本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左高例

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20話『救出と砲撃』

 ──エーレンフェストを領地の一つとする国家ユルゲンシュミットにおいて、旅人──旅の商人や吟遊詩人は常に死の危険と隣合わせにある。

 

 まず大きな街の外を進むなら常に盗賊から襲われる可能性がある。

 盗賊という存在は決してなくならない。何故なら盗賊と呼ばれる者は普段、そこらの農村で普通に農民をしている者なのだ。生活の貧しさから道を通る商人の商品や金を奪う、言ってみれば副業のように犯罪行為に手を染める。被害が大きなところは騎士団がやってくることもあるが、何食わぬ顔で農民に戻ってしまう。誰が盗賊かもわからないのに、貴族の収入源である農民を次々に処刑するわけにはいかない。

 おとなしい盗賊は通行料を払わせる程度だが、商人が渋ったり逆上したりして殺し合いになることも珍しくない。市民権を持たないし農民としても登録されていない旅商人は殺害されても罪に問われることは少なかった。閉鎖的なコミュニティにも商品を齎す利便性で、殺されることが多かったわけではないが。

 

 また、魔獣による襲撃で命を落とす旅人も多かった。多少は自衛の手段を身につけていても、魔法を使えなければ到底敵わない魔獣がこの国には山程存在している。

 

 そのような危険を冒しても旅の商人というものは住所を持たない、胡散臭いよそ者扱いをどこでも受ける。大金を払って市民権を手に入れても、街に馴染めずに追い出されるようにして旅に戻ってしまう場合もあった。

 

 親から子へと受け継がれる危険な日々。また、旅商人はユルゲンシュミットが国境門を閉ざした際に取り残された外国ボースガイツ人の末裔が多く、民族的・商業的な差別意識も受け継がれていく。無論、中には上手く街に馴染めて旅烏から足を洗った者も沢山いるのだが。

 

 そういった境遇である旅商人は──オットーが憧れるなんてとんでもないと言った理由の一つでもあるが、アウトローな側面も強かった。

 

 特にボースガイツ人の末裔はユルゲンシュミットの神々と自分たちは無関係だと心の奥底では思っているため、神々に祝福されているユルゲンシュミット人とは根本から異なると考える者もいた。旅商人のみで酒宴を開いた際などに神々への祈りの言葉は何一つ出てこない風習からもそれは伺える。

 

 それ故に旅商人からすれば表沙汰にさえならなければ、法を破ることに倫理的な忌避感は薄い。評判が悪いことには難癖もあれば正しい理由もあるのだ。

 これは治安の悪い異世界特有というわけではなく、地球の中近世ヨーロッパでも例えばジプシーは蹄鉄や装飾品を売って旅するが同時に物を盗んでいくと忌避されたし、船商人はときに異国の港を荒らし回り奴隷を攫っていった。どこでも似たように犯罪は行われ、嫌われるものだ。

 

 たまたまそのならず者の商人に子供を高く売れそうなツテがあり、目の前で攫えそうなタイミングがあったならば躊躇はしないし、奴隷として売られる幼い子の境遇に同情もなければ、悪いことをしたという暗い達成感もない。小銭を拾ったような感覚で、彼は見つけた子供を二人攫っていった。

 特に洗礼式前の子供は攫うのに適している。洗礼する前では市民として登録もされていないので捜索も難しく、殆ど行われない。少女なら尚更髪の結い方によって洗礼式前かどうかもわかった。

 

 丁度この時期、見栄えの良い少女を必要としている取引先があった。その相手は普段から孤児を多く抱えているのだが、不作と冬の寒さで数が減り、更に賄賂として容姿の良い孤児を手放したので必要になったのだという。労働力にもならない少女だが、別の目的で必要としているところがあるらしい。

 

 その賄賂として送られた少女も、今から売りつける少女二人も乱暴に扱われて長生きはできないだろうことも旅商人はわかっていたが、それもどうでもよかった。出荷する鶏に同情するだろうか?

 

 子供が売られた先で攫われただの何だの騒いでも世の中には解決する手段は数多くある。手っ取り早いのは殴ることだが、それも商人は関知しないことだ。

 

 

 

 

 

 

 <マイン>

 

 

 道行く人に「誘拐されたことあります?」って聞いたら百人中百人ぐらいは「無い」って答えると思う。それぐらいレアなイベント。いや誘拐された人はもうまともに生活してないだけかも。

 

 ってそんなことを悠長に考えている場合じゃなかった。いきなりわたしは誘拐されました。

 確か帰ろうと道を歩いていたら、前の方を歩いているトゥーリが急に狭い路地に入った。というか引き込まれたんだろう。危機感が現代日本人並のわたしは「どしたの?」みたいな感じで覗き込んだらついでに捕まって、妙な薬を嗅がされ意識が遠くなった。

 危ない!と思ったけれど手足の力が抜けてわたしは抵抗もできなかった。でも今は意識が戻っている。多分荷馬車に積まれた箱の中で、道がゴトゴトしているから門の外に出たと思う。

 手足の状態を確認したら、どうにか動くみたいだ。

 わたしの毒が……多分誘拐犯の目論見よりも早く解毒されているからだろう。トゥーリは隣で寝ている。呼吸はしっかりしている(暗くて見えないけれど)から大丈夫だとは思うけれど起きる気配はなかった。普通なら、わたしより健康的なトゥーリの方が早く目覚めるはずだから。

 早く解毒されたのは意識を失う一瞬前に、マイクロ八卦炉の『兌』の機能を強く念じたからじゃないだろうか。気を循環させて体調を整える魔法。それが発動していて、毒が抜けたのかも。

 

 さて、現状は把握したけれど、問題はどうするかである。正直怖いっていうかテンパっている。起きていることに気づかれたら殺されるんじゃないかって怖さもある。

 何が目的でわたしを誘拐したのか、落ち着くためにも考えてみる。

 これまで読んだことのある本でも、誘拐犯が登場したりする物語やノンフィクションの話は沢山あった。

 誘拐の目的は幾つかわかれている。

 

・身代金の要求

・労働力の確保

・人質及び見せしめの脅迫

・強制婚姻や性的搾取

・儀式や愉快犯

 

