ニブいよ、ニブすぎるよ…
切島鋭児郎にとって、それは思いもかけぬ再会だった。
「……切島?」
「!、あ……」
「芦、戸……」
ピンク色の肌をもつ目の前の女性の姿に、鋭児郎は一瞬二の句が継げなくなった。尤も次の瞬間には、彼女は親しげに飛びついてきていた。
「うそ!久しぶり……でもないか、元気そうじゃん!」
「お、おう。おめェも変わんねえな」
「そりゃー三ヶ月やそこらじゃ変わんないっしょ~」
明らかに旧友同士の再会、といった雰囲気。それはいいのだが、この場には彼らのほかに大勢のヒーローや警察官の姿があった。飯田天哉が咳払いでそのことを暗に示すと、慌てて離れるふたり。
入れ替わりに、耳郎響香が耳打ちする。
「知り合いなの?」
「おう、同級生……雄英の」
「あぁ……なるほどね」
響香も天哉も納得顔で頷いている。彼女──芦戸三奈はプロヒーローで、明らかに鋭児郎と同年代の風貌であるから、雄英高校の同級生同士という関係はなんの違和感もなく受け入れられたのだろう。
──彼女とはそれより以前からの知己であることは、あえて明らかにはしなかった。
*
事は数日前に遡る。
「──富原市八神町にある八神山に、ギャングラーが潜伏しているとの通報があった」
すべては塚内管理官のこのような報告から始まった。八神山といえば、かのギタール・クロウズのアジトがあった場所でもある。
「詳しくはジム・カーターから。あと、よろしく」
『よろしくされましたので後を引き受けます!』
曰く。リーダー格のギャングラーの姿は確認できていないものの、戦闘員ポーダマンが日に日にその数を増やしているのだという。それも、一ヶ所──八神山の中腹にある廃寺に集結していると。
「寺?そんなとこで何やってんだ?」
『現状、不明です。地元警察やプロヒーローも迂闊に踏み込めない状況が続いているので』
「そこでウチらの出番ってわけか……」
まあ、ギャングラー絡みならパトレンジャーの出番……というのは自明の理なのだが。
それから暫く調査が続けられ、集まったポーダマンの数が予想以上に多いことが判明──戦力差を鑑みて、管轄のヒーロー事務所と共同で作戦にあたることになった。
それが、ふたりの再会に至る経緯である。
*
アライアンスが発足したとはいえ、即座に出撃できるわけではない。これまでにない大人数での作戦遂行であるから、時間をかけた綿密な準備が必要となる。
(スッゲーなぁ……)
麓の公民館にて大勢が忙しく動き回っているさまを、鋭児郎は感心しきりで眺めていた。戦闘チームの最右翼である彼らパトレンジャーは、この段階ではあまり出る幕がないのだ。最初はそれでも何か手伝えることはないかとあれこれ声をかけて回っていたのだが、戦いに備えて力を蓄えてくれと逆に町いちばんの弁当屋やらパン屋やらに注文したという昼食を次々支給されてしまい、自分の腹が膨れるばかりという結果に陥ってしまった。
いっそ隅っこのほうで筋トレでもしていようかと思っていると、耳慣れた愛らしい声が飛び込んできた。
「切島~!」
「!」
部屋の外から手を振る芦戸三奈の姿を認めて、鋭児郎は彼女のもとへ足を踏み出していた。
「へ~、そんなことがあったんだぁ……」
「おー。おかげでまあ、学生んときのほうがよっぽどヒーロー活動してたっつー状態なんだけどよ」
自身がパトレンジャーの一員に任命された経緯を話したあと、鋭児郎はそう自虐めいた冗談を飛ばした。案の定、三奈はからからと笑っている。
「でも、結構似合ってるよ?その制服」
「え、そ、そうかな?」
「うん、元気にやってるみたいでさ、安心したよ。チームの人たちとも仲良さそうだったし」
「まあ、な……。芦戸のほうは?」
