本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左高例

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6話『マイン、字を勉強する』

 

<マイン>

 

 

「父さん! 文字教えて!」

 

 わたしがそう嘆願する、父さんは非常に難しげな顔をしてうつむいた。

 香霖堂で働くにはわたしが自分の食い扶持ぐらい稼げる程度に役立つ見習いじゃないといけない。数字を覚えれば計算はできるかもしれないけれど、この世界での文字の読み書きができなければ商売人としてやっていけないだろう。

 店主さんも文字は読めないらしいので、アピールチャンスだ!

 

「……それは、あの店に見習いに行くため、ということか?」

「うん。店主さんも、一年後までに字を覚えて、体力も付けて、ちゃんと仕事ができるようになっていれば考えてくれるって」

「そうか……」

「古道具屋さんね……マインに務まるかしら……」

「体力仕事よりはいいかもしれないけど……」

 

 家族一同、ひたすら心配しているような目でわたしを見てくる。

 だけどわたしは決めた! 香霖堂に就職して本に囲まれた古道具屋の店員になり、程々に稼ぎながら一日の大半を読書に費やすんだ!

 図々しいかもしれないけれど、店主さんにお願いして手間賃も払えば、幻想郷の人里や大図書館から本を借りてきて貰えるかもしれない。わたしが読める本はあの店に置かれているものだけでなく、幻想郷と繋がっていることも考えればもう本好きとしては本の鉱脈を見つけたようなものだもん。

 

「だから父さん、字を教えて?」

 

 おねだりポーズ! 父さんは「う、ううう」と上遠野浩平作品のキャラみたいに呻いた。どうしたんだろう?

 

「ご、ごほん。いいかマイン。まず字を教えるにも、ここには道具も無いだろう」

「あー……そうだね」

 

 そうだった。紙もペンもインクも無い。手本になる本も無い。

 正確にはまた香霖堂から借りてきた新聞があるけれど、これを使うわけにもいかない。木の板と竈の煤を使えば文字が刻めなくもないけど、練習代わりに使える板切れはないし薪に書いてもうまく書けないだろうし……

 父さんは再び咳払いをして、なぜか目を逸らした。

 

「だから……明後日。門まで連れて行こう。俺は忙しいかもしれないが、門にいるオットーという兵士が文字を教えるのが得意だからそいつに相談してみるといい」

「わかったよ父さん。でもなんで明後日?」

「明日急に行っても仕事の邪魔になるかもしれないだろうからな。先に俺が話をしておく」

 

 確かにそうだよね。よし、明後日。頑張ろう。

 

「試しに門まで歩けるか、マインも倒れない程度にやってみなさい。疲れたら俺が背負っていくから」

 

 そう父さんが言う。そうだよね。体力も付けないとね! それに南門は、わたしの家から一番近い門だ。大丈夫だと思う。

 

「帰りは……トゥーリ、森から戻ってきたときに頼めるか?」

「えー……」

 

 しんどそうな声を出すトゥーリ。

 

「だってマイン……絶対に歩けないもん。父さんや母さんなら背負えるけど、わたしじゃ大変だよ」

 

 邪魔者扱い……少しショックで凹む。

 父さんは頷いて告げる。

 

「そうだ。今のままでは、マインはずっとお荷物になる。だから少しずつでも体を慣らしていかないといけないだろう。いつまでもトゥーリがお世話できるわけじゃあないんだから」

「そうだけど……」

「わかった。近所のラルフたちにも声を掛けておく。大変だろうが、頼んだぞ」

 

 というのでトゥーリも渋々と頷いた。ラルフ? えーと……記憶がぼやーっと浮かんでくる。確か、ラルフがトゥーリと同じ年の赤毛少年。ピンク頭でいたずら好きなのがフェイ。金髪のルッツがわたしと同い年。だったかなあ。

 この世界に来てからというものの、最初は寝込んで次は香霖堂で新聞貰ってで、全然出かけてないからご近所さんの顔とか見てないなあ。

 

 

 

 翌日は香霖堂に行きたいのを我慢して、部屋に籠もって新聞を読んでいた。家族のみんなも、わたしがこの奇妙な紙を見ていると大人しくしているということはどうやら理解したようだ。

 ぼやーっとしたマイン本来の記憶だと、誰も家にいなくなるときは同じ建物で暮らすゲルダという老婆のもとへ預けられていたみたいだけれど、このばーちゃんは一応見ているだけぐらいの扱いで子供を預かっていて、そこに行くぐらいなら新聞を読んでいたほうが大分マシだった。

