ずず、と茶を啜る音が響く。
国際警察日本支部に設置された対ギャングラー特務隊、警察戦隊パトレンジャー。その本拠となるタクティクス・ルームといえば常に厳粛な雰囲気に包まれていると思われるだろうが、実際にはどうにもひと癖ある──皆、善良かつ強い使命感をもっていることに疑いはないが──メンバーで構成されているわけで。
「ジム、ギャングラーの目撃情報は?」
その中では常識人の耳郎響香が訊く。と、機械でできた身体の事務員がいそいそと立ち上がった。
『日本警察のほか各ヒーロー事務所からの情報も収集していますが、今のところ入ってきていません』
「そう……」
ギャングラーの構成員総数は目下不明だが、これまで倒された者も含めると百体前後はこちらの世界に潜伏しているのではないかと言われている。もう少し正確な情報が欲しいとは常日頃思っているが、圧倒的な殺傷能力をもつギャングラーを相手には迂闊に近づけず、諜報も機能しがたいのが正直なところだった。
「ま、それでも何事もないに越したことはないさ。平和が一番」
緑茶の独特の風味を楽しんでいた塚内管理官がのんびりとした口調でつぶやくものだから、響香は思わず苦笑いを浮かべた。この上司、切れ者には違いないのだが平時はわざと昼行灯らしく振る舞っているようなふしがあるのだ。
──と、外出していた隊員たちが帰ってきた。
「戻りましたっ!本日も異常ありません!」
「ああ、お疲れ様。飯田くん、切島くん」
飯田天哉と切島鋭児郎──後者は正規の警察官ではなく、プロヒーロー・烈怒頼雄斗でありながら出向という扱いで警察戦隊に籍を置いている。それにしては当初から妙に馴染んでいたわけだが、本人の人徳以上に理屈では説明できない何かがあると響香は思う。しかも鋭児郎の友人であるヒーロー・pinkyこと芦戸三奈、果てはジュレの少年たちにも同じものを感じるのだ。
それは何か、とても大切なものだと思われてならないのだが、さりとてどう結論付ければよいのかわからず宙ぶらりんのままだ。そうして結局は波まかせになっている。まあ、それもまた人生なのだと自分に言い聞かせて。
「異常ナシ、かぁ……。こういうときこそ、こっちからアクション起こせりゃいいんだけどな。快盗みてーに」
「ム……確かにな。奴らの情報網は侮れない」
「
そしてその組織は、なぜ快盗たちにルパンコレクションを集めさせているのか。国際警察としては、そちらも追及しないわけにはいかない。やはりルパンレンジャーの逮捕も、早急に為さなければ──
隊員たちを眺めつつ、塚内はフッと息を吐いた。内容もさることながら、若者たちが使命感を露にしているさまを見るのはなかなかに楽しい。自分も国際警察にやって来る数年前まではそうだったのだ。
彼らの熱意に報いるべく管理官としてできることは沢山あるが、ひとまずは茶でも淹れてやろうか。そう思って腰を上げた矢先、
突然、庁舎全体を激震が襲った。
「うおおっ!!?」
「なっ、何事だ!?」
地震でないことはすぐにわかった。震動と同時に何か、瓦礫が地面に落下するような轟音が響いたからだ。この庁舎は耐震性にもすぐれているので、揺れはじめると同時に崩壊するなどありえない。
とるものとりあえず窓から外に身を乗り出した一同が目の当たりにしたのは、とんでもない
「あれは……!?」
もふもふとした漆黒の毛皮に覆われた身体。妖しく光る一対の瞳。全体としては羊に似ているが、人間のシルエットは残した異形の姿。……何より、国際警察の庁舎を越える巨体。
「あいつ、芦戸たちと一緒に戦ったときのギャングラーか……!?」
「……でも、色が違う。別個体?」
オドード・マキシモフ──に瓜二つのギャングラー。彼が両戦隊に知られぬままルパンカイザーに踏み潰されて死んだオドードの兄、アニダラ・マキシモフであることなど当然知るよしもない。まして、なぜ突然巨大化復活を遂げたのか──
──それは、本人でさえも判然としていないことであった。
「こ、ここは……どこだ?俺は一体──」
あちこちを見回しながら、街を構成するビルの群れのほとんどが自分より小さくなってしまっていることに困惑している。それは国際警察にとっては不幸中の幸いだった。彼が即座にアクションを起こしていたらば、庁舎は完全に破壊されてもおかしくなかったのだ、パトレンジャーもろとも。
