本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左道

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※今回はほぼ幻想郷の話です


12話『霖之助と幻想の秘薬』

 

 

 <森近霖之助>

 

 

 ──僕が最初に道具を作り始めたのは人里の霧雨店で働き出すよりもずっと昔、幻想郷にやってくるよりも前だった。

 

 今の幻想郷で奇抜多彩な容姿をした者は珍しくないのだが、百年以上昔の日本となればそうはいかない。

 僕のように髪色は白く、目は黄色く、そして背丈がやたら高い者は非常に目立ち、異人扱いされればまだマシな方で妖怪と変わらない扱いを受けていた。なんなら天狗と間違えられたこともある。

 妖怪ならば人に怯えられるだけの関わりで生きていけるだろうが、半人半妖の僕はそうもいかない。食料こそ多くは必要としないが、着るものや住む場所が必要だった。

 なので僕は時に、拾った着物を縫い合わせて自らの着物を作ったり、簡易的な住処を作ったり、或いは髪の毛を染める薬を使って人里で物を売り買いしたりしながら生きていた。

 それでも住処を転々としなければならず、余所者は泥棒か妖怪と思えとばかりに人間から退治されそうになったことも一度や二度ではない。

 

 幻想郷に入ってからも人里の外で転々と暮らしていた。

 僕にとって恐ろしいのは妖怪ではなく人間の方だ。時折、人里に道具を売りに行く程度の関係でその時はまだ森近霖之助とすら名乗っていなかった。

 人里に踏み入る度、退魔の者からは怪しまれたりして長居はできなかった。

 

 僕が人里に多く関わるようになったのは百年と少し前、人里の外で妖怪に関する知識を資料ではなく直接得たい、という奇抜な乙女と出会ったことだった。

 彼女は人里でも名家の娘で重要人物であった。

 妖怪を見たいのだが、退魔の者を連れていけば必ず妖怪と殺し合いになってしまう。

 そこで人里に出入りをしていて無害そうな弱い半妖である僕に目をつけた。妖怪どころか野犬にすら負けそうな彼女の為にあれこれと妖怪から気配を隠す道具を作ってやり、仕方なく人里の外を案内した。

 もちろん当初は疑われて、博麗の巫女が監視に来ることもあったが、どうにか妖怪に襲われずに案内は進められた。

 胡散臭い半人半妖だけれど、彼女の口利きにより少なくとも人里で僕の安全は確保された。彼女の死後も人里で奇異に見られこそすれ襲われることは……まあ、滅多になかった。僕が彼女に与えた道具以上に、僕は恩を受けたのだろう。

 

 それから僕は幻想郷で、外の世界の道具が流れ着く無縁塚を見つけた。

 そこには用途も名称も見えなくなるほど朽ち果てた道具があった。僅かに名前が見えた物を僕が手に取ると、崩れて壊れ読み取れなくなった。

 誰にも名前も役割も与えられずに、知られることも使われることもなく消えていく道具。

 いつかは確かに誰かの役に立っていたのに、忘れられていく物達。

 

 それらを見ていると様々な感情が浮かんできて──結局僕は、彼らを新たな持ち主へと受け渡すため、修行をして古道具屋へなった。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

「──と」

 

 朝、目が覚めたときに今居る場所が幻想郷かエーレンフェストか悩むことがある。交互に来ているとはいえ、寝起きは頭が混乱をするものだ。

 懐かしい夢を見た。ずっと昔に少女を連れて幻想郷を回ったことだ。なんで急に……と思ったけれど。

 

「ああそうか。マインくんと少し似ていた……か?」

 

 もちろん見た目などは違うのだけれど。

 興味のあることに貪欲で、初めて見るマジックアイテムなどに大騒ぎをして、とても素直に言うことを聞いて礼儀正しく、義理堅い娘だった。

 しかしどういうわけか当代の彼女は──いやまあ、それはさておき。なんとなく、ああいった少女に頼まれごとをすると、つい請け負うのは引け目からだろうか。

 どちらにしても、大したことじゃない。

 マインくんに言ったとおり、うちで働きたいと言っている見習いにソロバンを貸すようなものだ。妖怪に襲われかねないお転婆娘にお守りを渡すように。

 

 

