一時間以上に及んだ取り調べは、オーガス・バルバロクの疲弊を鑑みていったん中断されることとなった。ギャングラーには人権も生存権も認められていないといえど、やはり誠実な態度をとる相手を無碍にはできない。それがパトレンジャーの面々の共通した美徳であり、弱点でもある。自覚しているか否かに差異はあるが。
いったんタクティクス・ルームに戻ると、塚内が茶菓子片手に出迎えてくれた。
「皆、ご苦労さま。きみたちのぶんもあるぞ」
「あざっす!」
真っ先に喰らいついていく鋭児郎を前に、天哉と響香は顔を見合わせて笑った。まあ実際、腹を空かせているのは皆同じである。
それらをつまみつつ、
「取り調べの様子はここから見せてもらった。……しかしまあ、想像以上に協力的だな。正直驚いたよ」
「ホントっスよ!……だいぶ年寄りみたいだし、丸くなったんスかね?」
「ははっ。時たま面白いこと言うね、きみは」
いまいち本気かわからない笑みをこぼしつつ、塚内はちらりと弔を見遣った。それに気づいたか否か、かの青年が口を開く。
「呑気なこと言ってていいんですか、管理官?」
「!」
敬意の微塵も伺えない言葉に、場の空気がにわかに冷える。
「相手はギャングラーだ。さっさと然るべき処理をするのが、皆のためだと思うけど?」
「……随分な言い草だな」
「お人好しすぎるんだよ、きみらは。ギャングラーにあまり歩みよらないほうがいい。……深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているってね」
「……?」
弔の言わんとしていることを、鋭児郎たちはよく理解できなかった。あまり感情移入するなということだろうか。それにしては、妙に意味深な響きをもつ言葉だった。
ただ、
「そうかもね。実際、ウチもそうだったし」
「!、………」
淡々と応じる響香。しかし彼女の過去を知る者は、一様に視線すら合わせることができず沈黙するほかなかった。むろん彼女の場合、相手がギャングラーと知って関係をもっていたわけではないが。
「でも……あのギャングラーからは、他のヤツとは全然違う音がしたんだ」
「音?」
響香の個性に由来した聴力は、今となっては相手の心音を聴き分けることができるほどに発達した。ゆえにいくら表層を取り繕っていたとしても、相手の本性を抽象的にならば感じとれる。
ギャングラーはもっと激しい、ぎらついた、重々しい音をさせている。だがオーガス・バルバロクのそれはただ、"静"そのものだったのだ。
「ウチ、もう少しあいつと話してみたい。……できれば、一対一で」
「耳郎くん、それは……」
「お願いします、管理官」
捜査官という公の立場ではなく、ひとりの人間として。公私混同と言われればそれまでである、いくら日本警察よりは弛い風土の国際警察であっても、職務上無意味なら認められようはずもない。
塚内は暫し沈黙していたが、
「……いいだろう。ただし、報告はきちんとあげること」
「!」
「あくまできみは捜査官であることを忘れないように」
それは明確な命令・指示ではなく、もっと柔らかいもの……助言のように、響香には感じられた。いくら個人的に会話をするといっても、その内容を仲間たちに黙っているわけがないのだ。
「ありがとうございます、管理官」
深々と一礼をして、踵を返す響香。しかしそこに「それともうひとつ」と声がかかった。
「死柄木捜査官を、同行させてくれ」
「えっ……?」
「!」
その言葉を予想していたかのように、コーヒーを飲んでいた弔は立ち上がった。……いやむしろ、彼の要望か。
「心配しなくても、無粋はしないよ。隣でのんびり見物させてもらうさ」
「………」
そういうことならと、響香は渋々承服した──感情面ではともかくとして。
「じゃあ……行ってきます」
「イッテキマース」
並んで退室していく響香と弔。──廊下に出たところで、後者が口を開いた。
「なァ耳郎サン、さっき"自分もそうだった"って言ってたけど。あれ、どういう意味?」
「!、……あぁ。別に、大した話じゃないよ。恩師だと思ってた人がギャングラーで、夢を潰されたってだけ」
「夢、ね。たしかギターやってたんだっけ」
「あんたに話した覚えはないけど……調べたんだ」
「そりゃあ同僚の趣味嗜好くらいはねぇ、事前にリサーチしておくさ。仲良くやりたいもん、なァ?」
「……ああ、そう」
不意に、一歩先を歩いていた響香が立ち止まる。
「だったらウチらの過去のことも、知ってたんじゃないの?」
「!、………」
思わず言葉に詰まる弔。──図星だった。彼女らに限ったことではない、職務上関係をもつ相手のことは、事前に調べられるだけ調べ尽くしている。仲良くやりたいというのはもちろん嘘ではないが、それも合理的な理由からであって。
