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「『手紙』、『残像』、『花束』」
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テストが終わった翌日。
彼の学校では順位を翌日に開示する。
何でも、開校してからずっと続けていることらしく、やめるタイミングを見失ってしまったとか。
端的に結果だけ言えば、順位は上がっていた。
前回の四二位から五位上がり三七位。
淑も二位に順位が上がっていた。
噺としては、ここ二ヶ月交友を深めた友人の頭の良さに若干引きそうになる。
殆どの時間を自分たちを教えることに費やしてくれてる彼女は、どうしたらそんな高順位を取れるのか?
夏休みも始まるので時間が取れた日にでも聞こう、と思いある霊園の砂利道を歩く。
歩くこと五分。
朝陽川家と書かれた墓石の前で足を止めた。
今日の日付は七月七日、七夕であり──朝陽川光の誕生日だ。
彼女が好きだった
墓石の周りを綺麗に掃除し、最後に墓石に水を掛ける。
その後は持って来た向日葵の花束の何本かを花立に入れて、近況報告?のようなものをし始めた。
……光が亡くなってから、実に半年近くが経つ。
噺は月命日にはここを訪れてどうでもいいことを話す。
この日は誕生日ということもあってか、プレゼントまで持って来ていた。
「…はい、誕生日プレゼント。『誕生日にはこの玩具の指輪が欲しいっス!』って言われた時は、結構驚いたよ。」
苦笑しながら、墓石の前に箱に入った玩具の指輪を置いた。
ご丁寧に、箱までしっかり用意するのは彼らしいとも言える。
……だか、ここまで来て噺の瞳から一筋の涙が零れた。
決壊寸前のダム、そんな比喩がぬるく感じる程の深い後悔。
一度乗りこえて、最近また乗り越えた筈なのに……
「…誕生日、楽しみにしてるって……言ってたじゃないか!なのに…なんで…なんで…。」
続く言葉が口から出ることは無かった。
言える筈がない。
何せ彼は気付けなかったのだから。
だが……それ以上に彼は光の思いを尊重しているから。
「ホントすいませんっス。…て言うか、先輩って私の事めっちゃ好きじゃないっスか!?」
「!」
屋上の一件から偶に聞こえていた彼女の声。
以前と同じように辺りを見渡す。
そして一瞬だけ、残像のように彼女の姿が視界の端に映った。
見間違いかと思い、また墓石に向かい合おうとしたら……
「せーんっぱい!気付いてくれないと私泣いちゃいますよ!本気で泣きますからね??ウザイって思っても先輩の所為っスからね??」
やっぱり、近くに居る。
時たま鬱陶しく感じる鈴の音声は彼女のシンボルの一つだ。
墓石に向かい合おうとした体を戻し、声が聞こえた後方に振り返る。
…居た。
淑とは似ても似つかない淡黄色の髪は、単発に纏められており。
瞳の色は髪色とは違い暗いダークブラウン。
身長は淑と変わらないが、少しばかり胸が大きい。
朝陽川光と言う少女が、そこに居た。
亡くなる前日に会った彼女そのままだ。
噺が驚きのあまり目を閉じたり開いたりしている中、光は小悪魔のような笑みで彼を見つめる。
「そんなに私に会えたのが嬉しいんスか先輩は〜。もお〜!」
「……白昼夢、じゃないよな。」
「夢かナニカだと思ってます?触って下さい、私はここに居ますから。」
そう言って差し出された彼女の手を、彼は握る。
生きている人間と同じく血が通っている証拠か温かく、脈の部分に指を押し当てれば脈拍も分かる。
…少しして、キチンと正常に脈を打っていることが分かった。
ここに居る光は確かに生きている。
理由は分からないが、生きていると確信できる。
だからこそ疑問が口から飛び出した。
「何故、君はここに居るんだ?…僕が言えたことじゃないが、君は電車に跳ねられて──」
「死んだはずだ。でしょ?分かってるよそんなの、私だってそんなにバカじゃないもん。……う〜ん、ほら?私の誕生日って今日じゃないっスか?」
「ああ、だから誕生日プレゼントも持ってきた。」
