたかと思えば……三つのうち、ふたつのレッドの姿が消えうせる。残ったルパンレッドが、ため息代わりの舌打ちを漏らす──と、翼を広げたグッドストライカーが飛び上がってくる。
『おまえ、その反応はねぇだろ~!?せっかくオイラが協力してやったってのによう!』
──そう、彼はグッドストライカーの能力によりつくり出した分身に、ブルーとイエローのふりをさせたのだ。ジュレに三人揃っていて、快盗も三人揃っている……となれば、それ以上疑いようもあるまい。
「ハイハイごくろーさん。俺ぁもう帰る」
『帰るって、あのギャングラーはいいのか?』
「あんな鉄の箱乗っけただけのガラクタ、どこがギャングラーだよ。サツの連中、舐めくさりやがって」
それ以上に、隠れているつもりでいたのだろうあのツンツン赤髪。あいつに隠密がまったく向いていないことはよくわかった。
見つからないうちにと、その場を立ち去ろうとするルパンレッド。しかしその瞬間、いずこからか甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「この声……」
さっきの、ギャングラーのふりをしていたロボットのものではないか。切島鋭児郎が付近で自分を探していることを考えれば黙殺してもよかったが……何かあると、勘が働いた。そして次の瞬間には、彼は走り出していた。
──そして、かの袋小路へ。
「……!」
レッドは即座に異変に気づいた。なんの変哲もない側壁だったところに扉ができていて、その前に鉄の箱が捨て置かれているのだ。彼がただの少年でしかなかったとしても、それを見逃すほうがどうかしている。
ただ、
「……なるほどなァ、そーいうことかよ」
粗暴な言動とは裏腹に、彼は聡かった。かのポーダマンが消えた理由も、ジム・カーターがどんな状況に置かれているかも、この一瞬ですべて理解したのだ。
前言撤回。ここで帰るのは勿体ないとばかりに、彼はその扉の向こうへ飛び込んでいった。内部は、打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた薄暗い空間。──剣呑な気配を、感じる。
小部屋のような場所がある。さっと身を隠して様子を窺えば、そこには。
『やめろぉ~、ギャングラぁー!ぶっ飛ばすぞぉぉ~!!?』
どこかで聞いたことのあるようなフレーズを必死に連呼する、ふざけた姿かたちのロボットの姿。彼は飾り気のない台の上に、ベルト状の紐で拘束されていた。周囲には、メスを持ったポーダマンの姿。さらに……鎖で縛られ脅かされている人々も。
(手術……?)
一体、あのロボットをどうしようというのか。ルパンレッドがじっと様子を窺っていると、
「あら……とうとう見つかっちゃったのね」
「……!」
妖艶な声。振り向いたレッドは、ポーダマンたちに発見されるのも構わず飛び退いた。同時にVSチェンジャーを突きつけるが、目の前の醜悪な化け物はたじろぐ様子もない。
「テメェ……」
「テメェとはご挨拶ね。──私はゴーシュ・ル・メドゥ、ギャングラー一のドクターよ」
名前になど興味はない、ただここで何をしていたのかには当然関心があった。
訊くまでもなく、ゴーシュは自ら口を開いた。
「せっかく楽しい楽しい人体実験を始めようと思ったのに……。それとも、あなたが改造させてくれるのかしら?」
「……チッ、ギャングラーっつーのはどいつもこいつも変態ばっかか、よっ!」
ルパンレッドの存在を認識し、背後から襲いかかろうとしていたポーダマンを振り向くこともなく撃ち落とす。その瞬間、戦局の火蓋は切って落とされた。
「死ねや!!」
ポーダマンをいなしつつ、ゴーシュにも仕掛ける……が、以前の戦闘でもそうだったように、彼女は通常攻撃などまったく相手にしていない。──こいつ、普通のギャングラーとは違う。強い。しかしそれでも、挑むのをやめるつもりは毛頭なかった。願いをかなえるためには、敵の強さなど関係ない。
そうしてルパンレッドが鬼気迫る戦いぶりを演じていると、もうひとり、この血塗られた手術室に飛び込んでくる者があった。
「動くなッ、国際警察だ!!」
まだ初々しい口上を叫ぶ──切島鋭児郎。彼を認識したポーダマンが襲いくる。が、彼は個性の"硬化"を発動させて敵の攻撃を弾きつつ、拘束された仲間のもとへ躊躇なく駆け抜けていく。
「ジム!!」
『あ……え、鋭児郎さぁん!』
「なんでこんな……何があった?」
『ぎゃ、ギャングラーに……!皆さんを救けてください!』
「え……──!」
