轟炎司の身体を乗っ取ったマンタ・バヤーシは、人気のない工場地帯で待ちぼうけを喰っていた。元は炎司の持ち物であるスマートフォンを苛々と睨みつけている。
どれだけの間そうしていただろうか。前触れなく、砂利を踏みしめる足音が耳に入った。
「!」
顔を上げるマンタ。──こちらに向かって進んでくる、三つの人影……うちひとつは、怪物。
「やっと来たか、そっちから呼んだクセに散々待たせやがって……。いったい何の用なんだァ、──快盗ども?」
快盗──ルパンレンジャー。その代表たる少年・爆豪勝己がマンタと対峙するように前に進み出た。
「決まってンだろ。てめェと殺りあいに来たんだよ」
「!、……三人か」
厳つい顔立ちが悩ましげに歪んだ。振る舞いに反し、マンタには案外慎重な側面もあったのだ。尤も本来の身体のときは人間界では敵なしだったので、自信満々でいられたのだが。
しかし、勝己はかぶりを振った。
「ンな年寄りの身体、俺ひとりで片付けたるわ」
不敵な笑みを浮かべながら、マンタ本体から取り上げたルパンコレクションを見せつける。と、相手の表情が目に見えて愉快そうなモノと変わった。
「へぇ、ちょうどいいぜ。この身体とコレクションの力ァ合わせたら、スゲーことになるんじゃねえかって思ってたんだイエーーーイ!!」
「………」
マンタはすぐには変身しないつもりのようであった。全身から炎を噴き出すという、轟炎司生来の力を使って戦うつもりなのだ。確かにこの元トップヒーローの個性、並みのギャングラーなら羨望を抱かずにはいられないほどの破壊力を秘めている。その気持ちはわからないでもない。
一方で勝己は、あくまで快盗として戦うつもりだった。VSチェンジャーにダイヤルファイターを装填し、キーを回す。
「……快盗、チェンジ」
一瞬にして、ルパンレッドへと変わる。きつい顔立ちが真紅の仮面によって覆い隠され、静かに立ち尽くしている姿は普段の爆豪勝己とは別人のようだった。
暫し流れる、風の音。そして、
「──イエェェェェイ!!!」
奇声とともに放たれる獄炎。 予期はしていたが、その熱量は想像以上のものだった。距離を置いて対決を見守っているお茶子でさえ、思わず後ずさりせずにはいられないほどで。
「すご……っ!これが、エンデヴァーの力なんやね……」
「………」
そう、元トップヒーローの力。言い換えれば、今となってはなんの役にも立たない力。
いずれにせよ地上にいては灼熱から逃げきれないと判断したルパンレッドは、ワイヤーを駆使して空中を飛翔していた。そうして敵を撹乱しつつ、死角が生まれたところで急降下して反攻に打って出る。咄嗟にそんな作戦を考えていたのだが、それは一瞬にして打ち砕かれた。炎を纏ったマンタが目の前に飛んできたことで。
「!?、がぁッ!!」
高熱を纏った拳を叩き込まれ、彼はなすすべもなく吹き飛ばされた。そのまま墜落させられ、砂塵を巻き起こしながら地面を転がる。
「爆豪くん……!」
「……勝己……」
ルパンレッドに変身している勝己がこうも容易く一撃を喰らうとは。この勝負の行く末に不安を覚える仲間たちだったが、しかし手出しはできない。爆豪勝己という少年は、最後の最後まで自ら決めたことを曲げはしないのだ。
一方のマンタは、不安どころか既に半ば勝利を確信していた。倒れたルパンレッドの背中を踏みつけ、嘲う。
「どうだァ、"エンデヴァー"の力は?オレもひと晩使って色々研究したんだぜィエェイ?」
それゆえ、今の自分はエンデヴァー……トップヒーローの力をそのまま使えるのだと、彼はそう豪語している。
「クソが……っ、調子に乗んな!!」
「!」
罵声のみならず、ルパンレッドは銃口を向けることでその慢心に応えた。笑みを消したマンタが慌てて飛び退いたところに、頬を銃弾が掠める。本当に掠めただけでなければ、頬肉をごっそりと削ぎとられていただろう。
「てめぇ……!」
動揺するマンタ。今の反撃が急所を狙ったものであることは、彼にもわかった。
やおら立ち上がるルパンレッド──その気迫は、本物。
それを感じ取ったお茶子は、明らかに動揺していた。
「ば、爆豪くん……まさか本気で……?」
「………」
(……それでいい、勝己)
昨夜、かわした約束。性格に少なからず欠陥はあれ、爆豪勝己という少年は約束を違えることはない。彼は一度決めたことは必ずやりとおすのだと、炎司は知っていた。
焦ったマンタはがむしゃらにヘルフレイムを駆使し、敵を接近させまいとしている。精神的な有利不利は逆転しつつあるといえど、その猛威は衰えることを知らない。攻めあぐねるレッドだが、彼はもう焦ってはいなかった。好機は間もなく訪れると、知っていたから。
──そう……炎を発すれば、当然温度は上昇していく。外気だけでなく、その源……つまり、轟炎司の肉体も。
「ッ、……ハァ、ハァ……っ」
顔が真っ赤になり、滝のような汗が流れる。息が上がる。体温は既に45℃を越えていた、通常の人間ならとうに死に至っているだろうが個性に合った体質と、長らく鍛練を積んできたことが彼の身体機能を保っている。が、それでも炎を扱う力が弱まっていくことに違いはない。
(ど、どうなってやがる……!?)
