本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左道

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27話『少女の服を売り買いするものたち』

 

 

<森近霖之助>

 

 

 商人として、大きな額の取り引きが増えるというのは自慢に思っていい。丁々発止に客と商談で駆け引きを行うのは楽しくもある。

 と同時に、どこか込み入った煩雑さを感じるのは普段の静けさに慣れすぎてしまったからだろうか。

 

「だからその職人と是非話を付けさせてくれと頼んでいるんだ。古道具屋が囲うような仕事じゃないだろう?」

「残念ながら彼女はこの街に居ませんので」

 

 ふう、と説明に困りながら迫ってくるベンノへと返事をした。

 再び店にやってきたこの洋服屋の旦那は、以前に売った古着のエプロンドレスを解析して少数生産ながら一部の顧客に販売しているらしい。

 何度となく店に来て、フリルの部分はどうだとかボタンの材料はなんだとか聞いてきて、外の世界の糸と縫い針に高い値を自分から付けて購入していったりしてようやく実が結んだようだ。

 

 そして今日は一段落ついたエプロンドレスに続く商品を探している。服や装飾品以外にも興味はある様子なものの、取り扱う余裕が無いとかブツブツ呟いていた。

 血走ったような目つきで店内を眺め回して衣服や装飾品の類を探し──店に飾ってあるアリス人形に目をつけた。

 アリスの作った人形にはそのどれも、縮小されているが細かい刺繍や細工まで作られた衣服を身につけている。火薬を詰めて爆破するための人形ですらその手間は惜しまずに彼女が手づから服を作って着せているのだ。偏執的といっても過言ではない。

 ともあれ、その人形の服をひと目見ただけで何か惹かれるものがあったらしい。少女人形に惹かれる男というと語弊がありそうだが。

 ベンノはアリス人形を購入したいと申し出たのだが、生憎とそれは売り物ではない。それどころか僕の物ですらない。知人から預かっている、と説明したのが悪かった。

 その知人とは誰なのか、貴族なのか平民なのか、どこに住んでいるのか、知人はどうやって人形を手に入れたのかと質問の嵐だ。

 どう言われようがベンノとアリスを合わせることは不可能だ。アリス人形による異世界行動計画は地道に進んでいるものの、まだ自由に動けるわけではない。

 あまり秘密にして彼に付きまとわれるのも厄介ではある。さてどうしたものかと考えて、こう尋ねた。

 

「聞きますが、お客様はこの人形が必要なのではなく、人形が着ている服の一着……それも人間サイズが必要なので?」

「まあ……そうだが」

「では人形を作った職人に僕から制作を依頼することは可能です」

「できるのか!?」

 

 ベンノをアリスと合わせることはできないが、ベンノの依頼をアリスに伝えることは可能だ。アリスが作成した衣服を香霖堂に持ち込み、彼に売ればいい。

 ちらりとアリス人形を見ると、ベンノは気づいていないがこくりと人形の首が縦に動いた。

 本人とは隔絶された異世界にあるこの人形をアリスはまだ自由には動かせないが、アリス人形は香霖堂の内部のみ多少の行動と情報をアリスに伝えることができるようになった……らしい。理論的には。言葉は喋れないが、頭を動かして意思疎通を取ることは可能だ。

 霊夢曰く「式神で監視されてるみたいね」とのことだが……まあ、彼女も悪用はしないだろう。そもそも現状ではアリスが幻想郷側の人形の近くにいなければ感覚を捉えられないようだ。必然的に泊まりこむことが多くなったが、研究のためには仕方がない。そういった研究者は往々にして強引なものだから諦めもついていた。そのうち更に遠隔……つまり彼女の家からでも操作できるようになるだろう。

 

 それはともかく、アリスに仕事の依頼を受けてもらうことには有益なことも存在する。

 エーレンフェストでの通貨をアリスが受け取ってもそこまで意味がないが、代わりにエーレンフェストの魔法素材や魔力結晶を僕から購入するための稼ぎになるだろう。

 家事まで身をやつして魔力結晶の対価にしていた彼女だ。ここで対価を得られるのならばそれもありだろうと確認し、人形も頷いたので納得したようだった。

 

「とりあえず作るにしても服の寸法はどうしますか?」

「ふむ、そうだな……」

 

 ベンノは少し考えてから詳しい寸法の数値を伝えた。服飾を扱う旦那だけあって不足は無い情報だが、すぐに出てくるとは。

 

「……試着させる先として、俺の妹を使っているからサイズは覚えただけだ。他意はないぞ」

「はあ」

 

 とりあえず言われた数字を帳簿に記録しておく。エーレンフェストは寸尺の単位が違うので後で直しておかねばならない。

 僕が紙に書き留めているのをベンノが凝視していた。なんなんだろうか。この熱意。商売人として正しいのかもしれないが、若干面倒だ。

 

「前から気になっていたが、その紙はなんだ?」

「……外国の紙ですよ」

「作り方はわかるのか?」

 

 さて、また厄介な質問だ。わかると答えれば教えろの売れのと商談を挑んでくるだろう。だがそもそも僕はそこまで製法の売買に興味はない。マインくんが熱意を持っているので手伝っているだけだ。

 そしてマインくんと話し合った結果、この街でもっとも商売に関して詳しいであろうギルド長に話を持ちかける、ということになっている。幸いなことに僕がギルド長と繋がりがあるので、無視されることもないだろう。

