本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左道

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5話『就職希望のマインとリンシャン』

 

 

<マイン>

 

 

 いざ店主さんの店へお礼参り! お礼参りってこの使い方で合ってたっけ。

 兎にも角にも、わたしの体は非常に弱い。今日も階段を降りただけでこの世の終わりみたいな疲労が襲ってきた。我ながらちょっと異常なんじゃないかな。トゥーリも、近所に住む同年代のルッツだって平気で階段ぐらい降りられるのに。

 お店の見習いを申し込むにしても、階段でへばる見習いは要らないと言われるかもしれない。多分。言われそう。うわあ。

 体を鍛えないと! わたしはまだ5歳なのでこれからたくましくなるはず! 父さんがっしり系だから!

 

 それはそうと、今日は父さんの肩に乗って香霖堂を目指す。父さんの職場である門から遠回りになるらしいので割と朝早い時間だ。お店、開いてるかなあ。

 朝一番でお礼をしに来るというのもどうかと思うけど、他に方法は無い。母さんだって仕事があるし、トゥーリは冬へ向けての薪を毎日採りにいかないといけないから。

 

「なあマイン」

「なに?」

「俺は殆ど、あの人のことを知らないんだが……あの店主さんは、どういう人だ?」

 

 父さんからそう聞かれて、わたしは考えて言った。

 

「凄くいい人だよ。見ず知らずのわたしが倒れてて、お布団で寝かしてくれて、お薬もくれて、お粥も食べさせてくれたんだ。お茶も出してくれたし、お店にはいろんな商品があって、幻想……じゃなかった、とにかく凄腕の商人さんなんだって」

「そ、そうか……世話になってるんだなあ」

「うん!」

 

 なにより、本を沢山持っているのが素晴らしい! 

 あの本棚だけで本好きだってわかる。だって本のこと全然興味ない人は本をあんなに持たないから。

 それにわたしを看病する間に家庭の医学みたいな本で確認してくれていたみたいだし、絶対いい人だよ。

 あともしよければ……お金とか稼いでから払うから、時々でいいから、お米とか食べさせてくれると嬉しいなあ…… 

 少し昔の日本を切り取った異世界である幻想郷と繋がっているらしいあのお店だけが、きっとこの世界で和食が食べられる場所だと思う。

 ただどう考えてもわたしが得るものばっかりなので、店主さんになにか対価を支払えるように考えないと。労働力とか! できるかなあ……体力的に。

 

 父さんに運ばれて香霖堂の前までやってきた。改めて見ても、周りの建物から浮いている妙な作りの建築物だ。

 扉に休業の札は……出てない。わたしは父さんから降りて、深呼吸をして扉を押した。

 

 ──カランカラン。

 

 澄んだ音のドアベルが鳴り、店の中に入る。

 店の中は結構広くて幾つも棚が並んでいる。広い机に椅子が幾つか置かれていて、その上には誰かが持ち込んだのかトランプのようなものがあった。棚の中は妙なぬいぐるみや古いゲーム機が並んでいて、床には旧式のパソコンが置かれていた。なんとストーブまである! いいなあ。

 店の中は古い木のような、ちょっとカビっぽくて埃っぽい匂いがする。図書館の奥にある古い本置き場みたいな雰囲気でわたしが好きな匂いだ。

 誰か入ったというのに店主さんは椅子に座ったまま本に目を落としていた。うわー! 朝から店で本を読める暮らし!! いいなあ!

