【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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#23 ハンマープライス 2/3

 

 人魚像のルパンコレクション──"小さな泡"を強奪したグリスト・ロイドは、()()()まんまと企みが成功したとほくそ笑んでいた。

 

「ボロいボロい、ボロいリス~……ん?」

 

 そんな彼の行く手に、初めて何者かが立ち塞がる。

 

「スト~ップ!そこのギャングラー!」

「それ、俺らが競り落としたんだけど。快盗から泥棒とかありえないだろ……ハァ」

 

 快盗──ルパンレンジャー。こいつらがそうなのかと、グリストは得心がいった。数多のギャングラー構成員たちが彼らや国際警察によって倒されていることも知ってはいる。

 そのうえで、

 

「ハァ?そんなの知らないリスよ、ちゃ~んと金庫にしまうリス~」

「!」

 

 背中の金庫を開き、"小さな泡"をそこに仕舞い込む。実に悠々と、舐めくさった態度だと弔は思った。

 

「こ、こいつ~!」

「よし殺そう」

 

 物騒な発言だが、お茶子──イエローも咎めだてはしなかった。ギャングラーに対してのそれは実際の行動に繋がるのだ。だいたい、彼女の怒りも相当のものだった。

 即座に射撃を開始するふたり。しかしグリストは軽々と辺りを跳ね回り、光弾をことごとくかわしていく。エックスはもとより、イエローの射撃の腕も実戦の中で向上しているはずなのだが。

 

「あ、当たらない……!」

「……速いな」

「リススっ、速いだけじゃないリスよーそ~れっ!」

 

 言うが早いか、両腕からなんと松ぼっくりを大量に放出するグリスト。もとより腕の形がそれに似ていると思っていたら。

 しかしどこか牧歌的な様相とは裏腹に、投げつけられた松ぼっくりはふたりの身体や地面に接触するや小規模な爆発を起こした。小規模といっても複数が一斉に破裂するものだから、敏捷性に重きを置いた快盗スーツではその場に踏みとどまることができなかった。

 

「きゃあっ!?」

「ッ!」

 

 吹っ飛ばされるイエロー。なおも襲いかかる松ぼっくりから、エックスは咄嗟に彼女を庇った。

 

「え、エックスさん……!」

「……ハァ、痛くも痒くもないよ。これくらい」

 

 ただ、防戦を強いられたことによって隙ができたのは確かだった。それを突いて踵を返し、グリストは逃走せんとする。

 

「──そこまでだッ、ギャングラー!」

「!?」

 

 しかしそこに、似て非なる姿をした三人組が現れる。

 

「国際警察の権限においてッ、実力を──」

「あっ!あれって快盗……死柄木!?なんでここに……」

「……チッ」

 

 これは面倒なことになったと、弔は小さく舌打ちした。幸か不幸かパトレンジャーの面々は彼を追及するよりギャングラー殲滅を選んだようだが──少なくとも、この場では。

 ならば、今のうちに少しは点数を稼いでおかなければ。

 

「そいつ、爆弾を投げてくる。接近して戦え!」

「何!?」

「ッ、ここは信用するか……!」

 

 一応は弔の言葉を了解し、挑みかかっていく三人。松ぼっくり爆弾を封じられたグリストは慌てたものの、彼にはスピードというもうひとつの武器がある。素早い格闘で、三人の攻撃を捌いていく。

 

「リッスッス~!別に接近戦が苦手なワケじゃないリスけどね~!」

 

 とはいえ、このまま戦闘を継続することは本意ではない。グリストの目的はまったく別にあるのだ。

 

「この場はとっととずらからせてもらうリス~!ぶぅ~~!」

 

 頬をいっぱいに膨らませたかと思えば──金庫を光らせたグリストは、大量の泡を吐き出した。

 

「うわっ!?な、なんだ?」

 

 毒性や爆発の危険を感じ身構える面々だが、想像に反して特に何かが起こる様子はない。むしろそれはふわふわと浮遊しながら、陽光を反射して虹色に煌めいている。

 

