本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左道

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風邪引いて三日ぐらい寝込んでるので短編しか書けなくてごめんね
ほぼ幻想郷で霖之助×妹紅の話


21話『短編・幻想少女たちとリンシャン/妹紅編』

 

 

 ──幻想郷の香霖堂にて、珍しい客がやってきていた。

 

「へえ、これが噂の燃えない木で出来た退魔針か。相変わらずいい仕事してるな」

「それほどでもないよ。退魔の道具を作る能力なんてのは必要に迫られ覚えただけだからね」

 

 霖之助は針をしげしげと眺めている藤原妹紅の言葉に謙遜のような返事をした。

 彼女に渡したのは異世界の魔木、トロンベを材料に作った退魔針である。大妖怪の妖力を吸って急成長したトロンベはマジックアイテムの素材に丁度良く、一部を魔法使い関係者が持っていき、他を人里の細工職人などに売った。 

 その退魔針は火に突っ込んでも燃えず、水と木の強い霊力を持っているために狐火や天狗火などを一瞬でかき消す能力が込められている。

 目の前の妹紅が好んで使う、火を操る妖術を纏わせて放っても燃え尽きることはないだろう。

 長い銀髪に真紅の目を持つ紅白衣装の少女はカラカラと笑いながら言う。

 

「確かに昔は私も退魔の道具で追いかけ回されたことがあるけどな。追いかけ回す側に作ってやるとなると、途端に感謝されるんだから人間ってのは現金だ」

「お互い物珍しい姿だから仕方ない」

 

 千年以上を生きる不老不死の蓬莱人である彼女だが、当然ながら他の蓬莱人のように月に住んでいるわけではなく、ずっと日本にいた。怪我もせず老いない体では人里に馴染めず、流浪の旅をしたり、古くから日本社会と馴染まない山の民と交流したりといった生活を送っていた。

 一方で霖之助も半妖であるので似たような暮らしをしていて、その結果狭いコミュニティ内で、同じような髪色でお互い老けない二人が顔見知りになることも必然であった。

 

「幻想郷に来てからせっせと妖怪退治をすることも無くなったんだけどな。喧嘩道具には事欠かない」

「妖怪退治よりも損耗が激しい気がするが」

 

 日本中を放浪して幻想郷にやってきてからの妹紅は、竹林に住んで世捨て人のような生活を長く送っており、最近は交流する相手が多くなった影響か人里や縁日にも顔を出すようになったが、主にケンカ相手である蓬莱山輝夜と死なない殺し合いをする程度の生活をしていた。

 ある意味では目的もなく孤独な流浪の暮らしをしていた頃よりは落ち着いたといえるだろう。

 

「そういえばお前、奇妙な世界に関わってるんだって?」

「おや。変わった素材を手に入れたとは教えたが……永遠亭の者にでも聞いたかい?」

「いや竹林の妖精が噂しててさ。香霖堂から妙な世界に繋がってるとかなんとか」

「妖精が?」

 

 霖之助が首を傾げた。妖精とは自然から生み出される、自然の力を宿した妖怪のようなものだ。その能力として自然の力を操ることができるが、基本的に何をするでもなく一日中遊んで過ごし、明確な目的を持って行動をする妖精など極一部。興味とすれば悪戯をして怒ったり驚いたりする相手を笑う程度である。

 ほぼ親の居ない幼児のようなものであり、そういった存在が『妙な世界に繋がっている』という事象に対して興味を持っていることは意外ではあった。たまに駄菓子を買いに来る香霖堂のことは知っていたとしても。(支払いは綺麗な石や木の実が多い)

 

「ふむ……変わったこともあるものだ。ともあれ最近は寝る度に別の世界に行っていてね。そこでの商売で大儲けしていたところだ」

「はっはっは。嘘つけよ。もしくは夢だろ?」

「失礼な。最近は幻想郷でもうちの商品が売れているんだよ。そうだ」

 

 霖之助は棚から小さな壺を取り出しいて妹紅の目の前に差し出す。

 

「なんだ? これ」

「うちの店で売り出している『リンシャン』の試作品の一つでね。まあ……お蔵入りになったものなのだが、君に丁度いいと思って」

「髪油か。お蔵入りって、不良品じゃないだろうな」

「いやいや、これは異世界の亜麻仁油で作ったリンシャンなんだが……非常に燃えやすいことが問題になった」

「おい」

 