ジムの奥にいる囚われた人々の姿に気づき、鋭児郎は再び走り出していた──いったん、ジムを放置して。
『え、ええ~ッ!?私はァ!?』
一方、ルパンレッドの孤独な死闘も続いていた。
ポーダマンの数はかなり減らしていたが、本丸のゴーシュにはまったく相手にされていない状況が続く。妖艶に笑いながら光弾を飛ばしてくる……単純な攻撃のため避けるのは容易いが、明らかに遊ばれている。隔絶した戦力差をまざまざと感じとり、勝己はギリギリと歯を食いしばった。
「フフフ……見える、見えるわよ」
「ア゛ァ!!?」
「あなたのイイトコロもワルイトコロも、すべて……」
「チィッ、それがテメェのコレクションの能力かよ……!」
「どうかしら」と、ゴーシュは嗤う。
「それより……ほかのふたりも、見てみたいわね」
言うが早いか、彼女は背中の金庫から双眼鏡型のルパンコレクションを取り出した。レッドが訝るのもつかの間、今度は注射器型のコレクションを金庫にしまい込む。
「テメェ、複数持ちか……!」
「フフ……」
その問いに答えることなく、ゴーシュは緑色のエネルギー弾を複数発射した──ポーダマンらめがけて。
ポーダマンたちが苦しみ出す……が、それも一瞬のことだった。彼らの身体がたちまち巨大化していく。やがて建物の屋根までも突き破られ、レッドは瓦礫をかわすことに注力せざるをえなくなった。
「ッ、あいつらも巨大化させられんのかよ……!」
「じゃあ……また今度遊びましょう、快盗さん?」
「!?、逃げんなクソが!!」
今の彼に止められるはずもなく……ゴーシュはあっさりと、姿を消してしまった。
「……チッ!」
巨大化したポーダマンとの戦いなど、戦果を望むべくもなく無駄でしかない。頭ではわかっていても、放り出して逃げることはできない。元々は、自分のまいた種でもあるのだから。
『Get Set……飛べ!Ready……Go!!』
──そして、レッドダイヤルファイターが巨大化する。
*
切島鋭児郎と無事に解放してもらったジム・カーターは、救出した市民の避難誘導を行っていた。
「こっちです、急いで!」
振り返れば、暴れる巨大ポーダマンの群れ。こちらの存在に気づいているわけではなかろうが、どんどん迫ってくる。直接踏み潰されはしなくとも、余波で崩れる瓦礫が危ない。ジムに避難誘導を任せ、自分はトリガーマシンで戦闘に入るべきか──そう思ってVSチェンジャーを構えようとしたら、赤い戦闘機がポーダマンの群れに襲いかかった。
「……快盗……」
鋭児郎は、思わず動きを止めてその雄飛を見つめていた。──彼らはジュレの三人ではなかった。しかし響香の言うように、どこか共通する雰囲気があるというのも同感する。
(おめェら……一体、何者なんだ?)
答が、あるはずもなく。
孤軍奮闘するレッドのもとに、ブルー・イエローが到着した。
『ごめんレッド、遅くなった!』
『ポーダマンが巨大化している?……事態が随分動いたようだな』
「……説明はあとだ。とっととコイツら、ブッ殺すぞ」
それについては、ふたりに異論はなかった。レッドが巨大化させたグッドストライカーを中心に、フォーメーションが組まれる。
『今日はとことん快盗に協力するぜ~!快盗、ガッタイム!!』
勝利を奪い取る──そんな号令のもとに、組み上げられていく鋼鉄の巨人。
──その名も、ルパンカイザー。
「オラァッ、とっとと死にさらせやァ!!」
ギャングラー顔負けのパイロットの罵声とともに跳躍、ブルーダイヤルファイターの変形した右腕からガトリングをぶっぱなす快盗の帝王。ポーダマンたちの銃撃とは比較にならない猛攻に、彼らは往生際悪く逃げまどうことしかできない。
「こっちも、どうだッ!」
かわいらしいイエローの声とは裏腹に、左腕から鋭く尖ったホイール状のエネルギー弾が放たれる。これも多くが回避するが、一体逃げきれずに全身を切り刻まれ、爆死を遂げた──
「チッ……一匹かよ」
「焦るな、何十体もいるわけじゃない。このまま潰していけば……ん?」
残ったポーダマンたちが、ビルの陰に潜んでいる。それ自体は何も大したことではないが、彼らは寄り集まって何やら作戦会議と洒落込んでいるようだった。ギャングラーに操られるだけの戦闘人形だと思っていた彼らにそんな知能があったのかと、驚きもありつつ。どんな手を使って挑んでくるのか、お手並み拝見──そんな余裕さえあった。
作戦会議が続くことおよそ三分。レッドがふぁ、と欠伸を噛み殺すのと、作戦を決めたポーダマンらが飛び出してくるのが同時だった。
「……あ?」
「え、えぇ……?」
「………」
