ちょっと短い話
閑話『心配されてる霖之助』
<森近霖之助>
アリスから異世界に干渉する魔法の研究として頼まれ、店内に人形を置く調査を行った。
結果的に言えば僕が幻想郷で目覚めた瞬間、アリスの人形は『エーレンフェストでの香霖堂で最終的に配置した場所』に人形が転移したという。
本当に、見張っていたアリスの目の前から一瞬で消えたらしい。僕が眠っている間に店の外に出した『霖之助人形』の方は金庫の中に入っていた。魔理沙は自分の家に持ち帰ったそうだが、確認したところ家から消えていたという。
その結果に対して魔女二人はあれやこれやと議論をしていて(何故か魔理沙は僕の布団で寝ていたが、特に成果はなかったようだ)今後の実験に活かすらしい。
「そういえば無線操作だったら河童の技術で似たようなのがあったぜ」
「本当? 魔理沙、連れて行ってくれる?」
「いいぜ。その代わり香霖人形くれよ」
「……仕方ないわね」
「同じサイズで魔理沙ちゃん人形も作ってくれ」
「それは自分で作りなさい」
そういって二人は河童を訪ねて向かっていった。人形作りというと少女らしい趣味とも言えるが、中々高度な技術を要する研究なので僕は面倒だから手を出せない。
とりあえず布団でも干すか。魔理沙が入り込んでくるのは近頃稀になっているが、寝間着などに着替えずに入ってきたので茸の胞子が高確率で付着している。放っておけば布団の中が茸の巣窟になってしまうだろう。
そういえば茸は異世界を移動できる。生物の類は行き来できないというが、食材や食料などは別のようだ。菓子や塩漬け肉ならまだしも、植えれば芽が生えてくる野菜やトロンベの実などは生物の範疇だろう。となれば幻想郷でも植物の妖怪などは向こうに行けるのだろうか? そんな妖怪の知り合いはいないが(風見幽香は操れるだけだ)。
そのような事を考えながら布団を干していると霊夢が飛んで降りてきた。
「霖之助さん。どうしたの、お布団。私にくれるのかしら」
「布団を干しているのを見てそんな感想を貰うのは初めてだよ」
「お布団が薄くて困るのよね神社。誰かお賽銭箱にお布団を詰めてくれないかしら」
「不法投棄って言うらしいよ外の世界では」
「詰めてくれないかしら……ちらっ」
「もしかして求められてるのか、この流れで」
当然ながら僕の家にある布団もそう余っているわけではないので渡すわけにはいかないのだが。
「霖之助さん、お布団とか落ちてないの? いつものネコババ仕入れ場所に」
「人聞きの悪いことをいわないでくれ。だいたい、外の世界の道具が落ちている率が高い場所でいえば神社の裏側あたりも多いだろう」
「供養がてら薪にすることが多いのよね、なんか落ちていても。無縁塚は?」
「時々見かけるんだが……死神がこれ幸いとばかりに布団で居眠りをしていたりするから放っておくかな。次に来た時には無くなっているから布団妖怪にでもなったのだろうか。暮露暮露団とか」
「私のお布団で寝ている死神なら叩き起こしていいわよ」
「断るよ。何が祟るかわからない」
あの死神もだらけているように見えるが、あれで三途の川を渡る亡者に心を落ち着かせる時間を与えるための情け深い行動らしい。仕入れ中に休憩して煙草を吸っていた僕に絡んできて、お供え物として煙草を強請りながらそう自己弁護していた。
「まあいいわ。霖之助さんご飯。あと冬服も頂戴」
「結果的に衣食住を全部要求してきたね……仕方ない。布団を叩いていてくれ。昨日食べた蕎麦の麺が残っていたはずだ」
「やった。具もいれてよ」
「……舞茸があったから、きのこ蕎麦だね」
「舞茸!」
霊夢は嬉しそうに言って、鼻歌交じりにそれこそ舞を踊るように布団をバシバシと叩き胞子と埃を飛ばし始めた。
舞茸は鍋や天ぷらに使われる茸で、あまりに味が良いから野生で生えているそれを見つけた者は舞を踊って喜ぶから名付けられた、とも呼ばれている。一部の地域では山の神の恵みとして舞を奉納して採取するところもあるぐらい貴重で旨い茸だ。
だが古くは舞茸とは名の通り、食べると混乱して舞いを踊る毒キノコであった。同じ名前だがまったく別の、非食用キノコがその名を持っていた。長生きをする妖怪の中には勘違いする者もいるのではないだろうか。
そして台所にあるのは『エーレンフェスト舞茸』とでも言うべき異世界の食材である。見た目はシメジに似ていた。
