弔から連絡を受けて駆けつけた爆豪勝己と麗日お茶子は、炎司がギャングラーに敗北して川に突き落とされたという追加の報に血相を変えていた。
「まさか、炎司さんが敗けるなんて……」
「チッ、あのクソオヤジ……!」
腐ってもトップヒーローだった男だ。個性を殆ど封じられているとはいっても、センスや技量で補うことはできるはずだし、実際今の今まではそうだった。──当人の不覚でないとするなら、それが通用しない相手ということ。少なくとも弔の口ぶりは如実にそれを伝えていた。
「炎司さん、無事だよね……?」
「俺に訊くなや!……この程度でくたばるタマじゃねえだろ」
幸か不幸かギャングラーもパトレンジャーも撤収しているので、彼らは仲間の捜索に専念することができた。河川敷をひたすらに走り続ける。
どれ程そうしていたか、さしもの勝己も息が上がりはじめた頃、川縁に繁茂する雑草に絡めとられたように倒れ伏す人影が目に入った。
「!、クソオヤジ!!」
疲労も忘れ、全速力で駆け寄るふたり。ずぶ濡れになった炎司は、力なくうめいている。意識も判然とはしないようだった。
「炎司さん!しっかりして、炎司さんっ」
「起きろやクソオヤジ!……チッ、丸顔そっち支えろ。連れて帰んぞ」
「ええっ、無理でしょ私らだけじゃ!」
「ダイヤルファイター使やいいだろーが!!」
「あっ、そっか……」
「爆豪くんアタマいい~」とわざとらしくのたまうお茶子を睨みつけると、勝己はVSチェンジャーに自らのビークルを装填したのだった。
*
一方、ギャングラーの逃走を受けていったんタクティクス・ルームに戻ったパトレンジャーの面々。無論、彼らも無為に時を過ごすつもりはない。塚内管理官とジム・カーターが、既に関係各所より情報を集めていた。
「今回きみたちが遭遇したギャングラーは各地で高級レストランを襲撃……店舗を破壊したうえ、シェフを次々に拉致している」
塚内管理官の報告に、鋭児郎は首を傾げた。
「シェフを?……グルメなのかな、そいつ」
「ってか前にもいたよね、そんなヤツ」
「物間くんが転入してきたときか。あのときのギャングラーの目的は人間の捕食だったが」
シェフのみ拐っているというのは、鋭児郎の言葉が強ち的外れでもないように思わせる。
「レストランばかりを狙っているとするならば……ジム、次に標的となる店舗は絞れているのか?」
投げかけられたジムは、『それがぁ……』と気まずげな声を発した。
『以前のケースと異なり、今回は比較的高級なフレンチやイタリアンの店というだけで……特定が難しいのが現状です』
「ムム、そうか……」
「いずれにしても、」塚内が再び口を挟む。「休業の呼びかけは既に大々的にしてある。敵がどう出てくるかは、その効果を見極めてみないことにはわからん」
「………」
「──そもそもさァ、」
「!」
粘着質な声音に、一同の注目が部屋の入口付近に集まる。──死柄木弔がずっと、そこにある応接シートで輪にも入らずにいたのだ。
「仮に特定してそいつを捕捉できたところで、またステイタス・ゴールドが出てきたらどうすんの?」
「……あの金色の金庫をもっているギャングラーのことか?」
「そう。あいつは強いぜ、他がバカらしくなるくらい」
人を喰ったような物言いは聞く者を不愉快にさせたが、弔の言うことも一理あった。ターゲットのウシバロックは未知数として、ギーウィも強かったが、ステイタス・ゴールド──ライモンは明らかに彼らを凌ぐ威容を備えていたのだ。
「……それでも、指くわえて見てるわけにはいかねえだろ」
「ははっ、違いない。じゃあ俺は俺で動くよ、アテはあるから」
「どうするつもりだ、死柄木くん?」
「ひみつ」
堂々と煙に巻かれてしまえば、管理官以下警察戦隊の面々は口をつぐまざるをえない。所属が違うという事実をこういうときに思い知らされる、無論心情面で納得できるかは別の話だが。
*
ダイヤルファイターを使ってジュレまで搬送された炎司は、自室のベッドに寝かされていた。お茶子が冷えた濡れタオルを持ってきて、額に乗せる。しかし元々の体温が高いせいか、すぐに温くなってしまう。
「うー……これ熱があるんかなぁ?どうなん、爆豪くん?」
「ンで俺に訊くんだよ」
「だってほら、個性軽く被ってるし」
「……爆破と炎出すンは全然違ぇだろ、被ってンのは認めっけど」
勝己の声にも珍しく張りがない。炎司の敗北は、頭ではありうるとわかっていてもやはり少なからず衝撃的な出来事だったのだ。なんだかんだと言いながら、やはりトップヒーロー・エンデヴァーだった者を頼もしく感じるのは当然のこと。炎司もまた、それを自覚していた。
「……問題ない、平熱だ」
「!」
かすれた声とともに、炎司がゆるゆると身体を起こした。
「え、炎司さん……もう起きて平気なん?」
「うむ……すまない、迷惑をかけた」
「チッ、本当だわ。……ダイヤルファイターまでブッ壊されやがって」