 まず身代金……は、無いだろう。だって下層の平民の娘だから。よしんば、お風呂に入って綺麗になっていたから富豪の子供だと勘違いしたにしても、身代金を請求するなら街から出ていかないはず。でもよしんば適当に誘拐した挙げ句に身代金が取れないとわかったら邪魔なので始末されるかも。困る。

 

 労働力の確保。つまり奴隷として捕まえるパターン。中国で多いらしい。子供を誘拐して農村部で農業に従事させるという。わたしなんか役に立たないと思うんだけど。トゥーリも7歳の少女だ。攫ったはいいけど役に立たないとなると始末されるかも。困る。

 

 人質及び見せしめの脅迫。これは危険で殺される可能性が凄く高い。困る。父さんが兵士だから、それの仕事に恨みを抱いたか、門の出入りを見逃させるかわりに人質に取ったとかそういうことが考えられるけれど、やっぱりこれも門を出て街の外へ延々連れ出しているから疑問だ。

 

 強制婚姻や性的搾取。日本でも昭和頃まで一部の田舎で、嫁にしたい女性を攫って自宅で強姦し既成事実を作って婚姻を結ぶという風習があったけれどそれに近い。あと女性を監禁して酷いことをする事件とか。これも怖い。死ぬ可能性も高い。まだ6歳だけど世の中は色んな趣味の人がいるから油断できない。困る。

 

 儀式・愉快犯。少女の生き肝をクリスマスツリーにして悪魔を呼び寄せるための材料に使うとか、誘拐事件で関係者が慌てふためくのが単に楽しいとかそういう嫌なパターンだ。説得の余地がない。凄く困る。

 

 結論。困ることには変わりがない。どうしよう。

 一つ、現状を打破する手段がある。打破といってもどう転ぶかわからないのだけれど。

 マイクロ八卦炉を使って、兌以外で使える魔法の『風おこし』を使って誘拐犯を倒すという方法だ。風船を膨らませて一気に空気を抜くイメージで風を吹き出させる。少なくとも、店主さんを転ばすぐらいには大風が出せることは実証済みである。

 でもその一回しか実証していないので、調節とかどうするのかよくわからないのが難点でもある。店主さん曰く、最大出力は城を吹き飛ばせる。そんなジェット気流が地上で発動したら大惨事になる。近くに村とかあったら消えてなくなるかもしれない。人に当たれば宇宙まで吹き飛ばすかも。

 それにこうして捕まっている状況だと、風が逆流してきたり、近くにいるトゥーリを巻き込む可能性も高い。無闇矢鱈に今すぐ風おこしをしたら大変なことになる。

 現在地もわからずに周囲を爆発させるみたいな行動を起こしたら事態が悪化するかもしれない。

 

 少なくともトゥーリが起きて動けるようじゃないと、わたしの体ではトゥーリを運んで移動とかできない。

 それに風で悪人を攻撃っていうけど、店主さんにやった程度に軽く転ぶ程度に吹き付けて相手が諦めるだろうか? 火とか雷とかと違って、風って脅威度がそこまで高くなさそう。

 諦めなかったら延々と風で攻撃しないといけないのでは……と思うと、『悪人を始末する』という恐ろしい想像へと繋がった。台風の放送とかで、風で転んで意識不明になった被災者とか、とんできた看板に当たって重傷になった人とかのニュースを思い出す。

 わたしが? それを自分の意志で? 相手が悪人とはいえ。 

 ぶるぶると胸の奥が震えてきた。怖い。幾ら魔法の力を持っているとはいえ、暴力で人間を痛めつけて、もしかしたら殺さないといけないというのは……豚や鶏を屠殺している他人を見るだけで意識が遠くなるわたしにしてみれば、とても精神的に受け入れがたい事態だ。

 

 抵抗するのは最後の手段だ。わたしもトゥーリも家に帰っていないのだから、父さんが探して回っているかもしれない。門番の父さんが記録を照会すれば、どう門を抜けたかはわからないけれど子供を隠せそうな馬車の出ていく記録が見つかり、追いかけてきているかもしれない。

 すぐには殺されない、と思う。

 奴隷にする目的なら、数日で殺しては意味がない。

 だけど他の、わたしやトゥーリが殺人や拷問や強姦に合うぐらいだったら……

 覚悟を決めないといけないときが来る。トゥーリは家族で、精神年齢はわたしが上なんだから、わたしが守らないと。

 

 馬車は進んでいく。何処へ、何の目的で進むにしても、きっとこれから何かが起こる。怖くても覚悟をしないと。本が、本があれば落ち着けるのに。

 

 

 

 

 <森近霖之助>

 

 

 

 

 

「──旦那!! マインとトゥーリは!?」

 

 血相を変えて夕暮れの店に駆け込んできたのは兵士の服装をした男、マインくんの父親ギュンターだった。

 彼の血相を変えた形相を見上げて僕は告げる。

 

「とうの昔に二人で帰ったが、どうしたのかね?」

「家に戻ってないんだ! エーファは俺が連れてくるもんだと思って家で待っていたんだが、二人とも帰っていない!」

「それは……穏やかじゃないね」

 

 ちらりと壁掛け時計を見る。ここの鐘の音と共に経過する時間に合わせているわけではないが、既に二人が店を出て一刻近く経過していた。

 

「……他に寄りそうなところはあるかい?」

「市場だってエーファと一緒じゃなけりゃ行かないんだ。ここ以外に店なんて二人は入ったこともない。もしかして人攫いにあったのか……!?」

「人攫いがよく出るのか」

「よくって程じゃないが、年に何件かは原因もわからず行方不明になる子供が出る。そして、見つかることは殆どない……!」

 

 幻想郷では妖怪による人攫いしか見ることはないが、昔の日本でもそれなりに多くの数の子供が攫われたり、食い扶持を減らすために売られたりして見世物小屋などに連れて行かれた。

 中には無理やり連れて行った例も少なくない。年端もいかない子供というのは親元、故郷から離されてしまうと一人で逃げ出すこともできなくなるので労働力は低くても大人より面倒事が少なくて済むらしい。 

 

「とりあえず、ここから家までの道中をもう一度探してみよう」

 

