「快盗……!今日こそはお縄につかせてやる!」
1号でも2号でもなく、いつもはクールな3号の宣戦布告を皮切りに戦闘が開始された。
いつもなら赤同士・筋肉同士・女性同士の3on3になることが多いのだが、3号の猛威に恐れをなしたイエローが「烈怒頼雄斗さんに説教したる!」という無理のある理由でレッドと交代したため、やや変則的な対戦と相成っていた。
ただまあ、イエローも言った以上はそのようにしていて。
「コラァ烈怒頼雄斗!女性相手になんちゅーこと言う!?バストサイズの話はたとえ親友親きょうだいでも厳禁なんやぁ!!!」
「えっ……あ、ご、ごめん……」
こんな調子である。一方で、
「ええぃちょこまかと……!!」
これでもかと弾丸をばらまきまくるパトレン3号。それらをかわしつつ、ルパンレッドはたまらず舌打ちをこぼした。
「チッ……八つ当たりかよ」
鋭児郎♀が余計なことを言ってくれたおかげで、いい迷惑である。
となると、平常運転なのは彼らふたりだけで。
「貴様ら……!なぜこのような場所に来た!?」
「フン、それはこちらの台詞だ。よもややあのような学芸会を見せられる羽目になるとは思わなかったぞ」
「……ッ!」
否定できず鼻白む2号、自分の演技が学芸会レベルであることは自覚していた。
それはともかく、快盗たちと遭遇したということは。
「まさか、ここにはギャングラーが──」
「──そのとーーーり!」
「!?」
響き渡る甲高い声に、彼らは一斉に戦闘を中断して顔を上げた。──撮影所の屋根に、異形の怪人の姿がある。
「ギャングラー、やはり……!」
「ついにお出ましか……」
孔雀の羽根のような派手な色をしたマントを妖しく光らせ、ギャングラーは嗤っている。
「ウヒョヒョヒョ、面白いことになってきましたねぇ。このピッチ・コックがさらに盛り上げてさしあげましょう──くじゃりんぱッ!」
携行するサーベルの先端から、不思議な光波が放たれる。危機を察知して慌てて離脱したルパンレンジャー、パトメガボーで振り払うことを試みたパトレンジャー……それぞれの判断が、明暗を分けた。
「うわあああああ!!?」
光は警棒で防げるような代物ではなく、パトレン2号と3号はそれをもろに浴びて吹き飛ばされたのだ。地面を転がっているうちに、彼らの肉体は既に変化してしまっていた。
傷ついたわけではないので、即座に身を起こしたふたり……身体を襲うこれまでにない違和感に、まず恐る恐る胸元に手を伸ばす。
「ある……」
「……ない」
次いで──股間。
「な、い……」
「あ、ある……」
──………。
「ぬぅお゛ぉぉぉぉぉぉ──ー!!?」
「う゛わぁああああああああッ!!?」
奇声をあげて発狂するふたり。3号──響香に至っては、ブツを掴んでしまった手を汚れを払うように必死に振っている。その光景を目の当たりにしたルパンレッドが、「うげぇ」と蛙の潰れたような声をあげた。
「……きめェ……」
「避けて正解だったな……」
「……おー」
初めて心底から共感しあう小僧とクソ親父であった。
「ッ、元に戻せぇええええええッ!!」
哀れ性別を変えられてしまったふたりは、鬼気迫らんばかりの勢いでピッチ・コックへと向かっていく。最も重大なアイデンティティを喪失する羽目になったのだから当然といえば当然だ。
しかしピッチ・コックには、まだ披露していない"隠し玉"があった。
「よっこらしょ♪」
左肩の金庫が鈍い輝きを放ち、
「ズコ~っ!!」
その場にいる者全員、まるでバナナの皮を踏んでしまったかのように綺麗に滑り転んでしまったのだ。
「い゛……な、何だこれは……!?」
「コレクションの能力か……」
「く、くだらない!」
ピッチ・コックはまったく意に介していないようであった。元々彼は能力が象徴しているように愉快犯的性質の持ち主であって、相手を貶めることに喜びを見いだしている。
