それぞれの願いをかなえるため、ギャングラーと戦い続ける快盗戦隊ルパンレンジャー。
彼らが表の顔として営んでいる喫茶店"ジュレ"に開店早々姿を現したのは……第二の宿敵となった、"警察戦隊パトレンジャー"の三人だった──
「う……うそ」
思わずつぶやきを漏らすお茶子だったが、相手に聞こえない小声にとどめる程度の理性は残していた。
「……ッ」
むしろ、三人を射殺さんばかりに睨みつけている勝己のほうが危険だ──と、炎司は内心憂えた。警察に気取られるような愚は犯してはいないはずだ、こちらから動いては藪蛇かもしれない。
──炎司の考えが正しかった。
腰に装備したVSチェンジャーに手をかける……と見せかけ、
「三人で」
指を"三"の形にして、そう告げる響香。背後に控える鋭児郎などは、もの珍しそうに店内を見回している。
呆気にとられる少年たちふたりを尻目に、炎司は表面上は積極的に彼らを迎え入れた。
「いらっしゃいませ、こちらのお席へどうぞ」
「ありがとうございます。──ほら、アンタも来な」
「!、ウッス!」
勧められるままに席に座る三人。随分とリラックスした様子である。物々しい雰囲気を感じたのは戦闘直後だからか、あるいは穿ちすぎか。
「ふ~……。今日はお疲れ烈怒頼雄斗、アンタのおかげで助かったよ」
「今日は俺たちの奢りだ。好きなだけ食べてくれたまえ!」
「い、いいんスか?あざす!」
心底嬉しそうに目を輝かせる鋭児郎。ころころと変わる表情はまだまだ少年のようで、見る者に少なくとも悪い印象は与えない……ふつうなら。
「……チッ」
爆豪勝己だけは、苛立たしげな表情を浮かべたままだ。少なくとも鋭児郎に対して好意を抱いている様子は微塵も感じられない……敵だからというだけでなく。
その内心を敏く察しつつ、炎司は勝己の背中を軽く押しやった。腰掛けとはいえ、仕事はきっちりやってもらわねば困る。
店長に促された以上は是非もないと、勝己は渋々進み出た。傍らに持ったメニュー表を、テーブルに――投げつける。
「ほれ、とっとと決めろや」
「なっ……き、キミ、その接客態度はさすがにどうなんだ!?」
お客様は神様だなどと傲慢な思想は持ち合わせていないが、あまりに礼を失した勝己の態度を天哉は看過できなかった。「せめてメニュー表を投げるのはやめたまえ!」というのは、完全なる正論ではなかろうか。
一方の勝己も、「ア゛ァ?」と凄むばかりで悪びれる気配など微塵もない。快盗と気取られていないにもかかわらず、あわや一触即発となりかかるが──
「落ち着きなって、飯田」
「ム……」
意外にも、彼を押しとどめたのは響香だった。苦笑ぎみに天哉と勝己とを見比べつつ、続ける。
「ココ、食いレコのオススメに出てたんだけどさ。男の子のウェイターが無愛想なのが、むしろ味があっていいんだって」
「そ、そういうものなのか……?」
「まあ。……てっきりそういうキャラで売ってるのかと思ったら、ガチみたいだけど」
どう考えても接客業には向いていないタイプなのではないか。端麗ながらどこか猛獣のような雰囲気を纏った容貌が功を奏してか、それすらも一定の集客に繋がっているようだが──天哉はいまいち釈然としない様子である──。
「大変失礼を致しました」炎司が店長として頭を垂れる。「教育不行き届きで、申し訳ございません」
「い、いえ!……あの、人違いでしたら申し訳ないのですが」
「?」
「あなたは、フレイムヒーロー・エンデヴァーでは?」
「!」
響香と鋭児郎がはっと炎司の顔を見上げる。前置きをしつつも、訊いた天哉の表情は確信をうかがわせた。
暫し是とも非とも言わず黙りこくっていた炎司だったが、
「……確かに、かつてはそう呼ばれていた時期もあった」
「!、では、やはり……」
「エンデヴァー……なんで、こんなところに……」
戸惑いがちにつぶやく鋭児郎。エンデヴァーといえば、長らくビルボードチャートのトップクラスに名を刻み続けていたヒーローであり、ギャングラーにも対抗しうる数少ないヒーローのひとりであったのだ。
それが一年前に突如として引退を表明、そのまま家族を残して自宅からも退去し、その後の消息は杳として知れなかった。