 だからベンノに教えるわけにはいかない。だからといって売約済みというのは嘘にあたる。まだ今日、軽くフリーダ嬢に聞いてみるという段階だった。道具も揃っているが試作品も作っていない。しかし製法を知らないというのもまた嘘であり、後々僕たちがギルド長に製法を売ったことがわかれば騙されたと思うだろう。

 

 商人の世界では騙し、騙されるのは常だ。嘘も方便、取引先を天秤に掛けるのは当たり前のことである。古物商なら三日後に予約をしていた客よりも、高値を付けて即日買い取りを申し出た客に商品を売り渡すのも珍しくない。

 しかしだからといって無闇に波風を立てていては商人としての信頼を失うことになる。商人というものは、売り物を実際の値段以上に上乗せした価格で売りつける仕事をする。その上乗せ価格は経費でもあるが、信頼を利益にしているのだ。あの商人がこの価格で売るのならば、それを信じて買おうと客に思って貰わなくてはならない。

 ましてやベンノは、もしかすればアリスの作った衣服を買い取ってくれる取引先になるかもしれない。関係を悪くするのもはばかられた。

 

 とりあえず僕は茶を啜ってさてどうしたものかと考えていた。ベンノが焦れたように睨んできていたが、さしたる問題ではない。

 

 ──カランカラン。

 

 そうしていると、ドアベルが鳴った。顔を上げると外には馬車が見え、マインを先頭にフリーダ、ギルド長の三人がやってきたようだった。どうしてギルド長までいるのか……向こうで本格的な商談になりそうになったから、マインくんが連れて来たというところだろうか。

 振り向いたベンノが露骨に顔を歪める。彼の姿を認めて、ギルド長が話しかけた。

 

「おや、ベンノではないか。お前も商談か?」

「……今、店主と交渉して外国の服を作る職人との繋ぎを取ったところだ。言っておくが、既に似た系統の服を作れるうちの店でしか再現できない技術が多く含まれている」

 

 多少は誇張の入った言葉でギルド長を牽制しているようだ。確かに、大枚を叩いて取り引きをしたというのに、より資金力のあるギルド長に買い取られてはたまらないだろう。その程度は先に商談に来た彼を優先させる義理も僕にはある。

 ギルド長は「ふむ、それは結構」と鷹揚に頷いた。ベンノは警戒しているようだが、ギルド長は些事と捉えているらしい。

 

「ようこそ香霖堂へ。……マインくん、二人を連れてきた説明をお願いできるかい」

「は、はい! えーと、『レストラン』と『製紙業』の話について、わたしだけでは難しいので店主さんを通して欲しいと判断しまして……」

「なにっ!? くっ……嬢ちゃんの方を狙い撃ちにされていたか……!」

 

 驚くベンノはともかく、製紙業はともかくレストラン?

 推察するに、菓子の製法などを売るついでにそれを一般人でも食べることができる料理屋を出してはどうかという提案をしたのだろう。

 幻想郷の人里では、幸運にも(不幸にもだろうか?)幻想郷に迷い込んで無事に人里へ辿り着いた外来人や、貸本屋で売られている外来本のレシピの知識を使って、二十年ほど前には見られなかった外の世界の料理や菓子を売り出す店が近頃は流行っているとのことだ。

 僕があまりやる気が無いだけで、本や外の世界の知識を活かした商売をすることが悪いこととは思わない。僕が幻想郷に来る前に寄る辺無く放浪していた頃だって、聞きかじりの占い、見様見真似の野鍛冶で生計を立てていたことだってある。その知識を持たない地域に異なる知識を齎すことは、ときに危険で面倒事にもなるが役立ち尊重されることもある。 

 日本全国に残る来訪神が訪れて恵みを与えてくれるという民間の説話も、船でやってきた外国(この場合は日本という島国の中でも別の地域であることも多いだろう)の者がその町や村で見られない道具、知識を与えることで生まれたものも少なくない。

 

 それはさておき。

 ……ベンノとの商談でも多少気疲れしたのだが、どうやらこれからが本番らしい。

 

 商人として、取引先とこういったやり取りをするのは本懐であり、街を代表する商会の長相手に大きな事業の話を進めるというのは中々に経験できないことだ。

 だが非常に面倒だと感じてしまうのは、僕がやりたい仕事ではないだろうか。或いは僕が商人というか、商半人半妖だからだろうか。

 僕はひとまず茶を飲み干して、困っている様子で僕の対応を伺っているマインくんに目を向け──大きなため息を飲み込んで新たな商談に挑んだ。

 僕の商売ではないが、マインくんの商売を助けると約束をした。いずれ僕は居なくなる来訪神かもしれないが、マインくんが一人でも夢を叶えられるように少しぐらいの面倒は我慢するべきときだろう。

 

 

 

 

 

 ****** 

 

 

 

 

 アリスの人形に付与された遠隔視と情報の送信に関しては、僕の店の商品であり河童の技術で改造されたビデオカメラという道具の用途を溶かし込んで制作された。

 幻想郷で写した写真がエーレンフェストに持ち込めるように、エーレンフェストで撮影した映像は幻想郷に持ち込めるようだ。ただし普通のカメラでは録画、撮影した映像は朝になって僕が幻想郷に戻ってこなければ見ることができなかったが、マインくん診察用に作ったオカルトカメラを流用することでどうにかできそうだったのだ。

