本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左高例

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今回視点がマイン→霖之助→マイン→幻想郷ショートショートと変わるので混乱注意


22話『マインと紙作りの決意』

 

 

 <マイン>

 

 

 わたしとトゥーリの誘拐騒動があって、無事解決されたのは奇跡的なことだった。店主さんが居なければ……あの威力の砲撃がよくわからないまま適当な方向にぶっ放されてたかも。怖い。

 とにかく、久しぶりの誘拐騒動ということで門番の警備なんかが強化されたみたい。基本的に門番って下町の男性が兵士をやってるので、誰だって自分の家族親戚の子供が攫われたらと思うと真剣になって誘拐撲滅に取り組む。

 その影響で街を出入りする旅商人なんかは厳しい目が向けられるようになったり……ついでに父さんが漏らしたことだけど、元旅商人のオットーも肩身が狭い思いをしているという。

 ちなみにわたし達が攫われて見つかるまでの……ええと、夕方から翌朝までの僅かな間に暴走した父さんが下町を根城にしている犯罪組織を一つ潰してきたようだった。とりあえず誰でもいいから誘拐犯に繋がってそうな犯罪者を取り締まって手がかりを探すためだったらしい。関係なかったみたいだけど。犯罪組織には同情……しなくていいかな!

 

 さて、それで誘拐犯への警戒は強くなって恐らく暫くは大丈夫だと思うものの、やはり世間の親御さんの間ではとにかく子供が心配になったようだ。

 なおわたしとトゥーリが身綺麗にしていたからターゲットにされたのかもしれない可能性は十分にある。だけど身綺麗大事だから! とにかく、下町に一気に盥入浴を流行らせて全員綺麗になれば……少なくともわたしやトゥーリをピンポイントで狙って攫われる可能性は低くなるはず! 全員危なければ問題ない理論。

 それはそうと、子供たちが外に出る際には集団行動を徹底させる(よく思い返したら、近所の皆を連れて年長さんが纏めてた。あれ誘拐対策でもあったんだ)のともう一つ。

 

「マインも外に出る際にはこれを付けなさい」

 

 と、渡されたのは笛。そういえばルッツも首に提げていたような気がした。

 

「危ないと思ったらとにかく笛を吹くこと。いいわね」

「店に行くときは暫くの間、俺が昼番の時に連れて行って、帰りに店へ迎えに行く。一人で出歩かないこと」

「はーい」

 

 誘拐されたからもう店に行くの禁止! とまではいかなかったのでわたしはホッと安心した。

 でもまあ考えてみると、そもそも七歳から見習いとして子供は働きに出る。そうなればこれまでの集団登下校みたいにぞろぞろ連れたって別々の職場に向かえるわけじゃないから、一人で出歩くことになるんだよね?

 

「見習いで一人歩きしてる子供は誘拐犯に狙われないの?」

「洗礼を行った子供は滅多なことで狙われない。市民権を得て領民として登録されるから、売られた先からでも身分としてわかるからな」

 

 へえー、というとわたしって今は戸籍が無いみたいな状態なのか……それだと何処かに売り飛ばすにも手続きが楽なはずだよ。

 それにしても、渡されたホイッスルを見る。

 確かに大きな音や声を出すのは誘拐犯対策として効果があると思う。

 ただ問題は、咄嗟に怖い人に組み付かれたり脅されたりしたとして、大声を出したり息を吸い込んで笛を思いっきり吹いたりできる余裕があるかってところが不安だった。

 実際、凄く怖い状況だと声が全然出ないってことはままある。らしい。本で読んだ。

 防犯ブザーみたいに声を出さなくても大きな音を出せる道具があれば便利なんだけど……

 あっそういえば! 作れそうな材料があった!

 

 

 

 *****

 

 

 

 

「というわけでわたしが開発した、『防犯ブザーくん』です!」

「うん。凄い見た目だね。呪術医(ウィッチドクター)かと思ったよ」

 

 数日後、店主さんのお店にやってきたわたしが自慢するように見せたのは試作型防犯ブザーだった。店主さんの反応もわたしの正気を疑っているような目線に見えるけど、上々だ。

 防犯ブザー。それは細長くて引っ張るやつをグイッとすると大きな音が鳴る道具。

 そしてこの世界にはグイッと引っ張ってちぎると大きな声で鳴く食材があった。その名はリーガ。心なしか顔みたいな模様も見える玉ねぎの仲間っぽい野菜で、切ると叫ぶ。潰すと血が滲む。なんでこれ食べようと思ったの? この世界の人。

