漂いはじめた戦塵は、撮影現場には届いていなかった。
ところは当時の酒場を再現した建物。内部では鋭児郎たちを含めたカウボーイたち、そしてカメラに映らぬ位置に大勢のスタッフがカチンコが下りるのを待っている。
その中にあって、鋭児郎は珍しく拗ねたような表情を浮かべていた。憧れの常闇踏陰に絡める芝居をするにもかかわらず、唇を尖らせている理由はひとつ。
「いいな〜、飯田だけセリフ貰えるなんて……」
そう、カメオ出演ということで当初は後ろのほうに佇んでいるだけの予定だったのだが。天哉の何かが監督の琴線に触れたのか、ひと言だが台詞を喋らせてもらえることになったのだ。
「でも飯田、悪役の演技なんてできんの?」
この委員長気質の真面目男が……と、心配して訊く響香。しかし、
「げへへへ、たりめーだろうがぁ」
「!?」
天哉は、下卑た笑い声をあげた。眼鏡をかけていないだけあって、ほんとうに悪人そのものの表情である。
「今のオレはぁぁ、至極悪いぞぉおお……!」
「め、めちゃくちゃ堂に入ってる……!」
「殻破ると化けるタイプだったか……」
監督はこれを見抜いて天哉を起用したのだろうか。だとしたら自分も期待されている以上の演技をしなければと、鋭児郎は競争心を燃やした。
──そして、演技開始。
シーンは街を訪れたばかりの常闇演じるガンマン"ツクヨミ"が、酒場に入ってくるところからだった。
「ホットミルク、ストレート」
カウンターに腰掛け、店主に注文するツクヨミ。彼は劇中で一切酒を呑まないのだ。
それを聞いて嘲り混じりに絡んでくる三下がいるというのが、定番の流れで。
「おい坊や、てめェ余所モンか?ココは酒を呑む場所だ、家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」
「………」
「てめええアニキのありがたい言葉無視してんじゃねええ。アニキ、こいつやっちゃいやしょう!」これが天哉の台詞である。
ともかく一応は形になったひと言により、場は一気にバトルシーンへとなだれ込んでいく。このあとツクヨミが雑魚をちぎっては投げちぎっては投げ──鋭児郎たちの出番はここまでである──、最後にボスとの早撃ち対決……というのが台本上の流れなのだが。
『──踏陰危ナイ!』
「何っ?」
唐突に黒影が声をあげる。アドリブと監督が判断したためにカットはかからなかったのだが、彼の相棒的存在である踏陰だけは、その切迫した様子に気づいた。
ゆえにその場から咄嗟に離れたことが、彼自身の身を守った。
傍らの壁が粉々に吹っ飛び、人のかたちをした何かがふたつ飛び込んでくる。次いで、異形の怪物が。
「コケーココココッ、その程度ザマスか快盗どもォ!」
「いっぺん吹っ飛ばしたくれぇでチョーシノってんじゃねーぞニワトリババア!!」
「まだピッチピチザマス!!」
ギャグのような言葉を応酬しつつ、その実激戦を繰り広げるルパンレンジャーとギャングラー。慌てて距離をとりつつも、監督は恐怖に至らない当惑した表情を浮かべている。
「おい、誰だ快盗とギャングラーの着ぐるみ勝手に使ってんの?」
がくっ。
「違いますよ監督っ、あれホンモノっすホンモノ!」
「え、ホンモノ?」
「そうですっ、とりあえず下がっててください!」
「大事な撮影を邪魔しやがって!」──怒りと闘志を燃やして戦いに臨もうとする三人。腰のVSチェンジャーに手を伸ばそうとして……空振った。
「あ、あれっ?」
「しまった……!パトカーの中だ!」
撮影所の中に持ち込むわけにいかず、置いてきてしまった。これでは戦えない!
