液晶のむこうの荒野に、ひとりの青年が立ち尽くしている。テンガロンハットを被り、こちらに背を向けている。
――帰ってくる、
――あの男が、帰ってくる。
『……オレは、漆黒のガンマン』
小柄な体躯とは裏腹の、低く落ち着いた声が響く。同時にばっと振り向いたその顔は、常人のそれではなかった。――まるで、
『すべての悪は、オレが撃つ』
手にした銃が、火を噴いて――
「きたあああっ、セカンドシーズン!!」
今どきの若者らしくスマートフォンで生放送を見ながら、麗日お茶子が上ずった声を発した。画面の中にいるカラスに似た顔の青年、ただ今彼がお茶子の感情を占めているのだった。
「っせーな、何はしゃいでンだよ丸顔」
そんな彼女を例によって冷たく罵るのは、同僚・同志……単一の言葉では表しにくい関係の同い年の少年、爆豪勝己であった。喫茶店の仕事がきょうは暇であるせいか、彼は彼でカウンターに肘をついてだらけている。
「だって"漆黒のガンマン"、二期の放送が決まったんだよ!?こんなんはしゃがないわけないやん!」
ほら!と画面を見せられる。あまりに特徴的な容姿の主演俳優、世事に疎い勝己にも見覚えがあった。
「は〜、やっぱカッコいいわぁ……常闇くん」
「常闇?」
「常闇踏陰くん!2.5次元ミュージカルから映画、果てはコント番組まで幅広〜く活躍してる今をときめく若手俳優だよ。普段からちょっと古風なしゃべり方で、それがまたカッコいいの!陰で"遅れてきた厨ニ病"なんてあだ名もあるくらい!」
「……それ、百パー褒め言葉じゃねえだろ」
まあ、そういう尖ったキャラクター性をウリにしているというのは勝己として厭うところではない。結局、無関心の域は出ないが。
「ま、どこにでもいるようなイケメン(笑)じゃねーのは良いかもな」
「でしょー?で、彼、個性が"
お茶子が熱弁を振るっていると、からんころんとドアベルが鳴った。ここが喫茶店であることを思い出し、揃って立ち上がる。
「……ンだよ、あんたらか」
思わず舌打ちする勝己。曲がりなりにも相手は客である。客なのだが、そういう様式美が出来上がっている相手で。
「どーも。三名いける……よね?」
「あー、見ての通り開店休業中なんで。そっちもヒマそうだな、おまわりサン?」
「ひっヒマではないぞ!?今は昼休憩の時間で、それ以外の時間はきちんと通常業務をだな……」
「マジメに反論しなくていいから……。そういや、店長さんは?」
「この通りヒマだから、奥で書類仕事してます。あ、お席にどうぞ〜!」
席に案内される三人。そこでようやく勝己たちは気づいた――約一名、やけに浮ついた表情を浮かべていることに。
「……で、クソ髪は良いことでもあったンか?」
「あ、わかる?」
「殺すぞ」
「なんで!?」
天哉が「殺すとはなんだ」とかなんとか喚いているのをひとまず抑えて、響香がその理由を説明した。
「前に出た映画のスタッフさんがね、ウチらのこといたく気に入ったらしくて。その縁でドラマにカメオ出演することになったんだ」
「かめお……?」
ふたりの脳裏に、小太り眼鏡の男の姿がほわんほわんと浮かぶ。それを打ち消すように、天哉が説明した。
「いわゆる友情出演のようなものさ。有名人がちらっと通りすがるとか、ドラマ等で見たことはないかい?」
「あー。ところで、何に出るんですか?」
「へへっ、聞いて驚くなよ〜」
かちゃかちゃとスマートフォンを操作する鋭児郎。ヒーローらしく体格は良いとはいえ、元々そこそこの童顔である。はしゃいでいるととても年長者には見えないと勝己は思った。彼流の言葉に直せば、ガキかよ、と。
「じゃじゃーん、これ!」
画面を見せられて、お茶子は「あっ!」と声をあげた。何しろ、
「漆黒のガンマンだ……!」
「お、麗日知ってんだ?」
「もちろんですよ〜!カッコいいよねぇ、常闇くん」
「だよなだよな!常闇踏陰……俺とそんな歳変わんねえのに、渋くて漢らしいぜ……!」
「……渋いか、これ?」
呆れたようにつぶやく響香と視線が合い、勝己は肩をすくめた。パトレンジャーの中では比較的シニカルなものの見方もできる彼女とは、考えが一致することもある。とはいえ勝己の感性としても、常闇踏陰の雰囲気は嫌いなものではないが。
「撮影、いつなんですか?」
「今週末!……あ、一応言っとくけど連れてってはやれねーんだ。ごめんな」
「ええー、けち!」
「すまないが堪えてくれ麗日くん、爆豪くん!」
「俺ぁ行きてーなんて言ってねえわコラ」
こんなやりとりをしていたものだから、来客を察した炎司が奥から出てくるまで注文を取るのも忘れていたのだった。
*
ギャングラーの首魁、ドグラニオ・ヤーブンの屋敷に嵐が訪っていた。
