<マイン>
苦しい熱が体の中で燃えていて、何も見えないし聞こえない中、喉を何かが通っていったことが感覚的にわかった。
前に気付けとして飲まされた変なお酒じゃなくて、冷たい水と一緒に飲み込まれたなにかは、胃の中で解けて熱を和らげていく。そんな感覚だった。
やがてわたしの体は、柔らかいものに包まれていることに気づく。布だ。きめ細かい、清潔なシーツ。
ああ、もしかしてマインという少女になっていたのは夢だったのではないだろうか……
それを確かめるのも怖かったけれど、恐る恐ると目を開けてわたしが見たものは──
「天井」
木製の天井。思わずそうつぶやいた。頑丈そうな太い梁が伸びている。顔を横に背けると、白い枕。額にはタオル。そして畳の上に敷かれた布団に寝かされ、障子のある部屋にいることがわかった。
自宅ではない。おばあちゃんの家? と一瞬思いかける。もしかして本須麗乃は、本に押しつぶされて大怪我をし、介護のためにお母さんがわたしを連れて田舎に引っ越して今まさに意識が目覚めたのでは?
そんな考えも、壁に立てかけられている姿見ですぐに消えた。
紺色の髪をした、金色の瞳の女児。瞬きも、手の動きも間違いなく自分だった。
自分はマインだ。それを、この世界に来てはじめて鮮明な鏡で見て確認した。
息が苦しい。しゃくりあげるように声が出てくる。ここはどこなのだろう? わたしは確か──香霖堂ってお店の前で──
障子が開けられた。
「目覚めたかい? 温かいものでも飲むといい。白湯だがね」
そこには……えーとなんと表現していいのやら。
中国の道士とかキョンシーとかそういう感じの時代がかった雰囲気な、青白の奇妙な服を身に着けた──銀髪で背の高い眼鏡の男性が立っていた。目の色が金色でそんな人いるんだ……って思ったけどマインもそうだった!
手にはお盆と急須、『湯』と書かれた湯呑を持っている。
どうやらわたしを看病してくれていたようだ。
「あ、あの……助けてくださってありがとうございます。貴方は……」
「僕の名は森近霖之助。この古道具屋、香霖堂の店主をしている」
「モリチカ・リンノスケ?」
モリチカ。森近? 霖之助! 凄く日本っぽい名前だ! 見た目がちぐはぐなのに!
「店主さん! げほっげほげほっ!!」
「まあ落ち着きたまえ。随分熱で浮かされていたんだ。まずは湯を飲んで」
「ううう……」
差し出された白湯を飲む。美味しい。凄く美味しい……体にしみじみと染み渡る……そして何より、水が美味しい……
涙まで出てくる。急須に入っている白湯を何杯もおかわりして飲み込んだ。
「元気が出てきたようだね。おかゆか……食べられないなら重湯でも食べなさい。少しでも体力をつけないと、起き上がれない」
「おかゆ!?」
おかゆが食べられるの!? そう思っていると、ホカホカに湯気が立った土鍋に入ったおかゆと散蓮華を店主さんは運んできた。
「はふっはふはふっ! あちゅっ、うっううう……」
「な、泣くほどのことかい?」
本気で涙と鼻水が出てきて、店主さんはタオルを渡してくれた。とんでもなく美味しい。
日本食を食べたのは、意識的にはそう遠い昔ではない。死んだのは数日前だから。でも、二度と食べられないような気がして、我慢してこの世界の食べ物を口にしていたところで出された白米のおかゆ……梅干しまでついてる!
泣けるよー!
マインの体は少食なのに、おかゆをたっぷり食べきれてしまえそうだった。
今は何より食欲優先──
パラリ、パラリ。
「本だぁ!」
「うわっ!?」
わたしが食べていて手持ち無沙汰になったのか、店主さんが手元の本を捲りだしたので思わず叫んだ。
でもでも本だよ!? 瀕死の体に懐かしのおかゆが染み渡るよりなにより、本なんだよ!?
その本は日本語で『家庭の医学~子供が病気になったときのために~』と書かれている、よくあるご家庭向け医学書って感じで──
ハッ! 日本語! 日本人! 異世界! 本! ご飯! 本!