 マインと共に様々な種類の油ではどういったリンシャンが作れるかと実験した一つである。

 もともと亜麻仁油は燃えやすいものだったが、それに増しても発火しやすく、竈仕事もする女性につけては大変なことになるということでお蔵入りになったものだ。

 

「その点君は妖術で炎を操れるから万が一でも危ないことにはならないだろう。それに魔法薬としては非常に優れている油で、こちらで取れる亜麻の油に比べて火の魔力が非常に強いところが特徴なんだ。火の妖術、魔法の効力を高める効果もあるだろう。魔理沙に渡したところ、調合の材料として大層好評だったよ」

「ふーん……あー、でもなあ」

 

 妹紅は机に頬杖を付きながら言う。

 

「髪油だろ? なんか付けるの面倒でさ。ほら私の髪ってこんなんだから」

 

 自嘲気味に髪の毛を一房握ってハタキのように振ってみせた。霖之助は「なるほど」と頷く。

 妹紅は幻想郷の女性でもかなり髪が長く、その量も多い方だ。大量のリボンで飾っているが、毛先が足まで届いている。

 これは貴族の娘であった頃の名残で、その頃に不老不死の霊薬を口にしてしまったので、それ以降髪が伸びることもなく、また切り落とされてもすぐに元の長さに戻るためにこうなったのだろう。

 リンシャンを付ける……どころか、風呂に入って洗うのも大変そうだった。乾かすのは彼女の妖術で簡単にできるのだろうが。

 

「手入れが大変そうだ」

「時々輝夜に消し飛ばされて復活したり、自分で燃やし尽くしちゃって復活したり?」

「それを手入れと呼ぶのかい?」

「いやま、おかげで風呂とか入らないでも髪ツヤツヤだぞ」

「昔の貴族は侍女複数人がかりで髪を洗っていたそうだからね。確かに大変か」

 

 中途半端に髪油を付けてしまっては逆に浮いて見えるだろう。それこそ永遠亭に住まう輝夜姫なら家来のように扱う妖怪兎に手伝わせればいいのだが。

 妹紅が思いついたように、笑みを浮かべて告げてくる。

 

「おお、そうだ。なんならお前が洗うか? そういうサービスをやってるとかなんとか、新聞に書いてあった」

「デマだよと言いたいところだが……」

 

 商品を売るにしても相手が使いようの無いならば仕方がない。他の客はリンシャンを売れば自分一人で使える者ばかりで、別段霖之助がサービスで洗ってやる必要も(幽香に脅されなければ)無いのだが、妹紅の場合は髪を洗ってくれそうな相手は少ない。

 

「慧音に頼むとか」

 

 人里の寺子屋で教師をしている半人半獣の少女を例にあげた。彼女は妹紅とも気安い付き合いをしていて、頼まれごとをされても難色を示さないだろう。

 だが妹紅はどこか気まずそうな顔をする。

 

「随分年下の世話焼きに頼むのは面倒だろう。身だしなみに気をつけるようになったとかで喜んで、下手したら定期的に髪を洗いにやってくるかもしれないぞ。見合いも勧めてくるかも」

「さすがに見合いまでは世話してこないのでは……慧音こそいい年なんだから見合いが必要な気もするが」

「あっはっは。それ本人の前で言うなよ?」 

「なんでだい? ああ、最近はこれでも長寿の妖怪まじりに対する人里の感情も和らいでいるから、慧音ぐらい人里に関わっていて美人なら引く手数多」

「言うなよ? フリじゃないぞ? 絶対慧音に勧めるなよ?」

 

 なにやら真顔になってそう言ってくる妹紅に、霖之助は(多分、数少ない友人が結婚となると寂しいのだろうか)と適当に考えて頷いた。

 

「まあ、そういうことなら僕がしようか」

「え。本当にか。いやでもかなり時間掛かるぞ。悪いよ」

「確か『宇津保物語』では貴人が髪を洗ったら朝から夕暮れまで掛かるとか書かれていたかな? まあそれでは余計に一人では難しいだろう。君に洗っていく時間があるならだが」

 

 霖之助がそう言うと、妹紅は皮肉げに笑った。

 

