<マイン>
美味しいご飯も食べたのだから、後は畳にごろ寝をしながら読書でも出来ればこの世の天国なのだけれど、幾らなんでも用事を果たさないと。
いろんな話し合いをしたり、わたしの仕事を確認したりでやらないといけないことは沢山ある。
ご飯を食べた居間からお店にいる店主さんのところへ向かったら、彼は裁縫を終えてリンシャンの検品をしていた。素焼きの壺にたっぷし入ったリンシャン。メリルの実で作ったのとパルゥの実で作ったやつの二つある。やっぱりパルゥの方が上質な感じだった。ただ期間限定な上にすごく手に入れるのが大変だ。店主さん籠一つ満杯に取ってたらしいけど、普通は頑張って一人あたり二つか三つ取れればいい方みたい。
リンシャンを柄杓と漏斗で香霖堂にあった小さな焼物の器に移し替えている。数日置きに少量ずつ使えば半月ぐらいは持つぐらいの量に。うちはそもそも瓶とか壺をあんまり持っていないから小分けにできなかった。
店主さんが顔を上げる。
「食事は済ませたかい?」
「はい! すごく美味しかったです!」
「それは何よりだ。ではマジックアイテムと薬の説明をしても構わないね」
手招きをするので机の近くまで行くと、そこには八角形をした五百円玉ぐらいの小さなモノが置かれていた。厚さは消しゴムぐらい。陰陽の太陰大極図とよくわからない模様がつけられていて、キーホルダーみたいだ。
「これが……随分小さいですね」
「名は『マイクロ八卦炉』。小さくしているのは目立たないようにだね。サイズを大きくすることもできる」
店主さんがマイクロ八卦炉を手に取ると、軽く押さえたかと思ったら八卦炉が手のひらサイズまで大きくなった。厚さもお椀ぐらいになっている。
「わあ、これも魔法ですか?」
「ああ。基本的には小さい状態で持っていればいいが、機能を十全に使うには大きくしなければならないので可変の機能をつけた。そもそも八卦とは両義、すなわち相反する二つの属性を兼ね合わせた存在だからね。大と小という二つの性質を魔術的に組み込めば八卦炉本来の機能として大きさも可変になる」
「八卦炉……ええと、本で見たことがあるような。ああ、『西遊記』に出てきましたっけ?」
「そう。西遊記で登場したときはかの斉天大聖を閉じ込めて焼き殺そうとしたが、それの破片が地上に落ちた際には火焔山となって燃え盛っている。しかし普段は手に持てる程度の仙丹を作り出す道具として太上老君が使っている。つまり八卦炉はもとから大きさが可変なのだよ!」
「な、なんだってー!」
今のところは店主さんの考察に矛盾はなさそうだけれど。
っていうかサラッと道教の主神みたいな太上老君が使っていた道具を再現して作ったのかこの人。またマイクロ八卦炉を小さく戻していた。そういえば孫悟空も耳に如意棒を隠したりしていたから、仙人の間では道具のサイズを変えるのはメジャーな方法なのだろうか。
「とはいえマインくんは魔術の心得も無いし、日常生活で使うものでもないだろう。君が魔法使いとして活躍したいなら別だが」
「いえ。わたしは本に囲まれて生活することが人生の目的ですから。……ちょっとは魔法に興味ありますけど。料理するのに火をつけるのが魔法で出来たら楽だなーとか、お風呂沸かしたり髪の毛を乾かしたり出来たら便利だなーとか」
「基本的な魔法はそのうち本ででも勉強したまえ」
「店主さんは教えてくれないんですか?」
こういう道具を作れる店主さんが魔法を使えないとは思えないけれど。だけど彼は軽く手を振って言う。
「僕の場合は正式な方法で魔法を学んで身につけたわけじゃないし、それほど習得に熱心じゃなかった。道具作りに必要だったから覚えた程度の話だ。火を出す魔法を覚えるよりは薪にマッチで火をつけて風呂を沸かすよ」
「火を出せるマジックアイテムは作れるのに本人が火を出す魔法を覚える気がないなんて……」
「ちなみに、そのマイクロ八卦炉だと簡易的に発動する魔法として風を吹かすことができるから髪は乾かせる」
「簡易的?」
「魔力を注いで念じるだけで使える魔法だ。少しやってみよう。小さい状態でも発動可能にしている」
店主さんが手のひらにマイクロ八卦炉を載せると、僅かに彼の目が光ったような気がした。そうすると、わたしの全身に扇風機を浴びせたぐらいの風が吹き付けられる。髪の毛がバサバサと揺れた。
「凄い!」
「八卦炉は風の属性も持っている。斉天大聖が焼かれたときも風の力で身を守って難を逃れた、八卦の南東『
「手加減?」
「魔法を扱うことになれていない子がどれだけ魔力を注げば適正な魔法が発動するかもわからず、それで火の魔法でも使っていたら火傷なり火事なりを起こしてしまうかもしれない。昔それでマジックアイテムを渡したこっちが冷や冷やとする羽目になってね」
「なるほど。確かに爆発とかしたら怖いですね……」
魔力なんて目に見えないし、自分の中にどうあるのか把握できていない力の調節なんてすぐには難しいと思う。
「まあ、魔法も人が見ている前ではあまり使うべきではないと思うから緊急時のためだ」
「緊急?」
「魔物に襲われたとか、誘拐されそうになったとか……そういうときは強い意志を持って、相手を風で吹き飛ばそうと念じたまえ。最大出力ならここの城ぐらいは吹き飛ばせるだろう」
「はい! ……はい!?」
思わず聞き返した。
今、お城を吹き飛ばすとか言わなかった!? キャッスルのことだよね!? メジロとかじゃなくて。
「お城吹き飛ばせるって火力過剰じゃないですか!?」
「攫いにくる相手の実力を天狗ぐらいだと見積もって、天狗の風に瞬間的に勝てる程度の威力を出すためそれぐらいの威力になった。使うときは方向に気をつけることだね」
「天狗は来ませんよ普通!」
「本当にそうかな? 僕も君もこの世界については詳しくない。天狗がいても不思議ではないだろう」
そ、そうかなあ……?
