戦い終わって、未だ炎燻るハイウェイでは現場検証が行われていた。
ただ、その場に残るパトレンジャーの面々の表情に事件が終わったという安堵感は微塵もない。犠牲者が出たことも無関係ではないが、それでも任務完了となれば多少なりともそういう気持ちが生まれるものなのだ。
「くそっ……あの状況から、取り逃がしちまうなんて」
鋭児郎が苦々しげに吐き捨てる。──そう、ジェンコは倒されていなかった。爆炎の残滓の中に、彼の残骸はなかった。そして火薬の反応、つまり。
「爆弾をカモフラージュにして逃げ出したってワケか……」
「ッ、早く見つけ出さなければ……!」
ルパンコレクションを快盗に奪われたならばある程度は弱っているかもしれないが、いつまた無差別爆破が再開されるかわからない。そういう凶悪な相手だから、なんとしても倒さなければならないのだ。
「……でも、また人間に擬態して潜伏してる可能性もあるワケだよな」
そこがまた、難しいところだった。
*
鋭児郎の懸念した通り、果たしてジェンコ・コパミーノは人間態で逃走を続けていた。小柄でひ弱そうな、とりたててなんの特徴もない青年の姿。追っ手を巻くには最適かもしれないが、こういう容貌を好むギャングラーは少ない。日常生活において人間社会に溶け込めれば問題ないわけで、警察の追跡から逃げ回るなどということは最初から想定していない。
「ハァ、ハァ……速く走れない~~ノ。ちくしょう……っ」
ルパンコレクションの力を借りなければ、ジェンコの走力はせいぜい常人並みがいいところだった。ギャングラーとしては鈍足もいいところである。それはまさしく彼のコンプレックスだった。だからこそ、己より速いものを破壊して回っていたのだ。
ただコレクションを喪失したという現実とは、否が応なく向き合わざるをえない。車などに対抗心を抱いている場合では──
そんな折、不意に炸裂音──銃声が響いた。パトレンジャーに発見されたかと肩をびくつかせたジェンコだったが、慌てて音源を捜した彼が目の当たりにしたのは彼の心を逆撫でするような光景だった。
四肢が伸びやかに躍動している。──人間が、走っている。競いあうように……否、競いあって全力で。それはまさしく風を切るような疾走だった。
「な……な……!?」わなわなと身を震わすジェンコ。「なんで人間風情が、オレより速く走ってる~~ノ!!?」
許せない許せない許せない!!激情に支配されたジェンコは、自らが逃亡中であることも忘れて正体を現した。
「コレクション抜きにしてもォ!人間がオレより速いなんて絶対許せない~~ノ!!」
爆弾を生成し、トラックめがけて投げつける。そう、それはたった数秒のうちの出来事だった。
*
『……以上のことから、国際警察ではギャングラーの標的が陸上競技場に移ったとみており──』
「……チッ」
カウンターの椅子にふんぞり返ってニュース動画を見ていた爆豪勝己は、もう人生で何千、何万回目かもわからない舌打ちをこぼした。
「あいつも逃げてたなんて……倒したと思ったのに」
「爆弾を使って爆死したように見せ、炎にまぎれてハイウェイから飛び降りたのだろう。ある程度逃げたところで人間に擬態すれば、奴の人間態を把握していない警察には追跡のしようがない」
「……けっ、自分たちからチャチャ入れといて。情けねえ」
とはいえルパンコレクションは入手し、快盗たちは第一の目的を既に達している状態である。このまま傍観を決め込んだとして、誰に咎められることもないのだが。
「瀬奈さん……大丈夫なんかな」
親しい知人の身にも危険が迫っているとなれば、安穏としてはいられなかった。
*
一方、ギャングラー追跡を担当部隊にまかせて帰庁したパトレンジャーの面々。安穏としていられない気持ちは当然、彼らのほうが遥かに上回っていた。
