<マイン>
前々からそのうちやろうと計画していたことだけれど、この日は店主さんに簡単な魔法を教えられた。
既に発動したことがある風を吹かせる魔法は、以前に危険な魔力砲を撃った要領で──といっても凄まじく小規模にイメージすることで──割と簡単に吹かせられるようになった。でもこれはマイクロ八卦炉のオート機能が作動している、言ってみればウォーターサーバーを押したら冷水が出るみたいな凄く当たり前の現象で多少魔力がある人だったら誰でもできるらしい。
「なんならルッツが使っても多少のそよ風は生まれるだろう」
「え!? ルッツでもって……ルッツも魔法使いの才能あるんですか?」
「いや、極僅かに魔力を持っているだけで特に才能といった程度ではないよ。どうやらこの街では平民も僅かに魔力を持っているのが普通らしい。魔法が使えるほどではないが、マジックアイテムを発動させられる程度といったところだろう」
「へー……」
そんな中で特別変異的に大きな魔力を持って生まれたら、寿命が凄く短いってかなり困るな……
なんなら平民は一切魔力ゼロ、貴族だけ魔力持ちってなっていれば単純明快なんだけれど。
この日に教えられたのは基礎的な、小さな火を灯す魔法。
こうして基礎を教えられるとなんとも、ファンタジー小説のようでワクワクする。思わずアバダケダブラ!って叫びたくなるような。
さて、店主さんは古そうな羊皮紙の本を持ち出して立て板に水を流すかのように魔法を使うための説明をしてくれた。
「火を灯すと簡単に言うが古来より火というのは神と密接に関わっていた。森羅万象津々浦々におわす八百万の神だがその中でも火というものは特殊な存在である。何故なら火とは自然界においてその殆どは人間が生み出すことによってしか存在しないのだから──(中略)──かつて人々が認識していたのは赤・白・青・黒の四色だというのは以前も説明した通りだがこれは四神にも対応していて、そのうち赤は朱雀に対応する。朱雀は炎帝とも同一視され夏の象徴でもあり──(中略)──この魔導書では西洋の四大元素を元にしているがこれも火・水・風・土とある。八卦炉に対応するように配置すると方位のバランスが──(小休憩)──そしてこの外の世界の道具である『メタルマッチ』は金属でありながら火を生み出す用途だ。え? いや僕はこれで火を付けるのに成功したことはないんだが……ともかく、金が火を生む五行は相乗でも相侮でもない。だが『神皇正統記』では金行に対応する神はオオトノヂ、オオトノベの夫婦神だという説がある。つまりここでイザナギとイザナミの夫婦神が火の神カグツチを生み出したことに繋がり何故夫婦神が火を生み出すのかは製鉄が関係を──(後略)」
……わたし、頑張って聞いたよ。こんなに頑張ったのは司書課程の授業を受けていたとき以来ってぐらい。ノートも取ったけど、読み返してもイマイチ何が要点なのか掴めない感じになった。
いやもう長いのなんの……話が日本神話に行ったり道教に行ったり西洋に行ったかと思えば、現代の道具も搦めてきて……
店主さん、魔法の講義じゃなくて自分が喋りたいこと喋ってるだけなんじゃないかな? って疑うほどだった。一時間でも二時間でも語りだす。途中でお茶をぐいっと飲んだときは喉を回復させた……!ってちょっとボスが再生したみたいな絶望感が出てきた。
半日は掛かった店主さんの「火を灯す魔法の使い方の説明」を要約すると、「イメージして魔力を流す」だった。
……え? そんだけ?