「もう引退の身です。いまの私はただの雇われ店長、エンデヴァーではありません」
「しかし……!」
あなたがヒーローを続けていればという思いが、彼らにはあった。本人を目の前にしてはその想いを抑えられない。
炎司としてはなにを言われても構わない、聞き流すつもりでいたのだが……。
「!」
そのために気づいてしまった。さりげなく鋭児郎の横に立った勝己が、腰に提げたVSチェンジャーに手を伸ばそうとしていることに──
「勝己」
「!」
名を呼ばれて、咄嗟に手を引っ込める勝己。内心胸を撫で下ろしつつ、炎司は厨房を指差した。
「調理担当はおまえだろう。そんなところに突っ立ってないで早く準備をせんか」
「……チッ、わーったよ」
食い下がれば不自然に思われると悟ってか、勝己は踵を返して警察戦隊のもとから離れていく。状況を見守っていたお茶子が、密かに「セフセフ……」とつぶやいている。
「あっ、きみ──」
何かに気づいた様子の鋭児郎が勝己を呼び止めようとする。──と同時に、響香の携帯が鳴った。
「はい耳郎。──!、わかりました、直ちに現場へ急行します」
「!」
簡潔なやりとり。十秒と経たずに通話を終えると、響香は同僚たちを見遣った。
「ギャングラーによると思われる事件だ。犯人はもういないらしいけど、現場検証に参加してくれって」
「そうか……!ならばすぐ行こう!」
「えっ、あ、俺は……?」
「アンタも同行させろって!──すいません、また来ます!」
「……ええ、またのご来店をお待ちしております」
迅雷のごとく店を飛び出していく三人。扉が閉まったところで、お茶子がべー、と舌を出した。
「来なくて結構!」
「………」
「にしても……やっぱり関係者にはバレちゃうもんなんやね。エンデヴァーだって」
「ああ……やはり用心するに越したことはなさそうだ」
ゆえにいままでは、極力接客はせず裏で事務作業を行っていたのだ。元プロヒーローという肩書は、快盗稼業にはデメリットのほうが大きい。無論メリットもあるが。
「しかし、一日と経たずにか……。奴らの動きが妙に活発になりつつあるな」
「たまたまやない?」
「それに越したことはないがな」
いずれにせよ、新たなギャングラーが現れたとなれば黒霧がすぐに飛んでくるだろう。外見どおり神出鬼没なのだ、あの男は。
が、それを待てない少年がひとり、この場には存在した。
「!、ちょっ、爆豪くん……どこ行くん?」
「隠密偵察。あのモヤモブにタマ握られてんのは性に合わねえ」
「……小僧」
炎司の静かな呼び掛けを無視し、勝己はさっさと店を出て行った。
「だ、大丈夫なんかな……?偵察はいいと思うけど……」
「………」
「威力偵察になる可能性は、十分に考えられますね」
「!」
自分たち以外誰もいないはずの店内に、紳士然とした声が響く。ふたりは反射的に反応したが、心のうえでは驚愕はなかった。
「……個性なのか知らんが、突然現れるのはやめてもらいたいものだ」
「失礼。ですが、事は急を要しますので」
口ぶりとは裏腹に、優雅にコーヒーを嗜む黒霧。彼が新たなギャングラーの情報を告げに来たことを察しつつ、炎司は己の憂慮を解消することを選択した。
「お茶子、ここはおまえに任せる。今度のギャングラーについて、逃さず聞いておけ」
「えっ……あ、ああ、爆豪くん追っかけるんやね!りょーかい!」
無邪気に敬礼してみせるお茶子。炎司は内心いじらしい気持ちに駆られたが、それ以上は声をかけずにエプロンを外したのだった。
*
ギャングラーの犯行現場である住宅街に急行した鋭児郎たち。予想に反して、そこには大きな破壊の痕などはなかった。
──ただひとつ、真新しい住宅……であったと思われるもの。それが原型をとどめないほどに加工され、異形の彫像と化していることを除けば。
「た、建てて間もない我が家が……!まだ三十年もローンが残ってるのにぃぃぃ……!」
さめざめ泣きながら項垂れるサラリーマン風の男性。その傍らにしゃがみ込み、鋭児郎はそっと肩に手を置いた。捜査においては素人も同然、できることは皆無。こうして被害者に寄り添うことが、この場で自分に与えられた役割だと心した。
一方、プロの捜査官でもある天哉と響香は、彫像を見上げながら頭を働かせていた。
