【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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かっちゃん曇らせ後編



#30 SPLASH 1/3

 

 警察戦隊のタクティクス・ルーム。管理官にサポートロボット、そして隊員たちがいるいつもの光景。

 

 その中にあって隊員のひとり・切島鋭児郎は、何がしかの書類にサインを行っている最中だった。

 

「っし、これでいいかな」

 

 するりと署名を終えると、ジム・カーターがスマートフォンを渡してくる。『壊したら弁償ですからね』との注意つきで。

 

「では切島くん。よろしく頼む」

「何かあればすぐ連絡したまえ!」

「……ま、頑張って」

 

 三者三様の励ましの言葉に、サムズアップで応える鋭児郎。しかしその笑顔も、もうひとりの隊員……もとい客分が現れた途端にぎこちないものへと変わった。

 

「オハヨウゴザイマース。……って、何?切島くん、どうかした?」

「ぬおっ、し、死柄木くん!?いや何かあるというわけでは……」

「ゴホン!……有休とったんだよ、切島」

「そ、そうそう!たまには一人旅もいーかなーと思って……」

「こういう仕事だからこそ、ときにはリフレッシュも必要だからな。きみもたまには休んだらどうだ?」

 

 塚内管理官の"提案"を笑って受け流す弔。しかしその緋色の双眸は、鋭く何かを察知していたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 翌日、鋭児郎は北関東にある有名温泉郷、その最寄り駅に降り立っていた。

 

「ん〜ッ、空気が美味ぇ!」

 

 そう声をあげて、ぐう、と伸びをする。もとより標高が高い場所であり、きょうは天気も抜群に良い。爽やかな秋の気候と相まって、絶好の行楽日和だと感じていた。

 

「……っとと、いけねえ」

 

 表情を引き締め直して、スマートフォンを取り出す。通話アプリを開き、「到着した」と送ると、すぐさま返信があった。

 

──了解した。では予定通り16時に。場所は改めて連絡する。

 

「………」

 

 現在時刻を確認しつつ、息をつく。まだ時間はあるが、先のことを考えるばかりで何も予定を立てていなかったのだ。

 

(どうっすかな……)

 

 立ち止まって悩んでいたらば、

 

「──ボーッと突っ立ってんじゃねえよ、邪魔だ」

「!?、あ、スミマセ……」

 

 反射的に振り返って……ぎょっとした。

 

「な……ば、バクゴー!?」

「おー」

 

 ニヤリと笑う顔見知りの少年──爆豪勝己。奇しくも自分と同じく、小さなボストンバッグを小脇に抱えている。

 

「な、なんでここに?」

「ふと温泉行きたくなった。そっちは?」

「ああ……俺もそんなとこ、だけど……」

 

 ごにょごにょと応じると、勝己は今まで聞いたことがないような明るい声を発した。

 

「へえー!じゃあさ、一緒に回ろうぜ!旅行は、同行者がいてなんぼだろ?」

「え!?い、いやでもなぁ……」

「……ンだよ、俺と回るのイヤなんか?」

「!」

 

 眉をハの字にして見つめてくるという、これまたレアにも程がある表情。鋭児郎は思わず言葉に詰まった。イヤなわけがない。ないのだが……。

 

 困り顔の鋭児郎の肩に親しく腕を回しながら……勝己は密かに、笑みを悪辣なものへと変えていた。

 

 

──話は、再び昨日へと遡る。

 

「つーわけでさァ……切島くんたち、どうも何か隠してるらしいんだよな」

「たしかに……旅行はともかく、それだったら友だちとわいわい行くとかしそうだもん。あの人」

 

 お茶子のつぶやき。それは偏見ではないかと炎司は思ったが、話を聞く限り不自然な態度であることに間違いはなさそうなので、あえて口には出さない。

 

「チッ……で、俺に探ってこいって?」

「おっ、ご名答〜。察しがいいね、爆豪くんは」

「クソオヤジじゃ間がもたねえ、丸顔はバカ正直。だったら俺しかいねえっつーんだろ」

「………」

 

 炎司とお茶子がじろりと睨む……弔を。

 