「何?」
見開かれた炎司の目の前に、ブルーダイヤルファイターがぶら下げられる。──核となるダイヤル部分が、破損していた。
「ッ、攻撃の余波でやられたか……」
「……死柄木さんから聞いたけど、金色の金庫のヤツやったって、えっと……」
「ステイタス・ゴールド」
「そうそう!ステイタス……えっ?」
振り返れば、怪しい白髪の男が部屋の敷居を跨ぐように壁に寄りかかっていた。面識が無ければ即通報しているところであるが、幸い噂をすればの人間だった。
「
「し、死柄木さん」
「……おいコラ不審者、勝手に上がって来てんじゃねえ」
「一応下で呼んだし。つーか不審者呼ばわりはやめてくんないかなァ爆豪くん、いい加減俺も傷つくんだけど」
いつも通りため息をつくと、弔は珍しく真面目な表情を浮かべた。
「言っとくけどステイタス・ゴールドは、ギャングラーの中でもトップランカーの連中だ。正面切って戦って勝てるような相手じゃない。──それに、金庫も普通じゃ開けられない」
「普通じゃ……って、どうやったら開けられるん?」
「それは──」
「それは?」
「……俺も知りたい」
「ッ!」
目をかっと見開いた勝己に対し、弔は「ごめんごめん」と心にもない謝罪を述べた。
「実際、俺にもわからないんだ。……今回俺が言えることはただひとつ、欲張るなってことかな」
ステイタス・ゴールド──ライモンは飛び抜けて強力なうえ、取り巻きのギャングラーを二体も連れている。ならば一体ずつ引き剥がして本懐を果たす──それが弔の考えだった。
「で、ここからが本題。あのウシバロックとかいうギャングラー、どうも食に煩いらしい」
「は?」
ここまでの緊迫した話との落差があまりに大きいものだから、勝己の目が点になった。
「各地のレストランを襲ってはシェフを拉致してるそうだ」
「何それ……グルメなん?」
「ははっ、烈怒頼雄斗も同じこと言ってたぜ。──独自情報だけど、ウシバロックって奴はどうも料理に一家言あるらしい。腕のあるシェフを捕まえて何かさせようってんじゃないかな、あ、これは俺の憶測ね」
「………」
では何か、料理コンテストでも開こうというのか?愚考だと思って誰も口にはしなかったが、実は当たらずしも遠からずであると彼らは知らない。
それはともかく、
「とはいえ近隣地域のレストランには自粛要請が出てる。ま、従わない店もあるだろーけど現時点で特定はムリだね」
「……じゃあどうすんだよ。アテもなく捜し回れってか?」
焦れたように訊く勝己に、弔は意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「そうは言ってない。──コレ、なんだと思う?」
スマートフォンを掲げてみせる弔。その画面にはマップらしきものが表示されている。というか、マップとしか見えない。
「さっきの戦いのとき、ウシバロックにこっそり発信器をくっつけた。今は自分らの世界に引っ込んでるんだろーけど、こっちに現れれば反応が追える」
「ア゛ァ!?それ先に言えや!!」
「ははっ、ごもっとも」
本当にこの男は!──しかし、おかげで方針が定まったのも事実だった。現れた反応を追う。仮にその場にステイタス・ゴールドがいたとしても、上手くあしらいながらウシバロックのみを袋叩きにする。認めたくないが弔の存在は心強い、四人ならそれで乗り切れると信じられる。
「じゃあ、それまでは待機!……やね!」
努めて陽気に発せられたお茶子の言葉に、捻くれ者ふたりも頷いた。しかし、
「……おまえたちはそうしていてくれ。俺は少し出かけてくる」
「えっ……炎司さん?」
いちばん体力を消耗しているはずの炎司が、ベッドから立ち上がって出かけ仕度を始めている。その表情は相変わらず厳ついが、方針に反対しているようにも見えない。
「出かけるって、こんなときにどこ行く気だよ」
「……少し思うところがある。正直、自分でもそうとしか言えん」
「は?」
露骨に困惑した様子の少年たち。彼らに要らぬ心配をさせるのは本意ではなかったが、炎司自身それ以上説明のしようがなかったのだ。何かが自分を突き動かしている、郷愁とも情熱ともつかない何かが。
ゆえにそれ以上は何も語らず、部屋を出て行こうとする炎司。扉を塞いでいた男は、すっと道を開けてくれた。開けてくれたのだが、炎司を呼び止めた。
「どっか行くなら、ダイヤルファイター貸しといてくれよ。修理しとくから」
「……そういえばエンジニアだと言っていたな、貴様は」
「まァ、黒霧に言わせりゃね」
碧眼が、じっと弔を睨みつける。そのまま漂う沈黙。張り詰めた緊張感が、場を支配していた。
ややあって、彼はふっと息を吐き出した。
「では、頼む」
ブルーダイヤルファイターを手渡すと、炎司はそのまま階下に消えていった。
「……どうしたんだろ、炎司さん。今日お休みだったのと、関係あるんかな……?」
