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「『体術』、『勝負』、『数合わせ』」
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体術、それは素手または短い武器をもってする攻撃・防御の術である。
特に柔術を指すらしい。
球技大会が終わり、また翌週。
六月も中頃に入ったある日。
面倒事が噺に持ち込まれた。
「頼む!噺、この通りだ!」
「いや、喧嘩なんでゴメンだよ。僕を何でも屋と勘違いしてない?」
体術……と言うより喧嘩術が必要な面倒事だ。
なんでも、他校の生徒がこの学校の生徒に手を出したらしく、それの制裁に行くとのこと。
彼からしたら、ただただ他人に暴力を振るうなんて御免こうむる。
だからこそ、断ろうとしたのだが──
「女子生徒を強姦したって噂もある。……妹や清水さんが巻き込まれたら溜まったもんじゃないだろ?」
「脅しか?」
「違うよ。噂を言っただけだ。……まぁ、噂の真相は強姦未遂だったらしいけど。」
そう言われたら、断ることなどできない。
誠袈や淑に被害が及んだら……自分は冷静ではいられないと分かっているから。
しかし、受験生の身分である二人が、表立って面倒事を起こすのは不味い。
下手を打てば進学に大きなハンデを喰らうことになる。
ハイリスクローリターンにしか見えないが、まだ十ヶ月ほどある中学校生活を安全にするためには仕方がない。
ましてや、この学校には彼の助けた人が多く存在する。
折角助けて笑顔になれた人に傷ついて欲しくない。
彼がその答えに至るのは当然の結果なのだ。
「……分かったよ。やればいいんだろ?」
「助かった。喧嘩しに行くって言っても、噺は数合わせみたいなもんだ。怪我はしないよう気を付けろ。」
「喧嘩じゃなくて、勝負とかで決着をつけてくれればいいのに。」
勝負だったらそこまで荒事にならず、勝ち負けを決めてすぐに済む。
結局、中学生にそこまでの自制心がないため喧嘩になってしまうのだ。
傷なんてつけて家に帰った日には、緩和と誠袈に心配されて、正の説教地獄は確定だ。
…それに加えて、翌日になったら淑にまで色々と心配されるだろう。
「はぁ、早く行こう。やりたくないけど、正当防衛だ。」
「案外黒いよなぁ、お前って。」
「黒くない。先に手を出した方がわ──」
スクールバックからスマホの通知音が聞こえた噺は、話を中断しスマホを取り出した。
学校を出て間もないため先生に見つかると怒られるかもしれないが、緊急の連絡だった場合は返信を返さないといけない。
通知を確認すると、Mebiusのメッセージだった。
相手は──
「……緊急事態だ。急がないと不味いかも。」
「は?どうしたんだよ?」
「……敬が言ってた他校の連中に誠袈が捕まった。軽井坂さんも巻き込まれたかもしれない。」
「なるほど…。急ぐか!場所調べてくれ。」
「とっくにやってるよ。」
誠袈のスマホにはGPSを正と緩和が付けたので、噺にも見ようと思えば見ることが出来る。
事実、彼は手早く指を動かして場所を調べる事が出来ていた。
「他校の中にそのまま連れ込んでる。単純で助かったよ。」
「他校に殴り込みに行くのは嫌だが、妹の迎えならしょうがないよな?」
中学生とは思えないあくどい笑みの友人を見て、噺は少しだけ関係を切ろうか悩んだ。
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どうにも、他校の生徒は二人ペアで行動を起こしている、と言う情報を走りながら教えられ、ようやく噺は敬が自分に頼み込んだ意味が分かった。
彼も彼で友人は多く居るが、迷惑掛けても良い友人は噺しか居ないのだろう。
嬉しいような、悲しいような、そんな中途半端な感情を持って他校に到着。
GPSの位置情報に従い、場所に向かう。
たどり着いた先は──
「体育館倉庫…か。鉄板ちゃあ鉄板だなぁ。」
「話はあと、中に入る。」
扉には鍵がかけられていなかった。
…噺はなんとなく、彼らの一度目の強姦が未遂に終わったのか分かった気がした。
中に入ると、そこには案の定誠袈と明がマットの上で犯人たちに馬乗りされている。
「だ、誰だ!」
「その二人の兄貴だよ。」
「妹を返してもらうぞ。」
「行くぞ!
「任せとけ!
大柄な坊主の剛と金髪で耳にピアスを付けた健。
噺は取り敢えず、誠袈に馬乗りになっていた剛の鳩尾に一発入れることを決意し、彼の大振りな拳をしゃがんで躱した。
その後は、綺麗に鳩尾にグーパンチを打ち込み一発KO。
敬に至っては、相手の拳が届く前に蹴りを股間に入れてダウンさせていた。
(……この人たちが強姦未遂で終わった話、やっぱりなんとなく分かるな。)
「さぁて、大丈夫か二人共〜。」
態と明るい口調で言う敬に感謝しつつ、噺も誠袈の元に駆け寄る。
腕には真っ赤な手形が着いていた。
恐らく、無理矢理連れてきた跡だ。
誠袈には悪いと思ったが写真に収めて四人はその場を後にした。
誠袈と明は帰る途中ずっと泣いていて、それを慰めるように敬と噺が明るく振舞った。
手遅れにならずに済んだようだが、中々に心の傷が深くできてしまったようだ。
心の傷は簡単には治すことは難しい。
少なくとも、数ヶ月単位で一緒に帰ることは確約された。
誠袈も家に帰った頃には泣き止んでいて、彼は正と緩和に事情を話して事後処理を頼んだ。
久しぶりに本気で怒った緩和を噺は見たが……もう二度と見たくないと心から思った。
風呂や食事を済ませた後、噺の部屋で二人はベットに腰掛けていた。
お互いに何も言わず、無言の時が流れる。
彼女は彼の裾をそっと掴む。
掴む手は震えていて、噺にも分かるくらいだった。
頭を撫でるだけじゃ、きっと落ち着かない。
直感的にそう感じとった彼は、優しく包み込むように抱きしめた。
抱きしめながら、いつものように優しくおっとりとした声音で話しかける。
「…遅くなってごめんね。」
「兄さんの所為じゃ……。」
「それでも謝りたいんだ。」
「……なら、頭も撫でて下さい。」
「分かったよ。」
朗らかに笑う噺。
それを見ていると、誠袈は心にあった傷が塞がっていくのを感じた。
今日もまた、兄である噺の凄さを気付かされる。
「…兄さん…私、兄さんと兄妹で良かったです。だって、こうやって兄さんの一番近くに居られるから。」
「…なんか、正面から言われると照れるね。」
「…私のこと、好きになってくれても良いんですよ?」
「元々大好きだよ。好感度に上限があったらカンストしてる。」
「っ〜~〜!!やっぱりズルいです!!」
その日も、噺はいつもと変わらず胸をポカポカと殴られたが、誠袈の笑顔が見られたので良しとした。
事件は起こるが日常は続く。
……明日は面倒事が怒らないことを祈って、彼は枕に頭を乗せた。
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