小さい、ガスコンロぐらいの火をイメージ。ふんぬって力を込めてみた。
マイクロ八卦炉(大きい状態だと茶碗ぐらいの大きさ)の中央に火が灯った。
「おおっできた……」
「ふむ。筋が良いね。すぐに成功させるとは。まあ、八卦炉自体が火を扱う道具だから簡単に使えるよう補助もあるのだが」
「あの凄まじく長い説明はなんだったんですか!? 結局イメージの問題じゃないですか!?」
だけど店主さんは涼しい顔で言う。
「魔法とは科学ではない、ということだよ。科学ならば大人だろうが子供だろうが、所定の手順に従って操作を行えば同じ結果が出るが魔法は違う。マインくんが今、ほぼ無意識にイメージ通りの火を魔法で生み出すことができたのは、予め僕の説明を頭に入れておいたからだ。何も魔法の理論を理解しないままその道具を握って念じてみても火花一つ起こらないだろう。強く念じることも理論を頭に思い浮かべることもなく自然に魔法を使っている魔法使いはそれだけ多くのことを学び、脳に刻み込んできたのだ。これは呪術を掛ける際に相手に呪術の効果と儀式を教えておくことで不安感を招き悪い気を生じやすくする方法に類似している。それ故に魔法を発動させるための理論は『呪文』と呼ばれるのだ。魔法の理論を学ぶだけで人は魔法に呪われてしまう。とはいえ魔法の才能……呪文を受け入れるだけの魔力が無ければより意味不明の羅列に聞こえて魔法も形を為さないのだが」
「凄い……解説も長い……」
えーと、つまり数学の概念を知らない人が数字をこねくり回しても意味はわからないけど、概念を知れば計算式を作れる……みたいな?
いやしかし本当に、わたしの頭ではなんで火ができてるのか、ファンタジーな理論はまるでわからないんだけれど。四神とか五行とか四大元素とかはちょっとイメージしづらくて。
どっちかって言うとイメージしているのは、『魔力』を『可燃性ガス』に置き換えて、ほんの少しずつマイクロ八卦炉の中央からガスコンロみたいに吹き出させる。次に大気中に浮いているであろう微細な塵を火種に火花を発生させてガスに点火……みたいな。そういう炎を出す漫画のキャラが居たような。
そうすると常にガス魔力をわたしの体から手に、手から八卦炉に送り込むイメージを続けるのは大変なので、小さなガスの元栓みたいなのをイメージしてそれを開く、閉めるの調整で火を出しっぱなしにしたり消したりとイメージしてみた。
「おおー……そういえば八卦炉から手を離しても魔法が使えるんでしたっけ」
「ある程度の距離まではね」
テーブルの上に置いて火を灯してみると、確かにちゃんと点いた。
「料理とかお風呂沸かすときとか便利そう」
「君以外の八卦炉を持っている魔法使いは色々活用しているみたいだが……君の場合は、家族に教える程度はまだしもあまり大っぴらに使わない方が面倒事を招かないで済むと思うよ」
「そうします」
この世界だと魔法とは貴族の特権。そしてお貴族様っていうのは平民と地位がびっくりするほど違う。
現実の封建社会だった時代よりもその差は大きいんじゃないかな。父さんが門番という、貴族ともやり取りをする仕事をしているから時々愚痴るように口を酸っぱくして言われる。貴族が気まぐれで平民を殺したところで殆ど罪にもならないらしい。(農民とか税を生産する立場の平民を、他領の貴族が殺した場合は賠償問題なんかがあるみたいだけど)
その差を生み出している大きな理由が魔法の存在だと思う。
なのに魔法を使える──下手したら城を吹き飛ばせる威力の──平民が居たら貴族はどう思うだろうか。
処刑して例外を居なかったことにするか、あるいは魔法や魔力を搾取するために飼い殺すんじゃないかな。なにせ人権というものがない国での平民の扱いだ。「なっ!? そんな魔法が使えるとは……君を特例として貴族に準じる魔法使いとして雇おう!」なんてことには絶対ならないと思う。
「ただ家族にはちゃんと説明して、黙っておいてもらった方が問題も少なそうですからね」
「大丈夫そうかい?」
「わたしが魔力を持っていて、健康になったのも魔法の道具のおかげってところは教えてますし、そういうのは他所には内緒にしておこうってことでもう話がついてますから、ちょっと火を起こせるぐらい平気ですよ」
こっちの世界の家族が、娘が魔法を使えるからといって魔女狩りだ!みたいに恐れたり嫌ったりしないのは助かった。むしろ貴族の危なさは父さんが人一倍知っているから、まだ理解がある方じゃないかと思う。
そして火起こしができるとなるとご家庭での利点。全部代用できるってわけじゃないだろうけど、薪代が浮く。これは地味に家計を助けると思う。なにせ、普通は子供が拾ってくる薪だけれど、わたしが役に立たないことでトゥーリが頑張っても足りないのだ。そうなると買わないといけなくなって家計を圧迫している。と、思う。正直薪を買ったことないし、生活費にどれだけ掛かっているのかわからないから詳しくはわからないけど。
ついでに、どうして紙を作るより先にこっちを覚えたかというと、
「これで紙作りのためのお湯を沸かすのが楽になりますね!」
ということだった。少なくとも材料となる木を茹でたり蒸したりしないといけない。材料によっては数時間は蒸さないと皮が剥げないものもあったと思う。そうなると薪を用意するのも大変だ。
「何事も使って慣れてみないといけないが……風呂でも試しに沸かしてみるかい?」
「はい! ぜひ!」
お風呂! これも薪を結構使うから申し訳なかったのだけれど、わたしが自分の力でお湯を沸かせるとなれば多少は気兼ねなく入れるかも!