 僕は腰を上げて出かける準備をした。さすがに、見習いが姉と一緒に行方知れずとなれば動かないわけにもいかない。

 ダウソジングロッドにペンデュラムをぶら下げたものを片手に、夕暮れの街を急ぎ足で進んだ。

 

 

 

 そう時間が掛かることはなく痕跡を見つけた。僕の店から買っていった竹シャワーなどの商品が、路地裏に散らばっていたからだ。

 ここで少なくとも荷物を手放すような事件が起きたらしい。誘拐説が濃色になってきた。

 ギュンターは大急ぎで各門へと向かうことを僕に告げた。不審な、誘拐した人を運べるような馬車が夕方に出入りしなかったか確認をするためだ。出ていったとしたら時間は夕方、子供達が森から帰ってきて門が閉まるまでの限られた間のことだ。

 あまりに彼が焦っていた様子なので言葉が掛けられなかった。彼も、もはや店主に手を出せる事態じゃないと思ったのだろう。

 街の中にまだ囚われているならまだしも、門の外に出たとしたら発見は難しい。街を出ていった荷馬車全てに追いつけるだろうか? その荷物をすべて検閲するための令状などが殆ど証拠がない状態でおりるだろうか?

 

 マインくんを心配しているのは僕も同じだった。彼女は……やっと病気もよくなって、これから人生を謳歌するのではないか。

 本が読みたい。暮らしをよくしたい。美味しい料理が食べたい。魔法を覚えたい。本が読みたい。

 人が短い寿命の中で眩しいほど輝いて見えるのは、そういった欲望のために一所懸命に生きるからだ。

 少なくとも僕と彼女には縁ができた。どうしてこの世界に僕が来たのかもわからないまま過ごしていたが、マインくんが現れたことで多少は意味を感じていた。

 

 僕に解決できるかはわからない。 

 僕にできることをしようと、そう決めた。

 

 

 

 

 店に戻る。エーレンフェストで買った竹材は一つぐらい竹箒を作ってみようと思って用意をしていた。

 竹は僕の理屈によれば高木神。八意永琳こと八意思兼命が何故幻想郷の竹林に住んでいるのかというと、高木神の子だから竹を通じて産霊と繋がっているのではないだろうか。

 高木神は高皇産霊尊(タカムスビノミコト)。産霊とは結びに通じる。何かを結びつける力を宿しているとされ、高皇産霊尊を縁結びの神として祀る地域もある。

 また竹は『斎竹』という名で神事にも使われる。不浄を防ぐ聖域の四隅に竹を立て、それらを注連縄で結びつける。ここにもまた『結ぶ』という事象が絡んでくる。

 

 その竹で作った竹箒にマインくんの魔力結晶を溶かし込んだ。これにより作りたての竹箒が、魔女が何年も使用して魔力が移った道具へと簡易的に変貌する。魔理沙が使っている箒も実は普通の物だったのだが、長いこと彼女が使っていたことで今では魔法の道具となっているように。

 さて、マインくんの魔力はマイクロ八卦炉へと流れ込み、沢の魔法となっている。沢から汲んだ水を戻すように。これで彼女と、この竹箒への縁が結ばれた。

 次にダウソジングロッドの何かを探す能力を箒に溶かし込む。大陸の仙人が使う道具などで、呼べば飛んでくるという機能を持つ物も多いがこれにより少なくとも所有者の方へと反応するようになっただろう。ぶっつけ本番の合成なので上手くいっているのか使ってみない限りは不明だが。

 

 魔女は何故箒に乗って空を飛ぶのだろうか? 箒に空を飛ぶ能力が元来からあったのだろうか? そう考えたことがある。

 箒星という言葉がある。尾を引く彗星を箒に見立てたものだ。そもそも彗という字が箒の意味があった。魔理沙などはこれを気に入り、彗星に乗る魔女をイメージした星の魔法を考案したようだがこれは東洋的な考えだ。

 一方で西洋で魔女の箒に使われる植物はエニシダという低木が多い。これと飛行を結びつける要素が一つある。エニシダには複数の毒素が含まれ、それを使って薬を作ることが可能である。そして古来より魔女とは薬作りに達者であった。

 つまり魔女は箒に使う植物で作った薬で飛んでいたのだ。

  

 飛行するための薬があればその用途を箒に溶かし込んで自立飛行が可能な機能を持たせられるだろう。

 僕はいつも座っている席の後ろにある棚で、湿気などに気をつけて厳重に閉ざされた箱をあけた。そこには幾つかの貴重な道具と、薬瓶が置かれている。

 まさにこれこそが、僕が昔に作った飛行するための薬である。

 

 こんなこともあろうかと、と思って用意したものではなかった。そもそもこの薬は、先代の博麗の巫女から頼まれて作ったものだった。

 

 当代の巫女である博麗霊夢は『空を飛ぶ程度の能力』という名の力で誰よりも空を縦横無尽、自由に飛び回っているが、代々すべての巫女がそのような能力を持っていたわけではない。そもそも空を飛び回って弾幕を華麗に避けては撃ち合う勝負が始まった近年だからこそ、どの妖怪も飛びはじめたのだ。

 僕が個人的に交友のあった博麗の巫女は数少ない。

 百数十年前に、僕が阿礼乙女を幻想郷見学に連れ出していた頃の博麗の巫女と神主……確か名はシンギョクだったか。どちらがどの名だったかは覚えていないが、男女二人だった。その二人は陰陽玉の力を借りて空を飛んでいた。

 先代の巫女は特に飛ぶことが苦手で、博麗神社の池に住む妖怪の亀の背中に乗って飛んでいた。この亀は一時期霊夢も乗っていたが、あっという間に空を飛ぶことが得意になってお役御免になり今では池に戻ってのんびりしているそうだ。

 ともあれその先代が空を飛ぶ妖怪へと一気に追いついて殴りつける……お祓い棒で祓いたいというので門外漢の僕に無理やり作らせた薬である。

 

 材料に件の空飛ぶ老亀の甲羅を削って使わせてもらった。

 かの亀は名を玄爺というが、その名の通り玄武に連なる由緒正しい亀であるようだ。そもそも玄武は北極星を神格化した姿も持っており、空へ浮かぶ星の力を持つが故に空を飛ぶ能力に長けていたのだろう。

