本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左道

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3話『今日の顧客はギルド長』

<森近霖之助>

 

 

 この妙な世界に店を構えるようになったのだが、幻想郷と季節は一致していないようでこちらの世界は冬だった。

 既にかなり寒い気がするのだが、どうやら太陽の位置から季節を測るに、まだまだ寒くなるに違いない。恐らく雪も降るだろう。

 そうなると我が家ではストーブの出番がやってくる。しかしストーブを動かすには灯油が必要だった。幻想郷の冬とこちらの世界の冬。灯油の消費量が倍に増えるのではないだろうか。

 いっそまた八卦炉を作って暖房代わりに使うべきだろうか、とも考えながら僕はテーブルの上で分解整備している魔理沙のミニ八卦炉を眺めた。

 

 彼女が風邪を引いて我が家に駆け込んできたついでに、ミニ八卦炉の整備も頼んできたのだ。「どうせならキノコの胞子も清浄化できる能力をつけてくれ」とは魔理沙の注文である。

 このミニ八卦炉は僕が作って、道具作成などに使っていた古い八卦炉を組み直して魔理沙に渡したものだ。魔法使いの初心者向けに作られたものだったけれど、魔理沙の成長に合わせて何度も改造を施されている。

 しかしそれでもベースはあくまで初心者向けのアイテムだ。魔理沙が魔法使いとして成長すれば、いずれこんなお守り代わりの道具は卒業して新たな道具を使うようになるだろうと思っていたのだけれど、物持ちがいいというべきか今だに使い続けている。

 あの子も異変を幾度も解決に寄与している。多少危なかしいところはあり、上級の魔法使いからは微笑ましいものだと思われていても、それなりの魔法使いに成長しただろうに。

 魔法薬の調合やキノコを使った魔術などはできるようになっても、魔法道具の整備はまだまだのようだ。話によれば、他にも幾つか装備を持っているのだけれど河童に作らせたり直させたりしているのだという。

 

 さて。幻想郷とこのエーレンフェスト(と、いう名前の領地らしい)を行き来している中で、整備の時間はたっぷりとある。

 ある程度は眠らなくても平気な体質な僕だけれど、さすがに集中して作業をしていれば疲れる。よほど急ぎでない限りは徹夜作業など危険なので行わない。

 だが今の状況では、夜に布団へ入ったと思ったら朝目覚めたような爽快な気分で異世界にて起床するのだ。本当に僕の精神は大丈夫なのだろうか。

 妖怪にとって昼夜の時間を乱されるというのは危険なことだ。妖怪の多くが夜に出るように、活動の時間というものは決まっている。真っ昼間から人を脅かそうとするから傘お化けは、まあ居ないとはいわないが相当馬鹿だろう。

 

 基本的な整備は何度もやっているので片手間にできるけれど、「キノコの胞子も清浄化できる能力」か……

 一応このミニ八卦炉には空気清浄機の用途を抽出して付与しているので、それに機能を追加してみよう。この前無縁塚で拾った「花粉を水に変換するマスク」の用途を溶かして混ぜればどうだろうか。茸の胞子も花粉のようなものだ。

 それにしても花粉を水に、か。花粉は五行で言うと木行に位置する。相生を考えれば水生木、木は水によって養われるのだから、花粉に水を与えるのはむしろ成長を促すことではないだろうか。

 だが五行の相関とて水の力が強ければ、木は流されるか枯れるようにそれを上回ることが起こり得る。

 そこで商品の説明文を読めば、金属の触媒をマスクの繊維に混ぜることで結露が云々と書かれている。つまりは金生水、金気によって水を生み出しているのだ。言わずとしれたことだが、金気は金属の斧で木を切り倒すが如く、木に勝る。それで生み出した金気混じりの水によって木気を抑え込むことができている。

