翌早朝。キャップを目深に被り、マスクで顔の下半分を覆った青年が歩いていた。もはや言うまでもない、ジェンコ・コパミーノの擬態した姿である。
「グフフフ……待ってろよ瀬奈ちゅわ~~ん。もうすぐ木っ端微塵にしてあげる~~ノ」
下卑た声で嘲うジェンコ。その瞳にはあらゆる負の感情が塗り固められた妄執が宿っている。ひと晩溜めに溜め込んで、既に我慢の限界だった。
──そんな折だった、付近から号砲の音が響いたのは。
「!、この音は……!?」
走るエメラルドと呼ばれたスター選手までもが息を潜めている状況で、よもやと思いつつ。逸るジェンコの足は自ずとそちらに向けられていた。
果たして、そこには陸上のトラックがあった。楕円に沿うように、屈強な体躯の青年が走っている。傍らには、先ほど鳴り響いたであろうピストルを持った男の姿。
「な、なんで平気で走ってる~~ノ……!?」
これだけ皆が自粛自粛となっているときに!一瞬そんな思いがよぎったジェンコだったが、青年の走りっぷりを目の当たりにして思考が吹き飛んだ。
「は、速い……!?」
ただ速いだけではない、美しく整ったフォーム。寸前を見据える引き締まった表情。どれをとっても非の打ち所のない姿で。
「おぉ~カッコいい……ハッ!?じゃなかった、許せない~~ノ!!」
憤懣を燃え上がらせたジェンコは、感情のままに本性を露にした。眼下ではトラックを走り終えた青年が、スターターと何やら話をしている。
「ハァァァ……セィイイイ~~ッ!!」
爆弾を生成し──砲丸投げの要領で、トラックめがけて投げつける!
軽々と飛んでいった塊は、内部に大量の爆薬が詰め込まれている。接地した瞬間、その衝撃で──
そして、爆炎と轟音とが周囲一帯を覆い尽くした。
「アハハハハハッ、ざまあみろな~~ノ!!」
爽やかに走っていたあの青年、今頃は劫火の中心で消し炭同然となっていることだろう。そう確信して憚らないジェンコは、
──次の瞬間、焼けつくような痛みと衝撃とともに吹き飛ばされた。
「ンノ~~ッ!!?」
その場をのたうち回るジェンコ。とはいえ彼はギャングラー、ダメージからの立ち直りも早い。
慌てて態勢を戻した彼が見たのは、こちらに銃を向けて立つ女の姿。パンキッシュな風貌と、堅い雰囲気の隊服がミスマッチなようでその実強固な信念を感じさせる。
「おはよう。引っ掛かってくれてどうも、ギャングラー」
「な……お、おまえまさか、国際警察ゥ!?」
引っ掛かったということは、まさか囮だったのか、奴らは?だが、だとすれば──
「ふ……フン!だったら作戦は失敗な~~ノ。囮は見事木っ端微塵にしてやった~~ノ!」
「誰が木っ端微塵だって!?」
「!!?」
今度は男の声が響き、炎の中からふたつの影が飛び出してきた。
「な……お前らなんでェ!?」
ジェンコが吃驚するのも無理はなかった。五体満足で現れてみせたのは、跡形もなく吹っ飛ばしたと確信していたランナーとスターターだったからだ。服のあちこちが煤けてはいるが、五体満足で目立った外傷もない。
「なんでって……俺らもコイツ、持ってるもんよ」
そう言って、スターターはピストル……ではなくVSチェンジャーを取り出してみせた。彼だけではない、ごついランナーも。
「咄嗟に変身して、爆発に耐えたってワケだ!なんたって……パトレンジャーだからな!」
「う、ウソだァ!?お、おまえはともかく、そっちのヤツの走りは本物だった~~ノ!!」
「……本物だった、か」
ランナー……否、飯田天哉は彼にしては珍しく勝ち気な笑みを浮かべた。
「貴様に何がわかる、と言いたいところだが……俺の走りは確かに、"本物"から受け継いだものだからな」
脳裏に、ひと晩つきっきりで天哉のランを指導してくれた瀬奈の顔が浮かぶ。彼女の熱意に、プライドに応えるためにも。
「彼女には……一歩も近づかせん!!」
そのために、戦うだけ。
「行くぞっ、──警察チェンジ!!」
『2号、パトライズ!』
