爆豪勝己と耳郎響香は、並んで夜道を歩いていた。結局この女性警察官がたってジュレまで送っていくと主張したがために、押し切られてしまったのだ。「ひとりで帰れる」との主張は、やはり権限をもったお節介焼きには通用しない。
せめてもの反抗心からできるだけ早足で、顔を見ないように歩くのだが……それもやはり、無駄な努力で。
「そういえば、さ。爆豪の親御さんって、何してる人?」
「……ンだよ、藪から棒に」
「いや、心配してるだろうなと思って。今日のことに限らずさ……何かと物騒な世の中で、離れて暮らしてるわけでしょ」
「はっ、どーだか。そんなん考えもしねーような親だから、とっとと離れたンかもしれねーだろが」
「そうかな、ウチはそんなことないと思うけど」
「ハァ?」
「ンでそう思う」──立ち止まって訊くと、響香はフッと笑って答えた。
「だって爆豪、意外と育ち良さそうだから」
「!、………」
否定は、しなかった。愛されて育ってきたという自負はある。といってもそれは甘やかされるのとイコールではない。内も外も勝己と瓜二つの母親は厳しかったし、互いに負けん気が強すぎるゆえに数えきれないほど衝突を繰り返してきたことを思い起こす。
追憶を封じて、勝己は唇をゆがめた。
「ンなこと言って、俺がみなしごだったらどーする気だったんだよ」
「あ、それは……」
途端に気まずそうに口ごもる。それが可笑しかった。
「……いーよ、わーっとる。前に調べたんだろ、俺のこと」
「………」
ジュレの三人を、快盗の正体ではないかと疑ったとき──容疑者だった彼らも疑われていることは知っているので、こういう話題になるのもやむをえないことかもしれない。
「あのときは……悪かった」
「はっ、別に気にしちゃいねーよ。アホらしいとは思ったけどな。……あァ、でもそう思うンなら、金輪際説教はしねーで欲しいんだけど」
「……はは」
「その取引には、乗れないな」
そういう答が返ってくることも、想像はついていた。
「ウチね……両親も、音楽関係の仕事やってるんだ」
勝己が黙っているのをいいことに、響香はぽつぽつと過去のことを語りはじめた。
音大に進む以前──まだ子供だった頃。響香の進む未来は、ふたつに分かたれていた。ひとつは、両親と同じ道。もうひとつは──
「ヒーローに、なりたかった」
「………」
そのことにも、驚きはない。ある事件のために音楽をあきらめたからといって、なぜ警察官なのか。ギャングラーに立ち向かえるのは、なぜか。
「ずっと迷ってた。両親の期待に応えたい……もちろん、音楽は好きだよ?だからこそ、さ」
だが、ヒーローになりたい……平和の守り手のひとりとなりたいという想いも、日増しに強まる。でも、あまりそれに向いている個性でもなくて──悩んでは、その繰り返し。
そうして気づけば、進路を決める歳になっていた。そんな、ある日。
友人と下校途中──響香は、暴漢に襲われた。
「襲われたっつっても、ちょっと腕掴まれたのと……個性で反撃したときに、軽く殴られたくらいだけどね」
いずれにしても暴漢は逮捕され、響香は病院へと運ばれた。警察から連絡を受け、直ぐに駆けつけた両親。
──響香!無事で、よかった……!
──おまえに何かあったら、俺たちは……!
