ドグラニオ・ヤーブンを絶対の支配者とする闇の森の洋館。しかし今日この日だけは、異様な気配が屋敷を覆っていた。
「──よォ、ドグラニオの爺さん」
その原因は、我が物顔でテーブルを占拠する三体の異形だった。豪奢なディナーに、勝手に引っ張り出してきたのだろうワインで乾杯している。
「姿が見えねぇんで勝手にやらせてもらってるぜ」
「ふむ。……久しぶりだな、ライモン・ガオルファング」
「それにギーウィ、ウシバロック」──彼らのことは構成員たちの中でも最も鮮烈に印象付けられている。とりわけリーダー格の獅子に似たギャングラー、ライモンのことは。
それもそのはず、彼はドグラニオたちと同じ黄金の金庫を持っている。ギャングラー有数の、実力者の証。
「あらあら、随分懐かしい顔ねぇ。ライモン軍団は人間界で悠々自適にやってるって聞いたけど?」
「そもそもそこはドグラニオ様の椅子だ……!退け!」
躊躇なく得物を振り下ろすデストラ。並みのギャングラーだったらば反応さえもままならないところ、ライモンは悠々と避けてみせた。ギーウィ、ウシバロックと呼ばれた男たちもくつくつと笑っている。
「どうせもうすぐオレのモンになる椅子だぜ。──それとも爺さん、オレが後釜じゃあ不服かい?」
「………」
おもむろに歩み寄るドグラニオ。その碧眼が無法者どもを射竦める。空気はこれ以上ないほどに張り詰め、いつそれが破裂してもおかしくはない。デストラやゴーシュでさえ、口をつぐむほどだった。
「──構わんよ」
ようやく放たれた言葉は、表向き平静そのものだった。
「楽しみにしているよ、ライモン?」
ここに彼らが現れたこと──それ即ち宣戦布告だった。ドグラニオにだけでなく、人間世界に対しての。
*
轟炎司は休日を過ごしていた。
諸々の都合で店を休業にしたり奥に引っ込んで事務作業に集中していることが多いので、彼の休みというのはかなり曖昧なものなのだが──住み込みなのも拍車を掛けている──、今日は丸一日、早朝から店を開けている。そして少しだけ、遠出をした。
目的はただひとつ、とある墓地を訪れるために。
「……なんでもない日に来てばかりですまないな、燈矢」
独りごちて、思わず自嘲を浮かべる。謝らなければならないことは、ほかに数えきれないほどある。……いや、自分が彼にした仕打ちは、謝罪さえ許されることではない。わかっている。だからこんな、命日でもなんでもない日に、花も線香も用意せずこそこそと訪れているのだ。
──そう、彼の家族に。彼を悼む者たちに、自分の痕跡さえ気取られてはならない。傷つきながらも前に進もうとしている残された子供らの心を、かき乱すことなどあってはならないのだ。
*
罪滅ぼしですらない、ただ自分自身へのけじめとして続けている墓参り。いつものように空しい思いを抱えて、その帰路につく。
抜けるような青空と白い雲。今日もどこかで蝉が鳴いている。そういえば燈矢は夏……正確に言えばその酷暑が苦手だったなと、曲がりなりにも父親だった男は思い起こしていた。
(燈矢のことは、残念だった。……焦凍のことは、)
燈矢を喪ったときは平気でヒーローを続けていながら、焦凍のときはすべてを投げうって快盗になった──取り戻すために。
そうだ、自分はそういう人間だ。かたちだけは地位も名誉も捨てることができても、その核心は何も変わらない。これから先も、きっと。
──ぐう、
「………」
それでも世界は回っていくし──腹は減る。
炎司がふらりと吸い込まれたのは……蕎麦屋。これもやはり、末の息子の好物だった。
悩みは多かれど、突き詰めると夏のざる蕎麦は美味いのである。よく冷やされた濃い味付けのつゆに、弾力のある食感の麺。ヘルシーだが栄養価も豊富だし、がっつかなくともするりと食せる──忙しい大人にも優しいのだ──。
「……いただきます」
行儀よく両手を合わせ、ひと啜り。
「!」