 ちらりとこちらに視線をやって店主さんは言う。

 

「いらっしゃ──ああ、マインくんか。それに……」

「ギュンターだ。この前は娘が世話になって、本当に助かった」

 

 父さんが挨拶をすると、店主さんは本を閉じてなんでもなさそうに言う。

 

「気にしないでいいよ。今日はどうしたんだい?」

「店主さん、お礼の品を持ってきました! わたしが作りました!」

「……お礼は別にいいと言ったのだが、まあそれなら。お茶でも出そう」

「わあ」

「……おいマイン」

「あっ、その店主さん。この前のお礼と、いろいろお話を聞きたくて……よろしければ、今日このお店に居させてもらえませんか? お仕事の邪魔はしませんから!」

「ふむ……」

 

 店主さんは少し考える素振りと、恐縮しているような父さんの顔を眺めてから応えた。

 

「……うちには断りもしないで勝手に上がっては茶を飲んでいく常連がいることを考えれば、そうして頼んできたのだから拒むほどでもないか。確かに、マインくんと少し話し合いも必要かもしれないしね」

「店主さんありがとうございます!」

「すみません。うちの娘がどうしても連れて行けと……今日は早めに仕事を上がって引き取りに来ますので。迷惑を掛けるなよマイン」

「うん!」

 

 父さんが不安そうにしながら門の仕事へと向かった。その気持ちもわからないではない。貧弱な5歳の娘を、通りに店を構えてるぐらいちゃんとした商店で預かってもらうのだ。娘が凄く乗り気だったからといって、迷惑を掛けるだろうし、相手は親しいわけじゃない上に娘の恩人でもある。

 いやそれでもわたしとしては、無理を言ってでも連れてきてもらう必要があったんだよね! 本とかのために!

 

「さて。まあ椅子にでも座って待っていたまえ」

 

 そう言って店主さんが店の奥へと向かっていく。わたしは椅子に座りながら改めて店内を見回す。特に本棚! いいなあ本棚!

 それにしても外の世界の品物を扱うという店らしいけど、商品はちょっと昔の日本製品が多い。中には電気コンセントが無いと意味がなさそうな道具もちらほら。本当に売れるんだろうか。

 しかし本を手に取りたいなあ……でも勝手に棚を漁るとか、お邪魔して即座にやる行為じゃないし……あっでもさっき店主さんが読んでた本がそのまま机に置かれてる。それをチラッと見るぐらいには……

 

「そーっと……」

 

 駄目だった。我慢できなかった。わたしは手を伸ばして、タイトルを確認するだけ……

 あれ!? この本見覚えが……ああああ、雑貨屋さんで売っていた本だ!

 

「おや? どうしたんだい?」

「ひゃいっ!?」

 

 声を掛けられて手を引っ込めた。わたしは気まずそうに居住まいを正す。

 店主さんは気にしないように、テーブルの上に急須と湯呑、それにお煎餅を置いた。お煎餅!!

 

「ああ、この本か。近くの雑貨屋で質流れしていたものを買ったんだがね。随分高かったが内容が読めなかった」

「わたしもあの雑貨屋さんで見て、触ろうとしたら警戒されました……触っていいですか!? 頬ずりしていいですか!? インクの匂いをクンクンしても!?」

「……こういう本好きは初めて見た気がする」

 

 何故か頭痛がするみたいな様子の店主さんが、本を手渡してくれた。うわー、羊皮紙の本! 装丁も綺麗に鞣した皮で作られていて、手触りが独特だ。インクはどこか、薬品っぽい匂いがする。石を砕いて作ったインクかな? 動物の膠を使ったやつはもっと臭いんだけど。

 

「わあー、一枚一枚綺麗な羊皮紙。いい職人さんが居るんだろうなあ。文字も全部手書きだから高くなるのもわかるなあ……ちなみに幾らぐらいだったんですか?」

「大金貨3枚だよ。そこから少しまけさせたけどね」

「金貨3枚……」

 

 って、どれぐらい? わたしは首を傾げた。市場に行ったときに、母さんから通貨の単位はリオンって聞いたけど、貨幣の価値はわからなかった。柿みたいな果物が30リオンだってのは覚えてる。

 

「ううう、店主さん。わたし、まだ全然この世界のこと知らなくて……お金の価値もわからないんです。教えてもらえませんか」

 

 商店に見習いに入りたいのに、お金もわからないんじゃ話にならない……

 このまま店主さんに就職させて欲しいって頼んでも、お断りされることは確実だ。

 

