「自動車会社ペガサスに放り込む」
浦沢ワールドで正気を保っているためにはお互いを支えにするしかないのだ!
数日後、朝。欠伸混じりに店に降りてきた勝己が目の当たりにしたのは、カウンター席で手持ち無沙汰げに本を捲っている我らが店長の姿だった。
「寝坊か。ヒーローを目指していた者とは思えん自堕落ぶりだな」
「……るせーな、もう目指してねーんだからいいだろ別に」毒づきつつ、「つーか今日、店は?」
「俺と貴様だけでは仕事にならんだろう」
「………」
ならないことはないだろうと一瞬思ったが、そこまで強硬に主張するだけの自信が勝己にしては珍しくもてなかった。炎司は大人として振る舞えるだけまだマシだが、ふたり揃って接客スキルが乏しすぎる。
「で、丸顔のヤツぁいつ帰ってくるって?」
「……さあ。もしかすると夜になるかもしれないとは言っていたな」
「アイツ……丸一日使って出歯亀する気かよ」
「しょうもねえ」とため息をつく勝己。けしかけたのは彼なのだが、数日のうちにそんなことは忘れてしまっていた。
*
上鳴電気は人を待っていた。表向きはスマートフォンを弄ってのんびり時間をつぶしているように見せつつ、その実そわそわと周囲に視線をさまよわせている。
そんなことを何度も繰り返すことおよそ四半刻。行きかう人波の中に、こちらにやってくる目当ての女性の姿を認めることができた。
努めて精悍な顔立ちを装いつつ、彼女の到来を待つ。勝己には"アホ面"と揶揄されるが、引き締めていれば整った顔立ちであることは自覚しているのだ、腹立たしいことに。
とはいえ、相手の女性がそれで反応を見せる様子はなく。
「は、ハヨーっすセンパイ」
「おはよう、早いねあんた……。いつから待ってたの?」
「今来たとこっす……今」
うそを言ったが、気を遣わせないためというより呆れられないためだった。今現在の時刻は合流予定の15分前なのだ、そんな時間に来てくれた響香を30分以上も待ちわびていたなんて、一体どれだけ逸っているんだという話になる。好意に気づいてもらえればそれはそれでいいが、下心と思われてしまうのは避けたかった。
「じゃ、もう行っちゃう系でいいっすか?まだ早いけど」
「もちろん。もう開いてるんだしね、遊園地」
歩き出すふたり。彼らは人混みの中にいたが、彼らを密かに追尾する少女もまた人混みに紛れていた。髪を後ろでお団子にして目深にキャップをかぶり、少女にしてはやけにごつく角張った眼鏡をかけている。深い親交がある人が見れば即座に看破されてしまうかもしれないが、ちょっとした顔見知り程度ならまず気づかない──快盗ルパンイエローではなく麗日お茶子としての変装なので、それで十分だった。
*
休日の遊園地は、予想するまでもなく大勢の人、人、人でごった返している。
その中にあって、電気が響香をエスコートする形でふたりは遊園地内を回っていった。ジェットコースターやフリーフォールといった絶叫マシンでとことん体力を費やしてストレスを吹き飛ばしつつ、遊園地に併設されている水族館や動物園で生物たちに癒される。動物園では馬人間のような異形型の職員が乗馬体験を担当していて、ふたりとも引きつった笑みを浮かべるほかなんて一幕もあった。
そしてそれらの一部始終を、お茶子はばっちり見届けているというわけであった。
(おぉ~……なんか、まさしくデートって感じだ)
最初はやや緊張ぎみだった電気も時間が経つにつれいつもの明るい振る舞いをみせているし、飯田天哉ほどでないにせよお堅い警察官という印象のあった響香も楽しそうにしているのがわかる。美男美女同士、お似合いのカップルだと誰もが思うだろう、今のふたりの姿を見れば。
「いいなぁ……」
ぽつりと漏れたつぶやきに、思わず自嘲がこぼれる。たとえ好意をもてる相手が現れたとしても、快盗に恋愛が許されるのだろうか。今だけではない。これからずっと未来まで、その事実は影としてついて回るのだ。
(ヒーローになれない……だけじゃ、ないんだ)
自分も勝己も、人生も後半に入っているであろう炎司も。彼らはきっと、そこまで覚悟をして快盗をやっているのだろうけれど。
と、我に返ったお茶子は、電気と響香がお化け屋敷に入っていくのを見てぶんぶんと首を振った。今はふたりを見守り、応援する。そのためにここにいる。捨ててしまった自分の未来のことなど……後回しでいい。
ふたりを追いかけ、独りお化け屋敷へ飛び込んでいくお茶子。しかしその行動を、一分と経たずに彼女は後悔させられることになる──この魔窟に潜む、亡霊たちによって。
*
「そろそろいい頃合いだわね」