中世ヨーロッパ風魔法のあるファンタジー世界に天狗が出てきた物語なんてわたしは知らない。いや、現実と物語は違うといってもセオリーってものがあるんじゃ。
とにかく、最大出力で使う機会なんて無いと思うんだけど、渡されるファンタジーなお守りがヤバい破壊力を持っていることだけは気をつけていかないと。っていうか、貴族以外は魔法を使えないことが常識なんだから、下手に使うと目をつけられて厄介事になると思う。そんな物語は沢山読んだことがある。
「とりあえず基本的には身につけておくだけで魔力障害を防ぐための道具だ。君用に調整しよう。手を出したまえ」
「はい?」
言われたとおりに手を差し出すと、店主さんがピッと何かわたしの小指の先に引っ掛けるような動きをした。彼の手には針がある。へ?
すると、じわりと指先から血が玉みたいに浮き出てきた。
「あわわ! て、店主さん!?」
「……いや、小指からちょっと血が出たぐらいで泣きそうなぐらい慌てなくても」
「怖いですよ!?」
「マジックアイテムに血を登録するんだ。すぐに済むから待ちなさい」
ううう、血を見るのは苦手だ……本だったら割とグロテクスなものでも読めるんだけど。
店主さんがわたしの小指の先に八卦炉の一片を触れさせると、図形の文字と模様が薄く輝いた。
「八卦の『
「兌?」
「兌とは即ち
無線で繋いだって感じかな? 直接ずっと肌に触れ合ってないといけないってなると結構大変だから便利かもしれない。
「このマイクロ八卦炉には八卦のそれぞれ
天属性の魔法ってなに!?
なんかすごく沢山の拡張性をマジックアイテムに持たせているみたいだ。携帯電話の存在しか知らない子供に高性能スマホを買い与えるみたいな感じかも。使いこなせる気がしない。
でも店主さんの言う通り、体調管理の魔法と緊急時に風を吹かせる程度の魔法ぐらいあれば今の所は充分かも。風は主に髪の毛を乾かす際に。
「とりあえず魔法を使ってみるかい?」
「はい!」
日常に使うか使わないかはともかく、ファンタジーのように魔法が使えるとなると試してみたくもなる。
「では八卦炉を手にとってみなさい」
言われてわたしはそのキーホルダーみたいな道具を手にすると、一瞬だけ冷たい感覚がして、それから八卦炉が生きてるように熱を持つように感じた。
わたしの体の奥底にある、体調不良で弱ったときに焼けるみたいに感じた熱が移るように。沢、と店主さんは言ったけど、溶鉱炉で溶けた鉄が流れていくようなイメージが浮かんだ。
八卦炉全体の模様が光り輝き、唸りをあげている。パソコンを起動させているようなものなのかな、大丈夫?
やがて光は収まり、元の地味な色合いをした模様に戻る。
「ふむ……見たところいきなり
「ボ、ボム!? ボムってなんですか爆弾ですか!?」
「君の余分な魔力を錬成した塊だ。いざというときの魔力タンクに使えるし、結晶として取り出すこともできる。機能を試す為にやってみよう」
店主さんが手を重ねるようにして触れる。多分こう、パソコン初心者の後ろからマウスを握って指導するみたいな感覚。
そうすると八卦炉からピンポン玉ぐらいの僅かに黄色っぽい透明な結晶が出てきた。宝石というかガラス細工のようにつるりとしていて透き通っている。店主さんが手にとって観察していた。真剣な顔で見ていると少し不安になったりもする。あんなのが体の中から出てきたのか……尿路結石みたいに。
「魔力の固定化に問題はなさそうだ。まあとりあえず次は風を起こしてみようか。イメージしやすいように目を閉じてそよ風を正面に吹かしてみるように念じたまえ」
イメージ、イメージ。目を閉じて、手で握っている八卦炉と魔力が繋がっている……らしいことを想像して、その魔力で風を……あれ? 魔力で風ってどういう感じなんだろう。
ええと、魔力を気体のようなものだとして……それを風船に溜め込んで、その空気を抜くイメージ?
どぉんガラガラと凄まじい音がして、わたしは尻もちをついて転んだ。
恐る恐る目を開けてみると、店主さんが机ごとひっくり返っていて、その背後にあった本棚が倒れて本で埋まっている。うわ。わたしの死因!
店の中は埃が舞い上がり、ランプは床に落ちて割れ、一部の商品がなぎ倒された。
これは……いや、うん、恐らく。
「わたし、なんかやっちゃいました?」
「……とりあえず君は魔力が馬鹿みたいに多いということを考慮して試させるべきじゃなかった」
「ごめんなさい!!」
土下座ー!
店主さんはよろけるように埋もれて押しつぶされた本と机を退けて起き上がり、お店の惨状を見てため息をつく。
やってしまったー! お店が散らかり放題だ! わたしの馬鹿ー!
「風魔法の発動は今度、門の外でひと目のつかない場所でやろう。危ないから」
「すぐにお片付けします!」
慌てて駆け寄り、散らばった本を片付ける。机を起こすのはわたしでは難しそうだ。
ん? あれ? あっこの本、前に稀覯本フェアで見たことがある激レアな古書だ!!! ふおー! 保存状態もいい!!
「マインくん?」
「はっ! ご、ごめんなさいつい」
とりあえず本を重ねて置いて本棚に戻す。ううっ元大学図書館司書(勤務歴ゼロ日)としては十進分類法に従って可愛い本ちゃんを並べてあげたいところだけど、内容をまだ全然読んでないから分類ができないことを歯噛みする。一応、タイトルからの印象だけで順番に並べていった。身長が足りないので踏み台も使って。
その間に店主さんはなぎ倒された机や椅子、商品を元に戻す。迷惑をかけて申し訳なさすぎる!
