ここのかっちゃんはといえば、ああして世間の非難を浴びることさえ許されず、デクから受けた呪いに人知れず縛られながら生きていくのです。あな曇りたてまつる。
勇猛に鯨波をあげたルパンレッドだったが、デストラとの戦闘、その実は逃げの一手だった。敵の身体から直接発射されるミサイル群から八百万百を守りつつ、ひたすらに駆け逃げる。
「愚劣な……先ほどの威勢はどうした、こそ泥め」
「……チィッ!」
いつもならぶち切れているところだが、勝己は自身を戒めた。今の行動が快盗として最良の一手であるとデストラもわかっていて、そのうえで挑発しているのだ。
(最良っつっても……このままじゃ、ジリ貧か)
デストラの放つミサイルの雨あられは、いつまで経っても弾切れの気配すら見せない。出し惜しみをしていないということは、あるいは無尽蔵なのかもしれない。であれば、いちかばちか。
「ッ、おいポニテ!」
「ポニ……は、はい!」
「あんた元ヒーロー志望だっつったな、運動神経には自信あンな!?」
「え、ええ……でも」
「なら話は早ぇ、──来い!」
レッドは百の腕を引っ張り、マントを翻しながら陸橋から飛び降りた。ほぼ同時にデストラのミサイルが陸橋のあちこちに命中して、コンクリートを跡形もなく粉砕する。
「きゃああああ──」
悲鳴をあげる百だったが、墜落など序の口だった。支柱の折れた橋の残骸が、容赦なく彼らに降り注ぐ。一計を案じたルパンレッドは百をお姫様抱っこの要領で抱えると、素早く傍らの地下駐車場に滑り込んだ。
そして、殆ど寸分の間もなく追いかけてきた瓦礫の山が、外部と通ずる空間を塞いだ。
「チッ……」
百を背中に庇いつつ、レッドはもはや癖になってしまっている舌打ちをこぼした。瓦礫などは問題ではない、VSチェンジャーで撃てば吹き飛ばすなどわけもないのだ。
彼が憂いているのは、言うまでもなくデストラのこと。炎司の言葉は大袈裟ではなく……奴は、強い。今の絨毯爆撃など、小手調べでしかないのだろう。
「………」
一方で百は、もちろん危機感もあったが、それ以上に目の前のルパンレッドの背中に思うところがあった。庇う、守る──そうした動作を徹底しているのは、ペンダントのためだけなのだろうか。
──あんた
(そう……貴方も、そうなのね)
百には、家の跡継ぎという"大義名分"があった。でもこの少年はきっと、純粋にヒーローのみを希求しながら、己の犯した罪に呪われてその望みを捨てたのだろう。
この何もかも対照的だと思っていた少年に、百は初めて深い同感を覚えた。
「……やむを得ませんわね」
「あ?」
振り返ったルパンレッドが見たのは、自らペンダントを首元から取る百の姿だった。
「差し上げますわ」
「……あんた」
「命には代えられませんわ。それに、やりたいこともできてしまいましたもの」
やりたいこと──それがなんなのかなど、訊くだけ野暮というものだろう。
「これがお役に立つことを、願っていますわ」
「……そうかよ」
差し出されたペンダントを、彼にしては遠慮がちな手つきで受けとる。百がフッと微笑むのがわかった。
穏やかな瞬間。しかし、ここは戦場だった。瓦礫が外から粉砕され、サイクロプスのような怪人の姿が覗く。
「隠れても無駄だ……!」
「……ハッ、隠れたつもりなんてねェっての」
これ見よがしにペンダントを手にぶら下げ、立ち上がるレッド。その意図は明白だった。
「用があンのはコレだろ。──かかって来いやァ!!」
今度は一転、自ら攻めかかっていくレッド。素早く駆け回って撹乱するという得意の戦法は、この閉鎖空間にあっては通用しない。であれば、突破口は自ら切り開く──
「……生意気な!」
対するデストラは、見かけ通りの頑丈さを誇っていた。射撃もルパンソードによる斬擊も、まともに通用しない。やはり、自分ひとりの今の実力で倒すことなど不可能──口惜しいが、わかっている。目的はひとつ、譲り受けたこのペンダントを守り抜くことだ。
「チィ……ッ!」
青空の下に飛び出すことには成功したレッドは、相手の邀撃にまかせて地面を転がった。そうして距離をとり──VSチェンジャーに、ペンダントを押しつける。
すると繋ぎとめられた宝石が、眩い光を放ちはじめた。
『──シザー!』
電子音声。それとともに、ペンダントはその形状を大きく変えていた。戦闘機のミニチュアというべきか──勝己に言わせれば、ひと目でダイヤルファイターとわかる姿だ。
「っし……!」
