本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左道

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11話『マインと幻想郷のマジックアイテムと薬』

 <マイン>

 

 

 トロンベというのはすごーく厄介な雑草みたいな木のことで、秋頃に突然生えだすらしい。

 にょきにょきとすごい勢いで成長し、土地の栄養を吸い尽くして増え続ける。おまけに木は硬くて切りにくく、燃えにくいから駆除にも大変。

 生えてすぐだったら平民でも急いで大きくなる前に全部切っていけばどうにか出来るらしいけれど、規模が広がるとお貴族様が魔法を使う騎士団を派遣しないと駆除できないって父さんから聞いた。凄いファンタジーっぽい!

 

 まあ……その危険なトロンベをうっかり門の近くで発生させたのはわたしと店主さんだったんだけど……

 幸い兵士さんが沢山居たのでみんなで急いで切りまくり、トロンベは初期対応で駆除されて何事もなかったから、よし、としておく。うん。事故みたいなもんだよね。

 その後の処理でてんやわんやと門はしているので、わたしは家族に断って香霖堂へ来ていた。店主さんの籠に座って。現場から逃げたわけじゃない。

 お店の中で一息ついて、店主さんが言う。

 

「どうやら君に触れさせたのはトロンベの実だったようだ。本来は土中の魔力を集めて発芽するものが、君の魔力で活発化して急成長したらしい」

「魔力……わたしってそんなのがあるんですか?」

「そのようだ」

 

 店主さんが説明するに、この国では貴族だけが魔力を持ち、魔法などの技術を独占している。

 だが稀に平民にも生まれつき魔力を持った子供が現れることがあるとか。

 

「先祖返りかもしれないね」

「でもわたしの家って、多分ずっと平民ですよ?」

「そうかい? だが貴族と平民の間に子が生まれないわけじゃないのだろう。隠し子なり捨て子なりが平民の社会に混じり、その血筋が広がっていっても不思議ではない」

「ははあ……日本人でも、十代遡ればほぼ全員源氏の血が混じってるとか聞いたことがあります」

 

 先祖代々農民でございますと名乗っても、家系図というのは遡るに連れて凄まじく広がっていく。余程の理由がないと、階級が分かれていてもどこかで共通の祖先に行き当たる。

 例えば本で読んだ話だと、エチオピアの国民は全員がソロモン王とシヴァの女王の子孫ということになっているらしい。血が混じらない余程の理由の例では、インドだとカースト制度によって結婚できる身分が厳しく制限されているから、低いカーストと高いカーストの人種では相当に遺伝子が異なるとか。本で読んだ。

 この街でも貴族と平民はかなりの差で分かれていそうだけど。

 

「まあ血筋はこの際重要じゃない。問題は君の体から生み出される魔力を、君が制御できないことで体を蝕んでいる、ということだ」

「体を魔力が蝕む……ってそれじゃあ、わたしが虚弱なのって!?」

「全てが魔力のせいかはわからないが、関係していないはずはないだろう。現に今、あの赤い実で魔力を抜いて体調が良くなっていないかい?」

「……そういえば」

 

 薬を飲んでも少し熱っぽいなあと思っていたけど、今はなんだか凄く体が楽。

 生まれつきの魔力を制御できないで弱る病気。

 前世の世界だと、筋肉が常人の何倍も強い体で生まれた子供は、ちょっとした動きで自分の骨を折ってしまったり、基礎代謝に必要なカロリーが多すぎて摂取できず餓死したりといった命の危機に子供の頃から脅かされているって本で読んだけど、そういうものだろうか。

 

「どうすれば……」

 

 暗澹な気分になる。虚弱で寝込みやすい体質は変わらないと言われたようなものだった。

 それどころか、多分そう長くないんじゃないかな……わたしの寿命。

 店主さんは首を振ってため息交じりに言う。

 

「こればかりは生まれついての体質だから仕方ない」

「そうですか……そうですよね」

「だから今度、制御するマジックアイテムを作って渡そう。聞いた話によればそれで大体解決するらしい」

「ですよね……は?」

 

 えっ。制御できるの? マジックアイテム作れるの?