だ、だめだ! 急にいろんな情報が入ってきたのと、まだ熱の影響とご飯で体があったまったので……
眠すぎる……
寝た。
*****
次に目覚めたときは体の調子もほぼ復活していて、店主さんと冷静に話をすることができた。
「店主さん! わたしは本須麗乃といいます! 日本人です!」
「なんだって? 外の世界の人かい?」
彼も驚いたように聞き返す。外の世界……っていうのがなんなのかわからないけれど。
とりあえず事情を説明した。前世では日本で暮らしていて、本に押しつぶされて死んだこと。気がついたら数日前、この世界のマインという少女になっていたこと。
体が虚弱ですぐに熱を出して倒れてつらいこと。家族は優しいけれど、不衛生的だったり文化が違ってしんどいこと。そしてなにより、大好きな本が殆どこの世界では見られないこと。
語りながら泣き出すわたしを、店主さんは神妙な顔で見ていた。
しかしながら自分語りも、この世界で過ごしたのは数日しかないのですぐに終わってしまった。
「まあ、本が無いとつまらない気持ちはわからないでもないよ」
「そうですよね!!! 本が無いとかもはや自分で作ってでも増やさないと世界に自分が存在してる理由がないですよね!!」
「そこまでかい?」
何故か呆れたように言ってくる店主さん。当然じゃないですか。
「あのう、それで店主さんは? ひょっとして、同じような事情で?」
「いや、僕の方はまったく違う事情なんだが……話は長くなるし知らないことも多いだろうけど、あまり聞き返さずに聞いてくれ」
そういって店主さんは説明を始めたけど、わたしにとって全然知らない世界の話があった。
わたしの暮らしていた日本にあったのか知らないけれど、どうやら日本には『幻想郷』と呼ばれる現代では見られなくなった妖怪たちの楽園みたいな場所が、世界から隔絶されて存在しているらしい。
結界に囲まれたその場所を知る人は殆どおらず、時折外界の人が迷い込んでは、妖怪の餌食になったり、或いは幻想郷にある人里に馴染んで暮らしていく。
その幻想郷で一番の、外界からの道具を扱う古道具屋が香霖堂で、その店主が森近霖之助さん。なんと妖怪と人間のハーフらしい。
だけど彼はある日から、自宅のお店で眠るとこのマインがいる世界に存在している謎の香霖堂で目覚めるようになった。
それ以上は彼もあまり詳しくないらしい。
「──というわけで、君の境遇には同情するが、僕が君をもとの世界に戻せるわけではないことを予め言っておくよ」
「そうですか……」
あんまり期待はしてなかったけれど、口に出されると少し落ち込む……
とはいえ、確かにわたしは死んだという自意識があった。死人を生き返らせるなんて、神様にしかできないだろう。
「それにしても死んだらまったく違う世界に転生か……ひょっとして外の世界では、もう閻魔が裁きを行っていないのかもしれない」
「外の世界ではって……幻想郷では閻魔様が裁きをしてるんです?」
「そうだとも。死後に魂は中有の道を通り、三途の川を渡り、彼岸で閻魔様に裁きを受けて、罪の重さで地獄か冥界などに行かされる。僕も写真で閻魔当人の姿を見たことがある。実際、人里には八回も転生して人妖の記録を行っている人物もいるぐらいだ」
「日本にそんなファンタジーな世界があったなんて……」
店主さんの話は全面的に信用することにした。常識では考えられないことだけれど、まずわたしの境遇からして常識はずれだし、そんな状況で偶然出会ったわたしに妙なデタラメを吹き込むメリットなんてなさそうだからだ。
なにより、倒れたわたしを助けてくれた命の恩人でもある。疑うとかそういうことはしたくない。
「どちらにせよ、幻想郷に居るのかこの世界に居るのか不安定な僕と違って、君はこの世界の住民になっているんだ。大事なのはこれからどうするかだと思うがね」
「そうですね……」
これから。
「とにかく……本が読みたいです……」
「いやいやいやいや」
何故か店主さんから真顔で止められた。
「君みたいな性格の者は幾人か知ってるがね。本を読み始めたら、何時間でも誰に話しかけられても腹が減ってもじっと読み耽るだろう?」
「ずっ、図星……!」
まるで見てきたかのように言われた!
「ここで本を読み始めたらいつまで経っても帰らないだろう。家族がこの世界にはいるんじゃなかったかい?」
「あっ! そうだった!」
指摘されて血の気が引いていく。わたし、買い物の途中でフラッと居なくなって……もうどれだけ時間が経ったの!?