「……まあ僕も他人事じゃないまま取引とかしたから偉そうなことは言えないが……」

 

 すると店主さんは机から紙を取り出して、万年筆でサラサラと一覧を書いた。

 

 小銅貨 十リオン

 中銅貨 百リオン

 大銅貨 千リオン

 小銀貨 一万リオン

 大銀貨 十万リオン

 小金貨 百万リオン

 大金貨 千万リオン

 

 っていうと……

 

「3000万円!? この本が!」

「円じゃないけどね。まあ、柿みたいな果物百万個分はする」

「高い……」

 

 道理で子供に触らせたくないわけだよ! こんな高級品!

 お貴族様そんな値段の本読んでるの!?

 こ、これだと書庫とか図書館とか持っているお貴族様なんて極一部か、それこそ宮殿にしか無いぐらいなんじゃ……

 こっちの世界の本は興味深いけど、現実的には集めるのは無理かもしれない。

 

「て、店主さんはお金持ちなんですか?」

「いや。たまたま商品が高額で売れてね。しかしこの本というものも、今買わねば貴族街へ持ち出されて二度とお目にかかれないと言われれば……つい散財してしまったわけだ」

「わかりますその気持ち! わかりますよ!」

「……同士あるある、みたいな目で見てくるのはやめてくれないかなあ」

 

 何故か嫌そうにそう言う。わたしは本のページを眺めるけど、見たことのない文字が並んでいて解読できない。

 

「これ、店主さんも読めなかったんですか?」

「人里にいる貸本屋の娘が翻訳をしてくれたのだけれど、その文字自体はまるで読めないね」

 

 貸本屋! ……いい響きだなあ……古式ゆかしい良さがある……わたしも行きたい……!

 ってそれはそうと、

 

「え? 人里って幻想郷の……なんでその人は読めるんです?」

「その子は妖怪の書いた本でも読める能力があってね。文字を勉強したわけじゃないんだが、自動的に書かれている内容を把握できるらしい。それで異世界の本でも内容がしれた、というわけだ。ちなみにこの世界の神話について書かれていた」

「なにそれ凄い。幻想郷って、人間にもそんな能力があるんですね」

「極一部の人だけだがね」

「わたしも幻想郷については少しは勉強したんですよ。もらった新聞で! 面白かったです!」

「……」

「店主さん?」

「………………書いた記者も喜ぶよ。機会があったら伝えておこう」

「ぜひ!」

 

 記者さんは確か『射命丸文』という天狗の人だった。

 時々大げさに書いてるのかな?って思うようなところはあるけれど、幻想郷での事件や奇人へのインタビューとかいろいろあって凄く楽しかった。きっと腕のいい人気の記者さんなのだろう。

 

「そういえば新聞、持ってきたんですよ! 返却しますから、新しいものを借りてもいいですか?」

「わざわざ新聞を返しに? 別に焚き物にでも使って良かったのに」

「何言ってるんですかー!! こんな貴重な読み物を!」

「い、いや幻想郷だと新聞はありふれているからね?」

「ずるい……」

 

 わたしは一息ついて、お茶をすする。美味しい。本を見る。お煎餅。パリリン。美味しい。本を見る。天国かな?

 

「そういえば……この世界は紙が無いようだ。この国だけかもしれないが」

「紙が無い……うう、安い本が普及しないわけですね」

 

 確かにわたしが読んでいる新聞を、トゥーリや母さんなんて「変わった模様のついた薄い布」だと思ったぐらいだ。紙といえば羊皮紙なのだろう。

 

「だから紙製品を見られたら、他国から流れてきた品とか適当に言ったほうがいい」

「わかりました。香霖堂さんから買ったっていいます!」

「……あまり面倒事にならないようにね」

 

 それにしてもここの店で売っている商品は、ちょっと他国とか言い訳できないようなものも混ざってる気がするけど……

 

「あっ! そうだった……店主さんに御礼の品を!」

 