家でお湯シャワー浴びるのも、湯を沸かすのが楽になれば便利だ。
なお誘拐の遠因になったと思われる、お風呂で身ぎれいにしよう計画。ご家庭で話し合いました。
見た目をこざっぱりしていると誘拐犯に狙われやすくなるのでは? そもそもうちの娘も嫁も風呂に入らないでも綺麗だし。
そんな感じで父さんが凄まじい葛藤を見せたんだけど、試しに母さんを姉妹で洗ってみたところ(うちには試作型リンシャンがあるので洗剤に困らなかった)濃厚エーファスープが取れたものの、母さんがランクの高い美人に変身。
もう女優って感じ。体つきも何人も産んだ経験があるとは思えないグラマーでセクシーなので、セクシー女優って感じ。あれ? セクシー女優ってこんな使い方で合ってたっけ?
ともあれ嫁の変身に父さんがノックアウトされ、香霖堂から持ち帰った手鏡で自分の姿も確認した母さんもガッツポーズ。
お風呂文化はうちに導入されることになった。
それはいいんだけど、誘拐リスクに関しては暫くの間、衛兵内でも誘拐特別警戒状況になっているらしく暫くは犯罪も少なくなるということ。特に門を出入りする旅商人や川の船で働く者には厳しい目が向けられるらしい。
それに、外に出かける子は全員ホイッスルか叫ぶ野菜リーガを持ち歩くこと、最低でも二人一組で動くこと、わたしは父さんが送り迎えすることなど様々な対策も行われることになっている。
その間に下町でシャワー文化を流行らせれば身ぎれいな子が増えて、わたしやトゥーリだけ狙われる確率が減るだろうことを話し合った。赤信号みんなで渡れば怖くない。銭湯なんかを作ってお風呂を流行らせれば利権だとか疫病だとかそれこそ銭湯に関わる犯罪とかの責任が発生するけど、勝手にみんながシャワー浴びるようになればその過程で起こる問題は自己責任で済ませられる。
こっちの世界の、汚い下町で暮らしている人たちだって綺麗になることに興味がないわけじゃない。母さんがリンシャンをつけて井戸端会議に出たら評判になったぐらいだ。ルッツのおばさんだって使いたがっていた。なら多少面倒でも、三日に一回ぐらいでもシャワー文化が根付く可能性は大いにある。
目指せ! 下町の環境改善!