間違いなく母さんは慌てて探しただろうし、父さんやトゥーリにも迷惑を掛けている!
「ちなみに倒れてからまる一日と一刻は経過している」
「か、帰らないと……」
でも病み上がりの体力で、わたし一人で帰れるかな……? せめてあの雑貨屋さんまで戻れば、どうにか人を呼んでもらって……
店主さんは肩をすくめた。
「その辺で倒れられても目覚めが悪い。僕が背負って送っていくから、道案内を頼むよ」
「本当ですか!? でも、ご迷惑じゃ……」
「迷惑という点では、店先で倒れられた時点で十分に受けている」
「うっ……」
「別に迷惑料を請求したりはしないよ。同郷人のよしみ……まあ、僕も半分は人なわけだからね。さあ、帰り支度をしたまえ」
店主さんに言われて、のろのろと布団から這い出る。布団は柔らかく気持ちいいのに、体にまとわりついたマインの服が気持ち悪い。汗を沢山吸い込んでいる。
支度と言っても荷物も何もないので、靴を履くぐらいだ。すると店主さんがわたしの首にマフラーを巻いてくれた。
「これは珍しい話を聞かせてくれたお礼だ。返さなくていい」
「店主さん……!」
いい人……! 優しいお兄さん……!
外はただでさえ寒いのに、こう服が湿ってると余計につらい。首だけじゃなくて、余った部分を頭にも巻くようにすると温かい。それに洗濯したばかりみたいな綺麗で清潔なマフラーだった。
店主さんは外に出る前にコートを服の上から羽織っていた。
「僕の服装はここだと奇異に見られすぎるからね」
「まあそうでしょうね」
「……」
あれ? なんかダメージを受けたような顔になった。お気に入りだったのかな。
畳敷きの寝床から店の方へ出ると、様々な商品が並べられている。中には日本で昔みたような玩具も含まれている。店主さんは、閉鎖された幻想郷で唯一外の世界の道具を売買する、目の付け所が非凡で名のある商売人なのだという。
そして棚に入った……本!
「本!」
「帰ろう」
「本があります店主さん!」
「帰るんだ」
「本を貸してくださいいいいい!!」
「土下座をしないでくれ……子供なのに」
額に手を当てて大きくため息をつく店主さん。わたしは事情を話した相手なので頬を膨らませ抗議した。
「子供って言っても前世では22歳でしたし!」
「それでも僕は君の何倍も永く生きてるんだ。それに本の貸し借りはやらないことにしてる。貸したまま返さない知人がいてね」
「わたしは返しますよ! 返して次の本を借りるんです!!!」
「……はあ」
店主さんは首を横に振って、棚の一番使ってなさそうな引き出しを開けて何やら紙束を取り出した。
「これは幻想郷で普及している新聞の古いものだ。掃除などに使おうと思って取っていたものだが、これでよければ」
「新聞!!!!!! 新聞があるんですか幻想郷いいなああ!!!」
「あまり叫ぶと倒れるよ。それにこの新聞も内容はちょっとアレだが、個人的にはマシな方で」
だって新聞だよ新聞! 借りて見ると、しっかり印刷された日本語の文字が書かれていてわたしでも読める! 写真まで載ってる! 文明レベル高い! なんで幻想郷に転生しなかったかなあわたし!
それをどうにか、服の内側に大事に入れ込んで持ち帰るようになった。隅から隅まで読もう!
兎にも角にも得るものを得て、わたしは家に帰ることにした。凄く怒られると思う。迷惑ばっかりかけて失望されるかも。でもわたしには新聞がある。つらくても耐えていける! ごめんねみんな!