 昨日は丁度試運転であり、アリス……と見物に霊夢と魔理沙が泊まり込んで見学をしていたようだ。

 朝に目覚めると炬燵のある部屋では魔理沙と霊夢がぐっすりと寝込んでいた。アリスは人形の調整をしている。テーブルにはモニター(これも河童のものだ)が置かれていて、それで異世界の様子を皆で見ていたようだった。

 

「おはよう、霖之助さん」

 

 顔を向けたアリスが挨拶をしてきたので、返事をしてから尋ねた。

 

「それでどうだったんだい? 実験は」

「完全に成功とは言い難いわね。多分、人形を幻想郷からの遠隔操作という方法が余計に難しくなっているのよ」

「というと?」

「こことエーレンフェストでは空間どころか時間の流れにも隔たりがあるから、同時に観測していると矛盾を抱えて魔力の接続が途切れるの。例えば……霖之助さんが香霖堂で眠ってから今起きるまで、ざっと八時間ぐらいだったわ。でもエーレンフェストで過ごした時間はもっと長い時間じゃない? だから人形で向こうの様子をリアルタイムに観測していると、向こうではまだ昼間で霖之助さんが活動しているのに、こっちの霖之助さんが起き出してくるってことになる。実際は映像が途切れ途切れになって、一日の極一部しか観測できなかったわけだけど」

 

 まあ確かに、丸一日見ていたとなると一晩じゃ時間的に無理がある。

 アリスは遠隔操作ではなく憑依型の術式に切り替えるとかなんとか言っていた。あまり矛盾を解消しようとすると思わぬ反作用を生み、下手をすれば仲介している僕に悪影響があるかもしれないとのことだ。

 

「霊夢と魔理沙は早々に飽きて寝たのかい?」

「二人とも、霖之助さんがまともに商売をしているものだから驚いていたわよ」

「たまにはまともな客として来て欲しいんだけどね。アリスに服の注文があったから受けておいてけど大丈夫かね」

「勿論。幻想郷だと洋服はあんまり売れないから助かるわ」

 

 基本的に人里の人間は、一部の者以外は和装をしている。主に洋装をするのは妖怪などが多いが、力を持つ者は自らの魔力や妖力で服を作り出したりするのでアリスの作った服が売れるわけではない。

 紅魔館のメイド服などは大量に必要な気がするが、そこは手際の良いメイドがすべて揃えているのだろう。

 

「ちなみに幾らぐらいで売ることになったの? 向こうのお金はよくわからなくて」

「大金貨二枚といったところだね。そうだな……人里にいる門番の給料200ヶ月分……ぐらいか?」

 

 ギュンターも門番の兵士だから似たようなものなので、そう例えて言った。アリスは「ぴゃ!?」と驚いた声を出した。少し珍しい慌てた姿で、思わず僕も意外そうな顔をしてしまっただろう。

 そして声を顰めて疑わしそうに聞いてくる。

 

「……なにか魔法も込めた注文をした?」

「いや、いっそ何も魔法は掛けないでくれたほうがありがたいと思うが……」

「裁縫の腕には自信があるけど、そんな普通の人が十年二十年も働かないと買えないような値段で売る服じゃないわ」

「向こうでは貴族に売るらしいから大丈夫なんだろう」

 

 ここ幻想郷ではあまりピンと来ないかもしれないが、元来異国からの品物……舶来品というのは非常に高価な値段が付けられるのは当然なのだ。

 有名なところでは種子島に伝来した火縄銃。西欧では型落ちした火器だったが、最初に購入した種子島の殿様は2000両という大金を支払った。服も文明開化して洋装を着だした頃の日本でも、ドレス一着手に入れるには非常な高額で華族でも困難だった。マインくんのアイデアに大金が支払われるように、幻想郷の現物商品にでも同じことだ。

 何か視線の圧を感じて顔を向けると、突っ伏して寝ていた霊夢と魔理沙が瞳孔の開いた目でこちらを見ていた。

 

「霖之助さん。巫女服の古着って売れるかしら」

「それは次の代の巫女に残しておいてやりなさい」

「香霖、わたしの古い服って」

「君はもう僕に下取りに出しただろう。というか君たち、僕が作ってあげた服を容赦なく売ろうとしないでくれ」

 

 僕が売るならまだしも。

 

「とにかく香霖! なんか洋服があれば高く売れるんだな!?」

「まあ……交渉次第ではあるが、売ってどうするんだい? 向こうの通貨はこっちでは使えないよ。まあ、僕が両替はできるが……」

「そりゃあわたしだって異世界の魔法素材とかマジックアイテムとか欲しいし。異世界キノコとかも」

「私はすき焼きが食べたいわ霖之助さん。牛肉って売ってなかった? あんまり幻想郷じゃあ手に入らないのよね」

 

 魔理沙はアリスと同じく素材。霊夢は珍しい食べ物が目的で商売に参入するつもりのようだ。すき焼きなんてどこで食べたのだろうか。幻想郷では殆ど牛なんて食べないから、八雲紫が牛肉とかお歳暮でくれたのかもしれない。隙間牛とかそういうのを。

 まあ……彼女らが古物として僕の店に持ち込んで買い取った品物を、別の客に売るわけだから本来の古道具屋の営業と言えなくもないが。

 

「洋服があれば……というが君たちはそんなに裁縫得意でもないだろうに」

「いや! ズバリ洋服を合法的に手に入れる場所を知ってるんだぜ」

「どうやら考えることは同じようね。他の人に真似される前に行くとするわ」

 

 二人はなにやら企みがあるようで出かけていった。寝起きだというのに元気というか現金というか。あまりいい予感はしないのは何故だろうか?