 幻想郷の香霖堂にて僕は針を使って細かい作業を行っていた。マジックアイテムの組み立てだ。

 エーレンフェストでは魔法は貴族の特権であり、当然ながらマジックアイテムも貴族だけが持つ特別な道具だ。武家社会で町人が刀を持っていたら目立つように、あの世界で生きるマインくんに渡すアイテムはなるべく目立たない方が良い。

 なので通常の八卦炉を縮小したミニ八卦炉……を、更に小さくしたマイクロ八卦炉とでも言うべき道具を作っている。これなら首から掛ければ周りには見えない。

 しかし魔力を抑え込み、循環させる機能までも性能を落とすことはできない。正直なところ、マインくんの魔力は人間としては多すぎる。そこで色々と仕込みが必要なわけだが……

 

 ──カラン、カラン。

 

「どうもー! 毎度おなじみ、清く正しい射命丸です! 新聞配達に来ましたー!」

「やあいらっしゃい。この季節に、窓を割って投げ入れたら解約していたところだよ」

「いきなりなんですか!?」

 

 入ってきたのは修験者の服をシャツとスカート状に改造した格好をしている、背中に黒い翼の生えた少女の天狗だ。香霖堂で購読している『文々。新聞』を発行、配達している射命丸文である。

 以前、号外を配達するのに、窓ガラスを突き破って投げ入れたことがある。幻想郷ならば破れた窓ガラスも暫く新聞紙で補えるが、エーレンフェストの寒さでは大変なことになるだろう。

 

「まったく、この前のことは謝ったじゃないですか。謝りましたっけ?」

「君が謝るわけがない」

「そうですね。謝ってばかりでは取材なんてやっていけませんから。さあ今回の一面は! ……『山の神社で売られているタピオカ茶への風評被害の訂正記事』です」

「……頭に御柱で殴られたようなコブが出来ているね」

 

 謝ることもあるらしい。

 見た目は少女だが山の神とも言われる彼女は僕よりも遥かに長生きをしている天狗で、強力な力を持っている。だが新聞記者だけあって不遜で慇懃無礼な態度はあるが、概ね殆どの人妖に対して友好的であり無害な分類である。

 ……霊夢は『有害な紙くずばっかり書いてるからさっさと滅ぼした方が良い』と言っているが。恐らく、巫女の妖怪退治を取材しては鬼か破壊神のように巫女を書き連ねて神社の参拝客を減らすのに一役買っているからだろう。

 一応は他の天狗が出す新聞に比べて、自分で取材に行っているだけあって脚色と誇張こそあれ事実は書かれているので、僕は多少なり妥協して購読をしていた。

 

「ところで文」

 

 僕が呼びかけると彼女はきょとんとした顔をして、それからハッとなって制止するように両手をこちらへ向けた。

 

「どうしたんですか? ……だっ駄目ですよ!? 解約しようとしても! 死がふたりを分かつまで!」

「そんなに長期に契約した覚えはないのだが」

「よかった……それじゃあなんですか? 私は配達に忙しいのですが」

 

 彼女は見栄を張った。彼女の新聞を購読している数は少なく、固定客のところへ配達するのならばその幻想郷でも最速と自称する早さであっという間に配り終えるだろう。余った新聞をあちこちに押し付けることもあるぐらいだ。

 あまり僕の口から言いたくないことだが、それ以外に伝えるとなると……

 

「いや、僕の知り合いのとある人間が、君の新聞を実に面白いものだと評価してね。君を褒めていたよ」

「はぁ。…………はいっ!? 私の!? 新聞が面白くて素晴らしくて幻想郷一ですって!?」

「まあ……一応比較対象に他の新聞も渡してみたが、君のが一番だと……」

 

 ちなみに比較対象は、非常に大げさに鼠一匹の騒動で山が鳴動するかの如く書いている『鞍馬諧報』と、写りの悪い念写した写真と他新聞と内容の被ったネタ、紙面構成が拙い『花果子念報』なのだが、まあそれは置いといて。

 褒められた文は両手を上に伸ばして膝を床に付き、大げさなまでに喜んでいた。

 

「やった……! これまで『新聞より安い女よりも安い新聞』とか散々言われていた私の新聞を……最高だって褒めてくれる人が……!」

「蓼食う虫も好き好きだ」

「……はっ! もしかしてご店主、実はツンとかデレとかそういうので、直接私を褒めるのが恥ずかしくてそんなことを言っているのでは!?」

「頭でも打ったのかい? ……打っているね」

 