──美味い。理屈ではない、率直にそう感じた。
同時に、過去の記憶を思い起こす。出張で……どこだったか、蕎麦の名産地に行った際、家族への土産に買って帰ったことがあった。母親に煮え湯を浴びせられ塞ぎ込みがちだった幼い末の息子が、それ以来初めて目を輝かせて喜んでいたのを覚えている。無論、その程度のことで彼が自分を……母親を追い込んだ父親を赦すわけもなかったが。
「……店主、」
「ハイ、なんでしょう?」
還暦そこそこの店主がにこやかに応じる。表情は柔和だが、会話を承りながら作業は休みなく続けている。見事な手さばきだと感じた。
「これは……その、非常に美味だと思う」
他人を褒めるということをあまりしてこなかったためか、どうにもぎこちない発声になってしまった。それでも店主は嬉しそうに頬をほころばせてくれたが。
「ありがとうございます。やっぱりお客さんにそう言ってもらえると、作り甲斐があるってもんですよ」
「そうか……その、やはり秘訣があるのですか?」
「ふふ、それは企業秘密ってモンです。そう簡単には教えられませんよ」
「……尤もだな」
公共の存在であるヒーローと異なり、彼らは"秘伝"というものを生活の糧として憚る必要もない。理解を示した炎司だが、店主の笑顔が不意に翳った。
「いや……後生大事に隠しても同じか。店もあと、何年続けられるか」
「!、……ご壮健に見えるが、どこかお身体でも?」
「いや、そういうわけじゃあない。ただ、もう歳だからねえ……」
「勿体ない話だ。そうだ、後継者は?」
「……ひとり息子がいましてね、今は都会でサラリーマンやっていて、家庭も持っている。継いでもらいたいと、思っていたが……」一瞬言葉を切り、「あいつにはあいつの生き方がある。それを踏みにじるようなことは……できませんよ」
「……!」
炎司は思わず箸を止めた。──ふつうの親というのは、そういうものなのか。子の"個"を認め、尊重するのが正しい在り方なのだろうか。
親子、あるいは家族のかたちは様々で、正解不正解はないという意見もあるだろう。でも、だとしたら、自分のつくった家庭の末路はなんなのか。炎司の心は、今さらながら深い幽憂の底に沈んだ。
一方で、店主の声には明るさが戻っていた。
「ふふ。実はね、秘伝という程のことでもないんですよ」
「……というと?」
「基本に忠実なだけです。──"四つのたて"、ご存知ですか?」
「四つの……たて?」
「美味い蕎麦の条件のようなものです。挽きたて、打ちたて、茹でたて……それと──」
憂いを一時的なれど関心が上回り、炎司が耳を傾けたときだった。店の外の往来から、平穏を切り裂くような悲鳴と爆発音が響き渡ったのだ。
「!?」
「ッ、様子を見て来る。指示があるまで誰もここから出るな!」
元ヒーローらしくすかさずの指示を飛ばし、店外へ出る。そのさまの衰えなきゆえに勘づいた者もいるのだろう、「あれってもしかして」という声も背後から聞こえたが無視する。もうエンデヴァーはいない、ここにいるのは轟炎司という、なんの守るべきものもないただの男だ。
ゆえに、災禍をもたらしているのがヴィランであれば躊躇なく引き返すつもりだった。ヴィランはヒーローがなんとかする、もはやこの世の理だ。
しかし、もしもその理を乱す者が現れたとするならば。
「──!」
足を止める。爆発炎上する……レストランだったらしき建物。そしてその中から悠々と歩み出てくる、牛──いや、バッファローに似た怪物の姿。人間のかたちをしているのだから、怪人と呼称するほうが正しいか。
「……胴に金庫。決まりだな」
ギャングラー、
いったん素早く身を隠すと、炎司は白身銃・VSチェンジャーを取り出した。ブルーダイヤルファイターを構え、銃身に装填する。
「──快盗、チェンジ」
『2・6・2──マスカレイズ!快盗チェンジ!』
