本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左道

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7話『カステラとフリーダ』

<森近霖之助>

 

 

 幻想郷に流れてくる品は多岐にわたるが、食品がやってくることも時折ある。

 外の世界で忘れられたのかもはや食べられなくなったのか、或いは偶然に神隠しにあったのか。瓶やペットボトルに入った飲み物などもあるので、冷やして客やたかりに来た常連に出したりする。

 僕がその菓子を見つけたときに「おや」と思ったのは、これが忘れられるのだろうかと思ったからだ。

 立派な桐箱に入って落ちていた菓子はどう見てもカステラだった。幸いなことに傷んでもいないし、蟻にたかられてもいない。

 持ち帰って茶菓子にでもしようとして店についたら、早速ながら家主も居ないのに茶を飲んでくつろいでいた霊夢がいた。

 目ざとくカステラを持ち帰ったのを見つけ、意気揚々と切り分けて食べたのだが。

 その時の霊夢の顔は、なんというか僕が異変を起こしたと勘違いして殴り込みに来たときに少し似ている、険しい顔つきをしていた。

 

 幻想郷に流れ着いたカステラはどうやら、砂糖が入っていない種類のようだった。

 成程長らくカステラといえば甘味であり、人里でも作られているものも全て甘い。だが砂糖や水飴が貴重だった頃は量を減らして甘くないカステラも作られていた。ちなみに幻想郷ではそこまで砂糖が貴重でもない。一部の妖怪や神に頼めば、砂糖黍だの砂糖大根だのは栽培ができるからだ。それらの相手も施すことで人間から畏怖の敬を受けて悪い気はしないのだろう。

 

「昔はこれを味噌汁に麩の代わりに入れたりしていたみたいだよ」

「いやよ。カステラのお味噌汁なんて」

 

 カステラに裏切られた霊夢はこの世の終わりのように拗ねた顔をして出ていったのが、昨日のことだ。

 

 しかし、成程。砂糖の入っていないカステラはもはや菓子ではないので外の世界でも廃れてしまったのだろう。

 そもそも菓子という言葉自体、読んで字の如く草の果実の子という字を書く。元来、菓子とは果実を指すことだった。今でも桃や瓜などを水菓子と言うが。

 それが変化していき、その果実や草から取り出した蜜を使用した料理が菓子と呼ばれるように変化していった。砂糖なども言ってみれば甘い果実の汁だ。そう考えると、小麦粉と卵で作られたこの無糖カステラは菓子たる菓を使っていないのだから、確かに菓子ではない。小麦を練った餅、麺包に近い。

 だが日本における菓子の神、米餅搗大使主が作ったものは米粉で作った餅の原型である。つまり日本に限れば餅は主食ではなく菓子に近いと分類されたのではないだろうか。ハレの日の祝に餅を食うことは多くの地域であるが、常に主食として餅を食べているところはそう無いだろう。

 数百年前に日本へと西洋から麦餅ことパンが伝わった際にも、主食よりは茶菓子として広まった経緯がある。やはり、日本人にとって餅は菓子であり、砂糖が入ってなかろうがカステラは菓子なのではないだろうか。

 カステラ……カス……待て。米餅搗大使主は春日氏の祖だったはずだ。西洋から伝わったが、カステラ自体が米餅搗大使主に関わるものとして扱われていたことも考えられ──

 

 ──カランカラン。

 

 カステラを前に思案していたら珍しくドアベルが鳴り響いた。

 

「いらっしゃい……おや? 君は……」

「御機嫌よう、リンノスケさん」

 

 桃色の髪に桜の髪飾りをつけた五歳ぐらいの少女、フリーダが店にやってきていた。

 どうやら馬車を使ってやってきたようで、一瞬だが店の外に見えた。

 

「どうしたんだい? 魔術具になにか問題でも起きたのかな」

「いいえ、違いますわ。あれ以来、熱が出ることもなくなって……そのお礼に来ました」

 

 別にお礼などは構わないのだが。難しいマジックアイテムでもなかったし、対価は貰っている。

 だがまあ、一流の商売人としては売るべき相手に必要な物を売れて感謝されたのならばそれは良いことだ。

 

「どういたしまして。本日は香霖堂へようこそ。ここは外の……国の商品も扱っている店だ。気になるものがあるなら見ていくといい」

 