 どうやらあまりにあり得なさそうな出来事すぎて、まあギリギリ褒めている読者の分類に入りかけている僕が遠回しに褒めているのではないかと疑い出した。

 

「なんの得があってそんなことをするんだ。僕じゃないよ。この店に見習いに来たい、という娘がそういってたんだ」

「香霖堂に見習い? これはニュースに……なりそうなならなそうな……っていうか想像上の見習いとかじゃないですよね」

 

 失礼な話だ。

 

「まあそれで、彼女が素晴らしい新聞を書いてくれた君にファンレターと贈り物がある」

「ほ、本当にですか!? ファンレター! う、嬉しい響きです……! 天狗のみんなに見せびらかしますよ!!」

 

 天狗社会では個々が新聞記者として互いに切磋琢磨し、人気を競い合っている。天狗の身分に関わらず、人気のある新聞が書けた者は周りから嫉妬されるほど偉ぶれるとか。

 文の場合はまあ下の内で中~上ぐらいの低い人気度で、無理やり新聞を有名所に投げ込んで知名度をあげようと涙ぐましい努力をしながら、迷惑な紙くずを撒き散らしていると余計に嫌われていた。

 マインくんの書いたファンレターと、小瓶を渡す。

 

「なんですか? この小瓶は」

「以前に紅魔館の主と従者、門番の髪が綺麗になったとか聞かなかったかい?」

「あーはいはい。取材に行きましたよ。えーとこの記事です。『紅魔館違法薬物使用疑惑』」

「それで?」

「あの門番の人、怒ったら強いんですね……」

「今度謝罪に花でも持っていってあげたまえ。とにかく、その時に彼女らが使った洗髪料だよ。お湯で少量溶かして髪を洗うものだ。君のファンである、うちの見習い候補が作ったものでね」

 

 マインくんが幾つか作ったパルゥリンシャンのうち、一つは新聞という娯楽をあの異世界で与えてくれた記者に渡してくれとのことで手紙も渡された。

 彼女は幻想郷へ行き来できないけれど、こうして作った道具や手紙は持ち込んで文に渡せる。

 以前にリンシャンの効果は女性たちに噂になったようで、文も目を丸くしてその小瓶を見た。

 

「えー!? これくれるんですか!? ファンレターだけじゃなくてプレゼントまで……せ、千年以上生きてきたけれど、こんなに嬉しいのは久しぶりです!」

「そうかい」

「香霖堂でシャーペンを見つけて『あっ、これ筆で書くより凄い便利』と思ったぐらい久しぶりです!」

「割と最近だね……」

 

 一応ながら彼女も滅多に買っていかないが、客でもある。僕が使い方がわからない上に起動さえできない『デジタルカメラ』を購入していき、河童に改造させて使っていたときは歯噛みしたものだ。

 

「見習いさんは!? その見習いさんはどこですか!? 取材を!」

「あー……まだ正式じゃないから今は居ないよ。病弱な子だから騒がしいのもちょっとね」

「そうなんですか。それにしても、うわぁ……嬉しいなあ……宝物にしたい気持ちと髪に使って見せびらかしたい気持ちが!」

「……一応その洗髪料は、店でも少しだけ入荷しているよ」

「買います!」

「毎度」

 

 天狗は迷いなくリンシャンを購入した。幻想郷のあちこちへと出向く彼女が洗髪料をつけていれば目立つことは間違いないだろう。

 

「それと文。頼みたいことがあるのだが」

「なんですか? ……か、解約は駄目ですからね!? 来世でも一緒に買おうって誓いましたから!」

「どれだけ長期契約したんだ僕は。そうじゃなくて、永遠亭の八意女史に届け物を頼まれてくれるかい?」

 

 マインくんの病状に関しての手紙と、魔力を写した写真。採取した血液と魔力のサンプルを纏めた小さな紙袋だ。

 幾らかの月の頭脳とはいえ、薬を作るには材料や工程が掛かる。先に手紙で情報を伝え、それ以外に必要な情報があるならば僕が面談すればいい。手紙にはマインくんが幻想郷の外で行き来できないことを明かしている。