「あくまで爆豪くんの意見です」

 

 肩をすくめて言い放つ弔だった。

 

 

 戻ってきょう、今現在。

 

 勝己の寂しそうな表情に、鋭児郎はついに音を上げていた。

 

「……まあいいか。まだ時間あるし……」

「時間?」

「いや、こっちの話!それよりどうする、日帰り入浴やってるとこ、行ってみるか?」

「おー。あんたに任せる、支払いも含めて」

「………」

 

 奢らせる気満々かよと嘆息しつつ。ただ、あの爆豪勝己がこうまで甘えることも早々ないだろうと思い直し、時間の許す限りは彼に付き合うことにした。そこに打算があろうなどとは、思ってもみない。その善良ぶりが時に他人を曇らせることもあるなどとは、知るよしもない鋭児郎だった。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラーの総本山たる首領の邸宅では、例によって側近から報告が行われていた。

 

「ドグラニオ様。カンクス・ブチルメルカルタンがいよいよ動き出したようです」

「ほぉ、カンクスか」

 

 ドグラニオ・ヤーブンの反応はいつもと変わらなかったが、もうひとりの側近はというと。

 

「カンクスが……!?ってことはまさか……アレ?」

「アレだろう」

「あ……ああ……」

 

 身震いするゴーシュ・ル・メドゥ。ギャングラーの中でも有数の実力者である彼女が名前を聞いただけでそのような反応を見せるなど、めったにあることではなかった。

 

「奴には確か、うってつけのコレクションを渡したはずだが。ふむ……どうなることやら」

 

 ドグラニオが文字通り高みの見物と洒落込んでいるのは、いつものことだった。

 

 

 *

 

 

 

──ばちゃん、

 

「ふいー、生き返る〜……」

「………」

 

 ふたり揃って湯に浸かり、息をつく。やや白く濁った液体はやや熱く、湯けむりを四方にたなびかせている。身体の芯から温まっていくかのようだった。

 

「国際警察の風呂も広くて気持ちいいんだけどさ、やっぱ本場は違うよなぁ」

「そーだな」

「しかもバクゴーと一緒に入れる日が来るなんてなあ……ぶっちゃけ、嫌われてるかと思ったのに」

「……別に、フツー」

「フツーかぁ……へへっ、それでもいいや」

 

 相手は森羅万象に対するスタンスが相当に厳しいと目される少年であるから、"フツー"という評価は鋭児郎にとって十分に喜ばしいものだった。身体が温まって解れているせいもあるのだろう、頬も容易く弛む。

 それから暫し沈黙が続く。鋭児郎が表も裏もなく賑々しい性格である一方で、勝己は案外掴みどころがないかもしれないと感じる。無愛想に振る舞っているかと思えば、人をからかって楽しそうにからから笑っているときもある。だが今はそのどちらでもない、無色透明な表情を浮かべていて──

 

 無意識に凝視していたのだろう、あらぬ方向を見つめていた緋色の目がぎろりとこちらに向いた。

 

「何ジロジロ見てンだよ」

「!、あー……バクゴーって、元はヒーロー志望だったんだよな?」

「……おー。あんたに話した覚えはねーけど」

「え、そ、そうだっけか……あはは」

 

 ジュレの面々に快盗疑惑が浮上した際、ジム・カーターが調査してきたことだったか。そのあたりの事情は既に彼の知るところとなっているせいか、文句は出なかったが。

 

「それがどうかしたかよ」

「いや……見た感じさ、かなり鍛えてるみてーだし。勿体ねーなーと思って」

「………」

 

「……別に、もうキョーミねえよ」

「!」

「身体動かすンは習慣になってっから。そんだけ」

 

 押し殺した声でそう告げて、勝己は顔をばしゃばしゃと濯いだ。無言の拒絶を感じて、鋭児郎は「……そっか」と応じることしかできない。

 せっかく和やかな雰囲気でいられたのに。余計なことを訊いてしまったと内心悔やんでいたらば、お湯が唐突に顔面めがけて飛んできた。

 

「んぶっ!?」

 

 その飛沫を放ったのはほかでもない、爆豪勝己だった。今の今までとは打って変わって、悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 