 この商品を考えた人物は実に五行に通じているといえよう。無機質な機械文明になっているのではないかと思われる外の世界も、しっかりとこうして陰陽五行は残り、最新の商品へと活かされているに違いない。

 

 ──カランカラン。

 

 僕が満足気にマスクを眺めていると、いつの間にかお客さんが来たようだ。

 白髪でやや恰幅の良い男だ。質の良い服を着ていて、働き盛りを少し過ぎたぐらいの年齢だろうか。

 店の表には馬車も停まっていた。

 

「失礼。ここが古道具屋『コウリンドウ』で、君が店主の『リンノスケ』かね?」

「ええ、そうですが。いらっしゃいませ。何か御用ですか?」

「ふむ」

 

 なにやら男性は書類らしいものを眺めながら、僕と店を無遠慮に見回した。

 役人じゃないだろうな。正直なところ、税の徴収に来られても小銭が少々しか売上が無いぞ僕は。

 

「確かに書類は出来ているし、認証している……しかしこんな店があるとは知らなかったな。ギルドの会合にも出たことはないだろう」

「失礼ですが、どちら様ですかね」

「わしは商業ギルドの長をしている、グスタフだ。登録した覚えはないが、書類上揃っている店を確認にな」

「商業ギルド」

 

 確か……ギルドカードという身分証を持っていたはずだ。恐らく、この街では商店を出すのにそういった組合に登録が必要なのだろう。

 そして僕はまったく覚えはないのだけれど、しっかりギルドに登録されていることになっている。そのギルドがある事務所や、ギルドの長を全然知らなくても。

 

「そうでしたか。どうも出不精なもので。香霖堂は古今東西、他では見られないような品物を扱う古道具屋です。どうぞご贔屓に」

「変わった髪飾りを売ったそうだな?」

「はて……ああ、以前に来られたお客様にですね」

 

 変わった髪飾り、と言われて妖怪の山に住む現人神の頭についているようなものを思い浮かべたが、自分が売った商品といえば造花とレースを組み合わせた特に変哲のない、幻想郷では不評だった髪飾りのことだ。

 

「あれはどうやって作られたものかな? 随分珍しかったが」

「どう……と申されましても。古道具屋なので、仕入れた物を売るだけですよ」

「むう……仕入先を教えろとは言えぬか。同じものは幾つかあるのか?」

「完全に同じというわけではありませんが、幾つかは」

「すべて買いたい」

「毎度」

 

 ふむ。どうやらあの造花髪飾りは相当に高値がつくものらしい。再生産は怪しいと見て、街の商業組合で一番偉い立場の者が買い占めようとするぐらいだ。

 この前の大銅貨二枚では安すぎたか? まあいい。さしたる価値のあるものではなく、せっかく付喪神供養で作ったのにうちで仕舞い込んでも意味がない。

 常連の少女たちに「髪飾りが全部売れた」といえば驚かれるかもしれない。

 僕が商品を取り出してひとまず間違いがないか確認してもらおうと並べていると、グスタフはテーブルに置いてあるミニ八卦炉で視線が止まった。

 

「この道具はなんの道具かな?」

「それは別のお客様から、修理に預かっているものですよ。魔術の道具です」

「ま、魔術具!?」

 

 ざっと顔色を変えて、グスタフは固まってしまった。どうしたのだろうか。

 魔術というのは僕が見て回ったところ、この世界でも珍しくはないと思う。幻想郷の人里に幾つか河童由来の妖力道具が置かれている程度には。例えば、このギルドカードというものだって魔術の道具だ。恐らくギルドの構成員は持っているはずだった。

 なので中世のヨーロッパみたく、魔女狩りで捕まることもないだろうと口にしたのだが。

 ……もしかしたら凄く珍しいか、魔術具とやらが高価なのかもしれない。幻想郷にも何人か、退魔の道具を手がける呪術者などはいるけれど、魔法の道具を他人に作ってやる者は少ない。故に値段は相場がない。僕の場合は、いくら修理しても魔理沙がツケにしていく。