 僕が徒歩で手紙を持っていくと迷いの竹林にて非常に時間が食われる可能性もある。案内人とは知り合いで上手く出会えればいいのだが、彼女が見つからなかったら凄く迷う。

 なので店に魔理沙でも霊夢でも常連の客でも来れば頼もうと思っていたのだが。

 

「いいでしょう。今日の私は機嫌がいいので! 永遠亭にも新聞渡してますからね! 契約はしてくれないですけど、脈はあるはず! 営業掛けるついでに渡してきます!」

 

 この前永遠亭の兎妖怪が採ったタケノコを新聞紙で包んでいるのを見たが、文には言わないでおこう。

 

「それではご店主、見習いさんが店に来たら是非取材をさせてくださいねー!」

 

 紅葉を散らす天狗は入り口を出ると空を舞い上がり、弾幕を掻い潜るような軌跡を描いて飛んでいった。恐らく、初めてのファンに気分も舞い上がっているのだろう。

 さて、作業に戻るか。

 

 

 

 *****

 

 

 

 作業の合間に休憩がてら、エーレンフェストで手に入った素材を調べてみた。

 パルゥの実と枝、それにトロンベの枝だ。これらには豊富な魔力が含まれている。

 特に驚くべきはトロンべだ。火で燃え難いという性質を聞いたので試しに薪ストーブへ一つ入れてみたが、相当な時間燃え尽きることはなかった。

 詳しく調べたところどうやら木材に含まれる魔力が水の気を生み出し、外からの熱に耐えるようになっているようだ。五行で言えば木行は火行に負けるというのに、水を生み出すことで拮抗している。

 成長して手首ほどになった枝は硬いが、若木の方は柔らかく紙や布に加工できそうだった。素材の魔力を保ち、外部からも供給できるようにすれば『火鼠の皮衣』ほどではないが、相当に耐熱性の高い衣服が出来上がるだろう。

 

 しかしトロンベの量的には、門で大騒ぎをしていたときに散らばった枝を、背負籠に放り込んできただけなので一人分の服を作るには足りないだろう。

 ……人形の服に使う程度なら作れそうだろうか? 魔法の森に住む魔法使い、アリス・マーガトロイドはマジックアイテムの蒐集も趣味だった気がする。「面倒なことになるので、ミニ八卦炉を作ったことなどをアリスに言うな」とは魔理沙の言葉だ。

 彼女にトロンベの魔法布を売りつける……というか魔法の素材と交換を申し出てはどうだろうか。魔法の操り糸があれば、マイクロ八卦炉の機能を追加できる。

 目指す設計は『自動で魔力を調整する魔力炉』だ。マインくんに魔術を教えてもあの世界では使う必要など無いだろう。なので、持っているだけで体内の魔力を正常に保つ機能を持たせるつもりだった。

 フリーダに渡したものは『常に弱い魔法を発動させる』という簡単な代物だったが、マインくんの魔力量では弱い魔法を発動させ続けても生み出す魔力の方が圧倒的に多い。妖怪寺の魔住職の如く身体強化の魔法でも使えば別だが、日常生活には過剰すぎる。

 

 なので魔力を循環させつつ、過剰な魔力を八卦炉で錬成して圧縮し『戊六(ボム)』を蓄積させる。

 戊六とはつまり読んで字の如く、戊──十干の五番目であるつちのえ、そして六は十干で六番目の(つちのと)を表す。

 戊は『茂る』に通じて植物の成長が絶頂にある、ひいては魔力が膨大であることを示す。

 一方己は植物が成長を終えて形が整然となることを意味する。

 つまりマインくんの余分で強大な魔力を八卦炉で整えて保管する形が戊六なのである。戊も己も土の属性を持ち、蓄積することに適性がある。

 溜まりすぎても怖いが、魔力の結晶体にして取り出すことも八卦炉ならば可能だ。なにせ元々金丹・銀丹を太上老君が炉で練って取り出すための道具なのだから。

 こうして魔力を抜いていけば問題なく魔力過剰による症状は収まるはずだ。

 ついでにいざというときの為に戊六を開放して魔力砲が撃てるようにしておこう。

 

 まあひとまずトロンベの若木を布に加工してみるか。

 幸いなことに、作業をする時間は幻想郷とエーレンフェストで通常の二倍はある。そう期間は掛からずにできるだろう。

 