 

 

 

 出かける用事があるのでアリスにミシンなどを貸す代わりに店番を頼んだところ、

 

「いいわよ。行ってらっしゃい、旦那……ごほん! 霖之助さん」

 

 と、快諾された。なにやらいい間違えそうになっていたが、家事手伝いをしたときの癖だろうか。

 

 レストラン……洋食店についての知識は多少なり僕も持っているが、実際に見たことなどないのだ。昨日はどうにか話を進めたが、詳しく聞かれると非常に困る。マインくんの事業とはいえ、後見人として責任の一端を負う立場からすればわからないままなのは問題だった。

 かといって人里にレストラン然とした洋食店があるわけではない。外来の料理を出す店はあるが、店構え自体は蕎麦屋だの居酒屋だのとそう代わり映えしない。目的は外来本の置かれている貸本屋『鈴奈庵』であった。そこには写真などで外の世界の風俗を解説している本が沢山あるという。

 一応確認しておくべきだろう。飲食店の主人になるつもりはまったくないが、他人の商売に助言をするというのは大商人らしいことかもしれないと前向きに考える。思えば霧雨の親父さんも道具を取り扱う仕事ではあるが、例えば飯屋を開きたいと相談に来た者に親身になって話を聞いて、店の道具を揃えてやったりしていた。知恵を貸すのも似たようなものか。

 

 鈴奈庵に入ると分厚い眼鏡を掛けた少女が熱心に読書をしていて、客の気配を感じ取ったのかびくりと背筋を震わせて引きつった笑みを浮かべながら応対した。

 

「い、いらっしゃ──あ、香霖堂の店主さん」

「どうしたんだい、小鈴くん。随分顔色が……ああ、借りた魔導書を読んでいたのか」

 

 以前に彼女と紅魔館の大図書館まで赴き、パチュリーと交渉をして図書館の使用許可を取ったところだった。

 まずパチュリーに本を貸すという行動がよかったのか、僕も彼女も無料で本の貸し借りができるようになった。僕はおろか小鈴くん以上の書痴であるパチュリーは、普通は俗世間のことに関して鬱陶しく思っているようなのだが本の内容について話す相手は拒まないらしい。あれやこれやと外の世界の技術や式神について話をすることもあった。

 ただ彼女が一人で紅魔館まで出かけるのは危なっかしいので、行くときは霊夢に同行を頼んでいるらしい。霊夢はレミリア・スカーレットに茶菓子をたかるついで、といった風に面倒を見ていた。

 

「妖魔本とはまた違うんですけどこれはこれで興味深いですよ! というか分類的に、魔法使い種族が書いた本って妖魔本になるんですかね?」

「独自の文字を使うことは魔導書だと稀だが……天使文字という字体で書かれたものもあるか。天狗の中には人間の修験者が变化したものもいるというし、天狗が書いた本は紛れもなく妖魔本なのだから魔法使いも似たようなものではないかな」

「というと、案外魔法使いって西洋天狗だったりするんでしょうか」

「空を飛び、妖術を操り、人里離れた山に住まう。ときに人を住処に攫ったりもする……と考えれば近い存在といえるかもしれない」

 

 中国では天狗は空駆ける流星の呼び名だったことも考えれば、箒に乗って流れ星のように飛び回る魔女もそこから来た可能性がある。

 

「まあそれはともかく。魔導書の中には罠のように読むだけで発動する呪いが仕掛けられていることもあるから注意するんだよ」

「……」

「小鈴くん。そのバツの悪そうな顔は……まさかもう呪いの本が」

「出ちゃいましたねえ」

  

 聞くところによると、何冊目かに心得のない盗人向けの呪いが仕込まれていた本を読んだらしく、呪われてしまったようだ。

 慌てて彼女は寺に駆け込んで魔法住職に相談し、説教とありがたい経典を写経してどうにか解呪できたという。

 

「気をつけたまえ……という説教は散々されただろうから今更言わないが」

「それより店主さん、今日は何をお求めですか?」

「ああ、外来本で……料理店などを解説した本が置いてあるかい?」

「グルメ本ってやつですね! 少々お待ち下さい」

 

 と、彼女は迷うこと無く本棚を進み、何冊かの本を持ってきた。色あせたような本や、それと比べるべくもない高性能なカメラで撮影した写真が掲載されている本など、様々だ。

 概ね構成は大きな写真で店舗と恐らく主力商品としている料理を載せ、主人のインタビュー、料理のレビュー、記者の私見などが書かれている。なぜラーメン屋の主人は黒いシャツでタオルを頭に巻いて腕組みをしている姿が多いのだろうか?

 ふとそれを見ながら香霖堂が本に掲載されている未来を幻視した。幻想郷の中心にして異界との交易道具屋、香霖堂。今ではお客が絶えません。……なんだろうか。明るい未来なのに現実味を感じないのは。

 

「こういう本をどうするんですか?」

「実はね……」

 

 小鈴くんに聞かれたので、噂の異世界香霖堂にて見習いになろうとしている少女マインが、前世である外の世界の知識を活かして料理店を出す……正確には利益の大半を手放す代わりにギルド長に出してもらうことにした事情を教えた。

 あの後マインくんがギルド長を連れてきたので本格的な仮交渉(と表現すると妙だが)が始まり、幾つか決められた。主題はマインくんがどれほど儲かるかではなく、どれだけ面倒事に巻き込まれないかだ。その点ではギルド長がかなり手を尽くしてくれるようだ。

