灯りのついていない会議室に、背広姿の男性がひとり座っている。暗闇の中に、ぼうっと浮かび上がる立体映像の光。人間のかたちをしたそれらは、明確な意志ある声を発した。
『パトレンジャーのテストは概ね成功のようだね』
「はい、件の快盗とも互角に立ち回ることができました。今後の戦果は十分に期待できるかと」
『それは重畳。……ですが、二名とともにVSチェンジャーを使用したという新人ヒーローはどう処遇すべきか』
『元々一名プロヒーローに参加してもらうことでヒーロー協会と話をつけていたんだ、候補として残してもいいんじゃないか?』
『経歴を見る限りでは悪くないかもな。下手に我が強いベテランをよこされるより、新人のほうがこちらとしても扱いやすい』
『いくらなんでも……。プロデビューひと月にもならない新人ですよ?事務所も本人も首を縦には振らないでしょう』
『どうかな?最近の若者は堅実だ、ウチの福利厚生に惹かれるかもよ』
『なんにせよ候補として残すぶんにはタダだ。彼の所属事務所の所長とは知己だ、私から声をかけておこう。どうだ?』
『『『異議なし』』』
『では今後も密に報告を頼むよ、──塚内管理官』
「……お任せを」
消えゆくホログラムに対し、塚内直正は敬礼をもって応えたのだった。
*
「クソがっ!!」
ジュレの店内に、少年の罵声がこだました。
「サツのクソども、いっちょまえにVSチェンジャーなんざ手に入れやがって……!」
「………」
婉曲のかけらもない罵倒に炎司は眉をひそめたが、口に出してまで注意はしなかった。実際、厄介に思っているのは彼もお茶子も同じなのだ。
「戦いぶりを見る限り、彼らの強化スーツの性能は我々と互角と言ってよかろう。ギャングラーを倒すのも……不可能ではあるまい」
「それは困る……よね」
「たりめーだ!」
警察がギャングラーを倒す──あるいは、ルパンコレクションごと。それこそ最悪のケースと言うほかなかった。
彼ら三人の使命は、すべてのルパンコレクションを集めること──それを為さなければ……誓いは、遂げられない。
「でもさ、」ぽつりと、お茶子。「だとしても……あの人たち撃ち殺そうとしたんは、やり過ぎとちゃうかな……」
「……あ゛?」
勝己の表情がさらに険しく、翳の濃いものとなっていくさまをお茶子は目の当たりにした。予想できたことではあったが……。
「何甘っちょろいこと言っとんだテメェ……──邪魔なんだよアイツらは!!現にこんなことになっとるだろうが!!」
「そ、そうかもしれないけど!……人殺しにまでなるのは……流石にやだよ、私」
お茶子の脳裏には、国際警察のふたりを庇って銃弾を浴びた、赤髪のヒーローのことばが反響していた。本当は、彼のように──
「ハッ」
仲間の純な想いを、勝己は嘲笑ひとつで切り捨てた。
「そうだよなァ、テメェはコレクション取り戻せんでもなんとかなるもんな?」
「ッ!?、そんな言い方……!私はただ……」
「連中は俺らを邪魔しやがった……邪魔する奴は全員敵だ!!」
「敵はブッ殺す」──喉が破れそうな勢いでがなり立てると、勝己はVSチェンジャーを手に店を飛び出していく。お茶子が呼び止めようとしたときにはもう、扉は叩きつけるように閉められていた。
「ああっ!ひとりでどうする気なん……もぉ」
「ガラットを探しに行くつもりだろう。いまは好きにさせておけ」
「……うん」
小さく頷きつつ、
「……炎司さんは、どう思う?」
「国際警察のことか?」
「それもだし……。私、甘いんかな?やっぱり、ふたりとは違うから……」
「……さあな。甘いとすれば、それはおまえの性格の問題だろう」
自ら淹れたコーヒーに口をつけつつ、炎司は続ける。
「邪魔者は敵、敵は撃つ。決して間違いではない。……だが奴は、己にそれを強いているようにも見える。まるで──」
「まるで?」
「いや……いずれにせよ、国際警察とはこれから幾度となく撃ち合うことになるだろう。命まで奪うかは別の話だが」
*
一方、国際警察。飯田天哉と耳郎響香、そして烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎は、日本支部内の一室にて歓迎を受けていた。
「飯田捜査官、耳郎捜査官……それに烈怒頼雄斗。ようこそ、警察戦隊へ」