「時間があるかって? 私なんて時間が有り余ってるよ。それを言うならお前の方こそ、その昔には女が髪を洗って乾くのを待っていたら男の寿命が尽きてしまうなんて言われてたんだぞ」

「生憎と僕はそこそこ長生きだから君に付き合う時間ぐらい残っているさ」

「……じゃあ、頼もうかな。いやまず風呂! 風呂借りるから!」

 

 妹紅はそういうと店の奥へとズカズカ入っていった。風呂釜に水を入れる音が聞こえる。彼女の妖術ならば湯を沸かすのはヤカンに火を掛けるより早いだろう。

 霖之助はそれを見送って、背後の棚から本を取り出した。『医心方』という日本最古の医学書の写本の一冊である。人里にある貸本屋から借りてきたものだ。借りた理由は、店に虚弱な娘が見習いに来るようになったので念の為に医学の知識を付けておこうと思ったものだが……

 全三十巻のうち、第四巻に関しては美容篇、とりわけ養毛、『白髪』、脱毛に関するケアや洗髪のやり方、薬品などについて書かれている。

 リンシャンという洗髪料を売るのだから髪に関わる医学知識も付けていて損はないし、この本が書かれた時代は妹紅の生きた時代に近い。何より白髪。もう治らないと思うが。

 とにかく、本の内容を実践するのに妹紅が丁度いいため、彼は知識欲に惹かれるままに彼女に勧めたのであった。

 

「こうして何人にも頼まれるとなると、人里の髪結屋にも一度ぐらいは行って体験してみるべきか」

 

 ──彼がそことなく髪を洗うことに対して乗り気といえなくもないのは、妹分の魔理沙の機嫌を取るためにやってやったら大層喜ばれた、という理由からだったのだが。

 

 一方で妹紅は風呂釜の中で膝を抱えながら物思いに耽っていた。

 

(あれ!? なんで私があいつの家でお風呂入って髪を洗われることになったんだっけ!? 売り言葉に買い言葉じゃないか!?)

 

 本人的には適当な雑談として口にした、髪でも洗ってみるかという提案だったのだが。

 まず髪量の多さによる面倒臭さと、よく性格を知っている物臭な店主という組み合わせだったのでまず適当に断られること前提の軽口だったのだが。

 意外に受け入れられ──ここのところ霖之助は他人の髪を洗うことが多かったので──つい焦った妹紅は風呂まで借りてしまった。髪を洗うにしてもなんとなく、土埃やら血やらが付着している髪を見せるのは気が引けたためだ。

 実際、皮脂や垢などは蓬莱人の体では殆ど出ないのだが、髪を湯船につけてみるとここのところ燃やして復活もしていなかったこともあり、髪の汚れが大雑把に落ちて妹紅スープのような色合いのお湯になった。それにしてもやたら女性が風呂に入る度にスープができる話である。

 

(ええと、なんか急におかしくなってきたぞ。これまで風呂を貸し借りするような仲じゃなかったはずだけど)

 

 当然ながら香霖堂の風呂に入るのは初めてである。そもそも竹林にある小屋に、一応月見風呂でもしようかと大きな竹桶をこしらえていたが、髪を濡らすのが面倒すぎて年に一度も入っていない。

 そんな世間からすると風呂嫌いに値するような自分が、なんでまた一人暮らしの男の家で風呂に入っているのか。

 話の流れ、といえばそれまでなのだが。

 湯船に顔を半分うずめて、釈然としない気持ちで妹紅は浸かる。

 

(あいつは全く気にしてなさそうなのが、蓬莱人より情緒が無いっていうか)

 

 自分も相当に放浪していた時期が長すぎて、生きるのに飽き飽きとして、楽しむのにも悲しむのにもそこまで感情を動かされることも無くなっているのだが。

 同じく長生きをしている霖之助もそうなのだろうか、と思う。

 それなりに長い付き合い──外の世界で放浪していたときに、そういった表社会に馴染めない連中の集まりで何度か会っていた──だが、どうも長生きをしているせいか、霖之助は大抵の女性をまだ少女だと思っているフシがあることを妹紅は知っていた。自分より年上なはずの妖怪女にだってそう接することがある。

 この千年以上生きる自分を、頭を洗ってやる妹分的な小娘扱いしているのでは、と若干げんなりした気分になった。

 