 しかし面白いなあ『文々。新聞』。店主さんがおまけで付けてくれた、他の天狗記者が書いた別新聞『鞍馬諧報』もあるけど、『文々。新聞』のほうがわたし的には好き。

 鞍馬諧報はどうも大げさすぎるというか……多分9割ぐらい飛ばし記事を盛りに盛って書いてる感じがする。その点文々。新聞はリアルな感じがする。噂だけ聞いて書くのと、ちゃんと現地まで行って書くのの違いかな? まあ、文字が読めて物語が知れれば今の状況ではどっちも愛してるけどね。

 一人で待っている間に、体力の問題も考えないといけない。筋トレなんかしたらすぐに倒れそうだと思ったわたしは、ラジオ体操を行うことにした。

 

「1,2,3……ふう。5.6.7……はぁ、はぁ……」

 

 マインの小さな体ではラジオ体操をゆっくりするだけで息が切れる。

 動いていたらお腹すいた……

 この世界?というかマイン周辺だとお昼ごはんってあんまり食べない。朝と夜。お昼にはお腹が空いたら軽いおやつ的なものを食べたり食べなかったり。食べないことのほうが多い。

 香霖堂だと贅沢にお昼ごはんを頂いたことを思い出すと、これまであんまり気にしていなかった空腹が身に染みる……

 見習い未満の子供にちゃんとした一汁一菜のご飯(白米だった)が出せるってことは、幻想郷ないし香霖堂はそれほど困窮していないのかな? 少なくとも、わたしの家族とかみたいな庶民よりは。

 しかし店主さんがシャカシャカお米を研いで、干物を焼いて、壺かなにかに漬けていたお漬物を切って出したと考えると……家庭的メガネイケメン。あの人モテそう……いやなんか雰囲気が枯れてるからなあ。いい意味で。

 

 Q.空腹を堪えるのに最適な方法は?

 A.読書。

 

 なのでわたしはこれから日課にするであろう運動も終えて、新聞を読むことに専念──幻想郷甘味処番付!? ここは飛ばそう……ああでもいいなあ餡蜜の写真が……妖怪の山、守矢神社の新名物タピオカ牛乳茶にカエルの卵混入疑惑……これは食欲が無くなる……

 

 

 翌日になって、防寒着をしっかりと身に付けて店主さんから貰ったマフラーも巻いた。いざ父さんと出発。

 

 階段を降りて家の外に出て、次の通りに行く前にわたしはダウンした。そうだった……わたしの体力はこんなものだった……急激に体力がつくわけじゃない……

 

「で、でも前は階段を降りてもう駄目だったから、少しは成長してるんだよ?」

「……」

 

 なんとも言えない顔で、父さんはわたしを片手で抱っこして運ぶことにした。

 

「どうにか体力を付けないと、あの店までいけないぞ」

「それは死活問題だね……そういえば香霖堂ってどこにあるんだっけ?」

 

 この前父さんと行ったときはかなり歩いたような。

 

「俺の職場は家の近くの南門で、あの店は市場がある西門近くだ。家からの距離は倍以上ある」

「うううっ頑張ろう……」

 

 随分と一昨日は職場まで遠回りをさせてしまったみたいだ。

 一人で香霖堂まで歩いていけるようになったら、もう毎日でも通いたいのに。

 なによりも見習いになるのに、自分ひとりで歩いていけないというのが問題外だった。香霖堂に住ませてくれるのなら話は別だけれど……

 

 南門にたどり着いた。父さんはわたしを長椅子に下ろすと、他の兵士さんたちが「班長」と呼びかけてフレンドリーに挨拶をする。わたしにもお水をくれた。

 父さんは同僚とか部下から慕われているみたい。

 どうもわたしがやって来ることは全員に伝わっていたみたいで、

 

「班長ご自慢の娘さんですね? 自分から字を習いに来るなんて偉いなあ」

「そうだろう! 俺の世界一かわいくて賢い自慢の娘だ!」

 

 と、わたしを抱き上げながら紹介していた。

 少し休憩してからわたしは事務室みたいな机と椅子と棚のある部屋に案内される。

 そこには若い兵士さんが居て、父さんの姿を見ると姿勢を正して右手の拳で胸を2回叩く仕草を見せた。父さんもそれを返したので、敬礼とかそういう挨拶だろうか。

 

「班長。そちらが娘さんですか?」

「そうだ、オットー。仕事の合間を見て、文字を教えろとまでは言わないが、書き取りをさせてみるとかを頼む」

「わかりましたよ。次の春には洗礼式を終えた見習いに読み書きを教えないといけないことになってますから、練習のつもりでやってみます」

「頼んだぞ。俺は、忙しいからな。マイン、オットーはもと旅商人で、読み書き計算に詳しい。邪魔をしてはいけないが、とにかく近くで見学させて貰いなさい」

「はい!」

 

 そう言うと父さんはそそくさと事務室を出ていった。やっぱり忙しいんだろうか? 

