本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左道

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※今回は三人称視点です


18話『短編・幻想少女たちとリンシャン/ルッツ茨の道』

 

 

<小さな賢将とリンシャン>

 

 

 

 幻想郷の中心にあると店主が主張して憚らない香霖堂。実際のところ、人里からも妖怪の山からも離れた、魔女ぐらいしか好んで住まうことはない魔法の森近くに店を構えているので、客は一部の見知った者以外は非常に少ない。

 この場合の客とはまともに買い物をする相手のことであって、客以外で冷やかしに来る相手はそう少なくもないのだったが。

 しかしながらここのところ、香霖堂を訪れる女性が増加していたことは、店主ならぬ冷やかしの常連たちには意外なことであった。目的は店主が売り出した洗髪料リンシャン。紅魔館を流行の先端として始まった髪を彩るブームが特に弾幕ごっこを行う少女や、高い立場にある女性妖怪に訪れていて、現状では魔法薬として再現の難しいリンシャンを手に入れるために香霖堂を訪れるのであった。

 

 ──カランカラン。

 

 ドアベルと共に客が入ってきた。既に外は暗く、店の中はランプと蝋燭の明かりが灯っているだけで営業しているか居ないかも怪しい様相だった。

 霖之助も今日の仕事は──道具を磨くことなどだ──終えて、ささやかな晩酌でもして眠りにつこうかと思っていたところで、店内の机には酒とつまみが用意されている。

 暗がりからほのかに目を赤く光らせて、全体的に鼠色をして闇に溶け込んだような相手が声を掛けてきた。

 

「やあ霖之助くん。客が来たというのに酒肴の用意とは、随分と不真面目な道具屋も居たものだね」

「ナズーリンか。店が開いていると思ったのかい?」

「この通り私が堂々と入れたのだから店も営業中なのだろう」

「いや、鍵は閉めていたのだが……自慢の配下を使って鍵を開けて入るのは堂々とは言わない」

 

 店に入ってきたのは灰色の髪に大きな耳を付け、黒っぽい服装をした妖怪鼠の少女ナズーリンだった。尻尾には小さな網籠を掛けており、そこに彼女の配下である子鼠が顔を出している。香霖堂の何処か隙間から(或いは鼠に隙間を開けさせて)中に入れて鍵を開けたのだろう。

 油断も隙もない入り方だった。この幻想郷においては並以上の妖怪なら香霖堂に軽く張ってある防犯用の結界など容易く突破できる者も多いが、実際にする者は居ない。霖之助曰く、幾ら弱い結界とはいえ張ってあるそれを破るという無作法な行為に忌避感を抱かせることで実際よりも強固な守りになるとのことだったが、このようにあっさりと抜けてしまう相手はたちが悪い。

 それを指摘したところでナズーリンが反省するわけでも、彼女を出禁にできるわけでもないので霖之助は大きく溜息をついて諦めた。酒と肴をひとまず机の隅に置いて聞く。

 

「それで今日は何の用事だい? こんなに遅くに。生憎と宝塔なら拾っていないが」

「遅くになったのは昼間ご主人の仕事を手伝わされていたからさ。仕事そのものはどうということはないのだが、あの寺の連中はやれ夕飯だ湯浴みだと引き止めてくるからね」

 

 ナズーリンは肩をすくめながらそう答えた。彼女の主人である毘沙門天の代理人、寅丸星は人里にある妖怪寺──命蓮寺に住んでいて、住職だの住み込みの妖怪弟子連中だのと仲良く暮らしているのだったが、もともと命蓮寺とは関係の無い毘沙門天直属の部下であるナズーリンは人も妖怪も寄り付かない幻想郷の外れ、冥界や三途の川と繋がる危険な地である無縁塚に住居を構えている。

 彼女の霖之助との関係は主人の持つ宝塔を拾った霖之助が持ち主の縁者であるナズーリンに返さず、高値をふっかけて売りつけたという悪い印象を与えるものだった。

 しかし霖之助は拾った道具を売買し、ナズーリンもダウジングで道具を拾い集めるというライフワークが似ており、無縁塚には霖之助も道具拾いにしばしば出かけるため顔を合わせる機会も多いため、友人という関係ではないが同業者や或いはレアな道具を探す競争相手、そしてナズーリンが勿体ぶって自分の戦利品を売りつけるという顧客でもあった。

 

「ところで霖之助くん。君は最近、商売を変えたらしいじゃないか。誰も買わない古道具とか他人の落とし物に値段をつけるやつから」

「何の話だい? それに人聞きの悪い」

「なんでも女人の洗髪料を香霖堂で売り出しているとか? いやはや君も助平なところがあったものだ」

「どこに飛躍すればそれを売る僕が助平になるというのか」

「あれ? 髪を洗うサービスをしているんじゃなかったのかい?」

「天狗の新聞を真に受ける方がどうかしている」

 

 先日、恐るべき大妖怪の脅迫によってアリスの髪を洗っている姿を天狗の写真に取られた挙げ句に新聞としてばら撒かれたことで、僅かながら誤解が広まっていた。

 幸いなのは射命丸の新聞は大して購読している者はおらず、精々が有名所の神社や紅魔館、竹林の診療所などに撒かれた程度なので知り合いにからかわれる程度で済んだのだが。

 ナズーリンはそんな誤解は承知しているとばかりにニヤニヤとしながら告げてくる。

 

