猛毒に侵されながらも、入手したトリガーマシンクレーン&ドリルの力でオドード・マキシモフを討ち果たした切島鋭児郎。
しかしたしかな勝利を手にしたはずの彼の目の前には、悪夢のような光景が広がっていた。
倒れ伏している人、人、人。あまたのヒーロー、飯田天哉、耳郎響香──芦戸三奈。彼らの流した血が、廃寺の面影すらない荒野を赤く染めてゆく。
(なんで、)
(なんで、こんなことに)
「──おめェが、弱いからだよ」
「……!」
冷たく響く少年の声。この戦場跡にいるはずのない存在。けれど鋭児郎は、焦燥のままに背後を振り返っていた。
──果たして、そこには鋭児郎より幾分か幼い学生服を着た少年の姿があった。鋭児郎と瓜二つの顔立ち、赤い瞳に三白眼。ただ顎のあたりまで伸びた頭髪は、吸い込まれそうな漆黒に染まっていた。
「違う……!俺は強くなったんだっ、おめェみたいに逃げたりしなかった!だから……!」
「じゃあ、これは何だよ?」
「……ッ!」
鋭児郎が言葉を失うのを認めて、少年は冷たい笑みを浮かべた。
「何が烈怒頼雄斗だ、漢気だ。聞いて呆れちまうよ」
「鋭児郎、──おめェには、何も守れない」
それは他でもない、封印してきた過去からの復讐だった。
*
様々な計器類に囲まれたベッドに、赤毛の青年が寝かされている。呼吸器に鼻と口とを覆われ、時折苦しげな呻き声を漏らしていた。
「──以上のような状況ですが、希望は捨てないでください」
言葉とは裏腹な医者の重苦しい口調に、包帯まみれのふたり組は閉口した。そもそも快復に望みをかけねばならない時点で、度しがたい状況に違いないのだ。
ただ最善は尽くしてくれているであろう医者に文句を言うのは筋違いだし、歩くのもやっとの身体ではその気力も湧かない。
結局、去りゆく彼を見送ったあと、「くそっ」と毒づくのが精一杯だった。
「……切島……」
集中治療室の中で生死の境をさまよっている仲間の姿を、彼ら──飯田天哉と耳郎響香は見守っていることしかできない。切島鋭児郎ほどの男が、こんなことで終るはずがないと自分たちに言い聞かせながら。
*
一方、身体的なダメージはほとんど受けずに済んだルパンレンジャーの面々は、戦闘の翌日にはジュレの通常営業を行っていた。姿を現したドグラニオ・ヤーブンのことは気にかかったが、その手の調査は雇い主の代理人である黒霧の役目だ。まあ、実際には別にそちらのプロがいるのかもしれないが知ったことではない。パトレンジャーやプロヒーローたちのこともまた然りである──表向きは。
しかしながら、本来高校に通っている年齢の未成年組は朝から落ち着かない様子でニュースサイトとにらめっこしていたし、一応彼らの上司ということになっている轟炎司はそれを見て見ぬふりしながら業務を行っていた。昨日のことは、彼ら快盗に対しても少なからず楔を打ち込んでいたのである。
そして、そんな彼らを本格的にかき乱す男が来店した。
「やあ、お久しぶりエンデヴァー。あ……今は店長さんって呼んだほうがいいかな?」
「……塚内、」
塚内直正──警察戦隊の責任者その人である。炎司よりひと回りは若い、まだぎりぎり青年と称しても通用しそうな風貌ではあるが、その親しげな口調を見るに彼らは旧知の仲であるらしかった。
「炎司さん、お知り合い?」お茶子が訊く。
「……ああ。警察官だ、彼は」
勝己もお茶子も内心は動揺したが、それを表に出さない程度の分別はあった。"エンデヴァー"の知己だというなら、対応は炎司に任せて様子を見ていればいい。
だが、次に塚内が放った言葉には警戒を強めざるをえなくなった。
「警察官は警察官でも、国際のほうに
「!、………」
役職の入った名刺を受け取り、いよいよ炎司は渋面をつくった。尤も彼は不機嫌そうな表情のほうがスタンダードなので、塚内も不審には思わなかったようだが。
「ここの話はウチの連中から聞いてるよ。きみたちは……笑顔がかわいいウェイトレスの麗日お茶子さんに、絶品のモーニングセットを作る爆豪勝己くんだね、よろしく」
「よ、よろしくお願いしますっ」
「……っス」
褒められるのはなんだかんだ満更でもないふたりである。とはいえいつまでも立ち話をしているのもどうかと、再び炎司が口を開いた。
「それで、今日は食事に来たというわけか?」
「ああ……そうしたいのは山々なんだけどね、今日はこっち」
塚内が手に取ったのは、店頭販売している持ち帰り用のマカロンだった。
「昨日の戦闘で三人が負傷してね、これからお見舞いだ。もう報道もされてるし、知ってるかな」