そうはならなかったことで、変身したパトレンジャー三人が庁舎の外に飛び出してきた。職員を避難させつつ、巨大アニダラの姿を見上げる。
「奴が状況を認識する前に排除するぞ!」
「ああ!」
「おう!」
トリガーマシンを装填する三人。──と、そこに漆黒の翼もやって来た。
『グッドストライカーぶらっと参上~!なんだか大変なことになってるな!』
「おっ、よく来たグッドストライカー!協力してくれ!」
『えっ、何ナニこのあったかい感じ!?』
頼られるとグッと来てしまう性質のグッドストライカーは、二つ返事でパトレンジャーへの助力を承諾した。というか元々、そのために飛来しているわけだが。
そうして数秒後には、アニダラの面前にパトカイザーが立ちふさがっていた。
「あ?なんだァ、お前ら?」
「おめェが壊した建物で仕事してるモンだよ!」
よくもやりやがってと、問答無用でアニダラに襲いかかるパトカイザー。左腕のトリガーキャノンで牽制しつつ、一気に距離を詰めて右腕のトリガーロッドを叩き込む。パトレンジャーにとってはよく慣れたオーソドックスな戦法だが、それゆえに効果も大きい。
「ッ、なんだか知らんが……このアニダラ様、売られた喧嘩は買う主義だあ!」
棍棒を振りかぶってパトカイザーを下がらせると、アニダラは毛皮の隙間に潜ませたミサイルを発射してきた。他の露骨に怪物然としたギャングラーと比べれば愛らしさを感じさせなくもない彼だが、オドードともども名乗っていた破壊王クラッシュ・ブラザーズの称号は伊達ではない。その身は武器庫そのものなのだ。
が、短期間のうちに対ギャングラーの戦闘経験を積んできたパトレンジャーの面々にとって、アニダラは特別な敵ではなかった。
「そんな攻撃!」
機動力を活かして直線的に迫るミサイルを回避するパトカイザー。かなり余裕をもってかわされてしまったことにアニダラは驚いたが、次の瞬間、双方がさらに驚愕する事態が起こった。
アニダラの胸元の金庫が鈍い光を放ったかと思えば、ミサイルが軌道を変えてパトカイザーの四方八方から喰らいついてきたのだ。
「ッ!?」
予想だにしない攻撃だったが、それでもパトレンジャーは動いた。パトカイザーを後退させつつ、キャノンでミサイルを迎撃にかかる。それは十分迅速な対処だったのだが、ミサイルはまるで意思をもっているかのようにこちらの砲弾を避けながら迫ってくる。結局彼らは砲による撃墜をあきらめ、至近距離にまで潜り込まれたところをトリガーロッドで叩き落とす戦法に切り替えた。衝撃にコックピットが揺れるが、本体へのクリティカルヒットはない。元々頑丈なVSビークルだ、これならまだまだ戦える。
だが、ここで突然グッドストライカーの様子がおかしくなった。『ま、まさか……!?』というつぶやき。明らかに焦っている。
「グッドストライカー?どうし──」
「切島くんっ、次が来る!」
「!」
ミサイルはまだまだ飛んでくる、身を守りつつ、本体に対し射撃返しを敢行する。市街地ど真ん中での激しい銃撃戦、グッドストライカーが何事かわめいているが、気にかけている余裕はなかった。
『攻撃をやめて「負けるかぁぁぁぁぁ!!」イヤァァァ!?』
彼の叫びは誰に聞き届けられるでもなくかき消される。このままではアニダラが倒されてしまう!慌てたグッドストライカーは、焦燥のあまり極めてラディカルな行動に出た。土壇場で、合体を強制解除してしまったのだ。
「なっ……何してくれてんだあああ!!?」
自業自得……というにはあまりに無体な強制終了。これでアニダラは自由の身になってしまうかと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。
ルパンレンジャーの操るダイヤルファイターが三機、戦場に飛来したのである。
「快盗……!まさか、奴らが来たから合体を解除したのか!?」
当たらずしも遠からず。
いずれにせよ快盗たちが到着したことは、グッドストライカーにとって僥倖に違いなかった。
『快盗~!』
「チッ……おいコウモリ野郎、なんでコイツ巨大化してンだ!?警察が殺ったんか!?」
『いっいや、そんなコトは……それよりアイツの金庫、コレクション入ってるぜ!』
「!」
つまり、コレクションごと爆死したわけではない?──疑問は残りつつも、当惑は一瞬にして吹き飛んだ。