 問題は紙の製法や料理のレシピに目を付けた貴族が横槍を入れるなり、製法や職人を奪うなりするのではないかということだったが、したたかなギルド長はあの街で行われている契約魔術に関して、もしかすれば貴族以上に知識があるという。

 

 契約魔術はエーレンフェスト及びあの世界で使われている魔術で、名前の通り契約書に記された内容に関して違反すれば危険な呪いが降りかかるような罰を与えることができるものだ。 

 これは力ある貴族側があまりに横暴に平民の商業などへちょっかいを出してはまともな産業が作れないことがあるため、領主が保護のために平民へと出しているものだ。商人の中でも上位の貴族と取り引きする者しか使えず、特殊な魔力を持つインクも非常に高価だという。

 この呪いに関して恐ろしいところは、下手をすれば契約者以外にも損害を与えることが可能だということだ。例えば「ギルド長のレストラン以外で指定されたレシピの料理を作ってはいけない」という契約を交わした料理人が別の店で作ろうとすると下手をすれば死ぬ。更に「契約者に契約を破ることを強要した者がいた場合、その者も死ぬ」という条文を追加した場合はそうなるらしい。

 この契約をそのまま通せるわけではない極端な例であり具体的にはもっと複雑なのだが、この条文を上手く利用することで貴族の横槍を防ぐことが可能だという。契約者以外に被害を与える可能性のある契約書は領主の許可が必要なのだが、そこも言い回しを複雑にして「余程の狼藉者ではない限りは被害が出ない」という風に認めさせればいいと、ギルド長は言っていた。

 強権を振るわれると絶対に勝てないが、如何にして権力者の目を掻い潜り商売をするかも商人としての能力だろう。その点、彼は堅実で真っ当な商売で儲けを出す方法を持ちながらもリスクを抱えてでも新たな商品を取り入れようとする先見の明がある、やり手の大旦那だ。

 

「へえー……異世界の本好きな子がですねえ。あ、そうだ。これうちの目録なんですけど、持って帰ってください。その子も読みたい本があるかもしれませんし」

「おや、助かるがいいのかい? 貴重なものだろう」

「いえいえ、お世話になっていますし、お客さんになってくれそうですから。香霖堂からここまでは遠いですし欲しい本を選ぶのが大変でしょう」

 

 小鈴くんが冊子を渡してきた。そこには手書きで本のタイトルと、おおよその分類が記されている。

 鈴奈庵には何千冊も本が置かれているわけだから、それらを一つ一つ書き記すだけでもかなり手間となるため、この目録自体それほど数を用意していないだろう。稗田家に渡したり、貸本を背負って出先を回っている親父さんが持っていき客に見せるぐらいのものだ。

 「特別に普通なら10冊までですけど、香霖堂さんは20冊まで借りられます!」とサービスまで付けてくれたのは気前が良いからか、案外この店の売上が伸びていないのを上げるためだろうか。

 とりあえず洋食店の参考になりそうな本を数冊と、レシピ本も幾つか借りていくことにした。

 

「そういえば店主さん、人里にある最近できた洋食店はご存知ですか?」

「そんなのが出来ていたのかい?」

「ちょっとお値段が高いらしいんですけど評判ですよ」

「ふむ。一度ぐらい食べてみるか」

 

 あまり食事にこだわらない性質だが、これから飲食店のアドバイザーとなる僕が(ほぼマインくんに任せるとはいえ)まともにレストランとやらで食べたことがないのはいささかよろしくない。

 幸いなことに懐事情もマイン玉こと魔力結晶の販売で余裕がある。そうしようかと思ったら、

 

「ちょっとお値段が高いので私は食べたことが無いんですけど」

 

 小鈴くんがずいっと身を乗り出してそう主張した。この図々しそうな雰囲気はよく覚えがある。欠食児童のような巫女に比べればまだ可愛らしい要求ではあったが。

 

「……ええと、君もどうだい? おごるが」

「ご相伴にあがります!」

 

 ──そうして小鈴くんは店番を母親に頼み、洋食屋に向かうことにした。ここの旦那とは霧雨道具店で働いていた昔から知っている仲ではあるので、まるで親戚の伯父にでも預けるように送り出された。

 

 

 人里、と幻想郷で呼ばれる集落だが実のところ里というより街といった方が実感できる程度には大きい。エーレンフェストの下町と面積はそう変わらないか、壁に囲まれていない分広く思える。

 妖怪のことを知り、恐怖する人間が存在しなくては妖怪自体も生きてはいけない。それ故に人間がすぐに死に絶えるようでは困る。

 なるべく多くの人間がいれば多少減っても持ち直せる。だが多くの人間が住まうには食料の生産が幻想郷だけでは賄えない。薪や建材の木材も足りなくなる。なんなら外の世界に目を向けたり、科学の発展で暮らしぶりを向上させようと考えないようにするためにある程度の娯楽や技術の提供も必要だ。

 幻想郷を作った賢者は複数人いるらしいが、そういった調整は考えるだけで大変だろう。結果として少なくとも現在、この幻想郷の人里は他所の街や生産地との流通も無い割には豊かに暮らせる集落になっていた。

 髪結処も美容室と名を変えて小洒落たり、一膳飯屋が定食屋になったり、呉服屋が吊るし売りを始めたり。甘味処は若い娘でも買える値段で作る菓子の材料がどこからか仕入れることができる。