この舞茸は踊っている茸だ。本体である菌糸が生えている木からもがれているというのに何故かひたすら踊っている。動く食材である。例えばタコの足などはぶつ切りにしても暫くはうねうねと動き、その状態のまま塩を振って食べる風習があるらしいが……
エーレンフェストの食材市場で売っていたのだから人間も食べられるとは思う。魔理沙の研究用に渡したあまりだが(アリスも何かに使えるかもと持っていった)、霊夢に食べさせてみよう。なお蕎麦粉もエーレンフェスト産だ。異世界でも同じような動植物は存在しているようだ。
霊夢はつるつると蕎麦をたぐりながら喜色満面であった。
「中々美味しいじゃないの」
「それはよかった」
舞い踊るキノコは食べても平気なようだ。今度僕も田楽にでもしてつまみにしよう。
霊夢は家に残っているアリスと魔理沙の気配に(鼻をくんくんさせて)気づき、聞いてきたので彼女らが異世界に対して研究していたことを教える。
「ふーん」
食後のお茶を飲みながらパルゥクッキーを二枚ずつ摘んで口に入れる。卑しい。
「妙なことして異世界に取り残された、なんてことにならないでよね。引っ張り戻すの面倒なんだから」
「できるのかい?」
「さあ? やったことないけど、もしそうなったらやってみるわよ。最近は結界の調整も上手になってるんだから」
「それは頼もしい」
霊夢ができるというのなら頼りになる言葉なのだろう。
あの世界とこの世界を行き来できるとなれば、幻想郷でも一部の能力や突出した力を持つ存在にしかできないだろう。魔術に詳しいアリスが一から取り組んでいるような状態なのだから。
「ま、念の為にお守りを作っておいたから付けておくといいわ。居なくなってもそれを起点に見つけるから」
「ほう、そんなことまで。霊夢も厄介事に関して先回りして対処するようになったか」
「霖之助さんがあちこちフラフラするから心配してあげてるのよ」
「そうかい。そうだ、綿入れが余っていたから持って帰るといい。布団ほどじゃないが寒さは防げるよ」
「やった!」
「羽織ったまま神社の仕事を行うんじゃないよ」
折角霊夢が珍しく心配してくれたのだから、僕が使おうと思っていた防寒具を譲ってやることにした。
早速要求するので渡してやると、霊夢にはいささか大きいサイズだが嬉しそうに羽織った。
「ふふん」
何故か自慢げだ。
しかしながら一つ譲ると幾らでも持っていく許可を得たと思うのは巫女の習性なのか、異世界の茶葉とレズークという桃に似た食材も持っていき、彼女は意気揚々と神社へ戻っていた。
「その桃みたいなのは味噌汁に入れるといいよ」
「騙されないわよ霖之助さん。だって見た目桃じゃない。桃をお味噌汁の実にするなんて天人が聞いたら攻め込んでくるわよ」
忠告に対してそんな事を言われた。
まあそのレズークは見た目こそ桃に似ているが、味は柔らかいキュウリか茄子みたいなものなのだが……魔理沙たちに渡して河童に持っていかせればよかっただろうか。
それにしても。
『名称:森近霖之助のためのお守り。用途:無事を確認する』
と、言った代物を渡されたのだから、少しばかり彼女の思いやりというか予防策に感謝もしなければならないだろう。
僕はお守りをいつも持ち歩く小さい鞄につけておくことにした。
*****
閑話『似た症状と、とある少女の実在証明』
その日は久しぶりに来た客がいた。
「はい、霖之助さんこれ。調べておいたわ」
「ああ、ありがとう宇佐美君」
店の常連にして外の世界の住人である宇佐見菫子くんから渡された紙を受け取り、礼を告げた。彼女に頼んで外の世界から取り寄せて貰ったものだ。
菫子くんは僕の知る限りでは唯一に近い、外の世界と幻想郷をある程度自由に行き来することが可能な人物である。無論、幻想郷にいる者は規格外であったり能力によって他に外の世界とやり取りができる者も居るのだろうが、少なくとも人間であり交渉が可能な範囲では彼女ぐらいだろう。
話によれば夢幻病という奇病による症状のようで、外の世界で眠ると幻想郷に彼女の実体が出現して活動できるようになるという。一方、その間は外の世界では彼女の体は眠ったままだ。僕のの状況と若干似ているところがあった。
