本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左道

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8話『カステラとマイン』

<マイン>

 

 

 熱が出ると何もかも諦めたくなる気持ちが起こる。

 もしかして本当のマインはこの熱に飲まれてしまったのかな。

 病弱な体に生まれて、外を歩くことも出来ず、つらい日々を過ごしていたことは想像できる。

 そんな少女が魘され、もう何もかも嫌になって心を閉ざしても仕方ないんじゃないか……理解るようなしんどさが胸の奥から伝わる熱だった。 

 だけど。

 だけどわたしは。

 本の手に入らない世界でマインの代わりになってしまったわたしは、諦めるなんてできない。

 香霖堂があるから。

 あそこには読んだことの無い本があり、幻想郷の新聞があり、きっと現代日本よりも小規模かもしれないけれど、わたしの理想の生活があるから。

 これは運命だ。わたしは香霖堂で働くために、マインになった。

 だから、負けない。

 熱になんて飲まれないし、……絶対に諦めない。

 そう願うと、夢の中で熱は小さくなっていくようだった。

 

 

 *****

 

 

 体調もかなり良くなってまた数日、ルッツと香霖堂に行く日になった!

 というか、どうしても早く良くするために店主さんから貰ったお薬飲んだんだけど……父さんと母さんは凄く渋っていた。わたしがもっと危篤な状態になったときのために残しておくべきじゃないかとか言ってたけど、わたしが店主さんから貰ったからとゴリ押しして薬を使った。

 やっぱりあの薬は凄く効きが良い。現代の薬局で貰える薬より、体感的に良くなる気がする。だってこの体だと熱が出ると本当にインフルエンザかってぐらいしんどいのに、薬を飲んで一晩寝るとかなり良くなる。

 幻想郷の新聞によると、幻想郷には永遠亭という凄く腕のいいお医者さんがいる病院があるらしく、流行病なんかを死者も出さずに治してしまうらしい。そこから貰った薬なのかな?

 

 冬前になると薪を集めたりで忙しいらしいんだけど、ルッツの家は男の子が三人もいるだけあって割と早めに薪集めは十分になったみたい。まあ、男の子が食べる分の木の実とか冬仕事で使う分の木とかも色々あるんだけど、一日ぐらいルッツが休んでも大丈夫なんだって。

 

「ついでに言えば一日マインの面倒を見るお駄賃も貰ったからな」

「お駄賃渡すほどなんだ……わたしの世話」

 

 とはいえ、ここ何回かはオットーさんのお仕事手伝いに行ってるし……書類に頻出する単語ぐらいなら読み取れるようになって、計算も随分と信頼された。

 ただ父さんからすると書類仕事は何をしているのかよくわからないから、まだわたしの評価は手間の掛かる子供なんだろうなあ。別にいいけど。

 

 なにはともあれ、香霖堂へ行ける! わたしは前に借りた新聞を畳んで鞄にいれて向かうことにした。この新聞はまた店主さんに返して、捨てないように頼み込んでおこう。うちに置いているとうっかり薪代わりに使われるかもしれない。

 一度読んだ新聞でも、この本の少ない世界で暮らす上だと捨てる気にはならなかった。いつか読み返す!

 ……もう少しわたしが自由に暮らせるぐらいになったら、要らない新聞を貰ってバインダーで保存しようかな。店主さんの懸念だと、ある日突然香霖堂が幻想に消えている可能性も無くはないのだから。

 

「ほら、行くぞマイン」

「うん」

 

 転ばないようにしながら、凄くゆっくりと歩く。

 今日は仕事も採取もないから急ぐ必要もなくて、ルッツは何も言わずに自然とわたしに合わせた歩幅で歩いてくれた。

 まるで通りの左右の店をウインドショッピングでもしながら歩いているのかってぐらいの遅さだけれど、この速度ならわたしも息が切れない。

 歩いていてつらいのはみんなのペースに合わせようとするからだった。わたしはわたしなりの動き方をすれば負担も少ない!

 ……きっと周りから見ていたら非常にもどかしい遅さなんだろうけど。

 

「ルッツは優しいねえ」

「なんだよ急に」

「うんうん。なにかお礼をしないといけないなあって」

「別にいいって。お駄賃貰ってるだろ」

「それは父さんや母さんからのお礼。わたしだって感謝してるんだよ」

 

 前世、本須麗乃だった頃にも幼馴染の男の子がいた。麗乃はマインほど虚弱じゃないから、付きっきりという程じゃなかったけれど、本を探して迷子になったり、本を読みすぎて行方不明になったりしたときに探してくれた大事な友達だった。

 死ぬとか会えなくなるとか全然考えたこともなかったから、色々お世話になったのにお礼もできなかったなあ、しゅーちゃん。元気にしてるといいけど。

 

 しかしルッツへのお礼か……何がいいかな? この年頃の男の子だと。食べ物かなあ。

 台所にある余り物を使ってササッとクッキング。麗乃の頃、母さんがそういう趣味にハマっててわたしも手伝いしてたから出来なくもないと思うけど。問題は今の所、マインには危ないから火も包丁も使わせてくれないことなんだよね。

 お砂糖とか無いからお菓子作りも難しいなあ……

 