 何故かその後姿を見てオットーさんが小さく苦笑した。

 

「どうしたんですか?」

「いや、口止めされてるんだけど……でもマインちゃんが字を覚えたらわかることだよなあ……実は、班長は字の読み書きが苦手なんだ」

「え!?」

 

 父さんが!? えええ……こんな、入国管理みたいな仕事をしていて、少なくとも班長って呼ばれる立場にあるのに?

 

「もちろん全然できないわけじゃない。名前ぐらいは読み書きができるしね。兵士の仕事は治安維持で、報告の殆ども口頭で済ませられるから字を必要とする場面は中々無いんだ。僕はできるから余計に書類仕事を回されているけど……」

 

 この世界には庶民の通う学校も無いんだろうなあ……

 っていうか公務員みたいな兵士の班長レベルで、日本語で言うとひらがなが読み書きできますってぐらいだと、道理で町中に文字が出てないし本も普及していないはずだよ。

 でも商人だと絶対必要だと思う。この世界で商店としてやっていくには、覚えないと。

 オットーさんはわたしの肩に手を当てて諭すように言う。

 

「班長も娘に出来ないとは言いたくなくて誤魔化そうとしたんだから、マインちゃんもわかってなるべく触れないでやってくれないかな?」

「わかりました」

 

 父さんも娘にそういうところは見せたくないよね。知らないふりをしよう。

 あとでわたしが露骨な反応をしないようにオットーさんも教えてくれたんだろうし。

 

「よし。素直な子にはプレゼントだ」

 

 そう言ってオットーさんが渡してきたのはミニチュアの黒板みたいなのと、白い石筆だった。

 

「わあ!」

「俺が昔使っていたやつだけど、これを文字の練習用にすればいいよ」

「いいんですか!? 嬉しいです!」

 

 試しに『香霖堂』と石版に書いてみて、指でこすると文字が消える。練習にぴったりだ!

 大喜びのわたしに、オットーさんが声を掛ける。

 

「マインちゃんは商人の見習いになりたいんだって?」

「はい!」

「どこか知り合いの店でもあるの?」

「『香霖堂』っていう古道具屋さんなんですけど、ちょっとした付き合いがありまして、文字が書けるようになったら見習いを考えてくれるって」

「コウリンドウ?」

 

 オットーさんが聞き慣れないような、どこかで聞いたようなといった風に考えた。

 

「……ひょっとして、店の外見が奇妙な感じで、店主が銀髪で眼鏡を掛けている……」

「知ってるんですか?」

「いや、うちの嫁さんの兄貴が、そういう妙な店で変わった髪飾りを買ったらしく、針子たちに見せてもよくわからない材質だとかで噂になってて……でも他にも髪飾りを買いに行こうとしても、店が開いてないとかで入れなかったみたいなんだ」

「あー……」

 

 わたしが一日、香霖堂の経営を見た限りだとずっと本読んでお昼ごはん食べて本読んでた。理想の本生活って感じだけれど、収入はどうするのか疑問だ。

 ただやっぱり店主さんが出かけるとかなると、どうしてもお店は閉めないといけないのでお客さんがタイミング悪く入れないこともあるのだろう。  

 決して、本を読むのに集中していて店に鍵を掛けたまま居留守していたわけではないと思いたい。

 

「成程……マインちゃんとその店に繋がりが……意外だな」

「店の前で行き倒れて死にかけていたところを助けられた仲なんです」

「深刻だな!」

 

 実際は同じようでちょっと違う感じの世界からやってきた同士だけれど、その説明は難しい。

 ひとまずオットーさんを納得させて、文字の練習をさせて貰う。

 まずは自分の名前、マインという文字のお手本をオットーさんが書いてくれたので、何回も書き写して練習する。

 一回消しても文字の並びを完全に覚えるまで、頭に叩き込まないと。

 

 単に記号の並びとして覚えるんじゃなくてこれは文字なんだと認識することが大事だった。

 『マイン』という口にすると三文字の言葉に対して、異世界の文字は……ええと、地球の文字にすると『∀L□∧X』こんな感じで五文字。アルファベットの組み合わせみたいな感じなのかな? 他にも文字と比較できれば次第にわかってくるかも。

 カリカリと何度も書いていると、オットーさんも仕事をしているみたいで書類に文字を書いているようだった。

 その書類は……羊皮紙! そしてインク! いいなあー!