 店に入ってきたフリーダがちらちらと商品に視線を行き来させているのを見て僕はそう伝えた。

 マジックアイテムの入手方法などあまり追求されると面倒なことになるかもしれないが、この世界に僕と香霖堂が存在している限りは、店として対応しておくべきだろう。ギルドにもそう登録されているから仕方がない。

 

「ありがとうございますわ。身喰いの、治るにはこの身をも売り渡さないといけないぐらいの病を救ってくださったのですもの。リンノスケさんは命の恩人ですわ」

「それほどでも」

「あっこれ高そ──こほん。幾らですの?」

「……」

 

 お礼もそこそこに気になっていたのか彼女が手にしたのは木箱に入った食器だった。僕の店は結構な量の食器類が置かれている。霊夢が自分の名を書いて自分用にした湯呑も元々商品だった。

 幻想郷に食器が多く流れてくるのは恐らく、外の世界では食器を長い年月使うことが少なくなったのではないだろうか。

 昔は食器が付喪神にならないように供養をするほどで、百年は使い続けるものも少なくなかった。都市部で使わなくなった食器は行商人が買い取り、農村部などで売るので個人の手を離れても永く使われていた。

 恐らく便利な新型の炉が作られ、陶器を大量生産されるようになったのでこうしてすぐに幻想郷へと流れ着くのではないか。

 

「その食器は皿とカップのセットで小銀貨……3枚といったところか」

「それぐらいで構いませんの?」

「……」

 

 値段を付けるということは長年の経験が物を言うのだけれど、100年以上暮らした幻想郷の相場ならともかく、このエーレンフェストでは中々に難しい。

 何の変哲もない陶磁器の食器だけれど、質は悪くない。ついでにこの国では陶磁器はほぼ使われていないということもあって、多少は高くても良いと思ったのだが、まだ安そうだ。

 小銀貨3枚という値段だって、この街でふらりと立ち寄ってみた軽食屋の食事が30回は食べられる値段なのだが。

 当然のように財布を取り出して、銀貨をテーブルに出してくるフリーダ。有無を言わせない雰囲気だ。どうやら、思ったよりもかなり安いから即決させたいようだった。

 

「他にもありますか?」

「いや今は入荷していないね」

 

 正確には倉庫に幾つかあるんだけど、エーレンフェストに倉庫は付いてこないので明日にならなければ取り出せない。 

 フリーダは自分の物になった食器を眺め回し、手で触れながらつぶやいた。 

 

「とても上品なさわり心地をした材質……いえ、本当にこれよく見るとどうやって作られて……」

「お目が高い。それはとある錬金術師……魔法使いが血の滲む努力の果てに作り出したものの、試作品だよ」

「魔法使いが!?」

「白く、薄く、艷やかに。そして弾くと金属のような音がする食器を目指して、ある魔法使いの男は国の王から幽閉され食器作りをさせられた。とうとう完成させたところで、残念ながら食器製法は全て王に持っていかれたようだ」

 

 それを作った錬金術師は王に模様まで作れるように命じられたが、そのまま獄中で死んでしまった。だから幻想郷に流れてきたそれは、錬金術師が作ったものの染付を行わなかった真っ白な陶磁器のようだ。名を『試作型マイセン』と言う。

 

「これ……ひょっとして、凄く高価なんじゃありません?」

「どうだろうね。価値があると思う人には高価だろうし、こうして皿として使う分にはそれほどでもない」

 

 カステラの乗った皿を軽く持ち上げながらそう言った。

 結局道具とは売り手、買い手、使い手がそれぞれ異なる価値を見出すものだ。僕の持つ非売品をガラクタだと断ずる魔理沙に価値がわからないように。 ん? フリーダの目がカステラに釘付けになっている?