 とにかくそのリーガにそっと切れ込みを入れて、そこに細長くて物を縛るアレを括り付けて、リーガ自体を背負い籠の肩紐あたりに結びつけておく。それを強く引っ張ると胴体が千切れて『ギャアアアアア!!』と耳をつんざくような声で叫びだす。犯人も驚くと思う。

 見た目は、この野菜って人面がついてるような模様なので絞首刑の上に腹を縛られた感じで凄く趣味が悪いのが難だけど。

 

「ついでにこのリーガ、新鮮さを失って日にちが経過するごとになんか濃い顔つきになっていくような気がするんですよね」

「凄く食べにくい感じの、武将みたいな顔が野菜に浮かんでいる……」

「腐りにくい野菜とは聞いているんですけど……ただこの見た目が案外子供に受けて、わたしが教えて普及させたので下町の近所だとこの呪いの人形みたいなのを肩から提げている小さな子供の数が増えてるんです」

「邪教を広めたとかで捕まらないようにね」

 

 わたしは近所の治安を守った! そう主張したい。でも見た目はまあ……ただ、呪いの人形を身につけた子供は攫いたくないと思う。心理的なアレもだけど、当然ながら下層の平民でも日常食で買えるぐらいの野菜なので、当然誘拐犯だって大きな音の鳴る機能があることは見ればわかるから、攫うのを躊躇う効果は期待できる。

 

「人形といえば……店主さん、そんなのありましたっけ?」

 

 わたしが気にしたのは店主さんの机に座っている、少女趣味のドールだった。非常に可愛らしい金髪で青い服を着ている女の子をモチーフにしている。

 

「これかい? これは『七色のアリス人形』という魔法の道具でね」

「アリス人形……って幻想郷のアリス・マーガトロイドさんを模して作られてるんですか?」

「君には魔法使いの一人として教えていたね。そう、彼女が自分をモデルに作った作品だ。彼女の姿は見たことなかったかな」

「店主さんがリンシャンで頭を洗ってあげて凄い照れてる写真の新聞で見ました!」

「……それは忘れてあげたまえ。本人恥ずかしがっているから」

 

 写真で見たけど凄い美少女だった。名前通りおとぎ話に出てくるアリスちゃんって感じで。髪の毛はショートだけれど。

 というか基本的に、新聞に出てくる写真だけが情報源だけれど幻想郷って美少女ばっかりだ。特に山の神社の神様?なんか『美少女キャラクター』って感じがした。間違いなく。

 ……トゥーリも可愛いけど、七歳児の可愛い子だと分が悪いよね!

 

「それにしても店主さん、年頃の女の子の髪を洗ってたんですか? 嫌がられません?」

「基本的に脅されるか頼まれるかしない限りはやらないよ。アリスは大妖怪に脅されてたから可哀想ではあったがね」

「頼まれるんだ……」

 

 幻想郷の男女の仲というのが現代社会と同じじゃないにしても、年頃の少女が他人に、しかも男の人に髪をいじられるって割と抵抗ありそうなことだと思うんだけれど。

 逆にいうと髪を洗われても平気な関係ってもうなんかアレじゃない!? 恋人相手でもそうそう頼まないと思う!

 となると……散髪屋のお兄さん扱い?

 カリスマ美容院『香霖堂』……意外と似合うかも?

 

「それはそうと、なんでアリスさんの人形がここに?」

「実験のためだそうだ。アリスはこの世界で手に入る魔法の素材に興味を持っていてね。自由に探索するための手足として、無線で動く人形を作成している途中だ。これはその試作品」

「動くんですか?」

「いや、まだだね。ただ実験としては興味深いものでね」

 

 店主さんはお茶を一口啜ってから説明を始めた。

 

「布団で眠る度に幻想郷とエーレンフェストを行き来している感覚がある僕と香霖堂の店舗だが、客観的に見ると僕が別世界に意識がある間は、元の世界で眠っている体は動かず布団で寝たままなんだ。

 そこで僕が幻想郷で眠る際、枕元にアリス人形を置いて眠ってみたところ、ここで目が覚めたら枕元にアリス人形があった。つまり幻想郷からアリス人形そのものは異世界へと移動できたわけだね」

「ふむふむ」

「だがこちらの世界で僕がアリス人形を動かして、例えば店の机へと置き場所を変えたとしよう。すると幻想郷で眠っている間にアリス人形は動くのか動かないのか」

「え? え? どうなるんです?」

「さあね。今実験中だから。幻想郷ではアリスが寝ずの番で見張っていると思うが……ついでに、魔法の掛かっていないこの人形もある」

 

 店主さんが立ち上がって金庫を開けると、中から同じぐらいのサイズの人形が出てきた。こっちは明らかに店主さんを模した人形で、ちょっとデフォルメが利いていて可愛い。アホ毛とかが。

 