警察チェンジ──音声が繰り返され、引き金を引くことで放たれたエネルギー体が強化服のかたちをとって天哉たちの全身を包み込む。
そして、
「パトレン、1号!!」
「パトレン2号ッ!!」
「パトレン3号!」
「「「警察戦隊──パトレンジャー!!」」」
「国際警察の権限においてッ、実力を!行使するッ!!」
天哉──パトレン2号の威勢のいい大声に、ジェンコは露骨にたじろいだ。常人であれば圧倒されるのも無理はないが。
「~~ッ、ぽ、ポーダマン!!」
彼の慌てぎみの号令を受け、どこに隠れていたのやらまったく同じ姿かたちをした兵隊が姿を現す。ハンドガンとナイフ装備で群れをなして襲ってくるさまは普段戦いに縁のない一般市民からすれば恐怖そのものだろうが、パトレンジャーにとってはただの有象無象にすぎない。
「よ~しッ、いくぞ!!」
「おうよ!!」
普段以上に暑苦しい応酬を繰り広げながら、男たちが先陣を切る。そのさまを微笑ましく思いながら、響香もまたあとに続いた。
ポーダマン隊は数にモノを言わせて三人を包囲する作戦に出たようだ。ぐるりと円陣を組み、まずは銃撃で怯ませ、そこですかさずナイフを持った者が襲いかかる。──当然、そんな戦法は即座に瓦解した。
「お前らのペースには乗せられねえっての!!」
仲間を庇いに入る1号。強化服の下の肉体を"硬化"させ、彼は銃弾をことごとく弾き返した。
そして仁王立ちをしている彼の両肩を蹴り、仲間たちは勢いよく跳躍した。頭上をとりつつ、地上めがけて光弾を掃射する。こうして半数近いポーダマンが地に倒れた。
「まだまだっ!」
さらに着陸したところですかさずパトメガボーに持ち替え、残るポーダマンに剣戟もどきを挑む。彼らは混乱から総崩れになっており、最早ものの数ではない。
「や、ヤバい~~ノ……。全ッ然歯が立ってない~~ノ!」
これでは一分と経たずして奴らが雪崩れ込んでくる。業を煮やしたジェンコは、なんの躊躇いもなく爆弾を生成した。そして勢いよく、前線めがけて投げつける!
「なっ!?」
「やべ……ふたりとも俺のそばに!」
1号が咄嗟に仲間を庇ったところで……大爆発。
その光景を見届けたジェンコは、すかさず踵を返して走り出した。
「今のうちに、爆破!爆破ッ!爆破ァ!!しまくってやる~~ノ!!」
明煌大学には届かずとも、腹いせに街を爆破する──半ば自棄の思考であったが、実行されればどんな惨劇になるかは想像に難くない。
不幸中の幸い、パトレンジャーの面々はまだ無事だった。
「痛ッ、でぇえええ……!だ、大丈夫かふたりとも……っ」
「ウチらは平気だよ……ありがと。それより、アイツ追わないと……!」
「………」
「──俺に、任せろ!!」
パトレンジャーが人々の安寧を守るために戦っている一方で、彼らの戦いを密かに見守る者たちがいた。
「連中、苦戦しているようだな」
「………」
ルパンレンジャー。第一の目的を達した彼らが、この戦場に現れた理由──
「やっぱり、私らがやるしか……!」
「待てや、丸顔」
「!」
冷たい声音に反感を覚えたイエローだったが、レッドの視線は走り出した男に向けられていた。
「必要ねーよ。あの熱血クソメガネが、なんとかすんだろ」
「──うおおおおおおおッ!!」
鍛え上げた四肢を躍動させ、疾走するパトレン2号。かつて夢をかなえるための力だった"エンジン"……自らの過ちで、失ってしまった力。
だがそんなことは関係ない。個性がなくとも、肉体と信念はここにある。──そして兄から、瀬奈から受け継いだ走者としてのプライドも。
自身の脚力に警察スーツの性能が合わさり、今の天哉は瀬奈ともども"走るエメラルド"と呼ぶにふさわしい男たりえていた。逃げるジェンコとの距離がみるみる詰まっていく。
「ウソっ!?もう追いついてきた~~ノ!?」
「当然だあっ!!」
このままでは数秒のうちに止められてしまう!ならばとジェンコは走るのをやめ、2号と向き合う形に方向転換した。
「今度こそ、木っ端微塵にしてやる~~ノ!!」
爆弾を生成し、迫りくる2号めがけて投げつけ──