そして最後に天井から大量に落ちてきた埃だけれど、店主さんがわたしから八卦炉を借りると小規模のつむじ風みたいな風を部屋の真ん中に発生させて器用に集めてからチリトリで回収していた。部屋の中で暴風を起こしたわたしとは違った上手な魔法の使い方だった。製作者だから当然というべきかな。
「というか店主さん、そうやって簡単に掃除ができるのに、この枕でも作れそうな量の埃は……」
「面倒だ」
きっぱりとそう言って椅子に座り直した。日本にいた頃はわたしも部屋の掃除とか適当で、お母さんに怒られていたからわからなくもない。やればできることを何故やらないのか。この世界に来てから他人に対しても自分が言われていたことを思うようになったけど、結局の所は優先順位が低いからでしかない。
まあ……わたしが働くようになったら、家政婦のように働く予定だ。余った時間で本を読ませてくれればいい。怠けて店から追い出されるのが一番の懸念だから。
とりあえず練習する機会があるまで使うこともないだろうけど、マジックアイテムで魔法を使えることもわかった。大きさを変えるのは頭の中でスイッチを入れたりするイメージでなんとか成功し、小さい形態のまま首から提げられるようにしてくれた。
なんとなく『兌』の魔法で魔力をマジックアイテムに流すようにしたら、少し気分がいい。でもわたしが虚弱なのがすぐに治るわけじゃないので気をつけるようにも言われた。
それから薬の説明も受ける。
「これを飲むとすぐに眠くなる。そのまま三日程度昏睡してしまうので安全な自宅で、家族にも説明しておくように。昏睡している間は体が魔力で薄く光るからそれも教えておくといい。光が消えれば目覚める兆候だ。あと眠っている状態で動かさないこと」
「どうしてですか?」
「危険だからだ。主に周りが、だね。体が光るのは魔力が漏れないようにする膜のような効果があり、それが外部からの刺激で破れたりすると高濃度の魔力が周囲に悪影響を及ぼし、魔力酔いでひどいことになるか、魔物を呼び寄せるか……」
「ひうっ! と、とにかく絶対触らないように言っておきます……」
「そうしたまえ。効果自体は最高の頭脳を持つ薬師が専用に調合した薬だから、神だって効き目は保証するだろう」
まずその神レベルの薬師っていうのが想像できない……
日本の医療系の小説や漫画で、凄まじい腕前の外科医ってのは結構出てくるけど、なんでも治せる薬をサクサク作れる薬剤師とかはあまり見なかった気がする。そんな都合のいい薬がポンポン出てきたらリアリティが無いって言われるからかもしれないけど。
神話で人を生き返らせるぐらいの薬師になった人なんか神様に怒られて殺されているし、万能の薬を手に入れるには冒険などが必要だったりする話は多い。ほぼ無料みたいな扱いで直接診察もしていないマイン特効薬を軽く作ってくれるなんて、状況が状況なら信じられないだろう。
でも店主さんの言うことだし、騙したところでなんのメリットも無いんだろうからここは素直に信じるしかない。
……三日も意識を失うのは怖いけど。丸一日半ぐらい意識を失うのはマインの体になってから何度かあるから、それの延長と考えよう。前向きに。
できれば、その三日の昏睡も香霖堂で安置された方が、いざというときの為に魔法が使える店主さんが居てくれればわたしも安心なんだけれど。
その「いざ」というのがどういう状況なのか説明はできないから、漠然とした不安のためにまた店主さんに負担を掛けるのも心苦しい。
うちの家族も、病気の娘が三日も他所に入院となったら心配に心配を重ねるだろう。そもそもここの常識に入院するという事例が存在するか怪しい。日本だったら救急車呼んでそうなぐらいのわたしの症状だって家で寝かせるだけなんだから。
どうしても香霖堂じゃないと危ないっていうならまだしも、どっちでも大丈夫で触らないように気をつけるだけっていう理由なら、きっと父さんとか間違いなく家にしなさいって言うだろうし。
薬のことはひとまず納得して、これからのことを店主さんに相談した。
「住み込みで雇ってください!!」
「親御さんを説得できたら考えよう」
「頑張ります!!」
「説得の際に『店主がぜひ住み込んでくれと頼んできた』とか『仕事や病気の都合で必要なこと』だとか嘘をつかないように」
「……」
即座に釘を刺されてわたしは思わず硬直し、店主さんの冷たい視線を浴びた。
だって! 絶対絶対絶対反対するもん「そこまでなら仕方ない」っていう理由がないと!
なにせ住みたい理由は、家でも生活できるけど香霖堂の方が圧倒的に生活レベル高いから住みたいというだけで、自宅に住めなくなるやむを得ない事情はほぼ無い。
トゥーリが今年の夏には針子の見習いに入る。最初のうちは家から週の半分ぐらい通うことになるらしい。完全に針子として働いている母さんも、やっぱり家から通っている。
前に店主さんが言ったように、住み込みになると生活費を相手に負担させてしまうことから給料が著しく下がるのも珍しくないようだ。事情があって家が無いとか、独立を目指して無給で腕を磨き技術を学ぶとかならまだしも、普通は家もあるのに給料を減らして住み込みになる者はいない。ブラック企業とか奴隷だよ。でもこの香霖堂だとお金払ってでも住みたいわけで。
「そ、それは嘘というか……そのうち住ませてよかったなあって店主さんが感じることへの前借りというか……わたしの体力気力その他諸々の都合で必要なのも仕事や体調の都合だと言えなくもないというか……」
「君、礼儀正しい素直な子だって印象かなり崩れてきているからね」
「はうっ」
だって仕方ないもん!
