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「『靴』、『傘』、『寄り道』」
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六月も終わりに差し掛かったある日の朝。
珍しく朝から会った噺と淑は一緒に登校していた。
試験勉強のために色々と持ち帰っている所為で重く感じるスクールバックを片手に、淑と水溜まりが所々にある道路を歩く。
梅雨の真っ只中のため昨日も土砂降りに近く、雨を鬱陶しいと感じたのも懐かしくない話だ。
今は快晴だが、帰る頃にはまた降っているだろう。
そう思うと気分が落ちる。
ふと、気分と同時に落ちた視線が淑の靴を見た。
新しく買い替えたのかピカピカで、彼女も出来るだけ水溜まりを避けているようだ。
「靴、変えたの?」
「…そうなんですよ。昨日まで履いていた靴が随分ボロボロで、挙句濡れてビショビショだったので…。」
「そっかぁ。帰りも雨だから気をつけて帰らないとね。」
「!?浅井くん!それってホントですか?」
「う、うん。天気予報で二時頃から雨だって…。」
「……ど、どうしましょう。私、昨日傘を壊してしまって。」
この世の終わりみたいな顔をする淑。
先程まて気分が落ちていた噺も、彼女を元に戻すために案を講じる。
(今から家に帰る?…いいやダメだ、時間が少し足りない。…同じく行きで買うにしても立ち寄ってる時間がない。…だったら!)
彼女も自分も羞恥に耐えなければいけないが、案はそれ以外浮かばなかった。
恐る恐る、淑に纏まった考えを提案する。
「あ、あのさ、僕の傘少し大きめなんだ。…一緒に入る?」
「へっ?」
「えっと、その、別に嫌だったらいいんだけど。」
「………………是非お願いします。」
数秒ほど考えた淑の回答は、噺が予想していたものだった。
彼女もズブ濡れでは帰りたくないだろう。
それに…
(この時期は女子もワイシャツ登校…雨の所為で服が張り付いてしまう。……それだけは何としても回避させなければ。)
何よりも彼は、淑の色々な意味での安否を優先していた。
彼はまだ知らない、相合傘をする恥ずかしさを。
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放課後、学校からの帰り道を傘を差しながら歩く二人。
大きめの真っ黒い傘に身を寄せあって入る。
幾ら大きめとは言え、一人で入るには大きいだけで二人で入ったら少しどころか大変窮屈だ。
噺が車道側に立ち、右に傘を持つ。
スクールバックは背負うようにしょう。
淑は顔を伏せながらスクールバックを正面に持つ。
肩と肩が当たる距離、彼女の頭は湯気が出そうになるほど赤い。
耳まで真っ赤に染まっており、茹でダコの仲間と間違われるレベルだ。
高鳴る鼓動が隣に居る彼に聞こえていないか?
淑にとってそれだけが何よりも心配だった。
噺は噺で傘の外に左肩が出てしまっているので薄寒い。
幸い、スクールバックはあまり濡れていないが……
(清水さんには悪いけど……もう少し寄せなきゃ。)
中に入っている本や教科書類が濡れるのは不味い。
一歩、淑の方に体を寄せる。
ビクリと肩を震わせた彼女だったが、濡れた肩をチラリと見て大人しくなった。
しかし────
「ごめんね清水さん。思ったより傘ちっちゃくて。」
「そんなことないです。元々悪いのは私なんですから謝らないで下さい。」
平然を装い、淑も一歩体を寄せた。
心臓の鼓動は高鳴るなんて生易しいものではなく、今にも破裂しそうな所まで到達している。
想い寄せている異性との距離が近かったら、嫌でもこうなるのは必然だ。
でも、淑は不思議とやめたいとは思わなかった。
生殺しにも近いのに、それでも彼の近くに長く居たいと思った。
膨らんだ気持ちが少しづつ彼女を変えていたのだ。
恋は盲目、情緒不安定に見えるかもしれないが、これが恋をした少女の姿。
(家が……)
遠目に家が見え始めた。
あと五分もしない内に、この温かい時間が終わってしまう。
(何かしなくちゃ…!)
迷惑だと分かっていても、想いを完全に無視するなんて出来やしない。
淑は勇気を振り絞って、噺の制服の袖を引っ張り弱々しい声で呟いた。
「…浅井…くん。少しだけ、寄り道しませんか?」
「ちょっと濡れちゃうかもだけど、我慢出来る?」
自身の言葉にコクリと頷くと淑を見て、苦笑しながら道を変える。
偶にしか通らない道を抜けて、ある寂れた喫茶店に到着した。
「ここは?」
「昔見つけたんだ。穴場なんだよね、あんまり人が居ないからゆっくり喋れるよ。」
そう言う寄り道じゃない、と言葉が出そうになるが抑えた。
二人きりの時間が続くんだったらそれでいいと、そう思ったからだ。
「マスター、アイスティー二つお願いします。」
「かしこまりました。席はご自由に。」
メニュー表を見ずに、噺が注文をした。
何度も来たことがあるのか、慣れた手つきで席に淑を誘導し座らせる。
壁や床が全て木で出来ていて、机や椅子も同様。
薄暗いが落ち着いた雰囲気があり、大人向けの喫茶店にも見える。
「今日は、何を話そうか?」
「そうですね、こんなのはどうでしょう。────」
この日、噺は約半年ぶりに喫茶『
久しぶりに来た店内は殆ど変わっていなくて、目の前に居る少女も良く来た友人と似ていた。
喫茶店の名前の通り、ダウナーな気分になりかけている自分が居る。
しかし、そんなことはさせないと言わんばかりに淑が輝いていた。
本当に光っている訳ではなくて、心から自分との会話を楽しんでいる光景が輝いて見えたのだ。
何故かは分からないが、また二人で来たいと彼らは同時にそう思った。
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