「おい、ぼーっとして大丈夫か? 少し休むか?」

「う、ううん。 大丈夫だよ」

「無理するなって。丁度ベンチがあるから休憩な」

 

 中央広場あたりで一休みすることにした。確かにベンチに座ると息が少し荒くなっているし、足がぴりぴりとする。

 疲労はきているけれど、わたしの無意識がそれを感じるのを抑え込んでいたみたいだ。時々あることで、虚弱な5歳児の体に22歳の意識が入っているのだから限度の感じ方が違ってくるんだろう。

 

「水筒も持ってきたから喉乾いたら言えよ?」

「気配りの達人だなあルッツ……」

 

 わたしよりもわたしの体の疲労度を気にしてくれる男。凄いぞルッツ。旅商人とかじゃなくてホスト目指さない?

 それにしても、ルッツも商人から話を聞きたくて付いてきてくれることになったんだけど、旅商人なんてどう考えても大変な生き方だよなあ。少なくとも子供がなるものじゃないと思うし、旅がしたいだけならお金を貯めて旅行に行った方がいいと思う。

 だけど同年代の、手のかかる妹みたいな存在であるわたしからそんなことを指摘されても納得できなさそう。

 店主さん、なにかいいアドバイスしてくれないかな。

 

 そんなことを考えながらのんびりと道を進んでいく。冬前だから市場は買いだめに盛況していて、はぐれないようにルッツと手を繋いだ。自然と手が出てくるあたりいい子だ。

 前に父さんを案内したから迷わずに狭い路地を抜けて、香霖堂へとたどり着いた。

 

「……変な店だな」

「見た目は否定できない……かな」

 

 この世界、鉄筋コンクリートだとは思えないんだけれど五階建てとかそんな建物が多い。そんな中で一階建て(屋根裏がありそうな作りだけど)で瓦屋根をした建物は、確かに変わっている。

 店先に何も並べていないし、外からはあまり中を覗えない。

 一体なんの店なのか、お客さんは戸惑って多分中々入らないと思う。

 前に大金貨三枚なんて凄い金額の取引をしたのは聞いたけれど、閑古鳥が鳴いていそうな雰囲気は否めない。

 で、でもわたしは好きだけどね! 多少ヒマな方が本も読めるだろうし。この前も黙々と店主さんと店番して読書してて理想の本生活だったから。

 

「とにかく入ろうよ。店主さんからは、いつ来てもいいし本をどれだけ読んでもいいって許可を得てるから」

「そ、そんな許可を?」

「うん」

 

 確か。そんな感じだったと思う。

 

 ──カラン、カラン。

 

 澄んだ音のドアベルが鳴り、店のテーブルに座った店主さんがこちらに顔を向けていた。

 

「おや? マインくん……それと友達かい?」

「こんにちは店主さん。今日も来ちゃいました」

「はじめまして、ルッツです」 

 

 怪しげとも言える店内の雰囲気にやや緊張した面持ちになりながらルッツはそう挨拶をした。

 確かに現代人の記憶があるわたしからしても謎の多い陳列棚の商品は、異世界人から見れば見たこともないアイテムが並んでいるようだ。それに店主さんの格好も、やたら不思議な服装をしている。

 ふと店主さんの目の前に、二人分のお茶と一つのお皿が置かれていた。

 

「ついさっきまで誰かお客さんが来てました?」

「そうだね。以前に魔術の道具を売った相手だったのだが……茶菓子にカステラを出したら、その製法を教えてくれと交渉されたところだった」

「カステラですか。いいですねぇー」

「『カステラ』?」

 

 ルッツが首を傾げている。ここらでは聞かないお菓子の名前なんだろう。っていうか日本語だしね。

 

「えーと……前に店主さんが出してくれた外国のお菓子なんだ」

「ふーん」

「そういえばルッツの家って鶏飼ってたよね。卵と小麦粉があれば作れるから、手伝ってくれればご馳走するよ」

「ほんとか?」

「マインくん」

 

 店主さんが話しかけてきた。

 

「マインくんは……」

 

 そしてちらりとルッツへと視線をやり、咳払いをして言う。

 

「カステラの作り方を前に本で読んだのだったね」

 

 ハッとしてわたしは頷く。そもそも、家から全然出ないマインが外国のお菓子の作り方を知っていたら不自然極まりない。

 リンシャンとか髪留めとかでも妙な物を作るなあって目で見られるのに……

 だけど、この店主さんの助け舟を使うと、

 

「はい。ええと、ルッツ。前に店主さんから、この店にある外国の本で教えてもらったの」

「そうなのかー」

 

 ルッツは特に疑う様子もなくそう返事をした。

 わたしの色々と思いつくアイデア商品的な知識。もしそれの出どころを問い詰められた場合、「前世の記憶があって異世界の物だった」というよりは、わたしが個人的に付き合いのある香霖堂で教えられた物と説明した方が理解されやすいだろう。

 店主さんは頷き、

 

「ちなみに……確かこの本だな。正確なカステラのレシピが書かれている」

「結構古い本ですね」

「ところでマインくん。カステラを実際に作ったことは?」

「何度かありますよ」

 

 ひそひそと尋ねてくるので肯定した。

 