「やった!!……じゃない!違うんだよ先輩、そうじゃなくてさぁ。…一応七夕でもあるじゃないですか。今日って。」
噺は憐れむような視線を送る彼女に拳の一発でもくれてやろうかと考えたが、流石に今することではないので気持ちを抑え込む。
そして、彼女が言おうとしていることを先回りするように口に出した。
「もしかして、七夕だから織姫として逢いに来ちゃったとか言うんじゃないんだろうな?」
「えぇ!?先輩って天才!私が言おうとしてたことほぼほぼ言われちゃった。…でも、足りないなぁ。私は織姫として、私の彦星様である先輩に逢いに来たんスよ!」
「やけにロマンチストみたいなセリフだね。」
「知らないんスか?私って結構ロマンチストなんスよ。」
光と繰り広げる昔と同じような会話に対し、噺はどうしようもない充足感と──果てしない後悔を感じた。
結局、我慢することは叶わず、彼は本音を吐露する
「……どうして。僕に何も言ってくれなかったんだ?君が言ってくれたら僕は!」
「必死こいて助けようとしたでしょうね。汗だくになりながら、傷だらけになりながら、きっと私の為に頑張ってくれたんでしょうね。……でも、嫌だったんスよ。先輩に迷惑かけるの。」
「僕は迷惑だなんて!」
「言わないっスよね。ボロボロになってまで私を助けてくれるって、何となく分かります。……だから嫌だったんですよ。……最初は期待してた、噂の先輩なら私を助けてくれるんじゃないかって。下心、みたいなもんなんですかね?…その後、先輩と過ごしていく内に段々惹かれていったんです。超がつくほどお人好しな先輩に。」
続く言葉を聞き続ける。
一言一句忘れないように。
「何でか、先輩と一緒に居る時は人気者でお調子者の朝陽川光じゃなくて、ちょっとウザくて面倒臭い素の朝陽川光で居られたんです。……先輩の役目はそれで十分だったんですよ。私はそれ以上を望まなかった……ううん望みたくなかった。こうやって素の私で、バカみたいに小言を言い合える関係を壊したくなかったんです。」
……彼女の言葉に嘘偽りなどなく、全てが本心からのものだった。
そんなの、噺が分からないわけがなくて、それが無性に……哀しかった。
生まれてこの方、誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントを貰ったことがない彼女が、初めて貰うはずだった玩具の指輪。
AONの中で偶然見つけて、目を輝かせながら噺に欲しいとせがんだ。
今でも、それを覚えている。
……無言で墓石の前に置いた箱を取り、中から玩具の指輪を出して彼女の左手の薬指に塡める。
光がそれを喜ばない筈がなく、ウッシッシとでも言いたげな表情で笑った。
「やっぱりズルいっスね先輩は。これで好きになるなって言う方が無理ッスよ。」
「君の誕生日はあと半日を切った。…今から遊びに行くぞ。……待って、君って僕以外に見えないとかないよな?」
「はぁ〜。ないっスよ、多分。」
光は盛大なため息をつきながら噺の手を握り、二人揃って飛び出した。
行き先など、考えもせずに。
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綺麗な星空が見える頃、噺と光はあの踏切に来ていた。
地面を覆い尽くす小石を捌けて、小さなシャベルで土を掘る。
二〜三分ほど掘っていると『カン!』と言う金属音が聞こえ、素手に切り替えた。
有ったのは、お菓子を入れていたであろう10cm四方の金属でできた箱。
「光?これが君が言っていた──」
言葉半ばで、彼は口を閉じた。
残像のように、彼女の体が薄くなっているのだ。
……彼女から意識を逸らして、目の前の箱から可愛らしい便箋を取り出し、中を開ける。
入っていたのは一枚の手紙。
(……見るしかない…よな。)
噺は手紙に目を下ろす、後ろで消えかかっている光が本当に消えない内に。
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『超がつくほどお人好しな先輩へ
ありきたりだけど、先輩がこれを読んでるってことは私が死んだ証拠だと思います。
遺書……ってことになるのかな?