 それでもやはり目新しいものとなると、それが定着するまではどうしても材料が少ないため高価になりがちだ。今回行く洋食屋もそのクチだろう。

 

「あ、ここです」

 

 小鈴くんの案内についていった先にあったのはこじんまりとした店舗だった。やはり予想通り、店の作りはレストランという感じではなく民家を改造しただけのものだった。看板には『林屋』と書かれているが、別に林の中にあるわけではない。店主の名字か何かだろう。狭い店の中には十人程度しか入れないのではないだろうか? だというのに、店の外に二十人は行列が並んでいた。

 行列。

 行列だ。商売繁盛はいいことだが、これはなんというか……

 

「店主さん、並びますよ」

「並ぶのかい」

「並ばないでどうやって食べるんですか」

「こう、店から出てきた者に話を聞いて味を想像するとか」

「悲しすぎますよ」

「店の裏手で臭いを嗅いで飯を食べるとか」

「落語ですか」

 

 急に面倒になってきたぞ。そもそもこんなに人気では、僕らが並んだところでその後ろにも客が並びだし、店に入れたとしてもゆっくり味わって食べることなど不可能だろう。

 ほら行列の先頭付近にいる客は殺気立った目で、早く店を出ろと中の客を睨んで……おや?

 

「妖夢」

「え!? あ、貴方じゃないですか。どうしまし──いや順番は譲りませんよ?」

 

 そこに居たのは冥界にある屋敷にて庭師──というか小間使いのようなことをしている自称剣士、魂魄妖夢だった。白銀の髪をして二刀を背負った少女、更には霊魂のような白い魂まで浮いているという出で立ちは明らかに人間の中では浮いているが、里の人も見慣れているのか別段奇妙には思っていないようだ。

 以前に香霖堂へ、自分の仕事に必要な道具を探しにきたことから時折顔を出すようになっていた。彼女は何故か鍋を持って店の行列に並んでいる。

 僕の鍋に向けた視線に気づいたのか、釈明するように説明した。

 

「冥界の幽々子様は変わったお料理を所望で……私だって色々作れるんですよ? 大根を切ったりとか。とにかく、それで時々人里の料理屋へも買い出しに来るんです。でも幽々子様が食べる量はちょっと多めなので、こうして鍋で貰っていくんです。お米ぐらい屋敷でも炊けますからね」

「飯と合わせる料理なのかい? ここの品は」

「ええ、なんでも『ハヤシライス』という料理だそうですが……主人が林さんだからですかね?」

 

 まだ食べたことのない小鈴くんがそう言った。

 

「ハヤシライスか、文献で読んだことがあるが……なるほど、林にハヤシライス。そういうことか」

「何がわかったんですか?」

「いや、ここの店主はひょっとしたら、幻想入りした林さんかもしれない」

「意味がわからないんですが……」

「ハヤシライスという食べ物の語源は西洋でなく日本だという説があってね。ハッシュドビーフライスが訛ったものだとか、獣肉を食べると早死するからというものがあるのだが……その中に、『林さん』と呼ばれる人物が作った、或いは好物で作らせたという説もある。ただその当人である林さんの実在はどこにも確認できなかった、と物の本には書かれていた。とするとハヤシライスを作る林さんという概念が幻想に入ったことで外の世界では林さんの存在が消えたのではないだろうか──君たち、他人のふりをしてどうしたんだい?」

「いえ、別に」

「というか持ち帰りもできるのか」

「『テイクアウト』とか言うらしいですよ。ほら、ここってお店も小さいからそうしてくれると助かるらしくて」

「それにしては店内で食べようと並ぶ者も多いのだなぁ」

「お店で食べると小鉢と汁物が出るみたいで……食べたことないですけど。このハヤシライスも」

 

 ふむ。しかし鍋を見るに、彼女のご主人へ持っていく量は十人分ぐらいありそうだ。 

 ならそれが少し増えたところで構わないのではないだろうか?

 

「なら君に代金を渡すから僕と小鈴くんの分も買って持ってきてくれないか」

「えー……なんかそれズルっぽくないですか?」

「君の分も買っていいから」

「うー……仕方ありませんね。お鍋ギリギリまで貰わないと」

 

 そういって妖夢に使いを頼んで暫く待つと、鍋に並々とハヤシライスとやらを張って来た妖夢が外に出てきた。同時に店員らしい少女が申し訳無さそうに行列へ向けて頭を下げながら、

 

「すみません、売り切れになりましたー」

 

 と、宣言する。並んでいた客は露骨にがっかりした後、明らかに大量に買って持ち帰る妖夢に冷たい目線を浴びせかける。妖夢が凄く嫌そうな顔でそそくさと僕らの方へ向かってきたので、僕らもその場をそっと離れた。あの店の主が、儲けを使って店を拡張することを祈りながら。

 

 

 どうせ売り切れだし、お得意さんだからと白米まで妖夢は渡されたらしい。仕方がないので鈴奈庵で三人食べることにした。

 妖夢は店の入り口あたりをチラチラ気にしている。

 

「霊夢に見つからないようにしないと……あいつ、妖怪が持っているものは食べ物でも道具でも奪っていいと思ってるんですよ。どういうことですか」

「僕に言われても。というか君は半分人間だろう」

「だから多分襲われたら鍋半分奪われます」

「霊夢さん……」

「半分で済めばいいが」

 