(そんな調子だから周りに女が寄ってきても、まるで子供に懐かれたみたいな扱いをするんだ)

 

 霖之助と親しくしようとする知人の顔を思い浮かべながら彼女は「ふう」と息を吐いて顔を洗った。

 まあとにかく。

 霖之助は妙な事を考えているわけではないのは妹紅にもわかる。

 わかるが。

 念入りに体を洗ってから風呂を出ることにするのであった。念の為に。

 

 

 

 ******

 

 

 

 霖之助の準備の良さから妹紅は「あ、これこいつが持ってた、使い所の無かった道具を使ってみたかっただけだわ」と一瞬でわかった。

 洗髪用に案内されたのは縁側。長い髪を広げて洗うのに空間が必要だったからだが、そこに様々な道具が置かれていた。

 

 汚れを落とすために米を蒸した水に櫛を浸すための泔坏(ゆするつき)

 髪を浸けて洗う角盥(つのだらい)

 流すための湯を入れておく水差しのような半挿(はんぞう)

 香油(ここでは亜麻仁油)を浸して塗るための綿の(たく)

 乾かしながら髪に香木などで匂いをつける香枕。

 

「こんなもん、幻想郷で使うのは輝夜ぐらいじゃないのか?」

「売り込みにいったのだが当然ながらもう持っていると言われてね」

「そりゃそうだ」

 

 米を蒸した水で桑の葉と麻の葉を煮た、ゆするという液体で濡らした櫛で妹紅の髪を丁寧に梳かしていく。

 

「書によれば千回梳かし五香に晒せば白髪は……」

「うわっ!? おい耳元でなんか言うなよ!」

「ああすまないね」

 

 ただでさえ髪を梳かすなど、自分でやるぐらいしか(やらないと長すぎて絡むことがある)無いのに、他人にされるのはいつぶりだろうか、と妹紅はくすぐったい気分になった。

 長生きしていれば自分の髪を魅力に思って女扱いしてくるような輩もいたのだが、妹紅がパッと思い出せるのは「お前の髪の毛をかつらにしてくれるわーっ!」と襲いかかってくる貧しい老婆とかだった。その後にも下人が「かつらにしてくれるわーっ!」と襲いかかってくることもあった。両方とも叩きのめしたが、元気にしていただろうかと懐かしく思う。

 霖之助は髪を洗いながらも取り留めのない話を続けていた。

 

「髪はもともと御髪(みぐし)と呼ぶように、『くし』と呼んでいたものだ。くしとは即ち櫛の語源にもなるのだが、日本語では『奇し』という字を当てる。奇妙なといった字面だが意味は霊妙を表す。髪とは霊妙そのものであるとされ、それを切ったりすることは霊力を失うことだとされた。仏教が伝来して坊主も尼も剃髪するのは古来より伝わる霊力を否定し、仏の力と救いに帰依することを意味するのではないだろうか」

 

 とか。

 

「神話に幾度も登場する湯津爪櫛(ゆつつまくし)だが、その出自と形状は不明だ。しかし奇稲田姫が湯津爪櫛に化けた際に、それは竹の櫛だと云う記述がある。また、イザナギが黄泉醜女から逃げる際に湯津爪櫛の歯を折って投げたときに筍が生えてきたという話もあることから、湯津爪櫛は竹に属する神の力が宿っているに違いない。そうするとこれらは高木神こと高皇産霊尊が力を貸していたのではないかと思うのだが、竹林の案内人としてはどう思うだろうか」

 

 とか、妹紅はよくもまあどうでもいい話が続くものだと感心しながら相槌を打っていた。

 次第に髪を乾かす段になり、妹紅が雨で濡れたときなどの対処法でいつもどおり術により乾かそうとしたら、

 

「いや、亜麻仁油の火の属性が散るから髪に馴染むまで止めたほうがいい」

 

 とのことで、結局乾かすのにも香枕に横たわって髪を広げながら乾かすことにした。単に香枕も使ってみたかっただけかもしれないな、と妹紅は思った。

 香の匂いがむずむずと鼻をくすぐる枕に寝ていると口寂しくなった。

 

「なあ。煙草くれー」

「灰を顔に落とさないようにね」

 

