【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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#30 SPLASH 2/3

 

「何もしていないギャングラー?」

 

 待機中もたらされた情報に、飯田天哉は怪訝な声をあげた。

 

『はい。何件も目撃情報があるのですが……特に被害を出すことなく、現れては去っていくのを繰り返しているようです』

「……っつっても、連中が意味もなく姿を現すとも思えないね」

 

 これまでに交戦したギャングラーたちの多くは、人間に擬態する能力をもっていた。こちらの世界で真の姿を現すのは、犯罪または戦闘行為を行うとき。

 

「いずれにせよ、放っておくわけにはいかないな。──皆、出動だ」

 

 「了解!」と力強い声が返ってくる……一名を除いて。

 

「構いませんけど、切島くんも呼び戻したほうがいいんじゃないですか?」

「!、い、いやそれは……」

 

 途端、天哉が言葉に詰まる。つくづく嘘のつけない男だと、死柄木弔は内心思った。

 

「……まだいいでしょ、戦闘になるって決まったわけでもないし。──ですよね、管理官?」

「ああ。幸い、きみもいてくれることだしな。死柄木捜査官?」

「……まァ、管理官がそういうご判断なら結構ですけど」

 

 白々しい塚内の笑顔を受け止めて、弔も口許をゆがめた。

 

 

 *

 

 

 

 少女たちと別れた勝己と鋭児郎は、その後足の向くままに散策を続けていた。温泉街を離れ、深山に通じる架橋に差し掛かったところで、辛抱堪らなくなった鋭児郎が声をあげた。

 

「……どうした、バクゴー?」

「………」

「俺、なんかしちまったか?」

 

 自分に非があるのかと訊いている……心当たりもないくせに、随分と気遣わしげな表情で。

 は、と詰めた息を吐き出して、勝己はようやく渦巻く想いの一片を口にした。

 

「……別に。やっぱあんたはヒーローだと思っただけ」

「……そんだけか?」

「………」

 

 相手から視線を逸らして、勝己は背を欄干に預けた。

 

「喜んでたな、あのガキ」

「そりゃあ……なくしてた髪飾り、見つかったんだし」

「あんたが見つけてくれたから、だろ」

「……?」

 

 鋭児郎は首を傾げた。そこに違いなどあるのだろうか。

 

「探しものが見つかったのに喜ばねえ。それどころか、見つけてくれた相手を罵倒する。そんなことがあるとしたら、どんなときだと思う?」

「……いや、」

 

 「わかんねえよ、そんなの」──そう答えようとしたとき、勝己が徐にこちらを向いた。その表情には、いろのない笑みが貼りついていて。

 

「探してきたヤツが、無個性だったときだよ」

 

 言葉を失う鋭児郎に、勝己はある幼き日の出来事を語った。

 

 

──発端は、クラスメイトの女子が大事な物をどこかに落としたと騒ぎ立てたことだった。

 休み時間に校庭のどこかで落としたのだと言って探し回っていたが、結局見つからなかった……らしい。伝聞になるのは、勝己が彼女らにまったく関心を払っていなかったからだ。その娘は今思えばかわいい顔立ちで、勝己に好意を寄せていたような話も耳にしたけれど、まったく興味が湧かなかった。どうでもいい相手は、完全に意識の外。

 

 一方、同じクラスにいた無個性の幼馴染。彼だけはどういうわけか、勝己の心をかき乱す存在だった。個性もない、身体もひ弱なくせに、ヒーローになりたいと主張し続けている。そういう、唾棄すべき存在。

 

 彼が放課後、校庭で探しものをしているのを、勝己は偶然見てしまったのだ。

 

「何やってんだ、デク」

「あ、かっちゃん……」

 

 既に苦手な存在となりつつある幼馴染に声をかけられ、引きつった笑みを浮かべている──"デク"。そういうところがますます勝己を苛立たせるのだと、彼は知っているのだろうか。

 

「あの女の落としもん、探してんじゃねーだろうな?」

 

 図星、という表情をする。

 

「……バッカじゃねーの、頼まれもしねえのに。だいたい、あの女もう帰っちまったぜ。ほんとに大事なもんなら、てめェで探すだろ」

「たまたま……用事があるのかもしれないし……」

「………」

 

 コイツに、何を言っても無駄だ。それにこの広い校庭で、落とし物など見つかるわけもない。「勝手にしろ」と吐き捨てて、勝己は独り下校した。

 

 その、翌朝。登校してきたかの女子にデクが駆け寄っていくのを、勝己は目撃した。「○○ちゃん、見つけたよ」と、何かを差し出す姿も。

 だが少女は、そのわめきたてるほど大切な物を、ついに受け取ろうとはしなかった。

 

──無個性が伝染るから、もういらない!