「綺麗……これって、」

「コレクションの力、か」

 

 であれば危険はないと弔は知っていた。実際、グリストの狙いはこの場からの逃走、その一点だったのだ。

 彼の身体が泡に包まれたかと思うと……そのまま弾けるように、消え去ってしまった。

 

「何……!?」

「消え、た……」

 

 消えて、しまった。中心点にいた"共通の敵"がいなくなってしまえば、残るのは快盗と警察のみ。

 

「ッ、死柄木!あんた、どうしてまた快盗と……」

「………」

 

 あんなふうに、手酷く裏切っておきながら。それは尤もな疑問ではあったが。

 

「利害の一致、──決まってるだろ。なァ?」

「!」

 

 エックスの目配せを受け、イエローは咄嗟にぶんぶんと頷いた。

 

「そ、そうだよ!じゃなきゃ、なんでこんな裏切者となんか……!」

 

 捨て台詞のごとくそう言い放っておきながら、ふたり仲良くこの場から撤退する。パトレンジャーの面々は当然制止しようとするのだが、弔の存在がある以上本格的に衝突しようという意志は薄かった。

 

「……相変わらず、読めない男だな。しかし──」

「──裏オークション事件、警視庁との合同秘密捜査のはずだ。あいつが現れたのは……偶然なのか?」

 

 当然、そうは思えない。しかし塚内管理官やジム・カーターが洩らす筈もない。どこか、別のルートから情報を入手した?

 

(快盗からの情報か?それとも……)

 

 弔が本部直属の特別捜査官である以上、可能性はもうひとつ存在した。

 

 

 *

 

 

 

「ハァ……酷いなァお茶子チャン?裏切者呼ばわりなんて」

「うっ……だ、だって死柄木さんが演技しろって言ったんじゃん!目で!」

「言ったね、はははっ」

 

 パトレンジャーを撒いたふたりはというと、こんなやりとりを繰り広げながら帰路につこうとしていた。グリストにルパンコレクションを持ち逃げされてしまった以上、ここにとどまっている意味はない。

 

 しかし今度は、彼らが行く手を阻まれる番だった。

 

「お待ちください」

「!」

 

 前触れもなく現れたのは、かのオークショニアの男だった。

 彼は身構えるふたりの態度など気にもとめず、一枚の紙切れを差し出してきた。

 

「請求書……!?」

 

 202万ドルの──いや、きっちり税込みなので日本円換算でかなり面倒臭い金額になっている。まさか現金で支払うわけではないとはいえ。

 

「誠に申し上げにくいのですが……弊社といたしましてはハンマーが落ちた時点で売買は確定、所有権はお客様に譲渡しておりますので」

「………」

 

 あくまで物腰柔らかに告げるオークショニア。でありながら、その実黒服の屈強な男たちが周囲を取り囲んでいる。その意味がわからないお茶子ではなかったが、それでも食い下がらずにはいられなかった。

 

「そんな!だってギャングラーに盗まれちゃったのに……!」

「申し訳ございません。契約成立後に商品に何かありましても、私どもといたしましては……」

「でも……!」

 

「──わかりました」

 

 なんでもないような調子で、弔はそう言い放った。言葉だけではない、小切手を渡すという実際の行為まで添えて。

 

「ただし、所有権は完全にこっちのもの。取り戻しても返還はしないので、そのつもりで」

 

 弔の血眼が放つ好戦的な光にどのような意味があるのか──このときは彼を除く誰ひとりとして、理解してはいなかった。

 

 

 *

 

 

 

 であるならば、ジュレに待機していたふたりの目には、尚更失態としか映らないわけで。

 

「──それで、ギャングラーにしてやられたというわけか」

 

 炎司のひと睨みを受けて、いつものスタイルに戻った弔はわざとらしく肩をすくめてみせた。

 

「人聞きの悪いこと言うなよなァ、中年」

「……中年はやめんか」

 