「こうなったら〜〜!あんた方にも子を思う親の気持ちっ、わからせてやるザマス!」
言うが早いか、ブロイルは頭部のトサカから怪光線を放った。いかにも禍々しく光るそれを、快盗たちが避けないわけもない。素早く身を翻した彼らだが、それゆえに予期せぬ事態が起こった。
小道具として置かれていた鏡に光が反射し、跳ね返ったのだ。その先にいたのは、
「ぐああああっ!?」
「!?」
他でもない、この場では誰より重要な存在である常闇踏陰だった。この事態に動揺したのは、スタッフや鋭児郎たちだけではない。
「あ……常闇くん!?」
彼のファンでもあるルパンイエローが、思わずその動きを止める。そこに隙あり、とブロイルが襲いかかるが、すかさずルパンレッドが割って入った。──そして、力いっぱい殴り飛ばす。
「コケェッ!?」
「チッ、気ィ散らしてんじゃねえぞ!!」
「だけど……!」
揉めていても快盗たちには隙がない──そう判断したのか、ブロイルは仕切り直しを決めた。亡き息子ピョードルと同じ胴体にある金庫を光らせると、背中に孔雀の羽のようなかたちのオーラが浮かび上がる。そして、
「我が息子ピョードルの仇討ちはまたの機会ザマス、ごきげんよう!」
「……!」
突入してきた際にできた大穴から、飛び上がって逃走を図った。
「ちょっ、ニワトリが飛ぶな!」
「………」
「……レッド?何してるの、追いかけないと!」
その言葉にようやく我に返った様子のレッドだったが、既にブロイルは空の彼方に消えている。ここに留まる理由はないが、飛び出していくのは追跡のためではなくなりそうだった。
一方、戦闘に参加できなかった国際警察の面々は、救助に移行することで失態を挽回するほかなく。
「常闇さんっ、大丈夫っスか!?」
スタッフの無事を確認しつつも、倒れ込んでいる踏陰のもとへと駆け寄っていく。ブロイルが放った怪光線を、よりにもよって彼が浴びてしまったのだ。最悪の想像が、脳裏をよぎる。
「問題ない……が、う゛う……頭が重い……」
「──!?」
しかし彼らが目の当たりにしたのは、予想だにしない光景だった。
『踏陰!?踏陰ノ頭ガァ!!』
「……頭?」
恐る恐る頭上に手を伸ばす。──がさり。木の幹に触れたような、荒い感触が伝わってくる。当然ながら彼自身の毛髪ではない。
恐る恐る鏡に目をやった踏陰は、刹那、飛び上がらんばかりに驚愕した。
頭に、鳥の巣のような物体がくっついているのだ。そこからぴよぴよ、ぴよぴよと雛の声。
「な……う……」
「産まれてる──ッ!!?」
*
警察戦隊に配備された事務用ロボット、ジム・カーターからパトレンジャーに連絡が入ったのは、調査を依頼してからおよそ三十分後のことだった。
『同様の被害についての記録が、直近半年間で五件報告されていることがわかりました!』
「半年で……五件?」
多いとも少ないとも言い切れない、微妙な数字である。
「ま、少なくともやる気のあるギャングラーってわけじゃなさそうだね」
「問題はその後の被害者の状況と解除方法だ!ジム、教えてくれ」
『了解です!』
ジム・カーター曰く。──そのヒヨコは生物学的には正真正銘ただのヒヨコなのだが、鳥の巣を通じて寄生した人間と生命エネルギーを共有する。つまり、その生命活動がリンクするようになる。
つまり、
『なんらかの要因でヒヨコが死んでしまったら、寄生された人間のほうも死んでしまうようなんです……!』
「な……なんだよ、それ……!?」
カラス頭の青年がヒヨコを乗せているという妙に牧歌的な光景が、一歩間違えれば屍の群れとなり果てるかもしれない。その可能性を思い知って、鋭児郎たちはぞっとした。
問題は、それを知った踏陰青年がどんな反応を示すかだ。生命にかかわる以上、伝えておかないわけにはいかない。
通信を終えたパトレンジャーの面々がロケ隊のもとに戻ると、当の若手俳優はじっと目を瞑って階段に腰掛けていた。頭上で愛らしく蠢く黄色い球体たちには、彼の個性が盛んに声をかけている。
『ヨシヨシ、カワイイゾオ前タチ〜♪』
「……あまり構うな、黒影」
「──そういうわけにはいかないんですよ」
響香の声に、踏陰は初めて目を開けた。吊り上がった赤い双眸は、カラスというよりむしろ鷹のように鋭い。
彼に可能な限り動揺を与えないよう、パトレンジャーの中では落ち着いている響香が状況を説明する。果たして。
「そうか、承知した」
「……え?」
──それだけ?