「実はこれから、カステラの製法を売った相手が実際に作るところを見たいというので、材料を持ってやってくる。鶏卵と小麦粉と砂糖だね」

「砂糖もあるんですか?」

「うん。それはそうと、マインくんがカステラを作れるのならば対応を頼めるかい?」

「店主さんがご自分で作られるのでは?」

「面倒だよ」

「……わかりました。一生懸命やらせてもらいます!」

 

 一瞬呆れかけたけれど、よくよく考えてみれば店主の指示でお客の対応をするのは実に店員っぽい行動だ。

 

「報酬は……そうだね。君らの食べる分までカステラを作ってくれたまえ。お茶も無料にしておこう」

「はい! ルッツ、よかったね。カステラ食べられるよ」

「お、おう? よくわからねえけど、よかったな」

 

 安堵のため息を付いたのは店主さんだ。

 

「奥に台所があるから見てきてくれ。窯の使い方がわからなかったり必要な物があるなら言いなさい」

 

 店主さんはそれだけ言うと、自分の役目は終えたとばかり座って本を読み始めた。

 店員に仕事を任せて自分は悠々と本を読む生活。

 て、店主さんがわたしの理想を体現している……! いいなあ……!

 

「ほらマイン。台所を見るんだろ?」

「あ、そうだね」

 

 ルッツに促されてわたしは店の奥にある生活スペースへと入った。

 畳のある寝室にお風呂、トイレ。縁側まであるけど、縁側に座って見えるのは隣の建物の壁だ。ここが幻想郷なら、香霖堂の庭を見れるのだろう。

 実は観察しつつわたしが生活できるスペースが無いか見ていたりする。最善は泊まり込みの見習いだ。しかし居間兼寝室らしい畳の部屋はそれなりに広いけれど、見習いに貸せるような部屋はなさそうでがっかり……いや、屋根裏でもいい。本さえあれば。

 観察も程々に、台所へついた。竈が2つに、案外調理器具は多い。土鍋、鉄鍋、包丁が数種類、まな板、フライパンが幾つか、お釜、七輪、炭などなど……

 一人暮らしの男性にしては料理を趣味にしているレベルだ。わたしにお昼作ってくれたりしたしなあ。

 

「うちより色々あるな……マイン、どうすればいいんだ? お前が作り方教えてもらってるんだろ?」

「そうだね。ええと……とりあえずルッツは竈に火を点ける準備をして。炭があるからそれを使おう」

「竈は一つでいいのか?」

「うん。一つはお湯を沸かして、もうひとつはカステラ用の窯に使うから」

 

 幾らわたしでも、江戸時代相応の設備でカステラを作ったことはない。店主さんから渡された本と、前に読んだことのある図解された江戸時代のカステラ作りの浮世絵を参考にする。

 カステラ作りで必要なのはオーブンだ。フライパンで作るお手軽な方法も知っているけれど、製法を売りに出すということなら正式な作り方を教えておこう。こっちのパン屋さんとかなら窯を使って焼く方が一般的だろうしね。

 店主さんの台所にあるカステラ用の窯というのは、言ってみれば蓋の付いた七輪みたいな形をしている。下の方から炭火で炙りながら、鉄蓋の上にも焼けた炭を乗せて上部からも熱を発する単純な仕組みだ。

 えーと、材料を混ぜ合わせるボウル。あった。泡立て器……無い。

 

「店主さーん。泡立て器ってあります?」

「泡立て器か。戸棚に茶筅があるから使っていいよ」

「茶筅……」

 

 確かに泡立てるけど。

 戸棚を開けるとお茶っ葉の入った缶と湯呑が並んでいる。湯呑の中には『霊夢』と文字の書かれたものがあった。デザイン? 人名?

 あまり使ってなさそうで缶の上に埃が載ってるけど、抹茶を入れた小さい缶もある。少し蓋を開けて匂いを嗅ぐと、いいお茶の匂いがした。カステラ、抹茶味……いやいや、普通のを作らないと。

 抹茶をかき混ぜるための茶筅を出しておく。細く切った竹の片方を縛ってまとめた簡単なもので、確かこの世界には竹があったから簡単に作れそう。

 

「炭の準備できたぞマイン」

「ありがとうルッツ。それじゃあ、少しお掃除もしようか。人が見学に来るんだって」

「わかった。……この吊るしてある野菜の残骸だったものとか捨てて良いのかな」

「さ、さすがに食べないと思うよ……真っ黒になってるし」

 

 ボウルやお鍋、茶筅なんかを水洗いしている間にルッツには軽く埃をかぶっているところとかを拭き掃除して貰った。

 カステラを作るには、形にこだわる場合は型が必要だ。紙を四角くした中に生地を流し込んでオーブンで焼くことで形を整える。

 でもその紙ってこの世界には無いし、新聞紙を使う方法はやったことあるけれどここの新聞を使うのはもったいなさすぎる。

 うーん、仕方ない。パンケーキみたいな形になるけれど、お鍋で作ろう。

 

「おや。掃除までしてくれたのか」

「店主さん」

「ちょっと待っていたまえ」

 

 彼は店の奥へと進むとなにかを持って戻ってきた。

 

「エプロンだ。丈が合うだろうか」

「わあ! 素敵なデザインですね!」

 

 渡されたのは白黒のエプロンドレスで広げてみてもわたしに少し大きいぐらいで十分に着れそうだった。

 料理するのに丁度いいかもしれない。それに、わたしがお客さんに見せるというのならここの店員的な存在なわけで、この普段着ているトゥーリのお下がりの継ぎ接ぎだらけな服ではみすぼらしく、お店の信用を失い兼ねない。

 

「良かったなマイン。制服が貰えるなんて」

「貸すだけだよ。なんなら君のもあるが」

「いや俺は全然要らないです本気で」

 

 似たようなエプロンドレス。ルッツが着ている姿を想像してブフッと笑った。金髪の子可愛い!

