【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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上鳴くんの「ばくごーのかっちゃんくーん」って呼び方が好きです(半ギレ)


#15 恋は錯綜中 1/3

 

 自ら退学した音楽大学に、数年越しに通いつめることになるとは思ってもみなかった。

 

 後輩の演奏を聴きながら、耳郎響香はぼんやりとそんなことを考えていた。目の前には、金髪に雷模様のメッシュが入った青年の姿。いくら音大生とはいえ、模範的なレベルで軽薄なビジュアルだと出会った当初は思ったものだが、うっかり口を滑らせたらばこれは地毛なんだと抗議されてしまった。まあその点については申し訳なかったが、実際外見通りの行動をとっているのだから閉口するほかあるまい。

 

「──どうっスかね、センパイ!?」

 

 ただ、目を輝かせて己の演奏の出来映えを尋ねてくる姿は、後輩としてはなかなかかわいいものだった。

 

「……うん、だいぶ良くなった。あとは逆に、どれだけ崩していけるかだね」

「崩す……っすか?」

 

 ようやく整った演奏を完遂できるようになったのに?首を傾げる青年に、響香は珍しく悪戯っぽい表情で教示した。

 

「ただ未熟なのと、しっかり技術を身につけたうえで緩急をつけるのは全然違うからね。ま、頑張んなよ──上鳴」

「……ハイ!」

 

 青年──上鳴電気は、嬉しそうに笑った。

 

 

 *

 

 

 

 諸兄は"音楽大学連続失踪事件"を記憶しているだろうか。音大教授・高宮隼人に化けていたギャングラー、ギタール・クロウズが才能ある学生はじめ関係者を拉致監禁、ゴーシュ・ル・メドゥに売り渡そうとしていた一件だ。そのギタールが次の標的と見定めていたのがこの一回生、上鳴電気だった。

 

 ギタールを倒したあと、響香は彼の代わりをなすかのように電気への指導を始めた。無論自身の職務もあるし、後任の教員だっているだろうから、そう頻繁にではないが……それでも、今日まで継続していることは紛れもない事実だった。

 

「センパイ、今日もありがとうございました!」

「いいって、どっちかっつーとウチの趣味みたいなモンだし」

 

 もう昔のようにはギターを弾けない自分の、捨ててしまった夢を託せる相手なのだ。その成長を傍で見守り、大切に育ててやりたいという気持ちは義務などではないのだ。無論、高宮の真相を未だに伝えていないという負い目はあるが、自分の欲目に比べればそう大きな感情ではない。

 

「そういや、今日はこれからバイト?……それとも、また合コンか?」

 

 電気の合コン好きはよく知っているので、茶化すように訊いた。まあ頻繁に参加しているということは、つまりそういうことなのだが。

 痛いところを突かれたと思ったのか、電気はどもりながら否定の意を示した。

 

「い、いやっ、たまには俺だってまっすぐ帰りますよ!特に、センパイに指導してもらった日には……」

「ふーん?」

「信じてくださいよマジで!」

 

 何をそんな必死になっているのかはともかく、響香がそんなことを問うたのは意地悪からだけではなかった。

 

「ま、いいや。お腹すいたし、たまにはご飯いくか」

「えっ……いいんスか!?」

「あ、奢り期待してんでしょ」

「い、いやそういうわけじゃあ……」

「まあそのつもりだけど。その代わり、店はこっちで決めていい?」

「もちろんす!」

 

 そこで響香は、再び悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「ちなみに、あんたの知ってるヤツが働いてる店なんだよね」

「俺の……知ってるヤツ?」

 

 

 *

 

 

 

 ディナータイムまっさかりの喫茶ジュレは、いつも通りそれなりに客足が伸びていた。一等地に店を構えているだけあって、さほど宣伝には力を入れていないにもかかわらず好んで来る客は多い。潰れる心配がなく──潰れそうになってもルパン家が援助してくれるのだろうが──、さりとて本業に支障が出ない程度には繁盛している。まあ、理想的な状態と言ってよいだろう。

 

 しかしながら、店の紅一点たる麗日お茶子は物憂げな表情で客席を見つめていた。密かにほぅ、とため息を漏らす。

 が、それは調理担当の少年に聞き咎められてしまった。

 