 と、紙巻き煙草を妹紅の口元に差し出した。煙草は便利だと妹紅は思う。なんとなく間が空いたときに口を塞いでも間が持つ。

 いつの間にか霖之助は火鉢を用意して縁側を温めている。本人も煙管を手にしているのは同じ愛煙家だから香枕の匂いに妹紅と共に釣られたか。

 普段背の高い竹林に囲まれているところで過ごしているものだから、縁側から日が沈むのを寝転がって見るのは新鮮な気分だった。秋は釣瓶落とし。茜色に染まる夕日はあっという間に山の向こうへと落ちていく。

 

「あー、日が暮れるなあ」

「そうだね。昔の女性は髪を洗うのが一日仕事なもので、宮中にいる女房たちはわざわざ休暇が必要だったらしい」

「そこまで伸ばして得するものかね」

「毛髪には魂が篭もるとされたからね。正確には毛根にだが。魂魄が何となく頭に宿っていると古代の人間は考え、それが抜け出す穴とは目か鼻か口かと口論された結果、毛根及び髪の毛とされた。故に髪先を見せないように帽子の中に纏めて隠すようになったり、髪を伸ばしていざというときの魂の蔵とした」

 

 こいつそういう事ばっかり考えて暇なのかな……と妹紅は思うが、長寿の暇さには心当たりもあるのでツッコミはいれない。

 

「しかし魂魄ってのが頭に宿る割には私なんか頭を時々ふっ飛ばされてるけどな」

「蓬莱の薬が魂魄まで復活させてしまうのだろうね。そもそも蓬莱の薬の元になった蓬莱山とは仙女の住まう場所だと言われ──」

「おっ、月が見えてきた」

 

 霖之助の話を遮って、青みがかった夜空に浮かぶ月を眺めながら紫煙を吐き出した。

 

「よし、たまにはお前と月見でもするか。バカみたいな薀蓄も暇つぶしになるだろう」

「バカみたいなとは余計だよ。まあ……寒いから酒でも温めながらもう少し待つとしようか。君の髪が乾くまで」

「私の髪が乾くまで、死ぬんじゃないぞ」

「どれだけ僕は心配されてるんだ」

 

 二人はそれぞれ煙をくゆらせながら、澄んだ寒空に浮かぶ月を眺めて夜半まで過ごすのであった。

 

 生きることに飽き飽きとしていた少女は幻想の中で多少なり救いを得ていたが。

 それでも時折、死ねるなら死にたくもなる憂鬱を抱えている。

 だがこうして気の合った友人と過ごしているときは、つまらない人生だけれどまだ少し生きていようという気持ちになった。 

 せめて髪が乾くまでは、まだ生きていようと思った。

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 翌朝。

 香霖堂の入り口前で、なにやら腕を組んで瞑目し考え込んでいる少女が居た。

 

「ご、ごほん。よし、入るか」

 

 誰も聞いていないというのにわざわざ声に出して、扉をノックしようとして一旦止めて呼吸を整えた。ええい、何を躊躇うことがあるか。自分に言い聞かせる。確かに最近は来ていなかったので「おや久しぶりだね」なんて意外そうな顔をされるかもしれないが、ショックに耐える心構えは出来ているはずだ。

 何やら悩みながら店に入るや入らぬやしている彼女は上白沢慧音。人里で寺子屋の教師をしている、知識と歴史の半人半獣だ。

 霖之助のように半分妖怪でありながら、その能力を使って人間の為になることのみをしている彼女は人里でも好かれている人物であり、呪われていそうな魔法の森近くに住み得体の知れないものを売っている霖之助とは評判が段違いに真っ当である。

 だが慧音が人里で常に活動をしているということは、二十年近く前までは人里の霧雨店で仕事をしていた半妖として目立つ存在だった霖之助とは当然ながら顔見知りであり、生来のお節介焼きな性格で何かと関わっていたことは歴史的に間違いがない。

 霖之助が売れない道具屋をやっているときも、鉛筆だのノートだの細々とした物を買いがてら顔を出していたのだが、ここのところは足が遠のいていた。しかしながら、お互いに半妖と半獣であり寿命が人より長いため、少しぐらい間が空いても気長になる性質がある。

 

 さて、この日意を決してやってきたことに理由があった。

 近頃香霖堂では怪しげな髪油が売られていて、女妖怪を中心に大層流行っているらしい。

 噂を聞いて慧音は「何をバカな」と笑った。あの香霖堂の、売るものといえばよくわからない手鏡みたいな手裏剣などであった店主が化粧道具のような色気のあるものでまともな商売をするものかと。