青白い光が身を包むと同時に、炎司は再び往来へ飛び出していた。ダイヤルファイターのそれと同じ青を基調とした強化服を纏い、マントを翻して。
「チッ、ここは期待外れだったなァ……ん?」
不意に頭上に差した影に反応しようとした瞬間、彼は光弾のシャワーに襲われていた。
「うおッ、な、なんだァ?」
「……頑丈だな」
降り立つ、蒼い影。「誰だてめェは?」という問いに対し、
「……ルパンブルー。世間を騒がす快盗、だ」
「快盗?ほおぉ。ライモンちゃんの右腕、このウシバロック・ザ・ブロウにまで喧嘩を売ろうってか!」
「上等だァ!!」と、鼻息荒くしながら突進してくる。まるで闘牛のようだと所感を抱きつつ、ブルーは素早く飛び退いてルパンソードに持ち替えた。
「ふっ──!」
回り込み、刃を振るう。表皮が硬いのか、手応えは薄い。ただ銃撃ではなおさら効果が薄いので、この方法で地道に攻めていくしかない。幸い、相手は巨体ゆえ小回りがきかないようだった。
「チイィ、ちょこまかと!──これならどうだァ!」
焦れたウシバロックの金庫が光る。身構え、咄嗟に防御姿勢をとったブルーに襲いかかったのは──熱線だった。
「ぐッ……!?」
身体中の水分が沸騰するような苦痛とともに、熱が全身を覆っていく。
「ハハハハッ、電子レンジに入れられた気分はどうだァ?そのまま内側から破裂しちまえ!」
「……ッ、」
電子レンジ──成る程、水分子を振動させることにより温度を急上昇させているのか。熱に浮かされた頭で、炎司はそう結論付けた。
──ウシバロックは知らなかった。目の前の快盗が、その身に宿した"個性"を。
『快盗ブースト!』
「!?」
追い詰めたと思っていた敵が突如反撃に転じたことで、ウシバロックの反応は遅れた。引かれるトリガー。放たれたここぞの弾丸が、直撃する。
「グワァアアッ!!?」
吹き飛ぶウシバロック。連射はできない攻撃だが、効果覿面だった。流石に致命傷を与えるには至らなかったようだが。
「な、何故ェ……身体を沸騰させられて動けるハズが!」
「ふん。あいにく四半世紀以上、
その気になればすべてを焼き尽くすことのできる灼熱の劫火、それを生み出す器が熱に弱いはずもない。ウシバロックは敵を見誤っていた。
彼にとってはさらに不幸なことに、いざというとき退路とすべき後方からも勇ましい声が響いた──「動くな、国際警察だ!」と。
「ッ、今度は警察か……!」
パトレンジャーの三人、さらには近頃姿を見せるようになった黄金の戦士──パトレンエックスもいる。通常の警察スーツと意匠の異なる強化服は、彼を外様の存在であると言明しているようなものだったが。
「!、快盗……もういる」
「だが、ルパンブルーひとりのようだぞ」
「……あんたが呼んだの、死柄木?」
「いや?」
空とぼけた態度で否定するエックス、実際炎司がこの場に居合わせただけなのは言うまでもない。ただ、こっそりジュレにいるお子様たちには連絡を入れてあるのだが。
「ンなことより、袋叩きにするチャンスだと思うけど」
「!、……確かにな。っし、行くぜ!」
快盗よりも危険度の高いギャングラーを優先する──パトレンジャーの定まった方針。当然エックスも加わっているので五対一の構図である。いかにパワーに秀でたウシバロックといえど、この人数差には不利を感じずにいられなかった。
「チイィ、ひとり相手に群れてくるとは卑怯な奴らめ……!だがまあいい、そっちがそう来るならこっちも援軍を呼ぶまでだ。──ライモンちゃ~ん、ギーウィ~!!」
刹那──炎上していたレストランが、いよいよ粉々に消し飛んだ。
「!!?」
突然の出来事。身を硬くする一同に──次の瞬間、強烈なプレッシャーが襲いかかった。
「オイオイ……どーしたよ、ウシバロック?」
「キヒヒヒッ、人間風情に苦戦してるのかぁ?」
獅子に似た強面の怪人に、ペストマスクのような顔つきの鳥類らしき怪人──二体が、ウシバロックと合流した。