「……ところで店主さん」
「なんだい?」
「わたしみたいな子供でも火を出せる道具を普通に作れるのに、なんでこのお店では竈とかお風呂場とか薪なんですか?」
「……色々理由はあるが、まあ面倒なんだ。魔法を使うと疲れるから」
「そ、そうですか?」
そんなものだろうか。他人の感覚ってよくわからないけど、わたしは魔法を使ってもあまり疲れたり息切れしたりしない。体を使う方がよほどしんどい。
「日常的に使うといえば……身体能力を向上させる魔法とかって無いでしょうか。運動ができるようになれば人攫いから逃げたり、作業をしたりお店に歩いてきたりするのに便利だと思うんですけど」
「無くはないが……種類が少ない上に僕は使えないから、まず幻想郷で習ってこないと難しいだろう」
「少ないんだ」
「考えてもみたまえ。魔女や魔術師が凄まじい速さで走り回って力こぶを作って殴り合ったりするものだろうか?」
「そういうフィクションのファンタジー小説は読んだことがありますけど、現実的に考えるとあんまりいなそうですよね……」
現実的な魔女っていうのもなんだって話になるけど。まあ要するに、悪魔崇拝をして黒ミサを行ったり、先祖伝来の薬学を学んでいたり、或いは大釜をかき混ぜているおばあさんとかそういうのだ。
運動が得意なイメージはまるで無い。むしろ不健康な感じがする。
「身体を強化させる術法というとむしろ西洋よりも東洋に多い。仙術や道術ではよくあるものだし、幻想郷にいる身体強化のオーソリティたる魔住職は仏道だ」
「仏道に身体強化させる術があるんですか?」
「もちろんだとも。道場法師を知っているかね? 怪力無双だった飛鳥時代の僧侶だ」
「え、ええと聞き覚えがあるような無いような……『今昔物語集』に出てきました?」
「そっちに出てくるのは孫娘の方だね。道場法師は寺に住み着いた人食い鬼の髪の毛を掴んで地面に叩きつけて退治した」
「バイオレンス!?」
「まあ道場法師は雷神から授かった子なのだが……その孫娘が仏道的な加護を受けているのだね。彼女は前世に、金剛力士へとモチをお供えしていた功徳によって生まれつき金剛力士の怪力を得たと言われている。丘に上げた船を一人で引っ張るほどの強さだ」
「コスパがすごくいい強化方法ですね……」
モチをお供えして金剛力士(ギリシャ神話のヘラクレスとも言われている)のパワーが手に入るならみんなお供えしそう。
「僕が思うに魔住職は魔力による奉納で自分の身体能力にそれこそ強力な天部の加護を乗せているのではないかと思うのだが……そうとでも思わなければ人間の魔法使いとして破格の身体能力を発揮しすぎている……」
「どんな身体能力なんですか?」
「この街の東から西の門ぐらいなら数秒で駆け抜けるだろうし、体を固めれば八卦炉から放たれる魔力砲をも受け止めるとか」
「そんな超人みたいな身体能力は要らないですから! 人並み程度で!」
歩くのに疲れない程度と、水汲みで倒れないぐらいでいい。
それを望むのならば、と店主さんは子供に諭すように言う。好き嫌いせずにたくさん食べてよく眠り成長しなさいと。
それはそうなんだけれど。
お風呂場に行って風呂釜にて八卦炉の火力を試すことにした。といっても非常に強い火力を出すわけじゃない。薪を並べた程度の火力でいい。
炉自体を竈に置いても大丈夫なものかと店主さんに聞いたけど、それこそ神火を受けても平気な道具だから安心しなさいと言われた。なので八卦炉を置いて火を付ける。中の水が温まるまで暫く掛かるだろう。
意識を別のことに向けても本が消えないように、火力維持をイメージしておく。
「待っている間、本を読んでていいですか?」
「構わないよ。……ああ、そういえばこういうのを譲ってもらったのだった」
店主さんが取り出したのは薄い手帳のような板で……タブレット?
「これは『電子書籍リーダー』というらしい。明治頃の小説がたくさん入っているようだ」
「電子書籍だあああ!! わあああい! うひょーって言っていいですか!? うぎょー!」
「……大喜びだね」
電子書籍! それは本業界の革命。
いや、わたしも本フェチとまで呼ばれた本マニアで、良さそうな本には頬ずりして触感を味わうことも珍しくない物理書籍好きだ。あのずっしりとした頼もしさと新刊の紙の鋭さや古書の馴染んだ紙の柔らかさなど、字が読めない本でも本に触れているだけで一日時間を潰せる。
しかしだからといって電子書籍を侮っているわけじゃない。一番の利点は小さい端末で何十冊も本を持ち歩けること。本に埋まって死にたいけれど旅行先には多量の本を持ち出せない。そんなときは電子書籍を活用して本を読んでいた。
早速それをスワイプして書架の一覧を見ると、青空文庫から取ったと思しき古めの本ラインナップが並んでいる。
んっふっふー……
いやね、わたしだって有名所の青空文庫は既に読んでいるんだけど、さすがに全部読んでいるわけじゃない。世の中には読むべき本が山程あって、青空文庫は言ってみれば無料であり「いつでも読める枠」として後回しにしていた感がある。だからまだ読んでいない本が沢山だ!