「家を彫像に変えてしまったのか……」
「あの彫像からして、確かにギャングラーっぽいけど。……この家一軒で終わりとは思えないね」
ギャングラーの犯行は総じて派手で規模の大きいものへとエスカレートしていく傾向がある。と、すれば──
「オフィス街など、より大きく目立つ建造物がある場所を重点的に警備すべきかもしれないな……」
天哉がつぶやき、響香がうなずく。──と、そこに鋭児郎も戻ってくる。
「やっぱり、パトレンジャーの出番……スよね?」
「うむ!いま少し付き合わせてしまうが……申し訳ない」
「謝んないでください!もう俺、チームのつもりでやってるんで!」
「……だね!」
にしし、と尖った歯を見せて笑う鋭児郎。人好きするだけでなく、無条件に頼もしさを感じさせてくれる。新米とはいえ、やはり彼はプロヒーローだった。
一方、規制線の外側。大勢の野次馬に紛れて、爆豪勝己もまた現場の様子を観察していた。
ただ、
(チッ……こっからじゃ、なんもわかりゃしねえ)
わかるのは、一戸建てが悪趣味な彫像に変えられてしまったという事実だけ。やはり黒霧の手を借りなければ、快盗として必要な情報は得られないか。
ふと、テープの内側にいるパトレンジャーの面々の姿が目に入る。時折笑みをこぼしつつも、真剣に話し合っている三人。ただ市井の人々を守るのだという、固い信念がこの距離でも見てとれる。そんなことばかり、見えてしまう。
鬱屈とした思いを抱えたまま、勝己は踵を返した。これ以上パトレンジャーの連中を見ていたくないという感情が勝ったのだが……皮肉にもこのとき、彼の背中を捉えた者がいた。
「!、あいつ……」
「どうした、烈怒頼雄斗?」
「あーいや……スンマセン、ちょっと外します!」
一礼すると、鋭児郎もまた規制線を飛び出していく。唐突な行動に天哉たちは首をひねったが、制止まではしなかった。
足早に夜道を歩く勝己。その背に「お~い!!」と威勢良く呼ぶ声が届いたのは、ほどなくしてのことだった。
「ッ!」
嫌な予感に、思わず足が止まった。そのまま全速力で走って逃げなかったことをこれより長らく後悔する羽目になるとは、流石に予期できなかったが。
恐る恐る振り向けば──大型犬よろしく駆け寄ってくるのは案の定、かの赤髪の新米ヒーローで。
「ふー……やっと追いついた。やっぱりさっきの店の子だったんだな」
「……チッ、なんか用?」
多少なりとも猫を被るべきなのかもしれないが、勝己にはどうしてもそれができなかった。苛立ちが、露骨に表れてしまう。
しかし鋭児郎は、不快感を示すこともなく笑顔のままだ。
「いや……奇遇だな、って思ってさ」
「奇遇?」
「だって俺ら、今朝会ってるだろ?」
「!、………」
やはり、気づいていたか。己の容姿が記憶に残りやすいものであることは自覚している、勝己は内心ため息をついた。
「……さぁ?人違いじゃねーの」
それでもそんな返答をするのは、ほとんど意地のようなもの。当然、鋭児郎が真に受けるはずもなく。
「なーんか嫌われちまったなぁ、俺……まあいいけどさ」頭を掻きつつ、「いやな。あの店で会えて、実はちょっとだけほっとしてんだ」
「……ほっとした?」
「ちゃんとまっとうに社会人やってんだなーって。疑ってたわけじゃねえけどさ……なんつーかきみ、15、6にしちゃミョーに厭世的っつーの?なげやりな感じがして」
「……へぇ、慧眼なことで」
皮肉のつもりだったが、予想どおり通用しない。照れくさそうにはにかんでいる姿を見ると、胃の辺りがむかむかして仕方がなかった。
「まっとうに働いてようがなげやりな奴ぁいるし、毎日フラフラ遊び歩いてようがやる気だけはいっちょまえな奴もいるだろ。アンタは満員電車にすし詰めにされてるサラリーマン、いちいち心配してケツ追っかけてんのか?」
「それは……そうだな、悪かった。なんか勝手に舞い上がっちまって」
「は?」
「い、いや、こっちの話!」
申し訳なさそうな笑みを浮かべながらも、これだけ敵愾心を剥き出しにしている自分を忌避しようともしない。馬鹿か、と罵倒が喉から出かかる。
それと同時に──脳裏によぎる、一対の翠。
「……ッ」
「……どうした?」