「させるものかぁぁぁぁ──ッ!!」
2号が、跳んだ。
「なぁグハァッ!!?」
その巨駆の体当たりをまともに受け、ジェンコは大きく吹っ飛ばされた──爆弾とともに。
そしてほどなく、爆発。プスプスと黒煙を漂わせながら、彼はボロ雑巾のように倒れていた。
「やったぞ!」
「おー、流石だぜ飯田!」
「陸上ってか、ラグビーみたいになってたけどね」
駆けつけてきた仲間たちの称賛の言葉。──尤も、天哉を評価していたのは彼らだけではなかったが。
「おお……やるやん飯田さ、痛っ!?」
「なに褒めてんだてめェは」
「凄いもんは凄いんだもん!ってか殴ることないやろ!?」
「……まったく」
ティーンふたりが痴話喧嘩を繰り広げていると、
『グッドストライカーぶらっと参上~!今日は警察、熱いなぁ~!』
「あ、グッディ!……今日は、あっちに手ぇ貸してもいいよ。コレクションはゲットしたし」
『おっ、ホントか?じゃあ遠慮なく~!』
漆黒の翼が嬉々としてパトレンジャーのもとへ向かっていく。手助けを得た警察官たちはU号へと融合を遂げようとしている。それを認めていいものか轟炎司には量りかねたが、今回は黙認した。インゲニウム──知己である元プロヒーローの年の離れた弟、その奮戦に少なからず心動かされたのは否定しがたい事実だった。
一方で、
「とどめだ、ギャングラー!」
「「「イチゲキ──ストライクっ!!」」」
グッドストライカーからVSチェンジャーにエネルギーを充填し……巨大な弾丸として、放つ!
もはや易々とは立ち直りがたいダメージを受けてしまったジェンコは、そのエネルギー弾になすすべなく呑み込まれていく──爆発。
ひしゃげた金庫が土手を転がる。それが河川敷に投げ出されたところで、かのマッドギャングラーが姿を現した。
「私の可愛いお宝さん……ジェンコを元気にしてあげて」
イチゲキストライクの破壊エネルギーとは対をなす蘇生のためのエネルギーが金庫に注ぎ込まれ──
「ヌゥオオオオオッ、このままじゃあ終われない~~ノ~~!!」
「!」
もはやルーティーンとなってしまった巨大化復活。とはいえ、その脅威が相当なものであることに変わりはない。
「ッ、グッドストライカー!」
『おうよ!オイラ、今日はとことん警察の味方だぜ~!!』
──警察ガッタイム。巨大化したグッドストライカーを中心としたトリガーマシンナンバーズが、鋼鉄の巨人を形作ってゆく。
テレビ中継を通じ、瀬奈もまたその光景を固唾を呑んで見守っていた。
(飯田さん……)
昨夜のことを思い出す。走る天哉。その指導の合間に、鋭児郎に訊いたのだ──インゲニウムの弟だという彼に、いったい何があったのか。
『飯田は、元々ヒーロー目指してたんだ。お兄さんみたいなヒーローを』
『けど、お兄さんがヒーロー殺しに襲われて……』
──単身仇討ちに臨んだ天哉は重傷を負い、個性を使えない身体になった。
それでも天哉は、正義の守り手であろうとし続けている。その姿は、兄に負けじと煌めいていると瀬奈には映った。
*
「今度こそ、木っ端微塵にしてやる~~ノ!!」
目の前に立ちはだかったパトカイザーに対し、いきなり爆弾を投げつける巨大ジェンコ。カイザーは左腕のキャノン砲でそれを撃ち落とす。しかし、まだまだとばかりに次々生成されては飛んでくる火薬の塊。やがて一発が撃墜が間に合わず機体に命中、爆発を起こした。
「ぐあああっ!?」
倒れ込むパトカイザー。コックピットは激震に襲われ、パトレンジャーの面々は目の前のコンソールにしがみついて耐えるしかない。
「こんなの、何発も喰らったら……!」
「通常のパトカイザーではもたないか……!──ならばッ!」
「ああ……!」
2号がバイカーを、1号がクレーン&ドリルを自らのVSチェンジャーに装填し──外部へ、射出する。
『腹くくったなぁ!パトカイザーも、両腕変わりまっす!』
そう──ルパンカイザーサイクロンナイトよろしく、パトカイザーもまた両腕を換装したのだ。右腕にクレーン、左腕にバイカー……名付けて、