「あたしはぼちぼちかな~。楽しいしやりがいもあるけど、たまーに学校が恋しくなるときがあるんだよねぇ」
「学校かぁ……色々あったもんなぁ」
「うん。ほんと、色々──」
「……あのふたり、なんか不思議な音がする」
鋭児郎たちの姿を距離をとって眺めつつ、響香がそんなつぶやきを漏らしていた。
「不思議な音……とは?」訊く天哉。
「親密……なんだけど、ただ仲間とか友だちってだけじゃなくて……でも、恋人とかってわけでもない……なんなんだろう。初めてかも、この感じ」
「ふむ……」
響香の所感は天哉にはときに理解しがたいのだが、それが彼女の鋭い感性によるものであることはよく知っている。鋭児郎と三奈が親しい友人であることに間違いはないだろうが、それ以上の浅からぬ絆が結ばれているということなのだろうか。
(あの雄英で三年間も切磋琢磨していれば、そういうこともあるか)
自分はその十分の一の時間もヒーロー科にいられなかったが、当時の同級生たちの顔は鮮烈な記憶として残っている。プロヒーローとして在るべき道を進んでいる彼らが自分を覚えているかは、わからないが。
「……水を差すのは忍びないが、俺たちも彼女に挨拶をしておこう。一緒に戦うのだしな」
「あぁ、そうだね」
そうして、ふたりも鋭児郎たちのもとへ歩み出そうとする──刹那、
にわかに、地面が揺れた。
「うわ……!?」
「地震か!?だが、それにしては……」
「な、なんか変だな……揺れ方」
「……切島も、やっぱりそう思うんだ」
「え?」
「ちょうどギャングラーが現れた頃からなんだよ。1日に何度も、こんなふうに……」
神妙な表情で山の方角を見上げる三奈。その言動は、この揺れと地鳴りが今回の一件と無関係でないことを示していた。
*
人間たちが戦力を集わせつつある一方で、ギャングラー"トゲーノ・エイブス"もまた己が計画遂行のために着々と準備を進めていた。
その集大成として、彼はドグラニオ・ヤーブンのもとを訪れた。そして、このような話を持ちかけた──
「俺に、人間界まで見物に来いと?」
要請に対して、ドグラニオは心外そうな声を発した。その反応はトゲーノにとって予想の範疇のもの、これまでのギャングラーをもとに考えれば、そうする価値を見いだせないのも無理はない。
「その通りです、ボス。屋敷にこもっているのも退屈でしょう、他の奴らとはひと味違うところをお見せしますよ」
「ほう?」
「トゲーノ、貴様……」
「何せ、オレはあなたの後継者になる男なんですからねぇ。ヘヘヘヘッ」
デストラが威圧するのも無視し、自信たっぷりに下卑た笑い声をあげるトゲーノ。その自信には、己が実力のほかにも根拠があった。
「今回の計画のために、オレはあのオドード・マキシモフと手を組んだんですから」
「オドード?……ああ、あのクラッシュ・ブラザーズの?」ゴーシュのつぶやき。
生物と非生物とにかかわらず、狙ったものはすべて叩き潰すと恐れられた兄弟──その名は、ギャングラーの間ではよく知られていた。
「それで、計画とは一体なんだ?」
「ヘヘッ、ヤツは復讐を……そしてオレは、ギャングの勲章を……。そう言えば、おわかりでしょう?」
「間もなく舞台が整いますんで、お楽しみに」──そう言い残して、去っていくトゲーノ。その背中を見送るドグラニオの碧い瞳からは、いかなる感情も窺い知ることはできなかった。
*
「──トゲーノ・エイブスは金で殺しを請け負う暗殺者。先手を取られるとなかなか厄介な相手です」
複数枚の写真を資料代わりに、ターゲットとなるギャングラーについて説明する黒霧。その姿はもう、ジュレの日常風景となりつつあった。
「それで、コレクションの能力は?」