「これもアリスが作ったものだ。エーレンフェストの僕はこれを金庫に入れて仕舞う。一方で幻想郷では魔理沙……もう一人の協力者が、僕の人形を何処か店の外へと持っていく手はずになっている。さて、次に起きた時に人形はどこにあるだろうか……といった実験だね」

「……店主さんが眠っているのに人形だけフヨフヨ動いてたら怖いですね」

 

 頭がこんがらがってきた。どうもこの香霖堂と店主さんは、単純に異世界へやってきたわけじゃないのでややこしいことになっている。

 

「……眠っている幻想郷の店主さんに、隕石でも落ちてきて急死でもしたらこっちの店主さんはどうなるんでしょうか」

「考えるだに恐ろしいことだね。でも考えてもそれは実際そうなるまでわからないことだ。考察した結果、どうやってもわからないという結論になることは考えないようにしている。まあ、結局この実験は幻想郷に戻ってからじゃないと結果が出なそうだ」

 

 ある日急に店主さんが居なくなったり、香霖堂が消えたり……といった可能性について予め彼から教えられていたけど。

 完全にこの世界で生まれた『マイン』になってしまったわたしと違って、店主さんは夢の世界を行き来しているみたいでいつか消えそうで怖い。

 やはりいつか香霖堂が消えてしまうかもしれない可能性を考慮して、後に残るレガシー的なことをしないといけないかもしれない。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 <森近霖之助>

 

 

 

 防犯ブザーのようなマンドレイクはともあれ、子供に笛を渡すのは防犯として良いと思った。

 丁度店に仕入れた『フエ星人の人形』を手にマインくんへと解説をした。マインくんはどうやらフエ星についても詳しくはないようだ。正確に言えば笛座のことだと伝えても「イゼルローンは陽動で本隊が笛座行きですか」とよくわからないことを言っていた。

 主に西洋から取り入れた星座図には含まれていないが古来より日本の天文学者、陰陽師が決めた星の書には笛の形をした星の並びが記されている。恐らくフエ星人とはそこの星に住まう──と、想定した異星人をモチーフにしたものだろう。笛座からは笛の得意な仙女が降りてくると平安貴族らは空想したという。

 仙女がドーナツに手足の生えたような姿になったというのは、恐らく星界は常世の国であり死後の世界に通じるためだ。死に返りしたものは生前の姿を失くすとすれば顔が空洞になっているのも含蓄を感じるというものだ。

 そういう話をしていると不意に彼女が話題を変えた。

 

「そういえば幻想郷って新聞が刷れるほどの紙を大量生産してるんですか?」

 

 マインくんから尋ねられた質問に僕は応える。

 

「いや、そうじゃないんだ。ある時期から突然、幻想郷に大量の紙が舞い込むようになった──というと文字通り舞い散ってるようだが、紙束が大量かつ定期的に発見されるようになったんだ。僕も見たが『コピー用紙』という名の紙が多かっただろうか。新聞や新しい本は基本的にその紙かそれを再生紙にしたものが使われている」

「か、紙そのものが大量に手に入ったって……なんで!?」

「恐らく外の世界で紙の需要と供給のバランスが崩れたのではないだろうか? ペーパーレス化とか、電子書籍だとか、そういった単語を外来本で見かけたが。それで余った紙の一部が幻想になり向こうに流れたのだろう。そのおかげで天狗の新聞は大いに増え、人里の貸本屋には書の発刊依頼も舞い込み、寺子屋の子供も字の書き取り練習が増えてうんざりしている」

「紙が沢山無料で手に入ったのかー……都合がいいというか羨ましいというか」

「もちろん、中には昔ながらの紙漉きをして障子紙を作ったり、使い終わった紙を溶かして再生紙にしたりする仕事の人間もいる。そういった人間は紙価が下がって大層困ったようだ」

 

 一昔前の幻想郷といえばそれこそ紙だって結構な高級品だった。新しい紙なんて使えるのはそれこそ稗田家ぐらいのもので、霧雨店の帳簿だって再生紙を使っていた。

 ところが紙職人はあっという間に、自分らで刷るよりも真っ白で質の良い(質が違う、といった方が正確だが)紙が人里にもタダ同然で出回ったものだから仕事を失うも同然だった。

 この、妖怪こそ出ないものの紙が幻想郷に溢れたという事件も幻想郷のバランスを変化させる異変ではないかと僕は睨んでいる。だが実害といえばその程度で、解決もされなかったので幻想郷の賢者が紙の大量流入には一役買っているのではないだろうか。

 ともあれ紙職人らの役目は、長年彼らを重用していた稗田家が預かり、給金を支払うことでまだ細々と紙作りはしているようだ。

 マインくんは何やら考え込んでいる様子だった。

 