──彼らが困惑するのも無理はなかった。
ポーダマンらは、複数体が一体を神輿のように祭り上げる──有り体に言ってしまえば、騎馬戦のような態勢で挑んできたのだ。
「苦肉の策だな……」
正直、ルパンブルーのつぶやきがすべてだった。やはりコイツら、まともなおつむはしていない。
「ハッ、わざわざ固まってくれてあんがとよォ!!」
向けられた槍をあっさり払いのけると、左右の腕をがむしゃらに叩きつけるルパンカイザー。ポーダマンらの"苦肉の策"はあっさりと失敗に終わった。
『サイクロン!』VSチェンジャーにサイクロンダイヤルファイターを装填し、『Get Set!Ready……Go!!』──解き放つ。
たちまち巨大化していくサイクロン。そして、
『左腕、変わりまっす!』
変形し、イエローダイヤルファイターと入れ替わりに新たなルパンカイザーの左腕となる。──ルパンカイザーサイクロン。鋼鉄の巨人の一部となることで、VSビークルは真の力を発揮する。
『グッとくる竜巻~!!』
司令塔であるグッドストライカーの号令により、左腕から放たれる緑色の竜巻。それらは容易くポーダマンを呑み込み、遥か天高くまで巻き上げてしまった。当然、騎馬戦形態を保てるわけもない。決着をつけるべく、三人はコックピット内で立ち上がった。
「終わりだ──」
『グッドストライカー連射、吹き飛んじまえショット~!!』
竜巻の猛威が増す中で、右腕のガトリングが全弾撃ち尽くす勢いで火を噴く。空中のポーダマンらが蜂の巣になっていく。
──そして、ひときわ大きな爆発が起こる。遥か空中の劫火は、まるで夏の夜の花火のように鮮烈だった。
『永遠に……』
「……アデュー、ってか?」
『Oui!気分はサイコー!』
あっさりと合体を解除し、飛び去るグッドストライカー。尤も、ルパンレンジャーもそれは同じだった。颯爽と飛び去る三機のマシン。パイロットたちは珍しくわずかなりとも安堵の気持ちでいたが、今回のことは防戦に成功したにすぎないことも理解している。
何も、前に進んではいないのだ。
*
「結局、快盗の正体はわからずじまいか……」
タクティクス・ルームに帰還した耳郎響香は、塚内管理官自ら用意してくれた茶菓子をつまみながらそうごちた。自分の所感ばかりでなく、物間寧人の意見もあったがために、ほとんど確信に近い自信があったのだが──
「まあ、いいじゃないか。逮捕すれば正体はわかるんだ」
そう応じる飯田天哉は、明らかにほっとした表情。とりわけ麗日お茶子の境遇について、彼はかなり肩入れしている。善良で家族思いな少女が、快盗であるなどとは思いたくもなかった。
「それに、」塚内が付け加える。「結果的にはギャングラーのアジトを潰し、市民を救出できた。結果オーライってことにしておこう」
「……ま、そうですね」
響香とて、ジュレの三人が快盗でないほうがいいに決まっている。あの店には、できれば今後も通いたいのだから。
それにしても──
「……さっきからあんたら、何やってんの?」
彼女が呆れた視線を向ける先、応接スペースのソファに寝転ぶジムの身体を、鋭児郎は懸命に解していた。所謂、マッサージ。
「い、いやぁ……ジムも今日は頑張ってくれたし、たまには労ってやんねーとと思って」
『そうです!労ってください、崇め奉りなさい!』
「……一体何を言っているんだ、きみは……」
大体、ロボットなのにマッサージが気持ちいいものなのか?率直な疑問であったが、馬鹿馬鹿しすぎて口に出す気も起きなかった。ただ大切な仲間であることも事実なので、管理官以下「お疲れ様」くらいの言葉はかけたが。
「あ、そういえば」ふと、鋭児郎。「ジム、あのなぞなぞの答ってなんだったんだ?」
『えっ、鋭児郎さんも考えてたんですか?』
「そりゃあ……」
最中や饅頭ではくっつくのに、どら焼きではくっつかないもの──
『答は、CMのあと!』
「いや無ェから、CMとか」
『あうぅ』
パトレンジャーが仲良く考え込んでいると、
「答は、"唇"だ」
「へ?」
答の内容もさることながら、三人が驚いたのは回答の主が塚内管理官だったことだ。
「発音だよ。"どら焼き"って言うとき、唇はくっつかないだろう?」
「あ、ああ……確かに。でも、よくソッコーわかりましたね」
「なに、教えたのは俺だからな」
「!!?」
今度こそ開いた口のふさがらない部下一同の前で、悠然とどら焼きを頬張る塚内なのだった。
à suivre……
次回「オーヴァーラップ」
「今さら……会えませんわ」
「……会えなくなってからじゃ、遅ェんだよ」