 

「解決……するんですか? 作れるんですか?」

「そりゃそうだろう。平民から魔力を持つ者が生まれるのが稀というだけで、この世界では貴族の子供なんて当然のように魔力を持って生まれているはずだ。なら容易に魔力は制御できるし、体調も問題なく人生を歩めるんじゃないか。いや、貴族の平均寿命が極端に短いとかそういう事情があるかは知らないのだが」

「……そう言われるとそうですけど」

「安心したまえ。君は別に異常でも特異でもなく、『普通』の人間だよ。まあ、この世界だと魔法を見せびらかすのは止めたほうがいいと思うけどね。マジックアイテムも。平民が持つ物ではないから」

 

 なんと。わたしの何かこう、人生の物語の根幹に関わりそうな問題な気がするんだけど。

 どうやら店主さんにかかれば、あっさり解決してしまえるみたいだ。嘘みたい。

 本の無い世界に生まれ変わって本が沢山ある道具屋を偶然見つけて。

 治らない病に生まれつき冒されてたけどそこの店主さんはサクッと治せるみたいで。

 う、運命の人すぎる……! この人居なかったらわたしどうなってるの!? 

 

「はっ!? て、て、店主さん! そのマジックアイテムって、お貴族様しか持てないような物なら非常に高価なのでは!?」

「うーん、ギルド長の孫フリーダ嬢も身喰いらしいので依頼されて作ったけれど、大金貨3枚で売ったよ」

「た、高い……!」

 

 大雑把に日本円で考えて三千万円! 父さんの25年分の給料ぐらい掛かる!

 

「え、えーと……前に店主さんから、カステラのお金を山分けして貰った大金貨1枚分を引いて……後は働いて返すので……」

「なにを言ってるのだね。君が客ならばともかく、うちの店で働く見習いだろう。見習いに渡す前掛けやソロバンの代金を取る話など聞いたことがない。体調を保つためのマジックアイテムも備品として貸しておくよ」

「……店主さん」

「なんだい」

「結婚しましょう」

「出口は振り向いて正面だ」

 

 だって!

 なんなの!

 いい人すぎる! もう何を求めているのかわからないぐらいの善意だよ!? なんなら店主さんが少女に異様な愛情を持つ系の男性だとしても許されるぐらいだよ! まるで夢小説に出てくる都合のいい王子様だよ!

 でもわたしの思わず口走った申し出に凄まじく渋面を作っている。うわあ……呆れ半分面倒臭さ半分って感じだ。

 

「店主さんはその……なんでそこまでしてくれるんですか!?」

「なんでもなにも、君は僕の店を気に入った。見習いになるために僕を説得し、真剣な様子なので僕も納得した。店の主は見習いの店員が働くのに必要な道具を渡す……それだけだろう?」

 

 そ、そう言われると……店主さんの感覚的には、視力の低い店員に眼鏡を作ってやるとか、バリアフリーに対応して車椅子を用意してやるとかそういう感じなのかな? 

 

「でも凄く高いマジックアイテムを」

「ここの値段では非常に高価らしいが、自作するんだから別に大してお金は掛からないよ。戦闘用や弾幕勝負に使うならまだしも、魔力を調整するだけのお守りみたいなものだしね」

 

 常識が違う。いや、なんというか……

 つまりはこのエーレンフェストという街がある世界と、わたしの住んでいた日本と、日本にあるという幻想郷の技術や文化レベルが大きく違うからなにかこう、ズレを感じるんだろう。

 というかわたしも日本とエーレンフェストの常識的に考えて、凄く貴重で高価なマジックアイテムという印象で困惑しているのだけれど、店主さんからすればお守りを自作する程度のものなのか……

 古道具屋よりマジックアイテム作りを商売にすれば凄く大儲けするんじゃないかな。店主さんの印象的にやりそうにないけど。

 

「さて。身喰いの魔力によって体が弱い……というのは今の所、君の体調と魔力持ちだというところから出た仮説だ。或いは普通に根深い病気かもしれない。僕は本職の医者ではないのだが、一応診療をしてみても構わないかね?」

「あっ、はい。よろしくお願いします」

「ではそこに座って待っていてくれ」

「待つ間に本は」

「すぐに終わるから」

 

 しょぼん。

 わたしが椅子に座ったまま店主さんを見ると、南京錠の掛かった戸棚から大きな古いインスタントカメラを取り出した。その場で現像写真が出てくるタイプのやつだ。

 