 皿を借りてハヤシライスを並べる。どうやら匙で食べる料理のようだ。ライスカレーのようなものだろう。

 食べてみるとカレーよりも酸っぱい味わいと肉の旨味がはっきりしているように感じる。いや、カレー自体もあまり食べたことはないのだけれど。

 一口食べて小鈴くんが年相応に嬉しそうに言う。

 

「美味しい!」

「酸っぱくて霊夢が好みそうな味だね」

「そうなんですか?」

「ああ。なんでも元から酸っぱい食べ物だと古くなって傷んでも気の所為と思って食べられるのだとか」

「霊夢さん……」

「美味しいなあこれ……どうやって作るんだろう。屋敷で作れないかな」

 

 妖夢が首を傾げながらスプーンを咥えている。

 

「確かレシピ本にもあったはずだよ。ええと、これだ」

 

 鈴奈庵から借りたレシピ本を開く。やや古ぼけた写真で撮影された料理とその作り方が掲載されていた。

 妖夢が「ふむふむ」と読み始めて、表情を曇らせる。

 

「ええと、材料が手に入らないのが多いんですが……」

「そうだろうね。幻想郷と外の世界では食材の種類が違う」

「牛肉って殆ど手に入らないですよね」

「どうやらこのハヤシライスは猪の肉を使っているようだ」

「トマトって……」

「園芸屋に行けば唐柿が売っているからそれを使ったのだろうか」

「マッシュルーム……」

「魔理沙に聞けば食べれて白いキノコは教えてくれると思うよ」

「……色々、足りない材料を工夫して作ってるんですね。それで味もよくしてるんだから、腕がいいんだなー」

 

 僕もそう思う。

 エーレンフェストで求められているように、異なる文化圏からの新たな料理というのは確かに貴重な知識ではある。

 だが国が違えば手に入る食材も大きく異なる。特にエーレンフェストではそれも顕著だろう。ここの林さんも、幻想入りしたはいいが材料が足りない状況に悩んだのだと思う。

 そこで諦めずに、足りない材料で補い、味付けを現地人でも美味に感じるように整えることが出来たのならば、それはレシピ本の知識をそのまま売り渡しているのではなく発明に匹敵することになるだろう。

 ただ僕の場合はそこまで努力するのが億劫であるから、マインくんが見事に向こうでレシピのアレンジをしてくれることを祈ろう。本人から聞いたところでは、実家で料理手伝いをして異世界料理のイロハは学んでいるようだった。

 

 妖夢はレシピ本を借りて行こうかと悩んでいたが、

 

「恐らくそれを屋敷に持ち帰って君の主人が読んだら『これもこれも食べてみたい』などと言い出さないかい?」

 

 そう聞くと彼女は場面を想像するように宙空を向きながら目を閉じて、言う。

 

「……大根を切ったりするの得意なんですよ」

「いやそれはもう聞いたから」

 

 大根で代用できる場面は非常に少ないと思われる。

 

 

 香霖堂に戻るとアリスが店番をしながら服を作っていた。

 足踏みミシンが気に入ったようで買おうかと悩んでいるらしいが、僕も使う道具なので手放すには惜しいため割と高い値段を提示したら諦めて、必要なときに香霖堂に使いにくると返事をした。ううむ。

 ハヤシライスの話をしたら彼女は頷き、

 

「ハッシュドビーフをご飯にかけたものね。私も幻想郷に来る前、魔界に居た頃作ったことがあるわ」

「ほう。魔界だと材料が揃うのかい?」

「魔界牛とか使うんだけど」

「魔界牛」

「あとドミグラスソースの魔界缶詰」

「魔界缶詰」

 

 思わず単語を繰り返してしまった。魔界ドミグラスソースではなく、缶詰の方に魔界要素が入っているのか。いや、なんの変哲もない材料なんだろうけれど。

 なんでも魔界では創造神が割と気さくで、人や妖怪とも近しい関係にあるので料理本とか見せると材料を創造してくれたりするらしい。そしてよく調理に失敗するのだとか。

 アリスが服を作りながら「ハッシュドビーフの話をしていたら食べたくなったけど、魔界缶詰が無いから肉じゃがでも作るわ」と人形を調理場に飛ばした。幸いなことに僕の店には異世界で買ってきた肉と馬鈴薯みたいな芋やキノコがある。異界缶詰は無いけれど。

 そうしていると霊夢と魔理沙が帰ってきた。魔理沙の手には洗濯物でも抱えるように、大量の白黒の布がある。

 

「いやー随分取れたぜ」

「霖之助さん。早速買い取って頂戴。今晩は贅沢ができるわね」

「……なんだい? その布は」

「メイド服」

 

 魔理沙が一枚広げてみると、小柄な少女が着るようなメイド服だった。

 それが数十枚。

 嫌な予感しかしない。

 

「あらあら、いつからこのお店は盗品を扱うようになったの?」

「──!?」

 

 ドアベルの音もせずに、いつの間にか僕の背後に現れたのは紅魔館のメイドだった。目の前の霊夢が明後日の方を向き、魔理沙は頭の後ろで手を組んで口笛を吹く。

 僕が振り向いて咲夜の方を見ると、彼女はいつもどおりの瀟洒な笑みを浮かべながらも目の端が軽くつり上がっているようにも見える。

 怒っているらしい。珍しく。珍しいのだろうか? 実のところ彼女が店に来るときしか殆ど見ないので、怒った姿を見たことがないだけだ。

 そして大量に持ち込まれたメイド服とくれば、出どころは知れたようなものだ。

 

「……二人とも」

「言っておくけど、盗んだわけじゃないわ。単に私が紅魔館に弾幕勝負を挑んだだけよ」

「それで?」

 