 

「オットーさんオットーさん」

「なんだいマインちゃん……ん? もう殆ど完璧に書けているのか。じゃあ次は班長の名前でも……」

「それよりその紙とインク、父さんにねだったら買ってもらえないでしょうか」

「これを? いや無理無理! 絶対無理! 高いんだからこれ。えーと確か、羊皮紙が小銀貨8枚で、インクが小銀貨4枚だったかな? 班長の給料より高いよ」

「というと、羊皮紙が8万リオンでインクが4万リオンで合わせて12万リオン……30リオンの果物を4000個も買える値段……凄い高い……」

 

 店主さんが例えていたように、わたしも身近な安い果実で物の価値を計算してみた。

 

「ん? え? ちょっと待って」

 

 何やらオットーさんがソロバンみたいな道具を弾き出したけれど、確かに子供には高級すぎる。とすると父さんのお給料は月に10万リオン、大銀貨一枚ぐらいかな?

 ソロバンを弾く音が止まったオットーさんが、こっちを疑わしそうに見てきた。

 

「マインちゃん。そのお金の計算はどこで?」

「えーと、香霖堂の店主さんからちょっとだけ」

 

 実際は通貨レートを聞いたぐらいで、後は暗算だけれど、五歳の子供が計算して神童みたいに思われるよりは店主さんから習ったという理由のほうが納得されやすい気がした。

 なにせそこまで複雑な計算でもないけれど、オットーさんはソロバン弾いているぐらいだから、文字の読み書き同様に算数の計算も高度なものは一般的でないと思う。

 オットーさんはなにやら考える仕草をして、書類を見せてきた。

 

「マインちゃん、この書類のこっち側が数字なんだけれど読める?」

「はい、数字は市場にもあったので……経理の書類かなにかですか? あれ? ここのところ、合計金額が間違ってますよね」

「……」

 

 指摘するとオットーさんは「うーん」となにやら唸ってから、

 

「計算はできるのか……」

「まあ……多分」

「なら、ちょっとこっちにある経理の書類をざっと見て、計算が間違っている書類だけ抜き出してくれないか? 俺に回されてくる書類で、計算間違いを確かめる仕事が一番多いんだ。早めに書類仕事終われば、もっと勉強見てあげれるから」

「わかりました」

 

 わたしは頷いて、テーブルの椅子に座って書類を確認していく。

 数字がアラビア数字じゃないからちょっと解読に一手間掛かるけれど、四則演算で十分に計算できる……はず。地球と違う数学の法則とか進数とかなければね。

 

「とりあえず間違ってる感じのやつを抜き出すだけでいいんですか?」

「うん。ひとまずね」

 

 計算し直すと少し時間が掛かるけど、明らかに答えが違ってそうなのを見つけるのは簡単だ。

 暫くして正しい書類と間違っている書類に分類し終えた。

 

「早いな……一応、確認するからちょっと待ってくれるかい?」

「はい」

 

 その間に教えられた、父さんと母さんとトゥーリの名前を石版に何度も書いては消して練習する。

 オットーさんは二度手間だけれど、わたしが分類した書類を両方とも調べている。まあ、当然だよね。五歳児が分類したわけだから、間違ってないって思った書類の中にも間違いが混じってると思うもん。普通。

 でもどうやら、わたしも見逃しは無かったようで驚いたみたいにオットーさんはソロバンと書類を置いた。

 

「……マインちゃん」

「はい?」

「書類に出てくる単語の読み書きから覚えていこうか」

「仕事手伝わせる気を隠しませんね……」

 

 まあ、いいけど。無軌道に勉強するよりは、実用的かもしれない。

 今日のところはわたしが計算してもオットーさんが検算したのでそこまで仕事は早く終わらなかったけれど、検算の結果が問題無かったのでこれからもよろしくと頼まれてしまった。

 これって字を教えてもらってるけど労働してないかな? 報酬は……石版と石筆? うーん。足りてるのかな?