「おや間違いだったのか。寺の方では喧々諤々、なんとも姦しい話題になっていたが」

「女性が集まる場所だと面白おかしく話を盛るものだが……どういうことだ?」

「いやね、前々からリンシャンとやらの話題は入ってきていて、村紗や一輪などは興味津々といった風だったのだがね。なにせ妖怪が弟子で魔法へ傾倒した住職が貫主とはいえ命蓮寺は仏門の寺。容姿を無闇に着飾るような薬を使うのは修行の邪魔ではないかと言うのだよ」

「まあ……そういうこともあるのかな」

 

 割りと派手な魔住職の姿を思い出しながら霖之助は一応頷く。

 ナズーリンは弁士のように芝居がかった口調で、自分はそうじゃないと言外に含めながらも話を続けた。

 

「それでもやはり興味があるのが妖怪とはいえ女というもの。そもそも髪を洗ったからといって修行にならぬということこそ、真の修行をしていない者の意識──とまあ色々理屈を付けて試しに買ってみようかと話が纏まったところで、例の新聞だ。なんと! リンシャンとやらを買うと変人偏屈な半人半妖の男に大事な大事な髪を洗われてしまうではないか。それはさすがに恥ずかしい。いや、あの半人半妖と仲良くなるきっかけになるかも。でも恥ずかしすぎる。念仏を唱えながらでも大丈夫だろうか……南無三! などとキャイキャイ言い合っていてね。私は試しに君を攫って連れてこようかと思ったほどだ」

「やめてくれ。僕をそういう面倒な場に巻き込むのは。そして誤解を解いておいてくれ」

 

 面倒なことになっている寺に対して、霖之助はうんざりと告げた。

 妖怪と人間の共存を掲げている命蓮寺に対して、妖怪と人間のハーフである霖之助は住職の白蓮に目を付けられているのだが、彼からしてみれば面倒事の種であり幻想郷の人は妖怪を恐れるという前提を崩したら博麗の巫女が動くかもしれない厄介事なのであまり関わり合いたくないというのが本音でもある。

 妹分の魔理沙が魔法に関して白蓮と交友を結んでいるので悪し様にも言えないのだったが……

 ナズーリンはからかうような目つきのまま話を変えた。

 

「それはそうと、噂のリンシャンとやらを買わせて貰おうか」

「おや? 君が使うのかい?」

「冗談。鼠の色艶がよくなったところで誰も褒めはしないさ。うちのご主人様に使うんだ。他の仏弟子連中はともあれ、ご主人は毘沙門天の代理だよ? 毘沙門天といえば金持ちで綺羅びやかで派手派手なところで信者を得るんだ。髪の毛ぐらい綺麗にしてなんの不都合があるものか」

「ふむ。そういうものか」

「なんならムカデ型の襟巻きをするとか、口から宝石を吐き出すマングースを頭に乗せて道行く貧乏人に施しをするとかやって欲しいものだ」

「そこまで行くと怪人に近い」

 

 妖怪鼠であるナズーリンも毘沙門天の使いであるのだが、他に有名な配下の動物といえば金山を司るムカデや宝石を吐くマングースといった、財宝を司るものである。また、代理その人な寅丸星も虎の妖獣でありこれも毘沙門天に連なる動物だった。

 

「まあ、それはそれとして……」

 

 ナズーリンは霖之助が机の隅に避けた酒の肴を、先程から何度もちらちらと見ていたのだが──皿ごと机の真ん中に引き戻してから言う。

 

「これはなんだね霖之助くん」

「チーズだが」

「私の目と鼻とダウジングを盗んでチーズを拾ったというのかい!?」

 

 霖之助がその日、酒肴にしようと思っていたのは乳製品のチーズであった。しかも様々な種類が皿に並べられている。

 幻想郷では牛乳の生産量が少ない。牛を飼うのは相当にコストが掛かるため、一部の農家が農耕用に飼っているものが殆どであり、それから採取される牛乳も紅魔館が紅茶や菓子の材料として殆ど買い上げていく。それ故に、乳加工製品にするまでの量がなくてチーズなどは作られていない。

 しかし全く手に入らないわけではなく、保存の利くチーズは時折外の世界から流れ着いて珍味として扱われていた。

 だが霖之助の場合は、

 

「夜な夜な異世界と香霖堂が繋がるからね。そっちの世界ではチーズはメジャーな食品だから買ってきたんだ。まあこっちで言うところの豆腐ぐらいの感覚で売っているね」

「ほ、ほう……チーズ食べ放題……か……」

 

 じろじろとナズーリンはチーズをガン見しながら呟く、尻尾が振られていて、その先についている籠に入った子鼠が迷惑そうに顔を出していた。

 

「というかナズーリン。君、チーズは食べないのではなかったか? 霊夢がそんなことを言っていたが」

「チーズを食べないのは子鼠の方だよ。ま、まあ私も? 好きってほどじゃなくて嫌いじゃないというかあれば食べるといった程度なのだがね」

「ふむ」

 

 霖之助が皿のチーズを手に取り、右へ左へ動かしてみると、ナズーリンの視線もそれに釣られて動いている。

 そしてぱくりと自分の口に放り込んだ。ナズーリンが叫ぶ。

 