 

「ふ、古道具屋だったな!? 魔術具も取り扱っているのか!?」

「まあ……数は少ないけれど、無くはないですが」

「それなら、『身喰い』の子供を助ける魔術具は無いか!?」

「『身喰い』?」

 

 聞き慣れない単語を僕は問い直した。

 ひとまずグスタフを落ち着かせるために椅子と茶を用意する。

 

 どうやら彼の説明によれば、この世界では魔力というものは貴族のみが持っている性質のようだ。というか昔に魔力を持つ者が貴族となり、貴族同士で血を薄めずに、魔法使いでない普通の人間を支配している構造なのだろう。

 貴族は魔力の制御方法を幼少時から学び、高価な魔術具を与えられる。

 一方で先祖返りなのか突然変異なのか、平民からも魔力を持つ者が生まれることが稀にある。

 平民生まれでは魔力の扱い方などわからず、溜まっていく魔力が次第に体を蝕み、一桁ほどの年齢で病死してしまうという。

 それを防ぐには貴族に頭を下げて子供を預けるぐらいしか無いのだが、当然ながら平民の子供なんて預かるからには、貴族になにかしらの利益がなければいけない上に子供の扱いだって奴隷のようなものになる。殺されることだってある。

 そしてギルド長の孫娘が、その身喰いの体質だった。

 ギルド長ほどの立場ならばある程度、いい貴族へと引き取って貰えることもできるが……

 

「それでも、いつ発作で死ぬかわからん。孫のために、壊れた魔術具でもいいからあちこち伝手を使って探しているのだ」

「壊れた魔術具とは?」

「壊れていても、魔力を注ぎ込むことはできる。身喰いの発作が出た際に魔力をそうやって抜けば楽になる。一度で魔術具は壊れてしまうが……」

 

 なるほど。魔力酔いの酷いものか。

 人が持つ魔力・仙力・神通力・霊力といったものでも似たような症状は起こる。体の器を超えて供給されたそれらの力があれば体調だって崩しやすくなるだろう。

 例えば神社の祭りで人々が普段以上に盛り上がり、人格が変わったかのように踊ったり喧嘩したりといったことがある。それは場の空気に呑まれたとか酒が入ったとかいろいろ言われているが、祭りによって増幅された神の力を受けた人が、その力が器から溢れることで普段とは異なる状態になる。

 そういった力が体から沸くような体質や、修行を行ったものは発散するか丁寧に貯め込むかの術を習得しているのだ。例えば弾幕ごっこのような。或いは常に結界を張ったり、呪具やマジックアイテムに注ぎ込んだりといった術で余計に溜め込まないようにしている。

 その発散する術を知らないまま、無尽蔵に魔力が生まれては大変だろう。

 実際人里や、或いは僕が居た頃の外の世界の日本でも稀にそういった者が生まれていたようだけど、早いうちに修験者や退魔師が見つけて弟子入りしたり、或いは神隠しにあって妖怪の餌食になったりしていた。

 

「……魔力を注ぐだけの器でいいなら今幾つかあるけど、継続的に魔力を吸い取って無害化するための魔術具が欲しいなら、四日ぐらい待てば用意できますが」

「継続的に!? と、というと、それを付けておけば、身喰いの発作にもう襲われないということか!?」

「その身喰いの病因が魔力の過多だということなら、そうなります」

 

 僕がそう言うと明らかに驚愕した様子だった。……そんなに貴重なのだろうか。簡単に作れそうな条件だが。

 恐らく、この世界の貴族は子供全員に似たような道具を普及させているはずだ。それすら、組合の長が条件なしでは手に入れられないとは。

 ……あまり自分で作れるとは言わない方がいいのかもしれない。

 

「……にわかには信じられないが、もし用意できるのならば是非頼みたい」

「承りました」

「代金はいかほど掛かる?」

 