 そういって父さんに頼み小さい木箱を作ってもらったものをテーブルに乗せ、蓋を開けた。

 ハーブろうそくはひと目でわかるとはいえ、木の実の殻に詰めたリンシャンについて説明しようとすると、

 

「名前は『簡易ちゃんリンシャン』、用途は『髪の汚れを落とし艶を出す』……洗髪剤かい?」

「え!? な、なんでわかるんですか!?」

 

 見た目は中に液体が入ってる木の実の殻だよ? しかも、わたしが勝手に付けた名前である『簡易ちゃんリンシャン』という固有名詞すら当てた。

 

「僕の持つ、道具の名前と用途が分かる程度の能力を使っただけだよ。見たことのない、知らない道具でもその名前と用途はわかるんだ」

「そんな能力が……!」

「ただ、用途はわかってもどうやって使うかはわからないのだが……これは中に入っている液体が洗剤なのかな」

「はい、それを桶一つ分ぐらいのお湯に溶かして髪の毛を洗えば……あっ、今店主さんにやりましょうか!?」

「それは遠慮しておくよ」

 

 まるで朝っぱらから幼女に髪の毛を洗われる成人男性になりたくないとばかりに断られた。

 

「もう一つはろうそくか。これはありがたく頂こう。君が作ったのかい?」

「はい! ええと、この街は真冬になると窓も閉め切って一日中外に出ないようになるので、ろうそくとか必要なんだそうです」

「……思ったより大変な環境なんだね。屋根の雪下ろしも考えないといけないし、ストーブの燃料もどうするかな……」

「そういえば店主さん、ストーブってどうやって使ってるんですか? 幻想郷には灯油が湧いてるとか?」

「いや、その幻想郷の管理者が店の商品と引き換えに灯油を渡してくるんだが……向こうはまだ冬じゃないからね。灯油の残りも心配だ」

「だったら店主さん、『薪ストーブ』とかどうでしょう」

「薪ストーブ?」

 

 わたしの提案に、店主さんが聞き返してきた。

 

「薪ストーブっていうのは暖炉のミニチュア版みたいなもので、構造は鉄板で作った四角い箱に足を付けて、小さな吸気口をつけて中で火を燃やすんです。煙突は外に出して。そうすると開放されている暖炉より少ない燃料で、熱された鉄板のおかげで部屋が温まる仕組みです」

 

 読書家の夢、暖炉の前で読書をしたい。しかし暖炉を持つのは実際問題難しいので妥協して薪ストーブとか、前世で考えていたことだった。

 

「なによりおすすめなのが、この街は薪がとても安いんです!」

「ほう」

「理由はわかりませんけど……」

 

 トゥーリが森から取ってくるんだけど、この規模の都市人口で子供が自由に都市近くの森から森林資源を取れるとか、余っているとしか思えない。

 中世ヨーロッパなら、無断で森の木の皮を剥いだだけで死刑になった国もあったと本で読んだことがある。人口が増えた近世になると世界中で都市部近くの森は禿山になっていった。この世界はもしかしたら成長が凄く早い木とか沢山あるんだろう。

  

「燃料節約にいいかもしれないね。このストーブの燃料を握られて、幻想郷の管理者にいいように扱われるというのもあまり嬉しくはないから。だが個人的な好みでは、ストーブの音も嫌いじゃない」

「わかりますわかります。いいですよね寒い日にストーブ当たりながら本を読むの」

 

 暖炉は暖炉で、ストーブはストーブで情緒があるものだ。

 

「ところで店主さん、話は変わりますけど」

「なんだい」

「この街では7歳になると洗礼式が行われて、子供でも仕事の見習いが始まるんです」

「江戸時代も丁稚の子供はそれぐらいの年から預けられた覚えがある」

「……単刀直入に言います。店主さん、このお店で見習いさせてくださ」

「生憎と間に合ってるよ」

「早っ」

 