「……研究っつーのも、随分お粗末だったみてーだなァ?」
「!」
嘲笑の声にはっとすれば、ルパンレッドがじりじりと距離を詰めてきている。勢いが失せつつあるとはいえ、まだ劫火と呼べるものが空間を支配しているというのに。
「てめェ……正気かィエェイ!?」
「……ハッ、」
「熱に強ぇのは、
炎をくぐり抜け、ルパンレッドはついに目前へと迫っていた。快盗スーツが焼け焦げ、マントに至っては半ば焼失している。そんな極限の状態でありながら、
──マンタの胸に、VSチェンジャーを突きつけていた。
「俺の、勝ちだな」
「……ッ、は、ハハっ」
いかに屈強な元トップヒーローといえども所詮は生身の人間の身体だ。ゼロ距離から心臓を撃ち抜かれれば果ては死しかない。それでもマンタが笑うのは、ひとえに未だ勝算があるからだ。
「撃てるもんかよ……!仲間だぞてめえの!」
仲間、をわざとねっとりした口調で告げる。これまで人間界に潜伏してきて、この世界のヒトどもは仲間や家族といった繋がりを殊更大事にするとマンタは理解していた。仲間の姿をした……否、肉体は仲間そのものなのだ、撃てるわけがない。そう、高を括っていた。
しかし予想に反して、目の前の快盗はほんのわずかな動揺さえ覗かせることはなく。
「う、ウソだろ……仲間なんだろ!?」
「………」
「──だからだよ」
仲間だからこそ──勝己は、引き金を引いた。
「もっ、モドルンジェェェイ!!」
銃口が鈍い光を放った瞬間、マンタは己の能力を発動させた。精神が再び入れ替わり、互いに本来の宿主が身体に戻る。
それは、快盗たちにとって最悪の結果だった。目を見開いたまま、炎司が徐に地面に倒れ込む──
「う、うそ……」
そのさまを目の当たりにして、お茶子は呆然とするほかなかった。しかし絶望に浸っている暇もなく、隣にいた炎司……否、正真正銘のマンタ・バヤーシが襲いかかってくる。
「きゃああっ!」
「ッ、てめえのお仲間イカレてんなァ……まあいい、てめえらもとっとと片付けて跡目争いに復帰してやるぜィエェェイ!!」
ギャングラーのパワーに押し込まれ、ろくに抵抗もできないお茶子。そんな彼女を救ったのは……ルパンレッドでは、なかった。
「うぎゃっ!」
光弾がマンタを撥ね飛ばす。そう、光弾──それを放てる者がルパンレッドのほかにいるとすれば。
「そこまでにしてもらおうか」
「!?」
なんでてめえが?──その問いが言葉にならないくらい、マンタは動揺していた。
銃を構えていたのは、心臓を撃ち抜かれたはずのエンデヴァー……轟炎司だったのだ。
「てめェが元に戻るとしたら、死ぬ!ってときしかねえよなァ?」
「な、ま、まさかァ……!」
己の右手を晒すレッド。──風穴が開き、流血している。そしてよくよく見れば、炎司の胸元も服が焦げていた。
「え、ええっ?手で受け止めたん!?」
慌てて走ってきたお茶子が訊けば、さも当然のことのようにレッドが頷いた。
「ま、ぎりぎりの賭けだったけどな」
「ぎりぎりすぎるよ……それに爆豪くん、手……」
勝己の個性がどんなものかは情報として知っているお茶子だった。いくら一年以上使っていなくとも、それを自ら潰すような真似を……。
「……そのうち治るわ。それに──」何か言いかけて、「とっととケリつけんぞ。丸顔、──エンデヴァー」
「……おーけー!」
「うむ……!」
『ブルー!2・6・0──マスカレイズ!』
「「──快盗チェンジ!!」」
ふたりの身体が快盗スーツに包まれ、
「ルパンレッドォ!!」
「ルパン、ブルー……!」
「ルパンイエロー!」
快盗戦隊──
「「「──ルパンレンジャー!!」」」
華麗に名乗りを決めたところで、空の彼方から漆黒の翼が飛来してきた。
『グッドストライカーぶらっと参上~!アツい攻防、グッと来たぜ~!』