「ウヒョヒョヒョ、キミたちはカッコいい~映画よりB級コメディに向いているようですねぇ~」
「ンだとゴラァ!!」
「おぉ怖い、今のうちにスタコラサッサといきましょう。さよなら、さよなら、サヨナラ~!!」
撮影所内に逃げ込んでいくピッチ・コック。呆気にとられていた一同の中で、一番早く動き出したのはパトレン1号だった。無情にも閉じられた扉に手をかけようとするが、
「生の戦じゃあああああああ!!」
「がぶッ!!?」
いきなり内側から開かれた扉に顔面を強打され、弾き飛ばされる。そこには果たして撮影機材を取ってきたらしい監督以下スタッフ一同の姿があった。本物の戦闘を撮ろうと息巻いていた彼らだったが、悲しいかなそこにあったのは情けなく転がるパトレンジャーの姿。快盗たちは、早くも姿を消していた。
「……!」
しかし、何かに気づいた監督の表情はぱあっと明るくなった。パトレン2号と3号──天哉と響香の姿が、警察スーツに覆われていてもわかるほど明らかに変貌していること。
「これは……イケる、イケるぞぉ!!」
「!?」
嫌な予感しか覚えない、鋭児郎を除くパトレンジャーのふたり。
一方でひとまず付近に身を潜めた快盗は、かの名監督を胡乱な目で見つめていた。
*
ピッチ・コックの目論見は、ギャングラーの首脳たちにも既に知られるところとなっていた。
「映画?」
「はっ。ドグラニオ様を称え、ギャングラーの恐ろしさを知らしめるプロパガンダ映画だとか」
独自に入手したチラシを提示するデストラ・マッジョ。──そして、それを覗き込むゴーシュ・ル・メドゥ。
「ピッチ・コックも面白いことを考えるわね、ふふふっ」
「フン、くだらん!」
そのようなことをせずとも、個性などという卑小な力しかもたぬ人間どもになど容易く恐怖と絶望を味わわせることができるではないか。良くも悪くも武闘派な思考をするデストラであったが、彼の主は違っていた。
「いいじゃないか」
「は?」
「完成が、楽しみだよ」
チラシを手に、どこかうっとりした口調でドグラニオ・ヤーブンはつぶやいたのだった。
*
「……で、切島」
耳郎響香はこれまでの人生において最もオクターブの低い声を発した。機嫌が悪いという精神的な事情もあるが……最大の理由は、やはり肉体であった。
──ツーブロックに刈り込まれた髪、突き出した喉仏、細身だが筋肉質な身体つき。
早い話、彼女は"彼"と呼ぶべき存在になってしまったのだ。
より鋭さを増した瞳に睨みつけられた鋭児郎は、冷や汗を流しながら作り笑いを浮かべた。
「い……いやまあ、カッコいいぜ?男の、まあ今は女だけど……俺から見ても漢らしいっつーか……」
「嬉しくないっつの……!」
先ほどの失言が余程腹に据えかねたのだろう。悪気はないんだけどと内心思う鋭児郎だったが、悪気がないから余計に問題なのだとは気づけなかった。
「落ち着きたまえ耳郎くん!人間の魅力というのは、そう一面的に捉えられるべきものではないぞ!」
「………」
いつもとトーンの異なる大声に、鋭児郎と響香は一転して微妙な表情を浮かべて声の主を見た。言葉の内容云々ではない。
「飯田は……なんつーかその、あんま変わんねーな」
「ムッ、そうだろうか?自分としては違和感が大きいのだが……」
それはまあ、外からは見えない部分の変化は大きいだろうが。
ぱっと見の天哉は、恐ろしいほどに男のときと変化がないのだ。判別できる要素としては、長く伸びたのをわざわざ三つ編みにしている頭髪くらい。男だった鋭児郎よりさらに分厚く筋肉質な身体は……変わっていない。胸も盛り上がっているが、男だったときからしてそうなので脂肪なのか筋肉なのか判別がつかないのだった。
「しかし切島くん、事ここに至ってはやはり撮影どころではないぞ!」
「……わかってる。でも……ごめん、この映画、どうしても完成させてェんだ!」