というかマインじゃなくて麗乃ははっきり言って礼儀正しくも素直でもない人間だったわけで。就職するときは猫をかぶったけれど。現代日本だと他人への礼節をある程度スルーしてもなんとなく生きていける。でもマインだと、立場も弱いし体も弱い、誰かに助けてもらわないと生きていけない状態だからやっぱり無理している。時々素で性格の悪さとか口や態度に出ちゃうこともあるけど。
店主さんはため息をついて告げてくる。
「まあそれほど気にすることはない。常識的な範疇だからね。だから、君もこの世界で常識的に行動するといい。恐らく普通の親ならまだ四つ五つの娘を生きるか死ぬかでもないのに他所に奉公させないだろう」
「ううう」
「まず体力や虚弱さも問題だ。すぐに熱を出して倒れる娘を泊まり込みで預かって万が一があれば面目が立たない。働く云々より、健康になることを優先して考えなさい」
ぐうの音も出ない。こうなれば住み込みをすぐにするのは諦めて、ハードルを落とす。
店主さんからの信頼を得て、いつでも本を借りれるようにする!
一日で一冊読み終えたとしても、この店にある本だったらすぐに読破してしまうかもれない。だがそこで、ここでわたしが稼いだお金を店主さんに手間賃として渡し、幻想郷で本を借りてきて貰ったり、天狗の新聞を全種類購読してもらったりできれば読めるものがぐっと増える。
もちろん店主さんに面倒をかける分だけ、わたしは恩を返すべきだ。もう命やら未来の希望やら、返しきれないぐらい恩を受けているけど、少しずつでも。
さて、店主さんと話さないといけないことは山程ある。
これから見習い候補としてお店に通う予定の案を店主さんと確認した。ひとまず薬を使って三日ぐらいは寝込むとして、その後から。
可能なら毎日でも通いたいところだけれど、今の所わたしの体力だと不可能。トゥーリやルッツに連れて行って貰うにしても、ふたりとも日頃薪を取りにいく南門外の森とは全然違う方向な上にわたしの足が遅いから邪魔になるだろう。余程慎重に、今日父さんに連れて来られた三倍ぐらいの時間を掛けて、休み休みルッツと来たときにどうにかなったぐらいだ。翌日寝込んだけど。
なので三日に一度、父さんが昼から仕事に出る日にできるだけ歩いて無理なら肩車してもらって連れて来てもらう。それ以外の日は家の手伝いで体力をつける。家族にも要相談だ。
そしてお店ではリンシャンや料理の開発。この世界の材料でわたしの世界の料理を再現したものを売れば相当なお金になるようだ。だってカステラ作りを手伝っただけで一千万リオンも店主さんに渡されたんだよ!? そんなに価値あるの!?
まあ……独占で契約したからそうやって売ったものはもうこの店でも売れなくなるんだけど。他にもフランチャイズ契約とかあると思う。ケンタッキーのカーネルおじさんは度重なる不況で財産を失ったけど、自慢のフライドチキンのレシピを利益の数%貰う契約で売って下剋上したらしい。伝記で読んだ。
店主さんが売って利益にするという考えはあまり無いようで、わたしが売るならそうすればいいと言ってくれた。店主さんって商売っ気が無いというか、真面目というか……確かにわたしが発明したでもない知識を売るのはどうかとも思うけど、そこを悩んでも仕方ないと思う。コネチカット州から中世初期のイギリスにタイムワープした有名なボスだって、貴族制度には反対しつつも自分が作れるものは発明品として広めたのに。タダで教えたところで、わたし以外の誰かが発明者としてお金儲けに利用されるよ。
そういえばルッツ。この冬でルッツの家にて何回か料理をすることになり、ルッツ自身も料理人を目指すのも悪くないと思って今はおばさんの料理も手伝っているらしい。料理人なら見習いになっても賄い飯で食いっぱぐれないって言葉が効いたみたいだ。
フリーダに独占契約で売るとアレだけど、フランチャイズ契約をルッツと結んでルッツに料理店で繁盛してもらって、幾らか取り分をわたしが貰うという方法もあると思う。ルッツが一人前になって自分のお店を出したら、という気長な話でもあるけど。
ついでに言うと、レシピの契約魔法は『エーレンフェスト内』という制約らしい。店主さんが万が一幻想郷にも契約が及ぶのかと、魔法の契約書だった為に念入りに確認したそうだ。じゃあもしルッツが将来の夢である旅に出たとして、他所の街で教えられたレシピを売り出すのは問題ないよね。うまく売れれば相当な儲けになるし、フランチャイズ料金を払わずにお店も出せる。
どうも自分の状態が安定してくれたおかげか、他人の将来にまで気を回せるようになった。
しかし熱で死ぬことはなくなっても、まだお鍋も包丁もまともに持てないぐらいの貧弱さだからなあ……筋トレ魔法とか無いのかな。
わたしがそんなことを考えていると、店のドアベルが鳴って来店を知らした。
*****
<ベンノ>
「……ここだ」
「へぇー……いやなんだこの店。店かどうかも見かけからじゃよくわからないぞ」
店へと急にやってきたオットーを連れて、俺は西門近くにあるコウリンドウという奇妙な店へ再訪していたが、オットーの感想は俺もその通りだと感じている。
このいつの間にかできていた古道具屋だという店は、ほとんど商業ギルドの噂にも上がらない不思議な店だった。噂ではギルド長がわざわざ足を運んで調べたらしい。その結果はどうなったのかわからないが。
以前にこの店へ入ったときは奇妙な髪飾りを見つけてそれを購入し俺の店に持ち帰った。だがどう調べても、髪飾りの材質や作り方が判明することはなかった。
ならば店主に聞くべきかとこれまで何度も足を運んだのだが、その度に店は閉まっていて入ることができなかった。
だが今日は、この友人であり義弟でもあるオットーの上司が娘をその店に預けて来たという。なんでもオットーとも知り合いなその娘はコウリンドウの見習い候補だといった。
事情はさておき、それならば今日は確実にコウリンドウは開いているだろうと仕事を置いてやってきたところだ。
これまで固く閉ざされていた扉を押すと、カランカランと鐘の音が店内に響いて、室内の熱気が風のようになって押し寄せた。
「……やっと開いていた。雪解けに祝福を。春の女神が大いなる恵みをもたらしますように」
声が忌々しそうになってしまったが、一応は春先になってから出会った商人の定形を口にする。
相変わらずどう見てもこの国の物には見えない衣服を身に着けている銀髪の店主が若干間を開けた。服飾関係の商会で大店をやっている俺が断言するが、この店主の服は貴族だろうが神官だろうが着ていないものだ。あの髪飾りといい、恐らく外国の品物ではないかと思う。
店主が小さく頷いて返事を返した。
「雪解けに祝福を。春の女神が大いなる恵みをもたらしますように……──……?」
今何か疑問形じゃなかったか?