「あ゛ー!」

「どうしたんだいナズーリン。随分と物欲しそうじゃないか」

「り、霖之助くん……あまり挑発しない方がいい……鼠は怒りっぽいんだからね……」

 

 いつの間にか霖之助の足元にはきぃきぃと鳴き声を上げている妖怪子鼠が何匹も赤い目を向けて威嚇していた。

 

「やめなさい。半妖の体なんか齧ると妖怪は腹を壊すよ。商品なのだから売買といこうか」

「仕方ない。うちの子たちも霖之助くんは食いたくないと文句を言っているからね。それでどうするんだい? 金銭か物々交換か」

「そうだな……」

 

 霖之助はやや考えて、思いついたように告げた。

 

「ではナズーリン。落ちている外来本を見つけたら店に持ってきてくれ。それと交換といこうじゃないか」

「外来本? あまりレアじゃないから私は拾う趣味はなかったが……たしか狸の総大将が子分たちに命じて集めさせて人里の貸本屋に売っているんじゃなかったか?」

「そう。一昔前は外来本といえば僕ぐらいしか集めていなかったというのに、鈴奈庵の主人が興味を持ち出してしまってね。娘が外来本を好むとかなんとかで。今では時々しか手に入らなくなった」 

 

 今では霊夢すら狸の親分に外来本を渡してしまう、と霖之助はため息交じりに言った。

 実際に香霖堂へ外来本を置いても売れることは殆ど無い。大半を自分の蔵書にしてしまうことも原因だが、わざわざ香霖堂に本目的でやってくる者など、余程の本読み妖怪か本好き人間だろう。

 ナズーリンは頷きながら告げる。

 

「あいわかった。ではうちの優秀な子鼠たちにも、落ちている本を見つけたら集めておくように指令を出しておこう。頼りにしておきたまえ」

「本を食い破らないでくれよ」

「私たちを頼豪扱いしないでくれ」

 

 頼豪とは即ち仏典を食い破る妖怪鉄鼠のことである。仮にも毘沙門天の使いである彼女は仏敵とも言える魔道の鼠に例えられたことに不快感を示した。

 

「さて、それはそうとして……」

 

 そこらに置かれていた椅子をナズーリンは引き寄せて、霖之助に対面するように座った。

 

「前金代わりとして其処なチーズを頂こうか。なに、君も一人酒では寂しいだろう?」

 

 ひょいとチーズを一切れ奪い取り、霖之助の酒盃まで手元に引き寄せてしまった。ナズーリンはチーズを一口で頬張り、咀嚼しながら尻尾を振っている。

 口の中に僅かに広がる酸味。濃厚さよりも爽やかさを感じる軽い食感。牛乳に酢などを入れて作ったカッテージチーズだ。水分が多く日持ちしないため、幻想郷には中々流れ着かない。

 それを酒で飲み下して、ナズーリンは嬉しそうに、

 

「中々じゃないか」

 

 と、呆れる霖之助へ酒盃を返した。

 

「おっと、ただ飲みじゃないぞ。般若湯を持ってきた。ご主人が信者から貰ったものでね」

 

 そして籠から取り出した徳利をテーブルに置いて霖之助側に置いた酒盃に注いでやる。

 

「まったく。毘沙門天の使いが酒を飲んでもいいのかい?」

「何を言っているのだね霖之助くん。そもそも私の上司である毘沙門天様、更にその上司の帝釈天様はソーマ酒をがぶ飲みすることで有名じゃないか。同僚の持国天様はソーマ作りの名手だ。酒が仏門で禁じられているのは、酒如きで修行を台無しにしてしまう人間の仏弟子が弱いからなのだよ」

「いや、待ちたまえ。そもそもソーマが酒かどうかについては僕は疑問に思っている。何故ならソーマには『醸す』という工程が製法中に存在しなく──」

 

 ──なんだかんだで二人はチーズを肴に、酒を飲み空かすのであった。

 

 

 

 

 

 翌日。昨晩は酒宴で遅くなって届け損ねたリンシャンを持って、ナズーリンが命蓮寺に行くと。

 何故か出迎えた皆が、唖然と彼女を見てきた後で猛烈にニヤニヤしてきた。そして口々に──前の日に女子校のように盛り上がっていたように冷やかしてくる。

 

「まあまあ!」

「ナズーリン、貴方抜け駆けしましたね」

「あのナズーリンがねえ……」

「水に濡れても大丈夫かな?」

 

 ナズーリンは首を傾げて、

 

「ん? なんの話だい?」

 

 そこで鏡を見せられると──自分の髪の毛がやたらツヤツヤと輝いていた。リンシャンを使った後のように。

 

「なっ!? ……そういえば!?」

 

 酒を飲み交わして盛り上がった霖之助とナズーリンだったが、そのテンションでリンシャンを実際にナズーリンに使ってみるという話になり、酔った勢いで髪の毛を洗わせたことを思い出したのだった。ちなみに酔っていたのはナズーリンだけである。鼠は酒に弱く、店主は天狗よりは劣る程度に強い。

 ナズーリンは思わぬ醜態に顔を赤らめ、慌てて寺から逃げていった。そして寺内ではリンシャンを買うと店主の洗髪サービス付き説が更に根強くなったという。

 

「よくもやってくれたなあの店主め! こうなれば寺に連れていってご主人他全員も髪を洗わせてやる! 私だけ恥ずかしい思いをさせた罰だ!」

 