 

 残酷な言葉をぶつけられたその瞬間、デクはどんな表情をしていたのだろう。

 

(だから言ったんだ。頼まれもしねーのに、余計なことすんなって)

 

 底辺の、皆から見下される存在のくせに、上から手を差し伸べようとするから。馬鹿、どうしようもない馬鹿だ。

 だのに勝己は、彼を……誰にも求められることのない木偶の坊を嘲笑することはできなかった。溢れるのはただ、汚水のようなどす黒い澱みばかり。

 

──あのときの、立ち尽くす小さな背中が、十年近く経った今もなお脳裏に焼きついて離れない。

 

 

「それでもアイツは、変わらなかった。誰に求められなくても、無個性のくせに、ヒーローであろうとし続けた。……クソみてぇだよな。でも、」

 

──誰もがうらやむ力をもっていながら、それを自分のためにしか使えない人間と、どっちがクソなんだろうな。

 

 そうつぶやいて川を見下ろす勝己に、鋭児郎はかける言葉をすぐには見つけられなかった。ただ、

 

「……無個性って、その子の、ことだったんだな……」

 

 出会ってまだ間もない頃、勝己が自称した"無個性"──それが嘘であることは調査で判明したけれど、理由はとうとうわからずじまいだった。木偶の坊と罵って憚らない幼馴染のそれを、彼は、自らのアトリビュートとしようとしていたのだ。

 

「バクゴー、俺……たぶんおめェの気が晴れるようなことは言えねえけどさ……」

 

「その子も……おめェも、クソなんかじゃないと思う」

「……は、何を根拠に」

 

 鋭児郎は遠慮がちに、勝己のジーンズのポケットを指差した。

 

「それ、あの女の子が落としたのと同じ髪飾りだろ?」

「……!」

 

 無意識に突っ込んでいたせいで、それはポケットからはみ出してしまっていた。慌てて隠そうとしてももう遅い、現に指摘されているのだから。

 

「おめェだって、あの女の子助けようとしたんじゃねえか。方法は違うかもしれねーけど、でも、そんなの大したことじゃない」

 

「おめェは、ちゃんとヒーローだよ」──そう言って、鋭児郎は笑った。一点の曇りもない、親愛に満ちた笑顔。そんな彼に、勝己は語るべき言葉をもたなかった。

 だって、ほんとうは──

 

 そのとき、鋭児郎のもつスマートフォンが鳴動した。

 

「!、……悪いバクゴー。俺、この辺りに親戚住んでてさ、挨拶に寄ることになったから……」

「……あっそ」

「じゃ、また帰ったらな!」

 

 そう告げて、鋭児郎は山のほうへ走っていく。それを見送るわけでもなく、勝己は暫し橋の上にたたずんでいた。緋色の目を、伏せたまま。

 

「……なんもわかってねえよ、あんた」

 

 口許に浮かんだ嘲笑は、誰に向けてのものだったか。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、街には異形の怪人が姿を現していた。

 

「ププププッ、この辺にもボフッといくプー」

 

 言うが早いか、獣に似た怪人は踊るような動きを十数秒ほど続ける。その間、彼の胴体に埋め込まれた金庫が妖しげな光を放ち続けたが、目に見える形で何かが起きる様子はなく。

 

「プププ、次いくプ〜〜」

 

 傍目には何をやっているのかわからないまま、目的を果たして立ち去ろうとする。──刹那、

 

「ププゥッ!!?」

 

 光弾が襲いかかり、怪人はもんどりうって倒れてしまう。

 

「見つけたぞッ、ギャングラー!!」

 

 警察戦隊の一員であることを示す制服を纏った、二人組の男女。飯田天哉と耳郎響香であることは……いちいち言うまでもあるまい。

 

「今度はなに企んでる?」

「プププっ」厭らしく嗤い、「ナニが起こるか、当ててみるプ〜〜!」

 