 ちょくちょく父さんが様子を見に来てはオットーさんにわたしのことを尋ねていたけど、オットーさんは褒めるものだから父さんは上機嫌そうだった。

 なにはともあれこの日のうちに、家族の名前ぐらいはソラで書けるようになった。

 

 父さんの仕事終わりは遅いので、森に行っていったトゥーリたちが家に帰るのに合わせてわたしも帰ることになった。

 ひー! み、みんな、一日中森で採取して、背中には薪とかたくさん担いでるのに歩くの早い!

 トゥーリに引っ張られるようにしながら戻るけど、息が切れる。

 

「まっ……ちょっと、早くて……はあ、はあ……」

「大丈夫か? マイン。 熱が出るかもしれないだろ。俺が背負ってやろうか?」

「ルッツぅ……」

 

 ありがたい……同い年のはずなのに、どう見てもルッツの方が体格が良い……

 小学生ぐらいって、女の子の方が成長早いんじゃなかったっけ? わたし、病弱なせいか幼稚園年少組並なんだけど。

 ルッツはなにか言いたげな兄に、ひょいと担いでいた網カゴを渡して背中を向けてしゃがんだ。

 

「あールッツお前、俺が運ぼうと思ってたのに!」

「ラルフ兄は俺の籠を持ってくれよ。ラルフ兄の籠まで俺に渡されたらマインより重たいだろ」

 

 年上のラルフは籠の中に木の実や薪を沢山放り込んでいて、それをルッツに預けてもたせるのは大変そうだった。

 

「ゆっくり行くから先に行っててくれ」

 

 ルッツはそう言うと、やっぱり子供でも一人背負って歩くのは少し重いのか皆よりペース遅めでついていった。

 

「ありがとうねルッツ」

「ん……」

 

 ルッツ、なんていい子なんだ。

 まだ五歳だというのに女の子に気を使ってこういう行動できるとは、凄い。

 小学校の男子だったら確実に冷やかされるのに! ここでは普通なのかな?

 

「マイン、最近姿を見ないから心配しててな。大丈夫だったか?」

「うん。わたしは大丈夫だよ。むしろ前よりも体調がいいぐらいで」

 

 本の影響か、店主さんに飲まされた風邪薬がやけに効いたのか。

 前までは熱を出して数日寝込んでいたけど、最近では軽く目眩を起こして休むことはあっても、倒れることはなくなっていた。

 

「なんかマイン、いい匂いするな。トゥーリもだったけど。髪の毛か?」

「わかる? 簡易ちゃんリンシャンって、わたしが作ったやつを髪に浸けてるんだけど……いい匂いだよね? 髪も綺麗だよね?」

「あ、ああ」

 

 よし。ここの人の感性でも、リンシャンは良いものとして感じられる。ならそのうち商品にできるかも。

 香霖堂に勤めながら生活費をリンシャン売って稼ぐわたし。ん、んー……なんか奇妙な形態だな。

 

「ところでマインはなんで門に居たんだ?」

「父さんの部下の人に字を教えてもらっていたんだ」

「字!? 書けるのか!?」

「といってもまだ、名前ぐらいしか書けないんだけどね」 

「すげえマイン! 自分の字が書けるなんて!」

 

 自分の名前が書けるぐらいでも驚かれるのかな? 多分、子供にしては、だと思うけれど。

 少なくともお店とかの契約やらなんやら、自分の名前ぐらい自筆で書けないとできないから大人だったら自分の名ぐらいは書けると思う……多分。

 

「でもなんで字を?」

「わたしね、商人の見習いになりたいんだ。それで字ぐらいは書けないとって」

「商人の!?」

 

 なにか大げさに驚いているみたいだけれど、どうしたんだろ?

 

「……いや俺も旅商人になりたくてさ」

「旅商人?」

「ほら、旅商人とか吟遊詩人とか、別の街に行けるだろ。俺、生まれてから死ぬまでずっとこの街にいるのかって思ったら、自分の目で色々見てみたいって思って」

「あー、そうだよね。本もいいけど、旅をしてあっちこっち行くのもいいよね」

「マインもそう思うか?」

「うん。旅先で本を見たり、図書館を巡ったり、本を見たりとか……あと本とか」

「……なんか違う気がする」

 

 あれ? わたし、旅行の目的が基本的に本だな。

 でもその土地にしかない郷土史とかも読んでて面白いんだよね。マイナーな武将とか出てきたり。変な民話が残ってたり。

 

「マインはどうして商人に? なにか伝手でもあったか?」

「うん。前にほら、わたしが市場で居なくなったときあったよね。そのときに古道具屋さんに助けられて……もうこれは運命だなって」

「そ、そういうものか?」

 

 だって! 本がほぼ無いこの世界で、本の、しかも日本語の本に囲まれたお店が目の前に現れたんだよ! 凄い奇跡っていうか運命だよこれ!