 ──八つ当たり気味にナズーリンは混乱して取り乱すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<河童にとり扱われてしまうリンシャン>

 

 

 

 ──カランカラン。

 

 ドアベルの音が鳴ったのは霖之助が異世界で仕入れた多種多様な油を観察しているときだった。

 エーレンフェストの油問屋で売っている植物油は多くの種類があり、霖之助にとって驚異的なことに多くの油が良質の魔力と属性を持つ魔法の素材になることだった。例えば亜麻仁油は火の属性、ミッシュは水の属性。トゥルムという油は未知の属性であり非常に興味深く、魔法使いにでも調べて貰おうと思っていた。

 それはさておき、霖之助が顔を上げるとそこには青い髪に緑の帽子をかぶり、大きなリュックを背負った妖怪少女がやってきていた。

 彼女は軽く手を上げながら気安く挨拶をした。

 

「やあ盟友。買い物に来たよ」

「いらっしゃい、にとり。今日は何を持っていくつもりだい?」

 

 彼女は河城にとり。河童の少女である。幻想郷において河童は謎のエンジニア集団であり、人間に友好的な妖怪の一つだ。

 その中でも彼女は魔理沙と仲が良いために魔法の森周辺にも時折出没していた。そして香霖堂で外の世界の家電製品を購入していっては、独自の改造を施して、本来電気で動く家電を妖力で動くようにして利用している。

 自分の店ではまったく動かなかった道具を使えるようにしているという点では霖之助も妬ましく思わなくもないが、個人的には道具を一から作ったり、一部の機能を溶かし込んで作成した道具に組み込んだりするのはまだしも、既存の家電などを改造するのは趣味ではなかった。

 にとりは客用の椅子に座りながら商品を見回しつつ言う。

 

「前にここで買っていったキュウリの栽培・品種改良の本は役に立ったよ。おかげで今では季節を問わずに美味しいキュウリを量産中だね。はいお土産」

「どうも。代金とは思わずに貰っておくよ」

 

 にとりが鞄から取り出した数本のキュウリを霖之助は受け取る。以前に外来本であるキュウリ栽培の本を手に入れ、キュウリに関しては大層こだわりのある河童に値段をふっかけて売りつけたのである。

 危うくにとりが光学迷彩を利用して本を盗むか真剣に考える程度に高値を付けたが、本の内容的には河童一同が非常に感銘を受けたようで、目立たぬ幻想郷のはずれにビニールハウスで栽培するキュウリ畑を作ったらしい。

 キュウリ栽培の本を河童流にアレンジした、ひと目ではそれとわからぬ滑稽本に似せた河童製妖魔本まで出版され、霖之助も一冊献本されていた。

 

「ところで盟友。最近おかしな世界に行き来してるんだって? なにかそっちで面白そうな機械の類はあったか?」

「生憎と、河童が好みそうな便利道具は殆ど使われていなそうだよ」

「なんだ、つまんないの」

「だがこういうものが売っていたよ」

 

 霖之助が台所に行って持ってきたのは短い棒のような野菜だった。

 

「なに? それ」

「異世界で売っていた、キュウリに味が似た野菜だ」

「なんだって!?」

 

 にとりが勢いよく立ち上がり、霖之助の持つそれに手を伸ばした。

 普通に幻想郷でも栽培されているキュウリに比べて太くて皮の質感も異なるが……

 普段あまり食事を取らない霖之助も、市場には魔力の籠もった果実や野菜、切ると叫び血が飛び散るマンドラゴラもどきまで普通に売られているので色々と買っているのであった。このキュウリもどきはマインから勧められたもので、彼女の家の食材に用意されていたのを塩もみしたら中々乙だったという。

 にとりはキュウリもどきを手にして「むむむ」と鑑定するように睨む。そしてやおら、

 

「はむ!」

 

 と、頬張った。ぽりり、と小気味良い音が店内に響く。

 

「キュウリだ! レアキュウリの味がする!」

「レアキュウリ」

 

 聞き覚えのないキュウリの評価に霖之助は思わず繰り返した。彼はあまりキュウリにこだわったことは無いのでよくわからない。河童以外にそう拘る者がいるだろうか? しかしながらキュウリという野菜は細かく分類すれば数百種類もあり、日本国内でも特産品とされる地方ごとに異なるキュウリが栽培されていたりする。

 幻想郷に閉ざされたとはいえキュウリのオーソリティーである河童がうまそうにしているのだから、エーレンフェストキュウリは中々のものなのだろう。

 思わず一本食べ尽くしたにとりは「あ」と声を出した。

 

「しまった。食べちゃったぞ。栽培すれば良さげだったのに……盟友、もう一本無い?」

「生憎と品切れだ。今朝方、巫女が味噌を付けて他は食べてしまったよ」

「くそう、食い意地はりやがって。貧乏だからがっついてら。ねえねえ、今度買ってきたら売ってよ」

「君がキュウリもどきの傷まないうちに来てくれたらね」

「旧式の冷蔵庫を使ってるからいけないんだなあ。河童の技術で改造された妖力式冷蔵庫なら、キュウリが軽く一月半は持つよ? 改造してあげようか」

「無料サービスなら頼むよ」

 