そういえば誰も観測をしていないが、エーレンフェストで眠った僕は実体があるのだろうか? もしエーレンフェストで眠ったときに消えていて、幻想郷にのみ眠っている本体があり僕の複製のような姿が出入りしているとすれば宇佐美君と同じような症状かもしれない。今後、マインくんにでも頼んで確かめるべきだろうか。
「それにしても、日本から異世界に転生した人ね。ネットではそういう話もよく聞くけど、実際に目にした……わけじゃないけど、確かに存在しているって知ったのは初めてだわ」
彼女も似たようなものではないかと思ったが僕は相槌を打つ。
「ほう。外の世界では君の得意な都市伝説のようなものになっているのかい?」
「そのうち本当に異世界へと飛ばすトラックとか呼ばれて跳ねられる人が続出するかもね。って実際にその人は違うわけだけど」
「まあ、そうだね」
僕は手元の紙に目を落とす。
それはコピー用紙に印刷された、複数の新聞記事だった。
どれも同じ内容を扱ったもので、記事にはこう書かれている。
『××県にて震度6の揺れ 重軽傷者21名、死亡者1名』
『本棚が崩れ下敷きになり──』
『犠牲者は春から大学図書館に勤務予定だった本須麗乃さん(22)』
『本好きで大量の書籍を部屋に保管──』
確かめる、というわけではなかったのだが。
思いついて、宇佐美君に調べて貰ったものだった。マインくんの前世である、本須麗乃の死亡記録。
確かに彼女は地震で死亡していた。既に荼毘に付し、遺体も灰になっているだろう。霊魂が元の体に戻る可能性はない。
「……霖之助さん、その記事をどうするの? 本人に見せるのも……良いことなのか残酷なことなのかわからないけど」
「どうするべきかは難しい問題だ」
精神的にショックを受けるかもしれないし、死を悟った魂が成仏してしまうかもしれない。
そもそも彼女は自分が死んだことを記憶している。事実を再確認させたところでなにか役に立つことがあるだろうか。
……一つだけ思いつくが、それを彼女が望むか、良い結果になるかはまるで予想ができない。人次第というところだろう。
ただ、麗乃という少女のいた世界は間違いなく幻想郷の外の世界であり、宇佐美君の住んでいる日本と相違ないということはわかった。
「協力感謝するよ、宇佐美君」
「異世界のリンスインシャンプーって珍しいものも貰ったから。お洒落ってあんまり興味ないんだけど……学校で色気づいただの男が出来たのかだの騒がれたし……」
珍しく恥ずかしそうに菫子は言う。年頃の女学生となれば同じ年代の者ばかりが集まる学校に通うわけだから、ちょっとした変化でもすぐに勘ぐられるだろう。
普通の平穏な日常が垣間見えて微笑ましいものを感じた。話によればどうも宇佐美君は外の世界で友人が少なそうだが、多少は改善する役に立つかもしれない。
「男が出来たとか騒がれて」
「なんで二回言うんだい?」
「はあ……ま、とにかく華扇ちゃんまで付けてるってなるとちょっと驚き」
「おや、あの仙人にも商品が回っていたかい? 買いには来なかったが霊夢あたりが渡したのだろうか」
「てっきり『修行には不要です!』って言いそうだよね」
「しかし使ってみて満更でもないところも浮かんでくる」
「案外あれで欲に弱いからなあ」
そのような雑談を、茶を飲みながらパルゥクッキーを茶菓子に話し合った。ギルド長の工房で作った試作品を提供されたものだ。やはり職人が作るだけあってか、道具設備が整っているからか旨い出来になっている。
「あ、そうだ。これ、中古品で安かったから」
「これは? タブレットかい? 手裏剣の」
「手裏剣じゃない。電子書籍リーダーよ。中に青空文庫の本をダウンロードしておいたからオフラインでも結構な量が読めるわ」
「ほう、どれどれ」
宇佐美君に操作を手伝って貰いながら画面を開くと、明治頃の小説などのタイトルがずらりと並んでいた。一つを押すと、画面に文字が現れる。
ふむ。これは便利だ。本を持ち、ページを開くという情緒こそないが、たったこれだけの端末で本が何十冊も読めるとは。
外の世界で紙が不要になってくるはずである。
「わざわざこれを買ってきてくれたのかい? すまないね、お礼をしなければ」
「本当に安かったやつだからいいって。今どきは電子書籍しか読めない端末なんて殆ど使われないもの」