掘り残したまま失ってしまった金鉱脈を再発掘したようなワクワクがわたしの胸を満たした。
「あれ? でもこれ……充電切れたらどうするんですか? 八卦炉から雷を出したりとかで?」
「……一度、雷を操る亡霊に電化製品への給電を頼んだことがあるが、一発で壊れてしまってね」
「あー……変電設備とか無いですからね……」
コンセントにスタンガンを押し付けてもまともに家電が動くはずがない。
「そういったタブレットの類は、専用の手回し発電機があるから自分で使う分は自分で充電しなさい」
「わかりました! 任せてください! 本のためなら、謎の木の棒を延々とぐるぐる回す労働だってやります」
「なんだい、それは」
「わかりませんけど」
えーとまず何を読むかな!? お風呂を沸かしている途中だから……徳田秋声の『風呂桶』ってやつから読もうかな。徳田秋声なら『あらくれ』を読んだことがあるけど。
『──津島はこの頃何を見ても、長くもない自分の生命を測る尺度のやうな気がしてならないのであつた。
好きな草花を見ても、来年の今頃にならないと、同じやうな花が咲かないのだと思ふと、それを待つ心持が寂しかつた。
一年に一度しかない、旬のきまつてゐる筍だとか、松茸だとか、さう云ふものを食べても、同じ意味で何となく心細く思ふのであつた。
不断散歩しつけてゐる通りの路傍樹の幹の、めきめき太つたのを見ると、移植された時からもう十年たらずの歳月のたつてゐることが、またそれだけ自分の生命を追詰めて来てゐるのだと思はれて、好い気持はしないのであつた──』
『風呂桶』は私小説であり、時間の流れに焦燥感を覚え、人間関係に神経質になってきた心象を書いたものだった。
自分の命が縮んでいく気分に苛立ち、途方に暮れ、どうにもたまらなくなる。
短い小説だったけれど何処か没入させるものがある。
ひょっとしたらわたしも、いつ死ぬかわからない状況のままだったなら。
年が明けて木々に葉が芽吹き出すのも疎ましく思ったり。
トゥーリが夏には洗礼式を経て一つ大人になるのを羨ましく妬み。
お風呂に入れずに洗濯桶の中で、自分の体はいつまで持つだろうかと棺桶に入った気分になっていないだろうか。
そうはならなかった幸運を私は噛み締めながら、次の小説を読み始めた。
……没頭。
******
「……はっ!?」
何が起こったのか、わたしはお布団で寝ていた。額には濡らしタオル。起き上がると、浴衣を羽織っていた。
うわ……浴衣ってまるで裸の上に布を巻いてるみたいだ! いや違う。服って大体そういうもの。困惑して妙なことになった。
えーと、さっきまでお風呂場で本を読んでいたんだけど……マイクロ八卦炉は手元にある。服は枕元に畳んで置かれていた。なにか間違いが起こった!?
「おや、起きたかい」
なんとも言えない、哀れんだような表情でお盆に水差しを乗せて持ってきた店主さんがそういう。
わたしが口を半開きにしていると彼が盆を床に起きながら告げた。
「君は風呂場で湯を沸かしたまま本を読みふけり、湯が沸騰して蒸気がもうもうと立ち込めたのに気づかずに読み続け、やがて蒸気で湯あたりして倒れたんだ」
「ええええー!?」
そ、そんなことが!?
確かに、前世だとお風呂に入りながらビニール袋にいれたスマホで電子書籍を読んでいてのぼせたことが十回や二十回ぐらいはあったけど……
大菩薩峠を読みふけっていたのがいけなかったかな……
「それで体中湯気で濡れていたからひとまず浴衣に着替えさせて拭いておいた」
「お恥ずかしい限りで……」
がっくりとくる感覚と羞恥心で俯いた。これじゃあわたしがまるで駄目な子みたいだ!