 あまり興味がなさそうに霖之助は言う。彼はある程度は自分で便利なように生活周りを改善するが、それ以上はあまり求めないタイプである。さすがに幻想郷とエーレンフェストでストーブの燃料消費が倍になりそうだったならば薪ストーブを作ってみたりもしたが。

 無ければ無いでどうにかなる。商売人を始めても、病気も飢えもしにくい体で長年気ままに生きてきた方針は中々変わらないものだ。

 にとりは目を光らせて告げる。

 

「ほほう。じゃあ買い物の対価でどうだい? リンシャンとかいう髪油を売っているんだろう?」

「河童にまで噂が流れていたのかい。しかし水辺で行動する君らにあまり必要とも思えないが」

 

 基本的に髪に潤いと艶を与えるのだが、河童など常にしっとりしているようなものである。河童が風呂に入ったという話も霖之助は聞いたことがなかった。しかも洗髪料となれば、頭頂部にある(らしい)皿も邪魔でとても使っている図が想像できない。河童は基本的に全員帽子を被っていて皿はわからないが。弱点を隠すのは合理的とも言えよう。

 にとりは口の端を上げながら言う。

 

「いやいや、そんなに皆が欲しがっている道具が数少ないんじゃあ勿体ない。私達河童が量産して人間どもに売ってあげようかと思ってね」

 

 河童は人間の為に様々な道具を密かに提供したり、縁日で屋台をやったりしている。それもこれも人間と親しい種族だからであるのだが、別段奉仕精神からではなく儲け話のときはしっかりと自分らが儲かるように動くのである。

 

「……向こう向けの商売精神だね。製法を知りたいなら別料金になるよ。向こうで売ってこっちで売らないでは道理が合わないから」

「河童の技術力を舐めちゃあいけないぜ。買って解析すればイチコロだって。おっと、香霖堂の売上に関わるから売りたくないとか?」

「どうせ売らなくても君らは透明化して持っていったり、他人に化けて買いに来るだろう。売ってあげるよ、まいどあり」

「へへ。それじゃあ遠慮なく!」

 

 霖之助が取り出したリンシャンの瓶をマジックハンドで掴むと、ポケットにすっと入れて代金を机に置いた。

 

「それじゃあね盟友! キュウリもどきが手に入ったら……川にでもメッセージ流せば取りに来るから!」

「気が向いたらそうするよ」

 

 そう言ってにとりは買い物を終えて、妖怪の山の渓谷にある河童の住処へと戻っていった……

 霖之助は出ていった彼女を見送って、呟く。

 

「リンシャンは素材が重要なのだが、幻想郷の油で代用できるのだろうか? まあいいか」

 

 

 

 さて、河童たちが多く住む渓谷に戻ったにとりは早速一人でリンシャンを解析し始めた。

 細かくリンシャンを分けて様々な方法で解析を行う。加熱。遠心分離。蒸留。乾燥。抽出。超音波。解乳化。浮遊選鉱。ミキサセトラ。

 そしてその日のうちに、リンシャンが魔力の籠もった植物油とその他塩分や植物繊維、香料を混ぜたものだと特定した。

 

「なーんだ、これなら簡単じゃん! ちょっとぐらいアレンジする余地さえあるよ」

 

 にとりは余裕をこいてそう言った。

 

「さて、まずは油……幻想郷には無い種類で魔力の籠もったものか。代用すればいい」

 

 そこで彼女が選んだのが、

 

「キュウリ油を使おう!」

 

 キュウリの油。正確にはキュウリの成熟した種子を絞って作られる油である。現代日本ではキューカンバーシードオイルという名前で売られている……らしい。作者は売っている店を見たことがない。

 

「魔力の代わりに河童の妖力を込めてと……香料は折角だからキュウリフレーバーで。後は塩と……キュウリ繊維を足して、よし! 出来上がりだ! 簡単なもんだね! キュウリ工場の連中を手伝わせて大量生産しよう!」

 

 思い立ったが吉日ならぬ即日。河童はとりあえずやってみようの精神で、大量のキュウリンシャンを作り出してしまった。

 

 

 

 暫く後に。

 

「はーい、いらっしゃい! 幻想郷女子の流行、リンシャンの限定品の発売だよー! さあさあ寄っといで買っといで!」

 

 と、姿を化けて人里でキュウリンシャンを売り出したのだが……

 使用者の感想。

 

「髪がヌメヌメするだけだった」

「水苔のような質感になった」

「全体的にキュウリ臭くなった」

「パンに塗るオイルじゃなかったのかしら?」

「ご飯に掛けて食べるには高いわね。妖怪でしょ? 怪しい妖力の籠もったものを人里に出すなんて。置いていくか退治されるか選びなさいよ」

 

 ──散々な使用感と共に、大不評を食らって大量の在庫を抱えてしまったのであった。(一部カツアゲされた)

 やはり異世界の魔力が籠もった油をキュウリオイルで代用したのがいけなかったようだ。とにかく頭からすりおろしたキュウリをかぶったようだと苦情も多く寄せられた。

 

「めいゆう゛ー! 買い取ってー!」

「うちのコピー商品をうちへ下取りに出すのはやめてくれ」

 

 泣きながら在庫処分に持ち込まれた霖之助がうんざりと告げるのであったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 <料理人を目指すルッツ>

 

 