「うーん、この街で紙作りの製法を教えたとして、商品として沢山作られるようになると思います?」

「ギルド長は包み紙に興味津々といった様子で、今にも製法を聞いてくるのではないかと思ったぐらいだ。恐らく、一般市民に広まるまでは時間が掛かるにしても大量に作られるようになるのではないだろうか」

 

 ギルド長がまだ聞いてこないのは紙が外国の製品だと説明したからか、自分のところで解析をしている最中なのか。

 ただ紙作りとなると……自分でやったことはないが本で読んだ程度の知識だが、非常に作るのが面倒臭いので聞かれても誤魔化していただろう。

 簡単に誰でも作れるのならば洛陽の紙価が高くなることもなく需要に供給が追いついている。

 するとマインくんは決意したように拳を握って言う。

 

「……店主さん、わたし、紙の製法を広めたいです」

「どうしてだね」

 

 恐らく非常な面倒事だというのは彼女にもわかっているだろうが、僕の問いかけにマインくんは早口で楽しそうに喋りだした。

 

「この世界には物語があるんですよ。店主さんが持っている本の神話もそうだけど、母さんが寝る前に聞かせてくれたおとぎ話だとか。そして文字だってちゃんとあるし、識字率は低くても商人ならちゃんと読める程度にはある。この世界で紙の値段が下がるとこの世界の物語が書かれた本や、動植物の図鑑、料理のレシピ、文字を覚えるための教科書や旅行記……そういった『まだこの世に生まれていない本』が出てくるはずなんです! 誰も読んだことの無い本が出てくる可能性が広がるんです! グーテンベルクが活版印刷を発明してからヨーロッパ全体で出版物の発行部数がどれだけ増えたと思います? 百年で約二億部も増えたんです! 紙の開発! それと活版印刷を広めることでこの世界でも急速に本が出回る可能性があります! もちろんなにかしらの悪影響が出るかもしれません。羊皮紙を作っている人が仕事を減らしたりとか。でも仕方ないんです。アメリカ文学の大作家マーク・トウェインはこう言いました。

 

『今日の世界は良くも悪くも、グーテンベルクに負うところが大きい。全ては彼が起源であり、我々は彼に敬意を表する必要がある。なぜなら、その偉大な発明がもたらした悪影響は、人類が受けた恩恵によって一千倍もかすんでしまうからだ』

 

 痺れますよね!! 学生時代に読んで百回は心の中で繰り返しましたよこの名言! 別にわたしはグーテンベルクのような後世に残る名誉が欲しいわけじゃありませんし、お金は生活に困らないぐらいで十分なんですけれど本です! この世界に本を、この世界の本を生み出すんです! いえ、世界というのは三千大千世界どのいずれも人が存在するからには本を作らねばならない義務があるのです!!」

 

 ……凄い熱意だ。思わず彼女が体温的な熱を出して倒れないか心配になるほどに。

 これは、普通の人間の意気込みではない。

 きっと彼女は病気が治らなかろうが、僕が居なかろうが、この本に向けた想いを持って行動したのではないだろうか。

 ひょっとするとマインくんは将来的にこのエーレンフェストの歴史に残るような偉業を──自分が本を読みたいという目的で──成し遂げる人物なのかもしれない。

 僕が幻想郷の歴史にいずれ残るであろう商売人であるのと同じように。

 そう感じるぐらいの本好きだった。

 

 それならば。

 僕が面倒そうだという理由で彼女の目的を邪魔することをしてはいけないだろう。

 

「──わかった、マインくん。君の好きなようにしたまえ。手助けが必要かい?」

「はい! 凄く手伝って欲しいです! あ、もちろん店主さんが儲かるようにしますので!」

 

 こんなに勤勉に働く僕を見ると幻想郷の知り合いは意外に思うだろうが、たまにはそういうのもいいだろう。

 歴史が動いているかもしれない渦中にいるのだから、動かない古道具屋だって動くことがある。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 <マイン>

 

 

 店主さんが協力してくれるって言ってくれた! 感謝のポーズを取る女児は主に土下座の形になる。店主さんに土下座ポーズのまま持ち上げられて椅子に座らせられたけど。

 まずは決意表明をしたけど、目標までのチャートを確認しようと店主さんと話し合った。

 紙を作って本を作る! となるけれど、紙を作れば即、本が作れるわけじゃない。グーテンベルクは紙を発明したんじゃなくて活版印刷を発明したんだから。

 

「とりあえず作りたいのは『安い紙』『安いインク』『印刷機』の三種類ですね」

 

 増えた。でもこれが無いと本にならない。

 