 しかしながら人里にやってきた霊夢や魔理沙、咲夜などがやけに色めいていたことで噂は加速し。

 更に天狗の新聞でアリスが頭を洗われている写真で謎の黄色い悲鳴がそこかしこから上がった。

 後日に人形劇をしに来たアリスが質問攻めにあったことは、慧音も陰からこっそり様子を伺っていたほどだ。大妖怪との勝負に負けた罰だとかで誤解は解けたが。

 

 そういう噂について真偽を確かめる……わけではないが、雑談でもしに行くことは友人として間違っているだろうか。いや、そんなことはない。慧音は授業中に何度も握りこぶしを作って決意をするところを生徒に見られていた。

 だがすぐに香霖堂に出向いては、有象無象、ミーちゃんハーちゃんな髪油に興味を持って買いに来た客の一部だと霖之助に思われないだろうか。

 自分とて身だしなみに興味が無いわけではないが、教師という職業柄あんまり派手に飾るようなものは慎むべきだとも思う。そういうのに浮かれていると思われれば恥ずかしい。

 でも霖之助が勧めるというのならば付けてみないこともない。商人の口車に乗った形で。慧音は授業中に思案しながら大きく頷いて、生徒を二人ほど頭で殴り倒した。

 そして意気込んで、寺子屋も休みの日にやってきたのだが……

 

「──っ!」

 

 大きく息を吸い込んで店に入る。さり気なく。通りがかりにたまたま店に寄ったけど? 最近そういうの流行ってるの? へー? みたいな対応を取ろう。慧音は流行りに乗るのが下手くそだった。

 

 ──カランガコッ。

 

 慧音の帽子がドアベルに当たって鈍い音を立てた。店の中に入るといつものように、本を片手に暗い灯りで読んでいる(何度も慧音は注意するのだが繰り返しやるので、恐らく彼は注意されたがっているのだと慧音は勝手に理解した)霖之助の姿が──

 

「霖之助! たまたま寄ったんだ……が?」

 

 無かった。店内を見回すが、少し席を外したといった様子ではない。

 となればまだ朝だから起き出していないか。

 

「まったく。仕方ないな」

 

 腰に手を当てながら、やれやれといった余裕の態度を取る。こうなれば自分が先手を取ったも同然だと慧音は思った。なんの先手なのかは自分にもわかっていないが。とにかく優位だ。

 彼女の頭脳明晰さは神すら保証するほどである。霖之助を起こす。寝ぼけた霖之助に小言を云う。顔を洗わせている間に朝餉の準備をする。しっかり二人で食卓に付く。そう彼女の歴史には記されることだろう。

 とりあえず店の奥へ向かって霖之助を起こしに行くと──寝室にその姿が無い。

 おや? と思って他の部屋を回ろうとして──縁側を見ると。

 

 妹紅が座った膝の上に、寝息を立てている霖之助の頭を置いていた。

 

「むしゃー!」

「うわ慧音がなんか歴史書っぽいの食いながら飛んできた!?」

 

 妹紅が驚いた様子で振り向き、霖之助の頭が床にゴンと落ちた。

 

「妹紅ー! なんで!? もこたんインしたのか!?」

「何がだ!? 月見してただけだって! あとこいつ寝たら全然起きないなーってちょっと悪戯をだな」

悪戯(ネクストヒストリー)を!?」

「違うって!」

 

 ──とりあえず慧音を落ち着かせるまで暫く掛かったという。

 

 それから半刻ばかり経って、霖之助の意識がエーレンフェストから幻想郷へ戻った際に見たのは、寝ぼけた彼に小言を言ってから朝餉の準備をして二人で食べようとする慧音の姿であったという。(歴史が改変された痕跡)

 

 




Q.これ単なるもこ霖SSでは?
A.クロスSSのワンシーンです

・ほら……竹林の妖精が異世界に気づいてるとか伏線っぽいのあるから…
・亜麻仁油が火の魔力あるのも本好き設定
・慧音と知り合いじゃないわけがないじゃないですか…常識的に考えて…
・待て何か歴史が改変(もしゃもしゃ)
・半分二つに永遠は一つなんだ!


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