「勝手に商品を持っていく輩に取られないように、大事な物はここに仕舞っているんだ」

「そのカメラは?」

「これはフリーダ嬢にも使う為に作った、『心霊写真機』とでも言うべきものだよ」

「し、心霊?」

「マインくんは『写真を撮ったらオーラのような光が写り込んだ』とか『手足が欠損して写り、後日にその場所を怪我した』といった類の都市伝説をしっているかい? 君のいた外の世界で広まったものだと思うが」

「はい。確か前世で聞いたことがあります」

 

 心霊写真の一種だけど、幽霊や人の顔とかそういう直接的な物が映るんじゃなくて、若干不気味に写り込んだ写真で良くないことが起こるといった感じだろうか。

 でも大抵そういうのは偶然光が入り込んだとか、写真を現像する際のミスとか、古いカメラの低い性能から来ているとかそういったもので、写った後に起こる良くないことはただの思いこみだって話だけど。

 

「実際がどうであれ、そういった都市伝説があるという人々の認識の力がパワーストーンに宿り、幻想郷にばら撒かれたことがある。『オカルトボール』と呼ばれたそれだが、都市伝説自体に力が生まれて現象を起こすまでになった」

「新聞で読んだことあります! えーと、ターボババアとか!」

 

 なんでもオカルトボールを集めると幻想郷の神である龍が出てきて願いが叶うらしいのでみんなして集めていたとか。

 ……それはパクリ設定のデマだと思うなあ。写真でバイクに凄い格好で乗ってる、凄い髪色のお姉さんとか出てた。

 

「……なんで彼女はノリノリだったのか不明だが、とにかく僕は偶然その『写ってはいけないオーラが写り込む』都市伝説のオカルトボールを見つけたんだ。それの用途を写真機に溶かし込み、病巣などが写真で写る機能を持たせた。元々写真機の使い方はわからなかったのだが、外の世界から来た客に聞いて使えるようになったからね」

「つまり……それで写真を取ると、悪いところがわかるんですね」

「そうだね。オーラによって魔力障害、悪霊の憑依、病気、呪いなどが判別できる」

「……地味に凄く便利なような、オカルトすぎて使い所が限られるような」

「これを作ったのも、フリーダ嬢にマジックアイテムを渡した後で経過を見るためだからね。彼女の体には小さな魔力の塊が栓のように気脈を塞いでいたが、あれぐらいなら髪飾りに付与したマイナスイオンの効果で自然に溶かせるだろうと思う」

「マイナスイオンの効果で!?」

 

 マイナスイオンってそんな効果あるのっていうかマイナスイオン自体なんなの幻想じゃないのって感じじゃなかったっけ?

 まあともあれ、店主さんはカメラを持ってやや離れた。

 パシャリ、パシャリと複数の角度から写真を撮影していく。はたから見ると大人のお兄さんが少女を撮りまくっている図なんだけど、店主さんのシケたような表情は犯行に結びつかない感じもわかるだろう。当然のようにストライクゾーン範囲外らしい。まあ……わたしって五歳の容姿だからなあ。しかも小さめな。

 ジジジ、と音を立てて何枚か写真が出てきた。

 

「どれ」

 

 店主さんが確認するので、わたしも覗き込んでみた。

 

「おお……なんかわたし、『能力者』って感じの写真ですよこれ」

 

 写真に映っているわたしは、椅子に座っている人形みたいに小柄なんだけど、全身から薄っすらと半透明の光みたいなオーラが出て、頭の上へと抜けていっている。オーラを垂れ流しになってる念能力者って感じ。これが魔力か……

 それで、数枚の写真のどの角度からでも、そのオーラを濃縮したようなまるで謎の光修正みたいな塊が、わたしの胸かお腹のあたりに映っている。なんだろう。あんまり良さそうな雰囲気はしないけれど。

 

「若干光って黄色く見えるが、ほぼ透明な魔力の色をしているね」

「そうなんですか?」

「僕なんかは水の属性が強いから薄い黒色のオーラが写ったりするのだが……なんの属性でもない純粋な魔力ということかな」

「この光が濃い部分は……」

「魔力の塊だね。言ってみれば触れられない魔力の結石といったもので、恐らくはこれも影響して魔力の流れが悪くなっていて、放置して大きくなってはそれこそ詰まって危ないだろう」

「だ、大丈夫なんですか先生!?」

 

 CT検査で体内に大きな血栓が見つかったようなものだろうか。ほっとくと血管が詰まって、その先にある組織が壊死してしまう。怖い!