「なんでそこまで……」
天哉も響香も、いつになく真剣な鋭児郎に戸惑っていた。いや彼はいつだってまっすぐな好漢なのだが、ギャングラーのことがあってもなお映画にこだわるとは思わなかった。
無論、鋭児郎はただのミーハーでこのような主張を続けているのではなかった。
「……だって、悔しいじゃねえか……。耳郎も飯田も、みんなを守るために必死で戦ってんのに。快盗のほうが頼られてるなんて」
ぽつりぽつりと、鋭児郎は語りはじめた。
「俺、何があっても……ヒーローでなくたって、誰かを救けることをあきらめないおめェらのこと、スゲーカッコいいと思った。こういうヤツらがパトレンジャーなんだって、皆に知ってほしかったんだ」
「切島……」
「……そうだったのか」
鋭児郎の想いはとても純粋で、一点の曇りもない。出会った当初からそれは変わらないものだった。
天哉と響香が顔を見合わせて微笑んでいると、紙っぺらの束を持った監督がやってきた──妖しい笑みを浮かべて。
「台本書き換えたぞう!三人とも見た目変わっちゃったし最初からやり直す!」
「ウス、頑張りますッ!」
「ちが~うッ、もっとかわいく!」
「あっ、スンマセ……ゴメンナサ~イ!がんばりまあす」
監督も鋭児郎も意気を上げている。天哉たちももう撮影を拒む気持ちはなかったが、それはそれとしてひとつの疑惑が膨らみつつあった。
「耳郎くん。あの監督、どう思う?」
「……いくら映画好きでもこの状況で撮影を続けようとするのは、」
「どう考えてもおかしい、な」
撮影を続けながら、尻尾を出させる──鋭児郎には悪いが、そういう打算もあった。
「しかし、最初からというと──ぬうっ!?」
「うわ……」
渡された台本を見下ろして、ふたりは盛大に顔を顰めたのだった。
*
さて、クランクイン(再)。
──国際特別警察機構には、異世界犯罪者集団ギャングラーに対抗するため設立された戦力部隊がある。
それが彼ら、警察戦隊パトレンジャーで……
……である?
──カメラに向かって歩いてくる三人組は、警察官とみるには異様な恰好をしていた。
大きく背中の開いたスリップドレスを纏った赤髪の女性に、なぜかセーラー服を着た三つ編み眼鏡の筋骨隆々の女性。そして、どこの場末のホストだと言いたくなるようなギンギラギンにまったくさりげなくないスーツの目つきの鋭い男。
パトレン1号・切島鋭児ろ……あ、鋭子ね、鋭子。
「いいわね?いくわよ!」
パトレン2号・飯田天哉……てん……天!「天」と書いて「そら」と読む!
「おまんら、許さんぜよ!!」
パトレン3号・耳郎響……響介!……これだけ何かしっくりくる!
「ギャングラーは残らずブッ潰す……!」
ってなわけで警察戦隊パトレンジャー、改めてReady Go!襲いくる黒服の集団!……まあこんな感じの流れなのは、当初のシナリオ通りである。
ただし性別が逆転しているわけであるから、アクションの方向性はまったく様変わりしてしまった。服装同様、とにかく型破りにいこうと監督・アクション監督が合意したのである。
たとえば、鋭児郎。
「とりゃーっ」
気の抜けてしまいそうな掛け声とともに黒服の攻撃を受け流したかと思えば、その頭をむんずと掴んで……こう、豊満な胸乳に押しつけるのである。ぐへへ。
そして天哉はヨーヨーを武器に戦い、響香は風貌に違わぬ喧嘩殺法で勝負をキメている。数が大きくなるほどまともになる……とは言ってはいけない。彼らが悪いのではない、指示するほうが悪いのだ。
そんなこんなでカメラを意識しつつ、無難にアクションをこなしていく面々。しかし次の瞬間、鋭児郎の頬を自然なものでない風が掠めた。
「へ……?」
思わず素に戻った鋭児郎が目の当たりにしたのは、禍々しい形状の剣を手にした黒服の姿。頬に濡れた感触と、わずかな痛み。──まさか、本物?