遊園地の客入りがピークを迎えようとしているのを認めて、ナイーヨ・カパジャーはそう嘯いた。休日の昼過ぎ──この時を、彼女はじっと待ち続けていたのだ。
「手始めに……ハッ!バリバリ、バリア~!!」
背中の金庫が鈍い輝きを放つ。刹那、彼女の全身から四方八方へと鎖が広がっていく。それらがドーム状の膜を形成し……消えた。
「痛たっ!?」
「うわっ、なんだこれ!?」
──否、消えたわけではなかった。透明な壁は厳然と広がり、人々の往来を阻んでいた。そう、遊園地は文字通りの出入り禁止地帯となってしまったのである。
そんなこととはつゆ知らず、電気たちはお化け屋敷を楽しんでいた。暗くおどろおどろしい迷宮で、どこからともなく飛び出してくる亡霊たち。現実に迷い込んでしまったら心細さと恐怖のあまり発狂しかねない場所だが、これがアトラクションとなるとどうしてか人を誘うのである。皆、リスクは取りたくないがスリルは欲しいということか。
「お、あれ……動きそうじゃないすか?」
行く先に壁に凭れかかるようにして立ち尽くす人影を認め、おもしろそうにつぶやく電気。一歩後ろを歩く響香に緊張が走るのを感じとって、彼は密かに笑みを浮かべた。
「別に……動くってわかってりゃどうってことないでしょ」
「ふ~ん?」
「な、なんだよ」
「いやぁ……べっつにぃ?あ、手ぇ繋ぎます?」
「いらないっつの……」
いらないと言うならいらないのだろう。あえて食い下がりはせず、ゆっくりとかのオブジェクトへ歩み寄っていく。廃病院を模した廊下は一本道なので、いずれにしてもあのすぐ横を通っていかなければならない。
「………」
身構えつつ、抜き足差し足で通過していくふたり。人間のかたちをしたオブジェクトはぴくりとも動かず、やや肩透かしな気分を味わったとき……"それ"は起きた。
「グオオオオオオオッ!!」
獣じみた雄叫びとともに、壁をぶち壊して飛び出してくる白衣のゾンビ。あまりといえばあまりの事態に、ふたりの頭は真っ白になった。
「うおぉ「う゛わあああああああ──!!?」……えっ」
自分の悲鳴など軽々とかき消すほどの絶叫に、電気は一瞬恐怖も忘れて呆気にとられた。それも一瞬のことで、数秒後には物凄い力に腕を引っ張られてその場から消え去っていたのだが。
「……あれ?」
代わりに、幽霊役のスタッフが呆気にとられる羽目になった。暫しそのまま固まっていたらば後からやってきたお茶子と目が合ってしまい、物凄く気まずい雰囲気を生み出してしまうのだが、それも無理からぬことである。
「ハァ、ハァ……はぁぁぁぁ~……」
病室を模したとおぼしき部屋へ逃げ込んで、響香は壁際に蹲るようにして肩を震わせていた。部屋に引きずり込まれた形の電気は、困り顔で彼女を見下ろすほかなかった。
「センパイ……お化け、ダメだったんすね。ギャングラーは平気なのに」
「ッ、わ、嘲いたきゃ嘲えよ……!」
「いや、そんな……言ってくれりゃよかったのに」
「言えるわけないだろ、こんな……恥ずかしい」
こんな醜態を晒すくらいなら、恥を忍んで伝えておくべきだったかもしれないが。いずれにせよ後の祭りである。
半ば無理矢理呼吸を整えて、響香は立ち上がった。
「……もう、平気だから。さっさと行こう」
「………」
ぶっきらぼうに言い放つのは、あえてそうしているのだろうとわかった。大勢の人々を守るために戦っている女性。年少者である電気に弱みを見せたくないという気持ちは、正直理解できる。
ただ──それでもと、思った。
「……大丈夫だよ」
「え……」
唐突に右手を握り込まれ、響香は当惑を声に出した。わずかに視線を上げて見えた琥珀色の瞳が、ギターを弾いているときと同じ、真剣な光を帯びていて。
「俺が、守るから」
「………!」
とくんと、胸が高鳴るのがわかった。同時に染み出した熱が、顔にまで上ってくる。
(な、何、これ……)
響香ももう大人だ、こういう気持ちになったことが初めてというわけではない。しかしそれを、五つも年下の、まだ少年の域も出ていないような後輩に対して感じるとは。
あふれ出した自身の気持ちを認められないほど響香は子供ではなかった。が、そのことと電気と気持ちを通じ合わせることとは別の話だった。
「……普段からそうやって女の子口説いてるんでしょ。ウチにまで、やめなよそういうの」
「……あー……」
一瞬呆けたような表情を浮かべた電気は、直後空いている右手を目元に当てて天を仰いだ。てっきり「スンマセン」と心のこもらない謝罪を述べて話は終わりかと思ったのに、心底がっくり来ている様子なのだ。
「……何?」
「いや……普段の自分の行いをちょっとばかし後悔してるだけ……」
なおも首を傾げる響香に対し、電気は改めて真剣な面持ちで向き直った。