 すぐさま拒否されて凹みそうだ……

 でも言われてみれば、まあ確かにそのとおりだ。わたしなんて家からここまで歩いても来られないし、どう見ても力仕事が向いているように見えない。じゃあ家事はというと、木の実の油を絞るのですら力が足りずにトゥーリ任せ、包丁は重くて危なっかしいから料理もできないときた。

 ちょっと異世界人同士という共通点はあるけど、だからといって店主さんがわたしを雇うメリットはゼロどころかマイナスになるだろう。

 落ち込んでテーブルでうつむく。ため息が聞こえた。どうしよう。

 

「……まあ雇う雇わないは置いといて、本でも読んで行くといい。それが目的で来たんだろう」

「読みます!!」

 

 落ち込んだけど、わたしは元気です。本があれば!

 いやまあ目的はちゃんと見習い認めて貰うこともだけれど!

 

「やれやれ。幻想郷に行けるなら、『動かない大図書館』にでも就職の相談をするのだがね。司書が空いていないかと」

「『動かない大図書館』?ってなんですか? 図書館って動きませんよね」

「幻想郷にある吸血鬼の館、紅魔館の大図書館を管理している魔女のあだ名だよ。毎日図書館の中で本を読んで暮らしているそうだ」

「大図書館!! いいなあ幻想郷……新聞に貸本屋に大図書館……」

 

 父さんと母さんとトゥーリと別れたいというわけじゃないんだけど、幻想郷行ってみたいなあ……

 

 どの本でもいいから、営業時間中は静かに読んでいてくれと店主さんから言われて本棚を眺め熟慮した。

 科学の専門書から、古典。娯楽小説から、和綴の古書。棚にはいろんなジャンルの本が並んでいた。適当に。

 うずうず。

 司書の勉強をしたわたしとしては、しっかり分類して並べ替えたい……!

 とりあえず娯楽小説を読んでいたら没頭しそうなので、考え事もしながら活字を追いたいと思ったわたしは難しそうな科学雑誌を手にとった。マイナスイオンとかプラズマクラスターイオンとかバナジウム波動とか怪しげな単語が並んでいる雑誌だけれど。

 

 きっぱりと断られたけれど、やはりわたしはここで働きたい。そのためにはこのお店を知って、役に立てる店員になることを店主さんに約束しないといけないのは最低ラインだろう。

 わたしを見習いとして雇わない理由は考えられる。一つずつ頭の中でリストアップしてみよう。

 

・業務が少なく店主さん一人でやりくりできる場合。

・店の売上が悪く、店員を雇うほどお金が無い場合。

・わたしが読み書きもできないから。

・わたしが体力が低く病弱だから。

・まず「古道具屋で働きたい」じゃなくて「本がたくさんあるところで働いて空いた時間で読書したい」という欲を見透かされているから。

 

 ざっとこんな感じじゃないだろうか。

 一つずつ解決策を店主さんに示して、少なくとも洗礼式までは後二年あるのでそれまでに解決できれば雇って欲しいと改めて交渉できないかな。

 

 まずは一つ目。店主さん一人でやりくりできる場合。確かに、店内は広いけれどさっきから店主さんは座って本を読んだまま、掃除をするでも客引きをするでもなくのんびりしている。羨ましい。

 雰囲気的には駄菓子屋のおじいちゃんとかそんなのだ。商売っ気を感じない。

 しかし店主さんでも、買い物に出かければ仕入れにも出かける。食事だって摂るだろうし、店を外すことはある。わたしはその際の店番ぐらいはできる。

 また店主さんがこうして怠けている(ように見える)間に、雑用でもなんでも済ませる下働きがいれば生活にゆとりができるだろうと思う。掃除だって洗濯だって構わない。本が近くにある暮らしができれば。

 

 次に店の売上が悪い。わたしがこのお店に来て何時間経過しただろうか。まだお客が来てない。しかも店主さんは別に焦るでもなんでもなく、これが平常運行だとばかりに本を読んでいる。

 もしかしてこのお店……儲けていない。となれば、本を読ませてくれれば安くてもいいと思っているわたしのお給料も出せないので雇えないのではないだろうか。

 このお店で働くのならば、自分の食い扶持ぐらいは自分で稼げる方法を作る必要があるかもしれない。例えば……リンシャンを売るとか? これは考えが必要だ。

 

 わたしが読み書きできない問題。

 覚えよう!