そう思わなくもなかったが、ほとんど視界に入らなかった足元から声が掛かる。
「よ、ようこそ香霖堂へ! ここは古道具屋になりますが、本日は何をお探しでしょうか」
「店員なのか? こんなにちっこいお嬢さんが」
思わずそう呟くのも無理はない。この国では見習いになってから一人の人間として扱われる。それ以前の子供は契約ごとにほとんど関われない。給料を払うことも普通はできないものだ。
店主は仕方なさそうに──それこそ子供をあやすように言う。
「マインくん。今日は働きに来たわけじゃないだろう。それにそのお客さんは二度目の来店だよ。うちの店で二回くれば常連みたいなものだ」
二回来れば常連というのは客をしっかり覚えているという意識の現れだろうか。まさか滅多に客が来ないから二回目で珍しいということではあるまい。
俺に続いてオットーが店に入ってきた。
「へえ、ここがコウリンドウ……確かに変わった店だな」
「あれ? オットーさん?」
「やあマインちゃん──ってうわ!? マインちゃんどうしたのその格好!?」
オットーがのけぞるようにして驚いたので、改めて少女をよくよく見ると……かなりおかしかった。
やけに艶のある髪の毛に何か棒のような物が挿さり纏められている。肌は白くて輝くようで、着ている服は白黒の地味な色合いだが見たことのない裾の仕上げになっていた。靴が汚い平民の物なのが異常な違和感だが、俺の店にいる女店員でもここまで身綺麗にしていない。下手をすればお貴族様の下で働く侍女見習いのようだ。
少女はスカートを広げるようにしながら嬉しそうに言う。
「店主さんに古着を借りたんです」
古着……やはり見えてきたぞ。この店は外国の品を貴族に売ると同時に、貴族の品物を下取りしているのではないだろうか。
どこかの貴族から放出されたメイド見習いの服だと考えれば品質にも納得がいく。どちらにせよ、外国の輸入品を扱うということは後ろ盾になる貴族……それも上級貴族がいるはずだった。
「いや、これかなりの物じゃないか? なあベンノ。うっかりどこかお貴族様のお嬢様かと思ったよ。班長が見たら担いで街中を回りそうだ」
「それ嫌ですね……」
悪目立ちをしすぎる。誘拐犯だと思われるぞ、こんな身綺麗な娘を連れ回していたら。
「今日は俺朝番だったんだけど、交代で来た班長がマインちゃんを店に連れて行ったっていうから、前々から店を気にしていたけど開いている日に来れなかったこいつを呼んで来たんだ」
オットーは親しげに俺を手で指した。店主に、というより少女に俺を紹介している。
「こっちはベンノ。俺が旅商人をしていたときの知り合いで、この街で服飾や装飾を扱うギルベルタ商会を開いている。ベンノ、これがマイン。門で字を教えていたら一冬の間に習得してしまった、逃した魚だ」
「はじめまして、マインです」
何度か頭のいい子がいるから仕事の助手にしたいと話していたが、一冬で文字を習得だと? そんなに簡単にできればどれだけ教育が楽か……
それにしてもオットーといい、この店主といい、
「洗礼式前の四歳ぐらいの子を働かせているのか?」
「六歳です」
訂正された。六歳には到底見えない。店主がため息まじりで言う。
「いいえお客様。そちらの少女は個人的に預かり番をしているだけで、当店の店員ではありません。見習い候補ではありますが、真似事をしているだけですよ。それで本日はどのようなご用件で?」
「……以前に髪飾りを買ったが、こちらで調べても材質も作り方もわからなかった。確認しようと店に何度も訪れたが、その度に閉まっていたぞ。一冬越してしまった。この店はどうなっているんだ」
「それは失礼。見ての通り、僕一人で経営している店なので店番も居らず、仕入れや配達などで出かける際には閉めなければならないものでして」
確かに、他に店員の姿は無い。貴族相手に取引をしている店にしては規模がかなり小さい。まず一階建てというのが信じられない。
普通の店というものは、一階を店舗、二階を主人の住居、三階以上を人に貸すか住み込みの部屋にする。だがこの店では店主の住居も一階にしているので店自体が狭くなっている。
つまりはこの店……最初から品数と顧客を絞り、更には多くの者を雇わず関われないようにしているのだろうか。外国及び貴族との取引で知られたくないことがあるのかもしれない。或いはここの店舗は倉庫のようなもので、直接顧客に配達して販売することを主力にしているのか。
もしくはこの店以外で市場に流れた貴族の道具を買い戻すためここに店を出して情報を集めているのかもしれない。ここの店主が非常に高額な貴族の本を購入したという噂は聞こえていた。
唯一、見習いに雇うというこのお嬢ちゃんだがどういう事情なのか……妙に小綺麗だな。
「それにしても……変わった服を着ているな。髪の毛も妙に艶がある。その髪に挿している棒はなんだ?」
「『簪』です。……木の棒で髪を纏めているだけですよ?」
「ふむ。そんなもので纏められるのか……その髪は? 何を付けている?」
困ったように娘は店主へと視線を向ける。ああ、当然のことだがこの娘の私物ではなく店主から借りているものだったか。
彼は勿体ぶったように大きな壺を取り出した。
「お目が高い。彼女の髪に付けている物は『簡易ちゃんリンシャン』になります。エーレンフェストでもここでしか売っていない品ですよ」
ここでしか売っていない……そう言い切れるのは自分のところで作っているか、或いは手に入るルートが唯一か。恐らくは後者だろう。
「桶に張った水もしくは湯で少量溶いて髪を根本まで満遍なく洗えばこの通り、夜でも輝きそうな色艶に」
「ほう……」
「ベンノ! これ買おう買います幾らですか待ってろコリンナ!」
オットーが勢いこんで食いついた。嫁であり俺の妹のコリンナに使いたいらしい。
店主は少し考え込む様子を見せ、小瓶に入った商品を机の上に置きながら値段を開示した。
「大銀貨一枚」
「高い!」
思わず俺とオットーの声が重なった。大銀貨一枚だと? 門番をやっているオットーの月給より高いぞ。少女もびっくりしてむせているようだ。
髪の毛につけるだけの消耗品にそんな金を払うやつなど、余程の物好きか……いや、貴族相手に商売をしているんだったか。
俺にとっては払えん額ではないが、かといって得体のしれないものにポンと出すには高い。これが新たな商売になるというのならば買うべきだが、一つ買ったところで製法を見抜けるだろうか? 外国産の素材を使っているとなればお手上げだぞ。
ふらふらとしたオットーが財布からカードを取り出そうとしている。っておい!