落ち着き払った態度で訊く炎司。彼が本気で慌てるさまを一度は見てみたいものだと思いつつ、黒霧は応じた。
「それは──」
「は?」
呆気にとられたのは少年たちだけだった。コーヒーカップの把手からミニ黒霧がにょき、と顔を出したのだ。
「身体を小さくすることができます」
よくよく見れば、それは本物そっくりな布人形だったのだが。
「まあ、このような形で」
「……ふむ、厄介だな」
小さくなられては金庫を開けられなくなってしまう──お茶子のぼやきに対し、黒霧は当然のようにこう返した。「小さくなられる前に回収してください」──と。
「チッ、簡単に言いやがって」
「難しいお願いなのは承知の上です。……まさか、自信がないと?」
「舐めんなヨユーだわ」
「………」
炎司は密かに嘆息した。粗暴な振る舞いの割に物事をクレバーかつドライにみている勝己だが、自信家の常かノせられやすいところがある。まあ今回はいずれにせよやらざるをえないのだが、いつかこの男のような悪い大人に利用されてしまうのではないだろうか。
(……何を親のような心配をしているんだ、俺は)
本当の我が子にさえ、「おまえなんか親じゃない」と言い捨てられるような男であるというのに。炎司の自嘲は、誰にも見咎められることはなかった。
*
数時間後、逢魔ヶ時。パトレンジャーの面々とプロヒーロー・pinkyこと芦戸三奈は八神山に潜入していた。ギャングラーの張り巡らせた罠の可能性も鑑みて、事前に地鳴りの出所を探るべきだ──本格的な戦闘となってから協力者となる大勢を危険に晒すのだけは、なんとしても避けねばならないのだから。ヒーロー相手でも、そういう意識はブレない彼らである。
ではなぜ三奈が同行しているのかというと、案内役を自ら買って出たためだった。ギャングラーが占拠している廃寺とその周辺に近づけば、当然それだけ偶発的な戦闘が発生する確率は高まる。周辺一帯の地理と現況を熟知している彼女が同行することで、できるだけリスクを避けようという魂胆だった。
「この辺りまでかな……これ以上近づくのは危険かも」
「了解した。では耳郎くん、頼む」
「オーケー」
パトカーを路肩に駐車し、後部座席から降りる響香。彼女はしゃがみ込むと同時に、耳朶のコードを接地させ、そこから伝わり来る音を聴く。その様子を見ながら、三奈は「う~ん……」と声を漏らした。
「どした?」
「いやさ、顔合わせしたときも思ったんだけど……な~んか前から知ってるような気がして」
「耳郎のこと?」
「うん、あとそっちの……飯田さんのことも」
鋭児郎ははっとした。それは自分と彼らが出逢ったときも、お互いに感じていたものだったのだ。会ったことはないはずなのに、懐かしいような感覚──
「……なんで、なんだろうな」
その答は、鋭児郎には出せなかった。当の三奈などはあまり深く考えていない様子で「不思議だよね~」などとつぶやいているが。
──と、そのとき響香が「見つけた……!」と声をあげた。
「やっぱり、下だ……。山の地下に何かがある」
「ふむ……」
それだけ分かれば、ここに長居する理由はない。帰還すべく一同がさっさとパトカーに乗り込もうとした瞬間、男の悲鳴じみた声が辺り一帯に響いた。
「悲鳴……!?」
「行こう!」
真っ先に走り出したのは、鋭児郎と三奈だった。それに天哉と響香が続く。
程なくして彼らは、助けを求めながら駆け寄ってくる青年と遭遇することとなった。
「どうしたんスか!?」
「ぎゃ、ギャングラーが……!」
「え──」
驚いている暇もなかった。直後、「待てぇ人間~!」と大声で叫びながら、異形の怪物が姿を現したのだ。
「にんげぇん、拾ったモンを返しやがれ~!」
「ひ、ヒイィ!」
「ッ、芦戸!その人を頼む」