 一通り準備ができたので、お客さんが来るまで本でも読んで待とうかな。 

 わたし達はお店のテーブルで休憩をしてお茶を出された。ルッツは一口飲むと苦そうに顔をしかめたけれど、日本茶は落ち着く。

 手頃な本を手にとってウキウキと開いた。ルッツが店主さんに話しかけている。

 

「そうだ、店主さん。俺、旅商人になりたいんだけど」

「ああ、なればいいんじゃないかな。別に許可が必要なわけでもないだろう。明日にでも旅に出るといい」

「い、いや現実的に考えてちょっとそれは……」

 

 凄くぞんざいに店主さんが対応してるけど……まあいいか。本があるし。

 

 

 

 ******

 

 

 

 本の合間合間にルッツと店主さんの様子を窺っていたのだけれど(読書中に他のことをするというのは非常に困難だったが、恩のあるルッツと店主さんなので頑張った)、どうやらいつの間にかルッツは意気消沈していった。

 なにせ店主さんと来たら、

 

「旅に出たいならすぐに行けばいい」

「見習いを募集している旅商人なんていないよ。食い扶持が増えるだけだからね」

「旅に出る費用や商人をする元手が無いのなら街で普通の仕事をして稼いで貯めることだ」

 

 などと正論でバッサリ切り捨てるのだから、ルッツも落ち込む。

 旅商人のノウハウなんて誰からも学べないのが普通みたい。そりゃそうだよね。旅商人自身の家族ならまだしも、他人に教えれば商売敵にしかならないから。となると、新たに旅商人を始める人は自分で全て考えて行動をしないといけない。

 商品の目利き。街々の情報。特産品。旅のルート。自衛手段。読み書き計算。運搬の馬車。馬車の動かし方。覚えないといけないことも多くてとてもとても大変だ。

 わたしが(本の切りのいい場面だったので置いて)立ち上がり、ルッツの背中を軽く叩く。

 

「ルッツ。世界を見て回りたいって気持ちはよくわかるけど、旅商人じゃなくてもいいんじゃないかな」

「それはどういうことだ?」

「例えばこの街でお金を貯めてから、どこか別の街のことを調べて旅行に行くの。商売目的だと生活が掛かってるから見て回るほどの余裕が無いこともあるけど、最初から貯金分だけ滞在するって決めておけば気楽に観光できるでしょう」

「うーん……」

「それで軽くて持ち運びのしやすい、細工物とか保存食とかを持ち帰って売るとかすれば、規模は小さいけれど旅して商売したことになるよね」

「なんか違う気がするけど……確かに旅商人になるってめちゃくちゃ大変だよなあ……」

 

 大変だからこそ、五歳の子供が夢見るのはまだしも焦って目指すようなものじゃないと思う。

 小学生の子供が飛行機のパイロットに憧れたとしても、中学生までに飛行機を運転したがっても無理な話のように。

 真面目に働いて、客観的に自分の人生を省みて、計画を立ててそのための努力も出来てから、それでも旅商人になりたいならなればいい。

 ルッツの人生は自分で決めるものだけど、まだルッツは幼すぎる。それをわかってくれれば何よりだ。

 

「なんかマインがしたり顔で頷いてる」

「さてね。……おや、馬車の音だ。客が来たかな?」

 

 とうとう接客の時間だ。まだ本を読み終わっていないけど名残惜しくそれを閉じる。

 この本を読んでいるけれど途中で止めて自発的に行動する、というわたしの動き。知らない人はどうとも思わないだろうけど、前世の母さんとかしゅーちゃんとかが見たら麗乃の成長っぷりに涙が出るほどだからね。香霖堂就職のため、熱中して読書をするという逆らい難い衝動にすら耐えている。

 

 ──カラン、カラン。

 

 ドアベルが鳴って、わたしより少し大きいぐらいの小柄な幼女と、その後ろから女性が二人。香霖堂に入ってきた。

 普通ならこんな小さい子が商談のまとめ役とは思わないけど、予め店主さんにこの街の商業ギルド長の孫娘であるフリーダという名の子が交渉してきたと教えられていたので対応する。

 

「フリーダさんですか? はじめまして! 香霖堂助手見習いの、マインです!」 

 

 助手見習い……!

 いい響きだ。つい勢いで元気よく言っちゃったけど。そう、わたしは南門の書類仕事助手ではなく、香霖堂の助手!