 

「うーん……フリーダ嬢の魔力塊よりも遥かに大きいな……これぐらいの規模になると装着型のマジックアイテムで安全に溶かすのは難しい。マジックアイテムはあくまで、言ってみれば生活習慣の改善によって病気にならないようにするようなものだからね。ある程度の軽い病も治るが、本格的な病には専用の薬が必要になる。僕もそこまでの魔法薬学は習得していない」

「難しい、ですか……」

「なので幻想郷で、月の頭脳とも言われる名医に薬の調合を依頼しよう。それでどうにかなるはずだ」

「またどうにかなるんですか!?」

 

 またしても問題が即座に解決しそうになっている。幻想郷の常識、どうなってるの。

 

「かの蓬莱の薬師が作れない薬は無いんじゃないかな。『あらゆる薬を作る程度の能力』なんて技能が呼ばれているぐらいだ。魔法技術に関しても人間や魔女が使う程度の力など彼女にとっては児戯のようだとか……とにかく桁外れの神に近い医者がいるから、間違いなく大丈夫だよ」

「……生まれ変わってこの方、わたしの娯楽も健康も幻想郷頼みになってて……転生する世界間違えたんじゃないかな……」

 

 まあ……幻想郷で生まれても(正確にはマインの体に憑依した感じだけど)、香霖堂には通ったと思うけど。外の世界の本が置かれてるから。

 

「一応、患者である君自身が永遠亭に診察へ向かえない事情もあるから、採血と魔力を採取して彼女に見せることにしよう」

「ちゅ、注射ですか……魔力はどうやって採取しましょう」

「実はトロンベの実をもう一つ持ってきていてね」

「……街中に軽く持ち込めるレベルで、あんなににょきにょきする被害が出る実って危なくないですか」

「いや、軽く調べた限りではこの実が保持する魔力は意外なぐらい多いんだ。僕が軽く触れるぐらいではそうそう弾けたりはしない。マインくんの魔力がやたら多かったのが原因だろう。それでも、うっかり八意女史が触れて実が弾け飛ばないとも限らないので『魔力を吸う』能力を他の道具に移し替えて、簡易的な魔力を籠める道具にしよう」

 

 サラッとそういう魔術の道具をこしらえることを決める店主さん。本当に彼にとって、簡単なマジックアイテムというのはDIYする程度のものなんだろう。

 

「そういえばオカルトを失って単なるパワーストーンになったオカルトボールがあったね。パワーストーンは魔力を込められることも多いから丁度いい。そもそもパワーストーンという名だが魔力、或いは神通力の込められた石というものは古来より日本でも珍重されてきた。古い物では海の力が宿った鹽盈珠・鹽乾珠が有名だね」

「海幸山幸のですか? えーと、その二つの玉を使って兄を溺れさせたり畑を流したりしていじめ抜いて服従させたんですよね」

「いじめ抜いて……まあ、ともかくそのパワーストーンには海神の満ち引きに関わる力が込められていた。ではここで疑問だが、何故海神はパワーストーンに自分の力を込めて渡したのだろう。剣でも針でも良かったというのに」

「それならパワーストーンでも良いと思うので偶然じゃないでしょうか」

「いや、実は違う。山幸彦に渡したパワーストーン、力ある石という玉はつまり、海神である龍が手に持つ玉なのだよ。そう思えば力が籠もっていても不思議ではない。古来、人間というものは龍こそ神だと考え、龍の持つ石は神の力が宿るパワーストーンだとされた。山幸彦が持っていた玉といえば他に三種の神器にもある八尺瓊勾玉があるが、勾玉の『まが』とは元々『禍』、即ち災厄や天災を意味する言葉だ。古来より人の手に及ばぬ厄災は龍に例えられ、海幸山幸で言えば龍神の持つ、潮の満ち引きによる津波なども禍事であった。勾玉が曲線に加工されているのも龍を表しているのではないだろうか。そしてパワーストーンという言葉。和訳すれば『力石』だろうか。読み方を変えれば『か せき』……つまり化石だ。マインくん、化石といえば?」

「きょ、恐竜ですか?」

「そう。龍神の化石だ。恐らくパワーストーンとは龍神の持っていた霊力にあやかって、その玉に値する宝石に魔力を籠めるものに違いない」

 

 話がワープしてる! 化石と宝石のパワーストーンへの繋がりが薄い! でもツッコミを入れても更に長くなりそうだ!