 エーレンフェストの下町で生まれ育った少年、ルッツは旅商人になりたかった。

 しかしながらその夢は現実的な問題によって打ち砕かれた。様々な理由があげられたが一番の理由は、旅商人に見習いなんて無いということだ。

 親子でもないのに子供を見習いとして連れて行くような旅商人は間違いなく人攫いだ。市民から旅商人になりたいなら自分から市民権を手放して旅に出るしかない。そんなことは7歳で洗礼式を受ける子供には不可能だった。

 そこでマインに言われたのが、大きな目的を確認することだ。『旅をしながら商売がしたい』のか、『単に街の外の世界へ行きたい』のか。ルッツは実のところ商売のことなんてちっともわからなかった。旅商人になりたいのは、ずっと狭い街の下層で生きていくのがなんとなく嫌で、話に聞くような広い世界を見て回れるのは旅商人か吟遊詩人だと聞いていたため、どっちかって言うと旅商人の方がまともな気がしたのでそれになりたいと思っただけだ。

 ルッツの出ていきたいという意識は男兄弟の末っ子で散々に家庭内の立場の低さを甘受してきたこともあるだろう。とにかく彼は、商売よりも単に今の環境から脱したいという感情が強かった。

 

 そこでマインに提案されたのが料理人になる、という道であった。

 料理人であっても商人の一種であり、商品の仕入れや保管、加工をする仕事なので学べることは多いこと。

 商人でありながら職人的な一面も持つので両親の反対が弱いのではないかということ。

 料理人としての腕を磨けば、街で店を開いたり、或いは別の街でも料理人としてやっていける可能性が高いこと。

 そして自分で料理を作れるようになって独り立ちすれば腹いっぱい旨いものが食べられるということ。

 それらの理由をよく考え、ルッツはひとまずの進路として料理人を目指すことにした。

 

 なのだが……

 

「どうも違うんだよな」

「どうしたの? ルッツ」

 

 マインさんの人生相談。その日は雨だったので森にも行けず、ルッツがマインの家にやってきてなんとも微妙そうな顔で相談をした。

 

「いやな? とりあえずマインの言った通りに、家の飯作りを手伝うことから始めたんだ。母さんは喜んだけど……なんかマインの教える料理ってやつと違うんじゃないか?」

「というと?」

 

 ルッツはうまく表せないとばかりに身振りを交え考えながら口にする。

 

「マインの教える料理って材料をあれやこれや混ぜ合わせて、丁度いいぐらいに焼いたりして食べるだろ? だけど家のメシって肉や野菜を鍋でひたすら煮込んで塩を入れるとか、茹でこぼして塩を振って食べるとか、適当に竈で焼いて食べるとかそういうのばっかりで……なんていうんだろうな? 簡単? 雑?」

「ああ……」

 

 マインは納得したように頷いた。確かに、この世界では少なくとも下層の平民の料理は雑なものが多い。決してまずいものばかりではないのだが、材料や料理法を選んでいる暇もお金も無いせいか、基本的には切った材料を煮込むか茹でるかして食べることが多かった。調味料も塩か酢である。

 ちょっとの工夫で美味しくなるのに、と思ったマインによって彼女の家庭では地道な改善が続けられているが、ルッツの家ではそうもいかないだろう。食べざかりの男児が四人もいることも、余計な手間やお金を掛けることを阻んでいるに違いない。

 

「それに料理人っていうか飯屋の話を父さんにしたら、どうも反応が芳しく無くてな」

「そうなの?」

「父さんが言うには、飯屋っていうのは腸詰めとべレア(ビールのような酒のこと)を食べにいく店であって、料理っていうのは腸詰めを茹でるか焼くかの違いぐらいしか見たことがないっていうんだ。マインが教えるような料理を出す店は全然知らないらしい」

「そ、そうなんだ? わたし、全然お店に食べに行ったこととか無いから知らなかった……」

 

 マインは驚いたように言う。彼女も想像していなかったことだが、この世界では一家揃ってちょっとの贅沢で外食とか、色んな料理を楽しみに食べ歩くとかは少なくとも下町では存在しない文化のようだった。

 飯屋も飲み屋も変わらないような店ばかりで、酒とツマミと精々が塩スープに堅パンぐらいしか提供されておらず、女給を冷やかして楽しむおっさんたちの娯楽施設である。

 ただそれとはまた客層が全く異なる店も、街の中央と北部には存在しているのだが……少なくとも南部の下町で暮らす人間には一生縁のない世界であった。

 ルッツが首を傾げながら言う。

 

「知らなかったのに作れるのか? ってああ、あのコウリンドウの旦那から教えてもらったのか……」

「そ、そうそう。店主さん料理上手なんだよあれでも。あとお店の本でね」

「本かぁ……マイン凄いな。文字まで読み書きできるようになって」

「ルッツにも教えてあげるよ。商売するには必要だろうから。でもそっかあ……そこら辺の食べ物屋さんは、料理人っていうか単に飲み屋の主人って感じかあ……」

 

 マインは当てが外れたとばかりに腕を組んで考え込む。西洋風の世界なので食堂といえばレストランをイメージしていたが、かなり実態は違っている。

 レストランならばそれこそ下働きから始まるだろうけれど、配膳での礼儀作法、材料の下処理での技術、まかないで料理の練習、そのうちストーブ前で調理などステップアップしていって技術を学ぶ環境にあると考えていた。