「紙はともかく……インクは高価だったのか」

「インク一瓶で小銀貨4枚するそうです」

「ふむ。宋代の古墨も大金で取引されていたからそんなものかもしれないね」

 

 父さんの月給の4割というとそのお値段がわかるものだ。4万リオンだからすごーく大雑把に4万円でインク瓶が売ってるイメージをしよう。こんなもの使って大量印刷なんかできない。

 とはいえグーテンベルクが最初に作った活版印刷聖書もそのお値段は金貨30枚ってとんでもないものだったけど……当時の人の年収三年分とかそれぐらい。ただ羊皮紙に印刷されたバージョンと紙に印刷されたバージョンがあって、紙の方は少し安かったと思う。

 そういう非常に高価な時代をカットして一気に安く仕上げるには全般的に安い材料が必要だ。

 

「まあ一つずつ問題は解決していこう。本業の商会に予め確認を取った方が良いかも知れないからね」

「といいますと?」

「普通の紙はともかく、インクの製造に関して本当は安く作れるのだけれど組合の合議で高価に設定しているだとか、或いは領の税が掛かる商品で高価になっているという可能性もあるだろう。安いインクが出来てさあ売ろうとしてもそこらで引っかかるかもしれない」

「ああ、なるほど……既得権益の人たちと揉め事を起こさないようにしないといけないですよね」

「そうだね」

「多少話がこじれたら暴れてでも本を普及させるために通さないといけないですよね」

「ひょっとして同意を求められているのか僕は」

 

 実際に例えば塗装に使うタールとかを国が独占販売権を持って高めの税金を取っていた時代もあるって本で読んだことがある。

 インクは特にお金を持っている商人にとって必須な道具なのだから、商人から税を取る名目でインク税があっても不思議ではない。

 

「一つずつ物事を解決していこう。まずは紙を試作してみる。この世界の材料で……まあ作れるとは思うが、製法についても正確に把握しておかないといけない。次に紙の製造販売に関してギルド長に話を持っていく。紙を大量生産するのに僕らでは工房を作るにも人を雇うにも手に余るからね」

「確かに」

 

 試作品を作るまではまあいいとして、その後で量産する工房を作って人を雇って監督をして、あちこちに売り込みにいって普及させて……といった活動をしていたら忙しくて仕方がない。

 もしこの世界に本が全然無くて、急いで本を得るために陣頭指揮をしなければならないのなら話は別だけれど、他の人にやってもらってその間の時間で香霖堂の本を読みながら待っていればいいのなら断然そっちを選ぶね! まだ読み終えてない本もあるし、幻想郷の本だって読みたいんだから。

 

「……ところでマインくんは紙の作り方は知っているのかい?」

「実際にやったことは……再生紙ぐらいしか無いですけど、本で読んだことは覚えています」

「僕も本で読んだ程度だ」

「本読み仲間ですね」

「果たして仲間というのか、それは」

 

 とりあえず二人で知識のすり合わせを行ってみたところ、だいたいは同じ程度に紙の作り方を知っていることが判明した。同時に二人の知識が重なっているので、だいたい合っているのだろう。

 店主さんに紙を借りて手順をメモすることにした。日本語で。万が一メモを無くしてこの世界の人(主にオットーのような)に見られてもバレないように。

 

 

・材料となる植物を探す。

 

 門の外にある大自然で探してもいいけど、材木屋で少しずつ買ってもいいかも。子供じゃなくて大人の店主さんがいると取引の話が進めやすい。

 コウゾのような植物があれば作りやすいけど、この世界ではさっぱり植生もわからない(魔木なんてのもあるから)手探りで適した材料を探すことになる。

 最悪、というか、見つからなかったらいっそ竹でもいい。竹を材料にした紙は昔から作られている。ただし時間が掛かる。

 

 

・その植物を蒸したり茹でたり発酵させたりして繊維を柔らかくする。

 

 大きな鍋が必要だけど香霖堂にあるかな……あと煮るのに灰が必要。買ってこよう。

 竹のネックはここで、非常に繊維が固い竹はまず前提として水に漬け込んだまま半年から一年ぐらい放置して腐らせないと紙の材料に適さない。

 竹で大量生産の目処ができたなら増えやすいし伐採しやすいしで発酵サイクルを順繰りにして作れるだろうけど、少量を試作するには向かない。

 

 

・繊維を叩きまくってぐちゃぐちゃにする。

 

 力仕事である。マインちゃんはできますか? 難しいですね。店主さんお願いします。凄い店主さん頼みな要素が多い!