「コケェェェェ!!いいからッ快盗と警察の情報をアテクシによこすザマス!!」
物凄い剣幕でデストラ・マッジョに詰め寄る鶏のようなギャングラー。先日倒されたピョードルに似た姿をしているが、その耳障りな甲高い声を鑑みるに彼女と呼ぶべき存在のようだった。
「お、落ち着けブロイル・オバタリア。ドグラニオ様の前だぞ……!」
「これが落ち着いていられるわけないザマス!ピョードルの仇討ちをするザマス!」
「だから……」
珍しくたじろいでいるデストラ。そんな彼を見て愉快に思ったか、彼らの親分はくつくつと笑い声をあげた。
「面白いじゃないか、デストラ。知ってる限りのことは教えてやれ」
「……はっ。とりあえずこっちに来い、ブロイル」
「コケーココッ」
デストラに連れられ退出していくブロイルを見遣りながら、ゴーシュ・ル・メドゥがため息をついた。
「はあ、とんだモンスターペアレントですこと」
「デストラを圧倒するとはな。母は強しというヤツかな、ははは」
そういうドグラニオも内心はブロイルが去ってくれてほっとしているのだが、それは誰も知る必要のないことであった。
*
「来たぜウエスタン村〜!」
西部劇の舞台がごとき地に、切島鋭児郎の歓声が響き渡った。
ここウエスタン村は、西部開拓時代のアメリカを再現したテーマパークである。建築物はもちろんのこと、勤務するスタッフもすべて当時の人々を模した服装に身を包み行きかっている。某夢の国のようにアトラクションがあるわけではないので些か地味ではあるが。
そしてここが、"漆黒のガンマン"のロケ地であることは言うまでもあるまい。
「いよいよ撮影か……。以前のような拙い演技をするわけにはいかない、気合を入れて臨もう!」
「はは……飯田、演技教室通ったんだっけ?」
「うむ!」
胸を張る天哉。そもそもカメオ出演なので、台詞があるわけでもないのだが……この前の古武術?といい、実は稽古事が好きなだけなのではないかと響香は勘ぐった。
「は〜、ナマの常闇踏陰見られるなんてなぁ。しゃべれっかな〜……」
鋭児郎はひたすらそれを楽しみにしているようだった。あわよくばサインを、なんて考えてしまう。どちらかというとあんたはサイン書く側なんじゃないかと、やはり心中でツッコミを入れる響香。きょうの彼女は職務とはなんら関係ないところで忙殺されそうだった。
*
ウエスタン村には、彼らのほかにとんでもない珍客も潜入していた。
イエローのアイマスクに、黒を基調としたドレスの少女。その後ろに、赤い燕尾服とマスクの少年が続く。──なにを隠そう、世間を騒がす快盗(うち3分の2)である。
ギャングラーから秘宝を奪うことが主是の彼女らがこんなところに何をしに来たかというと、
「常闇くんに会っちゃうぞ〜、きゃ〜♪」
「………」
快盗ルパンイエローこと麗日お茶子、どうしようもなくミーハーであった。ならば同行している少年はというと、ただただ呆れた表情を浮かべていて。
「死んどけ、マジで」
「はあ……そうやってすぐ汚い言葉使う。少しは常闇くん見習ってよね」
「………」こめかみを押さえつつ、「……でしたら言わせていただきますけどなぜ快盗になる必要があったんでしょうか必要ないですよねクソオヤジとモヤモブになに言われるかわかったもんじゃないですよ俺まで巻き込みやがってくたばれ丸顔」
「うわ敬語こわっ!?結局貫徹できてないし……」
怯えた様子のお茶子は、「だって……」と人差し指を合わせた。
「フツーに来ても入れないし。侵入するならやっぱこれでしょ!」
「ボケナス。あと俺を巻き込む理由になってねえ」
「ひとりじゃ寂しいし!あとほら、ギャングラー出るかもしれないし!」
「……ハァ」
もう罵倒するエネルギーも尽きたのか、勝己はため息をついただけだった。
とはいえ、お茶子はお茶子なりに勝己のことを慮っていた。彼は簡単に感情を爆発させてしまうようで、その実ほんとうに深刻な苦悩は抱え込んでしまう傾向にある。ゆえに蓄積しているであろう鬱屈を、少しでも和らげることができればと思ったのだ。有り体に言ってしまえば、気晴らし。
無論、常闇踏陰に会うことが第一義ではある。というわけで、快盗たちは屋根から屋根を伝い、現場を捜した。そして、
「あ、おった!おったよ爆豪くん!」
お茶子が指差した先、眼下に、目的の人物の姿があった。成人男性としては小柄で細身、それだけなら今どきの若者だが首から上は鳥類そのものである。漆黒の頭部、後ろ髪が跳ねているのはまさか寝癖ではあるまい。というか、毛髪というより羽毛の類にも見える。