 刹那、ふたりの背後で何かが光った。はっとしたのもつかの間、

 

 

 彼らは、爆炎に呑み込まれた。

 

「ププププ、ざまあみろプ……ん?」

『パトレンジャー!』

 

 電子音声が響く。と同時に、炎をかき分けるようにして現れる強化服の二人組の姿。

 

「国際警察の権限において──」

「──実力を行使するッ!!」

 

 パトレンジャーとギャングラー、カンクス・ブチルメルカルタン。正義と悪とが、いよいよ衝突する瞬間が訪れたのだ。

 

 

 *

 

 

 

 一方、秘密任務に従事する切島鋭児郎は、温泉街からも離れた山間の廃工場に足を踏み入れていた。

 とうに拠る人間を失っているはずの場所ながら、そこには先客の姿があった。

 

「お待ちしてましたよ社長サン、写真で拝見しましたけどやっぱりお若いですねえ」

「……そりゃどうも。約束のモンは?」

「もちろんお持ちしましたよ。──おい」

 

 見るからに風体のよくない男が配下に目配せする。手にしたアタッシュケースが開けられ、中身が露になる──

 

──それは、消防車のような形をしていた。傍目には玩具としか思われないが、その価値は鋭児郎にはわかる。

 

「そちらは?」

「……ああ」

 

 ボストンバッグのジッパーを開く。そこには、大量の現金。

 

 

 これがどういう取引なのか──密かに監視していた赤い快盗には、即座に看破することができた。

 

(あれは……VSビークルか)

 

 確信はあったが、その持ち主らの正体はわからない。今はまだ動くべきではないと判断し、彼は息を潜める。

 そんなこととはつゆ知らず、鋭児郎扮する闇の美術商と怪しい男たちの"商談"が進んでいく。

 

「じゃあ、取引成立だ」

 

 鋭児郎が一歩を踏み出したときだった。

 

「……申し訳ないが、金以外のモノもいただきますよ」

 

 変わらず丁寧ながらどこか下卑た口調。と同時に、コンテナや資材に身を隠していた男たちが次々と姿を現し、鋭児郎を取り囲んだ。

 

「……なるほどな、金だけ貰ってとんずらってわけかよ」

「ご明察。──やれ!」

 

 号令に従い、男たちが襲いかかっている。鋭い爪や牙をもっている者など、多くは物理攻撃系の個性の持ち主たちのようである。今のところ銃器を手にしている者もいない。いても変わらないが。

 

 鋭児郎は手始めにボストンバッグを接近してきた男に振りかぶると、そのまま手を放し、両手を自由にした。四肢を使った格闘戦なら、こんな三下に後れをとるはずがない。

 

「おらあっ!!」

「ぐぼォ!?」

「ぐべッ!!?」

「たわば!!」

「あべし!!」

 

 十人十色の悲鳴をあげて、男どもはほとんど一撃でノックアウトされていく。とはいえ流石に数人がかりである、中には鋭児郎の背後をとることに成功した者もいる。

 

「死ねぇぇぇッ!!」

 

 その鉄の爪(アイアンクロー)が、背中を引き裂く──

 

「!?、ぐがああッ」

 

 痛みに呻いたのは……男のほうだった。爪がざっくりと折れ、鮮血が噴き出す。

 

「硬さは俺の勝ちみてぇだな」

「……!」

 

 ジャケットこそ切り裂かれ、そこから地肌が覗いている。柔肌……などとは間違っても言えない、まるで岩石のような皮膚だった。

 

「ど、りゃあっ!!」

「ひでぶっ!!?」

 

 回し蹴りを顔面に受け、男は吹っ飛んでコンテナに激突した。

 残りは、リーダーの男ただひとり。見れば彼はアタッシュケースを手に逃げ出そうとしている。

 

「逃がすか、よっ!!」

 

 走り出す。と同時に、勢いよく地面を蹴って──跳躍。その首根っこに手をかけ、全体重をかけて地面に引き倒した。

 

「い、ぎぎぎ……!?」

「もう観念しろよ」

「お、おまえ……ただの美術商じゃないな!?何者だ!?」

 

 何者、と訊かれると一瞬答に詰まる鋭児郎である。弱冠18歳にして肩書がふたつあるのだから。

 

「……プロヒーロー兼、国際警察?」

 