「ジム!ギャングラーの潜伏先はまだ特定できないのか!?」
『す、すみません!人間態は特定できたんですが、犯行後の行き先が掴めなくて……』
「──自分たちの元いた世界に、引っ込んでいる可能性もあるな」
「塚内管理官!」
出ていた塚内管理官が入室してくる。隊員たちのように戦場に立つことはなくとも、汗をかくときは彼にもあるのだ。
「日本警察の所轄とも調整して、陸上競技場については事件解決まで閉鎖させることになった。狙われるとわかっていて放置しておくわけにもいかないからな」
「そりゃもちろんですけど……これで敵の出方はわからなくなりましたね」
そもそも、なぜ最初はハイウェイを狙っておきながら、以降は陸上競技場を標的とするようになったのか。車とヒトという違いはあれど、"走る"場所であることは共通しているが──
「判明している奴の能力は、爆弾の生成と高速移動……だったな」
「ああ。で、コレクションを奪われたあとは爆弾しか使ってない」
つまり、
「ルパンコレクションがなければ、奴は速く走ることができない。……悔しいんだろうな、それが」
確信のこもった口調でつぶやく天哉。推測に推測を重ねた果ての憶測でしかないことは、彼自身よくわかっている。
だが他ならぬ自分自身が、そういう忸怩たる思いを味わってきたのだ。
「しかし!だからといってこんなこと、絶対に許されるわけがないっ!!」
言うまでもないこと。だとしても天哉は、ジェンコの身勝手を明確に否定せねばならなかった。かつて憎悪に囚われ、結果としてすべてを喪った自分と決別するためにも。
彼が明確に義憤を露にしたとき、ジムのサイレンがかっと光り輝いた。次いで、けたたましい警報。
『!、通報です!』
「奴か?」
『はい……あ、でも出現ではありません!』
「……どういうこと?」
首を傾げる一同に対し、ジムは予想だにしない事態の発生を報せてきた。
『明煌大学陸上競技部に、脅迫状……というか映像が届いたそうです。例のギャングラーから!』
「脅迫状って……管理官、大学には何も言ってないんスか?」
「いや……大学に限らず、学校にも練習の自粛要請は出してある。標的は場所ではなく人間かもしれないとは、こちらも考えていたからな」
「しかし、なぜ明煌大学だけに?」
超常社会の訪れにより昔ほどメジャーでなくなったとはいえ、スポーツに力を入れている大学はそれなりにある。陸上競技もそうだ。
「それについては、たまたま奴の目に留まってしまったと考えるほかないだろう。明煌大学にはスター選手がいるからな」
「スター選手?」
「ああ、"走るエメラルド"と呼ばれている女子選手だ。名前は確か、速見……」
「……速見、瀬奈」
「!、飯田、知ってるの?」
知っているなどというものではない。今朝……まさしく数時間前に出逢っているのだ。ひと言ふた言話をしただけといえばそれまでだが、その短い邂逅の中でもわかったことがある。それは──
「……行こう、明煌大学に!」
*
贅を尽くした自らの屋敷の中心で、ドグラニオ・ヤーブンは珍しく困惑した様子でいた。
「ジェンコの奴、随分と暴走しているみたいじゃあないか。一体どうしちまったんだ?」
「奴はもともと爆弾の破壊力をおいてはとりえのない男です。そのうえ小心者でありながら、自惚れは人一倍強い。ルパンコレクションを入手してからは、その性格がより顕著になっていたようです」
「ふぅむ。それで自分より速く走るモノを敵視していたというわけか」
主の言葉に、デストラ・マッジョは一つ目を揺らしながら頷いた。
「で、コレクションを失って速く走れなくなったから、人間にまで敵愾心を抱くようになったと?」
「……情けない話ですが」
"個性"ならまだしも、素の肉体の走力で負けている──確かに、あまりにも情けない。