 それを使って作った薬は──僕は元から薬作りなど専門家ではないのだが、それにしても酷い出来だった。薬を飲めば一時的に空を飛べるというが、実際のところは空を『ぶっ飛ぶ』ようなものだった。普通の人間が使えば間違いなく墜落か衝突をして大怪我をしてしまう。そんな物を先代の巫女は使って妖怪を退治していた。

 名を飛翔薬『博麗ロケット』という。

 その名の通り火薬で撃ち出しているようなものだ。はっきり言ってこんな薬、見る度に拙い出来と作成した当時の自分の自慢して渡していた意識が思い出され、恥ずかしさに悶そうになるぐらい不出来な代物だ。捨てていなかったのが奇跡とも言える。

 

 ……売り物にもせずにずっと置いていたのは、また彼女がくるかもしれないと思っていたのだろうか。そんなことは無いのだが。

 

 ともあれ、この薬もこの際なのでマインくんの許へと自動飛行させる箒に使ってしまおう。これを使えば空飛ぶ箒にできるはずだ。

 箒に博麗ロケットをコーティングすると毛先が魔力でざわついた気がする。飛びそうな感じだ。

 これを使って何処かにいるマインくんの元へと飛んで行き、マインくんが(・・・・・・)箒を操って姉を載せて戻ってくる算段だ。さすがに取り戻された子供をまた街まで追いかけてくるほどの危険は冒せまい。

 問題は。

 二人がエーレンフェスト天狗に攫われた場合だ。相手が天狗では道理は通じない。僕はいざというときの交渉のため、カメラを用意しておこう。天狗から逃げるための道具も必要だ。

 道具の使い方などをメモした紙なども風呂敷に包んで、箒に結びつけた(・・・・・・・)

 

 この箒を自動的に飛んでマインくんの許へ送ってやれば、彼女が上手いことやって戻ってこれるだろう。膨大な魔力を持つマインくんだからコツさえ教えれば人間の誘拐犯から逃げる程度は容易い。完璧な作戦だ。

 

 梯子を使って香霖堂の屋根に上る。突貫作業だったからか、箒が上手く起動しないので屋根の上で適当に振ってみたり、軽く叩いてみたりした。高度なマジックアイテム作成者は時にこうした賢い調整を行う。

 ん? おかしいな……理論は間違っていないはずだがッ──!?

 

 

 箒が凄まじい勢いで空へと向かい、稲妻のような軌道を取りながら街の外へ向かうのを──僕は振り落とされないように箒を必死で掴みながら耐えていた。

 暴走する箒にぶら下がりながら、僕は何処かへ運ばれていく……僕が直接救助に行くつもりは無かったのだが──

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 <マイン>

 

 

 

 誘拐された恐怖と、自力で誘拐犯をどうにかしないといけない状況への嫌悪感。

 それを上回るのが、街の外のガタゴト道を板バネも付いていない馬車に詰め込まれながら進む苦痛だった。ゴトンゴトンゴトン。揺れて気持ちが悪いとかじゃなくて、もう痛いのなんの。サンドバッグの中に詰められて延々と軽く殴られてたらこんなになるかもしれない。いや、そんなことされたことないんだけど。

 これでトゥーリが全然起きないのが不安になる。薬が余程強かったんだろうか。

 脱出するにしてもトゥーリが起きていることが前提だから、とにかく待つしかない。もしこのまま何処かに馬車が停まって、降りさせられるようだったらまず八卦炉を髪の毛の中にでも隠すべきかも。これを取り上げられたら抵抗も不可能になる。

 

 折角、死にそうな病気が治って、本が読めるお店でも働けそうで、少しずつ衣食住を改善していこう、この世界で精一杯生きていこうって思った矢先なのに誘拐してそのまま死亡ではつらすぎる。まだ店主さんに恩も返していない。

 

 店主さん。

 今どうしているかな。父さんは慌てて、きっと店主さんのところにも行ったはずだ。攫われたって聞いて探すのを手伝ってくれているかもしれない。また迷惑をかけたなら申し訳がない。

 今回攫われたのだって、わたしが香霖堂に行きたいって言ったからトゥーリが迎えに来たから。トゥーリを綺麗にしたいってお風呂に入れて目立たせたことも原因で。

 ああ、なにもかもわたしが悪かったんだ。

 そう思うと被害者気分から、罪悪感がトゥーリに湧いてくる。ごめんね。いつも迷惑を掛けて。

 必ず、トゥーリだけは絶対に助ける。わたしも助かって、本を読む。そのためになら、後悔する覚悟だって決める。

 呼吸を整えて、トゥーリと一緒に脱出するタイミングまで体を休めようとする。

 

 ごとんごとん。

 体が痛い……寝ているだけなのにどんどん体力が減っていってる気がする……虚弱な体が恨めしい。

 まずわたしには魔法があるとかなんとかその前に、体が弱すぎる。マインの体では誘拐犯が大人の男性だとして、思いっきり殴られたらダウンどころか死んじゃう可能性がある。

 一応はタイミング的に、朝を待った方がいいかもしれない。夜の道を子供二人で逃げるよりも、昼間なら街道だと他の人だっている可能性が高い。街に向かう馬車があれば乗せてもらえるかもしれない。その馬車の人が誘拐犯じゃなければ。

 しかし、道が酷くて眠れないし、朝までこの調子だとわたしの体力と眠気が酷い状態になりそう……

 

 ────大きな衝突音と同時に横転。

 

「うぎゃー!?」

 

 思わず上品な叫び声がわたしの口から漏れた。急に詰め込まれた樽がシャッフルされたみたいになって転がる。メキメキした構造物が砕け散る音。馬が嘶く声。「なにっ!? な、なんだぁ!?」と困惑した男の叫び。とにかく、馬車がなにかで壊れて荷台が散らばったみたいだ。

 目が回りそうになりながら、どうにか樽から這い出た。地面に横倒しになっていたみたいだ。近くではトゥーリも気を失ったまま体を半分外に出している。まだ気絶してるよ。本当に大丈夫かな。