 

 

 *****

 

 

 

 マインくんが残していったパルゥクッキーを賭けて巫女と魔女の争いが起きたり、魔女に硬い方のトロンベの枝を持っていかれたりして数日。

 

 ──カラン。

 

 店に紫銀色の髪をして、兎の耳を生やした少女がやってきた。

 

「こんにちは、お使いにきました」

「やあ鈴仙。ご苦労様」

 

 彼女は鈴仙・優曇華院・イナバ。

 竹林にある永遠亭にて、薬師である八意永琳の弟子をしている元・月の兎である。今日は背中に大きな薬箪笥を背負っていて、どうやら人里へ薬売りに行く途中のようだ。

 顔を見せるのは初めてではなく以前に香霖堂へ置き薬の販売に来たことがあるのだが、あまり僕は薬を必要としていない。だがちょくちょく顔を出して世間話程度をする程度の関係だ。商品はあまり買わない。

 

「これも仕事ですから。それより貴方、永琳様になんの薬を頼んだのかしら。研究道具を引っ張り出す永琳様なんて久しぶりに見たわ」

「そうかい?」

「薬を買いに来た半人半妖の血を珍しいから調べてみようって取り出したぐらい久しぶりに」

「ついこの前だねそれは」

 

 僕が永遠亭に行くことは少なかったのだが、近頃マインくんに与える薬を買うために出向いたらついでに採血されたのだ。

 妖怪にも人間にも使える輸血にできないかとか言っていたが……どうも八意女史の僕を見る目が、実験動物を見るようで居心地が悪かった。

 

「それで鈴仙。頼んでいた薬を持ってきてくれたのかい?」

「いいえ。永琳様が、詳しく話を聞くから永遠亭に来るようにってことと、薬の材料としてその患者がいる土地で取れる、魔力のある実か花を持ってくるように──とのことよ」

「ふむ」

「あと対価として、前に私が買っていった医療機材が入荷してたら欲しいって」

「わかった。幾つかあるから出しておこう」

 

 魔力のある実ならパルゥの実でいいか。保冷袋に入れていかねば。

 医療機材に関しては、幻想郷に流れ着くものは医療廃棄物とでも言うべき、怪しげな薬の入った試験管や注射器などがある。さすがに中の薬剤は危険なので処分するが、ガラス製の道具は消毒して保管していた。

 僕は永遠亭が幻想郷に来た頃、X線検査機などを使っているらしいという噂を聞いたのでてっきり外の世界の医者かと思ったのだが、実態は外の世界よりも進んだ医療技術を持つ存在だった。だが道具としては外の世界とそう変わらないものを使う。恐らく、これで一つの完成形なのだろう。

 

「それにしても、ああいった道具なども八意女史なら簡単に用意できそうだが」

「確かに永琳様なら幾らでも作れるけど、そんな物を作ってる暇な時間は無いのよ。他所で用意できるなら他所から買うわ」

「なるほどね」

 

 確かにかの月の頭脳がガラス工芸をするよりは難病の薬を調合していた方が時間の使い方としては効率的だろう。

 彼女が効率的に使わねばならないほど時間が余っていないかはともかくとして。

 ふと、いつの間にか。

 鈴仙が僕のすぐ近くまで来て、目を覗き込んでいた。はて? 感覚が狂ったように、彼女が近づくのを気づかなかった。

 じっとその赤い目と視線を合わせていると、

 

「──うん。特におかしなところは無いわね。安定していて長い波長。受け身型で暢気な心の様子」

「なにを診断したんだい?」

「貴方が『異世界を行き来している』とか『見習い候補』とか妙なことを言っているから、気が狂ったんじゃないかと思ったんです。私の能力で診たところ、正常みたい」

「酷い話だ」

 

 何故かマインくんに関して「見習い候補が作ったクッキー」だの「見習い候補が作った洗髪料」だの説明をするとその実在を疑われることが相次いだ。

 どれだけこの店に見習いが来そうに無いと思っているのか。

 

「まあ確かに、永琳様も幻想郷では見たことがない類の魔力だって言ってましたけど……」

「ふう。とにかく、明日にでも永遠亭に行くことにするよ。お師匠によろしく」

「あっ……それとですね」

 

