異世界へ逃亡されてしまった以上、警察戦隊の情報網にアニダラが引っかかることはなかった。タクティクス・ルームにとどまったまま、隊員たちはじりじりとした焦燥の時間を過ごすよりほかにない状況が続く。
「──異世界に逃げたにしても、あんな忽然と消えるなんて……」
「やはり、奴の復活からして仕組まれていたと考えるべきか。だが……」
巨大化復活させる以上の干渉をしてこなかったゴーシュが、なぜアニダラに対してはそれほどまでに手厚い支援を行うのか。背後にデストラがいるという事情は当然彼らにはわからないし、"ルパンコレクションの秘密を解明する"というその目的などもってのほかである。単純明快な欲望とはかけ離れた動きは、ただただ不気味だった。
長期戦も覚悟しなければならないかと思い始めた矢先、唐突に事態は動いた。
『モホホホホホ……!』
「!?」
突如、四方八方から響く笑い声。何事かと周囲を見渡していると、室内のモニタというモニタに漆黒の羊獣人の姿が映し出された。
「ギャングラー……!?」
「ジム、ハッキングか?」
『い、いえっ、ネットワークは正常です!』
ならばギャングラーの能力か?そういえば白い奴──つまりオドードの能力も、毛玉を使って音声を自由に操るものだった。
『モホモホ、モホッ……あ、繋がった。モッホン!パトレンジャーに告ぐ、お前らに決闘を申し込む。今日の15時、因縁の八神山にて待つ!来なかったら、麓の街を……モ~ッホッホッホッホ!!』
言いたいことだけ言って、アニダラの姿は高笑いとともに消え去ってしまった。モニタが正常に戻り、室内に静寂が訪れる。
念のためセキュリティ・チームへ連絡して対策をとるようジムに指示すると、塚内は隊員たちに向き直った。
「……また罠という可能性も無いではない。ここはひとつ、こちらも策を講じる必要があるな」
「策、っスか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる管理官殿。元々童顔の持ち主であるだけに、そういう表情をしているとひと回りも年長の上司であることを危うく忘れてしまいそうだった。
「巨大化したギャングラーと真正面から戦うなら、パトカイザーが必要だ。だが、トリガーマシンはきみたちの手元にあるからいいとして、ひとつ課題がある」
「……グッドストライカー、ですか?」
「そうだ。彼は気まぐれなようだからな、こちらに味方してくれるとは限らない」
ただでさえ、今は快盗のもとに身を寄せている可能性が高い。しかし三人とも万全な状態で、快盗たちに戦闘を委ねるなどありえない。彼らには警察としての矜持があった。
「快盗──彼らを利用する。今まで散々してやられてきたんだ、たまには意趣返しもいいだろう」
「意趣返し……」
三人──とりわけ天哉は渋い表情を浮かべたが、塚内から具体的な作戦説明を受けて最後には了承せざるをえなかった。現状、切れるカードは少ない。その中にあって市民を守るという困難な使命を遂行せねばならないのだ、手段など選んではいられなかった。
*
一方、グッドストライカーを一時的に手中に収めたルパンレンジャー。ジュレに引き取った彼らは、アニダラの持つルパンコレクションを奪取する方策を考えていた。
「でもあんなおっきい金庫から、どうやってコレクション取り出せばいいんだろ……?」
「別に、いつもと変わんねーだろ。ダイヤルファイターで鍵開けて、ルパンカイザーで
「問題は、どうやってギャングラーを見つけ出すか……だな」
と、そのとき、インテリアと格闘していたグッドストライカーが口を挟んできた。
『どうやってって、頑張って捜すしかないんじゃない~?』
「!、………」
「……呑気かよ」
一同眉を潜めるが、このおしゃべりコレクションはそんなこと気にもとめない。『だってそれしかないだろ~?』とのんびり返してくる。勝己の眉間に、ますます皺が寄った。
「てめェ……前から思ってたけど、何がしてーんだよ」
『何って……オイラはただルパンコレクションを守るって使命を果たそうとしているだけさ』
「──じゃあなんでサツどもに味方してんだッ、ア゛ア!!?」
いきなり勝己が怒号を発するものだから、グッドストライカーは思わず翼をすくめた。振動がシャンデリアをわずかに揺らす。
「ちょっと爆豪くん、そんな怒鳴らんでも……」
「……コイツが連中に味方したせいで、またコレクションぶっ壊されそうになったんだぞ。余程の理由が無きゃ、ただじゃおかねえ」