「──管理官の塚内直正です、よろしく」
自分たちよりひと回り以上年長の役職者が握手を求めてくる。状況についていけないまま、三人はそれに応じるほかなかった。
「道中大変な思いをさせてしまったが、まずは無事VSチェンジャーとトリガーマシンを持ち帰ってくれてほっとしている。これで警察戦隊も本格的に活動を開始できるよ」
「!、………」
労いのことばは有り難かったが、そのまま受け取ってしまうわけにはいかなかった。
「……装備を無断で使用してしまい、大変申し訳ありませんでした」
「我々はどのような処分も受ける覚悟です!!……が、どうか彼には寛大なご処置を!彼は我々を危機から救ってくれたのです!」
恩人であるこの青年ヒーローに、累を及ぼすわけにはいかない。天哉たちからすれば当然のことだったが、鋭児郎は複雑だった。彼らの気持ちを無下にするのは憚られたが、かといって自分だけなんのお咎めなしというのも男らしくないと感じていた。
一方で審判の権利を与えられた管理官はというと、
「そもそも我々警察が彼を直接罰することは不可能だ。あるとすれば所属事務所への抗議くらいだが……救けてもらっておいてそんな恩知らずなこと、できるわけもない。個人的にはむしろ礼を言うよ、ありがとう」
「!、い、いやそんな……救けるのは、ヒーローとして当然っスから」
「それに!」と、鋭児郎は声を張り上げた。
「俺……自分も、おふたりに救けられたのは同じっス!」
「……ふむ、」
今どき珍しいくらい好感をもてる若者だと、塚内は内心思った。発足当初からヒーローの領域を侵す宿命にある国際警察の一員となって久しいが、彼のようなヒーローが大成してくれれば嬉しい。
同時に、ここにいるふたりも決して負けてはいないとも確信していた。
「飯田捜査官、耳郎捜査官。──きみたちふたりについての処遇は、私に一任されている」
「!」
「それは……どういう?」
微妙な言い回しが引っ掛かった。"処分"なら、まだわかるが──
「こういうことだ」
それだけ答えて、塚内はふたりに一枚ずつA4用紙を手渡した。極めて簡潔に書かれた文面は、彼らを驚愕させるにふさわしいもので。
──辞令、
「本日付けで、きみたちふたりに警察戦隊隊員の任を命ずる。改めて、よろしく頼む」
「!!」
ふたりが唖然として声も出せないのをいいことに、塚内の視線は既に彼らには向いていなかった。
「それで、烈怒頼雄斗。きみにもひとつお願いがあるんだが」
「は、ハイ!俺にできることならなんでも!」
「そうか。じゃあ──」
にこやかに告げられた"お願い"。そして鋭児郎はようやく理解した。
己の運命もまた、激動を始めようとしているのだと。
*
爆豪勝己は街を彷徨っていた。
表向きガラット・ナーゴを捜すという目的をもってはいるが、あてなどあるはずもない。ただあの勤務先兼根城にこもっていても鬱屈を溜め込むばかりだから、半ば自棄な気持ちで飛び出してきたというだけだ。
雑踏、人混み。アジトを失ったガラットは、あるいはあえてこの中に紛れているかもしれない。仕組みは知るところではないが、奴らは人間の姿に擬態することができる。ゆえにその可能性もゼロではなかった。
ただ、勝己の視線は人々ではなく、頭上に鎮座する街頭ビジョンに向けられていた。映し出された報道番組では、炎司よりも年長であろう評論家たちがギャングラー対策について語り合っている。議論の体を成してはいるが……彼らの根底にあるものは、どうやら共通しているらしかった。ヒーローと警察はギャングラーの前には無力であり、快盗を称するルパンレンジャーが結果的に平和の守り手となっている、と。
「……けっ」
(どいつもこいつも、知ったような口ききやがって)
彼らにせよあの赤髪のヒーローにせよ、自分たちを義賊か何かだと思っているのか。
(俺はただ……取り戻すだけだ)
それ以外、知ったことではない。他人の命も、平和も……己の未来さえも。
勝己の脳裏に、一年前の光景が浮かぶ。薄汚れた路地裏、散らばる無数の氷の粒。現実離れした光景を前にして、へたり込む学生服姿の自分。
──ギャングラーにやられたのですね。
気づけば、背後に燕尾服姿の男が立っていた。そのつぶやきに、茫然自失となっていた勝己の心は沸騰する。
──アンタ……ッ、何が起きたか知ってんのか!!?