「何ため息なんざついてんだ丸顔が、真面目に働けや」

「……爆豪くんさあ、きみがそれ言う?」

 

 気が向いたときにしか働かないくせによく言うと、お茶子は唇を尖らせた。

 

「なぁんかさー、最近カップルのお客さん多いと思わない?」

「あ゛?……別に、客層なんざいちいち見とらんわ」

「まーそりゃそうか。はぁ……」

「ッ、だぁから働けやクソ顔!!」

「!?、……あとで覚えとけよ腐れ外道……!」

 

 勝己からプレートをひったくり、歩きだす。流石にもうため息はつかないが、心のもやもやが晴れることはなかった。彼女は悩んでいたのだ。

 

(いいなぁ……恋人)

 

 そう、お茶子も年頃の少女であった。常日頃から意識しているわけではないが、やはりカップルを見ると恋人が欲しいという欲求がこみ上げてきてしまうのだ。無論、希望通り雄英高校ヒーロー科に通えていたら忙しくてそれどころではなかったかもしれないが、交際とはならなくとも恋愛感情を抱くことのできる相手がいるだけでも幸せなことだと思う。身近にスペックの高い男性はいるが、それだけで好意をもつにはお茶子はまだ夢見がちな少女だった。

 一方で店長の轟炎司などは、最強の"仔"目当てに個性婚をした経歴をもつロマンチシズムとは対極にいる男だった。そんな彼が同じ業務をこなしているという事実には、人生の不条理というものを感じざるをえない。

 

 と、響香が電気を伴って来店したのはそんな折だった。

 

「いらっしゃ……あ、耳郎さん!」

「……ども。ふたり、大丈夫?」

「え、ええ……カウンターになっちゃいますけど、いいですか?」

「ウチはいいけど……上鳴、あんたは?」

「どこでもバッチコイっす!」

 

 今さら相手がパトレンジャーだからという警戒感はない。彼女がややどもったのは電気の顔を見たからだった。切島鋭児郎と同年代のようだが、彼のように同僚というふうには見えない。

 

(まさか……彼氏!?)

 

 身持ちの固そうな響香が、なんだか軽薄そうな男と!複雑な感情入り乱れる中お茶子はカウンター席にふたりを案内したのだが、そこで勝己と電気が同時に「あ」と声をあげた。

 

「おまえ、確か……爆豪?」

「……アホ面か」

「ちょっ、そのあだ名つらみなんですけどマジで!」

 

 電気がわざとらしくのけぞっているのを尻目に、お茶子は慌てて「知り合い!?」と訊いた。答えてくれたのは勝己ではなく響香だったが。

 

「ウチの昔いた音大の後輩なんだ。捜査の過程で知り合って、たまに練習の面倒みてやってんの」

「あ、ああ……なるほど」

 

 自分が飯田天哉と親しいように、勝己もよもや?と思ってしまったが、そういう事情ならとお茶子は自分を納得させた。ギタール・クロウズの一件、ほとんど関与はしていないが最低限の経緯は聞いている。勝己が多くを語るわけもないので、本当に最低限だが。

 

「まだやってたんか、ケーサツも案外ヒマなんだな。で、少しは聴けるモンになったかよ」

「なったなった!ナンならあとで弾いてやろーか?」

「クソみてぇな演奏だったらブッ殺す」

「物騒!」

 

(……なんか、仲よさげ?)

 

 意外やこのふたり、相性は悪くないようである──

 

 

 *

 

 

 

「ふぅー食った食った……。めっちゃ美味かった!」

 

 ふくれた腹をさすりながら、電気は満足げに声をあげた。彼の前には、綺麗に平らげられた皿が並んでいる。それらを供した少年はというと、満更でもなさそうに「そうかよ」と鼻を鳴らした。

 

「おまえ15、6だろ?よくこんな美味いメシ作れるよなぁ。俺なんかチンばっかよ?」

「ハッ、いい歳して情けねーなァ。こんなんレシピ通りに作りゃいいだけだっつーの」

「うわぉ、才能マ~ン……」

 