 ……

 あれ? なんかフリーダさんが不審そうに。とても不審そうに見てくるよ?

 

「……ええと、あなたはコウリンドウのダルアですの?」

 

 ダルア……っていうと、七歳からなる見習いのことかな。

 これは雑に使える意味ではなく、ちゃんとダルアという身分というか地位があって、ダルアじゃない人がそう名乗ることはできない……らしい。 

 だからわたしは正式には違う。

 

「いいえ、わたしはまだ五歳なのでダルアではありません。見習いの見習い、研修期間みたいなものです」

「ダルアになっていないのに仕事の手伝いをさせて貰えますの?」

「ええ。変ですか?」

 

 ルッツやラルフ達、大工のディードさんのところでは、表立って手伝わせてはいないけれど細かい仕事を見せて覚えさせたりぐらいはしているみたいだった。

 新入りの教育も仕事と言えば仕事だよね。

 

「わたくしの家では決して手伝わせては……いえ、それよりも、わたくしはリンノスケさんと取引に」

「フリーダくん。カステラの製法は全てそのマインくんに教えてある。彼女が台所で君等に製法を伝える」

「え……でもこんな小さな、見習いの女の子に……」

「教え方が不満足か、情報に不足があれば僕が補おう。ではマインくん、彼女らを案内したまえ」

「はい! 店主さん!」

 

 店主さんに任された! ここでしっかり仕事をこなして、就職内定コース!

 逆にここで変な失敗をしたら、体力のないモヤシな上に仕事もできない子だということで見放される可能性も……

 うううっ頑張らないと。

 

 わたしのような小さい子がお菓子作りの教師を務められるのか、かなり疑わしそうな目線がフリーダさんとそのお付きの……女コックさん? とメイドさん?が見てくる。

 確かに、わたしの弱々しい能力だとメレンゲを作るのですら難しい気がする。なにせ部屋の掃除をしようと、箒を動かしていただけで息切れして倒れるぐらいだから。

 

「あの。手伝いをルッツに頼んでいいですか?」

「俺は構わないけど」

「お待ち下さい」

 

 そう提案するとフリーダさんが止めてきた。

 

「マインさん。あなたはこの店の見習い……ですわね。ではそちらのルッツさんもそうなのかしら? 彼もカステラの作り方を知っているとか?」

「いえ、ルッツはただの友達です」

「でしたら、カステラの作り方というものはわたくしがリンノスケさんに独占契約で教えてもらうものですので、関係のない方は遠慮願います。マインさんはこのお店の見習いで、既に作り方を知っているというのでやむを得ませんけれど……」

「手伝いだったらあたしがやるよ。専門職だ」

「ということでイルゼにお願いしますわ」

 

 そうオレンジ色の髪の毛をしたコックのイルゼさんが言う。年の頃はわたしの母さんと同じぐらいかな? 強気な雰囲気はルッツのおばさんに似てる気がする。

 「まあいいけど」と言いたげにルッツは手を振る。ごめんね。カステラはその分作るから。それに専門のコックさんだったら手伝いっていうか、わたしが指示を出して作ってもらうのに丁度いい。

 ぞろぞろと台所へ向かう。四人も行くとさすがに手狭なので、メイドさんは店に残ることにした。

 整理整頓された香霖堂の台所。テーブルに材料の、小麦粉・卵・砂糖。それに香霖堂にあった蜂蜜壺も置いた。

 

「うわあ、いい小麦粉だよ」

 

 真っ白い小麦粉にわたしは思わずそう呟いた。平民の下の方であるわたしの家族で食べるような小麦粉は、ふすまどころか雑穀も混じったオーガニックな健康食で、味は苦くてモロモロしたものが出来上がる。

 

「それじゃあ早速お願いしますわ」

 

 まだどこか疑わしそうにフリーダさんは告げてくる。

 

「はい。カステラが普通のパンケーキと違うのは、殆ど最初の工程ぐらいなんです」

 

 体力を使わない細かい作業はわたしでもできる。卵を数個割って黄身と白身に分けてボウルに移した。

 小麦粉、砂糖、バター、卵を同じ分量使うお菓子カトルカールならまだしも、カステラは色々と細かく違うのだけれど、そこは店主さんの持っていた本で予め確認をしている。

 まあただ、そのやたら古い本だと単位が匁だったりしたんだけど……それでも材料の比率に関しては計算すれば、卵一個あたりに他の材料をどれだけ使えばいいかがわかった。

 そのボウルを、沸かして別のお鍋に入れたお湯で湯煎をする。白身が固まらないようにね。

 

「ではイルゼさん。この泡立て器で、白身を勢いよく撹拌してください」

「なんだい? この道具」

「お茶の粉を溶かすための外国の道具です。細く切った竹を束ねて作られています」

 

 不思議そうに茶筅を眺めたイルゼさんが、言われたとおりに湯煎している白身をかき混ぜた。

 

「まあ! 卵が白く、量が増えてきたわ」

「これをメレンゲと言います。暫く勢いよく混ぜてください」

 

 白身に立った細かい泡がクリームのようにふわっと持ち上がる。それを見てイルゼさんもフリーダさんも驚いた。

 前世で読んだ本によるとメレンゲという料理が発明されたのは18世紀前後。ヨーロッパも近世に入ってからの時代だから、この世界のこの国が発明できていなくても不思議ではない。