「「「パトカイザー"ストロングバイカー"!!」」」
「腕が変わったくらいでェ、オレの爆弾は防げない~~ノ!!」
そう、相手が文字通り手を変えてきたからといえど、ジェンコのとる作戦はこれしかない。とにかく爆弾を生成し、投げまくる。
「そいつは、どうかなっ!」
右腕のクレーンが胴体を庇う。再び爆発が起こる。
──しかし、ストロングバイカー本体がダメージを受けることはなかった。
『コイツは文字通り、ストロングだぜ~!』
「うむ。さあ、反撃だ!」
天哉の号令に応じクレーンが、ドリルが、激しい攻勢に打って出る。いずれも"伸びる"武器のため、飛び道具でないにもかかわらず遠距離攻撃が可能なのだ。両手で、間断なく。
「痛だだだだだだぁ!?そそそそんなのアリな~~ノ!!?」
「大アリだ!いくぞ──」
「「「パトカイザー、リフトアップストライクっ!!」」」
伸ばしたクレーンがジェンコを捕縛し、ワイヤーを全開まで伸ばして振り回しながら吊り上げる。
「目が、目が回る~~ノ!?」
三半規管をやられ、吐き気を催すジェンコ。しかしその苦痛からは程なく解放された。
バイカーから放たれたホイールが、彼の胴体を打ち砕いたのだ。
「ノォオォォォ……!?」
放り出され、落下するジェンコ。もはや、彼の運命は決まっている。
「お、オレが……木っ端微塵になっちまった~~ノ……!」
言葉通り、その身が粉々に爆発四散する──金庫もろとも。これでもう二度と、ジェンコ・コパミーノが劫火をもたらすことはなくなった。
「任務、完了!」
『気分はサイコ~!』
いつも通りさっさとガッタイムを解き、グッドストライカーが飛び去っていく。トリガーマシンごと放り出されるのにももう、慣れたものだった。
*
週末、記録会は無事に開催された。
「位置について、用意──!」
号砲が鳴り響き、選手たちが走り出す。横並びから最初に抜け出したのは……速見瀬奈。
「瀬奈さん、頑張れ~!」
「いいぞ、瀬奈くん!!」
お茶子と天哉、ふたりの声援を浴びて走る、走る。走る瀬奈。そして、ゴールへ──
程なくタイムが電光掲示板に表示される。彼女の、自己ベスト。つまり日本新記録更新を意味する数字に、観客席が沸いた。
監督やチームメイトに囲まれ、笑顔を浮かべる瀬奈。彼女の視線が天哉たちのほうへ向けられる。
サムズアップをする瀬奈に、天哉もまた同様にして応えた。走ることへの情熱と誇り──それこそがエメラルドを煌めかせているのだと、彼は誰よりも理解っていた。
à suivre……
(Épilogue)
夜の歓楽街の片隅でひっそりと営業している小さな酒場。一見なんの変哲もないその店に、異形の一つ目巨人の姿があった。
「こんなところに呼び出すとは……いったいなんの用だ、ザミーゴ?」
周囲をぎょろりと睨めつけながら、目の前の青年を威圧する巨人──デストラ・マッジョ。対する青年──ザミーゴ・デルマはカウンター席に腰かけたまま、しきりにシェリーグラスを弄んでいる。
「たまには趣向を変えないと。それより、デストラさんも飲みなよ。何がいい?」
「必要ない。早く用件を言え」
はっきり言って居心地の悪い場所だった。自分たちのほかにいるバーテンダーや客に至るまで、おそらくは正真正銘の人間ばかり。にもかかわらず突如として現れたギャングラーにパニックを起こす様子もない。ザミーゴ曰く、「そういう場所」らしいが──
「やれやれ……」肩をすくめつつ、「耳寄りな情報を仕入れたもんでね、お知らせしようかと思ってさ」
「耳寄りな情報……だと?」
端正な顔立ちがニヤリと歪む。
「近々、快盗と警察……両方に大きな動きがある」
「両方に、だと?」
「そ。嵐が来る……なんて、言ってもいいかもね」
──嵐。
「さよなら、パリ。そしてただいま日本……ろくでもない俺の故郷」
フランス・パリはエッフェル塔に立ち尽くす、影。その全身は、白銀に煌めいていた──
「誰だ……てめェ」
次回「ゲーム×スタート」
「――快盗、ルパンエックス」