 店主さんは「待っていたまえ」とか言って恐竜の化石を見せるべく取りにいった。持ってるんだ。自慢したいんだ。

 

 それはさておき。

 ……店主さんって、頼りになるなあ。自分になにが出来て、どうすれば問題を解決できるか考えてくれているわけで。

 ため息をつくと高説を述べていた店主さんが聞いてきた。

 

「おや? どうしたのかねマインくん」

「いえ……店主さんに頼ってばっかりで……出会ってからわたしは本を読ませて欲しいとか新聞を貸して欲しいとか、薬を貰ったり仕事の代金を貰ったり、お世話になる一方でなにも返せていないなあって……これから、少しずつでも恩を返せるように努力しないと──」

「……」

「店主さん?」

 

 なぜか目頭をつまんで上を向く店主さん。

 

「いや……近年稀に見る義理堅い感心な少女でつい感動というか、それ以外の知り合いとの差で感じ入るものがあってね」

「近年稀に見るってそれほどですか!?」

「多分百年は見ていない」

「幻想郷って……」

 

 店主さんは頭を振ってわたしに向き直る。

 

「重ね重ね言うようだが、別段気にしなくていい。僕だって人里の商店で下働きをしていたときは店の親父さんに迷惑を掛けっぱなしだったものだ」

「そうなんですか?」

「そうだとも。それに恩だってまだ返せたとも思えない。なんの仕事でもそういうものだ。そうだね……それでも気になるというのなら、以前に作った『簡易ちゃんリンシャン』をまた作って貰えるかい。あれは幻想郷で大層評判がよくてね」

「わかりました! なんでも作りますよ!」

 

 よし、こうなればわたしに出来る恩返しは、色々なものを作ってこのお店で売り、店主さんを儲けさせることだ。

 リンシャン。髪飾り。ハーブ蝋燭。飲食物。わたしの知識を使えば身近な物から作り出せる。エーレンフェストだけでなく、幻想郷でも売れれば店主さんの利益になる。わたしの取り分は本を読ませてくれる環境だけでも構わない。

 そういった道具やお菓子が古道具屋で取り扱っているのかというと、実際駄菓子なんか売られているのだし、ギルド長の娘さんとお菓子の契約を結んだぐらいなので多分結構な範囲で大丈夫なんだろう。

 大々的な事業にすると目立って周りから睨まれるかもしれないから、隠れた名店というか、知る人ぞ知る貴重な道具が売られている商店みたいな感じで。

 

「よーし、じゃあまず、パルゥの実を貰っていいですか? これから絞った油で今日作ってみます!」

「そうだね。幾つか素材用に保管しておくが、それ以外は構わないよ。採ってきたパルゥを冷蔵庫に片付けておいてくれ。枝ごとね」

「冷蔵庫あった!?」

 

 わっ、これ本で見たことがある! 氷式冷蔵庫ってやつだ!

 構造的には電気も使わない単純な断熱材を張った木箱で、冷蔵庫の上部に氷を入れれば下部へと冷気が流れて中に入れている物を冷やすっていう道具で、日本でも昭和初期ぐらいまで使われていたやつ。さすがに平成の時代になると、確か一部の老舗寿司屋さんぐらいしか使ってないんじゃないかな。

 古い趣きがある冷蔵庫の中には雪が詰められていて、ペットボトル飲料を冷やしていた。炭酸コーヒーとか。メローレッドとか。冒険活劇飲料SASUKEとか。なんか相当昔に販売停止になったやつがあって、飲んでも大丈夫か不安になる。

 とりあえず使わないパルゥを押し込んで、二つほどリンシャン用に貰う。

 

「台所借りますー」

 

 そういって包丁とかボウルとかある台所で作業することにした。本も読みたいけど、店主さんから頼まれた分、今日はリンシャンを作ろう!