『タッタタタッ大変ジャナイカ!ドウスレバ解除デキルンダ!?』
態度を一片も変えない踏陰の代わりに、黒影が喚いている。まるで当事者が逆転したかのようだと、鋭児郎たちは思った。
「ギャングラーの性質を鑑みれば、倒せば自然消滅すると思われます。ただ……そのヒヨコたち、非常に脆い。些細な衝撃等で死亡してしまう可能性があります」
「一羽でも死ねば……」
「アウト……っス」
重苦しい空気が漂う。これまで落ち着いていた踏陰も流石に言葉を失っている……かと思いきや、不意に立ち上がった。
「監督、撮影を再開しましょう」
「!?」
その言葉にこそ、一同言葉を失わせられた。
「衝撃を与えなければいいんだろう。動きのないシーンなら問題ないはずだ」
「そういう問題じゃ……」
「そーだよ踏陰くん!」監督も同調する。「だいたい、ガンマンがヒヨコ連れなんてカッコがつかないよぉ!」
「シーズンの間に子供が生まれたことにでもすれば良い」
「!!?」
唖然としているパトレンジャーの面々を、踏陰はじろりと見据えた。
「個々人のアクシデントのひとつやふたつ、乗り越えて職責を果たすのがプロだ。──あなた方も、そうだろう」
「……!」
そう言うと、踏陰は台本を手にスタッフたちの輪に戻っていった。彼の背後では黒影が『カッコイイゼ踏陰!』と称賛の言葉を吐き出している。
そして、彼も。
「……やっぱり、漢らしいぜ……」
頭では止めたほうが良いとわかっていながら、鋭児郎もまた、その背中に惚れ惚れとしてしまっているのだった。
*
一方、案の定ブロイルを見失って撤退した快盗二名は、そのまま根城に舞い戻っていた。
そこに待ち構えていたのは、いかめしい面構えをした元トップヒーローで。
「……それで、ふたり揃って無駄に快盗姿で出かけた結果、ギャングラーに遭遇したと」
「……俺ァ反対したわ」
「反対しても、結局ついてっちゃったんだろぉ?」
そう言ってくつくつと嘲う死柄木弔を、勝己はぎろりと睨みつけた。「なんでてめェがここにいんだ」という気持ちも込めて。
「ヒマしてたから、中年からかいに来た」
それを察してか、こんなことを言い放つ。そのせいで炎司の機嫌はいつも以上に悪いのだ。少年たちからすればいい迷惑だった。
「まあほら、結果オーライってことで……。それより死柄木さん、国際警察の情報網でギャングラー見つけ出せない?あいつ、ニワトリのくせに飛べるみたいで……どこ行ったかわかんなくなっちゃった……」
飛翔する際に金庫が光っていたから、ルパンコレクションを所持していることは間違いない。なんとしても捕捉しなければ、警察に先を越される前に。
だが、その警察の一員でもある弔はあっけらかんとしていた。
「そんなの、考えるまでもないだろ」
「え?」
「そいつ、ピョードル……中年のお師匠サマの仇っつってたんだろ?で、警察のいるウエスタン村に侵入してた。つまり──」
「……連中があそこにいる限り、ヤツはまた戻ってくるっつーわけか」
「ハイ、正解。リップクリームをあげよう」
「要らんわ、気色悪ィ」
「新品だし」
どうでもいいくだりは置いておくとして。
「じゃあ、次は私たち全員で出動!ってわけやね!」
「ははっ。こりゃまた、楽しい遠足になりそうだ」
「……馬鹿なことを。引率はせんぞ」
今度こそ快盗として、ウエスタン村へ。動き出す渦中にあって、勝己の様子がどこかおかしいことにお茶子は気づいた。いや、最初から気づいていたのだ──ブロイルが「息子の仇討ち」と公言した、そのときから。
(………)
だがそのことについて、勝己が詳らかにすることはありえないだろう。ならば気づかないふりをすべきなのだ、快盗なら。まして、勝己は他人に心配されることを軽侮と捉えるような男なのだから。
頭ではわかっていながら喉元まで出かかる気遣いの言葉を、お茶子は懸命に飲み下した。
*
結局ヒヨコたちのことはあとあと編集でなんとかすると決まり、撮影が再開された。
ピヨピヨと囀る幼子たちを頭上に、クールな演技を続ける踏陰。彼自身の要因によってはNGが出ることもなく、撮影はとんとん拍子に進んでいた。
「やっぱスゲーな、常闇さん……。俺なら絶対集中できねえ」
感心しきりの様子でつぶやく鋭児郎。「たしかに」と頷く仲間たち。──ギャングラーが現れ被害も出たというのに、パトレンジャーが呑気に撮影を見学していて良いのか?