 でも仕方ない。わたしの体と社会的立場が成人女性ならまだ話は別なんだけど、六歳児では力も足りなければ商売の交渉、紙作りの場所だって確保できない。

 ……森でひっそりとわたしが一人、木をエンヤコラ伐採して、大きな鍋に火を沸かして、頑張って煮込んでいるイメージが浮かんだ。うわ大変そう。ルッツ! 助けて! ルッツは家で料理の手伝いに忙しいから来ない。

 

 

・叩いた繊維を水とトロロと混ぜてドロドロにする。

 

 トロロアオイから抽出した粘り気を出す物質が必要なんだけど、なんと! 既にわたし達はそれに近いものを見つけている。

 ボディソープ作りに使ったエディルとデグルヴァ。どっちか安い方を買って使おう。紙質に関わるから両方試すべきかも。

 

 

・簀桁に混ぜたものを入れ、ちょっと固めて紙床に移し、重しを使って水分を抜く。

 

 各種専用の道具が必要。店主さん作れます? ああ……作れるんですか。そうですか。ありがとうございます(土下座)。起こされた。 

 

 

・板に貼り付けて天日で乾燥させて丁寧に剥がせばできあがり。

 

 はい! この作業ならわたしができます!

 

 

 

「……」

「……」

 

 文字に起こしながら店主さんと確認しあって、ひとまず紙完成までのフローチャートはできたんだけど。

 わあ! 店主さんの協力九割必要! 

 

「こうなればグーテンベルクの称号は店主さんにお譲りするとして……」

「いや全然要らないのだけれど」

「と、とりあえず紙作りでネックになるのは……わたしです!」

「そうだね」

「違うんです! 違わないけど!」

 

 そう、問題は。

 わたしが「紙を作りたい!」と言い出したのに、実際やるとなったら店主さん一人でも普通に作れることだ。

 この世界の人に説明するならわたしが実践して見せて、作り方も逐一説明しないといけないのだけれど、わたしと同程度の知識を持っている+お金を持っている+社会的立場を持っている+立派な体格もある店主さんだけで普通に自己完結してしまえる。

 わたしが手を出さなくても完成しちゃうよ!

 

 店主さんが「この世界に本を広めるか、或いは滅ぼすかだ!」みたいな勢いで野望を持ってくれている人なら素敵だと思うし紙作りも応援するんだけど。

 本を広めるために紙を作りたいって言い出しっぺはわたしなのに一から十まで店主さんに頼って作って貰ってたら、もうなんかダメだと思う。グーテンベルクならぬ蔡倫に怒られる。

 少なくとも店主さんに手伝って貰うにしてもわたしがやれることをやらないといけない。

 だから問題は、

 

「わたしが香霖堂に来れるのが現状だと三日に一度ということが問題なんです」

 

 そう、作業をするつもりはモリモリある。身体だって大分健康になってきた。でも外を一人で歩いてると誘拐の危険性もあるし、連れてきてくれる父さんに昼勤務が回ってくるのが三日に一度。

 だけれど「三日に一度来たときだけ仕事を進めましょう」とか凄いダメっぽい提案。

 「わたしが居ない間に店主さん仕事進めといてください」だと放任主義の無能経営者みたい。

 

「うごごご……わたし一人で店まで行くのはまだ許してくれそうにないし……」

 

 最近では常人の半分程度の遅さで歩けば疲れて倒れることも少なくなった。なので、距離的な問題は時間を掛ければ大丈夫になりつつある(希望的観測)。

 店主さんも考える様子を見せてから口を開いた。

 

「君一人だと危ないということか。姉と二人でもこの前のことがあって危険視されるだろうね」

「ううう……そうでしょうねえ」

「ではルッツはどうだい? 男の子に連れて行ってもらうなら」

「ルッツぐらいしっかりしてたら大丈夫だと思いますけど……ルッツはルッツで、家の薪拾いなんかの仕事があるんですよ」

 

 ルッツの兄のジークがこの春で見習いになったものだから、森へ行く男三人衆のうち一人が減ってルッツの負担が大きくなったみたいだ。

 最近だと子供たちを纏めてルッツが監督役みたいになっている。トゥーリも恐る恐る、薪拾いに今日はついていった。トラウマになってなければいいけどと思ったけど、攫われてすぐに気絶した(か、薬で眠らされた)おかげで誘拐されたときのことはよく覚えていないらしい。気がついたら助けられていたというやつだ。

 

「確かにルッツには自分の仕事があるだろうが……恐らく薪拾いに丸一日掛かるものではないのではないか?」

「まあ……そうですよね?」

 

 薪拾いはルッツよりも小さい子供も行くし、例えばトゥーリ一人でルッツの兄弟三人分(つまり三人が拾う一家庭分)の薪や食料が拾えるはずもない。トゥーリが休む日だってあるんだから。