 店主さんもできないようだから、この技能を覚えれば価値が上がるはず。父さんは兵士で門番だからできるんじゃないだろうか。相談してみよう。

 

 体力が低い問題。

 ちょっとずつ鍛えながら成長を期待しよう!

 病気は……どうなんだろう。原因もわからないんだよね。そうすると、申し訳ないけど店主さんの持っているお薬が一番良く効きそうなんだけど。

 

 わたしが古道具屋が大好きだからここで働きたいんじゃない問題。

 確かにそうだけど、これから一生懸命古道具屋の仕事を覚えるし、なんでもする。少なくともわたしは本に囲まれた生活を送ることに関しては本気だ。

 

 期間はまだあって、店主さんにどうにかチャンスだけでも貰わないと……

 

 

「──マインくん。お昼が出来たから食べていきなさい」

「はっ!」

 

 本と思考に夢中になっていて、気を利かせた店主さんがお昼ご飯まで作ってくれてしまった!

 またお世話になってしまうことに申し訳なく思いつつ、白米と大根の味噌汁と干し魚とお漬物の組み合わせで頬も緩む。お、美味しい……日本人だなあ……

 

 

 午後になってもお客がさっぱり来ないので思わず心配になって店主さんに尋ねた。

 

「店主さん、お客来ないですね」

「そういう日もあるさ」

 

 気にしていないようだけれど、これじゃあわたしのお昼ご飯代だけで赤字になる。

 や、やっぱりわたしが働けるように、ある程度の儲けは作れる方法を考えよう……

 だって! 本に囲まれてて、割と暇で仕事中に本が読めて、白米とかお味噌汁とか飲める場所は香霖堂以外無いんだよ! しかもトイレもついてる!(マインの実家だとおまるにして窓から投げ捨てる)、お風呂もついてる! 住みたい……

 身売りしてでもここに就職しないといけない。わたしはそう決意を固めた。

 

 本気でお客が誰も来ないまま夕方になってきた。本も一冊じっくり読み終わったので、店主さんに話しかける。

 

「店主さん! 見習いの件なんですけど」

 

 とりあえず否定される前に、あと二年後の洗礼式までわたしが見習いとして足手まといの無駄飯ぐらいにならないように努力をすることを口早に説明する。

 いっそのこと、店主さんからお給料とか貰わなくてもいい。自分でご飯代ぐらい稼げて、本を読ませてくれれば。 

 一番の希望を言うとお金払ってでも下宿させて欲しいけど……

 問題点の解決策をわたしが矢継ぎ早に説明したあとで、店主さんは少し考えて言った。

 

「僕が君を雇うのが困難なのは、僕が異変の真っ最中にあって将来的にどうなるかわからないからでもある」

「と、言いますと?」

「つまりはだね、常軌を逸したなんらかの現象で、本来は幻想郷にいるはずの僕と香霖堂が、夢幻の如くこのエーレンフェストに存在することになったわけだ。もし僕の身に降り掛かった異変が解決されれば、この香霖堂はある日忽然と姿を消すかもしれない。或いは、僕だけが居なくなるのかもしれない。どうなるかわからない状況で、店員の責任まで取れないよ」

「だとしたら、二年後になっても香霖堂と店主さんがこの世界に存在していたなら、ある程度ここにいることが安定した状態だと言えないでしょうか」

「ふむ。二年先の事か……」

「それにもし、わたしを雇ったあとで店主さんだけ幻想郷に戻って、こっちに来れなくなってお店が残ったなら、管理する人も必要だと思うんです。もしある日香霖堂と店主さんが姿を消したとしても、わたしは自分の責任で対処します。だから見習いに雇ってくれませんか……」