レッドは今日初めて歓喜の声を──ささやかだが──あげた。ダイヤルファイターなら、後生大事に守りながら戦うのではなく、攻めの一手として利用できる。早速とばかりに彼はVSチェンジャーに装填し、銃口をデストラに向けた。
「おら、行けぇッ!!」
『Get Set……Ready Go!』
VSチェンジャーから射出されることで、ダイヤルファイターはその真価を発揮する。みるみる実物大にまで巨大化し、シザーはデストラをも弾き飛ばして天高く舞い上がった。
同時に力いっぱい跳躍したルパンレッドは、コックピットへと滑り込んでみせた。
「ッ、小癪な……逃がすものか」
この程度のことであきらめるつもりはないデストラだった。以前にも使用した種子のような弾丸、手にしたそれを彼方へ投げつけると、たちまちそれは歪な巨像へと姿を変える。
「ゆけ、ゴーラム」
「グォオオオオオ……!」
ゴーラムにあとを任せ、立ち去るデストラ。それを見計らって、百も外へ出て来た。飛び去るシザーダイヤルファイター、あれがつい先ほどまで己の身につけていたペンダントだったとは。
「……さようなら、不思議な快盗さん」
この先、あの少年の願いが叶ったとして。呪いから解かれた彼は、一度は捨てた夢を拾うことができるのだろうか。
どうであったとしても、あの少年に幸福が訪れますように。そう、願わずにはいられなかった。
*
同じ頃、パトレンジャーとレッドを除くルパンレンジャー、そしてブレッツ・アレニシカによる三つ巴の激闘が場所を移して続けられていた。
青空に、緑の芝生が眩しい中庭。平時なら憩いの場になりうるであろうその場に響くのは銃声、剣戟の音。あるいは、
「死ねぇ人間ども!!」
罵声とともに、角から電撃を放つブレッツ。それは中庭じゅう広範囲に広がり、言葉通り五人全員に襲いかかった。
「ッ!」
ひらりとマントを翻し、雷をかわすルパンレンジャー。ずっとこんな調子で、接近がかなわない。
「あーもうっ、金庫に近づけない……!」
「焦るな、まだチャンスはある」
一方で、仲間の援護をえて勇猛果敢に挑みかかる者がいた。この場には唯一の、赤い闘士。
「うおおおおおッ!!」
電撃がぎりぎりのところに着弾する。直接当たっていなくとも熱と衝撃が伝播するが、持ち前の頑丈さで彼は耐え抜いた。
そしてついに、電撃の範囲外である至近距離にまで詰め寄ることに成功した。そのままパトメガボーで叩きのめそうとするのだが、もとよりブレッツの電撃はルパンコレクションの能力である。生まれながらの武装として、鹿の角に似た刀──"シッカリバー"と名付けている──をふたつ、彼は所有していた。
「ッ!」
がちゃんと重々しい音をたてて、鍔迫り合いが始まる。尤も敵は二刀流で、パトレン1号は警棒一本。元の筋力はほぼ互角だが、徐々に劣勢に追い込まれていくのは当然の帰結だった。
「切島くん!」
2号──天哉の切羽詰まった声。気持ちはうれしい、が、大丈夫。勝機はある。
1号は意地を張るのをやめ、腕からふっと力を抜いた。警棒の拘束から逃れたシッカリバーが、彼の身体を袈裟懸けに……とは、ならなかった。
「な、何ィ!?」
「へへっ……残念、だったな」
1号の身体が、硬い。警察スーツに守られているとはいえ、それは尋常な硬さではなかった。切島鋭児郎の個性のことなど、ブレッツには知るよしもない。
「うぉらぁッ!!」
「グハッ!?」
わざと身体を地面に横たえたかと思えば、足に力を込め、重力に逆らって蹴り上げる。その一撃はシッカリバーの片割れに命中し、弾き飛ばすことに成功した。
慌てて残った片方を振るうブレッツだったが、それを見越して1号は素早く起き上がっていた。ひと振り対ひと振りなら、単純な力比べでも負けない自信があった。警察スーツの性能はもちろんのこと、元々鍛えに鍛えているのだから。
実際、彼の目算に誤りはなかった。数秒ののちにはパトメガボーが残るひと振りを弾き飛ばし、敵を丸腰にすることに成功したのだ。
「ッッ!!」
いよいよブレッツが焦るのがわかる、ただ戦意まで喪失したわけではないようで肉弾戦を仕掛けてくる。パトメガボーで叩きのめしてもいいが、ここは意表を突こうと思った。
「舐めんな人間がぁぁ!!」
拳が迫ってくる。普通なら後方に退いてかわすところ……1号はあえて、その場に屈み込んだ。
「!?」
「"烈怒頼雄斗──」
「──
鋭児郎の全身が髪の毛一本に至るまで限界まで硬化する──ヒーローとしての、彼の必殺技。