裸を見られた上に拭かれたのは軽くショックだけれど、言ってみれば他人みたいなこの世界の父さんにだって拭かれたことがあるのでぐっと堪えられる範疇だった。イケメン無罪……というか完全に店主さんが保護者というか救助というかそういう感覚だったから。
「とりあえず君は火を扱っているときに読書は禁止だ」
「申し訳ないです……」
その日は結局、火を灯す魔法の説明を延々受けた後、お風呂場でのぼせてお店での行動は終わってしまった。
本を作ろう計画、現在の進展状況。
・マインは火を灯すことに成功した。
……先は長いかも。
でも本は沢山読めたからわたし的に今日の満足度は花丸をあげよう。
父さんに連れられて家に帰ると、家族みんなにわたしから説明をした。
「つまり、マインは魔法使いだけど黙っていないといけないってこと?」
「うん。と言っても簡単に火を付けられるぐらいだけど……今できることは」
実際に火を灯してみるとトゥーリと母さんは目を丸くして見たけど、父さんはやっぱり貴族に接しているだけあって何処か不安そうにしている。
「旦那様の言う通り、外では絶対に使わないように。エーファもトゥーリも、絶対に他言するなよ」
「みんなには秘密にするとして、家の竈で使ってもいい? 薪代が浮くよ?」
「むむむ……危なくないか?」
「わたしが薪を扱うよりは危なくないと思う」
自慢じゃないけど火打ち石で薪に火をつけようとして体力が尽きかけたことがある!
いやもう、石同士を強くぶつけるのって指を打ちそうで怖いし……全力でやって火花がちょっと飛び散ったのを着火させるのって難しいし……
ちなみに店主さんはメタルマッチ(金属の棒で強く削るように擦ると火花が散る)を二本持ってカチンカチンと打ち付けて首をかしげていた。使い方が違う……
それはともかく、何にしても使ってみようということになって竈に八卦炉を置いて火をお鍋に掛けてみた。
このマイクロ八卦炉はお値段が大金貨数枚以上だと聞かされている両親はかなり不安げだったけど、既に練習済みだから大丈夫だと説得。
ゴーっと音が鳴ってお鍋の湯が湧き出す。
「あら。これ便利ね」
「火力の調整もできるんだよ。強火から弱火にして……」
「冬ごもりの間に欲しかったわ……」
確かに……
基本的にこの家は暖房器具は置いていない。家を温めるのは竈を扱った熱だけだった。
つまり晩御飯を作ってから暫くはじんわりと温かいのだが、夜中にでもなると冷えてくる。なので、冬の間は晩御飯を食べたら暖かくて眠れそうなうちにさっさと寝ていた。
火を掛けっぱなしで眠るっていうのはあまり褒められたことじゃないけど、例えば寝る前までにお湯をずっと沸かし続けて部屋を蒸気で温めておけば随分過ごしやすかっただろう。
また、冬の間は雨戸も閉めっぱなしになって家中暗い。蝋燭を灯して小さな灯りで手仕事をするのだけど、八卦炉から灯される火があれば蝋燭もいらなかったかも。
そういった便利さはわたしよりも長年過ごしている父さんと母さんはすぐに思いついて、燃料の要らない火の利点を認めた。
「魔法はどうなるか俺にはさっぱりわからないから、程々にな」
父さんもそう言うので、我が家に便利なコンロが導入されることになった。生活よ楽になれー!
マインは薪マインに進化した
昔書いた別の小説でも薪要らずの主人公がいたけど、考えれば考えるほど中近世の文化レベルだとすごく生活に便利だ
こっちのマインちゃんは生き急いでない分、生活を向上させるのにリソースを回す
ちなみに霖之助の魔法講義は8割ぐらい無駄な話である
・魔法無駄話。実は霖之助、既にパチュリーのところから入門書を借りてる。そこ書くと長いから…
・深刻な環境じゃないためかマインちゃんのアホ度が上がっている
・その結果、霖之助から見た駄目な子指数が上昇。
・マインの家族は原作でも娘が魔法を使ったりしても怯えず、いろんな秘密はしっかり守っている。なのでちょっと便利な薪マインは受け入れられる