 わたしがパルゥの加工、店主さんは魔力を移す用の道具作成に精を出す。

 すると暫くして、ルッツと三人の兄弟がお店にやってきた。駄菓子を買いに来たらしい。パルゥケーキで四人を釣って、油取りを手伝って貰った。意外に大変なんだよわたしだと。

 お昼過ぎにみんなでパルゥクッキーを食べる。油を完全に抜いた後のおからに、パルゥの胚乳を混ぜて練ってフライパンで焼く。やっぱり素材の質がいいのか、単純なのに美味しい。

 

「ここで特別メニュー、パルゥケーキの梅ジャム塗りだよ!」

「おおー」

「甘酸っぱい!」

「俺も買う!」

 

 と、梅ジャムとも組み合わせてみた。意外に美味しい。

 店主さんは「まあ君たちで食べたまえ」と言っていたけど、こう店主さんにアピールしたいわけで。わたしの料理知識とか技能とか役に立つところを。お皿に一枚載せてじっと見ていたら、仕方無さそうに食べて「うまい」と呟いた。よし。

 それからルッツの兄達は駄菓子を買って帰って、午後の作業はルッツが手伝ってくれた。

 ちなみに香霖堂で売っている駄菓子は一部を除いて、『紋次郎イカ』『麩菓子』『雀の卵』といったお菓子がプラスチックの大きな瓶みたいなのに乾燥剤と入っていて、個別包装ではなく一つずつ取って買うものが多い。これは「駄菓子の袋をポイ捨てする者が多くて以前に幻想郷の管理者から警告を受けたから」ということだった。店内には個別で売っている駄菓子の袋用のゴミ箱も置かれていた。

 さておき、ルッツが腕まくりして手伝いを申し出てくれたのは嬉しいことだった。帰りも送ってくれるからね!

 

「マインを手伝うと旨いものにありつけるからな」

「なんならルッツが自分で作れるようになればいいんじゃないかな」

「俺が?」

「今回も手伝ってくれたし。料理人だって自分のお店を出したら立派な商人だよ。食材の仕入れとかも勉強できるよ。職人になるのが嫌で、商人の伝手もないなら料理人を目指すっていうのはどうかな」

「うーん、料理人か……」

「すぐには決めないでいいから、考えておいたら?」

 

 それに料理人の技能があれば、旅に出ても旅先の飲食店にバイトで入れて賄い食が貰えるので食いっぱぐれないで済むって、前世で読んだ本で旅する格闘家が言ってた。

 漠然とルッツは商人になりたいって言ってるけど、何を売りたいのかはっきり自分でも指針がないんだよね。それなら料理人でもいいんじゃないかな。なんならわたしからレシピを回してもいいし。

 

 夕方まで作業をしてパルゥの油から作ったリンシャンを小瓶に分けた。

 さすが油の質がよくて匂いもほんのり甘く、ハーブの香り付けも要らなかったぐらい。試しにルッツに使ってみたら金髪の子可愛い!って感じに髪の毛が綺麗になった。成功だ。

 

「よし、できた」

「マインはこの店でこれを売るのか?」

「うん。古道具屋の仕事も勉強するけど、わたしが作ったものも店に並べて貰って少しでも売上に貢献できればいいなって」

「そうか……ちゃんと考えてるんだな。俺も考えないと」

 

 そうして店主さんに『パルゥリンシャン』を納品して、軽く採血をして(注射器から目をそむけた)その日は帰ることになった。

 魔力を抜いたおかげで体力こそないけど、息切れと同時にやってくる体の痛みは殆どない。調子がいい。

 それにそのうち、店主さんが身喰いをどうにかするマジックアイテムと薬を用意してくれる。いつ出来るかはわからないけど……なんとなく、わたしの人生に大きな希望が生まれた気がした。

 

 その夜に家族へ、自分の体のことと店主さんの伝手でどうにかなりそうなことを話すと、涙ぐんで喜んでれた。

 マインは、もう大丈夫だよ。店主さんが居てくれてよかった…… 

 

 

 

 




・この世界の薬で治せる病を永琳が治せないだろうか。いやそんなはずない(反語)

・永琳の魔法技術は変なTシャツの一個下ぐらいのランクでヤバい

・霖之助にとって子供にやるマジックアイテムはミニ八卦炉でお守り程度

・マインのリンシャンは幻想郷でも人気になるレベル

・マインの好感度比率 本を読ませてくれる80% 健康その他20% 霖之助への好感度100%!(恋愛ではない)

・次回は幻想郷。あちこちと関係したりリンシャン売れたり

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