 となると子供に行かせる薪拾いは、もちろん行ったほうがいいけれど足りない分は各家庭で親が買うなりなんなりしてる、「家計の足しになればいい」ぐらいの仕事ではないだろうか。もちろん男兄弟三人分となればかなり助かるだろうけど。

 店主さんは提案をする。

 

「そこでルッツには朝に森まで子供らを連れて行った後で戻ってきて、マインくんを店まで送ってからまた門まで戻る」

「うわ結構大変ですよそれ」

 

 ざっと往復……5キロぐらい? 帰りも頼むとなると一日二時間は使わせてしまうかも。

 

「だから労働時間分の駄賃を払えばいいのではないかな。対価を支払えば他人の労働時間を借りることもできる」

「あ、そっか。わたしもお金を持ってるんだった」

 

 ルッツが紙を売る商人になりたいならともかく、そうじゃないのに好意に甘えるのはちょっと……って考えだったけど、ルッツを雇って働いて貰うとなれば気兼ねもなくなるかもしれない。

 わたしの貯金は……店主さんに預けてるけど大金貨二枚分ぐらいはある。うわ。冷静に考えてみよう。子供の持つ金額じゃない。2000万リオンもあるんだよ? 物価は違うけどわかりやすく2000万円と言い換えてもいい。現実味が無さすぎてあんまり考えてなかったけど。

 ルッツを時給1000リオンで雇ったとして、2万時間も雇える。一日10時間労働させても2000日働かせることができる。いやまあ、大雑把にだけど。日給1万リオンはちょっと高めだよね。父さんの給料の三倍ぐらいだし。その場合は三倍の労働を頼んでいいかな。ダメか。

 いつまでも送り迎えで雇う必要も多分無い。洗礼式が終わるぐらい? の約一年もすれば誘拐の危険性もぐっと下がるらしいから、それまでとして。

 

「それならなんとか……家族とルッツにも相談が必要ですけど、やってみます! 今日やってみます! 明日から来ます!」

「まあ待ちなさい」

 

 勢いを押し止められた。

 

「そんなに慌てる必要はない。紙作りの納期があるわけでもないのだから。道具や材料の調達も必要だろう。それにマインくんに基本的な……威力を抑えた魔法も多少は手ほどきが必要だ。まだ君は誘拐されてそう日にちも経っていないのだから両親も心配をしている。君が店に来たときにぼちぼち紙作りを進めるとして、そう急がなくてもいいのではないか?」

「それは……まあ、そうですね」

 

 本の為に紙を作ろう!って熱意をぶちまけたけど。

 例えば紙を作って見せないと香霖堂に就職できないとかそういう試験じゃないんだから、慌てて取り組む必要も無いのかも知れない。ギルド長にだってまだ紙を作るとも言っていないから、どれぐらいまでに試作品を作って見せるとも約束しなくていい。

 確かに、幻想郷とエーレンフェストを行き来しているという特異な店主さんがある日こつ然と店ごと消えてしまうかもしれないけれど、それは明日かもしれないしずっと先かもしれない。

 だけどどちらにせよ、紙を作りインクを作り活版印刷を作りしたところで、本が沢山出回るのは十年以上先になる。それは仕方がないことだとわたしも理解している。本に囲まれて死にたいという願いの通り、わたしが生きている間に囲まれるぐらい本が生み出されればそれでいいという長期計画でやっていくつもりだ。

 

 そっか、なにもかも焦らないでもいいのか。わたしは店主さんの、生き急いでいる子供に向けた大人の言葉がスッと胸に降りてきて、未来の本が積み重なった肩の荷が軽くなった。決して、店主さんがあんまり急かされると大変で面倒だからわたしを諌めているわけじゃないだろう。

 大丈夫だ。焦らなくてもわたしは早死しないし、暫くは生活に困らないだけの蓄えもある。製紙技術の売買によってはもっと儲かるかもしれない。

 

「とりあえず紙作りに関しては幻想郷の人里でも詳しい人が居るだろうから話を聞いてみよう。ところでグーテンベルクで思い出したのだが、確か非売品でグーテンベルクの本がこの辺りに……」

「ええええっ!? すごっこれグーテンベルク聖書じゃないですか!? 本物!? ほわあああああ42行の美しさぁぁぁぁ!! おおっとまず手を洗ってから触らないと本様に失礼! 手洗いをお借りしますううううう!」

 

 うひーっ! 超稀覯本が出てきたよー! しかもこれ完本じゃない!? 世界で完全な状態で残ってる紙印刷のグーテンベルク聖書は僅か17部という激激激激レア本!!

 しっ幸せだぁ~! 幸せだよぉー! 本キマってきたぁー! 