 外は暗かったけれど、月明かりがどうにか見渡せた。馬車の残骸。車輪が壊れ、商品や破片が砕けて落ちている。男が馬を一頭逃げないように押さえながら、こちらに顔を向けていた。

 馬車の残骸が積もった場所から、がらがらと破片を押しのける音を立てながら背の高い人が立ち上がった。月の光に銀髪と金眼が反射して、まるで悪魔か吸血鬼みたいに男を射すくめて見たようだ。

 

「て、店主さん!?」

 

 ひょっとして助けに!? 唐突に現れたけど……手には薄く光っている箒みたいな棒きれを持っていた。

 空を飛んで助けに来てくれたのだろうか。正義のヒーローみたいに。ただ見た目がボロボロだ。眼鏡はヒビが入っているし服もくしゃくしゃ、髪の毛はビジュアル系かってぐらいボサボサになっていた。

 すると忌々しそうに店主さんが箒を投げ捨てる。ええええ。捨てるのそれ。

 

「……二度と乗らないぞ、こんなもの」

「あ、あの店主さん……大丈夫ですか?」

「馬車に真上から高速で激突して、普通の人間なら死んでいるところだ。巫女以外の人間なら」

 

 凄い渋面を作ってる! 

 こんな不承不承の態度で助けに来る人も珍しい。というか状況的に、箒で追いかけてきたのにコントロールできないで激突してきたみたい。あ、危ないところだった……わたしとトゥーリが。

 それはともかく、助けが来てくれた! また迷惑を掛けたけど、素直に嬉しい。

 

「さて、そこの君。僕はこの二人を家に帰してやりたいだけなのだが、連れて行ってもいいかね。面倒だから別にここで捕まえて官憲に突き出したりはしないが、街には二度と近寄らないように」

 

 店主さんが誘拐犯にそう告げると──相手は刃物を取り出した。怖い。店主さんを始末するつもりかもしれない。馬車まで壊した恨みもあるのかも。

 店主さんはこういうけど目撃までされたのだから手配書を出される前に始末しないといけない。オットーが言っていたけど、旅商人は信用がすべてらしい。ただでさえ旅商人ってだけで色眼鏡を掛けられるのに、前科持ちの旅商人なんてあらゆる場所でお断りされるだろう。

 

「……正直、相手が天狗じゃなくてよかったと思っているよ。ところで君。これをよく見てみたまえ」

 

 そうさり気なく相手へ告げると、店主さんが取り出したのはフィルムカメラだった。

 パシャっと音がなると同時にフラッシュが焚かれて、闇夜に慣れたわたしの視界を奪った。正面から見ていた誘拐犯はもっと目に焼き付いただろう。「うあああ!?」って悲鳴が聞こえた。何処かの黒スーツの機関がやる常套手段みたいに、注目を促されるとつい人は見てしまうものかもしれない。

 どうにか目を細めて店主さんの方を見やると、懐から何かを出す。

 

「え、えーと……スマホ?」

「そう。これは多種多様な用途を持つマルチツールでね。僕もまだ使いこなせているわけではないのだが──」

 

 スマホを取り出してどうするの!? あっ……ひょっとして催眠アプリ的な何かで誘拐犯の記憶を消すとか!

 

「──手裏剣にもなる」

「投げたー!?」

 

 華麗な? 投擲フォーム。円盤のように回転して誘拐犯へ投げられたスマホは、すこーん!って気持ちのいい音を出して相手の頭へと直撃し──誘拐犯は気を失って倒れたようだった。叫びも動きも止まったから。死んでないよね?

 スマホを投げて誘拐された少女を救うヒーロー。なんだろうか。助けられてとてもありがたいのに、釈然としない気持ちが溢れてくる。

 店主さんはスマホを回収してから近づいてきた。

 

「さて、帰ろうかマインくん。帰りは歩きだが、僕は君の姉を背負わないといけないから頑張って歩いてくれたまえ」

「わかりました。……ところで、街からどれぐらい離れているんですか?」

「五、六里といったところではないかな。夜だからそこまで馬車も速度を出せなかったはずだ。歩いて戻れば朝には門につくだろう」

 

 五里? ……一里が約四キロだから、二十キロも離れたの!?

 

「二十キロ歩くって前世の体でも相当厳しいんですけど……本を読みながらなら歩けるかもしれませんけど二十キロだから三冊か四冊は必要そう」

「二宮尊徳ではあるまいし。夜の舗装もされていない道を読みながら歩いたら間違いなく転ぶよ」

 

 冗談めかして言ったけれど、マインの体で二十キロ歩けるだろうかって思うと限りなく無理だと思う。

 エーレンフェストの街では、西門近くの香霖堂から南門までの距離でも五キロ以上十キロ未満……ぐらいだけど、もちろんマイン一人では相当休み休みのペースじゃないと歩けない。普通の人の倍ぐらい時間は掛かると思う。

 でこぼこの道を、クッションも利いていない布を編んだだけの靴で、夜中に二十キロ。

 はい無理ー! い、いやもう、誘拐されて助けられて万々歳なんだけど、六歳児にその距離は体力的に無理だって!

 

「て、店主さんが乗ってきた……空を飛ぶ……箒? みたいなのでびゅーんって帰れませんか?」

「地面に叩きつけられて君たちの骨がバラバラにならないなら考えてもみるが」

「ううう……」

 

 店主さんが仕方なさそうに溜息をついた。

 

「やむを得ない。運び方に難があるが、二人共担いでいくことにするよ。誘拐犯になった気分だ」

「重ね重ね申し訳ないです……この御恩は出世払いで」

「ツケを死んだら返すという子よりは前向きだと思っておこう」

 

 そういうことになった。店主さんが両方の脇に抱えるようにしてわたしとトゥーリを左右に持ち上げた。子供だけど地味に二人分はパパでも大変だと思う。でも店主さんは軽々としている。

 

「そうだ。一応あの箒も回収を……えーと何処に投げたか」

 

 振り向く。抱えられているわたしも店主さんに合わせて視界が移った。馬車の残骸近くに箒は投げられていたはずだが……

 なにか動いて光った──目? 動物みたいなのが棒切れを咥えている。あれってひょっとして──

 

「猫みたいなのが箒を──ええええ!?」

「妖怪……いや魔獣か!?」

 

 箒にかじりついたと思った瞬間、猫は突然十倍以上の大きさに膨れ上がった。虎とかそんなものではなく、二階建ての家ぐらいの大きさをした猫になった! 