「仲間がいたのか……!」
「!、見ろよ、アイツの金庫……」
鋭児郎が前者を指差す。彼の胸元に埋まっている金庫はウシバロックたちとは違う──燦然と輝く、黄金色。
「ステイタス・ゴールド……!」
ギャングラーの中でもひと握りの、実力者の証。彼らが有象無象とは比較にならない強敵であることを、弔はよく知っていた。
「ったく、しっかりしろよウシバロック。そんなんじゃあライモン軍団の名折れだぜ?」
「しょうがねえだろ~、ライモンちゃんに比べりゃオレたちなんざ大したことねえんだもんよ」
「おい、一緒にしないでもらえる?」
「ヘヘッ、言うじゃねえか。──まァウシバロックが手ぇ焼く連中ってンなら……久々に楽しめそうだぜぇ!!」
言うが早いか、ライモンがルパンブルーに、ギーウィがパトレンジャーに襲いかかった。ウシバロックはちゃっかり双方の応援に専念している。腹立たしい姿だったが、気にかける余裕はなかった。
「キヒヒヒッ!ライモンほどじゃなくてもなぁ、人間ごときに後れをとるほど柔じゃないぜぇ?」
「ッ!」
ウシバロックとは対照的に、軽快かつ予想もつかない動作で攻めたてるギーウィ。翻弄されるパトレンジャー、しかしその原因は彼らの側にもあった。練度で頭ひとつ抜けている感のある"驚異の新人"が、珍しく精細を欠いていたからだ。
「どうした死柄木くん、集中しろ!」
「ッ、うるさいな……」
わかっている。だがこちらは四人がかりであるのに対し、ルパンブルーは単独でステイタス・ゴールドとの戦闘を強いられている。あの男が元トップヒーローだったのはよく存じているが、あまりに相手が悪い。
実際、パワーとスピードを併せもつライモンに、ブルーは苦戦を強いられていた。ウシバロックとは比較にならないほど隙がない。それでも目の前に躍る金庫は、絶対に開かなければならないのだ。
(ッ、背に腹は代えられん……!)
幸い、エックスを除くパトレンジャーの面々はギーウィに注力していてこちらを見ていない。ならばとブルーはライモンとの距離を一気に詰め、
「ふ──ッ!」
「うおっ!?」
突如目の前の快盗が放った小さな火炎に、ライモンは一瞬気を取られた。ダメージは与えられないが、ブルーの狙いは達せられたのだ。そこですかさずダイヤルファイターを押しつけ、
『1・1──0!』
暗証番号が読み上げられる。解錠──と思われたそのとき、エラー音が鳴り響いた。
「何……!?」
開かない!想定外の事態に、さしものブルーも一瞬動きを止めてしまった。構図が逆転する中で、ライモンの魔手が彼の首にかかる。
「ぐぅ……っ!」
「はっ、猫だましとは良い度胸じゃねえかァ!!」
空いたもう一方の拳が迅雷のごとくルパンブルーを殴りつける。一度や二度でなく、何度も。
そして、
「これで……フィニッシュだァァ!!」
大振りの一撃が直撃した。衝撃に耐えきれず、ダイヤルファイターもろとも撥ね飛ばされるルパンブルーの身体。その先は──河川だった。落水と同時に、膨大な飛沫が上がる。
「ハハハハッ、他愛もねえ!」
「おおっ、流石ライモンちゃあん!そこにシビれる憧れるぅ!」
はしゃぐウシバロックをいったんは無視して、ライモンは次なる標的に目を向けた。──ギーウィが相手をしているパトレンジャーの面々。相性の問題もあるのだろうが、四人がかりで苦戦しているようでは結果は見えている。
「……雑魚とばっか遊んでてもしょうがねえや。──おいギーウィ、帰るぞ!」
「キヒヒヒッ、やぁっとお役御免かぁ」
四人がかりの攻撃をすり抜け、素早く後退するギーウィ。そうして合流した三体は、そのまま忽然と姿を消してしまった。
「ッ、逃げられた……!」
「………」
鋭児郎たちが悔しがる中で、弔だけはほっと胸を撫で下ろしていた。ステイタス・ゴールドを含む三体のギャングラー。気合や精神論だけで、勝てる相手ではなかった。