 

 

 

 興奮してその日は聖書を読むこと(ラテン語文章の殆どは辞書がないと読めないけど、ラテン語聖書だけは暗記に近いレベルで読めるよう勉強したことがある)に夢中になり、父さんとトゥーリがいつの間にか迎えに来て店主さんにお礼を言ったりしていることなんか全然気にならず。

 帰るぞって呼びかけもスルーしてたら父さんから持ち上げられてようやく正気に戻ったのだった。

 

 「明日のことを思いわずらうな。明日のことは、明日自身が思いわずらうであろう」聖書の言葉を胸に、これから頑張ろう。ああ、しかしグーテンベルク聖書……大変素晴らしいものですねえ……大切になすってください。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 幻想郷の香霖堂にて──

 

 

 

「……全然起きる気配が無いわね霖之助さん。人形にも反応はないし」

 

「おーっす。香霖の人形、置いてきたぜ」

 

「魔理沙。随分時間が掛かったわね。外の適当な場所で良かったのだけれど」

 

「ん? あー、いやほら。あんまり野ざらしに置いとくと持っていかれるかもしれないだろ? 獣とか半獣とかが」

 

「半獣? それはともかく……あんた自分の家に置いてきたでしょ」

 

「げっ、なんでわかった」

 

「実験なんだから位置を把握する魔法ぐらい掛けてるに決まってるわ。後で返しなさいよ」

 

「借りとくだけだぜ」

 

「まったく……霖之助さんにも人形にもまだ変化無し。本当に向こうに行ってるのかしら」

 

「いっそ香霖の体を店の外に放り出してみたらどうだ?」

 

「魔法とも呪いともスキマ妖怪の悪戯ともわからない、奇妙な状態で世界を行き来してるんだからあんまり大きな干渉をしたらどうなるかわからないわ。霖之助さんがずっと目覚めなくなるかも」

 

「それは勘弁だな……でも前も霊夢と一晩中見張ってたことあるけど何も無いから暇だぜ?」

 

「魔理沙は寝ていていいわよ。どうせやることないでしょ」

 

「ふん。じゃあ先に失礼するぜ」

 

「ちょ、ちょっと。貴方なんで霖之助さんの布団に潜り込んでるの?」 

 

「同じ布団で寝たら夢に入り込めるかもしれないだろ? えーと確か『金枝篇』で共感魔術に関してそういう記述がなかったか?」

 

「はしたないわよ!」

 

「別にアリスに勧めてるわけじゃないぜーおやすみ。ぐー」

 

「本当に霖之助さんの隣で寝始めた……大胆というか気軽過ぎるというか……まあいいわ。どうせ魔理沙も食べると思って材料を持ってきていたし、朝食は三人分作ればいいわよね。……香霖堂の食材を夜の間に使ったら異世界ではどう減るのかしら。これも実験してみないと」

 

 翌朝、アリスの作った食事にありつけた二人だが、この前慧音が朝食を何故か用意していたことに続いての珍事なので霖之助が首を傾げていたうちに、唸り声を上げた魔理沙が横から彼の食卓をつまみ食いしていた。

 それを見てアリスは「こら」と叱り、まるで母親のようだと霖之助から笑われ──照れた様子であったという。

 魔理沙は露骨に不機嫌になった。

 

 

 




マインちゃんが興奮する
霖之助は紙作りパートナーとしての性能SSRだけど、正直ルッツもSRぐらいヤバいと思う。6歳であんなに言われた通り道具作って材料集めて介護までする奴居ない
とりあえず紙作り始めようかなーって決意したけど、ルッツの就職先相談とかマイン魔法入門とか色々イベント挟みながらのノンビリペースに?
洗礼式までに作らないと見習いになれないとかじゃないから…いや霖之助がいるから余裕で作れそうだけど…

・ウィッチドクター:東方といえばディアブロ3。ディアブロ3新シーズン開始!復帰したら一ヶ月は戻ってこないと思うので手を出さない。
・髪を洗って平気な関係って恋人とかじゃなくて親と小さな子供レベルだと思われる
・次の話あたりで香霖堂が突然消えて「あれは夢やったんやな…」ドワオ!完!という誘惑に時々駆られる
・早口マインさん。このあたりのグーテンベルク礼賛はマイン特有ではなく司書課程の授業で習ったような気がする
・高性能アシスタント霖之助。やる気がイマイチなだけで紙作りに関してはマイン居なくてもできる
・ルッツ=アッシー。まあ原作だとルッツ=専属の職人兼体調管理者兼癒やし要員だから。
・TIPS.幻想郷の噂。香霖堂には通い妻のような金髪の魔法使いがいるらs
 通い妻のような幼馴染で半獣の教師がいるらしい(あとがきの内容は本編とは関係ありません)
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