 僕は考える素振りを見せた。幾らぐらいだろうか。正直、作るだけならば特別な材料無くできるだろう。魔法を込めるのに少々時間が掛かるが。

 一応お金のことに関しては考察がてら調べた。柿に似た実が30リオンで、小銅貨3枚。小銅貨10枚で中銅貨1枚。中銅貨10枚で大銅貨1枚。その上に小銀貨と大銀貨、小金貨と大金貨がある。

 あまり安くで売ると不審がられる気がする。この前の髪飾りが大銅貨2枚だった。特別な魔法の掛かった品が貴重なら、これが大銀貨……いや大金貨になるのだろうか?

 物の価格には土地ごとの適正というものがある。僕からすればそこまで価値が無い魔術具だろうが、あまりに安くで売ってはそれも良くない。

 とりあえず正しい価格はわからないので、高めにふっかけて相手の反応を伺うことにしよう。

 

「大金貨……3枚で如何でしょう」

 

 これは例の柿に似た実なら百万個も買えてしまう値段だ。我ながら酷い気がする。まあ、交渉次第で下げても構わない。 

 だが、ギルド長は納得したように頷いた。

 

「わかった。だが、額が大きいので、当日はギルドで引き渡しということで良いかな?」

「えっ」

「?」

 

 通った。なんだろう。急に僕の商売人としての才能が発揮されたのだろうか。

 魔力を吸うだけの魔術具にそんな値段が? ひょっとしてこの世界の通貨はインフレーションを起こしているのかもしれない。柿だけは安くて。

 

「……ではそれで。できれば運送中に事故が無いよう、馬車で迎えに来てもらえると助かるのですが」

「手配しよう。念のために、ギルドには孫も呼んでおく。そこで実際に使えるか試させてもらう」

 

 僕はギルドとやらの場所を知らないので、それを悟られないようにそう頼んだ。

 多少混乱したまま、とりあえず魔力を吸う水晶を一つ購入して彼は帰った。それとて、交渉の末に小金貨1枚(返品保証付き)という価格だった。あんな水晶、魔理沙が実験失敗して込められた魔力が空になった水晶を僕にツケ代わりと押し付けたものだというのに。

 この世界のマジックアイテムの値段はどうかしている。

 それにしても、ギルド長が覚えのない登録書に、僕が現れるまで誰も知らなかった店舗か。まるで狐に化かされているような話だ。化かしているのは狐よりもっと強力な妖怪かもしれないが。

 

 

 

 その日のうちにミニ八卦炉の整備を手早く終わらせ、身喰いを防ぐマジックアイテムの開発に着手した。

 理屈は簡単だ。常に魔力を吸い取るだけの道具。スポイトの用途を抽出して使おう。

 問題は、吸い出した魔力をどうするか、だ。吸い出すだけではマジックアイテム本体に魔力が溜まり続け、そのうち溢れてしまう。

 普通の魔女ならこういった道具で日常の魔力を宝石かなにかに溜め込み、実験などに使う。しかしギルド長の孫は魔法使いでもなんでもない平民で、その道に進むつもりもなさそうだ。

 ならば単純な魔法でも常時発動するようにしておけば吸い取った端から消費していけるが、平民が魔法を使うということがまずありえない世界のようなので、目立つものはダメだ。身体強化も危険が伴う。常時回復魔法を使い続けるのも、体の気が淀んでよくない。

 

 どうしようか、と考えた際に目についたのは、魔術具の話になってすっかり忘れられ、ギルド長も買っていかなかった造花付きの髪飾りだ。

 これを使おう。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

<グスタフ>

 

 

 おかしな店がある、という噂はわしの耳に最近流れてきた。

 話の発端を慎重に調べさせると、ギルベルタ商会のベンノが妙な店から、見たこともない髪飾りを買ってきたということらしい。

 わしのオトマール商会は商業ギルドが設立時から代々長を勤めている、いわばエーレンフェストの商会において顔だ。ここで店を出すなら必ずギルドに届け出を出さねばならないので、まずわしの管轄外な『おかしな店』というものが存在していること自体が不思議であった。