勝己が思わず息を詰めたことに気づいてか、苦笑が気遣わしげな表情へと変わる。それに対して応えるつもりなどないのは、ルパンレッドとしても民間人・爆豪勝己としても同じことだった。
ただ、
「なぁアンタ、ヒーローなんだよな?」
「お、おう」
「なのに国際警察なんかと一緒にいんのかよ。転職でもすんの?」
「国際警察のほうが割いいもんな」と、嘲るような口調で言い放つ。そんな理由で行動をともにしているわけでないことは、よく知っているけれど。
「いやぁ……成り行きで一時的に組むことになってよ。まぁ近々お役御免になるとは思うけど」
「………」
「ただな、ヒーローも警察も、きみたち市民を守ろうとしてるのは同じだ。その使命が果たせるなら……肩書とか立場とか、そんなん些細なことだと思うんだよな」
「……そうかよ」
詰めた息を吐き出したときだった。
「勝己!」
夜道に響き渡る成熟した男の声。勝己は反射的に振り返り、鋭児郎は「あ」と声をあげた。
月明かりに浮かび上がる大男の姿。その鍛えあげられた身体つきに、濃紺のエプロンが妙に不釣り合いである。見知らぬ相手なら警戒するところだが、鋭児郎の記憶にはきちんと"ジュレの店長で、元トップヒーロー・エンデヴァー"というかの男の肩書が刻み込まれていた。
「営業中だぞ、店を抜け出して何をやっている」
「な、なんだよ仕事終わりとかじゃないのか?よくサボんなぁ……きみ」
「……チッ」
朝のことは事実そうだからやむをえないが、今度のことはできるなら業務の一環だと主張したかった。無論、現実的には不可能なのだが。
「当店の者がご迷惑をおかけしました。こちらで引き取りますから、どうぞ職務にお戻りください」
「い、いやむしろこっちこそ無理矢理引き留めちゃったんで!……なんか変な感じっスね、あのエンデヴァーとこんなふうにお話しするなんて」
「……店でも申し上げましたが、いまはただの雇われ店長ですので」
口調こそ丁寧だが、相手をパーソナルな部分に入り込ませまいとする頑なさは勝己以上だった。なまじ遥か年長者であるから、鋭児郎も引き下がるしかない。
「わかりました、お気をつけて。じゃ、またな──えーと……カツキくん?」
「……気安く呼ぶなや」
苦笑とともに去っていく鋭児郎。その背が遠ざかり、ついには宵闇に消えたところで、炎司は口を開いた。
「流石にサシで手出しするほど愚かではなかったか」
「は?……たりめーだろ」
「店でもそうするのが当然だと思っていたのだがな」
先ほど現れた際に見せた怒りの表情は、理由は別として演技ではなかったらしい。ジュレでVSチェンジャーを盗もうとした勝己の行動は、彼にとっては暴挙に他ならなかったのだ。
「あの場で盗んでバレないわけがない、下手をしたら俺たち全員破滅だ。そんなことも考慮できない人間とは組めない」
「………」
「……何を焦っている、小僧?」
叱責に混じった問いかけに、勝己は血のにじむ勢いで拳を握りしめた。
「焦ってなんかねえッ!!俺は……っ」
「………」
「……アンタこそ、一日でも早く取り戻してぇとは思わねえのかよ。それとも何か、自分に反抗して家出した挙げ句、消えちまったバカ息子のことなんざどうでもよくなったんか?」
「……貴様、」
強面に憤懣を滲ませる炎司。しかしそれを相手にぶつけるより先に、彼の脳裏にはとある少年の顔が過ぎっていた。"左側"の焼け爛れた端正な顔立ち、異なる宝石を埋め込んだかのようなオッドアイが、侮蔑と憎悪を込めて己を睨みつける。
怒りは、いとも容易く萎んだ。
「だとしても俺には責任がある、曲がりなりにもヒーローであった者としての責任がな」
「………」
「必ず取り戻す。そのために……これ以上ひとつとして、過ちを犯すわけにはいかない」
取り戻したい"バカ息子"──きっと彼は、いまの炎司を認めはしないだろうが。
「──帰るぞ。店に黒霧が来ている、明日から行動開始だ」
「……わーった」
新たなギャングラーのもつルパンコレクション──次なる目標を与えられ、勝己はひとまず激情を抑え込んだ。父より年長の仲間を追い抜き足早に歩くのはもう、性癖のようなものだったけれど。
(……デク)
もつれあう感情のままに。
その夜、夢を見た。