 大仰に肩をすくめつつ、電気はちら、と傍らを見やった。響香はちょうどデザートまで食べ終わったところで、ナプキンで上品に口元を拭っている。言動は男勝りなのに、彼女にはがさつなところがない。身体が資本の仕事だから女性としては量を食べるほうだが、所作はゆったりしていて女性らしいたおやかさを感じさせる。女友達は多いと自負している電気だが、彼女はそのうちの誰よりも──

 

「……上鳴、どうしたの?なんかついてる?」

「!、いや、別に……」

 

 電気が目を逸らすと、響香は「そう」と軽く流して立ち上がった。

 

「ちょっとお手洗い借りてくる」

「あー……ハイ」

 

 その背中を見送り──ため息をつく。安堵とも、落胆ともつかぬ物憂げな表情。そして髪と同じ明るい琥珀色の瞳が熱をもっていることに、お茶子は気づいてしまった。

 

 これはもしや。そう推測を立てた時点で、お茶子の行動は非常に素早かった。

 

「……ねぇ上鳴さん、ひょっとして耳郎さんのこと好きだったりする?」

「ひょぇっ!!?」

 

 完全に不意打ちだったのだろう、奇声を発して椅子からずり落ちそうになる電気。図星です、と全身で示したようなものだ。

 

「……俺、そんな分かりやすかった?」

「まぁー、オトシゴロの女のコとしては!」

 

 はは、と空疎な笑みがこぼれる。お茶子の言葉に反応して、というより、どこか自嘲めいた響きがあった。

 

「……どうしたの?」

「はは……ぶっちゃけ、100パー片想いなんだよなぁ絶対」

「えっ……」

 

 陽気な性格の電気は、まだ未成年ながら女性経験についてはそれなりに積んでいた。ゆえに、相手の女性が自分をどう思っているか……まったく眼中にないのか友達と認識されているのか、それとも好意をもたれているか、おおむね察することができた。響香はとても親身になってくれるが、五つ年下の学生など恋愛対象としてはみていないだろう。

 

 ただ、諦念めいた感情とは裏腹に、電気の気持ちはそう浅くはなかった。だからこそ容易には攻められない──今の関係を壊したくないから。

 電気の想いを察したお茶子はというと、

 

(け、健気ぇ……っ!)

 

 見るからに遊んでいそうなこの青年が片恋をし、どぎまぎと悩んでいる。その姿は年下であるお茶子の母性本能をくすぐるものだった。できれば彼のサポートをしてやりたいと思う。何かないか、何か──

 

(……せやっ!)

 

 閃いたお茶子は、躊躇なくそのアイデアを口に出していた。

 

「ねえ上鳴さんっ、ココはひとつギャップ萌え作戦といってみない!?」

「ぎゃ、ギャップ萌え……作戦?」

 

 首を傾げる電気の面前で、彼女はグッと親指を立ててみせた。

 

「一途ってことさ!」

 

 

 *

 

 

 

 電気たちが会計を済ませて帰る頃には、ピークタイムも大きく過ぎて閉店準備をする頃合いだった。

 テーブルを拭いたり、皿を洗ったりと各々片付け作業をするのだが、

 

「………」

「ゴラァ丸顔ォ!!」

「ヒッ!?」

 

 勝己の怒鳴り声を浴びて、お茶子はカウンターテーブルに携帯電話を取り落としてしまった。何年も大事に使っているのに!慌てて拾い上げる。

 

「も、もう怒鳴らんといてよ爆豪くん……!」

「怒鳴るわクソが、目の前で堂々と携帯いじりやがって!働け!」

「だからきみがそれ言う~……?」

 

 まあ、勝己は店にいさえすれば黙々と仕事をしているので、文句を言う資格はあるかもしれないが。

 

「……で、何見てたんだよ?」

「あっ、気になる?気になっちゃう系?」

「ッ!……あァ、アホ面絡みか」

 

 口調に苛立ってか再び怒鳴りつけようとした勝己だったが、それが上鳴電気の物真似と気づいて納得顔になった。このカウンター席でのふたりのやりとりには、勝己も密かに聞き耳を立てていたのだ。

 