縋るような詰問に対する答は、後回しにされた。
──あなたに、良い報せがあります。
差し出される、VSチェンジャーとダイヤルファイター。
そして、かの男は言った。
──"ルパンコレクション"。すべて集めていただければ、我が主が、
──!!
それは爆豪勝己が、黒霧と出会い快盗戦隊ルパンレンジャーとなった日。
そして今までの己を、路地裏のゴミ捨て場に置いてきた日でもあった。
刹那、耳をつんざくような爆発音によって、勝己の意識は現実に引き戻された。
「!!」
振り返る。──空が燃えている。悲鳴と怒号とが、断続的に響き渡る。
雑踏がにわかに混沌の坩堝と化す中で、勝己はひとり口許を歪めていた。「ギャングラーだ」という、誰のものかわからない叫び声。ガラット・ナーゴが再び出現した──そんな確信が、彼の中に芽生える。
誰が傷つこうが、己の願いさえかなえば構わない。それがあの日、自分の選んだ生き方だ。
(俺はヒーローじゃねえ、)
──快盗だ。
走り出す勝己。やがて炎に包まれたビル群が見えてきたとき、彼の目の前に突如としてふたつの人影が降り立った。
「ひとりで行く気か、小僧?」
「!、テメェら……」
青いタキシードを纏った大男と、黒と黄を基調としたドレスの少女。仮面とシルクハットで顔を隠してはいるが、彼らのそんな姿は嫌というほど目にしてきている。
「ハイ、これ!」
少女──お茶子が歩み寄ってきて、綺麗に折り畳まれた赤いタキシードを差し出してくる。
「ふたりとはビミョーに目的違うかもだけどさ、私だって願いはかなえたいもん。一蓮托生!……ってヤツでしょ、私たち!」
「……丸顔、」
暫しその顔を見下ろしていた勝己は……ややあって、ふんと鼻を鳴らした。そして、タキシードを奪うように受けとる。
「だったら精々、足引っ張んじゃねーぞ」
「んも~ッ、ホンマ性格悪っ!」
ぷりぷり怒るお茶子の背中越しで、珍しく炎司が笑っていた。彼にとっては手落ちでしかなかったのか、それも刹那のことだったが。
*
ギャングラー出現の報に接した国際警察──警察戦隊もまた、真の初陣に臨もうとしていた。
「おのれギャングラーめ!今度こそ俺たちの手で……!」
握ったハンドルが千切れそうなほど、掌に力を込める天哉。そんな彼を、助手席の響香が宥める──数時間前のリフレイン。
「どうどう、いまから熱くなりすぎんなって」
「ム……すまない。気持ちが昂ってしまっているようだ」
「わかるけどさ。──ってか、アンタも早く後ろ乗んな!」
「烈怒頼雄斗!」
「う、ウッス!」
促されるまま後部座席に座る、鋭児郎。体育会系らしい応答をしつつも、その声音と表情には隠しきれない当惑が滲んでいる。
なぜ彼が同行することになったのか──それは、塚内管理官の"お願い"によるものだった。
──もしまたギャングラーが出たら、もう一度一緒に戦ってほしい。
数時間前の戦いでは、のっぴきならない状況ゆえそうした。しかし正式な警察戦隊の
鋭児郎の心中を察してか、正式な隊員となったふたりが声をかける。
「きみが戸惑うのもわかる」
「ウチらからしても、いつまでもアンタに手伝わせる意味はよくわかんないし。……でも、」
「意味不明だけど……不愉快ではないんだよね」
「!」
反射的に顔を上げる鋭児郎。バックミラー越しに見えるふたりの表情は、明るかった。
「アンタと一緒に戦うの、なんつーか……初めてじゃない気がしたんだ」
「奇遇だな、俺もだ!」
実のところ、鋭児郎もまたそんな感触を得ていた。彼らが口にするまでは、言語化できない不思議な感覚だったのだけれど。
「だから、きみの力を貸してくれ……。世界の平和を、守るために!」
「!!」
世界の平和──いちヒーローとしてはやや重い、しかし望んでやまない理想。
三人でなら、かなえられると鋭児郎も思った。
「──ウッス!」
(俺はヒーローだ)
だからこそ、形なんて関係ない。守る、救ける……それがすべてだ。
塚内管理官は前作からの留任となりました。