なにやら宇佐美君が呟いているが、なるほどこの電子書籍リーダーとやらは本好きからしてみれば便利なアイテムに違いない。
こういった類を充電するための手回し発電機なら店にも置いてある。最初は使い方がわからず、ハンドルを回しているだけで知能指数が向上する知育玩具と似たような効果があるとばかり思っていたのだが、宇佐美君に教えられてようやく把握した。
……しかしながら、そういった現代の道具について一から十まで宇佐美君に尋ねる、というのも実のところ僕は気が進まずまだやっていない。彼女は貴重な外の世界の道具に関しての協力者だが、あくまで僕が店主で彼女は上客。店主が商品について客から教えられるというのは矜持に関わる問題だからだ。
だがマインくんも現代人で使い方がわかるとなれば、まだ店の見習いに使い方を聞いた方が内輪の疑問で済ませられるのでマシなのではないだろうか。
「それにしても店主さんが私と同じような状態……んん? そういえば華扇ちゃんに似たような話を聞いたような」
「そうなのかい?」
「ええと、『人隠し』だったかな? 人里で急に眠って起きなくなる人が現れて、目覚めたときは何処か別の世界に居たような気がするって……あんまり本人は覚えてないらしいけど。でも、もう解決したらしくてそういう人は現れてないみたいで」
「ふむ……確かに僕も眠っている間は目覚めないし、記憶はハッキリしているが別の世界に行っているわけだが……」
「私が幻想郷に来るようになったことと関係してるのかな? ドッペルゲンガーのオカルトが原因じゃないかって思うんだけど」
「さながら僕の場合は半人半妖隠しか」
ドッペルゲンガーというオカルト。自分と全く同じ姿をした誰かと出会ってしまうという怪談だ。その人間は見ていないところで悪さをするとも、出会うと自分が死ぬ前兆だとも、いつの間にか成り代わられてしまうとも言われている。
僕が考えるに恐らくそれは当人の生霊ではないだろうか。生霊というものは肉体のある状態とも性格は違ってくるものが多いため、本人から遊離した生霊が姿を見せて悪事を働くこともあるだろう。また、生霊が遊離している状態というのは霊的に危険ともいえるのでそのまま絶命してしまうこともあるし、生霊が悪影響を受けたまま本体に戻れば性格が豹変し成り代わられたかのようにも見える。
中国の唐代にも寝たきりの娘が遠く離れた場所で離れた自分の魂が普通の生活を送っている伝説があったはずだ。となれば幻想郷の僕がエーレンフェストの僕と出会ったならば同化するのだろうか?
それにしても。
僕はマインくんにエーレンフェストにて、不確かな存在である僕はいつそこから消えて二度と現れないかわからない、と告げた。
それと同じく今目の前にいる宇佐美君もある日突然、幻想郷に現れなくなる可能性だって存在している。霊夢はそれを警告していた。
その時に僕や宇佐美君はどう動くだろうか。
「? どうしたんです? 霖之助さん」
「いや、君はもし幻想郷に来れなくなったらどうするかと思ってね」
「眠ってもこっちの世界にってこと? うーん、確かに幻想郷は妖怪に追い回されて怖い思いもしたけど、今では友達も多いし……異変を起こしてでも、どうにかまた来る方法を探そうかな。向こうの世界でもマミさんとは会えるだろうから」
「そういうものかね」
「うん。だから心配しないでね、霖之助さん。ちゃんと会いに来るから」
「……それはありがたいことだ。君が居なくなったら僕もどうにか再会できない方法を探すと思うよ」
霊夢ほどは難しいだろうが、伝手を辿るぐらいはできるだろう。
「あ、ええ? そうなの? へー……そうなんだ」
なにせ宇佐美君は客の中でも非常に重要な立場だから。外の世界の道具を持ち込んでくれる。
それと同じように、エーレンフェストに行けなくなったならばどうにか出来ないものか考えておくべきかもしれない。僕の居場所は幻想郷だとしても、中途半端でマインくんを放り出すのも悪い気がする。
どちらにせよ、まだ向こうではやることがある。紙作りのために一応稗田家にでも資料を借りに行くべきか。
・霊夢かわかわ
・菫子の症状と似てるのは若干フラグ
・外の世界では確かに麗乃が存在していた様子
・電子書籍を手に入れたぞ!(マインを堕落させるアイテム)
・あーー誰かとこたつ入ってぬくぬくしてる霖之助書きてえーー
・仕事忙しくてごめんね