「待てオットー! 安月給のお前がせこせこ貯めていた金だろうそれは!」
「でもコリンナが……」
「くっ……!」
まずい。研究目的で買うのもありかもしれないと思ったのだが、これで買ったら妹とオットーの馬鹿を喜ばせる為に買ったみたいな感じになるかもしれない。限りなく嫌だ。
俺たちが硬直していると、背後で扉が開く音がした。
「失礼いたしますわ。リンノスケさん?」
「おや? フリーダ嬢か。久しぶりだね」
店主がそちらに顔を向けて声を掛けた。フリーダ? 確かそれはギルド長の孫娘の名前だ。ひどく病弱だったからこれまで外に出たことがないとか、去年の冬前に病気が治ったとか噂は聞いていたが。
一応振り向いて確認をすると同時に俺は耐えきれずに口を大きく開けて思いっきり指差し、叫んだ。
「なんだそれはー!」
フリーダの髪に、瑞々しい緑の葉とピンクの花が咲いた髪飾りが付けられていた!
まだ雪も残るこの季節に、今まさに咲き誇っていたとばかりに生き生きとした花が自然物そのままではなく刺繍のように密になっている。
コウリンドウから買っていった髪飾りに付けられていたのは、解析の結果『見たことがない布を染めて花の形にしている』だったのだが、目の前のこれに比べれば安っぽすぎる。フリーダという名を聞かなければそれこそ貴族の娘でも来たのかと──下町に来るわけはないのだが──思うところだった。
見たことどころか想像もできない髪飾り。うちの商会は下級貴族とも取引をしているが、断言してもいい。あんな髪飾りは貴族すら付けていない。
不躾に言ってきた俺にフリーダが首を傾げる。
「あら……? あなた、ひょっとしてギルベルタ商会の?」
「……知っていたのか?」
「お祖父様が時々話をしてくださるもの。それに、街の主要な商会の店主の名前と姿は覚えさせられますわ。病弱でしたので、挨拶回りはしてませんけれど」
「ふん」
お祖父様……ギルド長のジジイが俺に関して言うことなど碌なことではないだろう。
だが個人的な好き嫌いはともあれ、重要なのは俺も知らない髪飾りだ。
「失礼。ギルド長のところのお嬢様だな。凄まじく気になるから聞きたいことがあるんだが……」
「この髪飾りのことかしら? これはコウリンドウで購入したものでしてよ」
やっぱりか! 俺は店主へと顔を向け直す。そこではいつの間にか店主に近づいていたマインがヒソヒソと、
「あっち向いたりこっち向いたり忙しい人ですね」
「そうだね」
と言い合っていた。俺の態度は主に店主のせいだ!
「あの髪飾りは!?」
「確かにうちの売り物だったが、もう品切れだよ。他の髪飾りもね」
「どこで手に入れた!?」
「仕入先は秘密だ」
くっ……それはそうだが!
恐らく外国の貴族か、この他の領地と関わる上級貴族ぐらいしか持てないだろう。それの下取り品をギルド長の孫……というか孫バカのギルド長に売ったわけだ。
何故俺は前に来たときにそういったものが無いか確認しなかった!? 当然だ! この店で何を売っているかさっぱりわからんからだ! 何だあの柱に抱きついている不気味な黒い人形は!
「し、しかしその髪飾りはあまりに目立ちすぎる。下手をすれば貴族の目を引くぞ」
「あら、心配してくださるの? でも大丈夫ですわ。お祖父様がコウリンドウに売っている他の髪飾りをすべて購入して、知り合いの服飾工房で似たような物を再現させて売り出すつもりですから。貴族にも売り出すとか。街の裕福層や貴族に流行れば、わたくしが身に着けていてもそこまで目立たないわ。……まあ、どれだけの職人でも、この一品よりは優れたものを作れないでしょうけれど」
「服飾工房に出しただと……! 先を越されたか……!」
あのくそじじいめ!