 すっすっと左右に動かしてみると彼女の視線も動いた。

 

「……なんだね?」

「そ、そのお菓子は見たことがないですわね」

「カステラのことかい?」

 

 材料自体は鶏卵に小麦粉とオーソドックスなものだけれど、鶏卵を泡立てて作るというところが普通に混ぜるのとは違う食感と見た目を生み出す。ここらでは似たような菓子はつくられていないのだろうか。

 

「なんなら食べてみるといい。お茶をいれよう」

「いいんですの!? あっ、わ、わたくしはお礼に来たのに……」

「構わないよ」

 

 どうせ余っているカステラをどう消費するか悩んでいたところだ。生憎、僕もカステラを味噌汁に入れる習慣はない。

 もし半人半霊の庭師が店に来たら、なんでも食べるという冥界の姫君にと持たせてやろうかとも思っていた。似たような髪色のフリーダに与えても構わないだろう。

 しかし、甘くないカステラか。子供には不評であることは変わりない気がする。蜂蜜でも持っていくべきか。以前、昆虫用餌ゼリーと引き換えに虫の妖怪から分けてもらった蜂蜜があったはずだ。霊夢に舐め尽くされていなければ。

 

 湯呑と急須に蜂蜜壺を持って戻ると、フリーダは行儀よく座って待っていた。

 目の前で茶をついでやるとその食器もまじまじと観察しているようだ。

 

「変わったティーポットですのね」

「機能自体は変わらないさ」

 

 ただ前に急須で紅茶を飲んでいたら、店に来た咲夜に注意をされた挙げ句、紅魔館で余っていたティーポットを引き取ってそれを使うように言われたのだが。

 しかし我が家では滅多に紅茶は飲まないので、引き取ったティーポットも商品の一つとして並べている。

 

「そのまま食べても甘くないから、好きに蜂蜜でも掛けてくれ」

「い、いただきます……まあ、さっくりしていて美味しい」

 

 このカステラには水飴が入っていないので、しっとりではなく軽い歯ごたえになっている……ようだ。僕は食べていないが。

 

「このお茶も初めてみる味ですわね」

「外国のだからね」

 

 ずっと昔、幻想郷が結界で包まれる前の日本では物珍しい道具があっても、南蛮渡来だとか唐国渡りとか言えば大体納得されたことを思い出す。

 

「ん……」

 

 なにか考えながらフリーダはカステラを口にする。

 そしてやおら聞いてきた。

 

「お茶はともかく、この『カステラ』はここの国で作られたものでしょう?」

「どうしてそう思うんだい?」

「味からして小麦粉と卵で焼き上げているけれど、こんなお菓子をわざわざ外国から運んでは痛みますもの。それに、わたくしのおじい様のオトマール商会は食料品を扱っていて、街中にあるパン屋、料理屋も全て把握しています。わたくしも勉強しているけれど、こんなお菓子を出している店は無いはずですわ。だから──このカステラは、リンノスケさんが作られたのでは?」

 

 鋭い推察だ。間違っているという難点はあるけれど。

 確かに、カステラなんて古道具屋で扱う品物ではない。しかしこのカステラがそもそも拾い物だと言っても、どこで拾ったのか不審に思われるだろう。

 どこの店で買ったとか追求されても面倒なことになる。この街にカステラは存在していないようだ。迂闊だっただろうか。

 ここはひとつ、話に乗ってみよう。

 

「よくわかったね。僕が試しに作ったものだけれど、外国の菓子というのは本当だよ。作り方だけを知っていてね」

 

 実際、カステラの作り方ぐらいは知識にある。マジックアイテムが作れるのはバレたらよくなさそうだけれど、菓子が作れる程度はいいだろう。

 ……おかしいな。何故かフリーダの目が捕食者のようだ。何かを求めている目をしている。

 

「リンノスケさん、できればレシピを教えて欲しいのですけれど……」

「カステラのかい? まあ、別に構わないよ」

 

 カステラは日本に伝来してから江戸時代を通し、更には黒船来航の際に亜米利加人に食べさせても好評だった菓子だ。その調理法は本に幾つも残されている。 

 それぐらいは教えても構わないだろうと僕が本を探すため腰を浮かすと、何故かフリーダが慌てた様子で引き止めた。

 

「待ってくださいませ! ……ええと、そのカステラの作り方は、このお店の秘密とかでは……」

「いや、うちは菓子屋ではなく古道具屋だからそんなことはないよ。作り方も簡単だしね。本当は砂糖を入れて作るともっと美味しくなるんだけど」

「……小金貨、いえ」

「ん?」

「大金貨2枚で、その情報を他の方に教えずにわたくしだけに教えて頂けませんか?」

 