 しかもネコバスとかそういう可愛いのじゃなくて、凶暴なヤマネコみたいにギラギラとした目つきと牙、爪を光らせている。猛獣ってレベルじゃない! インドゾウだってイチコロだよこんなの!

 一口でわたし達なんて食べられそう。しかも場所は開けた街道で、隠れるような場所はない。

 

「ゴ、ゴルツェ!? なんでこんなところに出やがるんだ!? うわああああ!!」

 

 どうも起きたらしい誘拐犯が叫んで、近くに停めていた馬に乗って一目散に逃げていった。待って! 馬だけでも置いていって!

 どうしよう。馬すら(馬で逃げ切れるかわからないけど)無い状況で、店主さんには足手まとい二人。空を飛ぶ箒は魔物の胃の中。

 

「マインくん、僕の鞄からカメラを取ってフラッシュを焚いてくれ」

「は、はい!」

 

 店主さんが後ずさりしながら指示を出すので、小脇に抱えられたまま開けたままになっているお腹のあたりにある鞄へ手を突っ込み、カメラを取り出した。

 前世のお母さんの多趣味は写真に凝りだしたこともあり、ちょっと物々しいレフカメラでも使ったことがある。

 

「マインフラッシュ!」

 

 なんとなく叫んだ。後ずさる店主さんを、鼠を見つけた猫のように(焦りすぎて凄まじく直接的な表現しか浮かんでこなかった)嗜虐的に睨んでいたゴルツェの顔めがけて閃光がひらめく。

 体が大きいと鳴き声も野太いのか、とても可愛くない悲鳴を上げてショックを受けたようにゴルツェは飛び退った。

 確か猫は少ない光でも暗闇で見える眼球の仕組みをしているため、強い光を慣らさず瞬時に当てるとあまり良くないのだとか聞いたことがある。とにかく、体は大きくてもフラッシュの効き目はかなりあったようだ。

 店主さんが踵を返して走り出した。早い。子供二人抱えているとは思えない走り方だ。

 だけれども彼は苦々しい口調で告げてくる。

 

「まずいな……到底逃げ切れるものではない」

 

 例えば普通の虎とか熊みたいな野生動物が相手でも、走って逃げるなんて不可能だというのに。ゴルツェはよろけながらもこちらへ向かって大きな足音を立てて追ってきていた。すっかり誘拐犯ではなくこっちが敵だと認識したみたいだ。

 相手は大型ダンプが二台重なったような大きさをした凶暴な動物だよ!? 陸上の生物でアレに勝てるやつ居るの!?

 

「スマホを投げても通じないだろうしね」

「でしょうね!」

 

 ライフル銃があっても絶対に効かないと思う。

 とにかくわたしは身を捩りながらカメラを後ろに向けて、警戒しながら追いかけてくるゴルツェにチカチカと威嚇するみたいにマインフラッシュをしてみた。だんだん相手が慣れてきて、効果が薄くなっていってる……

 

「こうなれば僕にできることはもう何もない。はっきり言って逃げ切る道具も切り倒せそうな剣も持ってきていないからね。無理なものは無理だから仕方がない」

 

 事実をそのまま告げるように、あっさりと絶望的なことを言ってくれる店主さん。

 

「じゃ、じゃあどうすれば……」

「君がやるしかない」

 

 店主さんはわたしを見ながらそう告げた。

 

「どうやら君の魔力で魔獣が成長したようだ。膨大な魔力で育ってしまった魔獣を倒せるのはその魔力の源である君ぐらいだろう。幸いながらマイクロ八卦炉にはそれだけの機能がある。魔力砲ならばそこまで複雑ではない。使い方を説明するからよく聞きなさい」

「はい!」

 

 わたしが八卦炉の『凄い風おこし』を使えばどうにかなるって店主さんが言うので、一言も聞き漏らさないように気をつけようとした。

 

「いいかい? まず八卦炉の八卦とはそもそもそれぞれがどの方角、どの属性、どの事象を司るか。太陰大極図の成立から──」

 

 店主さんがダッシュでわたし達を運びつつ五分経過。凄い逃げながら。魔獣の邪魔になりそうな立ち木が生えている林を走り抜けている。後ろで樹木をなぎ倒す音が聞こえたが多少は足止めになっているようだけれど……

 

「──というわけだから八卦の属性を効率的に使うには星の並びを考慮に入れる必要も……」

 

 な、長い! 

 まだ話が終わらない! っていうか脱線してない!? よくこの人、子供二人抱えながら走って逃げつつペラペラと喋れるな!

 ゴルツェも徐々にフラッシュを鬱陶しがるだけになって、怯まないようになってきた。

 

「う、うーん……」

「トゥーリ!? 起きたの!?」

「あれ……マイン……っひ、人攫い!? きゃあああ!」

「ちょっと待って──ああ!?」

 

 起きたトゥーリは昏倒する前の記憶がフラッシュバックしたようで、小脇に抱えられて運ばれている状況を人攫いにあっている真っ最中だと勘違いしてしまった。

 咄嗟に暴れたので店主さんも取り落しそうになり、慌てて走るのを中断して受け止めた。

 

「──っ!? コ、コウリンドウの旦那様!?」

 

 トゥーリが自分を運んでいた人に気づいたみたいだった。店主さんは大きく息を吐きながら言う。

 

「まあ落ち着きたまえ。人攫いより危ない魔獣が迫っているけれどね」

「え?」

 

 そう言われて指さされた、背後の方を見ると──道を踏み壊すような勢いで巨大な魔獣が近づいている。目の光も牙の鋭さも見える距離にいた。一旦止まったせいで、もはや相手も襲いかかる準備が万全といった様子だ。

 あっ、トゥーリがまた気絶した。仕方ないよね。起きた途端魔獣に襲われてるんだから。

 とにかく、もう限界だ。

 