「俺、可愛いとか好きとかは結構言っちゃうけど……守るだなんて、普段は恥ずかしくて言えないから」
まして、国際警察のエリートたる女性相手に。
それはつまり──そのくらい本気だということ。表情が声が、五感で感じとることのできるすべてが、如実にそれを示している。
「上鳴……ウチは、」
「いいよ、すぐに返事くれなくても。とりあえずはここ、さっさと出ようぜ」
手を引かれ、歩き出す。彼の掌はじんわりと汗をかいていたけれど、嫌悪感はなかった。守る、という言葉も。
ただ微かにはしる胸の痛みは、甘酸っぱさよりもほろ苦さを響香に味わわせていた。
──そのあとは言葉もなく、順路を黙々と歩き続ける。それでも幽霊が飛び出してくれば「きゃっ」と声をあげてしまう響香だったが、その度に電気がさっと身体を寄せて庇ってくれる。一度告白してしまったからには、もう行動を取り繕うつもりはないということなのだろう。
(こんなことになるなんて……)
思ってもみなかった──と言えば、正直、嘘になる。容姿の諸々にコンプレックスのある響香だが、学生時代から異性に声をかけられることはあったし、高嶺の花でないからこそそれなりにもてるタイプなのだろうと自己分析もしていた。電気のような男なら、軽くちょっかいをかけてきてもおかしくないとは思っていたのだ。
無論、そんなことをされたら思いきり叱り飛ばしてやる算段でいたのだが、遊園地デートという初々しいにも程がある提案をされて狼狽し、頷いてしまったのが運の尽きだったということか。自分の夢を託せる唯一無二の後輩というだけのつもりだったのだけれど。今までもこれからも。
と、迷宮も七合目あたりの曲がり角に差し掛かったとき、いきなり飛び出してくる人影があった。
「ッ!?」
もう何度目になるかわからない緊張に身を強張らせる響香だったが、今度のそれは今までとは様子が異なっていた。飛び出してきた幽霊はその場にばたりと倒れ伏し、苦しそうに唸っているのだ。
「た、たす……けて……」
「うわ……超迫真の演技」
電気のつぶやきは自然な反応だったが、演技というにはどうにも違和感があった。まるで、本当に──
「ぎゃ、ギャングラーが……」
「……!」
その瞬間、響香の表情が変わったことに電気は気づいた。それは、自分のギターをみてくれているときとも異なる……"警察官"としての顔。
「上鳴、あんたはここにいな」
「!?、いや、でも……」
「大丈夫、とりあえず様子見てくるだけだから。ウチが戻るまで待ってて!」
有無を言わさず駆け出す響香の背中には、確かに頼もしさと気迫があった。彼女に待っていろと言われれば、そうするより他にないのだ。相手は幽霊などとは比較にならないほど恐ろしい、ギャングラーなのだから。
それでも、
「守る、っつったんだけどな……」
わかってはいても、それは割り切れない思いだった。
*
『こちら耳郎、夢ヶ丘遊園地にてギャングラーが出現。至急応援を頼む!』
「!」
休日のスタンバイということでのんびりした時間を過ごしていた切島鋭児郎は、響香からの通信を受けて即応した。
「わかった、すぐ向かう!飯田には俺から連絡入れとく」
『頼んだ』
通信を終えると同時に、タクティクス・ルームから飛び出していく鋭児郎。自分がスタンバイのときでよかったと彼は思った。フォースカインドの事務所近くにアパートを借りているため、休日に家から駆けつけるには現場にもよるが時間がかかる可能性がある。その点、天哉は庁舎から徒歩5分の独身寮にいるのでいつでも駆けつけることができるのだ。
その天哉はというと、干した洗濯物をベランダから取り込んでいる真っ最中だった。
「うむ、やはりこういう爽やかな日は洗濯物もよく乾くな!」
家事ひとつでも相変わらず四角張った声をあげる青年である。が、それゆえ即応性は高かった。連絡を受けた一分後には、制服に着替えた彼も出撃していくこととなる。
そして、仲間への連絡を済ませた響香は。
「動くなっ、国際警察だ!!」
VSチェンジャー片手に、ギャングラーの面前に飛び出していた。電気に告げたことを躊躇なく反故にしてしまった形だが、最初からそのつもりだったわけではない。襲われていた人間を救けるためだ。
「ハァ?国際警察!?なんでいるのよっ、せっかくバリアまで張ったのに~!」
「ッ、ふざけた真似してくれたな!──警察チェンジ!」
変身して勇猛に突撃しつつ、ギャングラ──―ナイーヨ・カパジャーの言葉の意味を考える。そのまま受けとるなら遊園地にバリアを張り巡らせたのだと解釈できたし、事実その通りだった。
(それじゃ、援護は期待できない……!)