「ええっ、ど、どうしよ……」
「戦いながら考えるほかあるまい。とにかく、合体だ」
『快盗、ガッタイム~!』
完成、ルパンカイザー。空中で誕生した鋼の巨人は、標的めがけて一気に降下していく。
「モホッ!?こ、今度はなんだあ?」
状況も掴めぬまま、次から次へと襲いかかってくる敵。困惑しつつも応戦する気満々でいるアニダラだが、ルパンカイザーは強力だ。サイクロンにシザー&ブレードというカードもある。このまま真正面から戦えば、勝負は見えている。
──しかし、彼らが撃ち合うことはなかった。
「モホッ!?」
突然、アニダラの背後にブラックホールが現れた。その出現に気づくと同時に、彼の巨体はなんの抵抗もなく吸い込まれていってしまう。
「……!?」
ルパンカイザーが着陸すると同時に、アニダラの姿は完全にかき消えていた。まるで最初から何事もなかったかのように、街は静寂を取り戻している。
「……どう、なっとるん?」
そんなつぶやきのあと、待てど暮らせどアニダラが現れることはなかった。
*
ともかくも戦闘が終了してしまったので、パトレンジャーの面々はいったんタクティクス・ルームに戻った。破壊されたのは庁舎のごく一部だったので、崩壊の危険があるエリアを除いては通常通りに業務が再開されている。いつまたアニダラが現れるかわからない以上、やむをえない措置であった。
『突如現れた巨大ギャングラーは、科特研で保管していた残骸が巨大化したものと思われます』
パトレンジャーが戦っている間にも、ジム・カーターによる情報収集と分析は進められていた。
巨大化──つまり、ゴーシュ・ル・メドゥの仕業か?しかしそうなると、疑問が湧いてくる。
「奴が庁舎内に侵入したということか?」
『わかりません……調べたところセキュリティに異常はなく、侵入経路も不明です』
「っていうか、警備をかいくぐって侵入できたとして、どうしてギャングラーの残骸が科特研にあるってわかったんだ?……いや、そもそも知らなきゃ侵入しないか?」
アニダラの残骸の所在を、ゴーシュはあらかじめ知っていた──そこから見えてくる事実は、ひとつ。
「──何者かが、情報を漏洩している」
「……!」
塚内の口調には確信がこもっていた。ギャングラーの侵入といえば、以前にもあった。あのときのギャングラーも、極秘裏に本部から送られてきたVSビークルのことを知っていて、標的としていたのだ。
「その件についての調査はこちらでする。きみたちはきみたちの任務を……ギャングラーを倒せ」
戦力部隊である以上、現段階でできることはそれしかない。──ただ、身内を疑いながら職務に当たらねばならないというのがつらかった。
*
「やはり、奴の情報は正確だったな」
鬱蒼と闇に包まれた森の中で、デストラ・マッジョは渋い口調でつぶやいた。彼の隣には、気だるげにため息をつくゴーシュ・ル・メドゥの姿もある。
そして、
「復活させていただき、ありがとうございますっ」
二体が豆粒ほどに見える巨体でありながら、恭しく頭を垂れるアニダラ・マキシモフ。彼はゴーシュの助力により彼らの根城たる世界に転移していたのだ。
「高くつくわよ、デストラ?」
「……わかっている。それよりアニダラ、金庫を開けてみろ」
「?、はい」
唯々諾々と金庫のロックを解除する。開いた中身を認めて、デストラはフンと鼻を鳴らした。
「思った通りだ。──俺のコレクションをくれてやる。そいつを使えば、おまえの攻撃の命中率は飛躍的に上昇する。オドードの仇もとりやすくなるだろう」
「!」
オドードの名を出した途端、アニダラの鼻息が目に見えて荒くなった。憤激と感謝が同時に現れる、忙しい奴だとデストラは思った。
「感謝しますっ、デストラさん!!」
揚々といずこかへ去っていくアニダラ。その地響きを直に感じつつ、デストラは考え込むような仕草を見せる。当然、彼は善意の類いで動いているわけではない。
「自分のコレクションをあげちゃうなんて、豪気だこと。それとも、そんなに大事な実験ということかしら?」
「……ああ、これではっきりした。ルパンコレクションは元々、こちら側の世界で造られたものだ。
「じゃあ、快盗や警察が使っているのは?」
「………」
「──あの世界の人間が使えるように、何者かが手を加えたものだ」