「な、何すんだよ!?」

「デリカシーのねえクソ髪への制裁」

「制裁て……おめェなあ!」

 

 貸切状態なのをいいことに、鋭児郎は即座に反撃に出た。湯をあらん限り掬い上げ、相手の顔に浴びせかける。そうなれば相手も眦吊り上げて応戦してきて……と、いつの間にやら湿っぽい空気は洗い流されてしまったのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ふたりが空腹を覚えて湯からあがると、案の定昼どきが近い時間帯だった。

 混雑する前にと急いで店を見繕い、いちおう意見が一致した店に入る。このあたりはうどんが名物なので、揃って同じメニューを頼んだ。

 

「おー、美味そう!いただきまーす!」

「……いただきます」

 

 声を潜めてこそいるが、きちんとした挨拶。響香も言っていたが、たしかに育ちの良さは感じるなあと鋭児郎は思った。とはいえ、いきなり七味を乱打するのは如何なものかと思うが。

 

「バクゴー、辛いもん好き?」

「おー」

「マジかぁ……。俺、あんまダメかも。わさびなんかはまだいいけど、唐辛子は」

「はっ、舌がガキなんだろ」

「い、いいだろっまだギリ18なんだから!」

 

 とはいえ、勝己はもっと若い……というか幼いのだが。顔つきは鋭いが、まだ頬に丸みは残っているし、普通にしているとやはり子供だとも感じる。

 

「ンだよ、まァたジロジロ見やがって」

「へへ……美味ぇ?」

「まあまあ」

「ふーん……んっ、スゲー美味ぇじゃん!」

 

 

 食後は、腹ごなしに温泉街へ。

 

「っし、見てろよ〜」

 

 放ったコルク弾を、狙った的に命中させていく。

 

「ヘヘッ、まあこんなモンだな!」

「ふぅん。じゃ、俺やるわ」

 

 鼻高々の鋭児郎と交代し、コルクガンを手にする勝己。緋色の目が細められ、獲物を狙う猛禽類のごとく鋭いものとなる。

 そして、

 

「──!」

 

 放たれた弾は、まるで意思をもっているかのように空間を跳ねまわった。次々と景品が地に落ちていく。

 

「……ま、こんなモンだろ」

「………」

 

──敗けた。

 

 意味合いは異なるが、鋭児郎と店主はまったく同じタイミングで膝から崩れ落ちたのだった。

 

 

「いやー、やるなあバクゴー。あんなん初めて見たぜ、さっすが才能マン」

「あんなん、ヨユーだっての」

「普通は余裕じゃねーって!……あ、これ美味ぇ!」

 

 勝己を褒めちぎったその口で、今度は饅頭を頬張る鋭児郎。ガキかよ、と内心嘲りつつ。自覚するところではなかったが、勝己は温泉に浸かっているときと同じ感覚を覚えていた。心が、解れていくような。

 

「……なあ、このあとどうする?もっぺんくらい温泉入りてーんだけど」

「あー……そう、だな……」

 

 ほんとうにただの旅行だったらば二つ返事どころか自分から言い出しそうなところ、鋭児郎は返答に詰まった。そして、ちらちらと腕時計を確認している。

 やはり何かある──内心そう踏みつつ、表立っては空とぼけた声を発した。

 

「ンだよ、まだ時間あんだろ?それとも、なんか予定でもあんの?」

「え、っと……」

 

 どう答えたものか、鋭児郎が窮したときだった。独り石段にしゃがみ込んで、うつむいている少女の姿を見かけたのは。

 

「!」

 

 目撃してから、鋭児郎が動き出すまでには一瞬だった。それこそ、勝己が口を挟めないくらいに。

 

「どした、なんかあったか?」

 

 顔を上げた少女は、一瞬びくっと身体を震わせた。子供は鋭児郎の人となりを知らないのだから当然だ。目に痛い赤髪の──きょうは逆立てていないのでまだマシだが──、筋骨逞しい男がいきなり声をかけてきたら、誰だって怖がる。

 むろん、鋭児郎にだってそんなことはわかっていた。相手が自分の人となりを知らないのならば知ってもらえばいいとばかりに、人好きする笑みを浮かべる。

 