言葉は荒々しいが、勝己の気持ちはお茶子にも……もちろん炎司にもわかった。コレクションを破壊された──結局未遂に終わったが──、その光景を目の当たりにした瞬間の、世界が音をたてて崩壊していくような絶望を思えば。
この場に味方がいないとわかったグッドストライカーは、ばつが悪そうに『……だって、グッと来ちゃうんだもん』とつぶやく。もはや呆れしかなかった。
「ハッ、ンなこったろうと思ったわ。……くだらねえ」
『……!』
漆黒の翼が、ぶるぶると震えはじめるのがわかった。
『な、なんだよ……自分たちばっか深刻になりやがって……』
「ア゛?」
『お、オイラだって……オイラだって~!』
涙声で叫んだかと思うと、グッドストライカーはそのまま店を文字通り飛び出していってしまった。
「ああ、行っちゃった……」
「……チッ」
「仕様のない奴だ」
「──確かに、困ったものですね」
「!、………」
いるはずのない四人目の声が背後から投げかけられたのだが……快盗たちにとって、それはもはや驚くべきことでもなんでもなかった。"彼"はおそらく自らの個性を利用して、いつも唐突に姿を現すのだ。
「黒霧か……いつでも神出鬼没だな」
「それはどうも」
褒めてはいない。
「つーか、あのコウモリ野郎はなに考えてンだよ?」
「そうですね……」勝手に座席を占めつつ、「私の知る限りでは、アルセーヌ様の願いを守ろうとしているのかと」
「?、アルセーヌ、って……」
自分たちの主筋……ルパン家の創始者である、稀代の大怪盗。そんなことは今さら聞くまでもないが。
「グッドストライカーは、大怪盗アルセーヌ・ルパンが自ら造り出したコレクションなのです」
「!」
耳を傾けはじめた快盗たちに対して、黒霧は語った。アルセーヌは、収集したルパンコレクションの一部を人間でも使えるように改造した。その初めての成功例たるグッドストライカーを、それはそれは大切にしていたのだと。
──グッドストライカー、きみは他のコレクションを強くする、不思議な力をもっている。
──その力で、私のコレクションたちを守ってやってくれ。
頼んだよ──
「……その願いが、いつの日にかグッドストライカーに意思をもたらした。そう聞いています」
「………」
「そっか……グッと来ちゃったんやね、アルセーヌさんの願いに」
しみじみつぶやくお茶子。"グッと来る"は、彼の唯一無二のアイデンティティと言うべきものなのだろう。
「気分屋な厄介者ではありますが……あれはあれで、意思をもってしまったがゆえの苦しみを抱えているんですよ」
「……はっ。ンだよそれ」
嘲るように息を吐いた勝己が、やおら椅子から立ち上がった。
「やっぱくだんねえわ、じゃあな」
「どちらへ行かれるので?」
「関係ねーだろ。……散歩だ散歩」
素っ気なくそう言い捨てると、勝己は足早に店をあとにした。物言いもそうだが、こんなときに散歩?──仲間たちは、今さら咎めだてしようとは思わない。なぜなら、
「なんかもう……逆にわかりやすいなあ」
「ワンパターンだからな。さて、我々も出るか」
「ギャングラー見つけないとだもんね!──じゃあ黒霧さん、そういうわけで店番、よろしくね!」
「えっ……」
もう帰るつもりでいた黒霧はたじろいだが、強かな快盗たちは彼の反応を見るでもなく飛び出していってしまう。残された黒霧は、椅子に掛けてあったエプロンを手に唸るほかなかった。
「店番……ですか……」
店番とは、具体的に何をすれば良いのだろうか。そこそこ真剣に思い悩む黒霧なのだった。
*
「とは、言ったものの……」
街に繰り出したお茶子も悩んでいた。ギャングラーを見つけ出す手がかりは何もない。あの巨体だから、こんな街中にはいないだろうと推測が立つくらいだ。
「またインゲニウムの弟を使ってはどうだ?警察なら何か掴んでいるかもしれんぞ」
「それは……そうかもしれないけど……」
ギャングラーの猛威に怯える一般市民を装えば、天哉は可能な限りの誠意を見せてくれることだろう。しかし彼を利用することに、お茶子は少なからず良心の呵責を覚えているようだった。
「……お茶子、」
そんな彼女に炎司が何かを言いかけたそのとき、街頭ビジョンが無視できないニュースを伝えはじめた。
『──国際警察は本日午後3時、八神山にて警察戦隊パトレンジャーと巨大化したギャングラーが戦闘状態に入ると発表しました。そのため、八神山周辺の市町村には避難指示が発令されており……』
『あらゆるメディアを使って、この情報を流しています!』