 悩んだ末、そう告げることにした。

 

「おめェらのこと、日本警察から聞いたんだ。VSビークルらしきモンを取引してるってな」

 

──そう、先日関わった"裏オークション事件"、担当していた刑事が情報をくれたのだ。盗品をエサに取引を持ちかけ、金だけ奪って逃走する強盗グループ。そんな連中が、ルパンコレクションらしきアイテムを商売に利用している可能性があると。

 

 そこで捜査のためパトレンジャーの誰かが美術商になりすまして取引を行うことになったのだが、白羽の矢が立った……否、自ら立候補したのが鋭児郎だった。烈怒頼雄斗としては、おそらくそう手掛けることのない種類の案件である。是非携わってみたかったのだ。

 

「こちら切島、犯人を確保。消防車型のVSビークルも回収に成功しました!」

 

 揚々と報告を行う鋭児郎。その姿を見下ろしたまま、かの快盗は鼻を鳴らした。

 

「……けっ、死柄木にも隠れてコレクション手に入れようって算段かよ」

 

 快盗を出し抜こうとは、猪ばかりの──耳郎響香がいちおう例外であるくらいで──パトレンジャーにしてはやるではないか。宿敵を珍しく評価しつつ、

 

「でも、出し抜くほうなら負けねえよ」

 

 必ず、勝つ。ヒーローでなくとも、それだけは変わらぬ本懐。

 

 躊躇うことなく跳躍した勝己は、同時にワイヤーでアタッシュケースを釣り上げて奪取、突然のことに呆けている鋭児郎の数メートル先に降り立った。

 

「な……快盗!?なんでここに……!」

「はっ、快盗の情報網舐めてんじゃねえよ。バァカ」

「ッ!」

 

 任を成し遂げたと確信したところで……いや、まだだ。

 

「……渡さねえ!警察チェンジっ!!」

 

『1号、パトライズ』──電子音声とともに、鋭児郎の身体に赤の警察スーツが装着される。

 

「うおおおおお──ッ!!」

「チィ……っ!」

 

 猪突猛進もここまで来ると驚異的だ。簡単には退けないと身体で覚え込まされている勝己は、大胆にも頭上にアタッシュケースを投げた。

 

「!?」

「快盗チェンジ!!」

 

 自らも変身──同時に跳び上がり、放り出されたVSビークルを掴む。咄嗟の動きはやはり、スピードに長けた快盗に軍配が上がるのだ。

 だが、粘りなら決して劣らないと鋭児郎は信じていた。がむしゃらに駆け出し、目の前の宿敵に突撃する。

 

「返せ、っつってんだろうがぁ!!」

「言っとらんわボケナス!!」

 

 記憶力についても、快盗の勝ちのようだった。

 それはいいが、形勢は意外なことにパトレン1号に傾いていた。いかにスピードに長けた攻撃でも、彼が硬化で弾いてしまえば効き目は薄い。それに彼は、珍しく快盗相手に全力を出して戦っていた。自ら志願した回収任務、失敗に終わるわけにはいかないと。

 

「……ッ、」

 

 ただ何より顕著なのは、ルパンレッドの所作が精彩を欠いていることだった。普段なら乱暴な口調に反して攻守とも緻密かつ正確なのに、きょうはすべてが大ぶりで甘い。鋭児郎にも動きが読めてしまうほどには。

 

 やや押されていることを自覚してか、ルパンレッドはワイヤーを梁に伸ばし、ふわりと浮き上がる。それもまた、妙に緩慢で。

 だが……手心は加えられない。心のうちにもやもやしたものを感じながら、パトレン1号は躊躇なく引き金を引いた。

 

「ぐッ!?」

 

 命中は、信じられないほどあっさりとれてしまった。着弾の衝撃に弾き飛ばされ、翼をもがれたように墜落するレッド。

 

「……クソが……!」

「……おめェどうしたんだ?なんできょう、そんな……」

「っせーな……早く帰りてェんだよ。お宝は貰ったんだから」

 

 ほんとうに、それだけか。それだけで戦意を喪失するような相手なら、ここまでデッドヒートを続けることはなかったはずだ。

 だが感情を抜きにすれば、相手の態度は好機に他ならない。釈然としない思いを呑み込んで、パトレン1号はルパンレッドに襲いかかった。

 

 

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