 雑貨屋さんから香霖堂まで案内してくれたあの女の人に感謝……ん? あれ? 確か女の人に案内されたような気がするんだけど、ぼんやりとしか思い出せない。どんな人だったかな?

 まあいいか。また会えばわかるよね。

 

 わたしの目標は前世と変わらず、本に囲まれた生活を送ることだ。香霖堂ならそれがこの世界で多分唯一叶えられる。見たところ、店主さんも読書好きっぽいから、新しい本を仕入れてくれる可能性も高い。

 まあ、運が良ければこの世界の本にも興味があるけど……店主さん、普通に本買ってて凄いなあ。父さんの月給が大銀貨1枚だとすれば、あの大金貨3枚の本は父さんの給料300ヶ月、25年分にもな……る……冷静に計算するととんでもないよね!

 店主さん、ちょっと物が売れたから買ったっていうけど、父さんの稼ぎ25年分の値段がする商品をポンと売るなんて相当凄いことしてるんじゃ……

 

「どうした? マイン。疲れたか?」

「う、ううん。大丈夫。ありがとねルッツ」

「しかしマインが見習いに入りたい古道具屋か……俺も一回見てみたいな」

「うーん、でも西門近くにあるから、遠くて行けないんだよね……」

「ん?」

「え?」

 

 なに言ってるんだ? みたいなルッツの声にわたしは首を傾げる。

 

「あー……マインだからか。いいかマイン。俺やお前ぐらいの年になれば、街のどこに居ても南門東門西門、どこでも歩いていける距離なのが普通だ。北門は用がないなら行かないけどな」

「そ、そうなんだ……」

 

 わたし虚弱すぎ問題。一番近い南門にたどり着けず、西門へは遥かな距離だと思っていたのに。

 っていうか、南門からわたしの家までルッツがわたし背負って歩けるぐらいだもんね。そりゃあ、荷物が無かったらどこへでも歩けるよ。

 

「じゃあ今度、手伝いが休みの日に連れて行ってやるよ」

「本当!?」

 

 西門近くだと、南門で働いている父さんも遠回りになるから頼みづらかったんだよね。それに、香霖堂からの帰りも問題だし。

 行き帰りをルッツが連れて行ってくれるなら大丈夫な気がする!

 

「ただし。ずっと背負って街中歩いてると変に思われるから、マインもゆっくりでいいから歩く練習をして体力を付けるんだぞ」

「うん、わかったよ。わたしもそれ重要だと思ってる」

 

 どんなお店で働くにしても家から通えないって問題外だからね。それにこのままだと、例えば香霖堂のお掃除をしただけで体力が尽きて倒れそう。

 料理のメニューも色々思いつくから、店主さんに作ってあげることも考えたんだけど今は鍋すら持てない。

 洗礼式まであと2年。子供の成長は早いとはいえ、非常に不安だから鍛えないとね。

 

「よ、よしルッツ! 家まで少し歩いてみるから、ちょっと下ろして」

「ああ、無理をしないようにな」

 

 そう言うとルッツは降りたわたしに手を差し伸べてくれた。ふおー。ここの男子って積極的っていうか紳士的っていうか。

 かなりトゥーリやラルフたちには遅れたペースで、わたしはルッツの手を取って転ばないようにゆっくり歩いた。ルッツも歩幅をあわせてくれて、嫌な顔もしないで付き合ってくれた。いい子だよー!

 

 

 家に帰ったら熱が出て倒れたけどね。ううう、早く大人になりたい……

 

 




※割と原作よりの話だけど目的意識が高いのでサクサク進む

※マインの様子が妙な感じだってのは原作通り家族やルッツも感じているけれど、「香霖堂の店主の影響」みたいに思われているので不審にまでは感じられない。なのでルッツに真マインカミングアウトイベントは発生しない。

※マインの家と香霖堂の位置遠すぎ問題。一般的な子供では行けるんだけど、マイン一人は暫く無理
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