 更に詳しく調べるようにわしの右腕であるコージモに告げたところ、書類を揃えて実際に店の前まで行き、やはり『おかしな』という評価でお互いに首を傾げた。

 書類は完璧に契約魔術で登録されている。古物商、及び物品の修理などを業務とした商会『コウリンドウ』。店主の『リンノスケ』。血判も魔術具のインクもある。これまで何百枚も見た書類なので偽造ではない……はずだ。

 だがまるで見覚えも聞き覚えもない……が、登録されたのは政変の頃で、あの頃はお貴族様だけでなく付き合いのある我が商会もごたついていたから見逃した可能性はある。

 しかしそれ以来まったく実績が無い。コージモも噂を聞いたこともない上に、

 

「店に行ったら、なんとも奇妙としか言いようのない外観でして……」

 

 と、どう考えても謎だらけだった。

 妙なものを売る、怪しい店。このエーレンフェストの商業を束ねるわしが関知していない店となれば、様子を見に行く他は無かった。

 

 手紙でも送って招待しても良かったのだが、まずは客として店へ行ってみることにした。ベンノのやつが買った髪飾りというのも気になる。

 馬車で現地まで向かうと、その店はコージモの言うとおりに『おかしな』店であった。

 白い石造りのような壁はまあいいとして、普通の店は5~6階建てで上階には店主の家族やダプラなどが住むようになっているというのに一階建て。見たこともない屋根を悠々と横に伸ばしている。こんな建物よく許可が降りたな!

 看板らしいここらでは見ないような大きな木の一枚板には、よくわからない文字なのか模様が描かれていた。

 

「ここか……」

「はい」

「……とりあえず入ってくる」

 

 既に胡散臭い空気が蔓延している。まるで化かされているようだ。グラマラトゥーラすら、この妙な違和感は言い表せないだろう。

 ドアを押して入ると、ドアベルの音が鳴り響いた。

 店内は明かりが不十分なのではないかと言わんばかりに、雑多に積まれた商品が並べられているのだが部屋の隅にあるものなどよく見えない。

 店員もおらずに、品物には値札も付けられていない。番台らしいところに、これもまた言葉にできないような奇妙な服装をした銀髪の男が、柱の輪切りみたいな道具と白い布のマスクらしいものを手にしていた。

 

「失礼。ここが古道具屋『コウリンドウ』で、君が店主の『リンノスケ』かね?」

 

 どうやら来客に気づいたようで、しかし立ち上がるでもなく声を掛けてくる。

  

「ええ、そうですが。いらっしゃいませ。何か御用ですか?」

 

 ──もうこの時点でうちの店だったら、暇を言い渡しているような接客態度と店の状態だ。

 とりあえずわしは身分を明かし髪飾りについて幾つか質問したが、かしこまるでもなく売り込むでもなく、なんとも商売人らしからぬ対応を見せた。

 このエーレンフェストにこんな頭が痛くなるような商人が居たとは知らなんだ……

 どうやら登録だけして暫く店は開いてなかったらしい。そんなことがあるものだろうか……

 どこか面倒そうに在庫の髪飾りを取ろうとした店主に、何気なく座席のテーブルに置かれた柱の切り身とマスクを指差して尋ねた。これはなんだろうか。

 すると彼から「魔術の道具を修理している」と答えが返ってきて固まった。

 魔術具を修理? こんな古道具屋が? まさかだろう。魔術具を作ったりするお貴族様は非常に限られていて、そしてその売買に関しては非常な管理がされている。例えばお貴族様の持つ本などが、平民の店に売りに出されることは稀にあるが、幾ら困窮しているお貴族様でも余程のことがない限りは魔術具を平民に売らない。

 例えばわしが幾つか持っている魔術具などは壊れたものを裏のルートから高額で譲ってもらったものだった。壊れていても、身喰いの孫の発作を抑えるのに必要だった。

 

 それをこんな古道具屋が? しかも、魔術具を欲しがっているわしが来店する日にたまたま? 