要するに、彼らもまた快盗たちと同じ結論に至っていたのだ。ピョードルの仇討ちを公言してこの場にやってきたブロイルだ、再び現れることが十分考えられる。万が一入れ違いになってしまったら……そうならばいっそ、ずっとここに留まることを選んだわけだ。
「……見学続ける恰好の言い訳な気もするけどね」
「何か言ったか、耳郎くん?」
「いや、別に」
そうこうしているうちに所定のシーンを撮り終えたのだろう、監督から休憩の指示が出た。スタッフやエキストラが散り散りになっていく中で、踏陰はすっと独り去っていく。静寂と孤独を愛するという彼のプロフィールは、現場においても実践されているらしかった。
ただ、彼は頭上に生命そのものであるヒヨコを乗せている。目を離すのは不安だということもあって、鋭児郎が彼のあとを追った。
──ただ、彼は鋭児郎たちが思っている以上に機敏だった。
「あ、あれ……?常闇さん、どこ行っちまったんだ……?」
気づけば鋭児郎は、踏陰を見失ってしまっていた。周囲を見渡すが、その姿は見当たらない。立ち尽くす彼の身体に、巻き上げられた砂塵が吹きつける。
彼はどこへ行ってしまったのだろうか。こんなところで独りになって、どうするつもりなのか。自分とはおそらく思考回路の異なる人間──容易く、その心を読むことなどできない。とある少年とのかかわりから、嫌というほど学んだこと。
それでも根気強く捜索を続けていたらば、どこからかピヨピヨと囀りが聞こえてきた。
「!」
いた!──ヒヨコの声が聞こえる路地裏を、鋭児郎は覗き込んだ。
そして、言葉を失った。
「ああ、可愛いなあおまえたち……」
『踏陰〜……甘ヤカシ過ギダゾ?』
「だって!可愛いじゃないか!!」
ヒヨコたちを手に乗せ、すっかり弛緩した表情を浮かべている踏陰青年。その背後から黒影が窘める──逆ではないのかと、鋭児郎は己の目を疑った。
だが何度目をこすっても、踏陰はこれでもかとヒヨコたちを甘やかしている。およそ信じがたい光景を食い入るように見つめていると、呆れぎみの黒影と不意に目があった。
(あ、)
『ア』
闇のオーラでできているような怪鳥が、自分と同じくあんぐり口を開けている。
「んん?どうした〜おまえ、お腹が空いたのか?俺のエネルギーを食べていいぞぉ……」
『オイ踏陰!踏陰!?』
「……うるさいぞ黒影、ピヨちゃん3号がお腹を空かせてピヨピヨ鳴いているんだ」
『バカ、見ラレテルッテ!』
「え?」
明確に指摘されて、踏陰は初めて顔を上げた。──そこでようやく、鋭児郎の存在に気づいて。
「……!?」
「あ……ど、どうもっス」
事ここに至っては是非もないと、鋭児郎はその身を晒した。踏陰は目を真ん丸にして、嘴をぱくぱくと開閉している。掌の中では、ヒヨコたちが無邪気に囀りを続けている。
「こ……こ……」
「こ?」
「殺してくれぇえええええええ!!!」
それは、役柄でさえありえないような絶叫だった。