「バカね。そんなに速く走りたいなら、私が切り刻んで改造してあげるのに。……どんな脚になっても知らないけど」
マッドサイエンティストが何か言っているのは、この際放っておくとして。
「ま、確かに小さい動機なのは否定できないが……そういうヤツほど溜め込んでいる鬱憤は大きいモンさ。それが文字通り、ドカン!面白いじゃあないか」
無論、ボスにふさわしいかは別の話だが。いずれにせよ楽しいショウには違いあるまいと、ドグラニオは嗤った。
*
『──隠れてひと安心だなんて、そうはイカの禁漁区な~~ノ!何がスピードスターだ、走るエメラルドだ!オレより速いヤツは、ひとり残らず木っ端微塵にしてやる~~ノ!!』
『覚悟しておけ』──吐き捨てるようなそのひと言を最後に、ジェンコ・コパミーノの姿はふつりと消え失せた。
「……以上が、ウチに送りつけられてきた映像です」
重苦しい声で、監督の男性が告げた。
「やっぱり、飯田と管理官の推測通りか……」
「なんつー身勝手なヤツ……」
もはや怒りを通り越して呆れを露にする鋭児郎。ただ相手には、その身勝手を惨劇へと昇華させるだけの余力があるのが問題だった。
「とりあえず、速見瀬奈を含めた部員を一ヶ所に集めよう。ふたりを護衛、ひとりを警らに振り分けるってことで管理官に上申してみようと思うけど、どう?」
「うむ……当面はそれがいいと俺も思う」
鋭児郎も頷き、隊員間では合意を得られたということで響香が管理官へ連絡をとる。
その様子を見守っていたらば、監督が「参ったなぁ……」と頭を抱えるのが目に入った。事がことなので、その反応も致し方なくはあるのだが……何か事情がありそうで。
と、不意に部屋の扉が開いた。思わず身構える一同だったが、
「瀬奈?」
「………」
そこに立っていたのは他でもない、速見瀬奈だった。愛らしい童顔にはジュレで会ったときのような朗らかさもなく、翳が差している──当然だが。
「どうしたんだ瀬奈、皆と部室で待ってるように言ったのに……」
監督の問いには答えず、瀬奈はパトレンジャーの面々……とりわけ天哉の目前にまでやってきた。当惑が、懇願するような表情へと変わる。
「お願いしますっ、一刻も早くギャングラーを倒してください!できれば今日中に!」
「きょ、今日中?」
いや勿論、手がかりさえ掴めればすぐにでも倒すが。
瀬奈がそこまで逸るのには理由があった。
「今週末、記録会があるんです。このままじゃ追い込みの練習もできないし、もし長引いたりしたら記録会自体中止になっちゃうかもしれない!だから……」
「……そうなんスか?」
鋭児郎に確認され、監督は遠慮がちに頷いた。「参った」には、よりによってこの大事な時期にという気持ちも込められていたのだろう。
「……守り通すってことは確約するし、全力は尽くす。けど、いつまでにとは約束できない」
「そんな……!」
響香の言葉に、瀬奈の頬がわずかに紅潮する。情けないと思われても仕方ないが、彼女らパトレンジャーにとって何より重要なのは市民を守護すること。ギャングラー撃退はその実現のための手段にすぎない。
重苦しい空気に包まれる室内。その沈黙を破ったのはやはり瀬奈だった。それが詰るような言葉であっても覚悟はしていたのだが、
「……じゃあ私、囮になります!」
「は!?何言って……」
「ギャングラー、私を名指ししてきたんだもん。私が堂々と走ってれば、絶対に出てきますよね?そこを皆さんにやっつけてもらうんです!」
妙案だ、とばかりに笑みを浮かべる瀬奈。確かにパトレンジャーの面々の発想にはない策だったが、それは思いもつかないからではなくて。
「そのような……きみを危険に晒すようなこと、認められるわけがないだろう!?我々はきみたちを守るためにここにいるんだ!」
「でも、このままじゃ私だけじゃない、みんな走れない!……走りたいの!ギャングラーに狙われてても……ううん、狙われてるからこそ!負けたくないの!!」