「……というか、ギルベルタ商会にも話を持っていったとお祖父様は言っておられたのですけれど」
……そういえば冬にギルド長から商品開発についての提携しないかという話があった。
俺はてっきり、自分のところで造花の髪飾りを作ろうとしていることを嗅ぎつけてのことだと思い、適当な理由で拒否したのだが。いや、待て。うちに話を持ってくるというのがまずギルド長の罠か煽りに違いない。
貴族にまで売り出すつもりとは、俺よりもギルド長の方が貴族街への繋がりは太い。大きな取引を奪われたようだ。おのれギルド長め。
「裏目裏目だなあ、ベンノ」
「うるさい」
オットーの同情的な言葉をうんざりしながら止める。
フリーダは俺に興味を失ったようで、店主に向き直ると顔を輝かせた。
「まあ! マイン! いらしたのね!」
「こんにちはフリーダ。えーと、『雪解けに祝福を。春の女神が大いなる恵みをもたらしますように』」
「ええ! 雪解けに祝福を。春の女神が大いなる恵みをもたらしますように」
見習い未満の少女らがそう言い合って胸を叩く仕草は微笑ましいものがあるが、このフリーダの抜け目ない雰囲気を見てむしろ俺はゾッとした。
生まれてから良いものに囲まれて彼女は育ったらしい。だからなのか、良いものと悪いものへの目利きができるようで、マインを上から下まで眺め回して値踏みした。庶民の汚い靴にだけ顔をしかめて。
「いやお前もそっくりだったからな。目つき。靴を見て顔をしかめるところまで」
「うるさい」
オットーが呆れたように言ってくる。服屋の店主なんだから当然だろう。
「今日はどうしたの、マイン。すごく綺麗な格好をしているわね。髪の毛も夜空みたいでいい匂いがするわ」
「えーとね、コウリンドウでお風呂に入れさせてもらったの。服はこのお店の古着で、髪の毛はリンシャンを付けて」
「リンシャン?」
すると店主がフリーダ相手に再びリンシャンの効能と使い方について説明をし、そして値段を告げた。
「大銀貨一枚ですの。えーと、それならとりあえず、全部いただきますわ。お祖父様から取引用のカードを預かってきていますから」
「ちょっと待てー!」
容赦なく買い占めに走りやがった! この小娘! 洗礼式前の子供が取り扱っていい金額じゃないぞ!
じとりと俺を見上げて金の亡者の孫は言う。
「わたくし、お祖父様からコウリンドウで良さそうな物があれば購入してくる許可をいただいていますから。洗礼式前ですけれど仮登録もしてますの」
「だからって買い占めを……ええい、店主! 俺も買うぞ!」
「毎度。だが一人一つまでにしてもらいます。なにせ、予約している客が多いもので」
この値段の薬に、予約が多すぎて複数買いを拒否するほど買い手がついているのか!
この男、どれだけ貴族に繋がりが……!
しかしまずい。フリーダも買ったとなるとギルド長に現物が渡るということで、やつがツテを使って製法の解読を始めたら、俺がやるより早い可能性が高い。
食品系の商会だというのにギルド長を代々勤めているオトマール商会はこの街でもっとも手の広い商会だ。
何かギルベルタ商会で取り扱える品物……俺はマインの服を見た。
「待て。その服、古着だと言ったな。古道具屋で古着ということは売り物だな。よし、買った」
俺が指差してそう告げると、なにか店内の空気がざわついた。
「え……?」
「そういう趣味の……」
「班長に殴り殺されるぞベンノ」
「違う!! なんで俺が妙な趣味を持っていることになるんだ!! その古着のデザインが特徴的だから参考にするために買うんだ!」
裾に見える白くて薄い飾り布など近くで見なければどういう構造かわからん。
それに今の色合いは白黒と地味だが、色を変えれば裕福な女が着ても問題ない程度にデザイン性は垢抜けている。派手過ぎず地味過ぎずアレンジ性に富んだ衣服だと言えよう。
すると店主は半眼になりながら告げてきた。
「その服だったら、そうだね……ここで売るとなれば、大金貨一枚ってところか」
今度は店にいる四人が全員で吹き出した。着ているマインすらも。
「待て待て。どう考えても高すぎるぞ! うちの見習いで働く者に使わせる服と靴だって悪くない物だが、それでも大銀貨一枚ぐらいだ。身内価格だが」
いかに上質なものだろうが、貴族のメイドからの下取りだろうが、古着だろう。そんなに高いはずがない。
「そうかい? これでもこの服には『
「なっ……!?」
絶句した。なんだそれは。貴族の魔法が掛けられた魔術具ではないか!
魔術具を貴族ではない平民が手に入れるのは非常に困難だ。例えば貴族の家で見たことがあるが、蝋燭の明かりを増幅するだけのランプ。それすら平民では持っているやつを見たことがない。契約魔術のセットかギルドカードぐらいしか手に入らない。
しかもなんだその効果とは!?
だというのにそれをサラッと手に入れて見習いに着せる!? 何を考えてるんだ!? まるでわからん!