 メレンゲがどろーりとなってきた。

 

「そこに砂糖と蜂蜜を加えてまた混ぜます」

 

 かき混ぜるときに弱酸性の調味料を加えると綺麗なメレンゲになりやすいって前世の母さんとやったお菓子作りの知識にあるので、弱酸性の蜂蜜を加えた。蜂蜜の味も美味しい。

 しっかり整ってきた頃合いで、卵黄を加えてまた混ぜてもらう。黄色いメレンゲになってきた。お菓子作りって体力勝負だよね。一人で作らなくて良かった。

 それからふるいにかけた小麦粉をダマにならないように振りかけて、更によく混ぜる。

 

 その間にお鍋に薄く油を塗っておき、軽く小麦粉を振っておくことで剥がしやすくしておく。イルゼさんがバターを念の為に持ってきててよかった。これもちゃんと説明しておいた。

 生地をお鍋に注ぎ込んで熱した炭窯へと入れた。

 

「これで後は焼き上がるまで待つだけです」

「どれぐらいかかりますの?」

「そうですね……三の鐘が鳴って一時間ぐらい経ったと思うので……四の鐘が鳴るぐらいです」

 

 正確に時間がわかればいいのだけれど、窯の温度も正確にはわからない。

 付きっきりでカステラの様子を見て、焦がさないように気をつけないといけない。ここが気の張りどころ!

 竹串を使って時折様子を見る(これも説明)。普通のオーブンとかと違ってカステラ用に作られた和風オーブンは熱伝導とか上手く考えられているのか、焦げにならない。わたし日本人だというのに全然台所用品店とかで見たことがないけれど……全体的に古いのに、微妙に新しい道具もあったりしてちぐはぐなのが香霖堂だ。

 

「いい匂いがしてきましたわ……ってあなた大丈夫ですの? 汗が凄いですわ」

「だ、大丈夫です!」

 

 炭火の熱で掻いた汗を拭う。ふと台所に、ルッツの持ってきていた水筒代わりの竹筒が置かれていたのに気づいた。

 ひょっとして火を使う作業をするから念の為に水分補給用として置いてくれていたのかな……ルッツ……! 気配りすぎる……!

 とりあえず水筒で喉を潤して、まだ頑張る。

 

 やがてカステラが綺麗に焼き上がった。

 上が少しこんがりと茶色になっていて、黄色い生地がふわふわとしている。わたしが目算で作ったやつだけど、火加減は職人が何度も作って確かめた方が良いのができあがると思う。

 

「すごいわ!」

「ああ、おいしそうだね」

 

 焼き上がりを見て二人も驚いた様子だった。

 

「本当は乾燥しないように濡れ布巾で包んで休ませると美味しくなるんですけど、試作品なのでみんなで食べて確かめてみましょう。店主さんにも確かめて貰わないと」

 

 わたしが提案して、小さなナイフで切り分けた。一人二切れずつ、フリーダさんは家に持ち帰り用に更に二つ。

 棚にあるお皿に並べて楊枝も準備し店に戻ると、店主さんがなにかルッツとメイドさんの前で商品の説明をしているところだった。

 

「──つまりこの、『ダッコちゃん』と呼ばれる人形は恐らく悪女『妲己』を参考に作られたのではないかと考えられるわけだ。見た目が黒色をしていて抱きついている姿勢なのは『炮烙』……妲己が行ったとされる熱した銅柱に抱きつかせて焼き殺す刑罰を示しているのではないだろうか。妲己本体にその刑罰を与えることに関する呪術的な理由が──」

 

 ……昭和に流行っていた人形に謎の解説をして、ルッツとメイドさんは意味不明さで目を回していた。

 多分……いえ全然違うと思います店主さん。タカラさんそんなこと考えてないと思うよ。

  

「店主さん、カステラができました」

「おや、そうかい。ではお茶にしようか」

「お湯沸いています」

「ありがとう」

 

 店主さんが急須を持って出ていく間に、テーブルへとお皿と湯呑を並べる。

 

「お嬢様。お茶にミルクを入れましょうか。イルゼが持ってきておりますが」

「ええ、そうしてちょうだい。……あなた方もどうかしら」

 

 緑茶に? ミルクを? ちょ、ちょっとなあ……そういう飲み方があるのは知っているけれど。

 

「わたしはそのままで大丈夫です。ルッツはミルクを貰えば? 苦そうにしてたよね」

「お、おう? ……まずお茶ってのをまともに飲んだこと無いんだがなあ」

 

 そういえばうちでも出たこと無いなあ。っていうかこの国、緑茶ってあるの?