 

 もし店主さんだけ居なくなって、お店だけが残されて、誰もここの価値がわからないまま取り壊されるとかなったら悲しすぎる。

 ついでにやはり古道具屋だけだと生活費も危ないので、なにかわたしが商店として売れる物を開発しておけば、店主さんやお店が無くなったとしても商人としてどうにかやっていく道を見つけられるんじゃないだろうか。

 まずはとにかく、この香霖堂で働くことを目標にしたい。紙も普及しておらず、識字率も低い国で、まともに本を読めるのはここしかないから。

 店主さんは少し苦々しい顔をして、諦めたようにため息をついた。

 

「……とりあえず一年様子を見よう。それで現状が変わらないようなら、考えてみようじゃないか」

「わかりました! あ、でも……これから時々はお店に来ていいですか?」

「本を読みに?」

「はい」

「……まあ、いいさ。店をゲーム屋や集合場所に使ってる客に比べれば、君は大人しい方だからね」

「あっ、お礼も持ってきます!」

 

 とにかく、わたしの努力と、店主さんの身に起こっている異変の解決次第では考えてくれることになった。

 よし! 香霖堂の店員目指して、頑張ろう。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

<森近霖之助>

 

 

 本当は見習いだの丁稚だの、従業員を雇うつもりは全く無かったのだけれども。

 この香霖堂は僕の店であり、城でもある。一人でどうにかこの店を始めることができたことを密かに誇りに思っている。そして自分の意思のみで店を運営し、営業時間がまちまちだろうと突然休みになろうと誰にも文句は言わせない自由な場だった。

 そこへ僕の下につく働き手が加われば、その者の生活を保証するためにもある程度の賃金は必要となり、その最低な賃金だけでも稼がないといけない。店主である僕が働いているように見えずに日がな一日本を読んでいたら、従業員の立場だと文句も出てくるだろう。

 人を雇うのは責任を負うということだ。

 

 しかしマインくんはその場の思いつきで提案した風はあるものの、真面目にどうすれば雇ってもらえるかを考えて提案している。

 今日は説明しなかったけれど、働くのならば色々と僕からも条件はある。例えば食事などは提供するから賃金を安めにしてくれないかとか。人里の商店へ泊まり込みの丁稚に入った子供などは、衣食住の提供を受けるので賃金というものはある程度店の仕事を任されるまで殆ど発生しなかったりする。

 それを今日言うと、もはや雇う内定を得たようになるので言わなかったけれども。

 

 雇うつもりのなかったマインくんへ、考えてもいいと告げた。

 それは彼女が真剣であったことと──僕が、半妖で怪しい見た目をした男が、人里の霧雨店へ雇ってもらえないかと頼み込んだ際には、店主をしていた親父さんは笑って受け入れてくれたことがある。

 僕が今思うような小難しい理屈や先行きの不安などは出さずに、他の下働きと平等に厳しく店で修行させてくれた。

 そういう扱いを受けた僕が、マインくんの真剣な頼みを断るということはできないだろう。

 

 ついでに言えばマインくんはこの世界での僕の事情を知っているし、マインくんの事情も知っている。同類相憐れむというわけではないが、他に見習いになりたいという者がいれば説明の面倒さから断るところだが、彼女ならばそれほど面倒ではない。

 趣味も本を読んでおけば静かにしているというのならば、時折店に本を読みに来る名無しの本読み妖怪よりも面倒事は起こさないだろう。彼女は今だに魔理沙や霊夢と言い争いをして弾幕ごっこを始めだす。

 

 

 さて、マインくんが手土産に持ってきた『簡易ちゃんリンシャン』。髪を洗う薬品のようだ。

 生憎と僕はそれほど、髪の毛を手入れすることはない。風呂に入る際に湯で流す程度だ。なので、このリンシャンは店に置いて幻想郷の少女にでも売るべきか。

 そうすると、僕はこの道具の用途はわかっても実際の効果は不明だ。どうなるかわからない物を売りつけたら怒りそうな知り合いは多数いる。

 一応念のために、自分で一つ使ってみるべきか……? 毒ではないのだから。

 