「……だから、ヒーローはやめたンか」
「……うん。どっちもなりたいモノなら、親にそんな思いさせないほうがいいんだって……そのときは、そう思った」
結局、音楽は道半ばであきらめざるをえず、危険と隣り合わせの道を選び直すことになったけれど。
「事故のときは親にも辛い思いさせちゃったし、今はヒーローやってる以上に心配かけ通しかもしれない。ギャングラーなんかと戦ってるわけだしね。でも、平和な未来で一緒に……穏やかに暮らせる日が来てほしい。そう思うから、この仕事を続けてる」
「………」
「だから、爆豪もさ──」
「関係ねえんだよ、ンなこと」
「え……」
「誰が心配してるだとかそんなん……俺にはもう、関係ねえ」
それは決然たる決別の言葉だった。両親を忌み嫌っているわけではない、むしろ深い情がそこにはある。
彼が心の底から憎んでいるのは、今日ここに至るまでの過去そのものだ。それゆえに現在も未来も捨てねばならなかった。
だが、そんな真実は響香には見えない。見せるつもりもない。閉じきった心の表層が映すのは、深淵のような無限の暗闇でしかない。
何より彼女らは、表向きにも警察官と少年という隔たった立場でしかなかった。
「──はい、耳郎。……そう、わかった。すぐ合流するよ」
突然かかってきた電話に応じて、響香はため息をついた。
「ギャングラーが逃走したらしい。ウチは捜査に戻るけど、ちゃんとまっすぐ帰りなよ」
「おー」
一抹の不安を覚えつつも、彼女にそれ以上できることはない。
遠ざかっていく背中を見送ると、勝己も踵を返した。響香の言葉を違えるつもりはない。しかしそれは殊勝な理由などではなく、ただ単に有事には死柄木弔から連絡があるだろうと踏んでのことだった。
*
国際警察の捜査網を掻い潜り、ギーウィは根城としている廃工場に戻っていた。そこには仲間……というより悪友のような関係のライモン・ガオルファング、そしてもうひとり客人の姿があって。
「ほれ、釣りはいらんぞ」
札束と、人ひとり仕舞えそうな大きな麻袋を交換する。メキシカンハットの客人は、ニヤリと笑った。
「ハイ。またいつでも、どうぞ」
がり、と氷を噛み砕きながら去っていく。その背姿をよそに、袋の中身を確認するギーウィ。目当てのものが確かに存在するのを認めて、下卑た笑みを漏らす。
「化けの皮、買い替えたのかァ?」
「ああ。例の店、警察どもにバレたんでな」
濁った酒を煽りながら、ライモンはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「そうやって人間に擬態したがるから、あんな奴にカネも情報も集まるんだ。ただでさえ目障りなのによ!」
「キヒヒッ、おまえにとってザミーゴは天敵だものなァ」
「ッ、うるせぇ!!」
ガオォ、と咆哮が響く。ステイタス・ゴールドに恥じぬ迫力であったが、慣れっこのギーウィは「おーこわこわ」と肩をすくめただけだった。
「……そうだ。いいコト思いついたぜ」
「ん?」
「おまえはおまえの仕事進めてろ、クククっ」
悪だくみを抱えつつ、出かけていくライモン。その姿を見送りつつ、ギーウィもまたくつくつと嘲った。
「そろそろ撒いた種が出る頃だな……キヒヒヒッ」
*
──そう、間もなく街は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
人々がなんの前触れもなくその身を蔦に覆われ、モノ言わぬオブジェクトと化す事件が各所で発生したのだ。
その現場のひとつに駆けつけた飯田天哉と死柄木弔は、その光景に絶句していた。
「な、なんなんだこれは……!?」
「………」
救けなければ。まずもってそれが行動原理となるのは天哉の美徳だった。ひとまずは蔦を破壊しようと至近距離から発砲する──当然、身体は傷つけないように配慮して──も、破壊した傍から草葉が生え出てくる。
「くっ、キリがないか……!」
「……おい、あれ」
「!」
弔が指差した先──首元からは、かの草葉を模したペンダントが覗いていた。
「耳郎サンが持ってきたのと、同じヤツだ」
「ムッ、そういえば……!」
ギーウィがナイトクラブで配っていたもの、この現象と無関係であるはずがない。そう睨んだ天哉は、別の現場に向かった仲間に通信を入れた。
「──おう。こっちでも確認したぜ、そのペンダント」
『やはりか……』
──決まりだ。
それからおよそ半刻後には、ラッキーペンダントの情報がマスメディアを通じて大々的に伝えられていた。ペンダントを所持している者は、至急最寄りの警察署に持ち込むよう、画面の向こうでニュースキャスターが繰り返し伝えている。