そうまでして彼が放ったのは、なんと頭突きだった。仲間たちさえも予測できないほど意外にも程がある攻撃だったが、さらに意外やこれが効果覿面だった。何せ、拳を振り上げていたせいで腹ががら空きになっていたのだ。
「ぐぎゃあああああ!!?」
内臓がつぶれたかと錯覚するほどの激痛を受けながら、ブレッツは吹き飛ばされた。いや、常人だったらば本当にそうなっていただろうが、彼は頑丈なギャングラーだった。
「っし、これで……!」
トリガーマシンバイカーを取り出し、VSチェンジャーを装填しようとしたところで──はっとする。ブレッツのルパンコレクションが快盗に奪われていない状況で、倒してしまっていいのか?ルパンブルーとイエローは、それぞれパトレン1号と2号に縫いとめられている。流石に、仲間に戦闘中止を呼びかけるほどにまで彼らに肩入れはできない。
それでも彼が躊躇していると、腹を苦しそうに押さえながらもブレッツが起き上がろうとしつつあった。
「この……ッ、テメェら全員殺す──ッ!!」
「!」
金庫が鈍い光を放ち、同時に角がスパークしはじめる。電撃はすぐに放出されることなく、膨大なエネルギーとして溜められているようであった。あんなモノが一挙に放出されたら、この場にいる全員の存否はもちろんだが、施設も倒壊しかねない。中にはまだ、国際警察の職員が残っているのだ。
(ッ、)
そうだ、決めたのだもう迷わないと。どんな理由があろうと……快盗という間違った手段に拘泥している彼らに、おもねることなどしてはいけない。
「……ごめんな」
それでも、届きはしない謝罪の言葉を口にして。
『バイカー、パトライズ!警察ブースト!』
バイカーのエネルギーが、VSチェンジャーを通して銃口へ充填されていく。ブレッツのそれより、スピードは速い。
そして、
「バイカー、撃退砲ッ!!」
ホイールの形をした光弾が、放出された。
「ッ、しまった……!」
パトレンジャーふたりを突き飛ばし、ブルーとイエローが走り出す。しかしもう遅かった。彼らの走力より、弾丸のほうが速いのだから。
弾丸はブレッツの胴体に直撃し、一瞬の停滞のあとに大爆発を起こす。赤く揺らめく炎。その中に、かのギャングラーの姿はなかった。
「あ……」
呆然と、立ち止まるふたり。振り撒かれる熱とは裏腹に、身体の芯が冷えきっていくのを止められない。
「ルパンコレクションが……」
失われたルパンコレクション。──つまり、彼らの願いは。
「ここまでだ、快盗!!」
VSチェンジャーを突きつけ、パトレン2号が勇ましい声をあげる。1号と3号も快盗の逮捕にシフトチェンジしたのは同じだった。尤も、彼らの声は捜査対象のふたりには届いていなかったが。
こちらに背中を向けたまま立ち尽くす彼らにじり、と距離を詰めた瞬間、
「グォオオオオオ!!」
「!」
飛び回るシザーダイヤルファイターに、それを追うゴーラムがこちらに迫ってきた。
「あのバケモノ、この前の……」
「マシンの方は見慣れないが……まさか」
そのとき、彼らのもとにグッドストライカーが飛んできた。
『ありゃシザーダイヤルファイターだ!まさかまた会えるなんて~兄弟!』
「お、おう……グッドストライカー」
「ちょうどいい。手伝いな!」
『D'accord!……おっと、了解って意味な~!』
鋭児郎は説明されて初めてわかったが、天哉と響香はパリに本部を置く国際警察の一員であるので、フランス語はあらかた理解できた。本部勤務の経験はないが。
──閑話休題。頷いた1号は、バイカーと入れ替えにグッドストライカーを装填。巨大戦のはじまりを告げる引き金を、空めがけて引いたのだった。
『一・撃・必・勝!』
『轟・音・爆・走!』
『百・発・百・中!』
『乱・擊・乱・打!』
警察ガッタイム──もはや慣れてしまったシークエンスによって、顕現する鋼の巨人パトカイザー。
しかしながら、かの皇帝には悲劇が待っていた。これから激戦を繰り広げようというのに、肝心要のグッドストライカーが縦横無尽に飛び回るシザーダイヤルファイターに気を取られているのが端緒となった。
『おぉ、やっぱり輝いてるぜシザー……!』
「ちょっ、グッドストライカー前見ろ前!」
『え?──ウワァアアア!?』
見ると、標的を変えたゴーラムが迫っていた。操縦そのものはパトレンジャーの管轄だが、ボディの中心であるグッドストライカーが集中を欠いたぶんだけ機体のポテンシャルが落ちるのだ。