 子供が大金で交渉に出た。なんなんだ。

 カステラは確かに江戸時代には高価な菓子だったけれど、そこらの興行師でも作り方は知っていたと思うのだけど。

 カステラの作り方で特別な工程といえば、卵を撹拌することぐらいだ。だが聞いた話では西洋で材料を泡立てるという調理法は割と新しい方法だったらしい。日本に於いて撹拌とは、伊邪那岐と伊佐那海が天沼矛にて大地を撹拌して生み出されたという神話の通りに古代から儀式として行われていたことだ。その神が最初に作り出した島をオノゴロと言うが、これが転じて材料を撹拌して焼き上げるお好み焼きになったという説もある。オコノミとはそれ自体に意味はなく、オノゴロが訛って伝わった言葉なのだ。

 

「リンノスケさん?」

 

 呼びかけられて視線をフリーダにやる。質問をしていたのが魔理沙や霊夢、あるいはマインくんならば今の説を聞かせてやるところだけれど、異国人どころか異世界人であるフリーダに伝わることなどないのでつい胸中の独り言が長くなった。

 それにしてもお好み焼きの作り方で大金貨2枚か……違った。カステラだ、カステラ。

 仮に作り方が載っているレシピ本を譲っても日本語で書かれているので読めないだろう。

 情報を売り物にする商人になりたいわけではないのだが、持ちかけたのは彼女の方だ。

 ギルド長の孫という立場で、その背景にはこの街一番の商人がいるのだから、恐らく彼女が一番高値に情報を買うのだろう。他にわざわざカステラの作り方を聞きに来る客がいるとは思えないが。

 

「……ふう。仕方ないね。僕がカステラの作り方を知っていて売り出せるわけじゃない。ただし、他の料理人などが勝手に作り方に感づいて真似しても僕は責任を取らないよ」

「ありがとうございますわ! では早速作ってくださいませ!」

「まあ待ちなさい。材料が今は無いんだ」

「わたくしが用意させますわ。何が必要ですの?」

「あ、ああ。鶏卵と小麦粉と……砂糖だね。『水飴』があればもっといいけれど」

「水飴? 水飴ってなんですの? どうやって作ります? 材料は? 幾らで教えてくれますか?」

「……」

 

 情報を売るのも楽じゃない。

 とりあえず僕は水飴のことは置いておいて、鶏卵と小麦粉と砂糖を教えたらフリーダは持ってくると言って馬車で去っていった。

 ……とりあえず台所を片付けておくか。他人の前で菓子を作るなんて、昔に魔理沙に請われて振る舞ったぐらいだ。

 しかしカステラを作るとなると竈ではなく窯が必要だ。幸いなことに外の世界では使われなくなったカステラ焼き用の炭窯が台所にあるのだが、焼き出すと半刻は時間が掛かる大変な代物なのだ。

 僕は道具屋だが料理人ではない。急速に面倒になってきた。どうしたものか。

 

 

 ──カラン、カラン。

 

 

 おや?

 

 

 

 

 ******

 

 

<フリーダ>

 

 

 あああああ、なんでわたくしはこう、お金儲けになると意識が最優先になってしまうのでしょう。

 まだ7つにもなっていない、見習いでもない子供だというのにとおじいさまには呆れられるほどに。

 今日はリンノスケさんに純粋にお礼を言いに参って、よければうちで饗すための日程も聞いてくるための訪問だったのに。

 おじいさまが来るつもりだったのを説き伏せてわたくし一人でやってきたのです。見習いでもない子供一人で来るのは失礼かもしれないと言われても、身喰いを治してくれて、家族を引き離さないでくれて──そして凄く高価そうな、花の髪飾り型の魔術具を譲ってくれた興味が尽きなくて。

 

 それで実際にやってきたら噂以上に奇妙な店だったのだけれど……

 そして妙な商品が並ぶ中で、わたくしが目にした物は食器。まだ小娘で、商品の良し悪しなんて正確にはわからないけれど、我が家で使っている食器と比べても薄くて純白で明らかに質が高いそれに注目してしまい、お礼の言葉も気がそぞろになってしまいました。