ジム・カーターの言葉に、塚内は満足げに頷いた。
「さて、あとは時間を待つだけだな」
「むうぅ……!確かにこれならば、市民の安全も図ることができる……!」
快盗を利用するというのはどうにも気のすすまない様子の天哉であったが、結果として一石二鳥で事を進められている以上、認識を改めざるをえない。
「快盗、来るかな……」
小声でつぶやく響香。それに対し、
「来るよ、絶対」
鋭児郎がそう断言する。ルパンコレクションを所持したギャングラーを、彼らがみすみす逃すわけがない──それだけのものを、彼らは背負って戦っているのだから。
(それでも、俺は)
密かに握られた拳。そこには迷いと決意とが交錯していた。
*
ギャングラーとは異なり、グッドストライカーの居所は杳として知れなかった。よりにもよって彼は飛べるので、地上の状況に関係なくどこへでも行けるのだ。
──だが、爆豪勝己はそれほど焦ってはいなかった。そう遠い場所には行っていないという確信がある。……グッドストライカーの抱えた想いを、知っているから。
そもそもこれは昼下がりの散歩なのだと自分に言い訳をしながら、勝己は小高い丘に差し掛かっていた。眼下に住宅地の群れが見える。他者を見下ろす感覚というのは、物心ついた頃からどうにも心地良い。それが高じてわざわざ山に登るまでになったほどには。
ただ別に、四六時中他人を物理的に見下していたいわけではない。そうしていれば、ヒーローを目指すのに邪魔な鬱屈を──忘れられるから。
「……やっぱりな」
勝己と思考回路は異なるだろうが、果たしてグッドストライカーはそこにいた。ベンチに腰掛け……てはいないが、置物のように佇んでいたのだ。
その隣──およそひとりぶんのスペースを空けて、勝己はどかりと座り込んだ。何も声はかけなかったが、足音で接近はわかっただろう。
暫し続く沈黙。勝己がへの字に唇を引き結んでいると、堪えきれなくなったグッドストライカーがようやく言葉を発した。
『……な、何しに来たんだよ?』
「別に」
『別に、って……』
「………」
「……謝んねえからな、今さら」
そう、今さら。今さら変わったところで、現実は何も変わらない。何もかもが手遅れだ。
それでも勝己は、こうしてグッドストライカーを捜しに来た。
「おまえとアルセーヌの約束のこと……モヤモブから聞いた」
『モヤモブ?』
「あー……黒霧」
『あ~!』
グッドストライカーがくすりと笑うのがわかった。
『なぁ、そういやお前ら、なんで快盗なんてやってるんだ?』
「は?……おまえ、何も聞いてないンかよ」
『お前ら以外、誰に聞くんだよ~?』
そうだった。コイツと黒霧の仲は、決して良好とはいえないものなのだ。
他人にそれを語ることに、今となっては抵抗もない。己が本分を再確認するいい機会にもなる──無論、片時も忘れたことなどはないが。
「……捨てちまったモンを、取り戻すためだ」
『捨てちまった……モン?いらないものだから、捨てたんじゃないのか?』
「ああ、そうだ。……そのはず、だった」
蹴飛ばしても蹴飛ばしても視界の隅にちらつく、路傍の石ころ。しかしそれを失った瞬間、勝己は幼い頃より築きあげてきた将来設計が跡形もなく崩壊するような絶望を味わい、慟哭した。
「丸顔は違ェけどな、アイツは家族のためだから。……でももう、それ以外になんもねェのは同じだ」
だから、残った"これ"だけは──勝己は握った拳をほどき、露になった掌を見下ろした。先の戦いで自ら負った傷痕が、未だ治りきっていない。勝己にとって手は、個性を使うためのいちばん大事な武器だ。ヒーローを目指していた頃なら、これを損じるような真似などありえなかった。
グッドストライカーは、見たのだ。確かに自業自得かもしれない、自分の傲慢の報いを受けただけかもしれない。それでもなお、たった16歳で、自らを呪うように生きている少年の姿を。
『……カツキ……、』
彼は初めて、少年の名をつぶやいた。
『オイラ、難しいコトはよくわかんないけど……おまえにはなんか、グッと来ちまった』
「……そうかよ」
ぶっきらぼうな応答。しかし、その口元にはかすかな微笑みが浮かんでいる。彼のそんな表情を見るのもこれが初めてで……グッドストライカーの心に、形容しがたい感情が芽生えた。
それになんと名前を付ければよいのか、彼にはわからない。ただ──
『今回はオイラ、最後までおまえに協力するぜ!』
「言ったな?」
「言ったさ!」
勝己は立ち上がり、グッドストライカーは翼を広げて浮き上がった。さあ、戦いの時だ。