「怪しいモンじゃねーって。──そうだ、ほらこれ」

 

 懐から国際警察の職員証を取り出し、見せる。さらに「お兄ちゃん、パトレンジャーなんだぜ!」と付け加えると、少女の目が輝いた。

 

「………」

 

 烈怒頼雄斗じゃなくて、パトレンジャーでいいのかよ。一歩引いて様子を窺う勝己が内心でそう突っ込みを入れたとき、出会ったその夜の鋭児郎の言葉が記憶の底から甦ってきた。

 

──ヒーローも警察も、きみたち市民を守ろうとしてるのは同じだ。その使命が果たせるなら……肩書とか立場とか、そんなん些細なことだと思うんだよな。

 

 鋭児郎にとって、それは虚勢でもなんでもない。心に根づいた、ごく当たり前の在り方なのだろう。

 

 

 *

 

 

 

 昨日土産屋で買ってもらったという髪飾りをどこかに落としてしまい、ひとりで探しに出たところ迷子になってしまった。鋭児郎が聞き出したところによると、そういう事情であるらしい。

 少女を近くの交番に預け、鋭児郎は自らが探しに出ることを即断した。

 

「髪飾り、お兄ちゃんが見つけてきてやるからさ。安心して待ってろな」

 

 そんな言葉が、外で待つ勝己の耳にも届く。尤もこちらの嘆息は、鋭児郎には届いていないだろうが。

 交番を出てくるや、彼は勝己に両手を合わせた。

 

「わりィなバクゴー、ここまで付き合わせちまって。つーわけだから、こっからは別行動で……」

「……俺ぁいいけど、あんた予定あるんじゃねーの」

「あー……まあ、な」肯定しつつ、「でも、見て見ぬふりするわけにはいかないだろ?仮にもヒーローなんだから」

 

 「まあ今は警察官だけどな!」と付け加えつつ、鋭児郎は独り往来に消えていく。その背中に一瞬、ある少年の姿が重なった。

 

「……チッ」

 

 舌打ちしつつ、勝己も歩き出した。

 

 

 *

 

 

 

「っし、探すぞぉ!」

 

 自らを鼓舞するように声を張り上げ、鋭児郎は捜索を開始した。土産屋からホテルまでの区間、少女が通ったという道を虱潰しに探す。下ばかり向いているのではなく、通りがかりの人々にも可能な限り聞き込みをしていくという徹底ぶりだ。それでも不特定多数が行き交う往来から小指ほどの大きさの物を見つけ出すというのは簡単ではない。約束の時間のことも気にかけつつ、彼は長期戦も覚悟していた。

 

 一方、勝己はというと。

 

「ありがとうございました、またお越しくださいませー」

「……っス」

 

 こなれた店員の挨拶を背にしながら、来た道を下りていく。片手にはビニールに包まれた髪飾り──少女が落としたのと、同じ物だ。

 交番にも届いていなかったのだ、このような場所で落とした物が見つかる可能性はゼロに等しい。だいたい、オンリーワンの代物ならともかく、昨日この温泉街で買ってもらったばかりの大量生産品だというではないか。だったらもう一度買ってしまえば済む話だ。

 むろんこれは慈善事業ではない。鋭児郎には"予定"とやらに間違いなく向かってもらわねば困るのだ──快盗として。そのためなら数百円、自腹を切るなど痛くも痒くもない。

 

「ったく、はじめっからこうすりゃいいのに。馬鹿正直かよ」

 

 嘲りの言葉をこぼしつつ、交番に向かって歩く。建物が見えてきた。──と、背後から駆け足で近づいてくる足音。

 

 振り向いた勝己は、目を瞠っていた。

 

「見つけたぜー!!」

「……!」

 

 切島鋭児郎。揚々と声を張り上げる彼の手には、髪飾りが握られていた。──たしかに見つけ出したのだ、彼は。自分のように姑息な手を使わず、少女の探しものを見つけ出した。

 

 姑息……ああ、姑息だとも。

 

 少年の拳は、ひとりでに握りしめられていた。

 

 

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