 しかもリンノスケさんが出していた、黄色いお菓子。見た目も鮮やかでいいですし、蜂蜜を掛けることで生地に染み込んで得も言われぬ美味になります。

 はっきり言って売れます。それも貴族に。

 わたくしは身喰いの体で、命を長らえるためにはいずれ貴族の許へ愛妾となり家を出ることになっていたから、今のうちに慣れておくべきだとしたおじいさまが身の周りのものや食事を貴族と同等のものにしていました。そんな貴族風の生活をしていたわたくしだからこそ、あのお菓子は新たな味として売れると判断できます。

 大金貨2枚の出費はおじいさまに説明しないといけませんが……そもそも、この髪飾り型魔術具の価格に関して、おじいさまは倍以上はすると覚悟していたようなので、どうにか差額分でもわたくしの独断な交渉を納得して貰わないと。

 

 それにしてもこの魔術具の髪飾り……富豪どころか、貴族の娘ですら付けていない美しさですわ。

 鏡でこれを見る度に、本当の魔法を目の当たりにしたみたいで感動を覚えてしまう。

 見たことのない、わたくしの髪よりも僅かに薄い色をした小さな花が幾つも咲き、僅かに緑の葉が色合いにアクセントを出している。造花とリンノスケさんは説明していたけれど、布とも違うさわり心地をした不思議な材質で、おじいさまも見当がつかない。

 あまりに貴重そうな品すぎて、もし貴族の前に行くことがあったら念の為に一時的に外しておくようにとおじいさまから注意されるぐらいだった。目をつけられたら大変だから。

 これをつけていれば、冬の洗礼式で綺麗な花がないときでもわたくしの髪を飾ってくれるに違いありません。

 

 とりあえず今はお菓子ですわ。まずはギルドに寄っておじい様に連絡しました。

 

「おじい様! リンノスケさんから貴重な外国のお菓子の製法を買いますわ! 大金貨2枚の経費を認めてくださいませ!」

「フリーダ!?」

 

 お礼をしに行った孫娘が凄く早く戻ってきて大金を求めてきたので、おじい様は珍しく驚いていた様子でした。

 リンノスケさんのところで食べさせてもらった外国のお菓子カステラの事を伝え、そしてリンノスケさんが言うには割と簡単な作り方らしいとも。

 特別な材料──砂糖とかがあるならうちで独占できるかもしれないけれど、今日食べたのは砂糖抜きで作った上にジャムや蜂蜜を掛ける食べ方。これなら庶民でも作れて食べられる。なので、軽い気持ちで広められると価値が低下してしまうのです。

 なので少なくとも貴族相手に商売をするために独占でオトマール商会が手にしなければならないことを伝えると、おじい様は考え込んだ様子でした。

 見習いでもない子供の言うこと、と切り捨てずにちゃんと考えてくださっていてくれます。

 

「……わかった。だが確認のために……わしは今日行けないから、イルゼとユッテを連れて行きなさい。それと、情報の売買は口約束でなく契約書を作らねばならない。すぐには用意できないから後日契約を結ぶように伝えること。いいね」

 

 わたくしとしたことが、つい舞い上がって契約書類のことも忘れていました。

 大金貨も使う取引なのだから契約書は用意しないといけません。うちのオトマール商会では、大金貨という庶民の年収を遥かに超えた金額を動かせるけれども、それは見習いでもないわたくしが勝手に決めていいものではありません。

 イルゼはわたくしの家の料理人で、貴族に雇われても遜色ない腕を持つ女性だから、本当に価値のあるお菓子か判断してくれるということでしょう。ユッテは側仕えで、お目付け役ですね。

 わたくしはひとまずおじい様の了解を得たということにして、北門近くにある自宅へ戻り、二人を呼びました。

 

「イルゼ! 外国のお菓子で、お貴族様に売り出せそうなレシピを買い付けましたわ。これから確かめに行くから付いて来て」

「外国のお菓子!? そりゃ、是非とも行かせて貰わないと!」

 

 礼儀作法はあまり得意ではないイルゼだけれど、料理に関しては真剣そのものです。喜び勇んで、馬車に小麦粉と砂糖と鶏卵を積んで乗り込みました。

 一応、その三つが必要な素材と言われていたのですが、分量がわからないので多めに。

 道中でイルゼからどんなお菓子だったのかと聞かれる。

 