「だァから俺に訊くなや。シゴトんとき役立たずにならなきゃそれで良いわ」
少年たちの揺らいだ声を背景に聞きながら、弔はじっと階段のほうを見つめた。
鋭く澄んだ碧眼、そこには弔に対する不信がありありと浮かんでいた。ただでさえ単独行動に走ろうというときに、ルパンレンジャーのチームワークにこれ以上の動揺を与えたくなかった──だから表明はしなかったのだろう。一対一の場であれば、容赦なく拒絶していたに違いない。
(まァ、良いけどさ)
弔にも思うところはある。しかし大願の前に、すべては些事にすぎない。今は同志なのだ──かつて、恥ずかしげもなく英雄を標榜していた男であろうと。
*
さて、ジュレを飛び出した炎司が向かったのは、またしても轟ゆかりの墓地がある地域だった。とはいえギャングラーと対決したのは墓参りを済ませてからで、少なくとも今はそちらに心残りはなかった。
彼が文字通り門戸を叩いたのは──その後昼食をとろうとしていた、あの蕎麦屋だったのだ。
既に昼と夕刻の狭間の時間帯になってしまっているせいか、店は既に閉まっていたのだが……果たして、店主は中にいた。
「あれ……お客さん。ご無事でしたか」
怪訝そうに戸を開けた店主だったが、炎司の顔を見るなり表情を綻ばせた。無事を心から喜んでくれているのがわかる、当然不快にはならない。
「……緊急事態とはいえ、勘定を済ませないまま飛び出してしまった。申し訳ない」
「あぁ……いえ、お気になさらず。お戻りになると思ってましたから」
「何故?常連でもない、素性も知らない人間だぞ」
それとも、この店主も自分がエンデヴァーを名乗るプロヒーローだったと気づいたか。であれば見込み違いというものだが。
しかし、店主は悠々と否定した。
「話をすればわかります。貴方は無骨で、誇り高い人だ。そういう小狡いことはしないでしょう」
「……言ってくれる」
「ふふ。──そうだ、まだ完食はされてませんでしたね。よろしければまたお作りしますよ」
「では……お願いする。また飛び出していくことになるかもしれんが」
「構いませんよ」──好々爺然と、老人は笑った。
*
「……いただきます」
出されたシンプルなざるそばに、再び箸をつける。山葵を溶かしたつゆに浸した麺を啜れば、途端に芳醇な香りが鼻腔までもを通り抜けた。
(やはり……美味い)
訊きたいこと、話したいことはあった。しかし万が一横槍が入ってしまう可能性を憂慮して、黙ってひたすらに食べ進める。元々お喋りも食事も、楽しむような性格ではないのだが。
麺を啜る音だけが響く静かな時間は、十分ほどで終焉を迎えた。箸を置き、「御馳走様でした」と低い声でつぶやく。
「お口に合ったようで何よりです」
「……うむ。確か、四つのたて……だったか。この蕎麦には、それがすべて揃っていると?」
「ええ。そういえば、最後の四つ目をまだお伝えしていませんでしたね」
"挽きたて、打ちたて、茹でたて"──そこまで聞いたところでギャングラーが現れたので、確かに聞けずじまいになっていた。
「是非、ご教授願いたい」
「もちろんです」と頷いて、店主は口を開いた。
「──"獲れたて"。こればかりは努力では補うことのできない、天の恵みのようなものです」
「獲れたて……」
いや、待て。
「蕎麦の旬の時期は、秋だったと記憶しているが……」
「お客さん、よくご存知ですね」
「……末の息子が好きだったもので。産地に出張した際は、なるべく買って帰るようにしていた」
「そうでしたか。それは息子さん、喜んだでしょう」
炎司は思わず自嘲を浮かべた。確かに喜びはした──蕎麦には。
「……好物を買っていったくらいでは、俺と焦凍の溝は埋まらなかった。当然だ、それだけの仕打ちを続けてきた」
「………」
「言っていたな、息子の人生を踏みにじるようなことはできないと。──俺はそれをやったんだ」
息子だけではない、己のエゴで家族を壊した。不幸にした。快盗に身を堕としたのはその報いですらない。真にそれを被ったのは被害者でしかない燈矢であり、焦凍だ。
店主はただ「そうですか」とだけ応えた。皺に囲まれた瞳に、軽蔑のいろはない。
「……先ほどの疑問の答ですが、これも実は単純なことなんです。──秋だけではないんですよ、新そばって」
「!、何?」
「信州戸隠ではね、夏に収穫できるんです」
──知らなかった、たまたま長野のほうに行くことはなかったから。
「なのでこの季節だけは、そちらから蕎麦を仕入れているんですよ」
「……努力ではどうにもならないと仰っていたが、それでも人事は尽くしているというわけか」
「お客さんには少しでも長い間、四つのたてが揃った蕎麦を楽しんでもらいたいですからね」
炎司の胸に、職人の言葉がすとんと落ちた。真に相手を想うまごころ──自分に、決定的に欠けていたもの。
(ならば、あるいは)
「店主、──ひとつ、頼みがある」
碧眼を滾らせ、炎司は立ち上がった。