「……ああ。烈怒頼雄斗は重体だと聞いたが」
「ギャングラーの毒にやられたからね、今のところ既存の解毒剤で対処するのが精一杯ってな状況だ。ま、命がけの仕事だからこういうこともあるが……」
塚内の表情に一瞬翳が差した。炎司はともかく、少年たちが気づくより早くその痕跡までもが消え去っていたが。
「そうだ、麗日さんに爆豪くん。きみたちはウチの連中と個人的にも親しいと聞いてる、時間があったらで構わないからお見舞いに来てやってくれ。皆きっと喜ぶ」
「!」
ふたりが是非を述べるまでもなく、塚内は金を置いてくるりと踵を返した。「おっと忘れてた」と立ち止まり、病院の名前を告げたうえで颯爽と去っていく。相変わらず掴みどころのない男だと、炎司が毒づいた。
「──それで、どうするんだ?」
「ア゛?何が」
「見舞いに決まっているだろう。気になっているんじゃないのか?」
暫しの沈黙のあと、
「……私、行ってくる!」
最低限の手荷物を引っ提げ、お茶子はジュレを飛び出していった。一方の勝己は俯き加減に厨房へ引っ込もうとしていたのだが、
「貴様は行かないのか?」
「……は、クソ髪がくたばろうがどうしようが知ったこっちゃねーわ」
むしろ、邪魔な警察がひとり減って清々する──快盗としては正しい答かもしれないが、それにしてはあまりにか細い。自分自身に嘘をつけないこどもなのだ。
いつもなら炎司も「そうか」で済ますところだが、今はどうにも目の前の少年が末の息子と同い年なのだという事実が刺さった。
「会えなくなってからでは、遅いのではなかったか?」
「……!」
弾かれたように顔を上げる勝己。彼の脳裏には、快盗に身を堕としたあの路地裏のごみ溜めがよぎっていた。一緒にすんなと怒鳴り散らしてやりたかったが、言葉が出てこない。どうあっても彼は、勝己の心をかき乱す存在だった。
──そして数分後。店内に独り残された炎司は、帳簿を片手にため息をついていた。
「今日も臨時休業、か」
予約が入っていないのが、不幸中の幸いだった。
*
八神町にほど近い工場址に、本来ありえない人影がふたつ存在していた。それも、異形の人影が。
彼らが"ギャングラー"と呼ばれる異世界犯罪者集団の構成員であることは現代においては疑いようもないが、異様なのは一方がもう一方に土下座までして何かを頼み込んでいることだった。
「頼む……っ、なぁ頼むよデストラさん!」
「……ドグラニオ様はもうおまえの顔も見たくないと仰っている。俺もおまえごときにこれ以上関わりあいにはなりたくない」
「ンだと……あ、いやそう言わずに!」
一瞬逆上しそうになりながらも、地面に頭を擦りつけるトゲーノ・エイブス。ドグラニオ・ヤーブンの無差別攻撃に巻き込まれて負傷した彼だったが、その後身体を引きずって逃げおおせることには成功した。そして起死回生を期すべく、ドグラニオの側近であるデストラ・マッジョに接触したのである。
取りつくしまもない態度に終始しているデストラだったが、暗殺者として名を馳せるだけの射撃能力に限ってはトゲーノを評価していた。後継者としてふさわしいかはともかく、まだ使い途はある。それに、オドード・マキシモフとの関係も──
「ならばトゲーノ、クラッシュ・ブラザーズが所持していたコレクションについて知っていることをすべて話せ」
「!」
「そうすれば、もう一度チャンスをやる」
左腕の金庫を開き、自身の持つルパンコレクションのひとつをちらつかせる。トゲーノにとっては喉から手が出るほど欲しい代物、彼に残された選択肢はひとつしかなかった。
*
結局、少年快盗ふたり組は、仲良く連れだって病院を訪れる羽目になっていた。
「チッ……」
「爆豪くんさあ……何回舌打ちすれば気が済むん?」
「一億万回」
「いや小学生か!……ハァ。受付でどこの病室か訊いてくるから、ちょっと待ってて」
しかしここは総合病院であって、見舞い客や初診の患者などで受付も混雑している。お茶子が目的を果たすまでには、十分近い時間を要してしまった。
しかも彼女が戻ったときには、爆豪勝己の姿は忽然と消えていた。
「……案の定か!」
今度は独りでツッコミをかましていると、
「おお、麗日くんじゃないか!」
「!」
振り返ると、そこには体格のいい眼鏡の青年が立っていた。包帯まみれで。
「飯田さん……!こ、こんにちは」
「こんにちは!我々のお見舞いに来てくれたのか?」
「え、ええ、まあ。あの……どこか行くんですか?」
入院しているはずなのに、入院着などではなく飾り気のないポロシャツを着て。彼にしてはラフな服装であることに違いはないが。