「似ている物といえばパンケーキみたいでしたけれど、もっとさっくりとしていて蜂蜜がとても良く合いましたわ」

「パンケーキって芋を使ったやつかい?」

「ええ。でもあれほど野暮ったくなくて……そしてわたくしの食べたものは砂糖の入っていないもので、砂糖を入れた完成品はまだ未食です」

 

 砂糖は外国からの輸入品で、オトマール商会が今の所独占的に手に入れることができるけど、まだまだそれを利用したお菓子や料理に関しては未知数の部分が多い。

 やはりリンノスケさんの知るカステラも外国のお菓子だけあって、砂糖を使ったお菓子という情報は非常に貴重です。

 

 それにしても、リンノスケさんの格好といい、売っている見たことのない外国の商品といい……

 恐らく、リンノスケさん自身が外国出身なのではないでしょうか。おじい様が調べたところ、家族も居なければダルア、ダプラ契約をして彼を雇った店も無いみたいです。

 そう考えれば彼が商品の価格に、あまりに安い相場を付けている理由もわかります。

 あのお店で衝動的に購入した外国のカップとお皿のセット。あんな塗りムラもなく、薄くて、澄んだ音を立てる食器なんて貴族でも使っていません。 

 まだ商品を見て回っていませんけれど、他にも色々あるのでしょうか。

 

 ……どうせなら来年になりますけれど、洗礼式後にわたくしがコウリンドウと見習いのダルア契約を結べないものでしょうか。 

 ダルアの契約は雇う側に負担が大きいので断っている小規模な工房も少なくないのですが、決して損ばかりするものではありません。わたくしと契約をすればオトマール商会とのつながりが出来て、外国の商品の価値を最も適切に把握して買い取ることができます。

 その結果、コウリンドウは儲けて、うちは更に大儲けできますわ!

 命の恩人ですから、決して買い叩くような真似はしませんけれど。ええ、しませんけれど。

 もちろんコウリンドウの命脈たる、外国との仕入れルートを暴いて実家のものにするなどは明らかな違反で、オトマール商会が代々ギルド長をしていたその地位をも剥奪されかねない行為もしません。

 うちの兄弟たちも、オトマール商会以外のお店へダルアを転々として修行を積み、家に戻ってくるのが慣習です。その度にお店の秘密を盗んでいると思われては大変ですから。

 ……なにより、この身が他の誰かの物になっていたかもしれない状況を救ってくださったのですから、どうにか恩を返したいものです。

 

 そのようなことを考えて、馬車は再びコウリンドウの前へ。

 人通りが少ない路地に面しているのですが、イルゼもユッテも妙な作りの建物に唖然としているみたいです。この建物の様式も外国のものかしら。

 二人がとりあえず持てる分の小麦粉と砂糖と鶏卵を運び、わたくしが再びコウリンドウの扉を開きました。

 

 

「──よ、ようこそ香霖堂へ!」

 

 

 するとそこには、白黒のエプロンドレスを身に着けた、わたくしよりも小柄な女の子が接客をしていたのです。

 夜色の、やけに艶のある綺麗な髪を変わった風に纏めて結っている、金色の目をした少女。ついでに奥の方で、リンノスケさんがお茶を飲みながら本を片手にし、金髪の少年がその対面に座っていました。接客をこの子に任しているみたいでした。

 

「フリーダさんですか? はじめまして! 香霖堂助手見習いの、マインです!」

 

 ……誰ですの。フフンって自慢げに言われましても。

 いや。それよりも。

 ダルアの場所取られてますわ。

 

 




※食器セットの代金。ビールっぽい酒二杯+腸詰めの飲み屋セットが大銅貨1枚(日本円換算1000円ぐらい?)としたらその三十倍、約3万円ぐらいに霖之助が設定したところ安すぎた模様。

※カステラの情報料。原作のカトルカールの情報料が一年限定独占契約で小金貨5枚だったので、期間無制限独占で4倍程度と設定。更に交渉相手が小さいマインではなく魔術具も仕入れているやり手の商人(っぽく見える)霖之助なので多めに交渉した。

※面倒なので見習い未満の幼女に接客を任せる霖之助

次回はマイン視点。カトルカール制作がカステラ制作に変わった(イベント前倒し)

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