そして漆黒の中で唯一あかるく光る嘴からは、低く落ち着いた声色が発せられていた。撮影スタッフと何やら意見をかわしているらしい。
「見てよほら、あの真剣な眼差し!カッコいいわ〜ほんまモンやわ〜……」
「………」
もう言葉もない勝己だったが、少なからず常人とは異なる雰囲気を感じたのも事実だった。矜持と意志をもって生きている人間特有のオーラとでも言うのだろうか。身近な人間の大多数を"モブ"と切って捨ててしまいがちな勝己だが、彼はその例外にあたるだろう。
まあ、俳優であるからには最も重要なのは演技力だ。せいぜいその実力を見せてもらおう。図らずもお茶子の意図に乗ってこの場を楽しむことに決めた勝己だったが、さっそく水を差す連中が視界に入ってきた。
「あっ、あれ飯田さんたち……?」
「……チッ」
能天気にひょこひょこ歩いてきた警察一同を見て、たまらず舌打ちがこぼれる。当然ながらここは戦場ではないので、彼らは武器ももたず西部劇ルックの衣裳に身を包んでいる。また性転換でもされちまえばいいのにと、以前のことを思い出しつつ勝己は毒づいた。
一方、憧れの若手俳優と対面した鋭児郎は緊張と興奮のあまり顔を真っ赤にしていた。
「きききっ切島鋭児郎デスっ!常闇さんと一緒にお仕事できて嬉しいっす!きょうはよろしくオナシャスっ!」
(飯田みたい)──ふと思ったことを響香は内心にとどめた。当の天哉は「硬いぞ切島くん!」などと自分を棚に上げて笑っている。まあ彼の場合は緊張云々と関係なくスタンダードがそうなのだが。
対する常闇踏陰は、相変わらず落ち着いた語り口で応じてくれた。
「常闇踏陰です。これは"
『宜シクナ!』
踏陰青年の背後からぬっと影が伸びる。そういう個性の持ち主であるとは事前にリサーチ済みだったが、別個に言葉を発する姿はなかなかに衝撃的だった。肉体と別に意思をもっている個性、古来稀なものには違いない。
鋭児郎たちが感心していると、踏陰は小さく一礼して踵を返してしまった。ともすれば無愛想にも思われる振る舞いだが、
『踏陰ハ今集中シテルンダ、アトデユックリ話ソウゼ!』
すかさずフォローを入れる黒影は、ただ意思があるだけでなく彼のよき相棒のようだった。
「そういやSNSで見たけど、あの子にも結構なファンがついてるらしいよ。演技力もご主人に負けず劣らずだって」
「演技もできるのか!大したものだな、ほんとうに」
踏陰のファンである鋭児郎は、無論そのことも知っていた。──同じくファンである、彼女も。
「常闇くんと黒影ちゃん、去年ベストパートナー賞もらってるんだよ。人間と個性の組み合わせは史上初なんだって!」
「そりゃそうだろ」
どこぞのクソナードがひけらかしそうな豆知識など知りたくもない。それより早く撮影が始まらないだろうかと勝己は思った。この前の撮影所のときはギャングラーが標的だったのでそんな余裕はなかったが、きょうは恰好はともかくプライベートなのだ。なんだかんだ、彼もドラマの裏側には興味があった。
しかしそれも、建造物の陰から撮影現場を覗き見やる影を目撃するまでのことだった。
「!、……おい丸顔」
「えっ?──きゃ!?」
いきなり腕を引っ張られ、夢中になっていたお茶子は短い悲鳴をあげた。
「来いや」
「ちょ、何……なんなのお!?」
人知れずウエスタン村に降り立ったのは鶏に似た異形の女──ギャングラー構成員のひとり、ブロイルだった。
「コケーココココッ。警察のあんちきしょうども、すっかり油断しているザマス。アテクシの力で一網打尽にしてやるザマス」
そう、彼女の目的はパトレンジャーへの攻撃だった。とはいえかつてブンドルト・ペギーがやったように国際警察の庁舎に侵入するというのはリスキーである。前例がある以上対策もされているだろうし、たどり着くまでに戦闘配備が完了するに決まっている。襲うなら、気を抜いているとき。しかも三人揃っている今は、このうえない好機だった。
「さあいくザマス──」
「いくなやバケモン」
「!?」
──彼らに見つかってしまったことが、彼女の不運だった。
「あ、あんた方は快盗!?なぜここに……」
「そりゃこっちの台詞だよもう!嘘から出た真になるなんて……」
「はっ、好都合だわ。──構えろ丸顔ォ!」
事ここに至っては、戦う以外にとるべき道はない。ふたりはともにVSチェンジャーを構えた。
「「快盗チェンジ!!」」
『レッド!──0・1・0!』
『イエロー!──1・1・6!』
『マスカレイズ!快盗チェンジ!』
そして、快盗スーツが装着される。
「予告する。てめェのお宝、いただき殺ォす!!」
「上等ザマスっ、かかってくるザマス!」
ウエスタン村の一角で、西部劇も顔負けの死闘が始まった。