「ま、いいけど」
追及もせずにそうあっさり流して、響香は再び歩き出した。今度は振り返ることもなく。
「……ハァ、いちばん難敵か」
疑り深い快盗とお人好しの警察。チームとしての図式はわかりやすいのだが、女性たちに限っては対照的だと思った。表層の性格ではなく、芯にあるものが共通しさえすれば絆というものは成り立つのだろうが。
そこへいくと、自分はどうか。考えるのも馬鹿らしいと、弔は自嘲した。
*
「へっくしゅん!!」
その頃、麗日お茶子は盛大にくしゃみをかましていた。誰かが噂をしているだとか、最近肌寒くなってきたからなぁなどと思考が混沌とする。前者の可能性については今まさに四人目の仲間が彼女の顔を思い浮かべていたところなのだが、そんなことは知るよしもなかった。
それに、そんなしょうもないことを言い出せる空気でもない。
「小僧、答えろ。なぜなんの相談もなく、コレクションを死柄木に渡した?」
「……っせーな、悪かったって」
「謝れと言っているのではない、理由を話せ」
「………」
こんなやりとりが、延々と続いている。追及を封じるつもりか殊勝に非を認めた勝己だったが!炎司に対しては不発に終わったようだった。今後のことを考えれば、なあなあに済ませるのは得策ではない。それはお茶子にも理解できるが、この父親ほどの年長者が食い下がっているのにはまた別の理由がある様子で。
静かな攻防が続くこと数分、忍耐の限界を迎えた勝己が「うるせえっつってんだろ!!」と怒鳴った。
「あいつはルパン家の人間だ、悪いようにはしねえ。それでいいだろうが!!」
そう言って、逃げるように二階へ上がっていってしまう。「小僧!」と呼び止める炎司だが、当然相手が従うわけもなかった。
「……爆豪くん、なんか変やね。この前、例のコレクション盗りに行ってからだよね」
「うむ……おおかた、烈怒頼雄斗が関係しているのだろう」
固有名詞を聞いて、まだ少年の域を出ないヒーロー兼警察官の日に焼けた顔を、お茶子は思い浮かべた。勝己は唯我独尊のようでいて、他人の言動に人一倍敏いところがある。まして己の行動が正しいものでないと自覚している今、太陽そのもののようなあの男の存在は劇薬だろう。
その点、炎司は成熟しているだけあって揺らぐことがない。……そう思っていたけれど、彼は彼で勝己に対する距離感を測りかねているようでもある。少なくとも、問い詰めることに追い詰める意図はない──むしろ、その逆か。
それぞれの内懐が、かき乱されて変容しようとしている……自分も含めて。その変化を自覚したお茶子だけれども、快盗戦隊ルパンレンジャーにとっての吉凶までは見通せそうになかった。
*
刹那の微睡みに落ちていたオーガス・バルバロクは、頑丈な鉄扉が開閉する音で目を覚ました。
「……尋問再開か?」
入室してきた女性捜査官に問いかける。しかし、なぜ独りなのだろうとオーガスは不思議に思った。協力的な態度に終始したとはいえ、それで危険がないと確信するほど国際警察はお人好しではないだろうに、と。
「いや……個人的に、あんたと話がしたくて来た」
「話?」
「うん」
その言葉を裏付けるように、微笑みかける。元々あまり愛想がないことを自覚している響香である、それは実に不器用なものではあったが。
ただ、かえって腹芸のできないまっすぐな性質は伝わったようである。オーガスはふっと身体の力を抜いた。
「私に、きみを楽しませることはできないと思うが」
「別に楽しみたいわけじゃ……ただ、訊きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
ふ、とひと呼吸置いてから、改めて口を開く。
「あんた昔、破壊と殺戮を繰り返してきたって言ってたよね」
「……ああ」
「後悔、してるの?」
「………」
「わからないんだ」──雄々しい外見とは裏腹の、かすれた声音だった。
「わからないって?」
「ある日、ふと我に返った。そして考えた。自分はいったい、何をしているのか。この血に濡れた手はなんなのかと。……考えて、考えて、ようやく自分は取り返しのつかないことをしたのだと思い至った」
それからは戦うこと自体が忌むべきものとなって、長く隠遁していた。血気盛んなギャングラー構成員の中にはわざわざ喧嘩を売ってくる者もあったけれど、そういう相手でさえ傷つけるのが恐ろしかった。最低限、火の粉を払うだけの日々を送ってもう、何百年が経つのか。時間の感覚すら、今のオーガスにはなかった。
「身体だけは頑丈に生まれてしまってな。様々な方法を試したが、ついぞ死ぬことはできなかった。あとは寿命を待つばかり……しかしドグラニオ・ヤーブンは、それを許しはしなかった」