即ち、単独でナイーヨを倒さねばならないということ。トリガーマシンバイカーのような破壊力のある装備では正直厳しいが、やるしかない。
至近距離から銃撃を炸裂させるパトレン3号に対し、ナイーヨは鎖鎌を振るって応戦する。狭い廊下での戦闘で互いに動きを制限されざるをえないが、そのぶん小柄な前者に分があった。銃撃に意識を向けさせておいて鋭い足払いを繰り出し、バランスを崩させる。
そのまま脳天を撃ち抜こうとした瞬間、別方向から光弾が飛んできた。
「ッ!」
咄嗟に飛び退く3号。直後、光弾は彼女のいた空間をすり抜け、壁の一部を粉砕する。
「──邪魔してごめんなさいっ!でも、お宝だけは確保させて!」
銃を手に立っていたのは、響香とそう体格の変わらない少女だった。漆黒の衣装は普段のそれとは異なるが、黄色の仮面は見慣れたものだった。
(よかったぁ……仮面とVSチェンジャーだけは持ち歩いてて)
少女──麗日お茶子は心中でそうつぶやいていた。衣装は裏のスタッフルームに置いてあったものを拝借してきたが、仮面だけは普段使っているものでないと意味がないのだから。
「ッ、快盗か……!」
「なっ、なんで快盗まで!?アンタたち、グル!?」
「ンなわけないだろ!」
否定しつつ──響香の脳裏にひとつの方策が浮かんだ。おそらく飯田天哉であれば絶対に採用しないような策が。
「……いいよ、快盗」
「えっ……」
「その代わり、コイツ倒すの手伝えっ!」
言うが早いか、再びナイーヨに飛びかかっていく3号。彼女から共闘を持ちかけられたことに戸惑いを隠せないお茶子だったが、それは願ってもない提案だった。
「……わかった!快盗チェンジっ!!」
ルパンイエローへと変身を遂げる。これで2vs1。しかし彼女たちは、ナイーヨ・カパジャーの本当の恐ろしさを知らなかった。
*
偵察に行ったはずの響香がいつまで経っても戻ってこないことに、電気は焦れていた。彼女がパトレンジャーの一員であることは理解しているが、それでもサシでぶつかるにはギャングラーはあまりに手ごわい相手。小柄な彼女の身体がいとも容易くへし折られてしまう光景を、否定しきれない自分がいた。
逃げてきたスタッフのひとりから状況を聞かされたのは、そんな折だった。
「き、きみも早く逃げるんだ!今、パトレンジャーと快盗がギャングラーと戦っているから……!」
「……!」
快盗がいるというのは予想外だったが、やはり戦闘が発生しているという事実が電気の心に楔を打った。
(そうだよな、逃げるべきなんだ。俺に……何ができるわけでもないんだから)
まあまあ強力な個性をもっているという自負はあるが、特別鍛えてきたわけでもない。プロヒーローたちでさえ抑え込まれるギャングラー相手に、歯が立つわけがないのだ。
その事実を当然のものとして認めた電気は、自分でも意識しないうちに走り出していた。
「あっ、おいきみ!?そっちは……!」
男の焦燥に駆られた声が耳に入る。──電気の足は、戦場へと向いていた。
(何もできねえってわかってる……でも……!)
言葉にならない熱情が、彼を突き動かしていた。