 理由はわからないが、それなら勝己の言う"クソオヤジ"のほうがまだマシだ──そう考える炎司の隣で、当の少年は「けっ」と吐き捨てていた。

 

「実際そうだろ。……で?まさかこれで終わりじゃねえよなァ?」

「ははっ、まさか。こうなることだって元々予想の範疇さ」

 

「──つーわけで、お茶子チャン?」

「へ?」

 

 いきなりのご指名に顔を上げたお茶子の前に、久しく目にしていない画用紙が突きつけられた。

 

「"あそこにいる連中の顔、よーく覚えとけ"──俺、そう言ったろ?」

「う、うん……つまり?」

「察しろよ。お絵描きだよ、似顔絵の」

「にっ、似顔絵?なんで……?」

「ハァ……だから察しろって」

 

「犯人は最初っから、あの会場の中にいたんだよ」

「えっ!?」

 

 オークション会場となったあの洋館は、やはり非合法の催しであるためか私兵たちによって厳重に警備されていた。あのギャングラーの生粋の能力を見るに、誰にも気づかれず侵入するのは困難だろう。ならば、

 

「お客さんの中に、犯人が……?」

 

 弔はニヤリと笑った。

 

「わかったら、早速スタートだ。欠落してる部分は俺もフォローするから、気負わずやってみよう」

「う、うん……」

 

 先ほどまでつっけんどんな物言いに終始していた弔が妙に親身な態度をとるものだから、お茶子は戸惑いがちに頷いた。ただ、それは不愉快な当惑では決してない。優しくされるとどうしようもなく弱い、彼女もまだ子供だった。

 それに付けいる悪い大人というのも、世間にはどうしようもなく存在するのだが。

 

 

 *

 

 

 

 さて、そのような経緯から始まった若人ふたりのスケッチ大会。目的は置いておけば実に牧歌的な光景である。

 

「もうちょっと眉毛太かったかなあ……ん~」

「あと、前髪がもう3ミリ長かった」

「細かっ!……そういえば死柄木さん、そんな分厚い手袋つけたままで描きづらくないん?」

 

 絵に限らず、食事にせよ、他の日常生活にせよ。

 思ったままをお茶子が訊くと、弔は案の定感情のこもらない笑みを漏らした。

 

「まァ。でももう慣れた、ずっとこれだから」

「そうなんや……」

 

 確かに、弔の手は鉛筆を器用に使いこなしている。慣れたというのは強弁ではないのだろう。

 なら、その理由は?個性によるものかとまずもってお茶子は推察した。自身の個性も"手で触れる"ことがトリガーとなって発動するものだ。同じタイプでより危険度の高い個性なら、リスクマネジメントとして手袋で意図しない発動を防ぐというのも理解できる。

 

「おい、手が止まってる」

「あ……ご、ごめん」

 

 弔の指摘を受け、慌てて作業を再開する。それからは暫し、鉛筆が画用紙を走る音色ばかりが流れたが。

 

「……しっかし、きみも度胸あるよな」

「へ?」

 

 唐突に紡がれた言葉に、お茶子は首を傾げた。

 

「物騒な連中に囲まれたときさァ、きみ、ビビりもせず喰ってかかってたろ」

「あ、あー……」

 

 オークショニアの男に落札代金を請求されたときのことか。確かにあのときの行動、客観的にみて勇敢どころか無謀とさえ映るものだったかもしれないが。

 

「……ビビってないなんてことは、ないよ」

「ん?」

 

 今度は手を止めぬまま、お茶子はぽつぽつと話しはじめた。

 

「ほんとはね、いつだって怖いよ。警察と戦うとき、ギャングラーと戦うとき」

「じゃあ、なんで?」

「これでもさ、ヒーロー目指してたから。ヒーローは怖いのグッとこらえて、いつだってみんなのために戦ってる。ならせめて、自分のためにくらい……」

 

 その在り方だけは、失いたくない。快盗に徹しきれない中途半端と謗られようとも、それだけがお茶子に残された矜持だった。

 

「……あぁ、そう」

 