店主さんの背中におんぶされて家へと戻る。さすが男の人、母さんの背中よりずっと大きい。っていうか店主さん背高い。
こうされると、ずっと昔、本須麗乃だった頃に父さんに背負われたことを思い出す。父さんはサラリーマンで、わたしより先に死んでしまったから思い出は少ないけど。お母さんもわたしが死んで悲しんだかな。ごめんねお母さん。一人にさせて。
「あれ……涙が……」
わたしは涙がこぼれてきて、店主さんの背中に押し付けるようにして隠し、息をこらえて家に運ばれるのだった。時々道の指示をしながら。
*****
<ギュンター>
──家には暗い空気が流れていた。
マイン。うちの末娘。マインが居なくなったのが昨日の昼前だった。
エーファと共に市へと向かったんだ。マインは気難しく、体調も優れない。その世話をするのはどうしても仕事をしていない姉のトゥーリになって、ここ数日は特にトゥーリへの負担が大きかった。
どうにかエーファが職場に頭を下げて、マインの相手を買って出て気分転換にもなるだろうと市に連れて行ったのだが……その最中、僅かな時間目を離したときにマインは行方不明になった。
雑貨屋の店主が少し店の中に入ったときだったという。エーファは必死に探し、俺も連絡を聞いてどうにか動いてくれる同僚らにも頼み、酒屋のおかみなど声を掛けれるだけ声を掛けてマインの姿を見なかったか探したが、見つからなかった。
トゥーリも駆けずり回り、近所のディードの息子たちにも頼んで探して貰ったが結局、昨日と今日一日掛けてもマインは見つからなかった。
この寒い季節だ。大人でさえ、一晩外で過ごせば凍死するというのに、あの体の弱いマインでは……
エーファは足を挫いても這って探そうとしたのでどうにか連れ帰り、「ごめんなさい」という言葉を繰り返しながら泣いている。エーファの泣き声で、トゥーリも最悪の事態を予期して泣いていた。俺も泣き出しそうだ。
覚えている。エーファはこれまで、四人の子供を失っている。最初は流産で次は一歳になる前に死んだ。トゥーリとマインの次に生まれた子供も冬に耐えきれずに死に、その次の子も流産をした。
だからこそマインがどれだけ体が弱くとも、大事に育ててきた。だがそのマインも……
「──もう一度探してくる。声を掛けてた連中が、マインの情報を誰かに聞いたかもしれない」
俺が立ち上がり玄関に向かう。こちらを見てくるエーファのつらい顔はとてもまともに見られない。
俺は町ごと家族を守れる兵士になりたいと昔から思っていた。だが、俺は──
コン、コン。
扉のノック音がした。皆が動きを止めて、扉へ注目する。
外から声が聞こえた。
『父さん? 母さん? トゥーリ? ごめんなさい、今帰りました』
「マイン!!」
外から聞こえてきた声に、家族が一斉に叫んだ。マインが帰ってきた!
慌てて扉を開けると、見慣れない首巻きをしたマインが、凄く申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ている。本物だ。
「この──馬鹿! どこを……くっ……」
「マイン! マイン! ああっ良かった……!」
エーファが俺を押しのけてマインへと抱きつく。マインは「ごめんなさい」と繰り返していた。
そして俺はマインのすぐ後ろに、見慣れない大男が居ることに気づいた。
「あんたは……?」
「この人は──リンノスケさん。古道具屋の店主さんで、店先で倒れていたわたしを助けてくれたの。さっきまで店主さんのお店で寝ていて、送って貰って」
「そうか……! ありがとう! ありがとう……!」
マインの言葉を聞いて俺は頭を下げて手を握った。よかった……! マインを助けてくれた人が居たんだ……!
「気にすることはないよ。店の前で死なすわけにも、いつまでも家に置いておくわけにはいかないし、外に放り出すわけにもいかないんだ。誰だってそうしたはずだ」
「それでも」
「あと薬を渡しておこう。こっちの赤い薬は熱が出たとき。青い薬は咳が止まらないときに飲ませるように。後は暫く家で大人しく寝かせておくといい」
「薬!?」
病気の薬なんて、それこそ俺ら庶民には手が出ない高価な代物だ。それをひょいと渡してくるなんて、何者だ?