「店主さん! お話は後でよく聞きますから、とにかくあれをどうにかする方法だけ教えて下さい!」

「……では八卦炉を魔獣へと向けて、強力な風の力をイメージしなさい。八卦炉に溜まっているボムを爆発させ、正面方向に爆風を解き放つように。どれぐらいの威力が起こるのか、曖昧ではなく自分でこうなるのだと予想をしてから撃つことで制御ができる」

「さっきまでの長い説明が不要なぐらい簡潔じゃないですか」

「時間が無いからだよ。暴走しない程度に力任せに撃ちなさいというだけの助言だ」

 

 地面に降りて、魔獣へと向き直る。魔獣は今にも飛びかかろうと構えていた。正面から見ると凄く怖い。涙が浮かんできそうだ。

 でもこんなことになったのも、わたしが悪いみたいなところがあると思う。あの魔獣が巨大化したのもわたしの魔力結晶を食べたかららしい。店主さんがそこら辺に放り投げてたんだけど。

 わたしがどうにかしないと、店主さんも打つ手がないという。トゥーリだって魔獣に食べられてしまう。相手が魔獣なら人じゃないんだ。

 八卦炉を向ける。

 

「──風おこし!」

 

 前から押されるような感覚があって、足を踏ん張る。店主さんが転ばないように肩を押さえてくれた。

 わたしの前方から薄黄色い風が錐揉み回転をしながらゴルツェに吹き付けられている。地面がめくれ上がり、周囲の草が千切れ飛んでいる。イメージとしてはトラックも横転する大風だ!

 だけれどゴルツェは動きを止めながら、鋭い爪のついた腕を振り回しながら風を受け止めていた! 相手は数トン以上体重がありそうだから、強い風でも耐えている。

 

「ううっ……なんか、魔力が減っていってるような……」

「どうやらあの魔獣は風の魔力を散らしているようだ。マインくん、威力が足りない。まだボムを使っていないようだ。もっと力を注ぐんだ」

「イメージ……」

 

 でも風で巨大な生き物を薙ぎ払うイメージなんて……精々が風速数十メートルの台風ぐらいしか、風の被害って見たことがない。

 だけれどやらなくてはいけない。とにかく出力を上げてみよう。八卦炉内部のボムを爆発させるイメージ……前に読んだ本によれば爆風って音速以上の早さで、圧縮された空気が叩きつけられるんだよね。そんな感じだろうか。でもこちらまで爆発すると怖いから、指向性をつけて……

 パリン、とイメージの中で魔力の結晶が砕ける映像が浮かんだ。

 八卦炉が光りながら模様が回転して、光の図面みたいなのが浮かんできた。なんか怖い! 神様……ええと、そういえばエーレンフェストにも風の神様いたよね!? 店主さんが教えてくれた名前は──

 

「──風の女神シュツェーリアよ、力を貸してください!」

 

 グン、と魔力が収束するような後押しされたような力強さを感じた。

 黄色い光がレーザー光線のように正面に伸びて──

 目の前の大地が砂に変わっていくのが見えた。凄まじい早さで飛んでくる圧縮された大気圧と、それが通り過ぎた後で生じる減圧によって結合しているあらゆる物が粉々に破裂していく。その微細な粒子となった砂が高速で擦れて電気を生み、風と共に無数の雷がレーザーの周囲に放出されていく。

 巨大なブルドーザーみたいな魔獣も、一瞬で風船が弾けたみたいになり、飛び散った血すら暴風でかき消されていった。

 その破壊の風は地平線の彼方まで──

 

 って危なくない!? この軌道上に街とか村とかあったら! 威力高すぎ!

 

 わたしはゆっくりと八卦炉の角度を上に向けると、倒していた黄色い棒を斜めに持ち上げたみたいに暴風光線の射線は空へと上がり──そして効果時間が終わったのか、ゆっくりと収縮していった。

 暴風と光と雷が収まった目の前を見ると……地面が大きくえぐれて道みたいになったのがずっと先まで続いていて、最後の方で空に向けたところでは雲が射線の部分だけ綺麗に晴れていた。

 もちろんゴルツェは跡形もなく、もし目の前にいたのが人間でも、城壁で囲まれた街だったとしても何もなかったかのように吹き飛ばしていただろう。

 

「……」

「……」

「……マインくんの魔力が強すぎた、ということにしておこう」

「ということにしておこう!?」

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 少し休憩してわたし達は現場を離れることにした。トゥーリが程なく起き出して、誘拐・魔獣・そして目の前の大破壊と目を白黒させて混乱してしまったようだ。

 とりあえずは誘拐されたけれど店主さんが助けに来てくれて──ついでに凄い破壊も、店主さんがやったということになってしまった。

 妹がそんな破壊光線を撃てるとなると更に困惑するだろうから、婉曲的に『店主さんの道具(・・)が魔獣を倒したけど、凄く周りに被害が出たので内緒にしておこう』という風に納得させたのだ。

 なにせ街道の一部にえぐり取ったような痕跡が何キロも続いているんだから、わたしのせいって言われても弁償とか修復とか無理だ。わたしと店主さんは見なかったことにした。

 

「誰か領主の部下が見に来ないとも限らない。急いで離れよう──二人共」

 

 突然店主さんがわたし達を抱き寄せた。トゥーリが「はい!?」って驚いた声を出す。

 そして懐の鞄から、折りたたまれた大きな雨合羽みたいなのを広げて羽織った。

 

「どうしたんですか? 店主さん」

「いや、まさにもう異変を嗅ぎつけて調べに来た者が居るらしい。なにか動いたのが北の空に見えるかい? 双眼鏡が入っているから確認してみてくれ」

「空……?」

 

 言われて、鞄から双眼鏡を取り出し探してみると……

 

「なんか、羽根の生えたライオンの石像みたいなのに乗っている、偉そうで厳しそうで怖そうな人がいます。周囲を見回しているのかな……」

「恐らくここらを管理している貴族の魔法使いだろう。下手に見つかれば、あの痕跡は何事かと誰何されてしまう。さっきの砲撃の光を見たかもしれないしね。とにかく離れよう」

「み、見つかりませんか……?」

「一応、今僕が被っているのは河童から取引で貰った、姿が見えなくなる迷彩合羽だ。目の前で消えたならばさすがに見つかるからさっきの魔獣には使えなかったが……離れていれば目に見えないはず。これだけの破壊痕跡なら臭いや魔力の反応でも追えないだろう。二人共、運んでいくからおとなしくしていてくれ」