ゆえに、追われていた。──ここで響香の胸に、ひとつ疑問が浮かんだ。死を望んでいたならば、なぜ逃げたのか。むろん、そのまま殺されていればよかったなどと、今となっては間違っても思わないが。
その疑問に対する答を、オーガスは持ち合わせていた。
「あの女に玩ばれるのは御免だった、それだけだ」
「あの女?」
「ゴーシュ・ル・メドゥ。知っているだろう」
「!」
その名は既に、因縁となりつつあるものだった。
「見えるか、私の金庫。元々はふたつあったんだ。……だが、あの女にひとつ、奪われた」
「金庫を……?なんでそんなこと、」
「知っているだろう。……奴は己の実験のためなら、同族すら利用する」
たしかに、知っている。先ごろゴーシュに率いられて現れた改造ポーダマン。その直前に発見された、山中に打ち捨てられた金庫のないギャングラーの骸。ゴーシュが何をしたのか、否が応なく想像はつく。
目の前のギャングラーもまた、あの死体と同じ運命を辿ろうとしていたのだ。
「そんなことをして……ゴーシュはいったい、何が目的なんだ?」
「……詳しいことはわからない。だが、何かとんでもないことをしようとしているのは確かだろう。………」
一瞬の沈黙。そして、
「……私に、何かできることがあれば言ってくれ。これ以上、我らギャングラーの暴虐によって誰かが傷つく姿は見たくない」
「オーガス……」
表情のない異形の怪物。ゆえに響香は、彼の発する"音"に耳を澄ました。──やはり、とても静謐な。他のギャングラーのような雑音、内側から喚きたてるような激しい音は聴こえない。
「……ありがと。たとえギャングラーでも、あんたみたいな奴が、平和に暮らせる世の中だといいのにね」
──響香とギャングラーの心の距離が、静かに縮まっていく。
そのさまを隣室のマジックミラー越しに見る弔は、物憂げに溜息をついていた。
「さすが耳郎サン、うまく喋らせたもんだ。……でも、仲良くなりすぎだよ」
他ふたりに比べてクールな言動を崩さない響香だが、その心が信頼と愛情に根ざしているものであることに変わりはない……一度裏切られた身であっても。
そんな在り方に対する個人的な好悪はこの際置いておくとして、警察官ならば学習すべきだと弔は思う。ある理由から、響香は再び裏切られるという確信があった。
「ハァ……」
もう一度深々と溜息をついてから、携帯電話を取り出す。発信先は──
「……どーもお久しぶり、死柄木です。実は、折り入ってお願いが」
*
その"命令"が下ったのは、ちょうど二十四時間後のことだった。
「オーガスをフランス本部に移送しろって……どういうことですか、管理官!?」
珍しく冷静さを欠いた響香の詰問に、塚内は首を振った。寝耳に水なのは、彼とて同じことなのだ。
「私からも問い合わせたが、
「長官の!?」
響香の背後で驚きを露にする天哉。長官といえば、この巨大な国際警察においてひとりしかいない。とはいえ客分のような立場の鋭児郎は、実際の姿にピンとは来ないのだが。
「そういやどんな人なんだ、長官って?」
「……どんな人、か。これだけ大きな組織だからな、日本人ということ、国際警察の設立に際して第一線で尽力されたということくらいしかわからないな……」
「……そっか」
フランスに本部があるということで、西欧系の人物をイメージしていた鋭児郎である。今度きちんと調べてみようと心に決めた。
閑話休題。
塚内とて状況を把握しきれていない。ならば何故──響香の疑念は、今まさに席を立った"四人目の仲間"に向けられた。
「死柄木!」
廊下を出たところで呼び止められる。二十四時間前とは逆の構図だと、弔は密かに思った。
「どうかした?」
「とぼけるなよ……本部に言って移送命令を出させたの、あんただろ?」
「……随分断定的な物言いだなァ、耳郎サン?あんたらしくもない」
「で……だったら、何?」
「……ッ、」
拳に力がこもる。──死柄木弔、信頼しきるには些かおぼつかない男ではあった。それでも快盗に肩入れする彼の言動を、ずっと黙認してきたのだ。だが今回のことだけは、とても受け入れられそうもなかった。
「心配しなくても、生きたギャングラーのサンプルは貴重だ。
「ンなの……!」
「逆に訊くけど、それ以上なにを望むんだよ。あれが人間社会に牙を剥かないとして、無罪放免、自由の身にでもするつもりか?」
「それこそ暴挙だろ」と、弔は冷たく嘲う。──反論は……できなかった。オーガスの心にふれて共感したとて、その後のビジョンなどもてるわけもない。
響香が沈黙したのを認めて、弔は踵を返した。
「ま、空港までの護送はあんたらにやってもらうことになるだろうから。よろしく」
そう告げて歩き去っていく背中を、響香は悔しげに睨むことしかできないのだった。