「ッ!」
天哉は思わず唇を噛んだ。瀬奈が冷静でないことは間違いない。しかし考え無しなのではない、その言葉には確かな信念も感じられた。
もしも彼女がヒーローや同じ警察官であるならば、その想いを尊重し、危険な役割を担ってもらう──全力の支援が前提だが──こともありえただろう。だが、彼女はどこまで行っても民間人にすぎない。
「……一生、走れなくなったとしてもか?」
「……!」
今度は瀬奈が言葉に詰まった。それに構わず、押し殺したような声で天哉は続ける。
「……ジュレで陸上のことを語っていたとき、きみの表情は煌めいていた。走ることが好きなのも、プライドをもっていることもよくわかる。だがそれでも、激情に駆られて無理をすればツケは必ず返ってくるんだ……自分自身の、その後の人生すべてにな」
脹ら脛の古傷がじくりと痛む。それが錯覚でしかないことをわかっていても、天哉は眉根を寄せた。
「飯田……」
「………」
彼の過去を知る仲間たちは、その屈強な背中に悲哀を感じずにはいられなかった。兄の仇をとれず、自らの夢を潰えさせてしまった。たった15歳だった、少年が。
それがなければ天哉は今頃、いっぱしのプロヒーローとして戦場を駆けていたに違いない。──彼だって、走りたかったのだ。
そのとき、鋭児郎の脳裏に稲妻が閃いた。
「……走ったら、いいんじゃね?」
「は?」
「なっ……何を言っているんだ、切島くん!?」
天哉の表情が怒りと困惑に染まっていく。まあ、言葉だけ聞けばそういう反応になるのも無理はないだろう。誤解は解かなければ。
「切島、あんた……」
「いや、瀬奈さんじゃなしに」
ニヤリと笑った鋭児郎は、とある人物を指差した。その人物は「ええっ」と驚愕の声をあげたのであったが──
*
──と、いうわけで。
「頑張れよ~飯田!」
「……う、うむ……」
頷きつつも、どこか釈然としない表情の飯田天哉。鋭児郎と彼、そして瀬奈の三人は大学の体育館に併設された屋内トラックに足を踏み入れていた。
鋭児郎の作戦は単純明快、瀬奈の提案した囮作戦を採用しつつ、囮役を天哉に任せるというものだ。とはいえ天哉も本格的に走るのはかなりブランクがあるので、まずは予行演習をと考えた次第である。
「じゃあ瀬奈さん、ビシバシ指導してやってくれ!」
「わかりました!──じゃあ飯田さん、まずは50メートル、思いっきり走ってみてください」
「……よしっ」
踏ん切りをつけ、スタートラインに立つ天哉。「位置について~用意っ!」と叫ぶのは鋭児郎、大声を出すのは大得意なのだ。天哉ほどではないが。
そして、号砲代わりにホイッスルを鳴らす。──走り出す。次第にスピードが上がっていく。全力疾走、フォームは整っている。分厚い筋肉に包まれた四肢が機械のように規則正しく躍動しながら、トラックを進んでいく。
たった50メートルの距離。終わりは刹那のうちに訪れた。再びホイッスルを鳴らし、ストップウォッチを見る。
「6秒54……」
「おお!……それって、速いんスか?」
「大したもんだよ!」
目を輝かせた瀬奈は、息を整えている天哉のもとへ駆け寄っていった。
「飯田さん、すごい!細かいところはあれだけど、基本はできてるよ!」
「ム、そうか……。ブランクがあっても、身体は覚えているものなのだな」
「ブランクって……飯田さんも陸上やってたの?」
「……いや。ただ、"ターボヒーロー・インゲニウム"の弟だったというだけさ」
「えっ……」
自嘲めいた笑顔は、すぐにいつもの明るい表情へと変わった。「さあ、その細かいところについて遠慮なく指導してくれ!」と胸を張っている。
(飯田……今のおめェ、すっげえ漢らしいぜ)
彼がチームの仲間であることを、鋭児郎は何より誇らしく思った。