男は黒服を颯爽と脱ぎ捨て、その正体を露にした。人間では、なかった。
「うわぁッ、ギャングラー!!?」
「ッ!」
他の黒服たちも同様だった。ポーダマンの姿を明らかにすると同時に、殺意のこもった攻撃が繰り出される。それらを咄嗟にかわしつつ、いなした三人は誰が号令をかけるでもなくスタッフたちを背にした。
「皆さん、速やかに避難してください!!」
「………」
天哉がそう声をかけるが、スタッフたちはその場から動こうとしない。──刹那、殺気。
よもやと思って振り返るのと、監督とカメラマンを除くスタッフたちがポーダマンの正体を表したのが同時だった。
「うおッ!?」
「ッ、全員グルかよ……!」
十体を優に越えるポーダマンに取り囲まれる三人だが、さほどの危機感は覚えていなかった。撮影の都合でVSチェンジャーを装備したままだったことが幸いしたのだ。
『1号!2号!3号!──パトライズ!』
「「「警察チェンジ!!」」」
三人の身体が光に包まれ、警察スーツが装着される。やはりというべきか、性別逆転仕様である。
変身したパトレンジャーを相手に、ポーダマンの攻撃など束になっても通用しない。身体の違和感にも慣れはじめた彼らは、思い思いの戦いぶりで敵を殲滅していた。
そんな光景を、逃げるどころか目を輝かせて観戦している者たちがいる。
「~~ッ、いい!いいねェ!もっともっとあげてこう!おいカメラ、ちゃんと撮れてるか!!?」
「イエッサー」
数少ないポーダマンにならなかったふたり。ただ、それは敵でないことと同義ではない──特に、監督。
「やっぱりか……!」
「ッ、やはり監督がピッチ・コック……!」
確信に至ったパトレン2号と3号は、相手が人間の姿を保っていてもなお躊躇することはなかった。倒したポーダマンを踏みつけにしたまま、VSチェンジャーを突きつける。
そういう行動をとったのは、彼らだけではなかった。
「楽しそうだなァギャングラー、俺らも混ぜろや」
「えっ!?」
どこからともなく現れたルパンレンジャーに三方を囲まれる。文字通り四面楚歌の状況に置かれて、初めて監督の顔から笑みが消えた。
「なっ……え!?お、俺がギャングラー!!?」
「ギャングラーが目の前に出現して、命の危険さえある状況で、」
「──普通の人間が、撮影を継続しようとはしまい」
奇しくも意見を一致させたルパンブルーとパトレン3号は、その事実それ自体が忌々しいとばかりに銃を向け合った。他の面々はピッチ・コックと目された監督への注意を怠っていないので、特に支障はない。ないのだが──
「──ちょ~っと待ったぁ!!!」
包囲に参加していない約一名の叫びが響き渡ったのは、そのときだった。
「?」
「切島くん……?」
陣形をすり抜けて、つかつかと監督に歩み寄っていくパトレン1号。攻撃を仕掛けるにしても、VSチェンジャーも構えていないのは奇妙というほかない。
監督が思わず身体を竦めていると、1号はそっと彼の肩に手を置いた。そして、
「ピッチ・コックの正体は……あいつだッ!」
ビシッと効果音が炸裂しそうな勢いで指を突きつけた先には──レンズを覗き込む、カメラマンの姿があった。
「え?」
「は!?」
「なぜ!?」
思い思いの反応だが、総じて懐疑的であることに違いはなかった。確かに逃げなかったのは監督と同じだが、淡々と仕事をしているようにしか見えないのに。
しかし──自身が指し示されたことに気づいたカメラマンは、「ウヒョヒョヒョ」と聞き覚えのある下卑た笑い声をあげた。
「ア~ラ、バレちゃいましたか」
「!」
おもむろに立ち上がったカメラマンは、その場でくるりと一回転してみせた。同時に、表皮が弾け飛ぶようにして正体である異形が露になる。
「ピッチ・コック……!」
「イエス!私こそこの映画の影の仕掛人、ギャングラーいちのヒットメーカー!人呼んで~……ピッチ・コッぐほぉ!?」
言い終わらないうちに顔面に銃撃を受け、ピッチ・コックは情けなく後方へ弾き飛ばされた。
「……カ・イ・カ・ン」
いつになく見事なヘッドショットを成し遂げたパトレン1号は、良くも悪くも一同の注目の的となった。
「き、切島くん……なぜ、奴がピッチ・コックだとわかったんだ?」
「それはなぁ……」少し考えたあと、「女の……カン?」
「……おえっ」
「これは一本取られたな……」
「ま、まあミスらなくてよかったってことで!」
「………」
何はともあれ、
「ッ、……おい映画泥棒!予告する──てめェのお宝、いただき殺ォす!!」
何かから意識を逸らすような激しい口上とともに、ピッチ・コックに襲いかかっていくルパンレンジャー。
そして、彼らも。
「っし、ギャングラーを殲滅して、」
「元の姿に戻り、」
「そのうえで快盗を逮捕する!──行くぞっ!!」
熱き三つ巴の戦い。
「……チェキ~~!!」
監督のシャウトが、その火蓋となった。