 鈴仙はなぜか声をひそめるようにしながら言う。

 

「あのですね……前に鴉天狗が手紙を持ってきたときに付けていたシャンプーが香霖堂に売っていると聞いたのですが。あの、髪がツヤツヤになるやつ」

「……」

 

 文はどうやら手紙を持ってそのまま永遠亭を目指さず、どこかで髪の毛を洗ってから届けたようだ。

 僕はため息を付きながら客対応の言葉を返す。

 

「売っていますとも。幾つ必要ですかお客様?」

「えーと、私と永琳様と輝夜様で三つ」

「てゐの分は買わなくていいのかい?」

「知りませんよあんな悪戯兎!」

 

 永遠亭の妖怪兎を束ねる、因幡てゐに対して鈴仙はフンと息を吐いてそっぽ向いた。つい最近にまた悪戯を仕掛けられたのだろう。時々かの悪戯兎は香霖堂にやってきて、幸せになる壺とか健康になる水とかを売ろうとしてくるので顔見知りではある。

 しかし彼女の分だけ買わずに帰り、鈴仙が自分のリンシャンを勝手に使われて怒り出すことにならねばいいが。

 ひとまず彼女にリンシャンを売った。ちなみに数量限定のために買い占め厳禁だ。売れる時に売るのが商人というが、希少価値を上げるために売り絞るのも商売のコツだ。僕のような腕のいい商人にはわかる。

 

「こういうのも、もっといいシャンプーを永琳様は作れるんですけど時間が無いだけなんですからね」

「はいはい、毎度」

 

 そう言って鈴仙は心なしか足取り軽く香霖堂を出ていった。

 さて、明日は永遠亭に向かわないとな。

 

 

 

 *******

 

 

 

 翌日の事。

 永遠亭にて、幾つか問題は発生したもののマインくんの薬はその日のうちに調合して貰えた。

 

 問題というのは、一つは出された茶がやたら苦いこと。

 野草で淹れたような茶を霊夢から飲まされたことがあるが、それの十倍は苦かった。思わず、半人半妖はどこまで毒を飲ませても死なないか実験でもしているのではないかとか、てゐの悪戯ではないかとか疑った。

 

 もう一つは、八意女史こと永琳が若返っていた。

 

 見たとき危うく口に含んでいた茶を吹き出しそうになった。もしそうなれば、医務室の壁に掛けた弓から李広もかくやとばかりの矢が降り注いだかもしれない。

 落ち着いて彼女を見直すと、蓬莱人がそこまで変化するのだろうかというぐらい髪の毛に色艶が出ていたので雰囲気が変わっていただけだった。マインくんのリンシャンを使ったのだろう。彼女は毒も薬も効かない体質、と言われていたはずだが髪の表面を艶やかにするものは効果があるようだ。まあ、化粧のようなものだからか。

 僕が吹き出しかけたのを月の頭脳はお見通しだったらしく、罰のように更に苦い茶を淹れられて飲まされた。一時的に味覚が死ぬほどだった。

 

 それはそうとマインくんに関して問診を行い、パルゥの実を渡して、午後には彼女に合った体内の魔力凝固解消薬を貰えた。僕が作るマイクロ八卦炉との相性も考えて作ってくれたらしい。僕よりも数段──いや桁違いに上を行く技術力を持っている。

 マインくんの魔力は無色純粋な魔力に、土地が持つ魔力をやや含んでいるとか。産土のようなものだろうか。同じくそれを含むパルゥを媒体にして月の頭脳により解析され、薬はつくられた。

 ついでに僕の体も色々と調べられた。二つの世界を行き来していることで悪影響が出ないか、怪しげなX線を出す機械にまで入れられて検査された。

 

「特に問題は無いようだけれど、体調不良とかの自覚症状があったらすぐに来なさい」

「わかった」

「それにしても、病気にならない半人半妖が異世界を行き来していることは不幸中の幸いなのかしらね。下手をすれば幻想郷の病気を向こうに持ち込んだり、その逆に向こうの病気を幻想郷に広めたりする羽目になっていたわ。免疫がないのだから」

「たまには僕の体質も役に立つものだ」

「まったく、幻想郷の管理者は何をしているのかしら。月からの侵略でもないのに別世界との接点が生まれるなんて……」

 