「りょーかいっ、みんな気をつけてね!」
青年を三奈に任せ、鋭児郎たちはVSチェンジャーを構える。見たところポーダマンを率いている様子はない。単独のギャングラーが相手なら、やはりパトレンジャーの領分だ。
「「「──警察チェンジ!!」」」
『1号・2号・3号!パトライズ!』
警察チェンジ──三人の身体が光に包まれ、鮮やかに輝く警察スーツが装着される。
「パトレン、1号ッ!!」
「パトレン2号!!」
「パトレン3号!」
「「「警察戦隊──パトレンジャー!!」」」
「国際警察の権限において、実力を行使するッ!!」
勇ましく口上を述べ、躍りかかっていくパトレンジャー。その背姿に、三奈は青年を庇いながらも見とれていた。
「あれが、パトレンジャー……」
──今の、
三方向に分かれて銃撃を仕掛けるパトレンジャー。対するギャングラーは躍起になって光弾をかわすばかりで、反撃してくる様子を見せない。
消極的な態度は解せないものがあったが、直後、さらに不可解極まりない事態が起こった。
『隙ありィ!』
「!?」
背後から響く声に、慌てて振り向き銃口を向ける1号。──しかし、そこには何者の姿もない。
"それ"は、2号と3号の身にも起こった。
『こっちだァ!』
『見えないのかァ?』
『バカめ──』
『早くかかってこいよ!』
「ッ、なんなんだこれは……!──耳郎くん!」
「捜してるけど……ッ、音源が特定できない!」
こんなことは初めてだった。混乱する一同。──そうこうしているうちに、ギャングラーはガードレールを飛び越えて崖下に姿を消してしまった。慌てて覗き込むも、眼下は広大な緑で覆われているばかりだ。
「森に逃げ込んだか……!」
「……あのギャングラー、今回の首謀者か……?」
ポーダマンの集結している山中に現れたギャングラ──―普通に考えれば、そうとしか思われないが。
それにしては燻る妙な違和感。その正体を掴めぬまま、三人は芦戸のもとへ駆け寄った。彼女の背後──パトカーの陰に身を潜めるようにして、青年がうずくまっている。
「あの……大丈夫ですか?お怪我は?」
「あ、は、ハイ……」ようやく顔を上げる。
「きみ、一体なぜギャングラーに追われていたんだ?拾ったものがどうとか言っていたが……」
「えっと、実は……」
青年がポケットから何やら取り出し、見せつけてくる。その掌に乗せられたものは、
「え、……おもちゃ?」
ドリルのついたミニカーのようなそれは、三奈……いや、ほとんどの人間からすればそのようにしか見えない。それも無理からぬことだった。
ただ、鋭児郎たちは違っていて。
「これ……もしかして、VSビークル!?」
そう──自分たちが普段から利用しているキーアイテム。それと類似した形状にみえる。
「こっ怖いのでっ、国際警察の皆さんに預けますっ!それでは!」
「えっ──」
言うが早いか、一同を押し退けるようにして走り出す青年。まさしく脱兎のごとく、である。
「あっ、ちょ、ちょっと!麓まで送りますよ!?」
「結構でぇすっ、家が近くなので~!」
サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ──凄まじい速度で道路を下り降りていく青年を、鋭児郎たちは呆然と見送ることしかできなかった。
「……速っ」
「あれならギャングラーからも逃げ切れたんじゃ……」
「こ、個性さえ使えれば僕もあれくらい……!」
まあ──それはともかく、である。
「あの~……結局それ、なんなんですか?」
怪訝そうな三奈の問いかけに、三人は思わず顔を見合わせた。この玩具のようなブツが巨大化してロボットの一部となる──などとは、余程想像力豊かな人間でもない限り、考えもつかないことだろう。