 だがソーセージを茹でるか焼くかして発泡酒と一緒に出すだけの飲み屋では、見習いになったところで大して学べるような技術も無いような気がする。

 さすがにこの街にある食事処がすべてそういった飲み屋ではないと思うのだが……

 

「うーん、ルッツのお父さんがさっぱりツテが無いとなると、まず見習い先を探すのも大変だよね……」

 

 まったくコネも何もない大工の息子が小綺麗なちゃんとした店(が、あるとして)で見習いになりたいといっても中々難しいものがあるだろう。

 霖之助に頼るにしても、彼も異世界から突然この街に現れたクチなので、あまり街の住民にコネは無い。無いのだが、ギルド長というやたら大きな取引先だけはある。

 そこまで思いついたところでマインは悩みだした。

 

「ギルド長……の孫のフリーダとは友達になったんだけど、あそこには専属料理人がいるよね。それにオトマール商会って食品系の老舗大店みたいだから料理屋との繋がりは絶対沢山あると思うんだけど……」

「本当か!?」

 

 マインは言いよどんで考え込む。ギルド長という立場の一族は、恐らくこの街の平民でもトップレベルの階層にいるに違いない。下層である自分やルッツからすれば貴族程も離れたイメージがある。恐らく裕福な店と多くの繋がりがあり、その店の子供が見習いになる際にも様々な手管を使って仲介もしているのだろう。

 そこに、珍しい商品を売ることで顔を覚えられた香霖堂……の、見習いであるマイン……の、友人であるルッツという遠い関係を紹介するには、それなりの理由や対価が必要な気がした。

 

「……ルッツに料理人を勧めたのもわたしだからね、とりあえず話をしてみる」

「ありがとな、マイン!」

「ただし!」

 

 マインは珍しくルッツに強い口調で言ったので、ルッツは思わず身を引きながら口を閉ざした。

 

「ルッツが見習いになるところまでわたしはどうにか協力するけど、そこから先はルッツの努力次第なんだからね。それに絶対に見習いにして貰えるってわけでもないと思うから注意して。ほらわたし、こんなに子供なんだからコネにしても信頼が無いよ。店主さんに頼りっぱなしもいけないし」

 

 ルッツには何かと気にかけられたり、香霖堂への送り迎えで世話になっている。見習いをどうにかしてやりたいと思うけれども、あまり頼りにされすぎても困ってしまうのだ。マインだけがどうにかなるならまだしも、香霖堂に所属することになるマインとしては霖之助に面倒事が降り掛かっては申し訳がない。

 

「わかった。もちろん、上手くいかなくてもマインのせいじゃない。それにもし見習いになれたら俺は頑張る」

 

 ルッツの迷いない言葉にマインは微笑みを浮かべた。ルッツはこの年にしては──というかマインの常識からすれば子供としてはかなり素直かつ実直だった。料理法で言われたことは手を抜かずにやり、進んで母親の食事の手伝いも始めている。

 見習いに対してどれほどの内容を求めるかはわからないが、ルッツぐらい真面目なら仕事も早く覚えてしっかりとこなしていくだろうと思った。

 

「うん。ならよし。そうだ。全部ダメだったら、いっそ一足飛ばしで簡単な屋台でも始めてみようか」

「は、はあ!? いきなり屋台をか!?」 

「前にギルドで商業法を読んだけど屋台や工房は洗礼式後なら始めるのに年齢制限はなかったしね。安い材料と家庭の竈でも作れそうな料理と、法律の穴をついたデリバリーサービスとかでやればとりあえずは稼げると思うんだよね」

 

 この世界では料理屋すらあまり普及していないので食品の売り歩きなども行われていない。例えば門や川の荷上場などに持ち運べる食べ物飲み物を持っていけば買い手はつくだろう。そして場所を取らないので、露天を出すのに必要な金もいらない。

 

「む、難しいのはよくわからないな……」

「わたしも考えがあるだけだからねえ……そのときになって試行錯誤するしか無いと思う。とにかく、ちゃんとしたお店に入れるかどうかだね。家族の皆にも、そこらの飲み屋じゃなくて料理を作る人になるんだってことを教えるために色々ご家庭でできる料理も試していこう」

「お。今日もマインが教えてくれるのか?」

「うちのお昼ごはんを作るついでにね」

 

 マインの家は彼女が稼いで家にいれたお金のおかげで、今は少しばかり余裕がある。ルッツに教える分の食料を使っても問題はないだろうとマインは思った。また困ったらお金を下ろしてくればいいぐらいには貯金がある。

 二人に加えてトゥーリも入り、台所で料理を始めた。

 

「今日は『アメリカ』の伝統料理、『マッケンチーズ』を作ります」

 

 マインが聞き慣れない単語を言い出すのはもはや二人ともツッコミをいれない。

 指示にしたがって、三人でまず摩り下ろしたカルフェ芋(じゃがいものような芋)、塩、雑穀粉を混ぜて練る。

 次にそれを平べったく伸ばして細く切り分け、鉛筆ほどの太さをした棒に巻きつけて引き抜き中心に穴の空いたパスタ、マカロニを作った。 

 マカロニを茹でている間にチーズを細かく刻んで皿に入れて、竈の近くに置いて程々に溶かす。

 茹でたマカロニをチーズの入った皿に入れて、そこに少量の牛乳とバターを投入。そしてチーズがマカロニに絡むようにかき混ぜて軽く塩味を加えればアメリカの家庭料理、マカロニ&チーズことマッケンチーズの完成である。ひと手間掛けるならオーブンで表面を焼いてもいい。