 僕が夜な夜な別世界へ行っていることに関しては月の頭脳も把握していないことだった。

 まあ、彼女が本気になればこの妙な状態も解決してしまえるかもしれないが、動くだけでパワーバランスが崩れるほどの存在である八意女史は滅多なことでは手を出さないだろう。

 

 薬を持って店に帰ろうと、医療器具を入れてきた大きな背負箱の蓋を開けた。

 そこにはやけに髪の毛がしっとりとして、普段はゆるく波打っている髪質も真っ直ぐになっている吸い込まれるような黒髪に、白銀色の耳が飛び出た頭があった。

 

「ころり転げた木のお箱」

「……」

「物珍しく、幸運の兎も穴に入りたいお年頃だよ」

「なにをやっているんだ、てゐ」

「鈴仙の買ってきた髪洗い薬を使ってみたら、これがまた怒り出してしまって。あんなに怒られたのは久しぶりだわ」

 

 そういえば永遠亭にて早足で、鈴仙がノシノシ歩きながら何かを探していたようだったが。

 

「しょっちゅう怒られてるらしいじゃないか」

「鰐の背中に乗って海を渡ったときぐらい怒られたわ」

「しょっちゅうそれぐらい怒られてるのか」

「半人半妖の今日の運勢は、兎妖怪を外まで運び出すと上向くでしょう」

「……まあいいか」

「ところで霖之助ー、お師匠をちゃんと褒めた? 今日は綺麗だねとか。若見え肌だねとか。月がきれいですねとか」

「肌は全然変わらないだろう」

 

 まあ確かに雰囲気が変わっていて面食らったが、彼女は褒め言葉など当然のように聞き慣れているだろうしお世辞を言うまでもない。

 てゐは残念そうに耳をピコピコ動かして言う。

 

「褒めなかった場合半人半妖の運勢は下がるでしょい」

「でしょい?」

「姫様も見た? いつもより綺麗で、木石の如き霖之助が見ても難題の秘宝を捧げんばかりだよ。なんなら渡しておくから宝を私におくれ」

「そうだね。取りに来るならうちにある『幸せになる壺』『健康になる水』『心が豊かになる複製絵画』などを君に持っていって貰おう」

「クーリングオフは不可~」

 

 軽口を叩きあって、てゐを箱に入れたまま背負って永遠亭を後にした。道中で箱の中でカチカチ音を鳴らすのは不安なので止めてほしかったが。

 

 途中で知人の竹林案内人のところへ寄り、軽く挨拶をして外の世界から流れてきた怪しげな煙草を売った。体に悪そうな種類の煙草が好みのようだ。彼女は老いも病気も無いからだろうか。

 お礼に漬物を渡された。彼女が案外に料理好きなのは、人助けをした際にお礼で野菜などを渡されるためだ。その分金銭に無頓着なので、こうして僕と取り引きをするときは漬物だの干物だのを渡してくる。

 燃えない木に関して話をすると少し興味を持ったようで、試しに今度燃え尽きない木製の退魔針を作ってみようと言うことになった。実は彼女も術符だの退魔の道具だのには詳しい。燃え尽きて使い捨てになるのを若干気にしていたようだ。

 

 そんなこんなで案内人のところから出発する頃には置いていた箱から兎妖怪は居なくなっていたが、代わりにタケノコが箱に入っていた。この竹林では複数種類の竹が生えていて秋でもタケノコが採れる。

 なるほど、物理的に幸運になったわけだ。

 

 薬は手に入ったがエーレンフェストでは春まで出歩けず(八意女史の見立てでもすぐに死んでしまうほどの症状ではなく、むしろ薬を飲んで一時的に体が弱るために真冬は避けたほうがいいらしい)、マインくんに渡せないのでマジックアイテムでも作りながら待つことにしよう。 

   

 

 




・おわかり頂けたであろうか(旗折り的な意味で)
・ただ幻想郷のキャラと世間話をしただけです
・キャラの交友関係が増えるのは東方二次創作でよくあること
・霖之助が阿礼乙女から何故か英雄扱いされてるのは公式なのでセーフ
・文とは付き合いあるのでセーフ
・永遠亭に関してはギリギリ接点の可能性があるからセーフ!
・マジックアイテム関連に関してアリスまで出したかったけど長くなったので次回アリス

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