結果、敵の攻撃をかわしきれなかったパトカイザーは大きく吹っ飛ばされていた。
「い゛ッ、てぇぇぇぇ……!」
「ッ、グッドストライカー、きみという奴は……!」
『あぁダメだ、今日のオイラは頭にお花が咲いている……!』
「しっかりしてよマジで……」
「……何やってんだ、アイツら」
出て来て早々にやられメカと化してしまったパトカイザーを見下ろしながら、ルパンレッドは呆れがちにつぶやく。無論彼はコックピット内の事情など知るよしもないが、十中八九グッドストライカーが原因なのだろうことは察しがついた。
まあいい、この場において自分は制空権を得ている。地上の皇帝は邪魔なだけだ、静かに醜態を晒していてくれればいい。
実際、レッドはシザーダイヤルファイターを巧みに操ってゴーラムを翻弄していた。巨大かつ屈強な容貌に圧倒されがちだが、目の前の敵を攻撃することしか能がなく、実態はポーダマンに毛が生えたようなものだ。
「さァて……片付けるか」
フンと鼻を鳴らしつつ、最終フェーズに入る。シザーのダイヤルががりがりと音をたてて回転し、
『ブレード&シザー!』
シザーの上部から、巨大な刃をもった小型戦闘機が分離する。──ブレードダイヤルファイター。シザーはシザーだけでなく、ふたつのダイヤルファイターで構成されたVSビークルなのだ、矛盾しているようだが。
巨大な刃をもつブレードと、巨大な鋏をもつシザー。その両機が左右から同時に攻撃を仕掛ける。混乱したゴーラムはまともに防御もできず、切り裂かれ、切り刻まれる。
「ハハハハハッ、死ねぇ!!」
いよいよテンションの上がったルパンレッドは、猛攻に猛攻を重ねてついにゴーラムを破壊し尽くした。その身が爆発を起こし、粉々に四散する。
それを見届けて、レッドは言った。
「アデュー、サツの雑魚ども」
わざわざ警察を挑発したうえで、ブレードを呼び戻して飛び立つ。巨大戦ではいいところなしだったパトレンジャーの面々、脱力して見送るほかなかった……シザーの勇躍に見とれているグッドストライカーを除いては。
──見送るといえば、彼女もそうだった。
「………」
携帯電話を取り出し、インターネットで調べた"デューク・エリシオン事務所"の番号をコールする。特定の活動地域をもたないヒーローらしく、登録されていたのは携帯のナンバーだった。緊張はするけれど、躊躇はない。
『はい、こちらデューク・エリシオンです。何かお困りですか?』
ヒーローらしく、ぴりっと引き締まった声。およそ十年ぶりに聴くが、少年の時分よりは若干トーンが低くなっているようだった。
「ええ、とってもお困りですわ。助けてくださる?」
『え……その声、百ちゃん……?』
前言撤回。素の声は、当時とあまり変わらないようだった。
『ひっ、久しぶり!困ってるって、何があったの……助けるって、いや、そりゃ僕が力になれるなら……あれだけど……』
今物凄い田舎にいるし、とエリシオン。百はくすりと笑った。彼は相変わらず素直で、要領が悪いのだ。
「構いませんわ。今度お休みをいただいて、そちらに伺います。どちらにいらっしゃいますの?」
緑に囲まれた田舎の片隅でふたり、ゆっくりと話をしよう──電話一本でそれが実現できることがどんなに幸福か、彼女は既に知っているのだ。
*
帰路を歩く爆豪勝己は、珍しく上機嫌だった。シザーダイヤルファイターをもてあそびながら、ほのかに笑みを浮かべる。
首尾よくこれを手に入れることができたのもそうだが、彼が喜ばしいと感じていたのは百のことだ。彼女は、快盗にならざるをえなかった自分とは違う道を選んだ。それでいい。呪われながら生きていくのは、自分ひとりで十分なのだから。
戻ったジュレには、既に灯りがついていた。
「たでーま。見ろよコレ、あのペンダント、VSビークルだったぜ」
饒舌に声をかけるが、答は返ってこない。──そこでようやく気がついたが、炎司とお茶子は憔悴しきっている様子だった。
「……ンだよ、てめェら?」
「爆豪、くん……ごめん……」
「あ?……なんだ、まァたあのシカ野郎、取り逃がしたんか」
「……違うの……」
「……コレクションごと、警察にやられた」
「……は……?」
その言葉の意味を、勝己は一瞬理解できなかった。しかし理解しようとしまいと、彼は既に奈落へと堕ちていたのだ。
絶望という、奈落の底へと。
à suivre……
次回「ノットオーヴァー」
「アイツを倒せば、デクは……!」
「まだ、終わっていない!」