 いい匂いのする皿を前にルッツとトゥーリは目を輝かせた。マインがこほんと咳払いをする。

 

「子供だけでも作れるマッケンチーズをお昼にするなんてアメリカンな気分だね。『この栄養たっぷりなインスタントマカロニ・アンド・チーズの昼食に、そしてこれを販売してくれた人たちに、祝福を。アーメン』」

「マイン、何言ってるの? 販売って、今三人で作ったでしょ」

「これは決まり文句なんだよ!」

 

 麗乃が昔に見た映画──何度も地上波ロードショーで放送された有名な、子供一人で留守番をして家を泥棒から守る物語で主人公がインスタント・マカロニ&チーズを食べる際に言っていた言葉である。マインは映画を見るより小説版から先に読んだ。

 ギュンターもエーファも仕事で居ないので三人で食べるが、マイン以外の二人とも目を見開いて料理の味に感じ入った。

 ルッツが指摘したように、下層の平民が食べる食事というのはとりあえず腹に入ればいいという代物で、スープ以外では材料を混ぜ合わせるということもあまりしない。パンケーキというものはあるが、それは摩り下ろした芋を平面上に焼いて上にジャムを乗せるだけで、このマカロニのように塩や雑穀粉を混ぜることもしないのだ。食感が違う。

 それにバターとチーズの旨味が合わさり、濃厚になって舌を満足させる。特にチーズは割りと高いので少量だが、それでも穴の空いたマカロニにすることでソースが内部まで入り込むから味わいが濃くなる。

 

「美味しい! ねえ、マインも料理人になったら?」

「わたしはちょっと……作れることは作れるけど日常的に作りたいかっていうと違うみたいな……」

 

 彼女が料理を作れるのは前世で料理好きだったわけではなく、母親に手伝わされていたこととレシピ本を読んだからだ。銀行などではよくレシピ本が置かれていたから読む機会も多かった。

 しかしながら日本での生活といえば、本が読めれば食事はサンドイッチだけでも構わず、時々空腹で台所に立っても凝った料理を作る気なんて全然なかった。

 あまりにこちらの世界の日常で食べる食事が酷いので、こうして地道に作ったりしているのだが。

 

「でも気軽にこういう料理が食べられるお店が増えたら便利でいいよね。ルッツ、頑張って!」

「お、おう。とにかく俺もうまいものが食えるようになるためなら頑張るぞ」

「そうだよ。旅に出るにしても、まずは沢山食べて大きくならないと」

 

 彼はいずれ他の街に行ってみたいのだが、すぐに行くには様々な問題がある。年齢や体格、所持金や知識だ。すぐに他の街にでもいける商人の見習いになるのではなく、一つずつ目標を達成していき大人になってからでも旅に出ればいいとマインは教えたので、料理人になるという小目標も前向きに取り組んでいるのである。

 

「とりあえず今度フリーダと会ったら話をしてみる。さすがにギルド長の家にこっちから訪ねていくわけにもいかないからね」

「マインもルッツも、変わったところに仕事に行くなあ……」

「トゥーリの見習い先が一番堅実なんだよ、多分」

「……でもマイン、コウリンドウのお店に行ったら綺麗な服を着たり、お風呂ってのに入れたりするんでしょう? ちょっとずるい……」

「トゥーリもお風呂に入れれば綺麗になるんだけど……」

 

 さすがに、見習い先の風呂を自分が借りるのも微妙に気兼ねしてしまうのだが、店員(まだ正式な店員ではないが)が薄汚いと店の評判に関わると自分を誤魔化して使わせて貰っているのだが。

 普通、就職先のお風呂に店員の身内を連れてきていれるとか非常識だろうとマインは思う。

 しかし香霖堂と風呂に慣れてしまうと身内が汚いのもやたら気になるようになってしまった。姉も母もかなりの器量よしなのに勿体ない。

 

「うーん、どうにか方法が無いか考えてみるよ。トゥーリも母さんもお風呂にいれてあげたいしね」

 

 こうして、マインの下町お風呂流行計画は地道に始まることになったのであった。

 




https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM21201274010000_68/
うわああああ香霖堂っぽい連載だああああ
ふう(満足)
香霖堂ファンはいつだって餌に飢えているんだ

・ナズーリンの飄々とした態度は毘沙門天の威を借りている弱い妖怪的な虚勢があるとかなんとか
・つまり不意打ちをされると弱い
・にとりに渡したキュウリ栽培の本は鈴奈庵に登場したやつ
・原作本好き確認したら飯屋が「腸詰めを茹でるか焼くか」ぐらいしかバリエーション無いって言われてることに書いてて今更気づいた(ライブ感)
・一部のマイン発明メニューって、材料に含まれる魔力を茹でこぼししてないから女性がモリモリ食べてると身食いの子供出来きちゃうやべーやつなのでは
・そのコネに頼るのは危険だぞマインちゃん
・一応マインは原作よりもルッツに対する恩的な感情は少ない。紙作りとかやってないから。友達だけどね
・お風呂プラン。どうなるやら



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