私的には、ラブレターって感じで読んでもらえたら嬉しいです。
きっと、先輩は私を助けられなかったことを、深く、それはもう深く後悔してることでしょう。
なんてったって、私が大好きになった先輩ですから。
悲しまないでとか、立ち止まらないで欲しいとか、そんなことは言いません。
優しい先輩のことだから、私の死を一生引きずると思います。
矛盾してるかもしれないですけど、私は先輩に変わって欲しくないって思います。
それと同時に、私の為に変わって欲しいとも思います。
話が纏まらなくてすいません。
……最後に一言だけ言わせてください。
私、朝陽川光は浅井噺のことが大好きでした。
ウザかわ後輩の光より』
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涙で濡れないように手紙を仕舞い、噺は光に向かい合った。
出てくる涙は留まることを知らないように流れ続ける。
前に居る彼女が、笑たっているのか、泣いているのかすら分からない。
……でも、彼は不思議と彼女が笑っていることが分かった。
「手紙にも書いてありましたよね?私、朝陽川光は浅井噺のことが大好きです!手紙と違うって言う言い掛かりは聞きませんよ?」
「言わないよ、そんなこと。」
「本当に…本当に…大好きです。今もこの気持ちは変わってません。」
「……………………。」
「言わなくても分かりますよ?先輩、今気になりかけてる人が居るでしょ?…察しがいいって?先輩のことならお見通しッスよ。」
「僕はまだ何も言ってないぞ。」
軽口を言い合っている時間が無いことなど、気付いている。
…言葉は口にしないと伝わらない。
思っただけで言いたいことが分かる超能力者などここに居ない。
涙を流しながら、彼は想いを口にする。
気付かぬ内に芽生えていた想いを。
「僕もさ、多分君のことが好きだったんだ。ここに来てようやく分かった気がする。……それでも、君の告白は受けられない。生者だからとか、死者だからとか関係なく。…身勝手な理由で悪いけど、三人目はちょっと無理かな。」
「流石ッスよ先輩。妹まで毒牙にかけるとは……、流石の光ちゃんも若干引いてるっス。」
「毒牙言うな。…その内の一人は君に似てるよ、性格とか色々違う所あるけど。君と違ってコミュ力は高くないし、ウザったらしいキャラでもない。…一つ似てる所を上げるなら、君と同じで紛うことなき美少女ってことかな。」
クスリと朗らかに微笑みながらそう言った。
光も変わらない彼の笑顔に安心したのか笑っていた。
「お別れっスね。…泣くのはもうナシっスよ。」
「意外と厳しいところあるよね、君って。」
「目、瞑っといて下さい。」
「ん。」
彼女に言われた通り、目を瞑った。
されることは何となく分かっていて、だけど拒もうとは思わない。
唇に伝わる柔らかい感触は、少し甘酸っぱいもので──また涙が溢れそうになる。
けど、泣く訳にはいかない。
泣いていたら、彼女に申し訳が立たない。
だから、さっきと同じように朗らかに笑った。
「…さよなら、先輩。」
その言葉を聞いて、目を開ける。
当たり前の如く、光はそこに居なくて。
足元に、玩具の指輪が転がっていた。
ルビーを模した宝石擬きが台座に乗っている。
「ったく。忘れ物なんてするなよ。君の為に態々買ってきたんだぞ。」
落ちた玩具の指輪を拾い、家までの道を歩いた。
街灯は彼を包むように温かく照らす。
噺にとって掌にある玩具の指輪は、架け替えのない宝物になっていた。
「はぁ、チェーンでも通して首飾りにでもしようかな。」
明るく言った筈の言葉はどこか震えていて、足取りも覚束無い。
…恐らく彼はこの日、初めて失恋をした。
本編が終わったら、光の話もやろうと思っています。
……安心して下さい!ハッピーエンドにしますから!
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