 

 

 翌日。

 

「うふ、うふ、うふふふふ!! なんだ香霖その頭!」

 

 魔理沙は声を抑えた妙な笑い声と共に僕の髪の毛を指さした。

 

「り、霖之助さん。随分とイケメンになったじゃない。ぷぷ」

 

 冷やかすような霊夢の声。笑いが漏れている。

 端的にいうと、マインくんの作ったリンシャンはやたらと髪に艶を生み出す効果があるようで、昨日の夜に試してみた僕の髪の毛は光が反射するような鮮やかな銀髪となり、髪質もしっとりと垂れて印象が大きく変わってしまっていた。

 おかげで店を訪れた二人にバカにされる始末だ。こういう日に限ってやってくるんだ。二人共。

 

「なあなあ香霖。その髪に付けたやつくれよー」

「これは商品だよ魔理沙」

「霖之助さんの家のお風呂で使えば代金は無料になるんじゃないかしら」

「ならない」

 

 もう僕が使う気はしないが、古道具屋として持ち込まれた立派な道具だといえるだろう。御礼の品を売り払うという風に見えるかもしれないが。

 

 ──カラン。

 

 小さな音を立てて店の扉が開くと、まともな客であるメイドが入り口に立っていた。

 紅魔館のメイドをしている十六夜咲夜だ。館で使う食器や雑貨、時々物珍しい道具も買ってくれる。

 

「やあいらっしゃ」

「……」

「……」

 

 声を掛けた瞬間に彼女の姿はかき消え、いつの間にか僕の真横に立って、僕の頭を凝視していた。

 何故か彼女は、自分の銀色をした髪の毛をつまんで眼前に持っていき、そして僕の髪の毛もつまんでなにやら比較するように見ていた。

 心なしかジト目になっている気がする。

 

「うわなんだよ咲夜──ああ、香霖の頭がおかしいってんだろ?」

「怪しげな薬を使ったらしいわ。ええとほらそこの」

 

 まるで僕が怪しげな薬で頭がおかしくなったように言う二人へ文句を言う間もなく、咲夜が消えたと思ったら残った三つの簡易ちゃんリンシャンを手にしていた。

 

「これだけですか? すべて買わせて貰いますわ」

「あっそれ、わたし達が貰おう──もとい買おうとしてたのに」

「では魔理沙。貴女の支払い方法は?」

「ツケだぜ」

「霊夢は?」

「払う必要……あるかしら」

 

 あるだろう。

 

「毎度」

「えー……」

 

 ということもあり、咲夜がしっかりお金を支払ったので、彼女の手にリンシャンは渡ることになった。

 

 

 余談だが後日紅魔館の、メイドと主と門番がやけに髪ツヤが出ていたという話を聞いた。動かない大図書館は別に何もなかったらしい。

 その噂を聞いて僕の店に簡易ちゃんリンシャンを求めにくる客も来たが、次回入荷は未定だということにした。材料からして油と香草と塩だとは思うが、試しに幻想郷の材料で調合したもののあまり出来は良くない。あの世界の植物油が重要なのかもしれない。

 マインくんに仕事を与えるのならばまずはこれ作りでも頼むべきだろうか。

 

 そんなことを考えつつ、僕はあくびをして布団に入った。また明日が始まる。

 

 

 

 

 




霖之助が割とあっさり見習い認めてますが
・事情知ってるので面倒事が少なそう
・本読んでて邪魔されなかったので
・常識的な少女に甘い
などの理由です

マインちゃんの頭にもう本を作るとか紙を作るとかそういうのは存在しなそう
リンシャンとかなら作るかもしれない(香霖堂で生活費を稼ぐために)

霊夢はイケメン好きなのが公式なのか旧作設定なのか

パチュリーは2点なのでリンシャンが回らない

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