「うむ、無理を言って退院させてもらうことにしたんだ。せっかく来てくれたのに申し訳ないが……」
「ええっ!?ど、どうしてですか?そんなケガしてるのに……」
「と言っても、もうできる治療は済んでいるからな。あとは寝て治すだけだ、となれば病院でも自宅でもさして変わらない」
「でも……」
「それに元々、俺がいちばん軽症なんだ。万一の場合に、パトレンジャーが誰ひとり動けないというのでは市民の皆さんに顔向けできないからな!」
お茶子は二の句が継げなくなった。ギャングラーとは、自分たち快盗だって戦える。平時ならそうはいかないというのもわかるが、こんなときくらい──と、思ってしまう。
無論、もはやお茶子の正体を微塵も疑っていない天哉には、彼女の胸のうちを読みとることなどできない。
「では失礼……あ、マカロンとても美味しかったぞ!ありがとう!」
「!、………」
負傷しているにもかかわらず、いつも通りのきびきびとした足取りで去っていく。今はその背中を見送ることしかできない現実に、ちくりと胸が痛んだ。
*
姿を消した爆豪勝己だったが、一応は病院内に留まっていた。お見舞いなどというきちんとした体裁をとって面会に行けば、あとで快復した鋭児郎が五月蝿いに決まっている。これはあくまで気晴らしの散歩の類いなのだと、自分に言い聞かせることで自尊心を保っていた。
ひと通りぶらついて、その気がなくなったら帰る──そういうつもりで歩いていたのだが、どういう因果か彼は発見してしまったのだ。ガラス張りの仰々しい部屋に寝かされた切島鋭児郎と、それを見守る耳郎響香の姿を。
その響香はというと、勝己の姿を認めるなり鳩が豆鉄砲食らったような間抜けな表情を浮かべていた。
「!、あ……爆豪、くん?」
「ムリにくん付けせんでいいわ。……ギャングラーの毒にやられたんだってな、アイツ」
酸素マスクを被せられ、よく日に焼けた頬が青ざめきっている。表には出さなかったが、少なからず衝撃的な姿だった。殺しても死なないヤツだと思っていたので。
「で、助かりそうなんすか?」
「……希望は捨てるな、だってさ。絶対に助かるなら、そんなモン持つまでもないのにね」
「………」
今まで死線をくぐり抜けてきたつもりでいたが、知っている人間がじわりじわりと死にゆく姿を見るのはこれが初めてだった。デクが目の前で消えたあのときとも異なる、形容しがたい気持ち。所詮は邪魔な敵だと自分に言い聞かせようとも、その度に鋭児郎の親愛に満ちた笑顔が思い浮かんで邪魔をする。
「無茶するんだよ。毒喰らったまま、任務を続けて……早く処置すれば、少しはましだったかもしれないのに」
「……ンで、そんなこと」
「詳しい経緯は話せないけど……ウチらを、危険に晒さないためなんだろうね。誰かを守るって使命のためなら、ブレーキなんてかけないで突っ走る。そういうヤツみたいだ、切島って。でも……」
以前から、時折覚えていた小さな違和感。今回のことで、朧気ではあるがその正体がようやく掴めたような気がしていた。市民も、仲間も──皆を守り抜く。裏を返せば、それが為せないことに怯えているのではないか、と。
(何があったって言うんだよ、切島……)
過去に、何かが。
「──あの~、」
「!」
そんなふたりのもとへ姿を見せたのは、ピンク色の肌の大部分を包帯に覆われた女性であった。松葉杖までついていることから、響香以上に重傷であることがわかる。
「pinky……もう動いて平気なの?」
「お互いさまですよ~。……ねえ、そっちの子は?」
「爆豪勝己くん、ウチらが通ってる喫茶店の従業員」
「へ~、よろしくね!」
「……ドーモ」
pinky──今回の作戦に参加したヒーローのひとりだったと勝己も記憶している。それ以上のことには一片の興味もなかったが、何しろ三奈は鋭児郎とは雄英の同級生同士を超える間柄だった。
「で、何か言いたげだったけど……どうしたの?」
「あ……ハイ、切島のことなんですけど。アイツが無茶するのって、昔のことがあるからだと思います」
昔──雄英高校に在籍していた頃か?そう訊くと、三奈は静かにかぶりを振った。
「いえ。……実はあたしと切島、中学も一緒だったんです」
「!」
こんなときでさえなければ、それは微笑ましい告白だった。ただ、鋭児郎のひとを守ることへの執着、そのルーツは間違いなく中学時代にあった。──齢14にして知ってしまったのだ、彼は。憧れとは程遠い、"守れない"自分への無力感と後悔を。