快盗たちもまた、ジュレにてその模様を見守っていた。
「爆豪くんの勘、当たっちゃった……」
「想像以上の代物だったがな」
「………」
「あのペンダントは、」
「!」
唐突に三人の誰でもない声が響いたものだから、彼らは揃って身構えた。尤もそれは反射的な行動で、声の主のことはよく知っているのだが。
「幸運を使い果たすと、人間を養分として育つ植物を生み出すようです」
「黒霧……」
いつもながらなんの脈絡もなく現れて。勝己が舌打ちするが、気にするふうもなく紅茶を啜っている。
「つまり……放っておけば、命が危ないと」
「!、そんな……なんかないの?黒霧さん!」
縋るようなお茶子の言葉。彼女たち快盗が独自にできることは、残念ながらそう多くはない。黒霧の──あるいは死柄木弔の──情報を頼みにするしかないのは忸怩たるものがあった。思ったところで、現実は変わらないのだが。
「そう仰ると思って、ギーウィがいた店に関係している不動産をリストアップしておきました」
靄が、揺れる。それを視界の端におさめながら、快盗たちは下げ渡された書類をめくった。
*
「そろそろ緑が生い茂ってる頃かな……キヒヒヒッ」
根城としている廃工場にて、ギーウィ・ニューズィーは独りほくそ笑んでいた。ラッキーペンダントを配っておけば、あとは何もしなくとも目的は達せられる。ついでに売却代金で懐も潤っている──大部分はザミーゴへの支払いに消えてしまったが──。一石二鳥、実に良い作戦だとギーウィは自画自賛していた。
それを粉々に打ち砕くように、少年の声が響いた。
「ガーデニングなら自分ちでやってろや。下手くそすぎて目に毒だわ」
「あん?」
振り向いたギーウィが目の当たりにしたのは、ワイヤーを伝って降りてくる人間たちの姿。皆、一様に仮面を装着している。
「ラッキー!一発目で当たり引くなんて、爆豪くんさっすが!」
「ラッキーじゃねえ、必然だっつーの」
今度は快盗か、と、ギーウィは深々ため息をついた。ウシバロックを倒した連中とはいえ、さほど脅威には思っていない。それが透けて見える態度だった。
「人間を植物にするとはな。そんなことをして何になる?」
「キヒヒヒッ!ムダな人間は減るし、支配した世界は緑でいっぱいになる。一挙両得じゃないか」
「……こっちは損しかねぇんだよ!」
「「「──快盗チェンジ!!」」」
ダイヤルを回し……引き金を引く。そうして放たれた光が、快盗スーツとなって勝己を、炎司を、お茶子を包み込む。
そして、
「ルパンレッドォ!!」
「ルパンブルー……!」
「ルパンイエロー!」
──快盗戦隊、ルパンレンジャー。
「予告する。てめェのお宝……いただき殺す!」
今まで決して外したことのない"予告"──
「せっかく化けの皮、買い替えたってのにな。……ポーダマン、遊んでやれ」
未だ事の重大さを理解していない様子のギーウィは、指を軽く鳴らして配下の軍団を召喚した。途端に四方八方から飛び出してきて、敵を取り囲む。見目にはプレッシャーもありそうなものだが、ルパンレンジャーにしてみればもはや見かけ倒しでしかない。
「はっ、──行くぜぇ!!」
三方に分かれ、戦闘を開始する。ポーダマンなど長々相手をするような敵ではない、散開して各個に撃破するのがいちばん速くカタがつく。
実際、ポーダマンらの反応速度ではルパンレンジャーのスピードに追いつくことはできない。その縦横無尽なる三次元挙動に翻弄され、一体、また一体とVSチェンジャーの弾丸を浴びて倒れていく。
「……むう」
はかばかしくない戦況に、ギーウィは苛立たしげに唸った。まあ、ウシバロックを殺った連中だ。ポーダマンだけで処理できるとは思っていないが、消耗もさせられないのでは存在の意味がない。
しかし悪いことは続くもので、次なる招かれざる客人たちがこの戦場に姿を現した。
「動くなッ、国際けいさ……あ?」
快盗に対する、警察──パトレンジャーの面々。ジム・カーターがクラブ周辺の防犯カメラ映像を調査し、ギーウィ人間態が逃走する姿を発見したのである。それで、ここを特定できたわけだが。
「快盗に先行されるとは……」
「ははっ、流石の情報網だ」
心のこもらない拍手を繰り返すパトレンエックスに、パトレンジャーは苦々しげな視線を向けた。彼は自分の目的のためなら堂々と快盗と組む、情報を渡しもする。
とはいえ、目の前の脅威を取り除く──少なくとも、その目的だけは一致している。
「ッ、国際警察の権限において……実力を行使するッ!」
ゆえに四人は、揃って戦場に突入していった。