 怪しすぎる……! 

 いやしかし、わしが店に来ることはコージモ以外誰も知らないし予定も立てていなかった。このリンノスケという男が予め察知して、詐欺かなにかに引っ掛けるために魔術具を用意しておくことは不可能だろう。

 と、とりあえず話を聞いてみよう……

 もし本当に魔術具があるのならば、どうしても欲しい。孫のために。

 

 魔術具を扱うのに身喰いの知識はまるで無かったりするあたりが妙な感じであるが、それよりも永久に身喰いを免れる、お貴族様の使うような道具が調達できるという。

 そんなに都合が良く古道具屋が手に入れられるものではない。なにせ、代々ギルド長をやっているわしですら手に入れることは不可能なのだ。それ故に、フリーダを貴族のもとへやらねばならない。今はその話を進めるかどうかの瀬戸際であった。

 オトマール商会の娘ぐらいになれば、その財力を求めて後援してくれる貴族もいるだろうし、その伝手を活かして貴族街へと店を出すこともできる。そういった条件での話も既に届いている。

 だがいつ貴族に理不尽な目に合わされるか、一生命を握られて貴族のもとで暮らす生活を孫に送らせたいかというと、決してそんなことはない。

 賢いフリーダは「それが商会のためですもの。お金を稼げますわ」などと言うが、金はどうやってでも稼げる。フリーダは失えば、二度と戻ってこないのだ。

 できれば貴族のもとへ行かせたくない。その一心で、この胡散臭い店主に魔術具の調達を依頼してしまった。

 

 ついでに魔力を吸うという水晶も、返品保証付きで購入した。

 もしこれが本物なら……わしは恐る恐る、屋敷にいるフリーダへそれを手渡した。

 

「おじいさま? わたくし、今日は調子が悪くありませんのよ?」

「いいから、これに魔力を込めてみなさい」

 

 フリーダが勿体なさそうに水晶を握りしめた。魔力を吸い込める魔術具は、フリーダにとって緊急時の特効薬だ。しかも値段は小金貨2枚以上はする。

 今日のような日ではなく、もっと体調の悪い日に取っておきたい気持ちもわかるが、あの商人が信用できるかどうかの試しが必要だった。

 ──すると、その水晶には薄い黒色のモヤが掛かり、魔力を吸い込んだようになった。しかも、壊れていない。

 

「……どうだ、フリーダよ」

「え、ええ……随分と、楽になりましてよ」

 

 本人は誤魔化そうといつも薄く笑みを浮かべて余裕ぶっている顔色が、僅かに良くなっている。

 本物だった。少なくとも、この水晶に関しては。

 となれば、もしかしたら──

 

 

 




・期間がギリギリになるのだけれど、フリーダが貴族と魔術具の契約をしたのはこの原作開始年。
・そしてこの年の後半に政変の影響で青色神官などが還俗したりするので、フリーダの契約も多分後半以降だと思われ、ギリギリセーフだと判断。

・通貨は原作でマインが使った「一度使ったら壊れる魔術具」が小金貨2枚大銀貨8枚
・貴族の赤子に渡される魔術具が最低小金貨5枚以上なので、これぐらいの値段設定はギルド長の想定内

・キャラクター
森近霖之助
古道具屋「香霖堂」の店主
推定年齢は120歳以上の設定を採用
道具の名前と用途がわかる程度の能力を持つ
マジックアイテムの作成が可能
用途を抽出してアイテムに付与するとかいう謎の技術もある
原作香霖堂より多少知人が多いかも
彼の考えている五行や妖怪神仏の理論は概ねトンデモ

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