 店主さんが急須を持ってきて全員分に茶を注ぎ、わたしを除く皆がミルクを入れていたのを見ると店主さんも僅かに固まった。うん。日本人だとちょっとびっくりするよね。

 でも紅茶にはミルク入れても普通だし、抹茶ラテなんてものもあるからそうおかしくないはずなんだけど……急須で淹れた煎茶にミルクを入れる日本人は多分少ない。

 飲み物はともかく、みんなでカステラを味見だ。ぱくり。

 

「うん、大成功の味」

「まあ!」

「へぇ、これは……!」

 

 フリーダさんとイルゼさんも目を丸くして、美味しさに驚いたみたいだった。

 ルッツは一口食べて固まってる。

 

「う、うまい……マイン、お前凄いな!」

「そう?」

 

 夢中になって頬張りたいのをルッツは抑えながら、口の中でじっくり味わっている。美味しそうでよかった。

 香霖堂まで連れてきてくれたお礼に、できればルッツにお腹いっぱい作ってあげたいけど、材料がお高いんだよね。砂糖とか。

 でも実は台所にカステラの切れ端をこっそり残してきているんだよね。後でルッツにあげよう。兄弟喧嘩になるかもしれないから、一人分だけ。

 

「凄い。付いてきて良かった。こんなもの初めて食ったよ。料理が得意だったのか?」

「ううん。知識として知ってるだけで、殆どイルゼさんにやってもらったよ。このカステラは無理だけど、他の簡単な料理だったらルッツに手伝って貰えば家でも作れるかも」

「やる。材料も森にあるものだったら兄貴たちと採ってきてやる」

 

 砂糖は高くてもフルーツを使った簡単なお菓子とかなら安くで出来るかもしれない。今度試してみよう。

 

「店主さんはどうですか?」

「ああ、いいんじゃないかな」

 

 うわあ。女の子の手料理なんだからもっと褒めるべきじゃないだろうかと思う。でも店主さんからしたら珍しいわけでもないカステラだもんね。仕方ないか。

 それに対外的には店主さんがわたしに教えたお菓子ということだから、驚いたりしたら変な風に見える。

 

「このカステラを作るための、卵と小麦粉と砂糖の配合率です。キリのいい数で纏めて作るといいと思います」

 

 卵一個あたりで小麦粉がどれぐらい、砂糖がどれぐらいと書かれた……薄い板切れを渡した。南門で仕入れの書類なんかを確認していたから、どうにか卵とか小麦粉とか単語を覚えていてよかった。

 紙がないのに紙に書いて渡すと、一体これはなんだという話になってしまうよね。それにギルド長なんて偉い立場の商人が背後にいるなら、余計に気をつけたほうがいいと思う。

 もしわたしが紙を作るお店とかやっていたなら、普及のために広めるのもいいかもしれないけれどここは古道具店・香霖堂。

 紙はどこからか仕入れた物しか無いので、作ったのではない紙の出どころはどこかと追求されたら厄介なことになる。

 幻想郷とこの街を行き来しているという常識外の存在は隠しておいたほうがいいはず。多分。

 

 その後、わたしがルッツに言葉を滑らせたことを聞いていたフリーダさんから、「他にも料理を知っているのか」とか「髪の毛が綺麗だ」とか問い詰められたけど、あんまりに疲れて熱が出てフラフラと倒れてしまった。

 店主さんの居間を借りてお布団で寝かされながら、フリーダさんが謝ってきたけれどぼんやりと返事をした。

 

「ごめんなさいね、マインさん」

「マインでいいよ、フリーダさん」

「ではわたくしもフリーダと呼んでください。マインにはまだ聞きたいことがあるのですけれど、今日はお暇しますわ」

「うん」

「また会ってくださるかしら……?」

「もちろんだよ」

 

 そう告げると、喜んだようでフリーダが笑顔になった。可愛いなあ。髪に差した桜の花飾りがとても綺麗だ。

 フリーダが帰ってから店主さんが解熱のお薬を渡しながら言ってきた。

 

「無理をさせたようだね。すまないことをした」

「いえ……大丈夫です、これぐらい……もう少し体が成長すれば、十分働けますから……」

 

 うう、体が弱いところを見られて、店員の夢が遠のいたかな……

 わたしが店主だったら、カステラを焼くだけで倒れる店員は心配すぎて雇いたくない。

 

「それとマインくん。商売の契約で、カステラはフリーダ嬢が独占的に作って売ることになった。マインくんも最初から作り方を知っていたにも関わらず、僕の商売に巻き込まれたせいでカステラを作って売るという商売ができなくなってしまったのだね」

「別に、お菓子屋になりたいわけじゃないですから……」

 

 あ、でも香霖堂で雇ってもらいながらお菓子とか売れば生活費稼げないかな。

 

「なので契約金の半分はマインくんに渡すことにしよう。今すぐにではないけれどね」

「ちなみに幾らですか?」

「君に渡す分は大金貨1枚だよ」

 

 わたしは思わず薬を飲んでいた白湯を吐き出した。

 

「無理ー! 無理ですよ店主さん! そんな、ちょっとお手伝いしたぐらいでそんな大金! 考えても見てください、娘が商店の見学に行って帰ってきたら、父の月給の百倍の大金を持ち帰ったら大事ですよね!」

「しかしだね」

「な、ならそのお金は店主さんに預かってもらって、見習いになったときにちびちびお給料として渡してくれる……ということで」

「それでいいのかい?」

「いいんです」

 

 やった! これで香霖堂の収入がなくても、月に父さんと同じく大銀貨一枚と計算しても約百ヶ月分のお給料が店主さんは出せることになり、それだけの期間は雇ってもらえるってことになる。