「どうだったんだ?玉砕したンか?」

「ふふーん、それがねぇ……ほら」

 

 勝ち誇った顔で液晶を見せつける。そこには、

 

──『でんぴうまくいった(σゝω・)σ』

 

「アタマ悪ィ文面だな」

「それは言ってやるな……」

「はん。ま、よかったんじゃねーの」

 

 投げやりな応答だったが、それは一瞬場に静寂をもたらすほど衝撃的なものだった。炎司までもが手を止めてこちらを見ている。

 

「……ンだよ」

「な、なんか爆豪くん……上鳴さんには優しくない?気色悪い……」

「その頬っぺた煎餅にしてやろうか丸顔ォ?」

「うわぁ……」

 

 自分に対しては相変わらずこんなである。お茶子は少しばかり電気を羨ましく思った。

 とはいえ、意気投合(?)した青年の成功を祝福する程度には勝己も人の子なのだ。密かに微笑ましい気持ちになるお茶子だったが、

 

「アホ面に口説き落とされりゃあ、あの男に免疫なさそーなイヤホン女のことだ、骨抜きになるかもしんねーだろ。そうすりゃサツどもが雑魚くなるじゃねーか」

「……は?」

 

 つまりは何か、パトレンジャーの弱体化を目論んで電気を後押ししているということか?

 

「み、みみっちい……!」

「……ふっ、今に始まったことではなかろう」

「ンだとゴラァ!?」

 

 炎司が勝己とやりあってくれている間に、お茶子はそそくさと返信を打った。どこにいつ何時行くことにしたのか──それを聞き出すことが、彼女には必要だったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 ひとりの青年の片恋というささやかながら微笑ましい事象に対して、異形の者たちは今日も人間世界の掌握を目論んで策動を続けている。

 

 彼女──ナイーヨ・カパジャーもそのひとりであった。あったのだが……。

 

「あら久しぶり、ナイーヨ・カパジャー。相変わらずセンスのない恰好ね」

「お久しぶりゴーシュ。そういう貴方こそ、見た目も中身もあたしより出来が悪いくせに、堂々とボスの傍に居座れる度胸は相変わらずねぇぇ……!」

 

 バチバチと火花が散る……どちらかというとゴーシュは冷たくあしらっているといった雰囲気なのだが。

 いずれにせよ女の争いに男は介入し難い。腕っぷしには自信のあるデストラでさえ戦々恐々と見守るしかないのだ。

 

「ハァ……ナイーヨ、用件を聞こうか?」

 

 結局、ドグラニオ・ヤーブンがため息混じりに声をかけることで争いに終止符を打った。

 ナイーヨはただの高慢な女ではなく、ギャングラーでは唯一のくノ一だった。ゆえに、ボスであるドグラニオへの忠誠心はデストラに負けず劣らずのものがある。すかさずその場に片膝をつき、頭を垂れた。

 

「ボス!忍びの者であるあたしは、後継者になる気はありません。ありませんが……!やっぱり、この女だけは気に入りません!」

「お、おぉ」

「人間界を掌握した暁には、この女を放逐してあたしをお傍に……!」

「愚かね」

「ッ、黙ってなさいよ!」

 

 再びゴーシュに食ってかかろうとしたところに、ドグラニオから声がかかった。

 

「構わんよ。俺の後継者はおまえが勝手に決めれば良い」

「!、ボス、それは……」

「勿論ナイーヨが人間界を掌握できた場合の話だよ、デストラ」

 

 そう釘を刺されてしまえば、デストラとしてもそれ以上は何も言えなくなる。元々、"人間界を掌握した者が次のボス"とドグラニオは明言しているのだ。あえて辞退し別人を立てるというのも、ありえない選択ではない。

 

「ありがとうございますボス!……ふんっ」

「………」

 

 ゴーシュに対して勝ち誇ったように胸を張ると、ナイーヨはドロンとその場から姿を消した。次に彼女が現れたのは、標的となった人間界で。

 

「人間どもの笑顔があふれる場所……壊すなら、まずはあそこね」

 

 その視線の先には、夜の闇に煌々と浮かび上がる観覧車があった──

 

 

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