 促すと霊夢は何も悪いことはしていないとばかりに腰に手を当てながら言う。

 

「そうするとあっちもレミリアをボスにして、門番だの居候だのメイドだのを出してくるじゃない。道中でザコとして妖精メイドも出てくるわけで。それを撃墜したらメイド服を落とすわよね」

「それを私が拾っただけだぜ。Pアイテムを拾っても文句言われないんだからこれもアイテムみたいなもんだろ?」

「かなり違うと思うが」

 

 ちなみにPアイテムというのは霊力の塊のことで、これを手にすると一定時間弾幕のパワーが向上する。らしい。弾幕勝負はやったことがないから見たことは無いのだが。

 紅魔館では無数の妖精が働いているのだが、当然ながらそういった存在がメイド服持参で就職しに来るわけではない。備品を貸しているだけだ。そして妖精は撃墜されるとその場で消滅しどこかで復活したりする。すると後から着せられた服だけが残る……ということのようだ。

 当然、突然喧嘩を売られた──のはまあ良いとして、火事場泥棒のように服まで持っていかれた紅魔館としては、特にそれを管理している咲夜が怒って取り戻しに来たらしい。

 

「そんなにメイド服が欲しいのなら──」

 

 一瞬魔理沙と霊夢の姿がブレたかと思ったら、いつの間にか二人の服装がメイド服に変わっていた。ついでにロープで縛られている。

 

「差し上げますわ。そして働いて貰いましょうか。壊された家具の片付けがまだ済んでいないもの。美鈴、連行」

「はい! あっ、森近さん、急にすみませんー」

 

 そして二人を縛っているロープの先を、これまたいつ現れたものか、紅魔館の門番である美鈴が握っていて二人をずるずると外まで引っ張っていく。

 

「ぎゃー! さーらーわーれーるーぜー! 恐るべき吸血鬼の城に連れて行かれちゃうぜ香霖ー! アリスー!」

「君もメイド長に掃除の仕方を叩き込まれてくるといい」

「自業自得ね」

「こんな縄ぐらいで自由な巫女を縛られると思ってるの──」

「今晩はお嬢様が中華料理を食べたいっていうから久しぶりに私が腕をふるいますよー」

「早く行くわよ!」

「霊夢……」

 

 急にやる気を出した霊夢である。別に彼女も食えていないわけではないのだが。ただ聞いた話では質素な生活ではあるらしい。本人が望んでいるわけではなく。

 咲夜が店に残り、手にいつの間にか綺麗に畳んで重ねられたメイド服を持ちながら訝しげに眉を寄せて聞いてきた。

 

「というかあなた、女性の服を集めさせる趣味があるの?」

「まったく誤解だ」

「アリスが服を作ってますし」

「僕が欲しいわけではない」

 

 一応、この上客に誤解をされると面倒なので、異世界と行き来をしている際に商品として幻想郷の品を持ち込んでいることを教えた。

 咲夜は興味深そうに目を細めた。

 

「なにかお嬢様が好みそうな異界の商品があるかしら」

「貴族趣味な彼女が好きそうなものはあまり無いよ。異世界の下町に店があるからね」

「珍しいペットでもいいんだけど。ツバイみたいな」

「家のような大きさをした猫に似た魔獣なら居たがね。すごい勢いで襲いかかってくる」

「幾らで捕まえてくださる?」

「絶対嫌だ」

 

 そもそも生き物は多分持ち帰れないだろう。付喪神や半獣でも駄目だったぐらいだ。ん? 半獣なんて泊まったことあっただろうか? まあそれはいいか。

 異世界人の血でもいいのだけど、と物騒なことを言って咲夜は帰っていった。

 そして暫くしてアリスが夕食の準備を人形にさせたので二人で少なめに食事を取る。作られた肉じゃがはやけに美味くて、褒めると照れていた。この手慣れ感はもしかして魔界でも魔界肉じゃがを作っていたのだろうか。魔界牛で。 

 それから服作りの続きとアリス人形の調整をするというので彼女も家に戻っていった。静かになった香霖堂で、借りてきた本を仮の本棚──貸本と蔵書が紛れないようにとりあえず用意したものに収めておく。

 肉じゃがの残りが鍋にあるが、マインくんに食べさせれば喜ぶだろう。明日はエーレンフェストにて紙作りの試作を本格的にやり出さねばならない。

 ギルド長との話が一気に進んだので、とりあえず試作の紙を作って工程を確認し、それを改めて関係者に説明する。紙を乾かす時間も考えれば数日は掛かるだろう。

 レストランの方は店舗から準備をするので少し時間が必要だそうだ。また、マインくんが知るレシピをあちらの材料で再現するための試作も必要だった。 

 

 近頃は以前よりかなり多く、一日に人と会うようになった。一際騒がしい歴史の記録を、確かに日記帳に書き記しておこう。

 

 




同人小説の面倒くさい校正……面倒くさい確定申告……「やべっ今週投稿し忘れてた……なんか気まずいな……」という気持ち……
などが重なって更新遅れてました
もうちょっとで第一部完だから頑張れ!

契約魔術って地味にヤバいよねアレ
いや他人を巻き込むようなのは領主の許可がいるし、無許可で巻き込んだら罰せられて取り引き中止になるんだけど
「お貴族様、うちの料理人引っ張っていっても契約魔術使ってるから他所だと料理作れませんよ?」でなんとかならないかな

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