 なんか激しく雇用形態を間違っている気がしないでもないけど、本に囲まれた生活を送るためならそれぐらいなんのそのだ。

 

 夕方になるまでルッツは、店主さんに指示されて市場で冬備えのお肉なんかを買いに行かされたみたい。

 多分店主さんもどれだけ必要とか詳しくないのでルッツに行かせたんだろう。

 結構な量の塩漬け肉や薪を持ち帰ってきたルッツに、

 

「ご苦労。これは駄賃だ」

 

 と小銀貨一枚渡した。ルッツはその銀貨を手に固まった。

 

「マイン……俺、今まで銅貨しか触ったことねえ」

「よ、よかったねルッツ」

「家に持ち帰ったら間違いなく没収されたりしそうで怖い」

「店主さんに預けておけばどうかな」

「うちは銀行ではないのだが」

 

 しかし5歳の子供が持つにはかなりの大金みたい。体感的には、一万円札を渡される感じかな。子供には荷が重いし、そんなものを持ち帰ってきたら親だったら驚く。

 結局、香霖堂で駄菓子を買ったりするのに使うということで店主さんに預かってもらうことにした。店主さんは子供に甘いようで、仕方なさそうにその提案を受け入れて、ルッツはひとまずの報酬としてふ菓子と焼きイカみたいなお菓子を買って小銅貨数枚分を減らした。

 

 店主さんの薬で体調もそれほど悪化する前に収まってきたけれど、体がだるいのと熱っぽいのは止められない。

 凄く申し訳ないけれど、店主さんに背負って貰って帰ることになった。ルッツもさすがに熱っぽいわたしを背負って歩いては時間がかかる。

 家にいた母さんが店主さんに謝り、わたしは叱られ、家のちょっと砂っぽいベッドでまた休むことに。

 

 ああ、体が弱いのがつらくて嫌だ。早く大人になりたい。少なくとも、店主さんのところに通えて、お手伝いしても平気な体に……

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

<森近霖之助>

 

 

 上機嫌な鼻歌が聞こえる。切り分けられたカステラを更に薄く薄く切り取り、それを少女は口に頬張る。

 

「ん~♪ おいしい。霖之助さんったら優しいのよね。あのカステラが美味しくなかったからってわざわざわたしの為に作ってくれるなんて」

「別に僕が作ったわけじゃないよ」

「そういうのツンデレっていうらしいわよ」

 

 マインくんの菓子作りから翌日。幻想郷にて、店にやってきた霊夢がカステラをうまそうに食べている。

 カステラの製法に関する大きな取引があったのも、霊夢がカステラを残したことが原因だと思ったので、僕の分一切れを残して置いたのだが、勘の鋭い彼女は早速食べに来たのだった。

 

「本当に美味しいわね。職人の仕事よ。霖之助さん、甘味処でも開いたら?」

「だからそれは僕が作ったわけじゃなくて……香霖堂の見習い候補が作っていったのさ」

「香霖堂の? 見習い? 異変かしら」

「僕は今君が放置していった異変の真っ最中だよ。……ところで霊夢」

「なあに?」

 

 ずずずっと茶を実にうまそうに啜る。

 

「緑茶に牛乳を入れる人のことをどう思う?」

「目の前でやったら夢想封印するわ」

「……だがアリスとか咲夜は、紅茶に牛乳をいれるだろう? 妖怪の山の神社で売られているタピオカ牛乳茶も混ぜているやつだ」

「それは別にどうでもいいけど、目の前で急須でいれた緑茶にやったら真っ二つよ」

「そ、そうか」

 

 物騒だ。この子は茶を飲むことに関しては真剣だった。出がらしの茶殻を干し直してまた飲んでいたという目撃情報もあるというのに。

 そうしていると店の扉が開き、白黒模様の魔女がやってきた。

 

「おーっす香霖──あっ霊夢がカステラ食べてる! 香霖、わたしのは!?」

「生憎とこれ一つよ。あげないわ」

 

 霊夢はサッとカステラを自分の身に寄せて強奪を警戒した。

 

「やれやれ。そういえば台所にそのカステラの切れ端が幾つか残っていたね。それでも──」

「やった!」

「待ちなさい魔理沙! カステラは切れ端こそ美味しいのに……霖之助さん! もう!」

「なんで僕を責めるんだ」

 

 二人は弾幕勝負をして残ったカステラを奪い合うことにしたようだ。

 幻想郷の空は今日も騒がしい。エーレンフェストではカステラの為に金貨が飛び交い、幻想郷では弾幕が飛び交う。僕は肩を竦めながら、霊夢に見られないように自分の湯呑の、牛乳を混ぜた茶を飲み干した。やはり混ぜないほうが僕も好みのようだ。

 

 

 

 

 




※原作のこの時点より生きる意志が超強い

※ダッコちゃんhttp://showa.mainichi.jp/news/1960/08/post-1c79.html

※就職先の給料を自分で稼ぐという謎の働き方改革

※「マインが変なのは大体あの店主のせい」で家族もルッツも疑わない

※フリーダは香霖堂の事情に通じてないので見習いにはなれない

※霊夢がいやしい

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