「だったら力ァ貸せや」
『Bien sûr!やるぜ~!』
VSチェンジャーにグッドストライカー自身を装填し、構える。『グッドストライカー、3・2・1──』と電子音声がカウントダウンを行い、
『Action!』
ルパンレッドが、三人に分身を遂げた。
「手加減はなしだ。──レッド、」
「わぁっとるわ、ほらよ」
レッドの手からシザー&ブレードダイヤルファイターがブルーに、サイクロンダイヤルファイターがイエローに投げ渡される。どれもVSチェンジャーに装填すれば一撃でギャングラーを葬り去ることのできるもの、──快盗たちは手加減などするつもりはないのだ。
「さ、させるかイエーーーイ!!」
流石にまずいと思ったのか、電撃を放って妨害にかかるマンタ。しかし武器の顕現を許してしまった以上、それは無意味な抵抗でしかない。
『シザー!』
前面に出たルパンブルーがシザーを盾に、電撃を防ぎきってしまう。
「な、何ィ!?」
「俺たちの焔……見せてやる!」
サイクロン、ブレード──そしてイタダキストライク。三つの快盗ブーストがひとつとなり、巨大なエネルギーの塊となってマンタを容赦なく呑み込んでいく。
「た、たすけ……ィエェェェェェイ──!!?」
耐えきることなどできようはずもなく。マンタは金庫を残して跡形もなく消滅してしまった──爆炎とともに。
しかし間髪入れず、"彼女"が姿を現す。
「マンタ……今度は女にうつつ抜かすんじゃないわよ」
ゴーシュ・ル・メドゥ。彼女の所持するルパンコレクションの能力により、金庫の残骸にエネルギーが注ぎ込まれ──
「──復活ゥイェェェェイィィ!!!」
街のビル群を優に越えるほどの巨体を得て復活したマンタ。その姿は、捜索を続けていたパトレンジャーの面々によっても目撃されていた。
「ギャングラー!?」
「なぜ巨大化を……」
その原因はすぐにわかった。巨大マンタの目前に、快盗の巨大ロボット・ルパンカイザーが顕現したのだ。
「快盗が倒した、らしいね」
「マジか……手ぇ組んでたわけじゃなかったんだな」
ただお宝を盗む対象としてだけでなく、ギャングラーに対し敵愾心を明確にしている快盗たち。天哉ではないが、そういう意味では信用してもいい連中なのだと、鋭児郎は改めて思った。
「イエーーーイ!!」
先手必勝とばかりに電撃を放つ巨大マンタ。しかしルパンカイザーは横っ跳びでそれをかわし、右腕のガトリングを撃ち込んだ。
「痛てててて!!しっ、しかしこれならィエェェイ……!」
マンタは奥の手を披露した。──飛んだのだ、ずばり。
「てめェ飛べんのかよ!?」
ルパンレッドが思わずそう突っ込むのも無理はなかった。しかし空気が弛みかけたところに、マンタが四方八方から電撃を飛ばしてくる。流石にこれをかわしきることはできず、コックピットを震動が襲った。
「ぐ……っ」
「あ……炎司さん、大丈夫!?」
炎司──ルパンブルーは既に満身創痍と言うほかない状態だった。身体を乗っ取っていたマンタが反動も考えずにヘルフレイムを乱発してくれたおかげで、体温は上昇したままだ。
「ッ、問題……無い!」
それでも彼がそう言い放つのは、あまりに予想通りのこと。かつてエンデヴァーであり、それを抜きにしても圧倒的最年長者であるという矜持が彼を突き動かしている。
しかしいずれにせよ、長期戦は避けたい。なんとか状況を打開しなければ──考えを巡らせていたらば、すぐにチャンスがやってきた。ルパンカイザーが弱ったとみたのか、マンタはわざわざ真正面から急降下してきたのだ。
「……アホかよ」
次の瞬間、ルパンカイザーはガトリングを撃ち込みにかかっていた。弾丸に怯んでマンタの進撃が止まったところで、左腕──イエローダイヤルファイターの丸ノコで身体を切り刻む。