アレを手に入れて複製したとしても恐らく同じような効果は出せないに違いないが、フリーダが儲け話になるか考えている最中だ。先を越されたらまずい。
「買った!」
「……毎度」
「ええ……」
「うわ……」
「なんだお前らその目は! 魔法はともかく、デザインと作りの研究の為なら羊皮紙十枚分の値段ぐらい出して当然だ!」
「羊皮紙も高い……本が出回らないわけだよ」
マインが呟いた。本? そういえば店主の後ろには本棚が……本まで取り扱っているのか。貴族向けだからか。妙な装丁に見えるが、俺も本なんて見慣れないからよくわからん。
とりあえず店主は予備があるということで、今マインが着ているものより少しサイズの大きな古着を出してきて俺に引き渡す。高額の取引なのでカードでやり取りをした。
「行くぞオットー」
「ああ、コリンナにリンシャンとやらを使って欲しいからな!」
「それより先にこの服を調べさせろ!」
「嫌だ! コリンナを綺麗にするんだ!」
この店にあまり長くいると心臓に悪い。予想より遥かに使いすぎたことで俺は焦りも覚えていた。いきなり店が傾くわけではないが、このエプロンドレスを解析して儲けの種にしなければならない。
俺たちはひとまずギルベルタ商会に戻り、服に関して調べだすのだった。近くで見ればわかるが、相当腕のいい職人によって作られている。再現するだけでも難しいだろう。それでも、新たな服の可能性を見つけたことによる高揚感があった。
……コウリンドウを巡っていかに儲け話を引き出すか、俺とギルド長の争いが始まっていた。
しかしあの店主を侮ることはできない。下手に手を出せばその後ろにいる貴族に目を付けられるかもしれん。そのことはギルド長も承知しているだろう。
*****
<アリス>
「──随分機嫌が良さそうね、魔理沙」
私は人形作りの手を休めないまま、訪ねてきた魔理沙がお茶とクッキーを齧りつつ鼻歌なんか歌っているのでそう聞いた。聞いてほしそうだったから。
非常にわかりやすいというか、ひょっとしたら彼女は知り合い全員にこういうテンションで訪ねて自慢話でもしてやりたいって感情が全身から溢れている。
ぱぁーっと顔を輝かせて、
「おっなんだ? 気づいたか? いやーちょっと良いことあってな」
「また霖之助さん?」
「またってなんだよまたって。わたしが香霖のことばっかり話してるみたいだろ。いやまあ今回はそうなんだけどな」
新作の人形の服を縫いながら私はくすりと笑った。
兄離れできない妹みたいで魔理沙が話す霖之助さんのことを聞くと、余程信頼しているんだろうなあって思う。
しかしこれでも「香霖は話し出すとトンチキなこと言って長いからな」とか「ガラクタばっかり拾ってる変人」とか「この前桜の花を店に持っていったら掃除しろって言い出した」だの、他人に対して霖之助さんがいい人だとかは滅多に言わないのよね。
そのせいであまり知らないうちはどれだけ陰険な変人がいるのかと思っていた。変人ってところはあってるけれど。
「それで? 霖之助さんがどうしたって?」
「そうそう、香霖のやつさ、わたしに内緒でマジックアイテム作ってたからちょっと拝借しようと覗いてみたら……小型の新作八卦炉を作ってたんだぜ!」
「……」
それ。
異世界の見習い少女へ作ってあげてるやつよね……?
魔理沙は腕組みして嬉しそうに頷きつつ早口で聞いてもいないことを喋りだした。
「真剣な顔だったしどう考えてもわたしにくれるやつだから盗んでも仕方ないなって思ったけど、いやーまったく過保護で困っちゃうぜ。多分、異変の度にアリスとか河童とかから道具借りてたから香霖もわたしに協力しようとしたんだな。水臭いよなあ。さっき霊夢に自慢してきたんだけどあいつその場でお祓い棒をへし折って『霖之助さんに作ってもらわなきゃ』とか言い出すぐらい羨ましがってたぜ。あっそういえば香霖がマジックアイテム作れるって事内緒だっけ。でもアリスは八卦炉を羨ましがっていたけど、あれは特別な素材が無いと作れないからわたし専用なんだぜ。ところでその布、良さそうなマジックアイテムだな? 香霖も魔法の布が作れてこの服だって実験で失敗しても焼け焦げないように──アリス? なんで顔を逸らして目元を抑えてるんだ?」
「いえ……魔理沙。今日はクッキー全部食べていっていいわよ」
「そうか? アリスも今度香霖堂に行こうぜ。あそこ最近、夢の中の異世界から持ち込まれた妙なお菓子とか置いてるからな」
霖之助さん。
魔理沙にもなにかお土産が必要だわ……
私はせめて、今作っている新作の人形の布が霖之助さん製だとは言わないようにしようと思った。
ベンノさんが居なくなったあとでフリーダが「お茶を持ってきたから飲みましょう」という話を進めて、マインがお茶菓子にとパルゥクッキーを出して(出すことをハメられて)製法を、後日ギルド仮登録と契約書を作ってから教えました。
霖之助も「それはマインくんが発明したものだからいいんじゃないか?」とのこと。料金もマイン受け取り。
フリーダ及びギルド長はやっすい鳥の餌からうまいクッキーが作れると知りあちこちからパルゥおからを買い占めてホクホク
なお名称は「パルゥクッキー」だと原材料がバレやすいので「おからクッキー」に
霖之助心の声
霖「つい張り切りすぎて高性能に作ってしまった……」
霖「マインくんも少々アレだな……まあ義理堅い分かなりマシか」
霖「リンシャンは魔法薬で魔理沙の古着は魔法掛かってるから、エーレンフェストだと高値になるはずだから値段設定したら皆引いてた」
霖「魔理沙の古着か……ちょっと売るのに抵抗あるけど、誰にも使われないで死蔵されるよりは道具も必要な人が手に入れた方がいいか」
・マイクロ八卦炉、簡易版を作るはずが高性能に
・最大出力。人間の少女である魔理沙に持たせたお守りレベルのミニ八卦炉ですら山を焼けるとかいう過剰火力を霖之助は持たせる。いざという時、魔理沙を襲った相手は消し飛べって感じの重い保護心
・ミニ八卦炉でも風が吹けることは原作設定なのでそれの拡大解釈
・原作読み返してみると序盤のマイン割とワガママ。立場でガッチリ捉えられてから大人しくなっていくタイプだと思う。
・ルッツ料理人ルートへ。適正あると思われる。細かい作業や気の長い作業でもやるし、マインが説明した通りにちゃんと工作とかできるのは本人のやる気もあるけど6歳の能力じゃない。家族の反対も少ないはず。
・リンシャンの原作での値段がわからなかった
・ベンノさん勘違いしていて若干後手とか裏目に。マイン視点だと怖くてやり手で抜け目なく儲け話を聞き出してきて微妙に優しい大人という感じだったけど、客観的に見るとマインに振り回されたり利益より意地を優先したり手を広げすぎたり。
マインに対して凄い強気で搾取&権利買取できていたのも後ろ盾のない幼女だったからで、後ろに上級貴族がいるかもしれない霖之助相手だと製法を教えろ!とは迫れない
むしろ子供だからで許されるし、魔術具を手配してくれたということは悪くは思っていないであろうフリーダを遣わせて利益を得ようとするギルド長陣営が強い
というかこの物語だと、ルッツの就職先としてベンノさんを気にしないといけないわけでもないので、色んな発明品や紙の製法をギルド長に売った方が早く進むまである
・金かわ
次回は幻想郷編。