 興味なさげに鼻を鳴らすと、弔はそれきり何も喋らなかった。ただ、似顔絵を描く作業に集中している。お茶子もこれ以上語るべき言葉をもたなかった。

 

(ンな良いもんかよ、ヒーローなんて)

 

 弔の瞳に浮かんだ郷愁は、それゆえ彼ひとりのものだった。

 

 

 *

 

 

 

 人間界で陽が落ちた頃、グリスト・ロイドはボスのもとを訪れていた。

 

「計画は順調!ガバガバ儲かるリス~!」

 

 好物のナッツを噛み砕きながら、戦果自慢に興じる。基本的には冷徹な幹部たちも、珍しく彼の"計画"とやらには好意的な反応を示していて。

 

「なるほど、面白いじゃないか」

「そんな使い方もあるのね。グリスト、やるじゃない」

「効果だけで判断するものではないということか」

 

 称賛の言葉に鼻高々になりつつ、グリストは早くも次の算段を考えていた。獲物を目の前で横取りされた快盗たちの執念がどのようなものか、想像が及んでいれば、()()()()()に引っ掛かることもなかったのかもしれない。

 

 

 *

 

 

 

 いよいよ夜も深まり、進捗を確認しに降りてきたふたりが見たのはテーブルに突っ伏して眠るお茶子、そして画用紙をまとめている弔の姿だった。

 

「終わったンかよ」

「ん。つーわけで俺、帰るから」

 

 画用紙をひらひらさせながら、名残惜しむでもなく店を出ていく。見送る側にしてもおやすみのひと言もない、そんなものだ。

 ふと視線を落とした勝己は、お茶子に毛布がかけられていることに気づいた。それをしたであろう男のことを今一度考える。利用するか、されるか。ならば一連の行動も、すべてその思想に基づいたものなのか。

 

「……はっ」

 

 思わず自嘲がこぼれる。利害しかない相手の一挙一動に揺れ動くのは、自分が未だ了見の狭い子供でしかないと公言しているようなものだ。不要な情は断ち切らなければ、願いはかなわない。

 

 

 一方で、ジュレを辞した弔はその足で国際警察に向かった。警察戦隊のタクティクス・ルームには幸いにして目的の人物(?)の姿しかない。

 

「──つーわけでよろしく、ジム?」

『ええ~っ、こんな絵で捜すんですかあ!?無理ですよぅ……』

 

 特別上手くも下手くそでもない似顔絵を突きつけられて、ジム・カーターは困惑している。それはそうだろう、いくら彼に優秀なサーチ能力があるといっても限度がある。

 しかし弔とて、全国津々浦々から捜し出せと言っているのではなかった。

 

「捜すのは日本警察のデータベースだけでいい」

『日本警察……ですか?』

「その中から美術品の盗難関係で似てるヤツが見つかるよ、多分」

『し、しかし……』

「は?本部直属の特別捜査官が命令してるんだけど?」

『ううっ』

 

 警察戦隊に配備されているジムに彼の命令を聞く義務はないのだが、そう言われると従ってしまうのが彼の性であった。

 

 

 *

 

 

 

 そして、翌日。

 

「ご協力、ですか?」

 

 当惑を露にしながら訊く男に、弔は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて──風貌が帳消しにしているが──頷いた。

 

「はい。小さな泡をギャングラーから取り戻すために、是非」

「お話はわかりましたが……昨日も申し上げましたように、契約成立後の商品について弊社は何も──」

 

 相変わらず柔だが、一切関わりあいになるつもりはないという態度。無論、予測はできていた。それゆえ手もある。これ以上なく単純明快な。

 

「ハァ……誰もタダでとは言ってないだろ?」

「!」

 

 提示された小切手を認めて、男は目を丸くした。

 

「50万。円じゃなくてドル」

「………」

「あ、これは依頼料なので悪しからず。そのほか諸々の経費もこっちが負担するってことで……どうです?」

 

 オークショニアがごくりと生唾を呑み込む。実に強欲でよろしいと、弔はほくそ笑んだ。

 

 

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