 

 そう言って店主さんはまたわたし達を小脇に抱え、小走りで現場から逃げていくのであった。

 ふう、危ない危ない。絶対こんな魔法使ったところを貴族に見られたら、大変なことになっていただろう。

 

 

 びっくりすることに店主さんはそれから二時間ばかりも二人を抱えたまま早足で移動した。凄い体力だ。

 そこで一旦休憩を取ることになって、ようやくわたしとトゥーリも一息ついた。父さんも母さんも心配しているだろうことを憂慮し、人攫いにもっと注意することをお互いに誓い合う。

 空が明るんできてからトゥーリは徒歩で、わたしは背負われてまた街へと移動をした。

 丁度東門が開門するぐらいのときに街へと辿り着いて、隠れ蓑を取ったわたし達が戻ると門番の間で大変な騒ぎになった。

 父さんがこれでもかと言わんばかりに門番全員に聞き込みをしていたらしい。士長(門の責任者)に談判して外への調査を申し立て、とにかく朝まで待てという指示に不服で暴れて出ていこうとまでしたとか。 

 

「とにかく、いいから、二人はギュンターに会ってやってくれ」

 

 余程父さんが酷く心配して他の兵士たちも気の毒に思ったのか、或いは見てられない状態だったのか。ありがたいことに、店主さんが追いかけた方法とか詳しくは詮索されないでそう言われた。父さんは二十年以上も門番をしていて、あちこちの門にも転勤が多い勤務上から兵士全員どころか街の住民の多くにも顔が広い。そして親ばかだと知られているみたいだ。

 とにかく父さんが居ると門の仕事にすら支障をきたすので自宅待機を命じられたようだ。店主さんは他の門番たちから「よくやった」とかねぎらいを受けて感心された。攫われた自分の店の見習い候補とその姉をどうにか取り戻してきた商人、ということになるらしい。

 店主さんはわたしとトゥーリの家の前で、居心地が悪そうに店に戻ろうとしたけれど、大恩人である店主さんを帰すわけにもいかないので家に招き入れた。

 

 まあ……父さんと母さんのやつれっぷりは、想像通りというか想像以上というか……

 店主さんはまるで神様みたいな扱いを受けて凄く首筋が寒そうな、きまりの悪い表情をしていた。

 

 でも店主さんが何度も救ってくれたのは確かなことで、どれだけ感謝を伝えても足りないと思う。

 

 店主さんに恩を返すために何ができるかわからないけれど。

 わたしができることを一つずつ探してやっていこうと思う。

 

 

 その日、昼間は疲れ切ったわたしとトゥーリは眠り込んで、夜はささやかなご馳走が用意され(店主さんも誘ったのだけれど、店をそのままにしているのが心配だからと固辞された)お腹いっぱい食べた。

 今回は攫われるという非常に運の悪いイベントに遭遇したけれど、事故に合わないように香霖堂に通えるよう計画を練らないと。

 危ないから香霖堂にもう行かないっていうのはナシで!

 わたしがベッドで考えてると、トゥーリが話しかけてきた。

 

「マイン、また今度コウリンドウに行くときは言ってね。わたしもちゃんとお礼言いたいから」

「いいよ。お風呂の道具も落としちゃったしなあ……」

「……コウリンドウの旦那様、かっこよかったねえ」

 

 ぶふーっ。思わず吹き出してしまった。

 ……トゥーリ、それ無理だと思うから……いや格好いいことは否定しないけど。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった? フェルディナンド」

 

「件の出入りした怪しい貴族は見当たらなかったが……それよりも異常な事態だ。まるでライデンシャフトの槍で大地をえぐり取ったような痕跡が延々と残されていた」

 

「なに!?」

 

「破壊規模を比喩しただけだ。こちらが遠目で見た際には、黄色い光が爆発したようにも見えた」

 

「お前の使うアレのような?」

 

「遥かに強力だ。問題は、そんな魔法をここらで、何の理由で誰が使ったか、ということだ。ここのところ、妙なことが続いている。なにかの前兆かもしれん」

 

「妙なこと……お前が前に言っていた、『春ですよ』……か?」

 

「『春ですよ』……だ。謎のお告げを何人もが聞いている。冬の主が例年よりもかなり弱かったことも奇妙だ。とにかく、何かが起こっている可能性が高い」

 

 

 




城下町近くの街道にツインバスターライフルでも撃ったかのような痕跡が残っていました
犯人は不明で目的も不明です(怖い)

・人攫い:タダの人攫い。特に理由もない人。盗賊が農民とか旅商人が外国人の子孫で神を信じてないとかは原作設定。
・シンギョク:旧作東方に出てくる謎の中ボス。セリフも設定も存在しない、巫女と神主と陰陽玉に変身する。大ちゃんや小悪魔より謎。こいつがメインの同人誌3冊ぐらいしか知らない。
・先代の巫女:霖之助の発言から生み出された二次創作キャラ。
・飛翔薬『博霊ロケット』:ゲーム不思議の幻想郷に登場するアイテム。高とび草。
・ゴルツェ:原作の描写からして二階建ての家ぐらいの凶暴な猫。でかすぎない? 
・八卦炉ビーム:ちょっと威力が神具並。ボム一個消費なので一日数発はいける。
・マインの魔力:魔力圧縮してないのにパワー高まりすぎだが、ここだと『マインの体内』じゃなくて『マイクロ八卦炉の中』で勝手に圧縮されていくので圧縮後並に魔力上がっていく。
・エーレンフェスト上層部:街の城壁には結界が張られていて、出入りする貴族並の魔力持ちは感知できるらしいが、個人特定とかは無理のようだ。更に無警戒状態だと「騎士の誰かが出たかな?」ぐらいで特に気にされないと思われる。原作で延々出入りしてるマインとか何も気にされなかったぐらいだから。
・トゥーリ:トゥーリの初恋ってベンノさんらしいな。でもこの世界では接点が少なく……吊り橋効果が……ああ、無理だから
・春ですよ:ワシ…春ですよって告げてくる謎の存在に心当たりがあるんや!
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