まじまじと俺が見ている視線を鬱陶しそうに手を振って払う。
「うちで余っていた物だから気にしないでくれ。僕は滅多に病気に罹らないしね。売り物じゃないからお代もいらない。それじゃあ僕はこれで」
「あっ……その、本当にありがとう! マインを助けてくれて!」
軽く告げて去っていく男の背中に俺はそう叫んで、まるで化かされたように少し呆けていた。
そしてエーファから泣き声で説教されつつ抱きしめられているマインに顔を向けると、
「店主さんは、凄くいい人だったよ!」
申し訳なさそうだけど、嬉しくてたまらないといった表情に俺は首を傾げた。
感動の再会が終わったら今度は凄い勢いで説教が始まった。
「マイン!! 大人しく待ってるって言ったのに!」
「ごめんなさい!」
「みんなに心配ばっかりかけて!」
「すみません!」
「市場に連れて行かないわよ!」
「もうしません! 家で大人しくしてます!」
勢いよく叱るエーファに合わせて勢いよく謝るものだから、なんか見ているこっちは毒気が抜かれる。
とにかく俺は一旦家を出て、協力してくれた人たち全員に、マインが無事だった報告へと行った。懐は限りなく痛いけれど、僅かばかりの礼金も渡した。
なにはともあれ、マインが無事なのが一番だ。むしろ一番礼を受け取らないといけない、リンノスケだか言う店主がさっさと帰ってしまったのが残念だ。
しかもマインに薬どころか首巻きまで渡している。ひょっとしたらもう薬も飲ませたのかもしれない。お貴族様が使うような薬は、俺の月収よりも高価だとか聞く。
誰だってそうしたというけれど、うちの前で子供が死にかけていても、休ませるぐらいはするけれど薬まではとても出せない。
マインに話を聞くと、
「うーんと、体の中が熱くて息苦しくて、でも途中でなにかを飲まされたら凄く良くなってきたから、風邪薬を分けてくれたんじゃないかな」
と、言うのでエーファ共々卒倒しかけた。請求されても払いきれないか、払うと冬は越せなくなりそうだ……
次の日からマインには外出禁止令が出たけれど、マインはむしろ生き生きとして「留守番をします!」と励んでいた。
下手にゲルダに預けるよりは、家に鍵を掛けて置いておいた方が安心だ。もし、もうやらないとは思うがマインが逃げ出すのをゲルダは止められないだろうから。
そして俺やエーファは仕事、トゥーリは森で採取に出かけて──大丈夫かなと思いながら早めに様子を見にトゥーリが戻ると、
「うへへへうひひひ」
……みたいな声を上げて、じっと変な薄っぺらい布切れ?みたいなものを見ていたという。
それには変な模様が書かれていてマインは凄くニヤニヤしていたようだ。怖い。
しかし一応、マインはワガママを言うでもなく大人しくしているので、見ているそれはなんなのかわからないが、まあいいかということになった。
「マインがちょっと変わってるのはギュンターに似てるから……」
いや違うぞエーファ、さすがにあそこまでは。
******
<森近霖之助>
物がないときに限って物が必要になってくることを逆わらしべ長者の法則と言うらしい。これは実際にそういうことが多いわけではなくて、準備を欠かさないと問題に対処できないことを戒めた話だろう。風邪薬を使い切った矢先に、うちに病人が来るとは。
「というかね君。具合が悪いのならわざわざ出歩かないで、家で休んでなさい」
「出歩いて無いぜ。飛んできたからな」
幻想郷にて、昨日までマインくんが寝ていた布団に今度は風邪引きの魔理沙が寝込んでいた。生憎と風邪薬は残っていない。
そもそも、僕が殆ど病気をしないのだから薬だってこういう状況の魔理沙などに使うぐらいしか必要とせず、わざわざ魔理沙が風邪を引いてうちまで来ることも少ないので所持している量も少なかった。
「うちは今、採ってきたキノコの胞子で霧の中にいるみたいになっててな……咳き込んだら肺に胞子が入りそうで」
「いつか君はキノコ妖怪に成り果てるかもしれないね」
「そうなったら真っ二つに割ってキノコ鍋にしてあげるわ」
椅子に座ってお茶を飲んでいる霊夢が淡々とそう告げる。魔理沙は「うげ」と口に出して、おかゆを掻き込んで食べた。
「また風邪薬買ってきてくれよ香霖。永遠亭のやつ」
「お米も減ってるわよ霖之助さん。誰に食べられたの?」
「一昨日、行き倒れの子供が居て一日世話をしたんだ。風邪薬もそのときに使ってしまったよ」
「へー、行き倒れを助けるなんて、香霖もアリスみたいなことやってるんだな」
「食い詰めたら香霖堂の前に行き倒れようかしら」
「そんなことしないでも散々うちにたかってるだろう君らは……」
しかし風邪薬はもう少し用意してもいいかもしれない。なんというか、これからもあの世界へ行き来する生活が続くのならば、あのマインという少女との付き合いも続きそうな気がしていた。
何故ってあれだけ本に執着していればなあ……
霖之助少女に甘い説