「ぐぎゃあああああっ!!?」
一気に後方へ吹っ飛ばされるマンタ。完全に判断ミスだったわけだが、彼はすぐに立ち直った。その切り替えの早さもギャングラーのギャングラーたる所以なわけだが。
「こうなったらァ、ロボとビルの中身を入れ替えてやるぜィエェイ……!」
「!」
構えをとろうとするマンタだったが、快盗たちは既にその手を読んでいた。すかさずブルー、イエローが、レッドから預かっていたダイヤルファイターを装填する。
「腕には腕だ。──行くぞ!」
『シザー!』
『サイクロン!』
『Get Set……Ready Go!!』
巨大化した二機はマンタに突撃して"変わるんジェーイ"を妨害すると、そのままルパンカイザーの両腕となった。
『完成!ルパンカイザー"サイクロンナイト"~!』
右腕をサイクロン、左腕をシザーが構成する新たなる騎士。グッドストライカーを基幹としている我らがVSビークルは、様々な組み合わせで合体することができるのだ。
マンタの稚拙な作戦を完璧に叩き潰した以上、これ以上の戦闘継続には意味がない。──次は、マンタ自身を叩き潰す。
「決着をつけるぞ、グッドストライカー」
『Oui!いくぜ~!』
サイクロンナイトの両腕に、エネルギーが充填されていく。
そして、
『グッドストライカー・撃ち抜いちまえフラッシュ~!!』
サイクロンから放たれた旋風がマンタを巻き上げ、身動きがとれなくなったところでブレードのエネルギー体がその身を容易く貫く。それはまぎれもない、致命的な一撃に他ならなかった。
「ぐァああああッ、こ、これじゃあ遺影になっちまうィエェェェェェイ──!」
爆散。
背を炎に照らされて、快盗の帝は美しく佇んでいた。数秒後には、グッドストライカーとダイヤルファイターに分離して颯爽と去っていったのだが。
*
針の筵とはまさにこのことかと、轟炎司は身につまされていた。
マンタ・バヤーシを打ち倒したその翌日、開店早々ジュレに乗り込んできたパトレンジャーの面々。炎司は彼らによって問答無用で取り囲まれ、詰められていた。それも快盗疑惑に関係することではなく。
「ま、まあ……色々あるんでしょうし、たまには羽目外したくなるのはわかるんスけどね?」
「だからといって、妻子ある身でありながら複数の女性と遊び歩くなど!まして、仮病を使って!」
炎司はぎりりと奥歯を噛んだ。己の身体を乗っ取ったマンタの所業については、昨夜のうちに勝己から嫌というほど聞かされている。なんならもういいと自室に逃げ込もうとしたのだが、階段をお茶子に塞がせてまで。
「なんですか、その不服そうなお顔は!何か申し開きがありますか!?」
建物を震わせるような天哉の大声。取り調べには有用そうな威圧感を放ってはいるが、育ちのよさを隠しきれていないとも感じる。そういえばこの青年はあのインゲニウムの弟なのだ。
そのお坊ちゃんに対し、元トップヒーローは、
「……誤解だ」
そう返すのが、精一杯だった。
「誤解……ですか」冷たい目で見下ろしてくる響香。「浮気男って、たいがい最初はそう言うんですよね」
「ッ!」
進退窮まった炎司は救いを求める視線を仲間の少年たちに送ったが、彼らはすかさず背中を向けてそれをかわした。腹立たしいことに、揃って肩を震わせているありさまだ。
(ギャングラーめ……!)
許さん。駆逐してやる、一匹残らず。必ず!
憤懣と屈辱に塗れた元トップヒーローは、改めてギャングラーを殲滅することを決意した。
……エンデヴァーガチ勢の少女たちの口の固さのおかげで、このことは世間に知られることなく闇に葬られたのが不幸中の幸いであった。
à suivre……
次回「コレクションの秘密」
『オイラって、なんて罪なコレクション~!』